ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission17 -休息-

17 -休息-

 

 

 空母の巨大な警笛が響き渡る。航空母艦ヴァレーの進路の目の前に、人工物の倉庫、灯台、桟橋などが大量に並んでいる。その周辺には、水没した旧都市部のビル群がまるで巨大な墓の様にそびえ立っていた。やまとは、甲板の上からそれを見つめ、人類が経験したユリシーズの恐怖がいかなる物だったのかを想像していた。

 

 義父の住んでいた所は被害が少なかったらしい。だが、降り注ぐ隕石、地面に落着して巨大な光を撒き散らし、大地を消し飛ばす宇宙からの欠片は、や義父の脳裏にその恐ろしさは大きく焼きついたらしい。

 

(ここは空気が重苦しい。まるで誰か居るみたいだ)

「着いたね、やまとちゃん」

 

 ゆたかがやまとの隣に座り、水没した都市部を見つめる。空母の入港まで数十分を切った。なんだかんだで長旅だった。そろそろ地面に足をつけたいとやまとは思っていて、ゆたかもそれは同じようだった。

 

 真上を、三機の戦闘機が飛んでいく。サイファー、スザク、海里の三機編成。空母はファーバンティ軍港に入港し、サイファー達の機体はファーバンティ空軍基地へと着陸し、オーバーホールをされる予定だそうだ。自分たちは港に入港した後、車で基地まで移動する手はずだそうだ。その前に、物資の補給の受け入れを手伝わなければならないが。

 

「やっと地面に足が付くわね。揺れる艦内だとどうも落ち着かない面があるわ」

「何回も酔っちゃったから助かるなぁ」

 

 何度か酔って大変な事になってしまったと、ゆたかは少し苦笑いをする。一回悲惨な末路を送ってしまったが、見られたのがやまとだけだったからまだましだろう。ちなみににとりは病室に縛り付けられているそうだ。

 

 そうしている内に、空母はようやくファーバンティ軍港に入港し、碇を降ろしてワイヤーで固定される。護衛のイージス艦、情報収集艦も脇を固めるようにして入港する。

 乗り降りするためのタラップが接続され、それを甲板から見ていたやまとは立ち上がり、大きく伸びをして首を回す。

 

「さてと、お手伝いと行きますか。私は運搬を手伝うから、ゆたかは整理をお願いね」

「うん。気をつけてね」

 

 手を振るゆたかに、やまとは振り向きながら手を振る。さて、肉体労働の始まりだ。まぁ仕事の関係上重い物を運ぶのには慣れているからどうという事は無い。物にもよるが。

 

 空母の格納庫に来てみれば、早速クレーン車の準備がされていて、下の桟橋には大量のコンテナが積み上げられているのが目に入る。どのコンテナもどこの会社の物か描かれているであろうマーキングを消され、空母に積み込まれるのを今か今かと待っていた。致し方ないだろう。企業の最先端のテストを行うのだ。公衆の場にそう易々と晒す訳にもいかないだろう。

 

 そうこうしている内に、早速一つ目のコンテナが搬入されてきた。エレベーターデッキで下ろされて、中身が開かれる。どうやらエンジンの予備パーツを積んでいるようだった。近付いて取りつけられているタグをチェックすると、どうやらゼネラル・リソースの取り寄せた物らしい。ならXFA-27用のものだろうか? と思ったが、やまとは記載されている情報を見て、まさかと思った。

 

「うそ……本当に間に合ったの?」

 

 そこに記載されていたのは、XFA-27のエンジンでは無かった。だが、やまとはそのエンジンの名前を知っている。何を隠そう、自分が要請した特注品のエンジンだからだ。まさかこの短期間で間に合わせるとは思っていなかったのだ。

 

 恐らくにとりが走り回ったのだろう。あの人ならやるに違いない。やまとは今頃病室で縛られて眠らされている上司に感謝し、格納庫の整備エリアにエンジンを運び込むように指示する。その間にもう一つコンテナ。今度は食料品の様だった。まったく、機械と生活用品を一括で放り込まないでほしいなと思いながらも、補給にあまり時間を掛けて居られないと言うのも意図なのだろうと思い直して、一応下見に行く。と、近付くにつれて戦闘機のお居ると燃料とは違う、品のいい香りがしてきた。この匂い、まさか。

 

 コンテナに張り付けられてメモを見てみると、やはりとやまとは思う。このコンテナ、スカイキッドのコーヒー豆である。しかもこれ全部が。そんなにコーヒーが好きな連中なのかと不思議だった。ただ、やまとはマーティネズ・セキュリティー社の支給されるコーヒーが恐ろしく不味く、スカイキッドのコーヒーを仕入れた事による革命が起きたと言う話を聞くのは少し先の話であった。

 

「あの~、すいません。こっちの軍人さんから注文されていたコーヒー豆全部持ってきましたけど、これで大丈夫ですかね?」

 

 と、やまとに軍人とは違う、平和な世界で生きる人間の声が掛る。ああ、民間人だ。やまとは姿を見なくても分かるようになっていた。昔から基地に居て、ヴァレーで実戦をこの目で見ればそれなりに聞き分けられるようになる。声を掛けた女性は、緊張感のない落ち着いた声色だった。

 

「ええ、間違いないと思います。このコーヒーはここの空母の職員たちに人気で…………」

 

 そう言いながら声の主の方に振り向いたやまとは、固まった。そしてやまとの顔を見た女性、正確に言えば少女もまた驚いた顔で固まった。その少女は、少女にしてはスレンダーで、なお且つ少し日に焼けたたくましい肌をしており、その力強そうな顔からはほのかに見受けられる大人へと脱皮する少女特有の変化があった。やまとと恐らく同い年である。いや、そんなことはどうでもいい。やまとは、その少女の事をよく知っていたからだ。

 

「こう……」

「やまと……」

 

 やまとの目の前に現れた少女。やまとがユージアに来てからの腐れ縁とも言え、たびたび自分の事を救って来てくれた良き親友。八坂こうの姿であった。

 

「やまと……やまとなんだね! 本当に私の知っているやまとなんだね!!」

「そうよ。まったく、あなたとは切っても切れない縁があるみたいで……」

「よかったぁ!!」

 

 と、やまとの言葉を全く気にせず、八坂こうはやまとに抱きついて腕の力を強めて思い切り抱きしめた。やまとは訳が分からずに、まるで話が通じないかのような彼女を見て困惑する。しかもよく見たら目には涙を浮かべている。一体どうした、そんなに恋しかったのかとますます困惑した。

 

「ちょっと、落ち着きなさいよ、大げさよ!」

「だって……だって……死んだっで……ぐずっ、ニュースで聞かされて……撃墜されたって、テレビで……」

 

 その言葉を聞いて、やまとは理解した。ウスティオの公式発表では、自分たちは死んだ事になっているのだ。国内のスパイを発見し、追撃して撃墜したとなれば、他国でもそれなりに取り上げられる内容である。ユージア側にも知れ渡っていたとしても何ら不思議は無い。それを、こうが聞いてしまったのだ。彼女がここまで泣くのも必然だろうかと、やまとは思った。

 

 ともかく落ち着いてもらおう。やまとは泣きじゃくるこうの頭に手をまわして、よしよしとその頭をゆっくりと撫でてやる。周りの目が痛かったが、これが長く続くのも痛い。さっさと終わらせるために、デレを見せようかと腹をくくった。

 

「じゃああなたの目の前に居るのはお化けかしら」

「それでもいい! やまととまた話せたんだからそれでもいい!!」

「なら私は成仏するわね」

「わーー! 待って待って、逝かないで!」

 

 またぎゅう、と腕の力が強くなる。そのやたらと豊満なバストがいい加減苦しいのだが、とやまとは思うがもう少しだけこうさせてやろうかと思う。久しぶりの友人との再会なのだ。無事を喜び合ってもいいだろう。

 

「まったく、大丈夫よ。私はちゃんと生きてるし、足もあるわ。だからそんなに泣かないでちょうだいよ。だらしないわ」

「だってぇ……だってぇ……」

 

 うわんうわんと泣くこうに、やまとははぁと息を吐く。面倒になってきたかもしれない。頼むから仕事をさせてくれ。そうは思うが、少し目をやれば、夏芽が「ごゆっくり」とジェスチャーしたのを見て、辺りを見れば他の整備兵たちがさっさと運搬をしてくれていた。ちょっと申し訳ない気もしたが、今回は甘えさせてもらおうと思い、もうしばらく泣きじゃくる親友をなだめる作業に戻った。

 

 

 

 

 久しぶりの陸地は素晴らしい物だと、サイファーはワイバーンから降り立ち、ファーバンティ空軍基地の空気を盛大に肺に送り込んで大きく体を伸ばした。ここに来るのも二度目、なんとなく懐かしく感じて首を軽くほぐす。

 

「久しぶりの地上だわ。約一カ月ぶりね」

 

 同じく自分の機体から降り立った海里がサイファーの隣まで近寄り、同じく気持ちよさそうに大きく腕を伸ばして狭いシートで凝り固まった筋肉をほぐした。

 

「やっぱり、地面に足が付いていると落ち着くな。空母の中じゃ揺れるからあまり居心地良く感じないんだよな」

「同感だ」

 

 ヘルメットを脱ぎながら、スザクも合流する。心なしかその表情は落ち着いた物に見えて、やはりこいつも地上がいいのだろうとサイファーは感じる。まぁ、海里に至って故郷に居た時からサーフィンだのヨットだのを乗り回していたから慣れっ子だろうが。

 

「で、俺たちはどうすれば?」

「取りあえず待っててとは夏芽には言われたけど」

「御心配なく。私たちが案内しますよ」

 

 声のした方を見ると、目に入ったのは美しく輝く銀髪。まるで犬の耳の様に跳ね上がっているくせ毛、そして愛用の尻尾の様なもふもふタオルを腰に入れた、にとりの旧友である、犬走椛が出迎えに来ていた。

 

「おお、お主は椛殿。いつぞやはお世話になったでござる」

「何でちょっと古臭い言い方なんですか……まぁ、長旅お疲れさまでした。皆さんの機体はこちらで格納庫に収納しておきます。取りあえずまずは体を休めてください。部屋を用意していますから、どうぞそちらへ」

 

 近くに止めてあるジープに手をさし向けて、椛は乗るように促す。サイファー達も断る理由なくそれに乗り込むと、椛が運転席に座ってエンジンを始動させ、走り出す。サイファーは久しぶりに見るファーバンティ空軍基地を横目に見る。格納庫の手前に並ぶ、三機のF-22。その尾翼には赤いリボンのエンブレムが描かれていた。

 

「インフィニティ隊よ。私を鍛え上げた部隊。まぁ、言う所の恩師ってところね」

「お前あそこで鍛えられたのかよ。そりゃタフにもなるな」

「ええ、容赦ないしごきだったわ。誰かさんのおかげで耐えきったけどね」

「そりゃどうも」

 

 褒めてないわよ、と言う海里の声を聞こえないふりをして、サイファーは助手席に座るスザクの後ろ姿を見る。バックミラー越しに見れば特に何も考えていない顔をしていた。つまり、つまらなさそうな顔である。

 

「おーいスザクよ。何やらつまらなさそうな顔しているな」

「船に慣れていないから、ちょっと疲れてな。なに、お前らはゆっくり惚気てればいいさ」

「おー? 嫉妬か?」

「ちげえよアホ」

 

 と、スザクは少し不機嫌な顔になる。こいつは惚気話が嫌いだったなとサイファーは思い出し、海里と顔を合わせて同時にため息を吐いた。自分だってやまとと話しているときはとっくに「妹」としては無く、「女」として接していると言うのに。本人まるでそれに気が付いてなかった。やまとはそれなりに近づこうと食事に誘ったり機体の整備状況について話し合うために時間を作ったりしていたのに。

 

 いや、もしかしたら薄々気づいているかもしれない。ただ、確証が持てないのでは、とも思う。スザクは彼が生きて来た中での生涯、恋愛とは無縁の生活だった。ルックスはいいのだが、いかんせん近寄りがたい雰囲気を持っているのもまた事実。女にはモテるが、スザク自身どこかしら拒絶するオーラを身にまとっているのだろう。

 

 ゆたか、やまとに対してそれが無いのは、恐らく完全にこの二人を「妹」として認識しているからである。ただ、最近やまとへの認識が「妹?」になっているため、確証が持てないでいるのだろう。今のところはそのままだが、果たして「女」の認識になったら何が起きるだろうか。やれやれ、とサイファーは首を捻る。

 恐らく、そのせいで少なからず不機嫌になる事が多いのだろう。一人になっている時、納得いかなさそうな顔をしているのをサイファー、如月姉妹は目撃していた。古い付き合いだから、彼らに掛ってしまえばそれくらいは把握できた。

 

(さて、どのタイミングで根回しするかね)

 

 サイファーがそう思ったところで、ジープは兵舎の前で停止し、椛が先に降りて、サイファー達もそれに続く。後ろを見れば、ちょうどワイバーンにトーイングバーが接続されていた。

 

 

 

 

 一旦部屋に荷物を置いて、サイファー達はブリーフィングルームまで案内される。今後の動きの軽い説明の後、休息だそうだ。サイファーとスザクは早く寝たいと思い、海里はサイファーを誘って買い物に行きたいと思っていた。

 

 少し経ってから、こなたと凪乃、そしてファーバンティ空軍基地の司令官、さらにマーティネズ・セキュリティーの関係者が入ってくる。全員が座った所で、凪乃が口を開いた。

 

「ここまでの長旅、御苦労だった。疲れてはいるだろうが、もう少しだけ付き合ってほしい。まず、サイファー、スザク。君たちを始めとする四名の入隊に感謝する。報酬は先日述べた通り、前金を支払う準備は整った。翌日には振り込まれているだろう。それで、今後の動きについて説明する」

 

 サイファーは、てっきりもっと長い話をされるかと思ったが、本当に早く終わって少し拍子抜けした。

 内容をまとめると、一週間日ほどファーバンティに停泊するそうだ。その間にワイバーンの後席を取り外して単座化し、その他アビオニクスをアップデートするとのこと。

 スザクのXFA-27はオーバーホールされて、今までの戦闘データを収集し、アップデートを加えられるそうだ。これに関してはあまり詳細が伝えられなかった。メーカー側の要望だそうだ。

 そして、一番の問題が海里のY/CFA-42だそうだ。一応飛べるまでにはなったが、外見よりも中身に甚大な障害が発生しているそうだ。あの時の模擬戦のせいかは定かではないが、コンピューターが死んでいて、さっき空母から基地に着陸するまで、HUDが機能しなかったそうだ。そのため、出港まで間に合うかどうか微妙だそうだ。

 

 それ以外は特に無し。いや、正確にはあるそうだが、後日追って通達すると伝えられて、サイファー達は先に解散を言われた。残りはお偉いさん達の長い話らしい。ま、自分たちが居てもあまり分からない話なのでお言葉に甘えると、サイファー達はブリーフィングルームから出ていき、どうしようかと思う。

 

「さて、どうすっかね」

「私買い物行きたいかなー。新しい洋服とか欲しいし、空母の食事も十分美味しいけど、やっぱりなにかスイーツ食べたいわ」

「行くならお前ら二人で行け。俺は寝る」

「いやよスザク、俺もどっちかと言うと寝たいわ」

「ええー、なによ、私の遠回しのアピールをはねのけるっていうのかしら」

「いやー、しかしなー」

 

 海里の言うアピールは、とどのつまりデートしたいと言うことだろう。サイファーもそれくらい分かってはいたが、正直眠い状態で無理にデートに行ってもあまり楽しくないと思うのだが、と思う。

 

 が、すぐにこれが事実上二年ぶりのデートなのだと言う事を思い出して、致し方ないとサイファーは後頭部を掻き回しながら「仕方ないか」と言った。

 

「分かった、付き合うわ」

「それでこそよ」

「すまんなスザク、埋め合わせに行ってくるわ」

「そうするといいさ。俺の事ほっといて」

「じゃあスザク君にはやまとちゃん送っておくわね」

「なんでそうなる」

「あら、あの子私以上に年頃よ? やっと羽を伸ばせる所に来たんだから、一緒に食事にでも出かけた方がいいわよ」

「だがあいつは今頃空母の方で手伝ってるだろ」

 

 そう言うスザクを見て、海里の顔は例えるなら出来の悪い子供を見るような白けた目になる。スザクはなんだ、と言いたげな目で返すが、その顔を見て海里は盛大にため息を吐いた。

 

「スザク君さぁ……何のために一週間くらいの休暇があると思ってるのよ」

「休息のためだろ」

「それ本気で言ってるなら流石に無いわ~」

「事実だろ」

「あー、はいはい。スザク君には別の手を流しておくわ。行くわよサイファー」

「ういうい」

 

 海里はやや強引にサイファーを誘って歩き出す。サイファーはスザクに耳打ちをする。

 

「ま、分かってはいるだろ。パイロットと整備士、お互いのコミュニケーションは大事だ。あの子だって女の子だ。それに」

 

 と一拍置き、サイファーは少し考える顔になる。スザクは彼が何を考えているのか少し察しがつくが、正直言ってはほしくなかった。言われたら、多分何かしこりが生まれるかもしれないと思ったからだ。

 

 サイファーはそれを察していた。だから、言うべきか少し迷って、「いや」と付け加えて手を軽く持ち上げてそのままひらひらと振る。

 

「何でもない。まぁなに、今すぐじゃなくてもいいから付き合ってやれ」

「……ああ、分かってる」

 

 じゃあな、とサイファーは海里を追いかけるために走り出す。スザクはそれを少しだけ見送って、自室に向けて歩き出す。サイファーの言いたい事は、スザク自身も分かっていた。やまとの事を、本当に「妹」と見れているかである。確かに当初はそんな感じだったのだが、最近少し何か違う物を感じて来ていた。どこか、女と言う雰囲気をスザクは感じていた。

 

 妹と女は違う。スザクの知っている妹は、それはもう可愛くて常に見ていたい様な愛くるしさである。ただ、恋愛感情を抱く訳ではない。極端に例えるなら息子の母親への対する認識と似たようなものなのだ。

 

 それを、やまとと同じように認識できるか。どちらかと言うと妹はゆたかである。彼女の容姿のせいもあるが、やはりゆたかはどうも異性ではなく、妹と認識する割合の方が高い。それに、ゆたか自信がスザクの事を兄として慕っているからその要素は強いだろう。

 だが、やまとは違う。容姿、スタイル、精神的な幼さはあるが女として見るには十分すぎなのだ。そして、ある日偵察任務からもっ土った時の、彼女の何か一皮むけたようなその顔。それがスザクの複雑さを増していて、一層厄介な物だった。

 

(どうすっかな……これ)

 

 少しだけ、今まで通り接してやれるか不安になった。前にベルカの偵察行動から帰って来てみれば、どこかやまとは大人びていて、少しだけ反応に困ってしまった。いつも子供子供だと思っていたが、コックピットから降りて自分を出迎えた時のやまとの顔は、子供じゃなかった。

 

 ともかくだ。今考えても仕方が無いだろうから、スザクは寝る事にする。宛てられた自分の部屋に足を向け、最近イライラしっぱなしの自分を呪った。

 

 

 

 

 結局、やまとが生きていた事に歓喜した八坂こうが落ち着くまで一時間ほど時間が掛ってしまい、落ち着いたころには彼女の目は真っ赤に染まって腫れあがっていた。泣きすぎだろうと思うが、それだけ彼女が自分の事を心配してくれていたのだと思うと嬉しかった。

 

「……で、落ち着いたかしら?」

「うん……ごめんね」

 

 こうは少し冷静になって、真っ赤になってしまった目を軽くこする。ようやくまともに呼吸が出来るようになって、大きく深呼吸をする。格納庫内の兵士たちは物資の運搬に走り回り、夏芽が主に戦闘機類の予備パーツの保管場所を支持し、ゆたかが仕入れられた中身をボードに書き込んで丁寧にチェックする。自分だけ何もしていない、と言うのが少し申し訳ないが、不安げに夏芽を見るたびに「気にするな」とウインクして作業に戻っていたからいいのだろう。今度埋め合わせに何か手伝おう。やまとはそう思いながらこうの背中をさする。

 

「泣きすぎよ。そんなに泣いたら血液薄くなるわよ」

「帰ったらレバーでも食べる……」

「単純な奴……で、どうしてここに居るのかしら?」

「ああ、見ての通りコーヒー豆の運搬の手伝いだよ。今店側が忙しくて、今日本当は休みだったけど特別給料出すから手伝ってほしいって来たんだよ。正直やまとが死んだって聞いてそれどころじゃなかったけど、来てみれば幽霊どころか本物が出てくるからびっくりだよ」

 

 びっくりだー、とこうは両手を上げてお手上げのポーズ。やまとは相変わらずだと唇を少しだけ釣り上げる。こうはそんなやまとを見て、少しばかり雰囲気が変わった彼女に気が付いた。

 

「やまと、なんかちょっと変わった?」

「え、そうかしら?」

「なんかちょっと……あれかな、女っぽくなった?」

「元から女よ」

「いやいや、あれあれ。大人の階段登った感じかな」

 

 と言われ、やまとはスザクの事を思い出して少し頬を赤く染めた。そしてどう受け答えるべきか思いつかずに、少しだけ目を下に向けて「別に」と言ったが、それを見たこうは目ざとく察して、いたずらを思いついた子供の様にニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「やまと、もしかして春!? 春が来ましたか!?」

「い、今は冬よ! とんでも無く寒くて嫌な冬よ!」

「いやー、やまとの心の方だよ、ついに好きな人で来たんでしょ! あるいは既にもう彼氏とか!?」

「まだなってないわよ!」

「まだ! まだって言ったね、つまり好きな人いるんでしょ!」

「~~~~!!」

 

 やまとは自ら墓穴を掘った自分を呪った。なんてことだ、よりにもよってこいつに漏らしてしまうとは、一生の不覚である。餌を見つけた犬のごとく、八坂こうはやまとに詰め寄って誰だ誰だと問いただす。やまとはそんな腐れ縁の親友の顔を押しのけて落ち着けと言う。こうなったらこなた並みにしつこいのかもしれないから厄介だった。

 

「じゃあさじゃあさ、名前だけでも! あるいはどんな関係か!」

「ったく……鬱陶しいわね……」

「教えてくれたらもう聞かない。じゃないと今日も言う、明日も言う、明後日も言う朝から晩まで毎日言う」

(うわ、鬱陶しさが増した)

 

 教えてー、教えてーと周りを動き回るこうに、やまとはげんなりする。久しぶりのやり取りでパワーが有り余っているのだろう。いつも以上なパワフルさに少々ついて行けなくなる。話してやった方が早いかもしれない。ちょっとだけ、ちょっとだけ話してやることにする。

 

「……私の整備している機体のパイロットよ」

「なんと! パイロットと整備士の恋愛! 次のイベント本の内容は、『ツンデレ整備士とパイロット』これで決まり!」

「いいけど出演料ちょうだい。印税97%で」

「私ほとんど利益なし!?」

 

 オーマイガッ! とこうは頭を抱えるが、やまとは息を吐いて呆れる。その一方で、いつもと変わらない親友の姿を見て少し体が軽くなる気がした。戦場ではない、平和な日常。ピリピリしてばかりだったから、心に余裕が無かったのだろう。

 

「でもでも、どんな人? やっぱりかっこいいの?」

「顔はそうね……まぁ上の方かしら」

「その人ってどの機体に乗ってるの? あれ?」

 

 こうが指差した先には、予備機体として置かれているF/A-18Eが鎮座していた。元から、スザクのXFA-27はファーバンティ空軍基地に居るからこうの予想が当たる事は絶対にないだろう。

 

「違うわ。と言うか今ここに無い。基地の方に居る」

「ちぇー、見てみたかった」

「あんた、なんたって一般人が格納庫に入れてると思ってるのよ」

 

 と言われて、こうは少し考える顔になる。少しして推理をする探偵の様なポーズをとって唸った後、さっぱりだと両手を上げる。

 

「ここには一切見られてはならない様な機密が無いからよ。兄さんの機体があったら、あなたどころか運搬関係者まで入れないわ」

「ああなるほど。だからやたらと中は寂しいんだ」

「そうよ。どの道基地で分解整備しないと今後の展開できないし」

「やまと整備士でしょ、手伝わなくてもいいの?」

「今日やる訳じゃないわ。本当はあの荷物運びの手伝いの予定」

「げっ、それ私邪魔じゃないのかな……」

「上司がいいって合図してくれたからいいと思うわ。今度埋め合わせするつもり」

「そっか、よかった。でも私は仕入れが終わったら帰らないとだからなー」

「店に行くわよ。メールもしておくわ」

「お、そう来なくっちゃ! 待ってるよ!」

「ええ、団体で押し掛けるわ」

「受けて立とう!」

 

 掛ってこい、と自信満々のこうの顔に笑みが浮かぶ。やはりこうでなくては。やまとは「ふふ」と笑って二人はもう少しだけ何の変哲もない世間話を続けた。スカイキッドのコーヒーの搬入が終わり、チェックしても問題なかったからこうは報告のために店に帰らなくてはならない。やまとも、そろそろ手伝おうと曲げていた腰を伸ばした。

 

「じゃあ私は店に帰るね。団体の予約は前日の夜にまでお願い」

「分かったわ。久々に話せてよかったわ」

「んー、やまとが素直に礼を言うってなんかおかしい気がする……明日はユリシーズが降ってくるね」

「来ないわよ全く」

「あはは、じゃあね。今のやまとの立場とか深く追求しないけど、無理せずにしっかり終わらせなよ」

「ええ、もちろんよ」

「あ、それともう一つ」

「なに?」

「やまとって、好きな人の事『兄さん』って呼ぶんだね」

 

 一瞬何の事かと思うも、やまとはついさっきスザクの事を平然と「兄さん」と呼んだ事を思い出し、一気に脳内が沸騰して顔を真っ赤にし、それを見てこうは満足げな笑みを浮かべて逃げるように「さらば!」と走り出し、やまとは追いかける事が出来なかった。

 

 こうして、永森やまとはまた一つ墓穴を掘り、後に散々弄られる話題を作ってしまったのであった。

 

 

 

 

 せっかく入港したと言うのに、相変わらずベッドで縛りつけられるのは全くひどい話だと、にとりは何もない空母艦内の病室でもぞもぞと体の向きを変える。病室に縛り付けられているせいで本編の出番も少なくなったし、新キャラの登場である意味の卒業をしてしまいそうだと心の中で嘆く。

 

 が、そんな中でもお見舞いに来てくれる人が居るだけいいものだろうと思う。現に、荷物の運搬の合間を縫ってゆたかが搬入されたフルーツをバスケットに入れて来てくれた。

 

「にとりさん、調子どうですか?」

「うん、大分いい感じ。だけど外に出たいよ。こう、アルコール臭い場所よりオイルとケロシンの匂いで満たされている格納庫の方が私は好みだね」

「にとりさんみたいな人はそうでしょうけど、私はちょっとアロマの入った部屋がいいですね」

 

 ゆたかはリンゴを取り出して、丁寧にナイフで皮を剥いていく。少しばかりぎこちないが、それでも皮は適度に繋がっていて、将来有望だとにとりはうむうむと頷く。ゆたかはそんなにとりをみて、少し不思議そうな顔になるも、四等分して更にリンゴを置き、にとりは口に入れる。みずみずしくもほど良い硬さの果実の甘みが、口の中いっぱいに広がった。

 

「んー、冬場のリンゴは美味しいねー」

「そうですねー。なんて言うか、身が引き締まってる感じですね」

 

 ゆたかも一つかじって、美味しそうにもぐもぐとリンゴを噛み砕く。にとりは前もこの会話した気がしたが、だがまぁいい。ああ、素晴らしきかなお見舞いの定番。そして、病人の定番。ゆたかも小さい頃はよく世話になった物だと思いかえす。そう言えば最近熱を出していないなと気が付いた。船酔いはあったが、幾分調子がよかった。

 

「ところで、外の様子どう?」

「取りあえず、戦闘機のパーツや食糧の補給の類は終わりましたよ。ファーバンティ空軍基地からも、サイファーさんたち全員が到着し、機体がドッグインしたと報告もありました。予定通りです」

「ならよかった。私はこんな状態だから何もできないしね、みんなに任せるしかないよ」

 

 このままじゃ戦力外通告だね、とにとりは枕に体を倒して、あーあとため息を吐いた。とはいっても、新しい仕事はあるにはある。整備の仕事の第一線から退くことには変わりないが、それでも重要な仕事を任せると、凪乃に言われていた。

 

「ま、これからは指令室から作戦指揮を執る事になるよ。ベルカ側の勝手は私の方が知ってるからね」

「今後の展開はどうするんですか?」

「取りあえず、トリニティ弾頭の破壊が最優先だね。奴らがトリニティを使ってこれといった活動をしていないとなると、完成したのはヴァレーに撃ち込まれそうになったあの一発。しかも、誘爆に巻き込まれて爆発した所を見ると未完成の可能性もあるからね」

「生産工場の目途は付きました?」

「エリアは絞ってるけど、具体的な場所はまだ解析中だね。ゆーちゃんなら見つけられそうだけど、まだ時間はあるから休んでていいよ」

「んー、なら明日明後日辺りまでゆっくりしますよ。必要なら声を掛けてください」

「おっけー。あ、そうだもう一つ大事な事があった」

 

 にとりはベッドのそばの戸棚に手を伸ばして、数枚の書類とペンを取り出して、それらすべてに自分の名前をサインする一体何をしているのだろうとゆたかは覗きこんで、書かれている単語すべてを理解した時、なるほどと口ずさんだ。

 

「私はもう前線には立てない。だけど、整備の仕事の責任者は必要なんだ。だから、私に代わる人にそれを受け継がせる。少しばかり不安はあるけどね」

「きっと、あの人なら大丈夫ですよ。みんなで支えて上げましょう」

「そうだね。君の言う通りだ。じゃあついでと言っては何だけど、この書類を艦長にまで持っていてくれないかな?」

「あ、はい。いいですよ」

 

 と、にとりは書類を封筒に入れてゆたかに差し出して、ゆたかは確かにと受け取る。凪乃に書類を渡す為に立ち上がり、歩き出そうとしたところでにとりがもう一つ用件を思い出して、ゆたかを呼び止める。

 

「そうそう、ゆーちゃんのE-2Dのパイロットが来ているらしいから、会ってみるといいよ。格納庫内で準備してるらしいから、気が向いたら挨拶しておいてね」

「あ、はい。それじゃあこの書類を渡したら行ってみます」

「うん、よろしくー」

 

 失礼しました、とにとりの病室をあとにし、ゆたかは艦長室に向けて歩き出す。途中何人かの兵士とすれ違って、階段を上がり、艦長室へと向かう。この数日間で空母の艦内を歩き回ったからある程度中は把握できた。迷う事も無く、ゆたかは艦長室にたどり着いて、ドアをノックした。

 

「どうぞ」

 

 中から返事がして、ゆたかは「失礼しますと」ドアを開けて中に入り、凪乃に敬礼した。

 

「にとり主任から、書類のお届けです」

「ああ、あれか。ありがとう、確かに貰ったよ」

 

 ゆたかは両手で凪乃に書類を差し出して、一礼し、部屋を出てる。特に問題も無いそうだし、自分が居ても邪魔だろうからさっさと次の目的地である、格納庫へと向かう。

 

 手際良く格納庫に戻って、翼を折りたたんで格納庫の隅で出番を待っているE-2Dに向けて歩みを進める。目を凝らせば、見慣れない人物数人が、E-2Dを取り囲んでいた。恐らくあの中に担当のパイロットが居るのだろう。ゆたかは、一番近くで作業をしていた一人に声を掛け、一礼する。それを境に周りの数人も集まって来て、ゆたかに挨拶を言う。その中に、この機体の機長になるパイロットも居た。

 

 そして最後にもう一人、副操縦士が機内で作業をしていると言う事で、その人物にも挨拶しようとゆたかは機内へと続くタラップを上り、機内へと入る。コックピットの副操縦席に一人の陰が見え、ゆたかは一言声を掛けた。

 

「あの、この機体の副操縦士ですよね。今後当機のオペレーターを担当します、小早川ゆたかです。御挨拶に参りました」

 

 ゆたかの一声に相手はピクリと反応して立ち上がり、そしてゆっくりと振り返る。ゆたかは、その副操縦士を見て驚愕した。そう、自分が良く知っている、大切な友人だったからだ。

 

 ライトグリーンのショートカット。ブルーの瞳に釣り目のその表情は、一見して無表情でクールなイメージが湧くだろう。しかし、ゆたかは目の前の人物がそのイメージとは離れて、心優しい温かい人なのだと言う事をよく知っていた。

 

「みなみ……ちゃん?」

「ゆたか……久しぶり……」

 

 その人物は、女性としては長身で、スレンダーな体を持ち、男物の服を着れば一瞬男と見間違えるようなゆたかのハイスクール時代の一番の親友である、岩崎みなみだった。

 

「そんな、みなみちゃんどうしてここに!?」

「パイロット候補生として、今まで訓練していたから……この一件を知ってゆたかの力になれたらっと思って、こちら側に入れるようにしてもらった」

「で、でも私全然知らなかったよ! 就職先もあまり教えてくれなかったし……」

「この為にずっと黙ってた。言うと多分ゆたか怒るから」

「怒ると言うよりもびっくりしちゃったよ……でも言ってくれなかった方が怒るかな~?」

「あっ……そ、それはその……」

 

 少しばかり意地悪そうな顔になり、みなみはしまったと言った表情でどうしようかと少しばかりおろおろしてしまう。ゆたかは少しばかり慌てるみなみを楽しみ、くすりと笑みを浮かべてネタばらしをする。

 

「冗談だよ。びっくりしたのは本当だけど、怒っては無いよ。むしろ嬉しいくらい!」

 

 満面の笑みでそう答える。みなみはほっとした表情になって胸をなでおろした。変わっていない。過保護なところも、見た目とは裏腹の豊かな表情。ずっと会って無かったからいい安らぎになった。

 

「ゆたか、ちょっとだけ変わった。うん、強くなった」

「前みたいに簡単に弱ったりしないからね」

「でも、優しいとこは、変わって無い」

 

 ほんの少しだけ唇を釣り上げて、みなみは微笑む。少しあって無かったせいか、その笑みはとても美しい物に見えた。冷たい氷のアートの様な、そんな印象の彼女の笑み。だがその心はとても温かいもので、ゆたかはそれを見て安心する自分に気が付き、思っていた以上に疲れていたんだなと自覚することが出来た。

 

「これからは私も空母に乗るからよろしく」

「うん、よろしくねみなみちゃん! あ、そうだ。よかったらこの後食事とか行かない?」

「うん、美味しい店あるよ」

「ほんとに? じゃあ今日お仕事終わったら一緒にいこうよ! お話したいこといっぱいあるんだよ、ひよりちゃんとかパティちゃんとか元気にしてるかな?」

 

 ゆたかは、早く仕事が終わればいいと思った。張り詰めてばかりだから大切な親友が現れた事は大きなプラス要素になった。肩の荷が大きく降りて助かった。

 

 

 

 

 またここか。数年ぶりのデートから帰って来たサイファーの割り当てられた部屋は以前にとりと訪れた際に使った場所だった。そのおかげか少しばかり気が楽になる気がした。ファーバンティの枕は自分にぴったりの弾力と高さだから、安心して寝られるなと思いながら、荷物を手近な机の上に置いた。

 

 ブラインドを開ければ、駐機している戦闘機が目に入る。いずれの機体も少し雨や埃で薄汚れていて、どこか疲れたような雰囲気を出していた。並んでいるのが少し古くなったMiG-29だからそう見えるのも当然だろう。まだまだ現役だが、少しでも人の手が無くなるとこうなるのか。サイファーは新品のX-02を思い浮かべながら、ベッドに座り込んだ。

 

「さてと、しばらくの間は休暇ね。あんたもいい機会じゃないかしら?」

 

 同じく部屋に入ってきた海里が、机の下に自分の荷物を置き、フライトジャケットを脱ぎながらそう言った。なぜか部屋が一緒である。いったい誰の差し金だろうか。サイファーには思い当たる節を一秒で三人くらい思いついた。

 

「ああ、そうだな。この一カ月くらい激務だったわ。疲れた」

「お付き合いありがと。おかげで楽しかったわ」

「それならなによりだぜ」

 

 ぼふん、と海里もベッドに座り、少しだけ体を寄せてサイファーの肩に自分の頭を乗せる。サイファーも何ら拒絶することなく受け入れて、そのまま二人で一緒にベッドに倒れ込む。サイファーはもぞもぞと枕を掴むと頭を乗せて、海里もその隣に横になる。ちょっとだけ寝よう。そう言うと海里も承諾して、部屋には二人分の寝息しか聞こえなくなった。

 

 

 

 

 割り当てられた部屋で、スザクはアールグレイの紅茶を入れて取りあえず一息入れていた。いたのだが、どうもつまらない。つまらないと言うか、不服と言うのが本音だろう。海里が合流したことによって、あまり自分の付け入る隙間が無い事が原因だろう。それだけではない。

 

 率直に言おう。自分も恋人が欲しいと。惚気話は嫌いである。が、恋愛が嫌という訳ではない。ここ数年考えていなかったが、どうも最近急激にその手の人間的欲求に飢え始めている事に気が付いた。思えば、15年前のあの日から全く気にしていなかったから、どうすべきかよく分からなかった。

 サイファーと海里がいい例なのだが、あの二人はいつも一緒にいるのが当たり前だったからほとんど参考にならない。果たしてこう言う時誰に聞くべきだろうか。

 

 そう思っていた矢先、ドアがノックされる音がして、スザクは返事をしながら立ち上がって、ドアの前に立つとゆっくりと開ける。一瞬誰も居ないかのように見えたが、青いアホ毛が自己主張していたから誰が来たかすぐに予測できた。

 

「やっふー、スザク君」

「こなたか。何の用だ?」

「いやはや、にとりから聞いたんだけどさ、やまとちゃんの誕生日が11月らしくてさ。もう過ぎちゃったけどせっかくだから祝おうかなって話になってるんだよ」

「誕生日、か……」

「ちなみにサプライズでね。どうかな、たまにはこういうのもいいんじゃないかな?」

「ふむ、面白そうじゃないか」

 

 最近ミリタリーな事しか無かったから、こう言う一般的なイベントに関わった事が無かった。いい気休めになるだろう。思えば、こう言うサプライズパーティと言う物はあまりやった事が無かった。漫画ではよく見る話だが、リアルでやると全く縁のない話なのだから少し楽しそうだとは思った。

 

「よし、決まりだね。取りあえず突貫でメニューを少し考えたから少し説明するね。場所は基地の前のスカイキッドを貸し切りで。他にもサイファー集めたりして準備するから、その間にスザクはやまとちゃんを街に連れ出して買い物なりしておいて」

「まぁ、そんなもんなら」

「うむうむ、じゃあ明日改めて報告するよ。今日はゆっくり休んでて~」

「ああ、了解だ」

 

 それじゃあ、とこなたは退散し、スザクも少しばかり見送って部屋に戻る。ドアを閉めてから、自分が思っていたより楽しそうにしている事に気が付いた。やまとと出かけると言う事は、要するにデートである。年頃の女とデートとなると、考えてみれば初めてである。さて、どうすればいいのだろうか。

 

 ゆたかと一緒に食事はよくしていたが、どちらかと言うと妹である。やまとに関しては兄さんとは呼ばれているが、微妙なラインである。ここは一つ何か観光スポットなりや系なり上手い物でも食べさせてやるのがいいのだろうか。

 

 はて。取りあえず適当にプランを考えておこうか。スザクは頭の中で思いつくだけの計画を考えながら、備え付けのノートパソコンの電源を入れた。


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