ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war- 作:チビサイファー
永森やまとは憂鬱だった。アングルトデッキの上で、苦手な冷たい風に当たりながらも、そうでもしないと何か落ち着かない感じがして、しかし具体的にどうしたらいいのか分からずに、やはりモヤモヤとしていた。
今日は特に仕事は無い。今朝にスザクがベルカ方面へと偵察のために出撃し、それ以外の出撃が無いため、やまとは手持無沙汰だった。夕方までスザクは帰ってこない。他の機体の整備も手が足りている。というか、やまとはXFA-27の専門だから、あまり他の機体について口出しすることはできない。いや、出来なくはないが手が足りているのだ。
おかげで一日中暇である。こう言うとき、一般の女子高生という物はどう過ごすべきなのかと考える。まずはショッピングだろう。だが、空母にそんな大それたショッピングモールなんてない。ではカフェにでも行ってスイーツを食べるか? いや、無い。空母の食事は美味いが、カフェの様なオシャレなものなんてある訳が無い。というか、女の子が空母に居る事事態まずあり得ないようなものだ。よって結論として一般常識は通じないと言うことが判明した。
甲板から空母のかき分ける白波を見つめる。その向こうに表向きはノースポイント所属のミサイル駆逐艦「イナヅマ」と「イカヅチ」、情報収集船「ヒビキ」が一隻ずつ。反対側にも同じくミサイル駆逐艦「アカツキ」とイージス「コンゴウ」と「ハルナ」。いずれもファーバンティを目指して一直線に進んでいる護衛艦たちは、アクロバット飛行をする訳でもなく、音速で飛ぶ事が出来る訳でもなく、一定の速度で航行する艦船と言う物は、戦闘機を見慣れたやまとにはつまらない物だった。
やまとは立ち上がる。確かにつまらない。だが、それ以上に引っかかるものがあった。やまとの脳内を、スザクの後ろ姿がかすめた。またか、と思う。昨日の意識をトリガーに、スザクと面と向かって話しにくくなっていた。
だが、その割には脳内では少しでも油断すればスザクが現れる。なんだこれは、とても言葉にしにくい感情である。一応思い当たる節はあるのだが、自分がそんな感情を抱くなんてとても思えなかった。
それに、自分はあくまでスザクを「兄」として認識しているのだ。異性ではなく家族として認識しているのだ。異性として見るのは果たしてどうなのだろうかと、結論が生まれなかった。
甲板を歩き、艦内へと戻ろうとする。デッキには仕事の無いフライトクルーが暇つぶしにカタパルトでラグビーボールを打ちあげてキャッチすると言う遊びをやっていた。やまとは気にせずに歩く。無性に誰か話し相手が欲しかった。もちろん同性で。ゆたか辺り手が空いてないだろうかと思う。そうだ、ゆたかを探しに行ってみようか。
やまとはゆたかがどこに居るのかと考え、そう言えば今日は格納庫に行くみたいな事を言っていた気がしたから、取りあえず行ってみる事にする。
階段を降り、一旦艦内に戻って格納庫へと続く通路を見つけて、中に入る。戦闘機約40機を収容可能な巨大な格納庫へと入り、きょろきょろと辺りを見回す。
視界の中には予備電源を入れられて電子機器のチェックをされるX-02、破損個所を修復するために一部装甲を剥がされ、ノーズコーンが転がっているY/CFA-42、そしてその二機の奥にヴァレーでも見たE-2Cホークアイの近代化改修機、E-2Dが鎮座していた。そしてそのプロペラの下に、木箱の上に座って頭を悩ませている表情のゆたかが居た。
「ゆたか」
「あ、やまとちゃんお疲れさま」
「ええ、お疲れ様。何してるのかしら?」
「今後はまたオペレーターとして働くから、E-2Dについて勉強してたんだよ」
「ふーん。捗ってるのかしら?」
「それがちょっと時間かかりそうで……ヴァレーとISAFとじゃ仕様が違うから、覚えるのが大変で……」
ゆたかは少しばかり疲れた顔をになり、やまとはその顔色から結構な苦労をしているのだと察した。試しに彼女の持っているマニュアルを覗いてみれば、また複雑なそうな標記がぎっしりと詰め込まれていて、整備マニュアル並みの多さにやまとはげんなりした。
「でも、ウスティオのより説明は分かりやすいかな。ISAFは多国籍軍だから分かりやすいように図面の説明もあるしね」
「そうね、それが救いかしらね」
あはは、とゆたかは笑みになる。やまとは今ゆたかに自分の事を話すのは妥当ではないと判断し、他を当たる事にした。さて、次は誰がいいだろう? ここはにとりが無難だろうか。
「じゃあ、私は行くわ。あまり無理しないでね」
「うん、また後でねやまとちゃん」
軽く手を振ってゆたかは笑顔でやまとを送りだし、やまとはそれに応えて再び前を向く。さて、本人はどこに居るのだろうかと考えて、Y/CFA-42とX-02の方へと向けて歩き出す。
隣に並んでいる二機の周辺を歩いてみるが、にとりの姿は無い。いつもなら点滴片手にマニュアルを読み漁ってセットアップをしていると思ったが、今回は見当たらなかった。では、病室だろうか?
そう考えて、やまとは艦内の病室に向けて歩き出す。にとりなら、何か力になってくれるかもしれない。
と、思って病室に来たはいいのだが、にとりの寝ているベッドを覗いてみると、明らかに眠っている、とは言えないような体制でにとりがぐったりしていた。
「あの、主任……?」
「…………」
返事が無い。ただの屍の様だ。一体どうしたのかとにとりを起こそうとしたら、病室の主治医が現れて状況を説明してくれた。
「さっき、また病室抜け出して格納庫に行こうとしていたから、麻酔で無理矢理眠らせてベッドに放り込んでおいたのよ。まだ動いていい状態じゃないっていうのに、それでも行こうとするから流石に医者として放っておけないわ。だから強硬手段を使わせてもらったわ」
ああ、なるほど。確かにこの状態で動くのは望ましくない。あまりにもにとりが頑丈すぎたから、重症患者が歩き回るのに何ら違和感を感じなくなっている自分に気が付いて、危ない危ないと思い直す。患者は寝ている物なのだ。そうでなければならない。
「取りあえず、今日は一日寝かせるつもりだから、用件があるなら後日にしてちょうだい」
「あ、はい……失礼します」
仕方あるまい。やまとは病室から出て、ため息を吐く。一番宛てにしていた人物があんな状態ではどうしようもない。やまとは「お先真っ暗ね」と呟いた。
さて、どうする永森やまと。一瞬こなた辺り探そうかと思ったが、一体どこに居るのか想像がつかなかった。それなら先に如月姉妹のどちらかに相談した方がいいかもしれない。さて、先に見つかりそうなのは海里の方だろうか。
とは思うが、やまとは例のごとく和解した海里とサイファーの邪魔をするのはいかがなものかと思う。昨日の模擬戦後の二人を遠目に見たが、あそこだけ異世界になっていた。オーラが違う、とでも言えばいいのだろうか。聞いた話では、昨晩は自室に帰らずにサイファーの部屋に押し掛けたらしい。
恋人同士が二人きりで部屋に入ると言う事は、そう言うことなのだろう。やまとは思春期ゆえの興味を少しばかり持ち、しかし次の瞬間には一体何を考えているのかと首を大きく振って歩き出す。ならば夏芽だ。先に夏芽を探そう。
さっき格納庫を見たときに居ないと言う事は、艦橋にでもいるのだろうか。あるいは甲板? いや、彼女の所属はあくまで新型機の開発主任だから、デスクワークの方が多いかもしれない。
取りあえず、一旦甲板まで戻ろう。そこから適当に誰かに聞いて、夏芽を探そう。そう決めてやまとはまた甲板に向けて歩みを進めた。
*
そうして、甲板まで戻ってきたはいいが、夏芽は見当たらない。宛てが外れただろうか。どこか夏芽の場所を聞けそうな人物はいないかと探し、近場に居た空母のフライトデッキクルーに夏芽の居る場所が分かるかと聞いたが返事はNO。元々デッキクルーはマーティネズ・セキュリティーの社員だから、ISAF側である夏芽の事を知らないのは当然と言えば当然かもしれない。仕方ない、今度は艦橋に行こうか。そう思っていた矢先だった。
「やーまとちゃーん!」
「うひゃぁ!?」
突如として、夏芽ではない方の如月海里が現れて、後ろからやまとに飛びき思わず体が跳ね上がる。噂をすればなんとやらと言うが、本当に現れるかと思った。
「か、海里さん……随分ご機嫌ですね……」
「え、そうかしら?」
「はい。何と言うか、テンション高いです」
「あー、やっぱり行動に出ちゃうかなー?」
参った参ったと海里は両手を上げる。やまとは今の海里がものすごく輝いているような気がして、眩しいと思った。何か、違う世界を見ている気がして、それが羨ましいと思っている自分に気が付いた。
「ところで何してるんですか?」
「ちょっとお使い。サイファー起きないから食堂閉まっちゃって、朝食代わりにね」
「……二人で寝たんですか?」
「まぁね。あ、残念ながら薄い本の展開は無かったのであしからず。そんなことしたら私の内臓死ぬ」
「歩いていいんですかそれで……」
「歩く分には問題ないわね。階段はきついけど」
海里は自分の腹を軽く撫でて、少しばかり憂鬱な顔になる。この人はきっと動き回りたい人何だなとやまとは認識する。やまとは一瞬自分の事を相談しようかと思ったが、この海里の顔を見ると邪魔する訳にはいかないだろうと、この場は諦める事にした。
「あ、そう言えばいま夏芽さんを探しているんですけど、どこに居るか知りませんか?」
「ああ、夏芽なら今自室でファーバンティ空軍基地に私の機体の予備パーツの手配の交渉をしているわ。同時に修理のスケジュールの組み立てやるってさ。たぶん今日一日部屋から出ないと思う」
「そうですか……」
「夏芽に何か用事かしら?」
「いえ、ちょっと整備の事で聞いてみたい事があっただけです。今じゃなくても大丈夫なので」
「そっか。急ぐんだったら私経由で教えてね」
「分かりました、ありがとうございます」
「さってと。それじゃあそろそろあいつ叩き起こしてくるからまたね」
「はい。海里さんもお大事に」
会釈して海里はそのまま艦内に続く通路へと入っていき、やまとはそれを見送る。さて、海里の可能性は消えた。同時に夏芽もY/CFA-42の修理に追われているのだろうと察する事が出来た。これで身の回りの同性に話し相手が居ないと言うことが判明してしまう。さて、どうする永森やまと。
「おねーさんもしかして悩み事?」
「え?」
突如として、真後ろから声が掛り、やまとは振り返る。そして、目の前には自分よりも頭一個分より背の低い少女が居た。黒い服と黒い帽子を身にまとい、自身が被っている帽子の中から淡い緑色の紙を伸ばし、同じく緑色のあどけない瞳をもっていて、比喩ではない明らかにやまとよりも年下であろう子供だった。
それにも驚いたが、やまとはこの子が何の音も立てずに突然自分の真後ろに密着と言っていい程のレベルの距離に現れた事にも驚いた。ついさっきまで海里と話していたのだ。海里なら気が付いたはず。だが、アクションが無かったと言う事は、気付かなかった、または本当に居なかったということだ。
音も無く現れた少女に、やまとは驚いたが、よく考えれば空母になぜ子供が乗っているんだと言う疑問へと発展する。驚きはしたが、一旦そちらの方へと意識を戻して対応した。
「あなた……一体どこから来たの? ここは軍艦よ、子供のいる場所じゃないわ」
「おねーさんだってどっちかと言うと子供じゃない。人の事言えないよ?」
なんて子供だ、とやまとはむっとする。ニコニコとしている無垢な表情だが、その裏に何かある物だと分かった。だが、読めない。一体この子供が何を考えているのか読めない表情をしていた。恐ろしくもミステリアスなその少女は、何物でもない雰囲気をまとってやまとの顔を覗きこんだ。
「それよりも、さ。おねーさん悩み事してるんじゃない?」
「な……別にあなたには関係ないわよ」
「やっぱりしてるんだー。うふふ、それならいい場所があるよー」
「べ、別に要らないわよ。一人で解決できるわ」
「本当にー?」
少女はにっこりと口元を釣り上げて笑みにある。だがその目は笑っていない。その目はまるで、何も見ていないような、何も考えていないような、そう。無意識とでもいうような眼をしていた。
「でもさー、そうやって解決できなかったら、お仕事の邪魔になるんじゃないのかな?」
「大きなお世話よ……」
とは言うが、否定できなかった。そうやって前にスザクのベルクートを大破させてしまったのだ。やまとは完全に否定できなくなる。もう絶対にミスはしないように全力を注いで毎日仕事している。だが、それでもいずれ何か起こしてしまうのではないのだろうか。その不安がまだ残っている。
「完全に否定する事が出来ないんだね」
気付けば、少女はやまとの目の前から消えていた。視線をめぐらせれば、甲板と艦内を続く階段に向けて歩き出し、今まさに階段へと踏み入ったところだった。
「そのままでいいって言うならお姉さんの勝手だけど、私はお勧めしないよ?」
「なっ……ちょっと!」
やまとが少女を呼び止める。だが、彼女はまるで何も聞こえていないかのように全く気にすることなく階段を下りて行き、その背中が見えなくなる。
その背中を追いかけ、階段を駆け降りる。しかし、降りた先に少女は居なかった。やまとは幽霊でも見たかのような気分になる。まるで消えたかのようだ。確かに、艦内は入り組んでるから隠れる事には困らないが、それでも早すぎる。数か所の曲がり角を見てみたが、誰も見当たらなかった。と、
「にゃー」
今度は足元から鳴き声がした。艦内で「にゃー」と鳴く奴なんて一人、いや一匹しか居ない。やまとはその正体に少し安心して、目線を降ろした。
「お燐? どうしたのよ」
「にゃー」
じっとお燐はやまとの目を見つめ、やまともそれを見つめ返す。少しの間だけそれが続き、お燐はぷいと後ろを向いて歩き出した。そして数歩だけ歩いて、お燐はもう一度振り返る。着いて来い、というサインだ。
やまとはお燐のこのサインを受けるのは初めてだった。何度かサイファーやにとりからは話を聞いた事があったが、本当に人間の様な事をするのだと驚く。お燐が再び歩き出し、やまとは何があるのだろうかとその後ろを付いていく。狭い艦内をぴょんぴょんと動きまわり、その度に見失いそうになりながらも、その背中を追いかける。次に曲がり角を右に、左にと動きまわり、やまとはまた一瞬見失いそうになって急いで角を曲がる。だが、その先に居るはずのお燐の姿が消えていた。
「え……お燐?」
やまとは立ち止り辺りを見回す。だが、人間どころか猫一匹入れそうな隙間は見当たらない。一瞬で走り抜けるのも距離的にも無理だ。どこに行った?
「おねーさーん、こっちこっちー」
と、通路の先からさっきの少女がひょっこりと顔を出して手招きをしていた。やまとは辺りをきょろきょろしながら無意識に呼ばれた先に行き、少女が居た角を曲がると、今度はお燐が立っていた。
「え、ええ?」
なぜ今度はお燐が。まさか、あの少女が変身してお燐になるとでも言うのだろうか。いやそんなまさか。魔法少女アニメでもあるまいし、これはあくまでエースコンバットというフライトシューティングの二次創作である。要素はどちらかと言えばミリタリー。ファンタジーではない。
お燐が歩き出して、やまとはまたそれに付いていく。不思議だが、そうするしかない。
それから角を曲がり、お燐が消えて少女が現れる。そして少女が消え、お燐が現れる。そんなやり取りを数回繰り返して、お燐がある扉に入っていくのをやまとは見た。
空母内の重々しい扉ではない、木製で出来た小洒落た扉だった。ここだけ全く違った雰囲気を出している。ここは一体何なのだ?
少しだけ開け放たれた扉に手を入れ、ゆっくりと開ける。中は木で出来た長椅子が並べられていて、その前に十字架。やまとはここがなんなのか察しが付いた。
「教会……?」
「そうだよ」
また後ろから声がして、やまとは振り返る。そこにはやはり、あの少女が立っていて、相変わらず何も見ていないような眼でやまとの事をじっと見ていた。
「お疲れ様おねーさん。ここがゴールだよ」
「ゴールって……」
「おねーちゃーん、お客さんだよー」
少女が声を上げると、かちゃりと食器がこすれる音がして、やまとが音のした方を向ければ、そこにはティーテーブルと二つの椅子が置かれていて、片方には同じく黒い修道服を着た、薄いピンクの髪の毛をした少女が座っていた。その膝の上に、お燐の姿があって、やまとは内心ほっとした。
「まったく、また勝手に連れて来たのね」
「えーでもお悩み持ちだよー? それが私たちのお仕事じゃないのー?」
「そうだけど、だからと言ってやたらと首を突っ込む物じゃないのよ。自己解決できるならそれでいい、本当に私たちが必要としている人は、自らここに来るものよ」
「よくわかんなーい」
「そうでしょうね。分かったわ、私がお相手するから少し外を歩いてなさい」
「はーい」
そう言うと、少女はドアから出て行き、鼻歌を歌いながら廊下を歩いていった。やまとは事の流れが上手く理解できずに、残ったもう一人の少女を見るしか無かったが、助け舟だろうか。少女が椅子から立ち上がり、やまとと目を合わせた。
「妹がご迷惑をおかけしました。どうも付き合わせてしまって申し訳ありません」
「あ、いえ…………あの、ここは一体?」
「ここは見ての通り教会です。私はここのシスター。ここはこの艦に乗っている宗教持ちの人のための、そして長い空母生活で精神的にも疲れてしまった人のカウンセリングを行う場所です」
「カウンセリング、ですか……」
確かに、今自分はよく分からない感情に支配されている。そして、それを打ち明けられそうな人物はみんな忙しそうで事実上いない。やまとはどうしようかと思う。本人は無理に来なくてもいいと言っていたが、大絶賛お悩み中なのだから少し相談してみるのもいいかもしれないと結論付けた。。どの道この先暇になりそうだし、とやまとは少しばかり相談を受けてみる事にした。
「じゃあ、少しばかりお願いします」
「分かりました。取りあえずどうぞ掛けてください」
シスターはやまとに座るように促し、やまともそれに素直に応じる。その間にティーポットから紅茶を二人分注ぎ、やまとに指しだす。ほんのりと甘い香りがして、やまとはごくりと唾を飲み込んだ。
「お菓子もよかったらどうぞ。落ち着いてからで結構ですので、どうぞお話を」
「ああ、はい……あの、ところでさっきの女の子は?」
「私の妹です。放浪癖があって、いつも空母の中をふらふらしてはあなたの様に精神的な迷いを持っている人を連れてきたりしています。あの子は古明地こいし。そして私は姉の古明地さとりです」
「えっと、永森やまとです」
シスターこと、古明地さとりは紅茶を一口飲み、やまとも釣られて一口入れる。アールグレイの風味が広がり、思わず美味しいと呟いてしまう。さとりは少しだけ満足そうな笑みを浮かべ、カップを置いた。
「あなたがあのヴァレー空軍基地からのお客さんですね。泉さんからお話は伺ってます」
「マスターと知り合いなんですか?」
「以前彼女とはいい話相手になってました。ここ数年ほどはヴァレーで活動していましたからご無沙汰ですけどね」
この紅茶やコーヒーは、その埋め合わせのお土産らしいです。と付け加える。あのバーのマスターは一体どこで何をしていたのだろうかと不思議でしょうがなかった。諜報員兼バーマスターにして、シスターとお友達。まったく同じ奴がこの世に何人居るのだろうか。
「あの人は色々な事をしていますよ。聞いた話では、学生を終えた後は自宅でハッキングをしていたそうです。今だから言えるのですが、在学時代からISAFに声を掛けられていたそうです」
「あの人が、ですか……」
「ええ。容姿は私と大差ないのですが、人間と言うのは何がどう変わるのか分かりません」
シスターは、自分の胸に張り付いている修道院のマークであろう目の形をしたブローチをそっと撫でた。その指の動きは、己が今こうして空母に乗っている事の皮肉も込めているのだろうか、それともただの少女がシスターとして働いている事の皮肉なのか。そもそも、それが本当に皮肉めいた物なのか、やまとは知る由も無かった。
「あなたはどうして整備士になろうと?」
やまとは一瞬なぜ自分が整備士をやっている事を知っているのかと思ったが、油で汚れた整備用のつなぎを着ていれば普通に分かるかと思い直して答えた。
「父に言われて。家柄の都合でよく父の所属する基地に居て、戦闘機の整備の手伝いとかして、いつの間にかこんな感じに。それで勉強するためにヴァレーに配属されて、今の状況と言った感じです」
「あなたも中々面白い生い立ちですね」
「そうですね。17で整備士って言うのもたぶん私くらいしか居ないでしょうし」
「おや、聞いた話では16歳と聞いていましたが」
「先月で17になりました。ま、忙しくてこれと言って何かあった訳ではありませんが」
「誰からも祝ってもらえなかったのですか?」
「エアメールで父からおめでとうと言われました。けどそれだけです。ま、誰にもその日が誕生日なんて教えてなかったので当然と言えば当然ですが」
そこまで話して紅茶を飲む。誕生日をまともに祝ってもらった事はそんなになかった。とはいえ、父は必ず「おめでとう」と言ってくれたし、プレゼントもくれた。故郷で働いている友人からも、一緒に出かけたり食事をしたりもしていたから、やまとにとってはそれで十分だった。たかが一回まともに祝ってもらえなかった程度、どうという事は無いと言うのがやまとの考えだった。
「あなたは少女らしさ、と言う物を随分と知ることなく育ってきたのですね」
「そう言う環境でしたから知りようが無いんです。いや、知らなかった訳ではないんですよ。知るには知ってみたんですが、世間で言う女らしさと言う物が自分にとってはバカらしい物にしか見えなくて、それで今までを過ごしてきたんです」
「なるほど」
それもまた人のあり方と言うもかと、さとりはポッドの中の紅茶を足して、やまとにおかわりは必要かとジェスチャーする。やまとはまだ半分ほど残っていたから遠慮をしておいた。
「ところで、あなたの悩みについてですが」
と言われ、やまとは危うく本題を忘れかけている自分に気が付いた。
「すみません、ちょっと長すぎました」
「いえ、そう言う訳ではありません。今の話で気になった所があっただけです。それであなたの悩みは聞いた感じだと、所異性間の悩みの様ですね」
「えっ……?」
「それも、初めての感情で上手く表現できずに、それが『恋』なのかどうかも判断が出来ない。そう言ったところですか?」
的確だった。目の前のシスターは、何も言ってないのに自分の心を言い当てて見せた。やまとは驚きを隠せない。この少女は心を見通せる力でもあるとでも言うのだろうか。
「そ、そうですけど……なぜ?」
「超能力です」
「ちょ、超能力!?」
「冗談ですよ。これでも色々な人を見てきました。それなりに分かります」
また一口紅茶を飲んで、シスターは自分の修道服の腹部に着けられている、目玉の様なブローチに触れながら口を開く。
「それで、恋かどうかの判断が付かずに、誰かに相談しようにも誰も手が空いておらず、そこへこいしが声をかけた。そんな感じですね」
「え、ええ……」
なるほど、と彼女は少しだけ考える顔になる。ただし、その目はじっとやまとの方を見続けていて、目の行き場を失ったやまと本人はどうしようかと少しばかりおろおろしてしまう。
「ふむ。なかなか複雑ですね」
あむ、とシスターはクッキーを一枚口に入れる。やまとはどうしたらいいのか分からず、取りあえずまた紅茶を口に入れて一度深呼吸をする。シスターがどうぞとクッキーに手を向けて、せっかくだから頂こうと一枚。甘すぎない風味の中にミルクの味わいが広がり、やはりこれも美味だった。
「おいしい……」
「よかった。私の手作りなんですよ」
「え、これはシスターさんが?」
「ええ。一応家の食事は私が作ってたりしますから、これくらいは」
少しだけ嬉しそうにシスターは笑みを浮かべる。その顔は誰がどう見ても「美しい」と認識するであろう絶世の笑みだった、とやまとは表現する。これで居て自分とほとんど年が変わらない少女なのである。なんて羨ましいのだろう。自分もあんな風に笑えたらいいのに。やまとはそう思った。
「私も……あなたみたいに笑ったり、料理したり、女の子らしい事が出来るでしょうか?」
やまとは自分の中ではそこまで大きいような声で言ったつもりは無かったが、さとりの耳にその言葉はしっかりと届き、シスター古明地さとりは一度目を閉じ、少しだけ考えて目と口をほぼ同時に開いた。
「あなたは確かに、少し普通の女とは少し違った生い立ちによって、世間体でいう『普通』とは少し離れています。ですが、それがいけないと言う事はどこにもありません。むしろ、今のその気持ちを大事にするべきだと思います。なりたい自分を目指す。その先でどうしても不可能な事や、受け入れられない事があるでしょう。しかし、それでいいのです。大事なのは『そうありたい、そう言う自分になりたい』と常に思い、目指し続ける事。そうやって女性は磨かれて行く物です。そうすれば、あなたの想っている人は気付いてくれます」
「……じゃあ、私はやっぱり恋という物をしているんでしょうか?」
「そう言うことになると思います。ただ、一概に恋愛なんてものは誰が決める物でもありませんよ。自分が恋してると思うならそれでいいでしょう。自分は恋なんてしない、するはずが無い。そう思って納得できるならそれもいい。ですが、後者を貫き通すのはほとんど無理な話です。素直になる、というのは案外難しい物です。それ故に人は壊れやすい。あなたも、少し感情を上手く表現できない、または表に出さない所が残ってますね?」
そうでしょう? さとりの目はそう言っているかのようで、事実そう言っていたに違いないだろう。やまとは自分の胸の内に問いかけてみる。ああそうだ。前よりも少しだけ表情が出せるようになっていたのは事実だ。だが、まだ少しだけ何かしこりがあるように素の表情になれない時がある。そのタイミングの大半が、スザクと居る時だった。つまり、自分はスザクに対してまだ上手く感情をあらわせない所があるのだ。それが、恋心というものである事をようやく知った。
「そっか……私、恋って奴をしてるんですね」
ほろりと口にした言葉は、自分を納得させるには十分だった。意外とあっけなく理解できるものなのかとも思う。スザクの姿を思い浮かべると、頬が熱くなって、心臓の鼓動が速くなるのを直に感じた。ああ、本当に人間は人を好きになるとこんなにも体の変化が起こるのかと少し驚く。本で読んでみた時はバカバカしいと思っていたが、バカに出来ない物だ。あの時の自分よ、その反応を今すぐ取り消すのだ。
しかし、意識すればするほどよく分からない感覚に襲われる。やまとはその感覚にまだ慣れなかった。しかし、悪い物だとは思わない。どちらかと言えば、好奇心だ。その先に何があるのか、知ってみたいと言う欲求に駆られる。
「ええ。あなたくらいの年齢になれば、恋の一つや二つもするでしょう。必然的です。そしてそれでいいのです。自分なりの形で想いを積み立てて、相手にぶつける。そうすれば結果は変わります。あと、もう一つ重要な面が」
シスターは人差し指を立てて、やまとに少し真剣な目を向ける。あたかも、これを聞かなければ今後の生死にも関わるぞというような威圧感を放っていた。
「あなたの想い人、少し心が歪んでいます。普通に過ごす分なら取りあえずは大丈夫ですが、何かのはずみでその歪みが広がって、取り返しのつかない事になるかもしれません。その時支えられるのはあなただけでしょう。歪みを広げず、あなたがそれを修復させる事が出来ればそれで解決です。でも、どうしても歪みが抑えられない時。それを最小限に食い止めるための別の方法を考えるのも手の一つ。どちらの手段を選ぶのかはあなた次第です。ともかく、想い人を歪みから守り通す。それがあなたのやるべき事です。何事も起きない事を祈ります」
歪み。やまとは思い当たる節はあった。スザクの妹の事だろう。自分は記憶が無いからまだいいが、スザクははっきりと妹の千切れた遺体を見てしまったのだ。まともで居られるはずが無い。やまとは、少しスザクの行動に気を配ろうと決めた。
「はい。気をつけます。おかげで少しすっきりしました」
「頑張ってくださいね。また何か困ったらいつでもいらしてください。ま、困ったらまたこいしが嗅ぎつけて来ると思いますけどね」
あの子は犬みたいに鋭いですから、とシスターは笑いながら付け加え、やまとも釣られて笑みを浮かべる。いい場所を見つけたかもしれない。ここのシスターである古明地さとりが気に入ったし、この落ち着ける雰囲気も好ましかった。また来よう。やまとは素直にそう思った。
それからは他愛のない世間話が続いた。さとりがどうしてシスターになったのか、過去には変わったカウンセリングを受けにきた人物が居た事や、妹の事。美味しいクッキーの作り方や、和菓子の魅力について語り合ったりしてみた。
その後も世間話や軽い愚痴などを離したりしていたが、いつしか結構な時間を費やしていたようで、時計の針を見ると、自分が思っていた以上に進んでいて、やまとはそろそろお暇しようと決めた。新しく話せる相手が出来ると言うのは嬉しい事だが、こちらさんも仕事である。あまり長居をしては他の利用者に迷惑かも知れない。
「じゃあ、そろそろ私はお暇します。長居すると迷惑も掛かりますし」
「私としてはまだまだいてくれても問題ないのですが、一人で考える時間も必要でしょう。また機会があれば来てください」
「はい、ありがとうございました」
*
協会から出て、やまとは今後の自分がどうあるべきかを考える。こんな大事な状況下、個人的感情を交えるのはあまりよくないというのがまず最初に浮かんだ。だが、人間である以上感情という物は嫌でも持つ物だし、仕事に支障のないように調整するのもまた一つの手段でもあるだろう。
では、その調整というものをどうやるのか。今までスザクのことは「兄」として認識しているものだと思っていた。確かにその要素も少なからずあったのだろう。だが、結果としてやまとはそれが家族としての認識ではなく、異性としての認識だったのだと、さとりとの会話で理解した。では今後どうやってスザクに接するのか。
恋心というものは本当に複雑で、意識を始めるとなかなか思い通りにいかない。素直になれない人間、例えばヴァレーに来たばかりのやまとだったら否定し続けて精神的に参ってしまっただろう。そしてスザクともまともに会話できなくなり、いずれ仕事でまたミスを犯す。いや、実際に犯していたのだ。
やまとは思い出す。スザクの機体を大破させてしまったとき、自分はスザクのことを考えていたではないかと。ああ、結局あれもこの感情のせいなのかとため息が出た。
艦内を歩き続け、そういえばここは何処なのだろうかと、自分の現在位置を把握できていない自分に気がついた。何てことだ、考え事をしていて道に迷うとは。最近ついてないとまたため息が出た。
が、辺りを見回せば、また軍艦の持つ鉄の扉とは違った雰囲気の扉を発見する。そのドアにはプレートが下げられていて、そこには「Lucky☆Star」と書かれていた。まさか。
やまとはそのドアを開けてみる。その先にあったのはどこか懐かしい雰囲気のバー。見たことあるような机、カウンターの配置。というか、そのままヴァレーにあったこなたのバーじゃないか。
「ふっふっふ、やまとちゃんいらっしゃーい」
カウンターの下から、こなたがひょっこりと顔を出してにまにまとした笑みを浮かべていた。ああ、この人は暇人だったのかと思う。ISAFの諜報員という身分があるのにも関わらず、こんな所でまた営業しているとは。半ば呆れながら、やまとはカウンター席の一つに腰を下ろして、適当にお茶を一杯頼んだ。
「で、何やってるんですか?」
「私の城であるバーカウンター、「らき☆すた」二号店の経営なり~」
ヴァレー支店を受け継ぐ二号店、ヴァレー支店! とこなたは堂々と言ってのけるが、そのままじゃないかとやまとは内心突っ込んだ。まぁ船の名前にあやかってるとなると、必然と言えば必然だろうか。
「いいんですか、仕事の方はしなくても」
「いいのいいの。これもまた仕事のうち。私の仕事は情報収集船を経由した情報収集。ベルカ側の動きについては大方把握したから、今は現地に居る協力者の返事待ちってところ。その間はまた憩いの場としてこの店をやるのさ」
どうぞ、とやまとに熱いお茶を差し出し、一口入れる。紅茶もいいが、やはりお茶は渋い物がいいなとやまとは再認識する。ついでに水羊羹も注文した。バーなのに和菓子もあるとは、さすがは泉こなたと言うべきだろうか。
「ところで、何かあったのかな? まだこの店が開店することは誰にも言ってないのにここの行きつくとは、なかなかやるね」
「いえ、ちょっと教会の方に行ってて、その帰りみたいなものです」
「ああ、地霊教会ね。あそこのシスター姉妹可愛いよねー」
まるでギャルゲのヒロインじゃないか! とこなたは興奮気味に言って、やまとは異世界を見るような目でこなたを見てどう反応すべきなのか困る。正直少し引いていた。
こなたは知ってか知らずか、鼻歌を歌いながらカウンターの横に置いてあるノートパソコンに向かってマウスをクリックする。一応作業も一緒に行っているのだろうかと考える。
「で、教会で何してたのかな?」
「ちょっとした悩みの類の事を相談してました。仕事に支障を出す訳にはいかないので」
「ほうほう、一体どんな悩みなのかね? お姉さんに言ってみなさいな!」
「間に合ってますよ。ま、ちょっと向き合う必要性があるので問題はまだまだあると思いますが」
「スザク君の事かな~?」
やまとの湯のみを口元に運ぶ手が止まり、横目でパソコンを操作しているバーのマスターを見つめる。彼女は画面から目を離さずにタイピングをしていた。その顔は笑み。だが、その内には何か別の物を持っている雰囲気を持っていた。この女、やはりただ者ではなかった。
「図星かな」
「…………ええ。そうですね」
「おやま、素直に認めるなんて、何かあった?」
「特に何かあった訳ではありませんが、今後自分がどうあるべきかを考えました」
「ほっほーう、大人の階段登ったね!」
むっふー! とこなたは興奮気味の顔でやまとに詰め寄り、顔が近いとやまとは考えて少しばかりこなたの胸元に手を置いて、「近いです」と少しばかり押し返す。こなたは勢いをつけて後ろにジャンプするように体を後ろに戻してご機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まー、女の子ってある日突然成長する物だからねー、そりゃやまとちゃんに転機が訪れてもおかしくないね。いや訪れてるのかも」
ふーむ、これは難しい。いやその難しさもまた乙女の魅力! とこなたはキーボードを打ちこむ速さを上げる。一体何をしているのだろうかとやまとはそっと画面を覗いてみると、某大手有名掲示板に「思春期の女の子の変化には素晴らしい魅力を感じる!」といったタイトルでスレッドを立ち上げて書きなぐっていた。
やまとはそれを見て、何も言わずにワイヤレススイッチをOFFにした。
「あうっ! 電波が!!」
「私で遊ばないでください」
こなたは大急ぎでワイヤレススイッチを入れて履歴から掲示板に戻るが、運悪く規制が入って書き込みが出来ない状態になり、リロードしても全く受け付けなくなってしまい、頭を机に突っ伏してうな垂れた。
「ぐほお……規制に引っ掛かった……」
勝った。やまとは勝利の美酒ならぬ、勝利の美茶を飲みほして、安心の息を吐く。こなたは諦めてPCを閉じて、コーヒーメーカーに豆を追加する作業に入った。と、またドアの開く鈴が鳴って、やまとは振り返ってみた。
「うー、寝すぎたぜ」
「相変わらず朝弱いわね。しゃきっとしなさいよ」
やってきたのは海里とサイファーだった。サイファーは半分寝ぐせが残ったような頭を掻き回しながらでバーの中に入り、海里は呆れた目で当の本人を見つめる。こなたが「いらっしゃ~い」と声を掛け、サイファーと海里はやまとの存在に気が付いた。
「おやま、やまとちゃんじゃないか。もしかして一番客?」
「そだよ~。開店前に気付かれちゃったよ」
「なんと。かー、俺は昨日に見つけたんだが、鍵掛ってたから今日にしようと思ってたんだよな。先越されたか~」
「あんたがもっと早く起きればよかったのよ」
「へいへい」
手をひらひらと振りながら、サイファーはやまとの座っているカウンター席の一つ空けた隣に座り、海里がその真ん中に座る。取りあえず目覚めの一杯にココアを頼み、海里はカフェオレを注文する。
「サイファー、ぐっすり寝たね。昨夜はお楽しみじゃなかったのかな~?」
ニマニマと、こなたはサイファーをからかうような笑みを浮かべて顔を近づけて来る。サイファーはその額に手を置き、押し返してこなたのからかいを否定した。
「あほう。そんの事したらか海里の内臓が死ぬわ。久々に一緒に寝たから緊張して夜明けまで寝れなかったんだよ」
「ちょ、あんたさりげなく何言ってんのよ! っていうかあれ寝てなかったの!?」
「お前の寝付き良すぎなんだよ。寝がえりでこっちに腕回してくるしでなんだかんだで苦しかったぞ」
「ストーップ!! それ以上の暴露禁止!」
「お二人さん聞いてくれ、こいつ中学くらいの時に親御さんが家に居ないからって俺を家に呼んで一緒に寝ようって言ってきた事があってそれでなんと……」
「ふんっ!!」
またもう一つ暴露話が聞けるか、と思ったこなたであったが、確信の前に海里がサイファーの首に手刀を叩きこんで沈黙させ、サイファーはそのままの勢いで机に顔面を強打してしまい、全て聞くことは叶わなかった。
「それ以上言ったら本気で殴るわよ!」
「手を出してから言うとベタ展開ありがとう……」
「ねぇねぇ、続き教えてよ~。やまとちゃんも気になるでしょ?」
「え、私ですか!?」
急に話を振られて、やまとは困惑する。海里の行動を見る限り、相当恥ずかしい話なのだろうと予測は付くが、いかんせん聞いてみたい。自分の中学時代なんて基地で戦闘機の腹に手を突っ込んでいるか、中学の親友と喫茶店で話すくらいだったから、一体どんな異文化があるのか気になるのもまた事実だった。
どうすればいいのか分からずに、あわあわと目を泳がすやまとだったが、そこに助け舟と呼ぶべき新たな来客が現れ、その場は沈静化した。
「こんにちはー。あ、やっぱりこなたお姉ちゃんだった」
「おお、ゆーちゃん! いらっしゃ~い!」
小早川ゆたかが、読み漁っていたE-2Dのマニュアル片手に店内に入ってくる。その表情はやや疲労に覆われていたが、馴染んだヴァレーメンバーがそこに居る事に安心したのか、表情が明るくなるのが手に取るように分かった。
「うわぁ、ヴァレーと全然変わらないね。ホットミルク一つお願いします」
「おっけー、お任せなり~」
マグカップに温まっていたミルクを注ぎ、その間にゆたかはカウンター席に一番近い丸いテーブルに座る。そのタイミングで、こなたがカップをゆたかに手渡した。
「ゆたか、手ごたえはどう?」
やまとは、ここが逃げ場だとゆたかに話題を振る。ゆたかはカップを両手で持ち、一口入れた所で目を動かしてやまとの方を見る。その仕草が可愛くて、その場の全員の心が和んだ。
「だいたい理解はできたかな。今のところE-2Dの運用予定が無いからまだ仕事はしないけど、ファーバンティで補充要員が来たら本格的に動くって」
「そういやあるのに使ってないもんな。何やらもったいない気がする」
「必要が無いのに使うのも燃料がもったいないですよ。切りつめる所は切り詰めた方が、追々役に立ちます」
「しっかりものね、ゆたかちゃん。サイファーも見習いなさいよ」
「だからなんで俺に振るんだよ……」
「あんたの無駄遣い記録晒してあげようか?」
「結構ですごめんなさい」
よろしい、と勝ち誇る海里の顔はとても輝いていた。初めてあった時とは全く違う、生き生きとしたその顔は、より磨きが掛って美人な印象を受ける。やまとは、ちょっと羨ましかった。
そうしてまたバーの扉が開く音がして、今度は夏芽が現れる。そして、その後ろからターミネーターのごとくの不死身の体を見せるかのように現れたのは河城にとり。麻酔から目が覚めて、病室から抜け出してきたそうだ。それを見てサイファーは呆れ半分、尊敬半分でため息を吐いた。
「お前、あれだけ病室で寝てろって言ったのにまーた出て来たな」
「だってじっとしてられないし。あの医者けち臭いったらありゃしないよ。こちらとて整備で忙しいのにベッドに縛り付けて来るんだから」
ゆたかを挟む形で夏芽とにとりは椅子に座り、こなたがコーヒーを差し出して一口入れる。やはり美味い。これはスカイキッドのコーヒーである。そろそろストックが切れそうだとこなたが呟き、ファーバンティに到着したらまた行ってみるかとサイファーは言う。そこで海里が思いだしたかのように「あ」と言い、実際思い出した事を口にした。
「そう言えばあんた、一回スカイキッドで私とニアミスしてたわよ」
「何? え、じゃああれか、俺がファーバンティのスカイキッドに行ったときに居たあの二人組ってお前らだったのか!?」
「そうよ。まさか鉢合わせするとは思わなかったわ。正直死ぬほど緊張した」
両手を上げてまいったの体制。サイファーは世の中何が起こるか分からないなとココアを一気に飲み干して、ついでに出されたチョコチップクッキーを頬張った。
それから、あれよこれよと、まるで花畑に集まる蝶の様にヴァレーのメンバーが一人、また一人と現れる。懐かしい空気だ。やまとはこの場に居心地の良さを感じている。ここにスザクが居ればなお良かっただろう。あいにくまだ任務中だ。まぁ、時計を見てみるとそろそろ夕刻になろうとしていたから、そろそろ帰ってくるだろう。帰ってきたら、今夜はここで大騒ぎだ。
やまとは、早くスザクが帰ってこないかと思う。早くしないと先に始まるぞ。そして、無事に帰って来た顔を見たいのだ、と素直にそう思ってみた。みたはいいが、やはり何か気恥しくなってすぐに顔が熱くなるのを感じた
*
ようやく任務が終了し、着艦したスザクは帰ってこれたと大きく伸びをして息を吐いた。着艦はやはり神経を使う。一回やるだけで集中力の半分以上を使った気がした。それに、朝から飛び続けていたからなおのこと疲れた。
「お帰りなさい、兄さん」
と、やまとが声を掛けてきた。スザクは振り向きながらいつものように「ああ」と返事をして、差し出された飲料水を手にとって、その次にやまとの顔を見て少しだけ違和感を感じた。
「……やまと、お前なんかあったか?」
「え、なんでよ?」
「嫌なんと言うか……なんか違う気がする」
「そうかしら?」
そう言ったやまとの顔は少しだけ悪だくみを考えている女の顔になっていた。スザクは、やまとがどうしてそうなったのかは知らない。だが、そんな子供ではない大人の一面を見せたやまとに対して、何か複雑な感情が芽生えた。その正体がなんなのか。スザクは、まだ知る由もない。