ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

17 / 37
Mission15 -鬼子対鬼子-

 

 

 彼女には、生まれたころから知っていると言っても過言ではない異性の存在があった。気付いた時には自分の隣にはその少年が居て、時には自分を引っ張り、時にはその逆になり、またある時にはお互いの意見がぶつかりあって取っ組み合いの大喧嘩をして、二人揃って大声あげて泣いて、それでも次の日にはどちらからとも言わずに「ごめん」と言える、そんな存在が合った。

 

 彼女にしてみれば、「彼」が居るのは当たり前のことだった。人間には腕が存在し、脳信号を伝って自由に動かすことのできる手があるのと等しいくらいに。それでも、思春期に差し掛かれば彼女の心情は動き、彼の事が好きなのだと理解する事もあった。

 

 しかし、そこまで大きな衝撃では無かった。いつかこうなるだろう。そんな感じで漠然と思っていたのをはっきりと理解しただけのことだった。悪い気ではない。むしろ非常に喜ばしい。それは彼も同じことで、ああきっとこの人と生涯を共にするのだと直感した。

 

 だが。彼女たちは、正確には彼女はある種の呪縛にとらわれていた。亡霊たちの復讐とも呼ぶべきその呪縛に、彼女は意図せず巻き込まれていたのだ。それは本来「彼」には関係のない話であった。しかし、彼はそれを葬り去る為に、彼女を巻き込まないために自らその呪縛に取り込まれ、戦地へと向かった。

 

 そこから彼女の日常は自分の体の半分を失ったかのような不安に駆りたてられる日々だった。日常その物は充実している。が、足りない。足りないのだ。無いはずの右手が痛むかのように、いつも隣にいた彼が居ないのだ。それがとてつもなく恐ろしくて、震えが止まらなくなる日が増えていった。

 

 そして彼女は決意した。彼の気持ちを無駄にすることになるだろう。だがそれでも。

 

 自分が壊れてしまう方が恐ろしく、そしてそれ以上に彼に会いたいと、彼女の感情は全ての理性を押しつぶした。

 

 

 

 

 翌日。朝食時間の終了後、パイロット全員がブリーフィングルームに集められ、最初となる任務の概要が伝えられた。

 

 最初の任務、それは空母の発艦、そして着艦の訓練である。参加はもちろん自由。興味のある者は参加し、今後の作戦に参加する者もしばらくは空母運用で空軍基地に発着できないため、空母の離発着を熟知してほしい、という意向だった。

 

 結果として、ヴァレーから脱出した五機のうち、三機が参加することが決定した。海里も訓練に同行するため、総計で四機の訓練が行われることになり、整備班やフライトデッキは忙しく動き回り始めていた。

 

 その際に、サイファーは海里との模擬戦が伝えられた。ブリーフィングの時点でサイファーは乗り気ではなかったが、凪乃やこなた、にとりにもそれを薦められ、これは何かの陰謀なのだろうかと思ったが、ああ、多分陰謀だろうなと結論付けて承諾した。

 

 昼食は高カロリー食品数個に収めておいて、腹を空にしておく。大量に食糧飲料を腹に詰め込めば、空戦の時に胃袋が裏返り、中身が逆流して悲惨な事になる。サイファーはこれでは食べた気がしないと、もっと腹に詰め込みたいところなのだが、実際に大量に昼食を食べた後、午後の訓練でその中身の大半をマスクに吐き出してしまって以来トラウマになっていた。

 

 もっと入れろと唸る腹を無視し、サイファーは甲板の真ん中でエレベーターから持ち上がる戦闘機を見つめる。甲板に上げられたのは、X-02、XFA-27、Y/CFA-42、空母に当初から搭載されていたF/A-18Cが並べられ、フライトデッキのクルーたちが大急ぎで走り回っている。蒸気カタパルトから白い蒸気が立ち上がり、機体を打ち出す準備は終わっているぞと言っているかのように待ち構えていた。

 

「サイファー、準備はいいか?」

 

 フライトスーツを着込み、ヘルメットを肩に担いだスザクがワイバーンを見つめるサイファーの背中に語りかける。サイファーは振り向かずに、小さく「ああ」と返事をする。

 

「乗り気じゃなさそうだな」

「そりゃ、な」

「……正直、俺も海里の事については良いとは思えない。が、お前らの中に俺が口を挟む事も出来ないだろう。サイファーが正しいと思う事をやればいいさ」

「……そう言ってもらうと助かる。一つ決めた事があるんでな」

「ほう。なんだ?」

「本人を交えた方がいいだろう」

 

 サイファーは振り向いてスザクの方を見て、正確にはスザクの後ろに視線を向け、その先をスザクは追いかけると、サイファーを見つめる海里がそこに立っていた。

 

「海里。これもお前が仕向けた事だって言うのは察しがつく。正直俺はどうしたらいいか分からなかったから、お前のこの提案はある意味ありがたい。それでもって、お前が言いたいのはこう言うことだろう。俺とお前でドッグファイトをして、海里の今後を決める、ってことでいいか?」

「ええ、そう言う事よ。私が勝ったら、サイファーは私の言う事に従う。サイファーが勝てば、私はサイファーの言うことに必ず従う。異論は?」

「無い。それでいいだろう」

「決まりね。ドッグファイトの内容は、上空で再度通達されるわ。じゃ、後は上で」

 

 海里は踵を返して、ヘルメットを被りながら自分の機体へと歩き出す。甲板の上で待機しているY/CFA-42の予備電源が入れられて、整備兵が最終チェックを行う。サイファーもまたヘルメットをかぶって、ワイバーンに向けて歩き出す。

 

「サイファー、一つ聞いていいか?」

 

 スザクの呼びかけに、サイファーは足を止める。ただし、振り向きはしない。まぁ、だろうなともスザクは思い、言葉を投げた。

 

「もし負けたら、素直に海里の事を受け入れられるのか?」

「…………」

 

 しばらく、沈黙が続いた。即答できないと言う事は、受け入れられないと言うことだろう。長年付き合っているのだからそれくらい察しがつく。スザクは、サイファーの返事が来ないと踏み、アドバイスをしようと口を開いた所でサイファーが答えた。

 

「たぶん受け入れられないな。けど、その時はその時だ。要は勝てばいいんだ。簡単に負けはしないさ」

 

 それフラグじゃね、と言おうとしたスザクだったが、サイファーは構わず歩き出し、その背中はもう何を言われても止まらないぞと物語っており、スザクはそれ以上サイファーを呼び止める事をしなかった。

 

 

 

 

 コックピットに体を沈め、サイファーはエンジンスタートをして、機体の各部チェックを行う。モニターのチェックリストは異常なし。続けてフライトクルーの目視チェックの下、動翼の確認を行う。主翼、カナード翼、尾翼、いずれも異常なし。マーシャラーがタキシング開始の合図を出して、サイファーはパーキングブレーキを解除し、機体をゆっくりとタキシングさせる。

カタパルト先端部分まで到着し、マーシャラーの停止合図。機体がブレーキングによって沈みこみ、サスペンションが伸縮してコックピットが揺れる。

 

 ワイバーンの固定が完了し、前輪が沈み込む。バリアーが跳ね上がり、その後方にスザクのXFA-27が待機する。

 右の方のカタパルトを見てみれば、Y/CFA-42が同じく発艦体制を整え、いつでも打ち出せる状態だった。

 

 最終チェック。今度は目視で動翼の確認を行い、いずれも問題なし。ベクタードノズルの感度も良好。燃料も予定通りの搭載量である。問題無し。強いて不安があるとすれば、空母発艦時は完全自動操縦で、車輪が甲板を離れるまで操縦桿を握れない事だ。まるで手を縛られて車が勝手に走るような感覚だ。不安で仕方ない。だが、不用意に操縦桿を触れば、最悪機体もろとも海へと沈む。それこそ最も御免被る事態だ。

 

「こちらサイファー、発艦チェック完了。いつでも行ける」

「了解。サイファー、発艦を許可する。幸運を」

 

 スロットルを再前方に押し込み、機体のエンジンが咆哮を上げる。そして、フライトデッキクルーの発艦合図とともに、カタパルト射出。機体が急加速し、数秒で時速三百近い速度を叩きだし、急激なGがサイファーに圧し掛かる。なんて加速力だ、息がつまりそうだ。

 

 急激な圧力によって滑り出した機体は、一瞬で空母から打ち出され、車輪が甲板から飛び出して一瞬機体が沈み込む。サイファーはすぐさま操縦桿を握りしめ、上昇へと入る。ギアアップ、異常なし。サイファーの初発艦は見事に成功し、安堵する。

 

 機体を左旋回させ、空母を見てみると、今度は海里が打ち出された瞬間だった。次に、スザクとリックが発艦準備に入る。発艦後はタッチ・アンド・ゴーによる空母への着艦訓練を行い、アレスティングフックによる着艦、そして再び発艦、そして着艦するというメニューだった。

 

 サイファー達は、編隊を組んで1万フィートまで上昇。その後、空母の作戦司令室に居るゆたかの合図で左右に展開。その後、一定距離まで離れた後に反転して交戦開始、と言う手順だった。

 特にルールも無い単純な、一本先取勝利の模擬戦である。作戦空域範囲は半径50キロ。搭載兵装は、仮想AAM、AIM-9Xサイドワインダーと仮想機関砲のみ。それ以外は特に無し。交戦規定はただ一つ、生き残れ。

 

 空母の周りを旋回しながら待機し、やがてY/CFA-42がサイファーの右隣に位置して、それを確認するとゆっくりと上昇を始める。スザク達も発艦し、向こう側の訓練に入ったようだった。

 

「サイファー、アテナ、目標高度まで間もなくです。反転準備をお願いします」

 

 海里のTACネーム、アテナ。確かギリシャ語で女神と言う意味があったはずだ。どうしてその名前にしたのかは分からないが、何かしらの意味はあるのだろうかとサイファーは一瞬考え、すぐにそれを止める。そんなことよりもこれからの事が大事なのだ。余計な考えを振り払い、サイファーは高度計を見る。9千フィートを超えた。もうそろそろだ。

 

「海里、きっぱり一回の勝負だ。勝手も負けても文句無しだ」

「ええ、もちろんよ。あんたの方がやっぱり経験はあるでしょうけど、だからって甘く見ないでちょうだい」

「俺は誰にだって手を抜かない。お前でも、な」

「1万フィートです。両者、左右へ散開してください」

 

 ゆたかの指示通り、サイファーは左、海里は右へと向けて旋回し、離れていく。お互いが、お互いの離れていく機体を見つめ、完全に視界から消えて再び前を向く。サイファーは、お手並み拝見だとミラーに映るY/CFA-42を見つめる。海里も同じように、ミラーに映るX-02を見つめる。

 

 サイファーは大きく深呼吸をして、一度自分の神経を落ち着かせる。気がつけば、操縦桿を握る自分の手が震えていた。なぜ? 何をそんなに震えている? 恐怖する要素なんて無いはずなのに、なぜ自分は震えているのだ?

 

 サイファーは一度操縦桿彼手を離し、震える自分の手を見てみる。ぴくり、ぴくりと指が弾かれるような動きを見せ、安定しない動きを続けていた。分からない。原因が分からない以上、対策のしようもない。サイファーは、右手を操縦桿に戻してゆたかの合図を待つ。

 

 海里の判断も、相当な負担があったということは理解している。だが、だからと言って認める訳にもいかない。自ら命を投げ捨てるのと同じだ。そんな真似をさせる訳にはいかないのだ。だから、何としてでも勝つ。海里を前線から退かせ、ファーバンティで下ろさせる。それを納得させるのだ。

 

 サイファーはもう一度呼吸を整え、HUDを睨みつける。もう、右手は震えていなかった。それを見て一安心し、それとほぼ同時にゆたかからの合図が来た。

 

「交戦開始! 両者、自由戦闘を行ってください。先に撃墜判定を受けた方の負けです。健闘を祈ります」

 

 交戦許可が下り、サイファーは機体を反転させて海里の居ると思わしき方へと向かう。両者ともにステルス機のため、認識が弱く、正確にとらえる事が出来ない。ワイバーンのガリウムレーダーなら強引に探知できるが、そんな事をすれば全くフェアではないから、今回は使用を禁じられている。

 

 レーダーの索敵範囲を、50キロ範囲にまで拡大させる。反応は無し。向こうもとうに反転しているはずだろう。出来る事なら、先に目視して背後を奪いたいところだ。サイファーは雲の中を行こうと、近場に機体を隠せそうな雲が無いか探し、手近な物があったからそこに向けて旋回する。こちらからも目視は難しいが、それは向こうも同じ事だ。まずはどのようにして海里が動き出すのかを見定める必要があった。

 

(さて、どう出てくるかな)

 

 雲の中に突入し、サイファーは時折り現れる切れ目から周囲を見回す。レーダに反応はやはりない。下を見れば、遠くに空母艦隊が見える。海里が真っ直ぐ反転しているなら、そろそろすれ違う頃だ。

 

 一旦雲から抜け出し、索敵をする。レーダー、目視ともに反応は無い。おかしい、反転するならもう視界に入っていてもおかしくないはずだ。だが、見当たらない。

 

(上空か? なら上からの攻撃に対応する準備をするか)

 

 上を見上げ、空の中に機影が居ないか探す。ちょうど、サイファーの真上の辺りは厚めの雲で覆われていて、隠れるにはちょうどいい大きさになっていた。

 

(海里ならどう動く? あいつの性格を考えると、恐らく確実な手段で家に来ると思う。だから、一か八かの賭けになんて出るとは思えないし、どちらかと言うと常に俺を把握するように飛ぶはずだ。こちらから仕掛ける事が出来れば或いは)

 

 セーフティを解除し、上昇。真上の厚い雲に向けて鼻先を向けると、エンジンの出力を上げて速度を上げる。主翼が収納され、高速飛行形態へと移行する。少し煽るだけで良い、それをすれば向こうの体制は崩れるのだ。

 

 サイファーは操縦桿を握りなおして交戦に備える。緊張して全身がピリピリと殺気立つ。油断せずに、確実に撃墜する。サイファーが雲に突入しようとした、まさにその時だった。

 

 突如として、ロックオンアラートが鳴り響き、間髪いれずにミサイルアラートへと変貌し、サイファーは一瞬何が起こったのか理解できずに、本能的にアフターバーナーを点火させて急加速。全身を急加速のGが襲いかかり、首をどうにかして曲げてミサイルのキューを確認する。

後方、8時方向から仮想ミサイル二発が目に入り、直後に雲の中へと突入する。海里の機体は目視出来ていない。今は仮想ミサイルを振り切るのが最優先だと、右ロール。機体が半回転したところでピッチアップ、急降下。雲から飛び出し、ミサイルの反応がロストする。一撃目は回避した、だが肝心な海里の姿が見えない。それ以上に、先手を撃たれてしまった事の方が驚きだった。

 

(まさか、裏をかかれたのか!? どうやって俺の位置を掴んだ!?)

 

 ロックオンアラートが再び鳴り響き、サイファーは全方位に首を曲げて海里を探す。だが、一向に見つからない。見えるのは空と海と雲と空母だけだ。AAMの射程を考えるなら、海里が隠れられてなお且つミサイルが撃てるのはサイファーがついさっき飛び込んだ厚い雲の中だ。なら、やはりあの中に?

 

 しかし、サイファーはすぐにその可能性を捨てる。さっきミサイルが飛んできたのは自分の後方、つまり下だ。上の雲から撃たれたなら、真正面から来るのは必然的だ。ならば、海里は最初にサイファーが入り込んだ薄めの雲の中にいたということになる。それがどういうことか。

 

(まさか、俺の動きを読んでいたのか!?)

 

 そう考えるしかない。まぐれ当たりであんな動きが出来るとは思えない。恐らく、あの厚い雲に入るのを待っていたのだ。そして、飛びこむ直前でミサイルを撃ち込み、自分の姿を見せないようにした。海里は、レーダーは愚か視界ですらをも機能させないようにするつもりだ。

 

「なら!」

 

 サイファーは、急降下して雲の少ない場所へと飛び抜ける。海里のミサイルの射程から距離を離せば、嫌でも雲から出てくるはずだ。その瞬間を目視し、向こうの動きを頭に入れ、今後の作戦を練る。話はそれからだ。

 

 直線距離の加速で、サイファーは一気に距離を引き離す。サイファーの読みは当たりだった。ジジジとなっていたロックオンアラートは鳴りやみ、周囲が急に静かになる。サイファーはひとまず逃げ切れたかと安堵し、すぐに神経を張り詰める。後ろに首を曲げると、雲の形が変わり、小さくちぎれていく。その隙間から、ついに紺碧のデルタ翼が姿を現した。

 

「エネミータリホー!」

 

 そのままサイファーは直進し、Y/CFA-42を低空へと引きずり込もうとする。だが、海里もサイファーの思惑については察知しているから、嫌でも現行度を維持するつもりらしい。ただじっと、サイファーよりも千フィートほど上空を飛行し、追尾してくる。あくまで雲の中に引きずり込みたいつもりだろうか。だが、残念ながらもう隠れられるような雲は周囲に無い所まで逃げ込んだ。同じ戦法は食らわない。

 海里は、雲に隠れる事が出来ないと察し、ハーフロールから一気に高度を落として加速する。仕掛けて来るか。

 

 サイファーは左旋回更に低空へと逃げ込み、海面の目と鼻の先まで機体を滑り込ませる。豪快な水しぶきが噴き上がり、巻き上げられた海水が蒸発し、白煙を上げる。海里も受けて立つと、ぴったりと背後に張り付く。ゆっくりと距離を縮め、射程まで追いつかれそうになる。サイファー、ここで急上昇。高度を稼いだら、捻り込みで背後を奪うつもりだ。

 

(さぁこい、今なら俺の背後を狙えるぞ!)

 

 海里も上昇して、サイファーの背後へと迫る。ミサイルアラート、サイファーは垂直に上昇しながらバレルロールで回避する。ここで背後に張り付けば、捻り込みで一気に形勢逆転、のはずだった。

 

 Y/CFA-42は、X-02の背後に張り付く事無く、そのまま横切り、ゆっくりと反転して、垂直上昇するサイファーに対して、螺旋状の上昇で海里は追跡する。これでは捻りこめる余地が無い。無理矢理割り込もうとしても、恐らくあの姿勢だといつでも迎撃できる。隙を作れない。

 

(なんて奴だ、完全に俺の動きを予測している! まぐれなんかじゃない、海里は俺の事を徹底的に研究していたんだ!)

 

 今度は、ミサイルアラートの代わりに仮想機銃が掃射され、すぐに射戦場から回避する。不運にも、エンジンノズル近くのベトラルフィンに被弾判定を受けてしまった。

 

 

 

 

「サイファー、右舷ベトラルフィンに被弾です」

 

 当たった! 海里は思わず口ずさんでしまう。当然だろう、ずっと手に届かないと思っていたパイロットに被弾の判定を与えたのだ。恐らく、当初自分が考えていた戦法では、間違いなく背後を奪われていただろう。これも、にとりと夏芽のデータ提供のおかげだった。

 

『サイファーの戦い方は、当初こそ真正面から突入するタイプだった。けど、もちろんそんな戦い方をしていたら模擬戦ではスザクとかに対策作られるから、そこから派生をいくつか作った。そのうちで、もっとも使用率が多いのはまず雲に隠れて、或いは距離を置いて相手の動きを探る事。初めて戦う相手や、あまり戦った事の無い相手に対してよく使うやり方だよ。たぶん、海里にもこの手で攻めてくると思う。海里の考えている今の作戦だと、奇襲を受ける可能性が高いね』

 

 にとりの予測は正しかった。サイファーは手近な雲に隠れて、まず自分が来るのを待っていた。だから、海里はサイファーと同じ手を使った。サイファーが入ったのと同じ雲の中に入り込み、サイファーが飛び出すのを待っていた。そして、後方からの奇襲をしかけた。

 実のところ、ここまでの動きは所々運任せな部分があった。だが、天は海里に味方してくれた。完璧な動きだった。にとりの情報と、海里の予測、そして夏芽のシミュレーションの統合結果が完璧な制度で的中していた。

 

(これなら、行ける!)

 

 にとりは、他にもサイファーとの接触後の動きについても教えてくれた。サイファーの飛び方は、基本をベースにして、時折り自分の飛び方を取り入れて作った応用も交えた飛び方をする。例えば、先の垂直上昇。あれは、真後ろに張り付けば急減速して捻り込み、ほんの一瞬だけ背後に回り込み、機銃をピンポイントで命中させて蹴りをつけるつもりだった。

 

 しかし、それは完全に背後に回った時のことである。螺旋状に上昇しながら追尾することで、相手に動きを読めなくさせるのだ。これにより、サイファーは下手にオーバーシュートをする事が出来ずに、一瞬反応が鈍ると予想されていた。海里は、その鈍りが最初の攻撃チャンスだと踏んでいた。

 

 サイファーのX-02が左に反転して射線上からさらに離れようとする。海里もそれに食らいつき、再びワイバーンの機体と機銃のレティクルを重ね合わせてトリガーを引く。サイファーの弱点としては、とっさの事態に弱いと言う事。海里の力量がサイファーの予想を少しでも上回る事が出来れば、必ず動揺が生まれる。そこに全て叩きこめば、更なる動揺を生みだす。それが連鎖すれば、海里にも勝ち目はある。

 

 一度距離を置くために、スロットルの出力を絞る。今度はミサイルで振り回す。出来るだけ消耗させれば、可能性は大きく広がる。海里は、今目の前に広がる可能性に興奮しすぎて、血の気が多くなっているのを感じた。

 

「サイファー、経験だけがすべてじゃないって言うのを、教えてあげるわ!」

 

 ミサイル発射。二発の仮想ミサイルがワイバーンの背中に向けて放たれる。姿が無い架空の物だとしても、ある物として扱われるそれは、少なからずとも殺気を放っている。サイファーのコックピットはアラートががなり立てているだろう。すぐさま急上昇、スプリットSをしてダイブし、回避判定。更に追撃を加えるために背中を追いかける。

 

(低空に逃げ込むと言う事は、攻めに付け入るチャンスを見出せていない。なら、今のうちに追い込む!)

 

 容赦なくミサイルを撃ち込み、海里はサイファーの神経を削り取る。再接近して今度は機銃掃射。ただし、当てるつもりは無い。あくまで動揺を誘うのだ。

 

『兄貴のF-22のレコーダーのデータを見る限り、どうも待つ事が苦手みたいなのよね。スザクと比較すると、背後の奪い合いでせめぎ合う時、どうしても成功率の低い逆転技選択をする傾向があるみたいなのよ。スザクに背後を奪われた時、コブラで無理矢理オーバーシュートしようとして結局失速した背中を撃ち抜かれる。焦ると我慢が出来ないのよ。その辺りはあいつの性格からも全然変わって無い。これを狙えば、何とかなるわ』

 

 サイファーは海里を振り切ろうと機体を右へ左へ大きく揺らす。海里には分かる、サイファーはかなり動揺している。海里だって戦闘機乗りの娘である。それなりに操縦技術に関わることだってあったし、ゲームでよくサイファーと手合せもしていた。幾分昔より動きが変わったが、とっさの事態に弱いのは変わっていない。それが分かれば十分だった。

 

 海里はあえて距離を置き、サイファーに逃げ道を作る。その先に機銃掃射を浴びせて、あわよくば被弾させる事が出来れば。

 

「サイファー! 私は伊達にあんたを追いかけてここまで来てないのよ!」

 

 

 

 

 完全な誤算だった、とサイファーは悔やむ。海里が思っている以上に動いている。まさかここまで自分の動きを読まれるとは全く思ってもみなかった。あの手の震えはこれを予期していたとでも言うのだろうか。

 

(落ち着け、この程度で動揺するな! それこそ海里の思惑通りにしかならない!)

 

 すぐそばを仮想機銃の判定が飛び、回避との表示が出る。生きた心地がしない、海里からは強烈なプレッシャーを感じていた。

 

 だが、サイファーだって間抜けでは無かった。海里のやりたいことは理解していた。自分を徹底的に焦らして、我慢できなくなった所を狙う気なのだ。しかも、それをやり過ごした所で、今度は焦らしから疲れさせる作戦に移行するだろう。そうなればいくら経験が勝っていても、話にならない。しかし、今のところサイファーはこの状況を打開する作戦を考え出せずにいた。悪循環だ。焦れば頭が鈍り、逃げ出せなくなる。そうなれば頭の余裕も無くなって、動きも単調になる。ならどうするか。

 

(海里は何事にも冷静に対処するタイプだ。例えるなら、目の前で交通事故が起きたら真っ先に体が動いて救命処置に走るようなタイプ。小細工は通用しない。こうなったら実戦で使えるような技じゃないが、使える物は使ってでも生き残るのが戦場と言うものだ。あいつが物理で追い詰めようとするなら俺は精神的に追い詰めるまでだ!)

 

 サイファーはとっさに無線の回線を開き、海里の無線の周波数に合わせて声を張り上げた。

 

「よう海里! どうした、今のはもうちょっと正確に狙えただろ!」

「なっ、戦闘中に何を!?」

「こっちは無駄口叩けるくらいには余裕なんだよ!」

「子供騙しを、あんたの口数が多い時は動きが鈍るって知ってるのよ!」

「今と昔を同じにしている方が甘い!」

 

 海里のプレッシャーが一瞬弱くなる。突然の無線介入にわずかに動揺し、そして過去と現在が違う、と聞いた瞬間に罠が待っている可能性を踏んだのか、わずかに動きが鈍った。

 

 すかさず上昇し、海里もやや遅れてそれを追いかける。サイファーは、素直に背後にくっついてきた海里を見て待っていたぞとエアブレーキを展開させる。海里は、展開したエアブレーキを見て自分のミスを悟った。

 

 一気に機首を持ち上げ、そのまま一回転してクルビッド。海里はそのまま速度を殺し切れずにサイファーを追い抜く。機首が再び垂直を向いた所で、ミサイルロック、発射。サイファーはそのまま追いかけはせず、ストールターンを利用して降下し、揚力を稼いで機体を安定させる。海里は回避運動を取り、何とか引き離すことに成功する。が、自分がはめられた事に少なからず動揺していた。

 

「何て強引な……戦闘中に無線を開く奴なんていないわよ!」

「戦場では使える物は使う。模擬戦でも戦闘には変わりない!」

「屁理屈だけは一人前ね……!」

「口先も武器の一つなんでな」

 

 サイファー、反転。降下の勢いで速度を稼ぐ海里の背中に向けて機首を向けて突っ込む。ワイバーンに二基搭載されたERG-1000の咆哮が上がり、吸血鬼と名付けられたその翼に牙を剥く。海里はサイファーの予想外の動きに若干動揺しつつも、距離を目測で判断し、自分が次にどう動くべきかを頭の中で組み立てる。ここは、背後を奪うためにも右旋回で攻めるべきだと判断した。

 

 Y/CFA-42の旋回角度が鋭くなり、サイファーの背後を奪おうと距離を詰めてくる。面白い、サイファーは受けて立つとラダーペダルを蹴り飛ばして機首の向きを変え、射線上から退避しようとするヴァンパイアの背中に向けて仮想機銃を掃射する。命中判定。海里の反応が少し遅かった。

 

「アテナ、右垂直尾翼に被弾です。機動力が94%へと減少します」

「どうした、当たったぞ!」

「くっ、この程度で終わると思わないで!」

 

 ヴァンパイアの機首が右旋回を続けていた機首をはね上げ、さながらドリフトをしているかのような機動を取る。サイファーはさすがに驚いた。あんな動きが出来るなんて普通誰も思わない。よく見れば、海里は主翼の先端を折りたたんでいた。これにより安定性を殺し、あえて機体を空中ドリフトさせるという離れ技をやってのけたのだ。

 

(翼をたたんで飛べるのはF-8Eだけだと思っていたが、その神話もこの機体の登場で終わりか!)

 

 銃口がコックピット付近に向けられる。その直前に、踏んでいた右ラダーを戻し、ロール。機首の向きが左側に戻り、旋回の勢いでベイパーが渦を巻いて引き伸ばされる。HUDに被弾判定が表示され、サイファーは軽く舌打ちした。

 

「サイファー、右主翼先端に被弾です。機動力が87%に低下します」

「思ったよりも打ち所が悪かったか!」

 

 コンピューターの反応により、操縦桿の動きと機体の動きに制限が掛り、機体の動きが鈍くなる。海里の姿を探し、自分よりも300フィート下を飛んでるのが目に入る。向こうもギリギリだったのだろう、降下して揚力を取り戻そうとしている。今なら無防備な背中を晒しているが、反転する頃には向こうも体制を立て直しているため、恐らく距離が開く。だが追いかけない事には始まらないため、出来るだけ小さい旋回半径でY/CFA-42の背中を追いかける。

 

「なによ、大口叩いて私より被弾してるじゃない!」

「へっ、ダメージの差で必ずしも空戦は決まる物じゃないんでな!」

 

 アフターバーナー全開。エンジンに被弾判定は無いため、全速力でY/CFA-42の背中を追いかける。海里は、その姿を見て冷や汗が出る。

 

 X-02とY/CFA-42のスペックを比較すると、最高速度、機動力ではワイバーンが勝り、瞬間加速力、安定性ではY/CFA-42が勝っている。ただ、瞬間的な加速力はあっても、最高速度自体はそんなに高くない。ワイバーンの最高速度はマッハ2.5に対し、ヴァンパイアはマッハ1.7。より高い安定性と、機動力の両立を目指した結果が、この最高速度の犠牲と言う結果であった。時間をかけられれば、間違いなくワイバーンに追いつかれてしまう。機動力も向こうの方が上だ。いずれじり貧になって追い詰められてしまうかもしれない。

 

 もう一度雲に隠れる事を考えるが、周囲に目を走らせてみれば雲が無い。海里は雲の多い方へと逃げるべきだったのだが、サイファーの動きに焦って、それをするのを忘れていた。

 

(逃げ場が無い! これじゃあ不利すぎる!)

 

 海里は機体を更に低空へと滑り込ませる。せめて、低空なら空気抵抗が増大して最高速度が落ちる。それは自分も同じことなのだが、上手く引き寄せたらアフターバーナーを押しこんで加速をかけ、エアブレーキを展開してオーバーシュートさせようと作戦を立てる。

 

 だが、サイファーは付いてこない。海里よりも上空を、約3マイル後方から追尾するだけにとどまっている。海里はミラーでそれを確認して、思っているよりもサイファーが手強いと改めて実感した。

 

(しまった、思っている以上にこっちの動きも読まれている! 最初こそうまくいってたけど、やっぱり手強い!)

 

 海里は、冷静を取り戻したサイファーの厄介さに自分の認識が甘かったことを悔やんだ。上手く行きすぎでは? とも感じていたが、案の定全てが上手くいかずに、思っていたよりも早く形勢が不利になってきた。線路を外れた列車は、制御がきかなくなる。海里の読みが完全に当たらなくなれば、海里の考える策も全てが意味を成さなくなってしまう。

さらに、サイファーも海里の動きを把握し始めている。完全に癖を知られてしまえば、勝ち目はなくなるかもしれない。その前に、その前に何としてでもサイファーを撃墜しなくてはならない。何としてでも、サイファーと共に行かなくてはならない。いや、行くと決めたのだ。もう見ているだけなんてまっぴらだった。

 

 海里は、昨晩ににとりと夏芽が考案した、状況が不利になった時に対処法を思い出す。そこから自分の今の状況を打破するのに最適な策を練る。

 

 にとりの話では、サイファーが攻勢になる時、当たらない事を承知でミサイル、または機銃を撃つ事が多い。一見無駄撃ち以外の何物でもないのだが、逆に言えばどれが本命の一発になるかが分かりにくくなるのだ。加減していると見せかけ、突然本気の一撃を叩きだす。当たるもんか、そう思った隙を突いてサイファーは確実な一撃を撃ちこむ。捉え方を変えれば、確実に仕留めるための微調整と言えるだろう。

 

 が、もちろんそれまでに消費する弾薬は多い。全ての攻撃を回避する事が出来れば、弾切れとなって自動的に海里の勝利となる。もう少し技量があればそれを誘えたかもしれない。だが、海里は少なからず焦っている自分を見つけて、その策は無理だと判断を下した。

 

 何とかして後ろに回り込まなければならない。そのためには、何か目くらましの様な物が欲しくて仕方が無い。仮想機銃の判定が、キャノピーの間横をすり抜ける。嫌な汗が頬を流れ落ち、海里はかなり乱暴だが、一つの策に出る事にした。

 

 サイファーが距離を詰める。恐らく、止めを刺しに来るつもりだ。そうはいかない。左急旋回。空母艦隊の居る方へ機首を向けて一気に突っ込む。サイファーは、それを見て一体何を考えているのかと模索しながら、その前に撃墜すべきだと判断してバーナーの出力をさらに上げる。機銃の銃口を海里の進路上に置くために機体を最適な位置へと微調整させる。

 

(何をするか分からないが、ここで仕留めさせてもらう!)

 

 ミサイルではなく、機銃を選択してガンレティクルを表示して海里のターゲットマーカーと重ねる。さぁ、これで終わりだ。確かに、腕はいい。少なくとも、ただの一般人からこの短期間でここまで昇りつめたのは驚異的だ。だが、やはり未熟すぎる。彼女の眼は、確かに戦闘機乗りの物だ。だが、まだ殺しに慣れていない純情を持った目だった。海里はまだ知らない。自分の放った銃弾で、真っ赤に染まるキャノピーを。一歩間違えれば、それが自分になってしまう恐怖を。だからまだ甘い。

 

 トリガーに指をかけて、海里に攻めてよくやったなと心の中で呟いて、引き絞ろうとしたまさにその瞬間。全身をおぞましい殺気が駆け抜けて、サイファーの指の動きが硬直した。いや、体そのものが硬直していた。ほんの一瞬。だが、海里はその一瞬を見逃すほど甘くは無かった。

 

 Y/CFA-42が突然立ち上がり、エンジンの排熱が海面を焼き尽くし、蒸発した水蒸気が巻き上がって大きな壁を作る。サイファーははっとしたが時すでに遅く、海里の姿は完全に見えなくなってしまう。

 水蒸気の壁を飛び出し、海里の姿は完全消えていた。瞬間加速性能が優れているY/CFA-42の、ほぼエンジン出力の身による上昇力のおかげで上昇し、あの一瞬で消えたのだ。

 

(しまった!)

 

 ロックオンアラート。ぞくりと背中が震え、サイファーは機体を反転させようと操縦桿を右に捻ろうとし、しかし今度は右半身に寒気が走り、半分右に傾いていた機体を左に反転させて左旋回させる。サイファーが右旋回しようとしたその先に、仮想機銃の雨が降り注いだ。

 

(あっぶねぇ! あいつ俺の癖をしっかり覚えてやがる!)

「とっさの回避で右旋回する癖は直って無いみたいね!」

「ちっ、こんなのまだまだだ!」

 

 サイファーはもう一度右旋回しようとして、しかしその目の前に空母艦隊が迫っているのに気が付き、急上昇する。空母の甲板に激突しそうになり、辛くもそれは回避する。轟音と衝撃波が空母甲板を襲い、フライトデッキクルーが向こうでやれ! と怒号を上げる。なんてことだ、三段構えで罠を張っていたとは。

 

 急上昇するサイファーの背後に、吸血鬼の名を持つ翼が現れる。サイファーは、海里の動きが鋭さを増したことに気がついた。

 

(くっそ、動きが鋭い! 不用意な飛び方をすれば、餌食になる!)

「どうしたのっ、後ろが丸見えよ!」

「あまり図に乗るなよ!」

 

 左ラダーペダルを蹴り飛ばして、操縦桿を右に捻って機体そのものをブレーキにして急減速する。操縦桿を今度は左に倒し、バレルロール。Y/CFA-42がX-02を追い抜く。ガンアタック、命中せず。ヴァンパイア、ループ機動。サイファーもそれに続く。

 

 お互いが背後を奪い合う形になり、ただひたすら円を描く軌道になり、シザース状態になる。抜け出すにはどちらかが力尽きるのを待つか、発想に優れた手段で背後を奪うしかない。

 

 出力を微調整し、どうにかして機首を捻り込ませられないかとお互い模索する。お互い同じ事を考えている、と言う事は動きも同じになる訳で、なかなか逆転の糸口がつかめない。海里は、ここで力尽きれば撃墜されるのは知っている。サイファーも、下手に動くと今の海里の技量で撃墜される可能性だって十分あったから確実な手段を探すしかなかった。

 

 サイファーは残弾を確認する。機銃が四百発、ミサイルが残り二十発。戦うにはまだ十分だが、さっき使った無駄撃ち戦法はもう使えない。こうなったら、海里のわずかな一瞬の隙を狙うか、力尽きるかのどちらかを待つしかないだろう。ただ、根競べは苦手だ。

 

 サイファーは、長くなりそうなこのドッグファイトに嘆息しながらも、海里がここまでして着いて来ようと思わせたのは自分だと言う事を思い出し、複雑な気分になりそうだったが、それを押しこんで再びHUDを睨みつけた。

 

 

 

 

 三回のタッチアンドゴーの後、一旦空母に着艦したスザクは、聞こえるエンジン音に耳を澄ませながら、上空で互いの背後を奪い合うサイファーと海里を見る。サイファーは相変わらずだが、海里が意外と良い動きをしている事に注目した。

 

「お疲れさま、兄さん」

 

 やまとがタラップをよじ登り、ドリンクをスザクに差し出す。スザクはそれを受け取り、キャップを開けて一口入れる。空母の着艦と言う物は中々ストレスの溜まるものだ。それに加えてXFA-27の安定性は低いのだから、難易度で言えばスザクが一番高いだろう。だが、失敗して機体を傷つけようものなら、やまとが怒るのは目に見えているから、極力慎重に操縦したから余計に疲れた。おかげでスポーツドリンクがやたらと美味かった。

 

「けっこう長くやってるわね、あの二人」

「ああ。海里の空戦能力がどれほどのものかと思ったが、思っている以上だ。ただ」

「ただ?」

「……海里の動きは、確かにその辺りの新米上がりよりかは圧倒的だろう。だが、まだ垢が抜けきって無い。まだ少しだけ、素人の癖が残っているんだ。サイファーならその隙を突いて落とす事が出来るんだろうが、出来ていない。つまりそれを補う鋭さを海里は持っているんだ。それが少し気になってな」

「海里さんが、ねぇ……」

 

 やまともつられてシザース機動で背後を奪い合う二人を見つめる。そう言えばじかに見るの初めてだったなと思いだし、じっくりと目で追いかけてみる。なるほど、いつもあんな風に飛んでいるのかと納得する。少なくともスザクよりかは丁寧な飛ばし方だ。

 

「兄さんよりかは負荷のかからない飛び方ね」

「うっさいな、俺にはよく分からん」

「整備するこっちの身にもなってほしいわ。二回目のタッチアンドゴー、少し機首上げ過ぎよ。ノーズギアへの負荷が多くなるわ」

「あー、やっぱりそうか。それに関しては俺でもやっちまったとは思う」

「気をつけなさいよね」

「すまん。けど、壊れてもお前なら直せるだろ」

「…………ったく、褒めても何も出ないわよ」

 

 少しだけ頬が熱くなるのを感じ、やまとはそっぽを向いてついでにもう一度空を見上げる。相変わらず背後の奪い合いは続き、サイファーがやや不利になり始めているかもしれないと思う。サイファーは長期戦に弱いと聞いていたが、それを上手く使っているようだ。

 

「……やまとよ、女ってなんで理不尽な生き物なんだ?」

「そんなこと言われても……それが生物の宿命って奴だからじゃないの?」

「その通り」

 

 二人の間に声が入って、機体の下を見てみれば、その先に松葉杖のにとりが立って同じく上空で戦うサイファーと海里を見つめていた。また抜けだしたのかと、内心スザクとやまとは突っ込む。

 

「ふーむ、サイファー少し押されてるね。計画通り計画通り」

「なんだよ、サイファーの機体に何か細工でもしたのか?」

「そんな邪道しないよ。海里にサイファーの攻略法を教えただけ」

「それってちょっと不平等では?」

「海里はまだ実戦経験少ないからいいハンデさ。それと、この周波数に無線を合わせると面白いの聞けるかもよ」

 

 にとりにほれ、とメモを渡されて、スザクは無線の周波数を合わせてみる。スピーカーの向こうから聞こえたのは、サイファーと海里の喧嘩に似た言い合いの声だった。ああ、懐かしいとスザクは思い、やまとは何事かと首をかしげる。

 

『お前は昔から余計なお世話ばっかりしやがって、俺の言うことだって聞けって言うんだよ!!』

『なによ、五年間も自分の女放り出す男がこの世のどこに居るって言うのよ!!』

『だから、それについては仕方が無かったって言ってるだろ! 俺だって会いたかったに決まってるだろ!』

『典型的な男のいい訳ね、そんなので私が納得するとでも思ってるの!?』

『思って無いけどこれしかないんだよ!』

「…………兄さん、何これ?」

「あいつらの喧嘩だ。恒例行事の夫婦喧嘩なんだが、久々に聞いたら懐かしいな」

 

 無線でこんな事を言うか普通とやまとは呆れたが、これもまた自分の知らない世界なのだろうかと耳を傾けてみる。この会話は指令室にもだだ漏れのはずなのだが、いいのだろうか。後でゆたかに聞いてみようと、やまとは密かに決める。

 

「いやー、羨ましいね。ここまで本音を言い合える仲を作るのって、相当な物じゃない?」

「あいつら昔からずっと一緒だからな。どんなに大喧嘩しても、お互いの事は理解してるから許せるんだよ。ちなみに俺はあいつらと本格的絡みだしたのは小学くらいだから、付き合いはあいつらの方が数年ほど長い」

 

 人間、一体どんな関係になるのかなんて分からないなとやまとは思う。はじめてスザクと出会った時の関係と、今の関係といい、予想外な展開が多すぎる。が、それも面白いと思えるようになっている事に気づく。

 

 そして、それと同時に、サイファーと海里の関係が羨ましい気がした。どうしてそう思ったのかは分からない。ただ、純粋に自分もあんな関係になれたらいいなと思った。あんな関係になる? 誰と?

 

 そこでやまとは少しはっとする。どうして自分は今そんな事を考えたのだろうか。関係になるとは一体誰と? 思い当たる節なんて一人しか居ない。だが、あくまで自分はスザクのことは兄として認識しているのだ。なのに、なぜ?

 

 やまとは今の自分の感情が一体何なのか理解できなかった。少し自分の世界に入って模索してみるが、答えが見つからない。いや、思い当たる節はある。だが、まさか自分がそんな感情を抱くのかと信じられなかった。

 

 自分が恋愛感情なんて、そんな馬鹿なと思う。だが、完全にそれを否定しようとしたら、何かがそれを拒絶した。やまとは、スザクの顔を見る。無線に耳を当てている彼の横顔は、ついさっきと違う誰かの様な気がして、胸の奥がチクリとした。

 

「やまとちゃん、どうかした?」

 

 そんなやまとの様子に、にとりが気がついて声をかける。やまとの体が少し跳ね上がり、目が泳いでしまう。どうにか平静を装って、やまとは返事をする。

 

「いえ、大丈夫です……ちょっと考え事を」

「ふーん……」

 

 にとりは、それ以上追及しなかった。ありがたいことだ。今確信を突かれてしまえば、間違いなく動揺が増す。そうすれば、スザクに変な自分を見せてしまうことになる。それこそ色々と自分が保てなくなりそうで怖い。やまとは、一体どうしようかと考え、サイファーと海里の夫婦喧嘩が頭に入らなかった。

 

「やまと、こいつらの喧嘩も面白いが、給油が終わった。次の出撃をするからチェックしてくれないか?」

「えっ……あ、ごめんなさい」

 

 やまとは慌ててタラップから体を降ろし、機体の周囲をぐるりと回って目視点検する。危うくあやふやなチェックになりそうだったが、XFA-27をぐるりと一周した所で炎上したSu-47を思い出し、念のためもう一周した。

 

「チェック完了。いつでも行けるわ」

「ああ、ありがとよ。次はもう少し上手く降りるわ」

 

 キャノピーが降ろされ、機体がゆっくりと進む。やまとは安全域まで退避し、カタパルトに接続されるXFA-27を見送る。にとりは無線機にイヤホンを差し込んで、サイファー達の喧嘩を面白く聞いていた。

 

「うわーお、サイファーって12の時で海里押し倒してたのか。犯罪だね。いや同い年だから犯罪じゃないのかな。うーん、これは一体どう捉えるべきのか……」

 

 うむむと唸るにとりをよそに、やまとは発艦したスザクを見送る。その翼がきらりと光り、中で鋼鉄の鳥を操る男の背中を見る。その背中が実際に見えた訳ではない。だが、とても広く、大きい背中が見えた気がした。やまとは、それに触れたいと思ってしまい、無意識に左手を伸ばす。

 

 XFA-27が、空母をローパスし、轟音を残して上昇して行った。

 

 

*

 

 

 

 オペレータールームで、全ての会話が録音されているにもかかわらず、プライベートすぎる内容にまで発展した夫婦喧嘩を聞きながら、ゆたかは一体どうすればいいのだろうかとおろおろしていた。一応、模擬戦のデータ回収はしっかりと行っているが、いかんせん集中しにくい。誰が好き好んでサイファーが初めて海里を押し倒した時の話を聞かされなくてはならないのかと、顔を真っ赤にしながらも、つい耳を傾けてしまう。

 そんなゆたかを見かねて、夏芽がどれフォロー兼助け舟を出してやろうかとゆたかの隣にややラフな体制で座りこんだ。

 

「ったく、兄貴も姉ちゃんも、喧嘩始めたら周りが見えなくなるの全く変わって無いわね。後でこのテープ聞かせよっと」

「い、いつもあんな感じなんですか?」

「きっかけが何であれ、必ず昔の話まで引っ張るのがあの夫婦クオリティ。今回はヒートアップしすぎて全く周りが目に入って無いわ。しかもこの話題まで持ち出すってことは、姉ちゃんでさえも頭に血が上りまくってるみたい」

 

 やれやれと、夏芽は両腕を頭の後ろに回して背もたれに体重を投げる。ギシ、と少しばかり古びた椅子が抗議するが、気にせず体を揺らして二人の無線を聞き続ける。

 

『あんたは昔から我慢できない奴だったわ! まだ早いって言ったのに猿みたいになって、雰囲気大事にしなさいよ!』

『お前だって満更じゃ無かっただろうが! 興味心身だったの覚えているぞ!』

『そっ……そんなの覚えてないわよ!』

『いーや、今お前戸惑ったろ! それくらい分かるぞ!』

『うるさいうるさぁい!!』

 

 仲がいいのか悪いのだろうかと、ゆたかは不思議で仕方が無い。海里から聞いた話では喧嘩もしていたが、仲直りも早かったと言っていた。これがその実例の一つなのだろうか。夏芽も呑気に鼻歌を歌いながら二人のドッグファイトをモニターしている。たぶん、これでいいのだろう。

 

「ま、後で録音したテープ空母中に流してやるわ。さすがに言いすぎだしね。戦闘時間を告げてあげて。そろそろ止めちゃって」

「は、はい」

 

 良いのかと思いながら、ゆたかは無線を開いて大絶賛夫婦喧嘩中の二人の間に、どうやって割り込もうかと考えて、取りあえず一言言ってみる事にした。

 

「サイファー、アテナ、作戦開始から三十分経過しました。繰り返します。作戦開始から三十分経過しました」

 

 

 

 

 ゆたかの作戦開始時刻を告げられて、サイファーと海里ははっとした。ようやく自分たちの喧嘩がだだ漏れだと言う事に気がついて、一瞬動きが止まる。もちろん本当に止まっていた訳ではなく、直線に飛んでいるだけだった。

 

 だが、サイファーがいち早くそれから抜け出し、ワイバーンを反転させて海里の背後に回り込む。海里はロックオンアラートによって自分が深くを取った事にようやく気がつくが、既に完全に背後を奪われていた。

 

「だからお前はまだ未熟なんだ!」

「くっ!」

 

 海里は反論できなかった。自分が不覚を取ったのは間違いなかった。恐らく、サイファーの経験が動揺をいち早く打ち消し、敵を撃墜すると言う本能を突き動かしたのだ。自分には、まだそれが身についていない。海里は強くそれを痛感した。

 

「海里、お前の気持ちを理解しない訳じゃない。俺がお前の立場なら、同じ事をしたかもしれない。だが、それでもだ。それでも、俺はお前にこっち側に来てほしくなかったんだ。お前に、自分の撃った銃弾が敵のコックピットに突き刺さり、血に染まる光景なんて見せたくなかったんだ! お前がそんな地獄を見る必要なんてないんだ!」

 

 ミサイル発射。仮想キューが海里向けて一気に距離を縮める。海里が反転し、スプリットSで海面にダイブする。だが、その進路の先に機銃が撃ち込まれ、被弾判定を受けてしまう。

 

「アテナ、右エンジンに被弾。推力78%に低下します」

 

 機体の速度が急激に落ちる。Y/CFA-42の強みである加速力が失われてしまった。しかし主翼がやられなかったのは幸運だろう。翼までやられたら機動力が低下し、話にならなくなる。だが、機動力ならまだ海里の方が有利だった。

 それでも、まだ完全に体制が整って無い。あと三十秒あったらまだチャンスはあった。だが、完全に背後を奪われている今となっては、反撃の機会を見出せない。サイファーに隙が全く無かった。

 

(どうする!? これじゃ何もできない!)

 

 海里は機体を大きく振って射線上から逃れる事しかできなくなる。何とか推力偏向を利用したベクタード・スラスト機動をしかければ背後を奪う事は出来るだろう。しかし、無理矢理にそんな事をしようとすればGで体が押しつぶされてしまう。が、逆に言えば勝機はそれしかない。一番単純で、一番確実な方法だ。サイファーとの距離が離れていて、下手にコブラをしかければ蜂の巣にされる。クルビットも同じだ。

 

 サイファーも、それを分かって距離を縮めて来ない。万事休す、このままでは撃墜は必須だ。

 

 だが、海里だってこのまま負けるなんて御免だった。サイファーに追いつくために、彼の世界を見るために、彼の傍に居たくて平和な生活を捨て、一学生から戦闘機乗りまで成り上がってきたのだ。血反吐を吐く思いだって数え切れないほどしてきた。そして、海里も地獄を見て来たのだ。

 

「海里、すまないがここで終わりだ」

 

 サイファーの勝利宣言が聞こえる。このままだと落ちるのは間違いないだろう。だが、もう嫌なのだ。待ち続ける生活なんて、海里にとってそれこそが地獄その物だったのだ。

 

 ひたすら待ち続けて、いつ来るかもしれない恐ろしい通達に不安を駆られながら過ごす生活。夜になれば、戦場で戦うさ愛ファーの背中が思い浮かぶ。そして、彼がいつ帰って来なくなるのかという不安に駆りたてられ、眠れない夜が何日も続いた。

そんな想いをするくらいなら、一緒に飛んで、少しでも近くにいた方がいい。そして一緒に散った方がいい。海里にとって、サイファーは恋人の域を超えて、体の一部と同等だった。右手があれば左手もある。自分が居ればサイファーも居る。それと同じなのだ。

 

海里の考えは、サイファーも同じだった。長い年月、生きて来た人生のほとんどを二人は一緒に過ごしてきた。考える事もお互い分かる。だが、どうあるべきかの認識は男女と言う境によって変わってしまう。サイファーは海里と言う体の一部を生かすために、会えて自分から切り離し、一人で戦おうと誓った。そして海里は最後まで共にする体の一部としてサイファーについて行くと誓った。

 

 どちらとも間違っていない。正義の反対は悪ではなく、違う正義なのだ。二人ともこうあるべきだと思ったから、この道に進んだ。食い違うのも当然なのだ。だから、どちらの意思が強いのかを、この空戦でぶつけ、証明する。海里は、自分の意思をサイファーに叩きつける。海里は、一か八かの賭けに出る事にした。

 

「……サイファー。あんたは私に地獄を見せたくない、って言ったわね」

「?」

「私はもう、地獄を見たのよ!!」

「っ!!」

 

 サイファーは海里が何か仕掛けてくると察知し、ミサイルの発射トリガーを引いた。海里はスロットルを押しこみ、アフターバーナーを点火させて急旋回。Y/CFA-42の推力偏向パドルがバーナーの推力を捻じ曲げ、ヴァンパイアが急速旋回をする。さらにエアブレーキ展開。ハイGターンに入った。

 

「海里!?」

 

 サイファーは驚愕した。今この速度であんな急旋回をしかけたら、体にとんでもないGが襲いかかる。いくら対Gスーツを着込んでいるとしても、海里の体では耐えきる事なんて出来ない。海里どころか、サイファーだって耐えきれない。失神どころか体が冗談抜きで潰されてしまうのは明白だった。

 

「私はっ! 私はもう、嫌なの……! 待ってるだけなんて、見てるだけなんて!!」

 

 ヴァンパイアの旋回角度がさらに鋭くなる。それをモニターしていたゆたか、夏芽は海里に掛るGの負荷数値を見て驚愕した。

 

「アテナ、G負荷の数値が9Gを突破してます、危険です!」

「姉ちゃん、無茶よ! 体がバラバラになるわ!」

 

 簡単に言えば、自分の体重9倍分の負荷が掛るのだ。仮に体重が50キロの人間が居るとしたら、450キロの負荷に襲われる。普通の人間ならとっくに失神している。訓練されたパイロットでも、Gによって血液が脳に届かなくなる事で視界が暗くなる現象、ブラックアウトで視界がほとんど使い物にならなくなる。だが、海里ははっきりとサイファーの背中めがけて食らい付いてきた。

 

「これくらい、なによ!! あんたが見て来た地獄、自分だけの物だと思わないで!」

 

 ついにロックオンアラートが鳴り響き、サイファーも海里の背後をもう一度奪おうとするが、追いつけない。海里の圧倒的な気迫が襲いかかる。その動きはまるで、鬼だった。

 

(あの動き…………鬼神と同じじゃないか!)

 

 その動き、その気迫はまさに円卓の鬼神その物だった。サイファーが見た、英雄と呼ばれた鬼のその動きは、間違いなく娘に受け継がれ、そしてその強さを見せつけていた。サイファーが、模擬戦の始まる前に経験したあの手の震えは、これに繋がっていたのかと理解した。

 

「あんたは言った……敵の機体のキャノピーが真っ赤になるって。私だって、そんな光景見たわ! 私の撃った弾丸が、敵のキャノピーを引き裂いた直後に私の機体の風防は真っ赤に染まった! よく分からない肉の塊と一緒に!」

 

 Y/CFA-42の機体が悲鳴を上げる。警報が鳴り響き、主翼先端の収納用のヒンジが数本吹き飛び、スラット付近に亀裂が入る。海里は全身から血が吹き出しそうな感覚に襲われ、同時に嘔吐しそうになるがそれを飲み込んだ。その中に、鉄の味があったが無視する。HUDにガンレティクルが表示され、その真ん中にサイファーを捕えるために拒絶反応を起こす右腕を無理矢理従わせる。

 

「あんたが、あんただけがそれを経験したと思わないで!!」

 

 ついに海里が完全に背後を奪った。おぞましい殺気がサイファーの全身を逆撫でる。今彼女を突き動かしているのは、意地だ。サイファーに勝つと言う、サイファーに勝って同じ空を飛ぶと言う、意地の塊だった。推定負荷Gは10G、瞬間最大負荷は11Gだ。機体によっては空中分解を起こしかねない。現に、ヴァンパイアの一部装甲ははがれ、亀裂が入っていた。

 

「ぐぅ……うっ、がぁ……う、うおぉぁぁぁーーーーっっ!!」

 

 声を張り上げて、ミンチになりそうな自分の体に鞭を入れて奮い立たせる。筋肉が硬直し、あらゆる臓器が強張り、自分に押しかかる強烈な重力を押し返す。その叫びは、耳を貫く獣の雄叫びの様だった。

 

 サイファーは正直、海里がここまで自分の事を想っているとは考えてなかった。いや、お互いの気持ちは理解していた。だが、海里が戦闘機乗りになり、サイファーを追いかけさせるきっかけを作るまでに追い込んでしまった事に、少なからずショックを受けた。そして、彼女の決意は生半可なものではないと言う事がこの動きで理解出来た。

 

(本気なんだな……そして、海里を本気にさせたのは俺なんだな……)

「サイファー、これで終わりよ!!」

 

 機銃掃射。被弾判定個所が増えていく。次々と機体の破損個所が増加し、エンジンがついに方肺判定になる。エルロンダメージが増え、機動力が半分以下にまで達した。

 

 海里は、あと一秒トリガーを引き続ければ勝てる。そう確信した。勝てる、勝てるのだ。父が認めたパイロットに、父の教えを受けたパイロットに、自分が遠く届かない所を飛ぶ彼に、勝てるのだ。

 

 そう、確信した。

 

「悪いな、海里」

 

 無線から聞こえた声は、とてつもなく冷静で、冷たい声だった。海里は、その一言で、たったその一言で勝利の確信から、恐怖の奈落へと付き落とされた気がし、トリガーから指を離してしまった。現に、奈落の底に突き落とされていた。

 

「俺は、あの人にこの名前を託された以上、負けるわけにはいかないんだよ!」

 

 海里の目の前に、上下逆さまになったワイバーンの機首があった。ワイバーンサイドシルから、機銃の砲身がその姿を現す。海里は、一体何が起こっているのか全く分からなかった。ただ分かったのは、HUDの向こうに、サイファーが居て、目が合った。それだけだった。

 

 Y/CFA-42のHUDに、撃墜の判定が表示された。次に瞬きした時には、サイファーの姿はもう無かった。海里は、ただコックピットに鳴り響く自分が撃墜されたというブザーを無意識に聞くことしかできず、夏芽の無線が入ってようやく自分が負けたと気が付いた。

 

「姉ちゃん、大丈夫?」

「…………ええ」

 

 正直、大丈夫では無かった。腹の奥がずきずきと痛み、口の中に鉄の味が広がって、模擬戦ではない本物の損傷警告ランプが点灯していた。機体に負荷をかけ過ぎてしまった。ミラーを覗いてみれば、主翼先端に亀裂が広がり、装甲剥がれ落ちていた。まったく、無茶のしすぎだと、海里は思わず唇がつり上がった。

 

「模擬戦闘終了します。サイファーの勝利です」

 

 ゆたかの宣言で、海里は全身の力が抜けるのを感じた。どっと疲れが押し寄せ、シートに自分の全体重をかける。飛んでいなかったら熟睡までそう時間は必要無かっただろう。

 

 サイファーが左前に現れ、その翼を見る。青い翼。父の乗る機体に描かれていたそのカラーリング。サイファーは、鬼神の教えを受け継いでいた。その名に恥じない、その機体に恥じない実力を持っていた。やはり、自分では敵わない。海里は、それを認識して清々しくなった。

 

「海里、大丈夫か?」

 

 サイファーが少し心配そうな声色で尋ねる。サイファーからしてみれば、あんな機動をするなんて狂気の沙汰である。海里がまともに飛んでること自体驚きだった。

 だが、それ以上に、海里の事が純粋に心配だった。

 

「……ええ、大丈夫よ。負けちゃったわ」

「…………」

 

 海里は、頭を上に向けて空を見上げる。青い空だった。自分の真上は濃紺が広がり、吸い込まれそうな妖しさを出していた。海里は、思わず手を伸ばす。

 

「綺麗ね……あんたはいつもこの空を見てたのね」

「……ああ」

「そりゃ虜にもなるわね……私は海が好きだけど、空は海よりも何も無くて、何も無い世界が続く。そしてその先にはもっと恐ろしい世界がある。ワクワクするじゃない。あんたは、いつもこの世界を見ていたのね」

 

 海里は深呼吸をして、操縦桿を握りなおして再び前を見る。燃料計を見れば、けっこうな消費をしていた。久しぶりにむきになって、久しぶりに喧嘩して、久しぶりに本音を言い合った。十分満足だ。

 

「……さ、帰りましょ」

「……そうだな。サイファー、アテナ、任務完了。RTB」

 

 

 

 

 慣れない空母着艦だったが、サイファーはどうにかコツを掴んで今度は幾分ましなタッチダウンをし、機体を完全に停止させてようやく体の力を抜いた。手がまだ少し震えている。海里のあの最後のベクダード・スラストの恐怖が残っていた。何度も鬼神にしごかれた時と同じだ。あれだけは、今のサイファーでも未だに恐いと思う。恐らく実戦でやられたら体が完全に強張ってしまうに違いないだろう。蛙の子は蛙。なら、鬼の子も鬼だと言うことだ。

 

 機体を見回して、サイファーは損傷が無いかを確認する。見た限りでの損傷は無い。中身までは分からないが、なに。そこは整備班の仕事だ。

 

「お疲れ様です、サイファー」

「おーう、やまとちゃん。今日の着艦はどうだったよ?」

「ま、合格でしょう。けど、どちらかというと兄さんの方が上手いかもしれませんよ」

「なぬ、あいついつの間にそんな技量を」

「ま、多分まぐれです」

「何だまぐれか」

 

 まぐれなら仕方ないなとサイファーは頷き、やまとも同意する。そのタイミングで海里のヴァンパイアがタッチダウンし、やまとは上手いと呟く。サイファーもそれには同意見だった。しかも、あの動きも親父譲りだろう。はじめてタッチダウンを見たときに感じたのはこれかと思いだした。

 

 アレスティングフックを収納し、機体がタキシングする。見れば海里からは見えないだろうが、機首にも亀裂が入っていた。相当な無茶をしたのだろう。主翼の折りたたみ機構も死んでいるのか、翼はたたまずにそのままタキシングし、ワイバーンの隣で停止し、エンジンがカットされた。

 

 キャノピーが解放されて、海里がタラップを降りてくる。ヘルメットを脱ぎ、汗で覆われた額を拭ってサイファーに真っ直ぐ歩み寄る。サイファーも海里の目の前まで歩き、お互い目の前で停止する。先に口を開いたのは、海里だった。

 

「私の負けよ。約束通り、あんたの言う事をちゃんと聞くわ」

 

 悲しさと悔しさ、そして清々しさが混じった顔だった。当然ともいえる。勝てると思ったのに、負けたのだ。だが、言いかえればその油断が海里の敗北の原因だった。最後まで何か仕掛けてくると予測していれば、撃墜判定まではいかなかっただろう。サイファーは、あえて被弾することにより、海里にほぼ勝利したという油断を与え、速度が遅くなって更に海里が接近するのを待ち、クルビットでコックピットに撃墜判定を与えたのだ。

 

 サイファーは、海里をじっと見つめ、海里もサイファーを見つめ返す。少しばかり時間が流れて、XFA-27が空母上空をフライパスした所でサイファーは歩き出して、海里の横をすり抜ける。海里は、何も言ってくれなかった事に少しだけ胸が痛んだ。だが、サイファーは海里の後ろで立ち止まり、口を開いた。

 

「海里。お前は俺の三番機だ。右後ろから着いて来い」

 

 そう言って、サイファーは再び歩き出す。海里は一瞬何を言われたのか分からなかった。三回ほどサイファーに言われた事をリピートし、そしてようやく理解して胸が高ぶり、歩くサイファーの背中に走り寄り、その勢いのまま飛び付いた。

 

「ありがとう、サイファー!!」

「うわっと!」

 

 海里がいきなり飛び付いたせいで、サイファーは危うくバランスを崩しそうになってしまったが、何とか持ち直すことに成功する。海里はそんなこと全く気にせずに、満面の笑みを浮かべて、無邪気の子供の様に体全体を使って喜びを表現する。その顔を見ると、サイファーは思わず唇がほころび、ああ変わってないんだなと実感した。

 

 サイファーは、海里についての今後を悩んだ結果として、僚機として迎え入れる事を選択した。その理由は上げれば複数ある。まず、垢の抜けきっていない未熟さはあるが、今後の経験次第で十分カバーできると判断した事。いざという時の決断力、精神力がサイファー以上にある事。なにより、生半可な気持ちでここに居るのではないと、改めて理解した事。他にも細かい所でサイファーよりも優れている面がある為、経験の少なさはサイファーでカバーする事に決めた。

 

 個人的な感情を入れるなら、海里をこの道へと引き入れるきっかけを作ってしまったことに対しての責任でもある。ここで彼女を切り捨てれば、彼女の努力全てを水の泡にすることになる。彼女がそうしたかったからここに来た。サイファーが彼女の人生を決めるのではない。甘いと言えば甘いだろう。だが、サイファーは海里にこの選択をさせてしまった責任を背負おうと決めた。

 

 ついでにもう一つ、完全に甘い個人的な感情があるとすれば。海里と一緒に過ごしていたい。サイファー自身だって、そう思っていた。

 

 

 

 

「如月海里、四日間の飛行停止っと」

 

 医務室の白衣を着た女医は呆れた顔でカルテにペンを走らせてそう言った。空母の意味室担当ではあるが、実際この人物はただの女医ではなく、八意製薬の社長もこなしている大ベテランのオブサーバーだった。提供元である自会社のシンボルでもある赤と青のツートンナース帽をかぶり、その下から伸びる銀のつややかな髪は大きめの三つ網で編まれ、その美貌は空母乗組員たちを虜にするものであった。

 そしてそんな彼女の正面にはしょんぼりとした海里と、その後ろに呆れた顔の夏芽とサイファー。海里の腹部には包帯が巻かれ、処方箋の袋が手渡されていた。

 

「全く、いくら対Gスーツを着ているとはいえ、あなたの体で10G前後の機動をするなんて狂気の沙汰よ。内蔵の軽い破損だけで済んだからよかったものを、場合よっては失神による墜落、失明、内臓破裂だってあり得たのよ。機体が損傷してあなたがタダで済む訳無いんだから」

「すいませんでした…………」

「無茶は若者の特権だけど、だからと言って早くに体を使い物にならなくしたら元も子もないわ。それにあなたは女なのよ。いずれは子供を産んで次の世代を作るのだから、もっと大事にしなさい。いいわね?」

「はい……」

 

 失礼しましたと、海里たちは医務室から出る。サイファーは部屋を出て大きくため息をし、夏芽は鼻でため息を吐き、海里はがっくりとうな垂れた。

 

「そりゃあんな機動すれば無事で済むはず無いわな」

「うん……」

「姉ちゃんむきになりすぎよ。そりゃ不満いっぱいあるでしょうけど、だからって機体が破損するような動きされたらこっちだって困るわ。姉ちゃんの体も大事だけど、あと少しあんな旋回やってたらY/CFA-42がバラバラになってたわ。そうなったら元も子もないんだからね。ファーバンティまでオーバーホールよ」

「ごめん、二人とも……」

 

 海里は、さながら皿を割ってしまった子供の様に少しばかり落ち込んでいた。やはり昔のままだとサイファーは呆れ半分ちょっと嬉しくなり、夏芽は不覚にも可愛いと思ってしまい、一体何を考えているんだと二人はほぼ同時に首を振った。

 

「ともかくだ。どのみち、お前は空母で留守番だ。体さっさと治すことに専念しろ」

「はい……」

 

 うつむく海里だったが、サイファーは彼女の頭を少しばかり撫でてやり、彼女は小さく声を上げるがすぐに心地よさそうな顔になり、少しだけ笑みが戻る。夏芽もそれを見て安心し、仕事に戻るかと決めた。

 

「じゃ、私戻るから姉ちゃんのことお願いね」

「ああ、ひとまず部屋に放り込んでおく」

「放り込むって、私は物じゃないんだから」

「お前はそうでもしないと動き回るからな」

「ごもっとも」

 

 夏芽を見送り、サイファーと海里の二人きりになる。はて、どうしようかとお互い目を合わせ、帰るかとサイファーの一言に海里は応じ、一緒に歩き出す。歩く分には問題ないそうなのだが、激しい運動をすれば悪化するとのこと。丸一日は寝てもらわないと困るというのがサイファーの心境だった。

 

 ともかく、今は休んでもらおう。考えるのはそのあとだ。そう結論付けて、サイファーは意識を歩くことに戻して、部屋に向けて歩き出した。

 

 

 

 

「まったく、つくづくお前は甘い奴だな」

 

 浴場に入り、スザクに決断の結果を聞かれ、答えて帰ってきたのがこの一言であった。まあ無理もない。一番反対していた人間が許したのだから、それに肩を持った身としては意味ないじゃないかと文句の三十個くらいは言ってやりたかったのだが、自分の口の出す問題じゃないと分かっていたため、スザクはぐっと抑えた。

 

「ああ、まぁ俺もつくづく甘ちゃんだとは思うがな。あいつなら大丈夫だと判断した。未熟だが、俺の後ろを任せる三番機として付いて来てもらうことにした」

「ふーん、後ろを守るなら二番機でいいじゃないのか?」

「なんだ、やきもちか? お前ホモかよ」

「なんでホモが湧いてるんですかねぇ? って言うかホモって決めつけんな気色悪い」

「冗談だって。状況次第ではお前のカバーに行かせる事もする。だから俺、またはお前の指揮下に入れる三番機にしたんだ。それに、危ないと思ったらさっさと空母に帰すさ」

「だと、いいんだけどな」

 

 スザクは呆れたため息をつきながら肩を湯船に沈め、サイファーは腕を広げて天を仰いだ。完全に納得したかと聞かれればちょっと違う。だが、それ以上に海里の考えを潰す方が良くないと判断した結果である。

 

「あ、やまとちゃん曰くお前の着艦が俺より上手かったそうだとさ」

「なに、それはありがたい話だ」

「まぐれって言ってたけどな」

「ちくしょう」

 

 スザクは体を沈没させ、サイファーも同じく沈没する。疲れた。今日はたっぷり休もう。明日は休暇だ。サイファーは久々に何もしなくてもいいという日常を楽しもうと思った。

 

 

 

 

「で、お前は一体何している?」

「くつろいでる」

 

 部屋に戻って一番に目に入ったのは、ベッドでうつぶせになって寝転んでいる、キャミソールにホットパンツという寝間着姿の海里だった。何と言う図々しさ。自分の部屋があるのになぜわざわざこっちにくるのかと思ったが、まぁ何で来たなんて野暮ったらしい事は聞かないでおこうとサイファーは椅子に座り、冷蔵庫から炭酸ドリンクを取り出し、海里に一本放り投げてやる。

 

「サンキュー」

「おう」

 

 プルタブを捻って、サイファーは備え付けのPCの電源を入れて一口飲む。海里も上体を起こして蓋を開けると、口に入れて一息吐いた。

 

 部屋にはPCの排熱ファンの音だけが響き、後は時折り聞こえる二人のドリンクを飲むときの喉越しの音。そして、キーボードとマウスをクリックする音。サイファーはネット民の情報が集まる某掲示板の軍事関係スレッドを巡回し、情報を探る。ゲベートからの書き込みに、X-02を見たと言う書き込みがあったが、早速釣り扱いされていた。当然だろう、そんな機密の固まりが簡単に信じられる訳が無い。それに、確信に近づこうものなら夏芽辺りに消されてしまうのは間違いない。サイファーは、ひとまず厄介そうな情報無いなと判断し、安心する。

 

「情報収集かしら?」

「ああ。ネット民は正直だ。言いたい事散々言いまくってくれる」

「ま、感想や意見だけならね。無い事でっち上げられるのはいい気分しないけど。私のスレッドが建てられた時は死ぬかと思った」

「なんとだと?」

「『ユージアのパイロット候補生が可愛すぎる件について』って名前だったわ。写真付きで」

「ちょっとそいつにバルカン砲当てて来て良いか?」

「夏芽がさっさと消したわよ。ついでに垢BANもしたってさ」

「うおー、怖い怖い」

 

 意識を海里から画面に戻し、これといってサイファーの目に着く記事が無いため、ウインドウを閉じてワールドニュースにアクセスする。オーシア側では、ユークトバニアのクルイーク要塞の陥落が難航しているという記事がトップニュースになっていた。これが仕組まれた戦争だと言う事に、何人が気付いているだろう。それを止めるべく、自分たちはここに来たのだ。

 

 しばらくニュースを見ていたが、手持ち無沙汰でつまらなくなった海里がベッドから立ち上がり、サイファーの後ろに立つと、そっと首に手をまわして体を密着させてきた。サイファーは、久々に感じた海里の体温に、思わず胸が高鳴るが、極力平静を保とうとした。

 

「久しぶりね、こうするの」

「ああ、そうだな」

「もうちょっと構ってくれてもいいんじゃない?」

「あまり度が過ぎると周りの目がな」

「今二人きりじゃない。抱きつくくらいいいでしょ」

「そうだが、照れ臭いと言うのが本音だ」

「なによ、それ」

 

 くすくすと、海里はサイファーの耳元で笑う。その仕草によると息が耳に掛り、揺れる海里の髪の毛が首筋に触れて、サイファーはこそばゆくなる。久々に二人きりになったからどうしたらいいか少し疎くなってしまっていた。情けない。前はもう少し海里の事を分かってやれたと思ったのだが。

 

「でも、今の雰囲気の方が好きかな」

「そうか?」

「うん。ちょっと男前になった感じ。お父さんに似て来た」

「場数を踏めば、な」

 

 もう、何人もの人間を殺してきた。その実感だってあるのだ。正当な防衛だろう。だが、それでもだ。自分のしたことはきっと重い。もしかしたら、ある日突然何かがきっかけでトリガーを引けなくなるかもしれない。罪悪感に襲われ、空を飛べなくなるのかもしれない。

 だが、海里は抱きしめる腕の力を少しだけ強くして、答えた。

 

「あんたのしたことは、正しいのよ。守るべきものを守った。確かにもう血で汚れてしまったかもしれない。だから、私も一緒に汚れようと思う。二人なら、きっと大丈夫でしょ?」

「…………たぶん、きつくなるかもしれないぞ」

「上等よ。鬼神の娘の力、見せてやるわ」

 

 海里はまた腕の力を強めて、自分の意思が本物であることを伝える。サイファーも、マウスを握っていた手を離して、海里の手を握る。ほんの少しだけ、海里の手は小さくなった気がした。たぶん、自分の手が少しばかり大きくなったせいかもしれない。

 

 サイファーは海里の手を引いて少し移動させると、立ち上がってそのまま抱き寄せる。すっぽりと体に収まる彼女は、抱きしめてみれば前よりもたくましくなった気がして、そうなる為ににじみ出る努力をしたのだと、サイファーは分かった。

 

 しばらくの間、二人は抱き合っているだけで幸せだった。ここ最近の疲労が一気に吹き飛んでいく気がして、自分たちが居る立場を少しだけ忘れる事が出来た。このまま時間が止まればいいのに、と海里は思い、サイファーはある限りの時間で海里の事を想ってやろうと思い、そして二人は絶対に互いを守り通し、この戦争を終わらせると密かに胸に誓った。

 

(にしても……いざ本気でこう言うの考えると尻が痒くなるなぁ……)

 

 

 

 

 2010年12月3日。ISAF特務空母に、新たに四人が正式に配属された。戦闘要員、サイファー、スザクの二名。整備兵、永森やまとの一名。AWACSオペレーター、小早川ゆたかの一名。以上の四名が、今後はISAFの所属となり、作戦行動を展開する。

 

 なお、これに合わせてISAF特務空母の名前も決定する。その名はヴァレー。ISAF特務空母ヴァレーは、本日をもって本格的作戦行動に展開すると、サンサルバシオン本部へと通達された。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。