ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission14 -鬼の娘-

 

 結局、サイファーとやまとの賭けは、スザクの一発着艦という結果で引き分けになり、今度はまぐれか実力かの議論に発展し、それを聞いたスザクはどう反応したらいいのか少し困ったから、取りあえずサイファーの脳髄に鉄槌を入れて終息を迎えた。

 

 それからは、ゆたか、ジェンセン、ショーホー、リックの順番で空母に着艦し、全機が無事に空母に降り立つ事が出来た。ちなみに発足だが、空軍機でもアレスティングフックは搭載されているため、にとりはそれを利用して、あらかじめ空母仕様に強化しておいたのだ。これなら、着艦だけなら可能である。ただ、車輪の強度だけは間に合わず、ジェンセンのミラージュの主脚がへし折れる寸前になっていた。それでも、折れずに着地で来たのは彼らの技量の高さもあるだろう。

 

 全員が甲板に降り立ち、ようやく助かったのだと安堵して、ゆたかはそのままへたリと腰が抜けてしまい、他のメンバーもどっと疲れが増して思わず座り込む人物もいた。空母の乗員が差し入れに栄養ドリンクを持ってきてくれたので、ひとまずそれでみんなが生きている事に喜び、軽く乾杯した。その上を、例の戦闘機がローパスして旋回する。サイファーはその機体を目で追い続け、やがてアプローチコースに入った。

 

「……なあにとり、あの機体は?」

「ああ、そろそろ教えてもいいね。あれはエストバキアで開発中の新型戦闘機の試作機、“Y/CFA-42 ヴァンパイア”だよ」

「……初耳だな」

「そりゃ極秘開発してるからね」

「いや、なんたってそんな機体がここに?」

「うーん、長くなるね。詳しい話はこの空母の責任者も交えて話したいところなんだ。簡単に言えば、エストバキア国の依頼だよ。あそこ今内乱でごたごたしてるじゃん? 新型戦闘機を作ってるはいいけど、いつ飛び火するか分からないからこっちに依頼してきたんだ。ある日にどういうルートかは分からないけど、エストバキアが灰色の男たちの事について知ってたんだ。それを利用して、『この機体を使って奴らの計画を潰してほしい』ってこの艦隊に預けられた。訳したら実戦で使っていいからそのデータを寄こして欲しいってことさ。ブラックでしょ?」

「まぁ、実戦ほどデータが取れる機会は無いし妥当かと。似たような事やってるとこなんていくらでもあるだろ」

「理解が早くて助かるよ。それで、あの機体を渡されて、Y/CFA-42専用の新兵器のデータもエストバキアの技師と共に送られた。それがさっきのEML、Electro Magnetic Launcher。つまり汎用レールガンユニットだよ」

 

 レールガンだと? サイファーはその武器の名前を聞いてまたも目を見開いた。

 レールガンと言えば、知る人もいるであろう超電磁砲とも呼ばれる、電磁力によって弾丸を高速で打ち出す兵器の事である。その速度は音速の数十倍にまでなると言われ、衝撃波だけでも十分な威力を持っている。直撃すれば数ミリの弾丸でも目標は粉々になるほどの威力をもった兵器である。

 

 事実、レールガン自体は衛星軌道上に浮かぶレールガンユニット衛星、「SOLG」がある。だがあれは巨大なレールガンであって、戦闘機に乗せるどころか、爆撃機に乗せられないほどの大きさなのだ。そのレールガンが、戦闘機に乗せられるほどの大きさにまで小型化されている。これは驚異的な技術だった。

 

「ただ、小さく出来たはいいんだけど重大な欠点があってさ」

「欠点?」

「うん。無理矢理小さくしたから冷却装置がつけられなくて、左右に搭載された二門で片方一発の系二発しか撃てないんだ」

「それ大丈夫なのか……」

「二発でも私たちを助けること出来たんだから上等さ。射程も馬鹿みたいに長いし、直線にしか飛ばないけど当たれば強力な武器さ」

 

 確かに、あの時MiG-31に追われていた時に、その威力を如何なく見せつけられた。編隊飛行で密集していた敵編隊のど真ん中を撃ち抜いて、直撃、そして衝撃波で吹き飛ばしたその威力は、敵に回したら圧倒的脅威になるだろう。あの時のデータリンクはこのためかと、納得する。

 

「あのパイロットも交えて、この艦隊についての説明もしたいからもう少し待って。今後の動きも重要だから」

「あいよ。だがその前にお前はさっさと手当に行って来い。何とか傷口はふさがってもちゃんと診断しないとダメだろ」

「ははは、ゆたかちゃんにも言われたよ。正直な話歩くのすごく辛いんだ。もうすぐ迎えが来るかな」

 

 程なくして、にとりを運び込むための担架がやって来て、にとりはそこに寝かしつけられると、手を上げて会釈し、そのまま館内へと運ばれていく。

そのタイミングでY/CFA-42の紺碧の翼が舞い降り、鮮やかなタッチダウンを見せて着艦した。上手い。サイファーはなかなか腕の立つパイロットだとすぐに分かった。ただ、どことなく今のアプローチの仕方に見覚えがあった気がして、すぐに気のせいかと考え直した。

 

 主翼先端を折りたたみ、誘導されてサイファーのX-02の隣に並んで停止する。パイロットの素顔はよく分からないが、マスクを外し、キャノピーを開けて全身を見て、意外と細身である事に驚いた。本当に男かと疑いたくなるが、よく見たら女じゃないかと分かった。だが、最近驚く事ばかりで耐性が付いてしまい、それに関してはもう驚く材料にはならなかった。女性パイロットだっているし、例のサンド島の四機の二番機は女性だとも聞く。それほど珍しくないだろう。

 

 が、結果としてサイファーは今世紀最大の業転を味わうことになるのはほんの数十秒先の話である。

 

 Y/CFAのパイロットがサイファーの視線に気が付き、整備員と二、三口話すと、サイファーに向かって歩みよってきた。もしかしてさっきの視線は気のせいではなかったのだろうかと思い、サイファーも受け入れる体制を取って、目の前までやってきた。

 

 身長は女性としては高い方で、サイファーの頭一つ分くらい下。胸のラインは残念ながら平均よりも少なめである。どっかの幼馴染も似たような感じだったと思いつつ、サイファーは礼の言葉を述べた。

 

「ウスティオ空軍第6航空師団 第009飛行隊、サイファー。先ほどの援護に感謝します」

 

 敬礼をして、感謝の意を伝える。だが言い終わってからそう言えば今の所属には『元』と付けなければならなかったと気が付いた。

後で訂正しよう。そう思っていたが、しかし次に待っていた向こうのパイロットの反応はサイファーの予想と違った、笑いをこらえるような声だった。

 

「く、くくく……」

「……はい?」

「いや、……くく、ごめんなさい……あは、あははは!」

 

 ついに腹を抱えて笑いだし、少しの間だけ離せなくなるレベルにまで達し、サイファーは呆気にとられてしまう。何かギャグ的な事を言ったのだろうかと模索するが、全く見当がつかない。強いて言うなら「元」ウスティオ空軍というところだろうか? いやそんなレベルで笑う事じゃないだろう。

 だが、サイファーはその声を聞いて、少しばかり聞いた事ある様な感じがした。しかし、向こうの反応が予想外すぎて、サイファーはこの懐かしさの原因を突き止めるとが出来ない。だが、答えは向こうからやってきた。

 

「ったく、いい加減鈍すぎるんじゃないのかしら?」

 

 女は被っていたヘルメットを脱ぎ、頭を揺らしてヘルメットの中で乱れていた髪の毛がそれに合わせて鮮やかに舞う。こげ茶色の、艶やかなショートヘア。まだ少し幼い顔立ちの中にある強い意志を持った瞳。サイファーは、恐らく本人の家族以外なら、この世の誰よりもこの人物を知っている自信があった。

 

「ようこそ、ISAF特務空母へ。私はISAF特務航空団 第713飛行隊所属、如月海里です」

 

 目の前のパイロットは、本来なら今頃進学し、故郷で勉学に励んでいるはずの幼馴染であり、そして恋人でもある女。如月海里はサイファーと同じように敬礼して見せた。

 

 

 

 

 その一部始終を見ていたスザクでさえも、開いた口が塞がらなかった。事情を知らないやまとたちからして見れば、アホ面もいいところなのだが、そんなことはどうでもいい。なぜあいつがここにいると、スザクも走り出した。

 

「お、おい海里!」

「あ、お久しぶり~。今はスザク君って呼んだ方がいいかな?」

「えっ、ああ。今はその方がしっくりくるな。って違う! なんでお前がここにいるんだ!? お前確か大学にいるって……」

「まぁそうね。そうは言ってたんだけど色々あったのよね。しっかりと説明してあげたいところだけど、話せば長くなるからブリーフィングまで説明はお預けで。今話したら補足込みで数時間規模になるから」

「いや、えっとだな、それはいいんだが……」

 

 スザクはその先どう繋げていいか分からなくなった。身内がひょっこり現れ、しかも戦闘機乗りをやっていると言われると、誰でも頭が混乱する。そうだろう。同級生の幼馴染が突然戦闘機に乗って降りて来たら誰だって仰天する。もっとも近い場所にいるサイファーですら、口がパクパクとしか動いてなくて何も言葉を出せずにいるくらいだ。

 

 一体どうすればと考えるスザクだが、そこへさらにもう一人が加わったことで状況は少し変わる。混乱が少しばかり増える方面に状況が変わった。

 

「ったく、いつまでアホ面ぶら下げてんのよ。目の前の現実受け止めなさいよバカ兄貴」

 

 コツコツと、ハイヒールの音がして、一同がその先に声を向ければ、海里がもう一人いた。

 正確に言えば違う。海里よりも髪の毛が長く、その髪の毛は後ろで織り込まれた髪型で、タイトースーツを着込んで眼鏡をかけ、その奥にある目は釣り目で少し気の強い印象を持った女だった。サイファーもスザクも、その人物の事を海里と同じくらいに知っていた。

 

 如月海里の双子の妹、如月夏芽である。

 

「な、夏芽!?」

「変な声出すんじゃないわよ。アホ面に磨きがかかるわ」

「んだとごらぁ! って違う、なんでお前ら揃いに揃ってこんな所に居るんだよ!?」

「いるから居るのよ。でしょ、姉ちゃん」

「いや、夏芽それ答えになってないよ」

「言ったところで兄貴がこんな状態じゃ理解できないでしょうが」

「まぁ、それは正しいわね。たぶんまだ自分の脳内疑ってると思うから」

「……本当に海里なのか? 俺の知ってる如月海里なんだよな?」

「そうよ。何なら質問でも何でもしてもいいわよ」

「ぺったん」

 

―ゴッ!―

 

 海里の全力で振り払われた裏拳がサイファーの顔面にクリーンヒットし、たっぷりと回転の勢いが乗ったその一撃はサイファーをふっ飛ばし、甲板を転がって止まった。

 

「ほん……ものだぜ……」

 

 その次にサイファーは、最近自分に暴力的な何かが降りかかるのが多くなったと少しばかり憂鬱気分になる。が、すぐに海里は話を立て直して、少し急ぎ目に次へと移行したいと、自分の意思を伝えた。

 

「はいはい、取りあえず今の一言は聞かなかった事にするから、艦橋に来てくれないかしら。この艦の責任者にも顔を会わせてほしいのよ」

「え……あ、ああ。分かった」

 

 サイファーは立ち上がり、軽く手で埃を払い落して海里の方を見る。昔と変わらない瞳がサイファーを見ていて、しかしその目が戦闘機乗りの物になっていると確信し、複雑な気分になる。夏芽がそれを察したのか、さっさとこいと促す。サイファーは、一旦考えるのをやめて夏芽に従おうと思った。

 そうでもして気を紛らさなければ、更に混乱してまともに状況が考えられなくなっていたかもしれない。

 

 正直、久しぶりに会って嬉しいはずの幼馴染たちがこの場にいる事が、嬉しくなかった。

 

 

 

 

 空母の操舵室まで狭い通路を歩き続け、人と人がすれ違う物なら体を傾けなければならないほどで、更にガタイのいい陸軍兵士辺りになるともっと狭くなる物だとサイファーは思う。狭すぎて窮屈に感じてしまい、特に身長の高いサイファーとなれば通路間の突起に頭をぶつけそうになる。現に二回ほど、艦橋に来るまでの間にぶつけた。

 

 慣れない空母に四苦八苦しながらも、艦橋にたどり着いてサイファーは一息ついて、他のメンバーも全員が艦橋に到着して適当な位置で立ち止まる。海里が先に出て、艦橋の椅子に座っているある人物に声をかけた。

 

「連れてきましたよ、ヴァレーから脱出した傭兵たちです」

「んあ、御苦労さま~」

 

 航空母艦の艦橋には似合わないような間の抜けた声がして、しかしヴァレー空軍基地にいた人間は全員が知っている懐かしい声だった。それからすぐに椅子がくるりと回って青く長い髪の毛とそのつむじから伸びるアホ毛がみょいんと跳ね、自らを主張した。

 

「こ、こなた!?」

「いやー、みんな二日ぶりくらいだねー」

 

 最後に会った時と全く変わらない、糸目に猫口のニマニマした顔で立ち上がると、こなたはサイファー達の目の前に仁王立ちで、絶望的な胸板を強調して渾身のドヤ顔で迎える。

 

「お前、今まで何してたんだ……?」

「んー、そうだね。ヴァレー抜けだしてステルスヘリに乗ってここに帰って来たんだよ。ついでだから私の身分を教えてあげるよ。謎の美少女の正体、ついに明かされる! って感じで」

 

 こほんと縁起っぽい咳払いをして、しかし次に見開いた目は、ゆたかも見たあの時の別人のような鋭さを持った瞳へと変わり、それでその場の空気が変わったのを見計らい、こなたは口を開いた。

 

「私はISAFの諜報員、泉こなた。ベルカからの亡命希望者、河城にとりの持ち出したベルカ残党、灰色の男たちの証拠書類によってウスティオを拠点に調査していた匿名諜報員だよ」

 

 なんとなくは察しが付いていたが、その見た目にまったく似合わないような殺気のある迫力で自分の身分言われると、思わず息を飲んでしまうほどの威厳を感じた。

 

「…………それが、こなたお姉ちゃんの正体なんだね……」

 

 ゆたかがおずおずと、少しだけ強張った声でいう。まるで未だに信じられない自分に言い聞かせるような、そんな感じの声色だった。

 

「そうだよ。今まで隠してごめんね。けど、この仕事は本当に親族にだって話せない事やらされるから、表向きの仕事を作っておかないとだめだったんだよ」

「それが、ヴァレーでの……」

 

 こなたは何も言わずに頷いた。予想は付いていた、しかし本人の口からそれを言われると、どうしてもショックはあった。こなたはそんなゆたかを見て、今まで黙っていたという罪悪感で胸が少し痛んだ。

 

「じゃ、いいタイミングだから私たちも改めて」

 

 そんなこなたの心情を察したかどうか分からないが、今度は海里と夏芽、如月姉妹がヴァレーのメンバーの前に出て自信の身分を明かす。

 

「改めまして、ISAF特務航空団 第713航空団兼Y/CFA-42テストパイロット、如月海里です。ISAFからのオファーでこの空母に乗艦し、作戦行動を展開していました。正確に言えば、まともな実戦はそこまで経験していませんが、それを補うくらいの訓練は積んでいます。以降、よろしくお願いします」

「で、その妹の如月夏芽です。所属はISAF新型機テスト開発部門主任で、X-02ワイバーンの機体構成、Y/CFA-42の最終調整の指揮をしています」

 

 サイファーは幼馴染二人のその信じられないような身分を聞いて、事実なのだとようやく理解して頭を鈍器っで殴られたかのような気分に陥る。自分の知らない所で、彼女たちは嘘を吐いてまでしてこの一件に関わっているなんて思ってもみなかった。正直、サイファーは久しぶりの再会でも、喜ぶよりも、巻き込みたくなかったという思いの方が強かったのだ。

 

「じゃあ、この艦の責任者さんにも一言もらおうかな。おーい、凪乃ー出番だよー」

 

 こなたが艦橋の窓際で外を見ていた一人の男の背中に呼びかけて、その男はゆっくりとこちら側に振り返って、そしてサイファー、どちらかというとサイファー以外の人間が、「責任者?」と、語尾に疑問符を加えた。

 

 目の前の男、空母の責任者と呼ばれた男は、余りにも若く、サイファー達よりも年下ではと思うほどだった。事実、彼はサイファー達よりも二つほど年は低かった。

 

「ようこそ、我が空母へ。僕はこの空母の責任者の芹川凪乃。まぁ、平たく言えば艦長、ということで間違ってないかな」

 

 言動も身長も見た目も、こなたほどではないがやはりこの場に似つかわしくない姿だった。しかし、その少しばかり幼い声色に似合わない修羅を見て来たようなその声は、恐らく舐めてかかろうものならその考えが甘かったと痛感させられるだろう。それだけの修羅場を、彼は見て来た。

 

「ひとまず、長旅ごくろうさま。こちらももう少し支援したかったところだけど、これ以上表立った動きをすると奴らにも察知される為、これが限界だった。上手く動けなかった事をお詫びする」

 

 律儀に一艦長と同じ立場にある人間が傭兵の自分たちに頭を深々と下げる所を見て、おろおろとヴァレー組はどう反応したらいいのか分からなくて、見かねたサイファーが取りあえず対応に当たる。

 

「こちらこそ、救援に来ていただき助かりました。おかげで命拾いしました」

「なに、こちらも来ていただいて非常に光栄です。君たちの噂はISAFでも話題になっている。君が、円卓の鬼神の再来と言われているサイファ

ーだね?」

 

 凪乃が右手を差し出し、サイファーもそれに応じて手を握り、握手をする。それを見てヴァレーのメンバーもぎこちないながらも敬礼をする。

 

「いえ、自分はまだ本人には及びません。未熟なところも多々あります」

「いやいや、腕があってこそあの状況を打破出来たんだろう。河城にとりが生きて帰ってこれたのも、君のおかげだ」

 

 そう言われるとほんの少しばかり照れ臭くなるが、そうやって浮かれて鬼神本人に完膚なきまでに叩き潰されたのを思い出して嘆息する。自惚れが死を招くと散々教えられたから、煽てられても図に乗らないようにするのが彼のスタイルだ。

 

「で、君たちをここまで呼んだのは他でもない。察しの通りにベルカ軍過激派残党、灰色の男たちの計画を潰すための戦力になっていただきたい。現在、我々の航空戦力はISAF上層部の意向で情報がほとんど出回っていないY/CFA-42一機のみだ。この機体はまだ完全ではないし、一機で戦うなんてもってのほかだ。そこで、我々は君たちの力を貸してほしく、この空母まで招待した。スポンサーからの報酬もたっぷり用意してある。今までは情報戦で状況に介入して来たが、そろそろ本腰を入れなければ間に合わなくなる。だから君たちの力が欲しい」

 

 状況は大まかに理解出来た。にとりの言っていた報酬の話も、こう言う事なら現実味を帯びてくる。しかし、スポンサーとは一体何なのだろうか? サイファーとスザク、ゆたかはそのスポンサーが少しだけ気になった。

 

「が、すぐに決める事は出来ないだろうから、部屋を用意しておいた。そこでゆっくり休んで、より詳しい説明を後ほど行おうと思う。それまでゆっくり休んでくれ。夏芽、案内は任せるよ」

「はいよ」

 

 組んでいた腕を降ろし、夏芽が一歩前に出て付いてくるように促して、海里が夏芽に続いてそれにサイファーが続き、スザク、やまとの順番で艦橋から出ていく。やがてヴァレーメンバー全員が出て、こなたと凪乃の二人きりになった。

 

「……乗ってくれると思う?」

「さぁな。正直この組織だって管轄こそISAFだけど、維持してるのはほとんど民間企業だし、計画阻止とはいえそんな物は名目で、実際のところは開発メーカーの大きな宣伝、またはテストのいい機会でもあるし。けど、奴らのやり方は汚いと思う。少なくとも僕は止めたいと思うね」

 

 凪乃は備え付けのコーヒーメーカーからカップに注ぎ、二人分用意し、片方をこなたに渡して自分は制御盤に腰を下ろした。

 

「けど、彼らは傭兵だ。金さえ払えばどんな仕事だってやる。受ける受けないかは彼ら次第だが、金に生きる奴なら喜んで食い付くだろう。そして、プライドの高い傭兵ならこんな状況を黙って見ておくはずが無い。戦況が読める奴は、まぁ経済面やリスクを考えて動くからある意味一番話に乗りにくいかな」

 

 ずず、とコーヒーをすすり、こなたもそれに続いて一口入れる。スカイキッドのコーヒー豆はやはり香ばしい。黄色の13が絶賛しただけの事はある物だった。おかげで空母の乗員にも人気で、定期郵便機のC-2二機のうち、片方一機がコーヒー豆で埋め尽くされてしまうほどだった。

 

「私が知る限り、サイファーはプライドの高い方、スザク君は力に生きる方だね。海里は戦況が読める感じ」

「ちょうど三つのタイプが揃ってるってわけか。いい手本だな」

 

 コーヒーを飲みほして、カップをテーブルの上に置いて凪乃は艦橋の窓際まで歩み寄ると、甲板に並べられた戦闘機を見つめる。整備兵たちが忙しそうに走り回り、それぞれが機体の腹に手を突っ込んだりしていた。

 

「しかし、彼が鬼神の再来と言われる男か」

「そだよー。鬼神本人から直々に飛び方を教えられた言わば弟子だね」

「意外とそんななりには見えなかったな。どこにでもいそうな雰囲気だ」

「まぁどちらかと言えば海里が一番鬼神に近いからねー」

「確かにな。鬼神の愛娘だから当然と言えば当然だろうさ」

 

 

 

 

 

 自由に使っていいと、サイファー達が案内された部屋は、空母としては常識外の完全個室だった。普通なら相部屋で、ベッドとロッカーがあるだけの部屋に十人ほど詰め込まれる物なのだがなのだが、一人一部屋、しかも与えられた部屋は広さこそはあるとは言えないが、それでもベッド、机、ロッカーが完備されていて、一人で寝過ごすには十分すぎるほどの広さだった。

 

「ちょっとこれ贅沢じゃないのか?」

 

 スザクがまじまじと部屋の内装を見て、ベッドに手を置いてみる。部屋の広さはヴァレーより少し狭いくらいだが、ベッドの柔らかさはこちらの方が圧倒的だった。

 

「士官クラスでも相部屋だって言うのに、俺たちがこんな部屋使っていいのか?」

 

 スザクが夏芽にそう聞いて、彼女は二つ返事で肯定し、説明を加えた。

 

「ええ、いいわよ。この空母は管理こそISAFだけど、とある企業に一時的にリースしてるから運用はそこに任せてるのよ。で、内装も向こうの負担なら変えてもいいって上層部も許可しているから、こんな事が出来るのよ。ま、これも待遇のうちってことだから」

 

 スザクが机の下を覗きこむと、小型の冷蔵庫までが完備されていた。試しに中を見てみる。残念ながら中身までは仕入れられてなかった。まぁ、当然と言えば当然である。

 

「あ、ちなみに女子用もあるわよ。この辺りは男子向けで、向かい側が女子。別フロアにするのがいいんだけど、スペースの関係上どうしてもそれは無理だから勘弁ね。それとシャワー付いてるわ」

「女子の方が優遇だなおい」

「今時戦場に女が居て当たり前の時代よ。それなりな対応をする試験の意味合いも込めたのがこの船なのよ」

 

 ちなみに男女別の共有浴場ももちろんある、と夏芽は付け足す。メンバーの半分はすでに自分がどこで寝るかの話しをしていて、廊下でざわざわと少し騒がしくなっていた。スザクもどこにしようかと一瞬迷うが、特に変わらないしここでいいかと決めた。

 

「じゃ、俺ここにするわ。サイファーはどこにするんだ?」

「あー、俺は隅っこが好きだから一番奥にするわ」

「なら男子はだいたい決まりかしらね。そこの可愛いお嬢さんたちはどこにするか決めたかしら?」

 

 夏芽がまだ入り口で恐る恐るといった表情で部屋を覗くゆたかを見て、その次にゆたかの後ろで同じように部屋を覗くやまとを見て、二人は少し体が跳ね上がって、どうしようかと目を合わせる。

 

「ま、慣れないのは分かるわ。部屋はまだ開いてるから、好きなところに入りなさい。今はゆっくり休んでね」

 

 先ほどのサイファーに対してのあの棘の様な顔からは想像できないような優しい顔だった。それを見て、二人は夏芽が本当はそこまで怖いような人物ではないと安心する事が出来た。

 

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふ、いい子ね。名前は?」

「あ、ウスティオ空軍第500航空統制航空団所属、小早川ゆたかです」

「同じく、ウスティオ空軍第210整備団所属、永森やまとです」

 

 つい、二人は慣れてしまった上官への敬礼をしてしまい、非正規で運用しているこの空母では、実際のところ階級なんてほとんど無かった。それも、ヴァレー以上にだ。夏芽は少しだけ吹き出してラフな敬礼を返した。

 

「そんなに硬くならなくていいわよ。ここは非正規の軍組織だから、階級なんて無いわ。夏芽って呼んでちょうだい」

「えっと、じゃあ夏芽さん、でいいですか?」

「ええ、いいわよ。場合によっては短い世話になるでしょうけど、よろしくね」

 

 

 

 

 さて、ここが自分の部屋かとサイファーはドアの前で一旦立ち止まる。少し色々な事がありすぎて頭の整理が追い付きそうになかった。少しだけどうしてこんな状況になったのかと考えて、しかしどうしても理解しがたかった。

 

 色々ありすぎてどっと疲れが出てくるような気がした。というか、事実肉体的にはかなりの疲労感に襲われていた。少し寝てから考えよう。サイファーはドアを開けた。

 

 部屋の間取りは夏芽が案内した部屋と変わりは無かった。ただ、ベッドにはなぜか他の部屋に無かった黒いクッションの様な物が置かれていて、何でこれだけ? と思いながらもサイファーはベッドに近づき、そのクッションが突然として動き出して驚いた。それはクッションではなく、二つの目がサイファーを見つめて一言。

 

「にゃー」

「お、お燐?」

 

 そう、黒猫のお燐がサイファーのベッドの上で丸くなっていたのだ。一瞬本当にお燐かとサイファーは疑うが、尻尾の赤いリボンに、人間に全く動じないその堂々たる図々しさは、間違いなくお燐だと認識できた。

 

「お前本当にどこにでも現れるな……こなたについて行くなりしたのか?」

「にゃ」

 

 一言答えると、お燐はベッドから飛び降りてサイファーの横をすり抜け、ドアの手前で立ち止まり、振り向いてサイファーをじっと見つめ続ける。サイファーは、その顔に見覚えがあった。

 

「…………また何かあるのか?」

 

 お燐は何も答えずにじっとサイファーの瞳を見続ける。が、ぷいとそっぽを向いて歩きだし、器用な事に自分でドアノブを体重で捻って、反動で開け放つとそのまま出て行った。

 

「?」

 

 何かあるなら恐らく付いてくるまで待っただろう。しかし、お燐は何かを察したかのようにして出て行った。まさか自分の疲労に気を使ったりでもしたのだろうか?

 いや、猫は気紛れな生き物だ。まさかなとサイファーは思い直して、一旦寝る事にした。適当にフライトスーツを脱ぎ、椅子の背もたれに放り投げるとそのまま倒れるようにベッドに突っ伏した。何ということだ、ここは本当に空母なのだろうか。驚きの寝心地、ヴァレーのベッドとは全く違う柔らかさ。ここばかりは休ませてもらおう。

 

 そう思うと、緊張が一気にほぐれて、サイファーはあっという間に睡魔に襲われてしまい、それに逆らうことなく数分で深い眠りに就いた。

 

 その様子を、ドアの隙間からサイファーに話しかけようと思っていた海里は、まるで彼女を止めるかのようなタイミングでドアから出てきてお燐を抱き上げ、その頭を撫でながらなるべく周りに聞き取れない小さな声でお燐に言った。

 

「……邪魔しちゃだめだよね」

「にゃー」

 

 お燐は少しばかり心地よさそうな顔になって、しばらく海里のされるがままに撫でられる。海里はそのさわり心地のよい毛並みを少しだけ堪能する。少しして、お燐は海里の腕から飛び降りて、そのまま歩き出した。今度は特に海里を気にすることなく、艦内を歩いて角を曲がって消えた。

 

 海里はどうしようかと考えて、少しやる事が無いなと嘆息する。たぶん、彼は自分がここにいる事を喜んでいないだろう。顔を見れば分かる。喜んでいるのなら今頃隣にいるだろう。

 もちろん、それを承知の上でここに来た。自分が戦闘機に乗る事は、サイファー自身が一番反対していた。怒るのも無理は無い、と思う。海里自信そう予測していたからである。だが。

 

 どうしても、胸の奥が痛くなるのだけはどうにもならなかった。

 

 

 

 

 夢なんて一つも見る事無く、むしろ頭が痛くなるほど深く眠っていたサイファーはようやく目を覚まし、部屋に備え付けられた時計を見て自分がどのくらい寝ていたのかを計算し、一日の1/4を寝て過ごしたのだと知って、寝過ごしたかと痛む頭を押さえながら起き上る。頭は痛いが、体の疲労は完全に抜けきっていた。これはこれで結果オーライだと、前向きに考える。

 

 だが、海里がこの空母に乗っている事を思い出して、すぐにもやもやとした物が胸の奥に蓄積して行くのを感じた。なぜ、巻き込まないようにしていたのにこうなってしまったのかが分からなかった。彼女の父からも言われたのだ。「守ってやってくれ」と。なのに、一歩間違えればまともな死に方も出来ないような状況下に、彼女は、彼女たちはいた。

 

「…………くっそ」

 

 サイファーはベッドに座る形で、手で顔を覆った。そのまま自分の顔をこする。ほんの少しだけ顔を覆っていた寝汗が不快だった。気持ちが落ち込むと嫌な物が一気に増えてしまう。嫌なものだって思いだすし、見たくなかった物も思い出してしまう。関係無い物が混じってさらに不快になる。サイファーは、久々に自分がかなり苛ついているのだとようやく気が付いた。いつも嫌な事があったりしてもすぐに忘れるようにして顔に出さないようにしていたが、今回はどうにかできる自信が無かった。

 

 洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見る。酷い顔だ。とてもぶすくれた顔をしていて、いかにも不機嫌だという事が手に取るように分かった。自分で分かったのだから他人が気付かない訳もなく、せめてみんなの前ではいつも通りを振舞えたら、とサイファーは思った。

 

 ちょうどその時に、ドアをノックする音がした。サイファーは返事をしながらドアを開けてみると、目の前には誰もいない。あれ、確かにノックされたと思ったのだが。

 が、サイファーはすぐに思い当たる節があったので、下に視線を向けてみると、少しむっとした顔のゆたかがそこにいた。

 

「おーうゆたかちゃん。どうした?」

「……もう何も言いません、私」

 

 しょんぼりと、ゆたかは顔を降ろして俯いてしまい、サイファーは失態をしてしまったと、どうやって機嫌を直してもらうかを考える。普通に詫びてもダメだから、何か誠意をもった詫びをしなくてはならないのだから少し慎重になる。

 サイファーはどう謝ろうかと二秒ほど考え、そしておそらく一番簡単で確実であろう方法を思いついた。

 

「ごめんごめんって。今度好きな食事なんでも奢ってあげるから許して」

 

 タダ飯である。人間だれしも食事には目がいかないのだから、これは実際かなり効く。しかも奢りとなればお得である。効果は抜群だろう。

 

 が、サイファーのその予想はある意味的中し、そして的外れでもあった。顔を上げたゆたかの顔は、落胆の表情ではなく、まるで自分のいたずらが成功して、満足げになっている子供の様な表情だった。サイファーはまさかと思ったがそのまさかだと痛感するのに全く時間は要らなかった

 

「じゃあ許します。ファーバンティに着いたら行ってみたいレストランがあるのでお願いしますね」

「しまったはめられた、オ・ノーレ」

 

 これが狙いだったのかとサイファーは理解した。してやられた。まさかこれを狙っているとは誰が思っただろうか。まったくできるようになったと、色々な意味で成長したゆたかにサイファーは血涙で喜んだ。

 

「強くなったなぁ、ゆたかちゃん……」

「ありがとうございます。で、本題ですけど、あと一時間後にメインブリーフィングルームで状況の説明を行うそうです。場所はこの艦内の地図の赤い印の場所です。起きたのなら確認のために歩き回るといいですよ」

「なるほどな。こんなに広いんじゃ迷うのは目に見えてるし、それもいいかもな」

 

 ゆたかから地図を受け取り、サイファーは艦内の地図を見てその広さに目を見張った。広いのはしていたが、ここまで広いとは。紙一枚や二枚で収まるレベルではない。まるで設計図じゃないかと思うほどだった。

 

「じゃ、私は他のメンバーにも知らせておかないといけないので、失礼しますね」

「あいよ、お疲れちゃん」

 

 軽く会釈してゆたかは他のパイロットの部屋に向かい、サイファーは一旦部屋に戻って地図を見つめてみる。土地勘が無い物なら五分で遭難するだろう。なに、散歩という物も悪くは無い。

 

 サイファーは適当に服を着て部屋から出ると地図を見てブリーフィングルームへと目指す。空母の中は迷路の様だが、自分の現在位置さえ把握していれば、直線の道しかないため、完全に道に迷うことは避けられる。が、難しいのが階層の把握だ。どの階に行っても同じような道ばかりだ。せめて空母内格納庫にでもたどり着ければいいが。

 

 そうこうしている内に、めぼしい階段を見つけて確認すると、どうやらブリーフィングルームの階層まで繋がっているようだったからそこから上る。

 数回ほど階段を上って、ようやく目的の階層に到着した。なかなかきつい階段だ。足をちょっとでも怪我したらかなりきついだろう。そう言えばにとりの容体はどうだろうかと気になる。

 

 ブリーフィングルームの位置を目視して、位置を覚える。思いのほか手っ取り早く辿り着いたので、時間は少しばかり余っていた。

 さて、地図を見てみればそう遠くない場所に救護室があるようで、そうとくれば考え付くのは一つである。

 

 一瞬にとりの容体を見に行こうと思ったが、動かそうとした足が止まる。結構な重傷だったから、まだ寝ている可能性だってある。むやみに押しかけるのは少しどうかと思う。それに、海里の事が引っかかって、どうも動きにくい気がした。

 

 サイファーはにとりの様子見を諦めて、格納庫の中を見て回ることにした。ちょうど全ての機体が収納されて整備の真っ最中だった。損傷がひどい機体もあれば、比較的軽微な機体。その中に海里の乗っていたY/CFA-42の姿もあった。

 

 サイファーは少しばかり興味に誘われて、海里の機体に歩み寄ってみる。機体番号、713。偶然か意図的かは分からないが、海里と夏芽の誕生日と同じ数字である。7月13日、そう言えば今年の誕生日には帰ってやれなかったと思いだす。

 

 エアインテークを撫でて、機体全景を見回してみる。改めてみると、なかなか異系な形をしている。ワイバーンもXFA-27も似たようなものだが、デルタ翼機としてはまた斬新な設計だと思う。しかもレールガン搭載可能となると、いよいよ近未来になってきたとサイファーは実感する。

 

 コックピットのタラップを上って、中を覗きこもうとする。が、半分ほどタラップを上った辺りで誰かいるのが目に入り、そして緑の帽子から伸びる碧い髪の毛を見てサイファーは呆れた。

 

「……なにやってるんだ、にとり」

「やぁ、思いのほか早く起きたね」

 

 視線を上げる事無く、にとりはモニターに指を走らせる。サイファーはタラップを上りきり、相変わらず包帯まみれの痛々しい整備士を見る。しかしそんな姿でも仕事を全うしているとなれば呆れるを通り越して尊敬に値するとも思ってしまった。コックピットのサイドシルに腰をおろして、視線は格納庫の天井に向けたまま口を開いた。

 

「怪我、どうだ?」

「医者にはかなりどやされたよ。こんな状態でよく二日も生きていられたなって言われた」

「そりゃそんな怪我じゃな」

「ま、みんなの助けが無かったらとっくに死んでたさ。感謝してるよ。強いて言うなら、傷跡が残るのがちょっとあれかな」

「あー、まぁ女の体に傷跡ってあまりよろしくないしな」

「けど、受け入れるさ。少なくともこれは自分への戒めにね」

 

 タブレット端末を弄る手を止めて、にとりは息を吐く。よく見たら点滴が繋がれたままだった。やっぱり病室に戻した方がいいかもしれないと思う。が、それを伝える前ににとりが先に口を開いた。

 

「ところで何かあったの? 浮かない顔だけど」

「…………ちょっとな」

「君がそんな顔になるなんて珍しいじゃないか。差支えなかったら聞きたいな」

「……前に言った、俺の幼馴染いただろ。あいつがこの機体のパイロットだった」

「はぃ!?」

 

 にとりは思わず変な声を上げてしまい、その声が格納庫中に響き渡って整備兵の視線を一人占めにし、少し縮こまってしまう。少しだけ顔を降ろして、小声でサイファーに続きを聞く。

 

「ど、どういう事さ……」

「そのままの意味だ。って言うかお前の差し金じゃなかったのか?」

「私でもパイロットの指定まではしないよ……もともとY/CFAの方はこっちに任せっぱなしだったから」

「なるほど。つまり、海里は自分の意思でここに来たってことか」

「ややこしそうだね……」

「妹もいる」

「もっとややこしい!」

 

 そうだな、とサイファーは大きく息を吐いて、体重をコックピット側に傾けて憂鬱な顔になる。にとりはこういう場合の耐性は全く無かったから、どう受け答えるべきなのか分からなかった。自分だったらどう思うのか考えてみて、想像できなかった。

 にとりに置き換えるなら、サイファーと言ったところなのだが、肝心なサイファーが戦闘機乗りなのだからそう言う心情に自分を投影することはできなかった。

 

「……ごめん、私じゃ上手い事アドバイスできないと思う」

「むしろできる方がすごいと思うが。どこのこの世に戦闘機乗りやってる音の恋人が、大学で勉強していると思ったら実は戦闘機乗りだったなんて奴が居るんだ」

「サイファーだけだね」

「ああ、俺だけだ」

 

 思えば、いつから彼女たちはこの組織に関わっていたのだろうか。数年前、ハイスクールを卒業する時点では海里は進学、夏芽は就職だった。恐らく動いていたのは夏芽が先だろう。就職と言っていただけで、具体的な場所を聞いていなかった。新製品を作るところとだけ聞いていたが、確かに新製品だ。戦闘機の新製品である。

 

 夏芽は予測できる。が、海里の動きは全く把握しきれなかった。故郷を出て戦闘機乗りになってからは、帰省した回数は片手の指が有り余るほどである。もっと多めに帰っていたら、察知することはできたかもしれない。

 

「……一番巻き込みたくない奴を、巻き込んじまった」

「…………」

「あいつの親父さんからは『何かあった時には海里と夏芽を守ってやってくれ』って言われたんだ。なのに……」

 

 にとりはサイファーのその一言に、少しだけ疑問符を浮かべた。何ともない一言なのだが、少し気になったから聞いてみた。

 

「ねぇ、君の幼馴染さんの親父さんって今何してるの?」

「今は行方不明だ。五年くらい前から」

「それ以前は?」

「戦闘機乗り」

「所属は?」

「元ウスティオ空軍第6航空師団第66航空隊だ」

「…………それって」

「ああ、俺の師匠で海里の親父さん、ガルム1だ」

「……じゃあ、まさかこの船には円卓の鬼神の娘が二人もいるってこと?」

「そう言うことだ」

 

 にとりはたぶん、人生で一番間抜けな顔をしているのだと思った。色々な事があったが、色々ありすぎた。つい最近サイファーが冗談抜きの鬼神の弟子だと発覚し、そして彼の幼馴染が鬼神の娘。やまとはメビウス1の養子。オールスター戦でもやるつもりだろうか。全員集合したら大陸一つ落ちそうだとにとりは色々な意味で恐怖した。

 

「まったく……事実は小説よりも奇なりって言うけど、ここまで来るんだね」

「そうだな。まったくだ」

 

 サイファーはうか無い声色で返事をして、それから口を開く事は無かった。にとりも、多分しばらくは喋らないだろうと察してコックピットに視線を戻す。が、にとりはどうもまだ話したい気分だからソフトウェアの微調整作業に戻りつつ、少しばかり話したい気分だったから、勝手に喋ることにした。

 

「これから言う事は独り言みたいなものだから答えなくてもいいよ」

「ん、ああ」

「私がユージアに逃げ込んでからの話かな。貨物船に逃げ込んで、ファーバンティまで着いたあとは、歩きで椛の居る基地まで歩いた。それでようやく目的の場所に着いてから、椛に助けを求めた。彼女は当時下っ端の下っ端で私を匿うなんて事は出来なかったけど、それでも灰色の男たちの情報を渡すと、ISAFは興味を惹いた。おかげでそこそこな待遇をされた。けど、どうしてもあの時の事が頭を離れなくて眠れなかった」

 

 思いのほか、すらすらと口にできるのが不思議だった。少し前なら恐らくて声が震えてしまい、まともな言葉を発すことはできなかっただろう。だが、サイファーたちが受け入れてくれた、という事が恐らく精神的にいい薬となったのだろう。むしろ、言えることで楽になる気がした。

 

「でもね、その時一人の女の子が心配してくれてたみたいなんだ。どうやら陰から私の事を見ていたみたいで、ファーバンティの私の隠れ家に差し入れがあったりしてさ。一回だけその子の顔を見たんだ。それが五年前のやまとちゃんだったんだよ」

「なんと。本当かそれ?」

「うん。本人は覚えてない、というか私だって分かってないみたいだけどね。あの時の私は今の髪型じゃないし、もっと長かった。顔色も昔の方は随分とひどい物だったからね」

 

 見た目はシャイで無口かと思えば、実はとても優しい子だったんだよ、とにとりは少しニヤニヤした顔で言う。事実可愛かったのをよく覚えている。表に出せないから慣れない事をするとどう反応したらいいのか分からない辺りが微笑ましかったのが印象的で、少しだけにとりの癒しになってくれていたりもした。意識してみれば時々自分の事を遠くから見ていたし、振り向けば少し驚いて逃げたりと、可愛い要素満載だった。

 

「で、しばらくして私の身を隠すために世界中に移送させることになって、ファーバンティを離れた。色々な国に行ったよ。オーシア、ユークトバニア、オーレリア、アネア大陸にも。どこもかしこもその国の田舎に連れて行かれたんだけどね。その先で、私は少しでもいいから整備の仕事をやらせてほしいって頼んだんだ。親友にも『続けろ』って言われたから、全うしようと思ってね」

「根性だけは据わってるな」

「私の取り柄さ。ま、例のごとくトラウマ発動で上手い事行かなかったけどさ」

 

 その中で、にとりの人生をまた大きく変えるきっかけがあった。オーシアで隠居生活をしていた時、にとりはサンド島にいた事があった。オーシア最西端の空軍基地で、なお且つ訓練兵しか居ないド田舎とも言える地方基地。朝刊が夕方の郵便機の時間で届くそこは、隠れるには打ってつけの場所だった。

 そこでもにとりは訓練兵の機体の整備を担当したりしていた。震える自分の手を抑えつけながらのリハビリのおかげで、少しずつトラウマも克服し、自信も取り戻してきたある日だった。

 いつものように訓練を終えて着陸したF-5EタイガーⅡに電源車を繋ぎ、回路の整備をしようとして、不意に後ろから声をかけられた。

 

「なぁ、お前さんがこの機体を整備したのか?」

「え……うん……油圧系統と操縦翼面の方を……あの、トラブルか何か?」

 

 まさかまたどこかミスをしてしまったのかとにとりは自分の今日やった整備の手順を片端から思い返し、ミスは無かったはずだと再確認したが、それでもどこか手入れが不足していた場所があったかも知れないという恐怖に襲われた。が、目の前の男はにとりの予想とは全く逆の言葉を口にした。

 

「いや、すこぶる調子が良かったんだ。すごい良い腕してるから礼を言いたくてな。次も頼むぜ」

「え……あ……」

 

 そう言って、男は宿舎に向けて歩き出した。にとりは、その背中を見て胸の奥が締め付けられるような感覚になって、気付けば体が熱くなっていた。よく分からない感覚で、本当にどう言ったらいいのか分からなくて混乱した。

 それまで男が苦手だったのだが、なぜかその人物にだけはなんの拒絶反応は起きなかった。しばらくその場に立ち尽くして、一体これは何なのかと自問自答を繰り返したが、日が暮れても答えは見つからずに夜を迎えてしまい、宿舎に戻った。

 

 自室に戻ってもその事が頭を離れず、にとりの整備を称賛したあのパイロットの事が忘れられなかった。枕に頭を埋めてベッドで悶えてこれが何なのか分からなかった。それが人生で初めての一目惚れによる恋だと知ったのは、数年後のことだった。

 

「今まで機械の事ばかりだったから恋愛なんて初めてだったさ。自分が今まで培ってきた技術者としての知識は何一つ役立たず。機械の様に修理すれば何とかなる、なんてものじゃない。ああ、これが恋なんだって頭を殴られた気分になったよ。私の知らない世界がまだまだあるんだって」

「…………あれ、なんか聞き覚えある気がするんだが」

「ああ、分かったか。そうさ、私にそう言ったのが五年前、サンド島で訓練兵をやっていた君なんだよ」

「じゃあお前はあの時の!?」

「うん。帽子深くかぶって、身を隠すために長かった髪の毛をバッサリ切ってショートカットにしてたからね。まぁ分からないだろうなとは思っていたよ。ヴァレーに君が来た時は本当に驚いたさ。ああ、運命かもしれないって」

 

 にとりは照れ笑いを浮かべながら、Y/CFA-42のセットアップメニューを閉じてシャットダウンし、座席に体重を投げた。

 

「でも、その時点で私はもうベルカ残党に対しての作戦行動を開始していたから、恋愛感情を半ば押し殺していた。それでも隙を見ては、下手なりのアプローチしたよ。ファーバンティの護衛任務の時に男のベッドに入り込んだ女を襲わない男子なんてどこにいるのさ」

「海里が居なかったら多分ごちそうさましてる」

「そう、それだよ。君に恋人が居るって聞いた時の衝撃と言ったらないよ。初恋愛にして初失恋。失恋の傷が治るには相当な時間が必要。忘れようとしてがむしゃらに仕事やって来たんだ」

「何か申し訳ない気分になるわ」

「気にしたらダメだよ。私が勝手に君を好きになったんだから。むしろそれで私に気を向けたら絶対にダメ」

「ああ、そうするさ」

 

 サイファーは立ち上がり、大きく伸びをして改めて格納庫内を見回し、にとりは片方の腕を大きく伸ばして首を回して軽く固まった筋肉をほぐす。それと艦内放送の呼び出しコールが鳴り響くのは同じだった。

 

『艦内放送。空母艦内の各セクションの責任者、及びヴァレー基地から来たメンバーは、メインブリーフィングルームまで集合せよ』

 

 放送が終わると、格納庫の中が少しばかり騒がしくなり始めた。サイファーはにとりの顔を見て、まさかお前もか? という視線を送ると、にとりはニンマリと笑みを浮かべ、サイファーはまたも呆れてしまった。

 

「という訳で、降りるの手伝って」

「どうやって上ったんだよ……」

「根性で」

「じゃあ降りる時も根性でしたらどうだ?」

「君が居た方が助かるんだけどね」

「あー、分かった分かったから」

 

 にとりの左腕を持ち上げて、自分の肩に回す形にしてゆっくりと体を持ち上げてタラップに足を降ろしてやると、一歩ずつ階段に足をおいて、タラップから降ろす。ちらりとにとりの顔を見てみれば、少なからず苦痛の表情を浮かべていた。

 無理してるじゃないか。だが、サイファーは口にせずにそのままブリーフィングルームまで運んでやることにした。指摘したら彼女のプライドに傷をつける事になるのだから、それだけは守ってやろうと思った。

 

 

 

 

 結構時間が掛ったと思ったが、ブリーフィングルームはこなたと凪乃、そしてお燐だけがすでに準備していて、恐らくパイロットとしては一番乗りなのだとサイファーは理解した。

 

 その後、続々とフライトデッキ、格納庫、機関部の責任者、海里や夏芽、ヴァレー組が部屋に入り、ビリを食らったのは熟睡してしまったスザクで、サイファーに盛大な冷やかしを受け、後で海に投げ込もうと決めた。

 

「さて、全員集まったようだね。それではまず、傭兵諸君たちに我々の正確な素性を教えよう」

 

 凪乃がリモコンを取り出して、プロジェクターの電源を入れ、スクリーンにISAFのマークが表示され、ロード画面が表示、その次にパスワード入力画面へと繋がって、次に世界地図が表示され、複数の光点が現れた。その中の一か所、北海近くの光点が点滅してズームされた。次に、現在乗艦している空母の三面図が表示された。

 

「この空母は、保有こそISAFではあるが、運用しているのはISAF軍ではなく、PMCのマーティネズ・セキュリティー社だ」

 

 先でも述べたように、空母の運用は複数の企業が合同で運用している。空母の管理はISAF、運用は近々空母運用を計画しているマーティネズ・セキュリティー社で、空母要員の訓練も兼ねた空母運用をしている。

 次に、空母内装についてである。空母の内装は一般空母と異なり、かなりゆとりを持った設計に変更されている。これには新規多国籍企業のゼネラル・リソース社が担当している。

 ゼネラルリソース社は、空気清浄機の販売から、噂では戦闘機の精算まで行っていると言われている企業であり、急速にその業績を伸ばしつつある会社である。その大きなPRとして、この作戦にも参加している。が、

 

「ゼネラルリソース社については、空母内装だけではなく、一部航空機の部品や設計も行っている。スザク君、君の乗っているXFA-27にもゼネラルが関係しているんだ」

「あれにもか?」

「そう。ただ、ゼネラル側は自分たちが生産した事については公にしたくない、という事だから、今現在は我々が保有している事になっている。スザク君、もう少しばかりあの機体は任せるよ」

「了解だ」

 

 ゼネラルリソースの他にも、複数の民間企業が空母の運用に必要な物を提供している。薬品類はサンサルバシオンの八意製薬提供、食品類はオーシアの常盤台フーズ、他にも多数の企業の製品がこの船に集まっている。

 

 なぜここまでして民間の企業が集まるのか。それは共通して自社の大きなPRである。企業側の大きな企画、または新製品が形になった時、必ずしもどこかでテストを行わなければならない。入念は企業内のチェックを経て、晴れて世間に向けてテストされる。

 だが、そこで大きな問題に直面した場合、企業はその問題を改善しなくてはならない。だが、予想外に手間取り、他者に追い抜かれてしまうと言うリスクは少なからずあるのだ。現に、世界初のジェット旅客機、コメットは空中分解という欠陥を発見し、改善策を模索している内に他社の競争に負けた事がある。

特に、ゼネラルリソース社は既に政府宇宙管理機構、通称「EASA」を危険視しており、しかし自社のテクノロジーを公にしたくは無いと、ISAFと手を組んだ。ISAFはゼネラルに極秘のテスターとPRの場所を与え、ゼネラルはISAF側に不足している物資の提供を約束した。計画阻止成功の暁には、協力した会社名を大々的に発表する約束になっている。

 

「以上が、この空母の大まかな素性だ。ISAF側は人員不足が続いてるため、必要以上にこちらに手を回せない。パイロットもまだ不足している。よって、我々は君たちの力を借りたいのだ。もちろん、参加不参加は自由だ。その詳細は次の項目、現在の戦況と君たちの仕事、報酬についての説明でさせてもらおう」

 

 続いて画面が移動し、世界地図が表示されて、空母の今後の移動ルートが表示される。ルートを見る限り、ファーバンティに直行するコースを取っていた。

 

「まず、戦況についてだ。先日、ユークトバニア首都、シーニグラードへと続く最終防衛要塞、クルイーク要塞が陥落した。恐らくオーシアが首都に攻撃を開始するのは時間の問題と思われる。が、灰色の男たちが望んでいるのは両国の血が多く流れる事。恐らく戦場は泥沼化させるだろう。しかも、両国に戦術核を渡し、大量殺戮の準備も進めているとの情報もあった。ただしこの情報は確定要素が少ないため、一概に本当かどうかはまだ判断できない。オーシア側の協力者の情報を待つしかないのが現状だ」

 

 画面が移動し、ファーバンティの地図が拡大される。到着予定は五日後都の明記がされていた。

 

「この素子計画の参加不参加は、ファーバンティに到着するまでに決めて頂けたらこちらとしては喜ばしい。もちろん、今すぐ参加する、という人物はぜひ声をかけてほしい。待遇はしよう。ファーバンティ到着まで、いくつか任務を依頼すると思う。その任務については参加は自由だ。ファーバンティまでの任務すべてに参加し、その後も行動を共にする、ファーバンティまでの任務には参加し、その後は降りる、もちろん、全く任務に参加しない、という選択肢でも何も懲罰は与えない。身柄の安全は保証し、この事態に巻き込んだ保証金も支払おう」

 

 超お得な話である。少なくともサイファーはこんなに美味い話があっていいのかと思う。が、美味い話には裏という物が必ずあるので、サイファーはそこについても指摘することにした。

 

「依頼を受けた場合のデメリットは、もちろんあるので?」

「ふむ、やはりそこは大事だね。高い報酬には必ずデメリットが付いてくる物だよ。しかし、デメリットについては我々も把握しきれないため、一概にどんな事があるのかは説明しづらい。が、今予測できる範囲の事は説明しよう」

 

 再び画面が切り替わり、今度はオーシアとユークトバニアの地図が表示される。

 

「説明した通り、この二国は泥沼の激戦状態だ。君たちは、恐らくこの戦場のどこかに派遣されるだろう。激しい戦闘になるのは間違いない。しかも、我々は表立った組織ではないため、戦死しても保険は降りないし、死亡通知も出せない。墓を建てる事も出来ない。場合によっては君たち傭兵を秘匿のために切り捨てることだってあり得る。この空母にはありとあらゆる企業の機密が満載されている。万が一寝返る場合があるのなら、手段を選ばずに君たちは葬り去られるだろう。核ミサイルに巻き込まれて蒸発する可能性もあるし、海のど真ん中に落ちてサメの餌になることだってある。移動の際は敵のレーダー網をかいくぐっての物になるから、精神的負担も比べ物にならない。口で言えるのはこれくらいだが、個人個人で辛いと思う面はあるだろう。それは君たちが決める事だ。他に質問はあるかな」

「いや、十分です。自分からはもうありません」

「サイファー以外に聞きたい事がある人物は?」

 

 凪乃は部屋にいる全員の顔を見回して、質問が無い事を確認すると、目でこなたに合図して次へ進むように促した

 

「では、我々の最終目標についてだ。まず、最優先されるのがベルカ硬派残党の計画阻止。オーシア側、ユークトバニア側にいくつか協力の手筈は付けているため、彼らと協力する事も少なからずあるだろう。が、恐らく敵も我々の存在に勘づく事はある。そこで厄介になるのが元ベルカ空軍エースパイロット、キニゴスについてだ」

 

 スクリーンにキニゴスのエンブレムと、銀と黒のPAK_FAが表示され、スザクは数ミリほど唇が動き、やまとはそれを見て見ぬふりをした。

 

 キニゴスについてはとてつもなく厄介だと、凪乃は単刀直入に言った。どう厄介なのかというと、とにかく動きが掴めないのだ。目撃情報では至る所に出現し、行方を晦ましている。公式情報ではキニゴスは退役済。だが、裏で動いているのは間違いなかった。

 

 出現したと思われる場所はベルカを中心としていたが、フィリップを見ると至る所に出現していた。ウスティオ、オーシア、ユークトバニア、世界の半分を網羅してた。

 

「キニゴスの登場しているT-50PAK_FAは、ベルカの生産工場から盗まれた。ベルカ政府の発表では何者かに盗まれ持ち出された。そう発表されているが、これは工作。灰色の男たちによって奪取され、実際はベルカ国内で組み上げられ、行方不明扱いにした」

 

 そしてそのPAK_FAを使って、キニゴスは今後の脅威となる物を極秘に排除していたのだ。あの時、たった一機でヴァレーに襲撃したのはサイファーとスザクの実力を見るためだったのだ。

 

 では、あの時円卓付近を飛行していた輸送機の時は? スザクがその疑問を投げかける。

 

「あれはベルカの戦術核ミサイル、“V2”と並んで開発された戦術ミサイル、“トリニティ”弾頭を運んでいたと思われる」

「トリニティ?」

 

 ヴァレー組が初耳だ、と言った顔になる。凪乃はそれを察して、トリニティについての解説を加えた。

 

 トリニティミサイルとは、旧ベルカ硬派技術者が極秘に新開発した新型爆弾。爆弾、と言っても、用途によってミサイルに搭載する事も可能で、汎用性は高い。

 その威力は核を使っていないのにも関わらず、恐らく空軍基地一つを消し飛ばす威力を持っているそうだ。正確な情報は不明。しかし、サイファー達はトリニティミサイルの威力をその目で見た事があった。

 

「あの時……ヴァレーに特攻しようとしたMiG-31が積んでいたのはこれだったのか」

 

 スザクがぼそりと漏らし、ゆたかもあの時の爆発を思い出していた。あまりの威力で管制塔のガラスが割れたくらいで、通信障害もかなり酷かった。本来なら総司令部に報告し、世界に知らせるべきだとも思ったのだが、帰って来た対応は基地内の職員の基地外への外出禁止。それがなぜなのか、今理解した。

 

「ベルカは戦術核V2を両国のどちらかに渡すつもりだ。我々はこれを阻止したい。が、トリニティミサイルもある以上、これも大量殺戮兵器になるのは間違いないだろう。そこでオーシア側の協力者、通称『アンドロメダ』がV2生産工場の破壊を請け負うと申し出たため、我々はトリニティミサイルの生産工場を破壊するのがまず第一段階の目標となる。だが、恐らくこれを達成しただけでは終わらないため、この先どんな任務が待ち受けているか分からない。それを踏まえて、君たちに協力を依頼する。作戦に加わる場合は、こちら側の唯一の搭乗員、如月海里を僚機として使ってくれても構わない。君たちの回答を待っている。以上」

 

 スクリーンのモニターが消え、部屋が明るくなって解散を告げられる。乗員がそれぞれ部屋から出ていき、サイファーも適当なタイミングで腰を上げた。

それを見た海里は呼び止めようと口を開き、しかし声を発する事が出来なかった。サイファーの背中が、話しかけるなと強い圧力を放っていたからだ。結局そのままブリーフィングルームを出ていくサイファーを見る事しかできず、海里は少しばかり顔を俯かせてしまった。

 

「姉ちゃん……」

 

 夏芽が少し心配そうな声で呼びかけて、海里は苦笑しながら大丈夫だと言った。だが、夏芽は双子の姉である海里の気持ちが手に取るように分かっていたから、少しばかり大丈夫ではないのを知っていた。だから、自分が動くことにした。

 

「姉ちゃん、私が行く。適当な場所で時間つぶしてて」

「え、でも…………」

「あの馬鹿には一発パンチ浴びせるだけで十分よ。いいから待ってて」

 

 海里の返事を聞かず、夏芽は部屋から出て行った。海里は夏芽の息を居を止める事が出来ずに、その後ろ姿を見ているだけになってしまい、どうしたらいいか少しわからなくなる。そんな海里に、声をかけたのが。

 

「如月海里さん、ちょっといいかな?」

 

 呼びかけられて海里が振り向けば、にとりがそこに立っていた。海里は何ゆえ自分に話しかけたのか分からなかったが、にとりの目を見てたぶん立ち尽くしかできなかったであろう自分に声を掛けてくれたのだと察しがついた。

 

「ええ、いいわ。ちゃんとした自己紹介は初めてかしら。如月海里です」

「どうもご丁寧に。改めまして、河城にとりだ。良かったら食事でもしながら話してみない? みんなも一緒に」

 

 にとりが振り向けば、スザクやゆたか、やまともそれぞれ頷いてくれた。みんな、状況を察しているのだろう。海里はまだであって一日も経過してないのに、自分の事をよくしてくれるヴァレーのメンバーを見て、少し元気が出た。

 

「……喜んで。あいつがヴァレーに居る間の話とか聞いてみたいな」

「こちらもサイファーが君から見てどんな奴だったか知ってみたいね。楽しみだよ」

 

 言うが早いと、にとりは最速して歩き出す。一番の重傷者なのにこの行動力。本当に重症患者なのかと海里は疑ったが、ドアの辺りで腰をかがめたのを見て、ああやっぱり人間だと再認識した。

 

「もうにとりさん! そんな怪我なのに急ぐからですよ!」

 

 ゆたかが駆け寄って、やまともそれに続いてゆっくりとにとりの体を支える。海里はその後ろ姿を見て、まだ子供だった頃の自分たちを思い出して、思わず笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 太陽はとっくに沈み、海は星明かりと月明りで照らされて、その光の反射がサイファーの顔を照らし出していた。その光が無ければまるで吸い込まれるような暗さの海は、遠く地平線の彼方まで続き、それを見ているとどことなく自分が何者なのか分からなくなる気がした。

 

 空母の甲板。蒸気カタパルトの最先端部分にサイファーは座り、海の香りと潮風に当たりながら、ほとんど色の変わらない景色をじっと見つめ続けていた。何も無い場所は、何も考えなくなるだろうか。そう思って来てみたはいいが、何も無いと今まで起きた事が頭の中に浮かんできて、海里の事が嫌でもリピートされてしまう。

 なぜ、彼女がここにいるのか。そればかり考えてしまう。今のサイファーはベルカ側の事より海里がこの空母に乗っている事の方が大問題だった。

 

 彼女たちの両親、特に父親はサイファーの師匠であり、ベルカ戦争の英雄でもある本家円卓の鬼神である。その存在は五年前まで隠ぺいされ、OBCの特別報道番組でその存在が明らかにされた。

 

 その数ヵ月後に、海里の両親は行方不明になった。訓練期間を終え、一時帰省したサイファーは一度だけ鬼神に会った。そして、彼にこうメッセージを残された。

 

『今日から君がサイファーを名乗るんだ。君がそうしたいなら、青い翼も君が使うといい。海里と夏芽の事、守ってやってくれ』

 

 それを最後に、鬼神は行方不明になった。何一つ情報も無く、霧の様に消えた。生きているのかも死んでいるのかも分からない。だから、サイファーは海里にだけはこんな目に遭わせないようにしようと決めていた。守ってやれと言われた。そのはずなのに。

 

 頭を掻き毟り、やり場のない感情をどうしたらいいのか分からず、甲板に拳をぶつけてみたが痛いだけだった。おかげでいらないストレスが増えた。

 

「なによ、分かりやすいくらいに機嫌悪いじゃないの」

 

 皮肉たっぷりのその声色は、今日もその勢いをそのままにサイファーに投げつけられ、背中でキャッチした。夏芽が何も言わずにサイファーの隣に座り、足を崩してタイを外し、スーツのボタンを二つほど開けてくつろいだ。

 

「…………」

「ったく、本当に顔に出やすいわね。全然変わって無いわ」

「……嫌味を言いに来たのなら帰ってくれるか」

「はぁ。だからあんたはガキなのよ。鬼神の再来が聞いてあきれるわ」

「俺はそんなすごい奴じゃない」

「でもそう言われてたんでしょ」

 

 ほらよ、と夏芽がコーラ瓶を放り投げて、サイファーはそれを左手でキャッチする。不機嫌ではあったが、飲みたくない理由も無かったので、取りあえず飲むことにしたが。栓抜きが無い、と思ったが夏芽が栓抜きを放り投げて、それをキャッチして開けた。

 

 きつめの炭酸が喉を駆け下り、その喉越しと潮風が相まって、意外と美味しく感じた。これで気分が良かったらもっと美味しかっただろう。

 

「……そんなに私たちがここにいるのが気に食わないのかねぇ」

「ああ。お前の両親の今の状況を見れば分かる事だ。どう足掻いたってまともな人生歩めない。まともな死に方も出来ないかもしれないんだぞ。お前たちにはこっち側に来てほしくなかったって言うのに」

 

 戦闘機乗りになる、という事はそういうことである。いつか必ず人を殺す機会がやってくる事は間違いない。すでにサイファーだって何人もの敵のパイロットを撃ち落としてきた。軍属とはいえ、人殺しをしたことには変わりない。彼女たちにはそんなことさせたくなかった。汚れるのは自分だけで十分だと。

 

「ま、兄貴の言うことは間違ってないわ。むしろそれ以外に正解が無いくらいに、正解よ」

「だったら……!」

「けど。正解だけじゃ正解の世の中じゃないのよ。あんたは、それを理解していない」

 

 夏芽は残ったコーラを一気に飲み干し、少しばかり唇から洩れた行って気を指で拭うと、空き瓶を傍らに置いて星を見上げた。

 

「例え正解が分かっていたとしても、自分にとってそれが一番正しいのか。自分にとってそれが最善の方法なのか。それは兄貴が決める事じゃないのよ。だから姉ちゃんと私は死ぬほど考えた。何度も思いつめて、そして不正解を選んだ。姉ちゃんがこの不正解を選んだ一番の要因、なんだか分かってる?」

 

 サイファーは少し考えるが、どう考えても思い当たる節が無かった。すぐに降参するのはどうしても自分が納得いかなかったから、粘って考えてみる。だが、結局答えは見つからずに、サイファーは首を横に振った。

 

「ったく、だからあんたはいつまでたってもバカ兄貴なのよ。いいわ、教えてあげる。姉ちゃんを不正解に導いた原因。それはあんたよ、兄貴」

 

 

 

 

「へー、サイファーさんって昔からあんな感じだったんですね」

 

 空母内の食堂で、海里たちはテーブルを取り囲んでちょっとした昔話をしていた。主にサイファーのやらかした大問題の大暴露オンパレードである。近づくなと言われていた池に近づいて、見事に転落して溺れかけていたところを海里に助けられた、スザクと些細な事で大喧嘩をしたことなど、本人にとっては黒歴史な話ばかりだったが。

 

「ま、あの様子だと幾分改善されてるみたいだけどね。あいつ二人に変な事してなかった?」

「ま、それ相応の紳士的な対応はしていたな。ゆたかについては俺とにとりで防衛ライン作ってたし」

「あんなむさくるしい場所じゃ、男どもは見境なく女を食おうとするからねー。ゆたかちゃんの純情は私たちで守ったのだよ」

 

 うんうんと頷くにとりに、ゆたかはあははと苦笑する。思えば言い寄られていた時に助けに来た時のにとりとスザクの顔は、修羅その物だった。逆らおうものなら、翌日にはにとり特性ミサイル弾頭の材料に、或いはスザクの誤射でハチの巣にされるであろう。

 

「まぁ、昔からあんなバカばっかりやってたけど、それでもいい所はいっぱいあるのよ。人への気遣いは出来るだけ忘れないようにしてたし、尊敬すべき人は敬い、いざという時にはけっこう格好いいとこ見せたりしてたわ。ま、お人好しなのはたまに傷だけどね。昔からあいつは面倒事を自分で背負いこんじゃう奴だから」

「ああ、分かります。頼んだら断れない性格ですよね」

「まさにそれ。変わって無いわね全く」

 

 レモネードを口に入れて、少し渇いた喉を潤して海里はサイファーのあの顔を思い出す。不機嫌になると顔に出るのも、全く変わって無い。その時不用意に話しかけると、いい返事が返ってくる事なんて無かった。

 

「でも、なんでサイファーは海里さんに久々に会ったのに嬉しそうではないんですか?」

「ああ……簡単よ。あいつは私たちがこっち側の人間になる事を誰よりも嫌っているのよ」

「こっち側って、戦闘機乗りってことですか?」

「ええ。たぶん軍属は全部だと思う。私の両親は五年前から行方不明。それなりの名声だってあるから狙われてもおかしくない。一歩間違えれば死んだって教えられないまま存在を忘れられるか、敵に捕まって乱暴されることだってある。サイファーは、私にあくまで普通の人間として生きてほしかったのよ」

「それで、さっきから怖い顔だったんですね……」

 

 ゆたかは空母艦内の地図を渡した時のサイファーの顔を思い出す。本人は顔に出さないように配慮していたつもりだろうが、全く隠せていなかった。誰がどう見ても不機嫌だと誰が見ても分かるくらいだった*。

 

「こうなる事は分かってたわ。けど、本音を言うと少し苦しいのよ。あいつが私たちの事をとても心配してくれていた。なのに、私は今までこの数年間、嘘吐いて戦闘機の訓練を受けて、この一件に携わっていたから怒らない方がおかしいわ」

 

 苦笑いを浮かべて、海里は参ったと両手を上げる。その顔がどうしても痛々しくて、特にスザクは見ていられないと目を伏せた。

サイファーの気持ちも分からなくはない。が、海里の言い分を聞かずにあの態度はいかがなものかと思っていた。

 

「海里、なんでお前は危険を承知でこの空母に乗り込んだんだ? お前が興味本位でこんな所に来るとは思えない。それなりの理由があるんだろう」

「……うん」

 

 海里は、少し言いにくそうな顔になってレモネードの入ったカップを握った。少し複雑かもしれないとスザク、にとりは海里の顔を見て悟った。

 

「俺たちはまだこのISAF側の提案を完全に受け入れた訳じゃない。だから、話せない所は話さなくてもいい。しかし経緯は知りたい。いいか?」

 

 海里は声には出さず、しかししっかりと縦に頷いてYESの意思を見せ、口を開いた。

 

「まず、私はお父さんからこの戦争が起きると教えられていた。私の故郷はオーシアの田舎で、あるのは訓練隊しか居ない民間と共用の小さな空軍基地だけ。そんな所に火種が飛ぶとは思えないけど、それでも可能性はゼロじゃない。だから、どこか別の国に逃げてろって言われてた。それから少しして、お父さんたちは行方不明になった。夏芽はISAFに配属されて既にオーシアには居なかったし、私は大学には合格していたから、留学って言う形で避難する事も出来た。実際、一時期はオーレリアに留学に行ってたわ。けど、次第に本当にこれでいいのかって思うようになっていた」

 

 このまま平和に過ごすのがいいのだろう。最初こそ海里はそう思っていた。実際大学生活という物は充実していたし、楽しい事もあり、それなりの苦労もあったが、社会という物を学ぶにはこれほどにも無い好条件の場所だった。

 

 貯金だってそれなりに貯めていたし、父の残した蓄えだってあった。このまま普通に暮らしていくのも、何にも問題無い。普通の人間ならそう思うだろう。

 

 だが、海里の中には言葉に出来ないような違和感がひたすら残っていた。充実しているのに、何かが違う気がしてならなかった。そして、それが遠くの地で命がけで空を飛んでいるというのに、自分一人が平和に生きているという罪悪感だと気付いたのは、一年ほど経過してからだった。

 

 ちょうど、そのタイミングで夏芽から久々に連絡が来た。ISAFの仕事が少し片付いたから、会おうと。ちょうどいい機会だから、海里は夏芽と再会してから自分の胸の心情を打ち明けた。夏芽は親身になって聞いてくれ、海里の言葉をすべて聞き終わった後に、一言こう言った。

 

「じゃあ、私の所来る?」

 

 それが、恐らく一番のトリガーだったのだろう。海里は二つ返事でISAFに行くと決めた。そこからの行動は早かった。自分に知識を与えてくれた学び場を離れるのは少し惜しい気がしたが、それでもここが自分の場所じゃないと分かった以上、迷いは無かった。

 大学を中退し、夏芽の伝手を使ってISAFに入隊。その後パイロット候補生として血反吐を吐くような思いをしながらも訓練に耐えしのぎ、数年の歳月をかけて正規のパイロットとして首席で合格し、その際に夏芽から灰色の男たちの計画を教えられた。

 

「もしかしたら、サイファーが危ないかもしれないって教えられたわ。それに思ったのよ。お父さんの言っていた時が来たんだって。私は見ているだけなんて出来ない。元々、私たち一家の血筋は自分が力になれるのに、わざわざ指をくわえて見ているようなおとなしい血筋じゃないからね。案外血の気が多いのよ」

 

 それから、一年ほど前からこの空母に乗艦して行動を開始。Y/CFA-42のテストパイロット兼偵察要因として活動し、ついに今日、この日を迎えたのだ。

 

「サイファーに言わなかったのは、もちろん反対されるからよ。戦闘機パイロットの資格を取って普通の生活に戻ってもいいかなって思ったけど、こんな馬鹿げた計画を教えられたらやるしかない。お父さんたちが守ろうとした物を壊すなんて絶対に許さない。私は、これでも円卓の鬼神と呼ばれた父親の娘なんだから」

 

 海里のその目は、少女から女に変わるそれ以上に、サイファーとスザクと同じような、敵を探し出す戦闘機乗りとしての目つきその物に変わっていたのをスザクは見た。ああ、やはりこいつにも戦闘機乗りとしての血筋が混じっていたのだと認識した。

 

「海里、お前は後悔しないのか?」

「今のところはしてないわ。ま、しても逃げるつもりは微塵もないから」

「そうか。ならいいな。問題は」

「そう、本人なのよね……」

 

 ごんっ、と海里は額を机にぶつけて突っ伏し、これは思っている以上に堪えているのだと皆が察知した。いつもならこんなバカっぽい事はしないキャラなのだが、恐らく本人もどうしたらいいか完全に見出せていないのだろう。

 スザクは、海里の中にある壁をおぼろげだが分かった気がした。海里のこの決意はいい事だろう。だが、スザクとしてはどうしても納得いかない事があったからそこを突いてみる事にした。

 

「海里、少しきつい事を言うかもしれないが俺から思った事を言わせてもらおう」

「ええ、いいわ。この際色々聞いた方がむしろ分かるかもしれないし」

「ふむ、では言わせてもらおう。お前のその考えは間違ってはいないと思う。現に、お前の助けが無かったら俺たちは生きているかどうか分からなかった。だが、それ以前にサイファーの気持ちをしっかり考えたか?」

 

 海里の決意は、確かに評価に値するものだとは思う。普通の女子大生からパイロットになるというのは相当過酷なのは間違いない。それでいてサイファー達の危機を救うほどの、安定した技術を身に着けていた。これは驚異的な発達だ。だが、例え技術があったとしても、サイファーは海里にこの世界に来てほしくなかった。それだけは何があっても変わらないのだ。スザクは、海里がサイファーの想いを尊重しているかどうかが気になった。

 

「…………ええ、考えたわ」

「考えてるのなら、無理矢理に嘘吐いてまでやる必要はあったのか? サイファーはずっと安心していたんだ。海里は無関係で済んでいる、と。なのにお前は突然この空母に現れた。言いかえれば、サイファーはお前にとんでもない裏切りを受けたのと同じだ。分かってるのか?」

「…………」

 

 分かっていた。分かってはいたが、海里はそれでもスザクに言われた言葉が、深々と胸の奥に突き刺さった。極力顔に出さないようにしていたが、それでも顔の筋肉が強張るのを感じた。

 

「それに、万が一お前が事故にでもあったりしたらどうする気だったんだ。何も知らないサイファーに、突然お前が死んだ、って言う知らせが入った時、あいつはどうなると思ってる? 俺より分かるだろ。この先だって命の保証が無いような戦いが続くんだ。それでお前の身に何かあったら、サイファーはまともで居られなくなる。パイロットとしての技術も、センスはあるにしても経験が足りなければ結局は素人と同じだ。あの時みたいにミサイルの射程外からの戦闘がこれから続くとは限らない。ドッグファイトだって、対地戦闘だってある。そこ中でお前のミスがサイファーを危険な目に遭わせたり、この空母の存在自体を脅かす可能性も……」

 

 そこまでで、スザクの言葉はやまとのチョップによって止められて、スザクは怪訝そうな顔でやまとを半ば睨むが、それ以上の形相で睨みかえしてくるやまとの顔、そしてその後ろのにとりの顔を見て、スザクは海里の顔を改めてみると、俯く形によって下された前髪によって表情こそ見えなかったが、その握っている手が小さく震えているのを見てスザクは黙った。

 

「スザクや、君の言い分は確かに筋が通ってる」

 

 今まで黙っていたにとりがその口を開き、一歩前に出る形でその口を開く。その声色は、少なからず怒りが混じっている気がした。それが何に対しての怒りかは、にとり以外の誰にも分からなかった。

 

「けど、筋が通っている事がすべて正しいとは限らない。人間は時にとんでもなくバカな理由で人生を左右されるような事をする生物だ。筋や理論の問題じゃない。人間が持つ感情で、そんなものはいくらでも覆す事が出来るんだ。全てにおいて根拠や理由が全てじゃない。それに加えて、女は男のためなら簡単に命を張ることだってできる生き物。自分の好きな奴が死ぬのを見るくらいなら、自分の命を差し出す方がいい。女は、男にとっては聞きわけの無い、とんでもなく面倒で理不尽な生き物さ。現に、私はそうしたのを忘れたのかい?」

 

 ジャケットの向こうに見えるにとりの体に巻かれた包帯、腕に繋がれた点滴、机に掛けられた松葉杖、他にも見える顔の擦過傷や擦り傷、切り傷を治療するための絆創膏。男の言う事を全く聞かずに、命を張った女は今この場にいるのだ。

 

「正解がすべてじゃない。正解が世間の正しい事だとしても、個人になると全然変わる。第一、女の理不尽を男が受け止められない様じゃ、男って言うには少々小さくないかな?」

 

 にとりの言う事は、筋が通っていそうで、実際筋が通って無い言い分だった。極端に言うなら、女のやる事を受け入れて全て許せと言っているのだ。バカな話でしかない、こんな理不尽があってたまるか。スザクはそう思ったが、そう言えば男が今この場に自分しかいないという圧倒的不利な状況下に気が付き、反論の余地が無い事を悟った。納得はいかないが、受け入れるしかなさそうだった。

 

「それに、海里は別にこの空母に乗り込んだ理由があるんじゃない?」

「え……」

「私はなんとなくわかるよ。別の理由として、海里はサイファーにすごく会いたかったんじゃないの?」

 

 にとりの指摘に、海里は何も言わなかった。ただ、じっとにとりの瞳を見つめ続け、その目の中にある嫉妬を見つけて、海里はにとりの心情を察した。

 

 

 

 

「姉ちゃんは、奴らの計画を止めるのと同じか、それ以上に兄貴に会いたくて仕方が無かったのよ」

 

 夏芽の言うもう一つの原因。それは恐ろしくも幼稚で、単純な物だった。あまりにも単純すぎて、サイファーは夏芽が自分をからかっているのではないかと疑ったくらいだ。

 だが、夏芽の顔は大まじめその物で、冗談を言っているようには見えない本気の顔をしている。サイファーはどう答えたらいいのか分からずに、少しの間目が泳いでしまった。

 

「どう言う……意味だ?」

「そのままの意味よ。あんた、パイロットになってからまともに姉ちゃんに会ったの、何回だと思ってるの?」

「え……訓練終わって帰って来た時と、二年目の時くらいだったかと思うが」

「日数で言えば何日?」

「……七日ほど」

「それで姉ちゃんが満足すると思う?」

「…………」

 

 かれこれ故郷を離れて五年が経過していた。その中で故郷に帰って、海里とまともに過ごしたのは五年のうちに一週間ほどしかない。こんなので足りるとは到底思えない。それ以外は全てネットでのチャットが主流で、よくこれで今まで保って来れたなと夏芽は思っていた。

 

「姉ちゃんはずっと不安だったのよ。もしかしたら今すぐにでも嫌な知らせが入るんじゃないかって。そんなことは無いって思っていても、奥底にある不安だけは拭う事が出来なかった。もし兄貴がもっと頻繁に帰って来てたら、結果は変わったかも知れない。姉ちゃんはあんたと一緒に居たくて、でもそれが出来ないからせめてあんたと同じ空を飛んだら和らぐんじゃないかって飛んでたわ。それに、あんたは知らないでしょうでしょうけど、昨日ウスティオ政府は兄貴たちが死んだということを公式に発表したわ。もちろん嘘っぱちだけど、それでも姉ちゃんは不安で不安で仕方なかった。だからあんたたちの機影を補足した時、コックピットの中で叫んでたくらいよ。『生きててくれた!』ってね」

 

 空母の波をかき分ける音だけが辺りに響き渡る。サイファーは夏芽の言うことに答える事が出来なかった。海里は意外なほど、寂しがりやな正確ではある。だが、海里もサイファーのやることに同意はしていた。していたはずだ。ただ、サイファーが思っていたよりも、少しだけ海里が脆かったのだ。その少しに気が付かずに、彼女の運命を大きく変えてしまった。

 

 自分のせいなのか。自分のせいだったのか。サイファーは自問する。確かに帰ってやれなかったかもしれない。もっとちゃんと会ってやれば、海里はこの道に入る事には無かったのか。なら自分はどうしたらいいのか。それが分からなかった。

 

「…………夏芽、なら俺はどうしたらいいんだ?」

「ま、受け入れろとしか言えないわね。一度なったんだからそうはやめられないし、第一姉ちゃんが絶対やめるって言わないわ。それに、兄貴は親父に言われたそうじゃない。私たちを守れって。ま、姉ちゃんを基準にしたらこう言う受け取り方もできるんじゃないかしら。『一緒に戦って、姉ちゃんを守ってやれ』って」

 

 サイファーはその夏芽の言葉ではっとした。確かに、鬼神は海里を巻き込むなとは言って無い。ただ守ってくれと、それだけを伝えていた。

 意味の受け取り方は多々ある。だが、もしかしたら鬼神の真意はこれだったのかもしれない。海里が戦闘に介入する事を読んで、それでいて何らかの理由で動けない鬼神に代わり、サイファーに海里の事を任せた。そう受け取るのが妥当なのではないだろうか。

 

「否定したい気持ちは分からなくはない。けど、もっと冷静に考えなさいよ」

 

 そう言うと夏芽は立ち上がり、軽く伸びをして体を反対方向に向けて歩き出した。サイファーはその背中をしばらく見届け、そして再び前を向く。月明かりに照らされている海は、恐ろしい広さを持ってサイファーを見ていた。

 

 夏芽の言うことは正しい。ぐうの音ので無い細野正論だ。分かっている、分かっているのだ。だが、どうしても納得できない自分がそこに居るのだ。どうすれば受け入れられる? どうすれば納得が出来る?

 

 どうしたらいいか分からない自分に対しての怒りで、拳が震え、歯がギリリと擦れ合う。そんなサイファーの耳には、ただ空母が波をかき分ける音しか響かず、それがどこか寂しげだった。

 

 

 

 

 病室に戻ったにとりは、ぐったりとベッドに倒れ込み、やはりこんな体で動きまわるのは自殺行為に等しかったかと今更後悔した。ヴァレー脱出時は自分の体の事など考えていられなかったから、安心するとこのざまかと嘆いた。

 体の体制を変えるのでさえも激痛が伴い、いくら体を拭いても脂汗が体を覆ってしまうのが不快で仕方無かった。かろうじて動く左腕では、全身を拭う事が出来ないからなお不快だ。まぁ、仕方のない事だ。時々誰かにしてもらおうかと決めた所で、病室に誰かが入ってくる気配がした。

 

「どーもー。気分はどうですか?」

 

 カーテンの隙間から、ひょっこりと顔を出したのは焦げ茶のショートヘア。如月海里がリンゴを片手ににとりのベッドの傍らに置いてあった椅子に座り、お見舞いとリンゴを机の上に置いた。

 

「すまないね。幾分かはましになったけど、無理は禁物だ。分かってはいたが、うろうろすると体が悲鳴を上げるよ」

「ま、無理もないですね。にとりさんって仕事に対しては本当に命をかけてるんですね」

「それが私の取り柄だからさ。それとそんな堅苦しくしたり、さん付けなんてしなくていいよ。にとりでいいさ」

「ん、じゃあそうするわ。よろしくね、にとり」

「ああ、こちらこそだ」

 

 海里がナイフを取り出して、リンゴの皮をむき始める。早い。そして上手い。川が見る見るうちにその長さを増して、にとりはその鮮やかな手さばきを見て、羨ましいと思った。

 

「上手だね」

「ま、小さいころから料理とか作ってきたからこれくらいわね」

「いつでも嫁に行けるね」

「ふふふ、妹からもよく言われるわ」

 

 はいどうぞ、と海里は兎にカットしたリンゴを皿の上に乗せて差し出し、にとりは一口かじる。シャリ、といい歯ごたえがして、果汁が口の中に広がって美味だった。

 

「ん、美味しい」

「よかった。やっぱり北の原産のリンゴは美味しいわね」

 

 どれどれ、と海里も一口もらう。うむ、確かに美味だった。悩んだ甲斐あっての物だった。

 

「そうそう、あなたにお礼を言いたかったのよ」

「ふえ?」

「サイファーを助けてくれてありがとう。おかげでまたあいつに会う事が出来たわ」

「あー、いやなに。彼を危険な目に遭わせてしまったのには変わりないし、お礼なんて……」

「でもそんなに傷ついてまで助けてくれたじゃない。それに、いずれにせよいい形にならなかった可能性の方が高いし、あなたのしてくれた事は最善よ。本当にありがとう」

 

 海里はにとりと体を向き合わせて、深く頭を下げて感謝の意を述べた。にとりは当然の事をしたんだけどなとも思いながら、海里が自分たちの逃走を援護してくれた事に礼を言った。

 

「なに、君が居てからこそこの脱出は成功したんだ。こちらこそ感謝するよ」

「うふふ、そんなこと無いわ。お互いさまということね」

 

 にっこり笑う海里の顔は、にとりを安心させてくれた。さすがはサイファーの幼馴染。そして彼が選んだ恋人と言ったところだろうか。彼にはもったいないどころか、ぴったりだ。世話女房から本当の女房になるのはそう遠くないのだろう。めでたいことなのだが、にとりは心から笑えなかった。

 

「ふふふ、サイファーにはもってこいの女房だね」

「ええ、あいつは手間が掛る奴よ。けど、手間が掛るほど、あいつの世話するのが楽しいんだけどね」

 

 海里は、そんなにとりの心情を察知した。ほとんど他人に気づかれない程度だった。が、海里は気付いていた。にとりのその表情の変化で、彼女の気持ちを確信した。

 

「……にとり、聞いていい?」

「ん?」

「サイファーのこと、好きでしょ?」

 

 ド直球貫通弾。にとりは豆鉄砲を食らった顔になり、思考が麻痺して何も言えなくなってしまう。なぜわかった? 極力顔に出さないようにしていたというのに、目の前の女はなぜ自分の心を読めたのだ?

 

「どうして分かったか、って感じかな。本当に小さくだけど、私がサイファーの話をする時、にとりは少しだけ嫌な顔をしてたのよ。本当に誰にも気づかれないくらいに」

「……思ってたよりも、顔に出てたのか」

「たぶん、私並みに人の感情に敏感な人なら分かるわ。私がサイファーの話をするときに、あなたは嫉妬を含んだ顔になっていた。さっき食堂で話していた時にもしかして、って思ったけど、今ので確信したわ」

「……ははは、まったく。本妻には敵わないな。ああ、そうさ。私もサイファーの事が好きさ。告白もさせてもらったよ。ま、見事な撃沈だったけどね」

 

 参った参ったと、にとりはお手上げのポーズを糧腕で表現し、海里は少し複雑な顔でにとりを見ていた。

 

「…………本当に、サイファーの事が好きなのね」

「うん。初恋の相手さ。私の整備士としての腕を評価してくれて、その時の顔が印象的だったよ。とても清々しい顔で、私の整備した機体でこんな顔になってくれたって思うとね。色々あってロクに話さないで別れたけど、ヴァレーで再会した時は運命だって思ったよ。本人忘れてたけどね」

 

 にとりは自嘲気味な笑みを浮かべながら、少しだけ参加を始めているリンゴを手にとり、口に運ぶ。心なしか甘味が減った気がした。

 

「ま、振られたからもうどうにもできないさ。だから安心してほしい。私の入り込む余地は無いよ」

「……こう言う時、どう反応したらいいのか分からないわ。喜ぶべきなのか、相手に申し訳ないと思うのか」

「喜ぶべきさ。他人の事ばかり気に掛けてると、自分の身を滅ぼすことになる。それでいいんだ」

 

 海里は、にとりのその言葉で、なんて強い女なのだろうかと尊敬した。自分ならそんな考えが出来ない。もしサイファーが自分から離れて行った時の事なんて考えてなかった。だから、何かあった時自分では対応が遅れるかもしれない。だが、にとりは違う。覚悟の度合いが違う。彼女の目は、海里と全く違う物を多く見て来たのだと物語っていた。

 

 互いの知らない世界、知らない感情が入り混じり、そして互いにその経験を見て驚き、尊敬する。海里の知らない物をにとりは知っていて、にとりの知らない物を海里は知っている。二人はそれが不思議で、しかし悪くない、と思っていた。そして二人して思った。たぶん、馬が合うのだと。

 

「くすっ、あなたとは仲良くできそうだわ」

「ああ、私もそう思う。差支えなかったら、サイファーの事もっと聞かせてほしいよ」

「ええ、いいわ。さっきのよりももっと言えないようなエピソード教えてあげるわ」

 

 ニカリと互いに歯を見せて笑いあい、互いを認め合い、認められた事が嬉しくて二人は改めてよろしくと言い、にとりが左手を差し出して海里がそれに答える。文化によってこれは喧嘩のサインらしいが、まぁなに、空気を読めば分かる事だ。

 

 二人が手を握り合い、そしてそのタイミングとほぼ同時にまた誰かが救護室に入る音がして、カーテンの隙間から今度は夏芽が顔を出した。

 

「やっと見つけた。けっこう探したわよ」

「あ、ごめんね。それで…………どうだった?」

「ま、姉ちゃんの本意は伝えておいたわよ。今度は自分の原因を探してるみたい。ふっきれるまでは少し時間が必要だわ」

「そう……どうすればいいのかしらね」

 

 海里は落胆の息を吐き、顔が少しだけ俯く。夏芽は嘆息し、少々面倒な事態かもしれないと今後の行く末を呪った。

 

「兄貴が最終的な決断を出すのを待つしかないわ。今不用意に近づいたら色々とごちゃごちゃになって考えられなくなるだろうから、極力避けるべきよ」

「そう……よね……」

「…………姉ちゃん、ずっと会いたくて、話したい事がいっぱいあるのは分かるわ。けどもう少し我慢よ」

「分かってるわ。分かってる…………」

 

 分かってはいるが、それでもと海里は手が震える。ろくに会う事も出来ず、一時は死亡通発表まで聞かされて、正直おかしくなりそうだった。もしかしたら、自分はサイファーの居ない生活がとても恐ろしくなり、どこかおかしくなっているのではないかと考え、そう思うとさらに自分がおかしくなるような錯覚に陥り、体が震えだす。

 

 にとりは、そんな海里を見て、少しだけ昔の自分を思い出す。なんとなくなのだが、あの時の自分と重なってしまい、ならどうするべきなのかと少しだけ考え、そして一つ思いついた。

 

「じゃあさ、サイファーと本気でドッグファイトやってみたら?」

「え…………?」

「地面に居てお互いが通じないのなら、空戦でどれくらい海里の決意が本物なのかをサイファーに証明するんだよ。話しても伝わらない、なら行動で示すのが一番さ。そしたらサイファーも海里の気持ちを受け取るだろうし、海里もサイファーの世界をその目で見る事が出来ると思う。このまま悩んだって仕方無いんだから、悩むくらいなら行動した方が早いと私は思うね」

 

 にとりの提案に、夏芽はふむと鼻を鳴らして考える。今までISAF訓練兵や教官との模擬戦はあったが、Y/CFA-42を使ってのドッグファイトはやった事が無い。しかも、サイファーとの空戦ともなれば、恐らく訓練とは比べ物にならない実戦に近い動きをさせられるだろう。それに海里がどこまで通用するか、そしてどう立ち向かうかで自分の真意をぶつける事で、通ずる物も何かしらはあるはずだと、夏芽は乗り気になった。

 

「要は拳で語れってことね。いいじゃない、姉ちゃん。最近喧嘩らしい喧嘩なんて全くしてなかったんだし、言いたい事全部言っちゃえば?」

「…………そう、よね」

「そうよ。散々待たせられたんだから、姉ちゃんが盛大にブチ切れてもいい気がする。って言うかその方が絶対いい。今の兄貴は女を待たせる男としては根性悪だから、叩き潰すべきよ」

「……そうね。なんかむかついてきた。あんの馬鹿散々待たせておいてあの態度なんて…………」

「そう、その粋よ姉ちゃん!」

「うわーお、如月姉妹の煽りって怖い……」

 

 海里と夏芽は、どうやってサイファーを徹底的に叩き潰すかの作戦会議に入り、夏芽がひたすらにサイファーのデータを書きだし、海里はその一つ一つに対応策を考え始める。にとりはこの二人の行動力に目を見張り、そして恐ろしい物だと変に感心してしまう。が、心なしかその二人の顔が楽しそうに見え、にとりは少し羨ましくなり、二人の間に入ってサイファーの戦闘データの提供を申し出て、その日は就寝時間まで女子会の様な作戦会議が続いた。

 

 

 

 

 空母の共有浴場にて、サイファーは夏芽に言われた事をずっと考え続け、かれこれ一時間を超える入浴時間となっていた。

 考える、と言うよりも夏芽の言った海里の気持ち、そしてそれに応えきれなかった自分のミス。それ故にもっと結果を変えられる事が出来たのではないかと、今更利かない修正をシュミレーションし続けていた。

 

「……サイファー、いい加減風呂から出ろ。のぼせるぞ」

「スザクか……いつから居たんだ?」

「いや、始めから一緒にいただろうが。正確に言えばお前が入った少し後に俺が来たんだけどな」

「そうか…………」

 

 ほらよ、とスザクが瓶コーラを渡し、飲めと促す。さっき夏芽にもらったばかりなのだが、と思いながらサイファーは既に栓の抜かれたコーラを受け取り、湯船の中で一口飲みこむ。悪くない。もう一度言うが、気分が良ければもっと美味かっただろう。

 

「……海里と話してきたのか?」

「ああ。変わってない。お前への気持ちもな」

「そうか……」

「ま、俺の方からお前のだいたいの心情を海里に伝えておいた。あいつも分かって無い訳ではにと思うから、伝わりはしただろう」

「何て伝えた?」

「サイファーがどんな気持ちで今まで戦ってきたのか、技術はあっても経験が無ければ全員の命を危機に晒す可能性もあるってな」

「相変わらず言う事がシビアだな」

「俺にはどこまでがシビアなのか理解できん。やまとにチョップ喰らわせられるくらいの事を言っちまったみたいだが」

 

 スザクはスカーレットアセロラのプルタブを開けて、一気に喉に流し込む。この空母にはこんなマイナードリンクまで用意されてるのかと、横目に見ながらサイファーはコーラを一気に飲み干した。

 

「で、どうすんだ? 海里は少なくとも離れるつもりは無いそうだ」

「空母から降ろそうにも、こんな状態じゃ降ろせないだろう。せめて、後方支援に回したい。あいつが空で戦うには未熟すぎる。技量はあっても、生身を相手にするとどうなるか分からん」

「それには俺も同意見だ。けど…………」

 

 スザクは少し言葉を詰まらせ、はぁとため息を吐いてから、世の中の理不尽と言う物を呪いながら再度口を開いた。

 

「女って奴は、理不尽極まりなく容赦のない人種だな。集団で来られたら勝ち目なんて全くない」

「そりゃそうだろ。お前だって夏芽と海里の集中砲火見た事あるだろうが」

「やまとにゆたか、にとりも加えられた鬼畜仕様だ」

「うわ、勝ち目ないな」

「ああ、無いな」

 

 なんでこの船には女ばかり乗っているのだとスザクはぼやくも、サイファーはこれも時代の移り変わりと言う奴なのだろうかと考えて、この先の戦争を考える。女ばかりのエース部隊が現れる世界も、きっとそう遠くは無いだろう。その中に海里が居たとしたら、やっぱり嬉しくは無かった。

 

「さて、どうするよ?」

「…………今は一概には何も言えん。少し、様子を見る事にする」

「それがいいな。早すぎる決断も、よくないしな」

 

 スザクも缶の中身を一気に飲み干して、適当な場所に置く。サイファーは湯船から立ち上がり、部屋に戻ろうと歩きだして、自分が思っていたよりも体がのぼせているのに気がつかず、浴場で盛大にこけて頭を強打し、悶絶した。

 


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