ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission11 -飛竜、舞う-

「どういうことだ、なんでサイファーじゃないんだ!?」

「す、すいません! サイファーに半ば強引に俺の代わりをしろって言われたんです!」

 

 サイファーが乗っていると思われたイーグルのパイロットは、以前スザクの模擬戦でのチームだったスカーレット4のリック・カインだった。彼はイーグルが愛機のため、癖も動きも知っていて当然である。やたらいい動きをすると思ったらそういうことだったのかとスザクは理解した。

 

 いや、今はそんな事はどうでもいい。問題はサイファーが事実上たった一人でにとりを救うためにヴァレーに残っていると言うことだ。無謀すぎる。無謀なんてレベルではない。バカだ。バカだとしか言いようのない行為を、あいつはやったのだ。

 

「くっそ、ゆたか! 今から反転してどれくらいで到着する!?」

「い、今から反転すれば全力飛行で二十分ほどですが……」

「ならお前らは先に行け! あの馬鹿を連れ戻してくる!」

「待ちなさい兄さん!」

 

 操縦桿を捻ろうとして、しかしそれよりも先にやまとの怒号に近い声が突き刺さって、思わずスザクは顔をしかめて行動をキャンセルしてしまう。その隙を突いてにやまとはスザクの鼓膜に自分の声を突きさした。

 

「今帰ったところで、ヴァレーはもう制圧されているわ! 単機で突っ込んだところで残りの護衛部隊に蜂の巣にされるのが関の山よ!」

「けど、あいつを放って置くわけには!」

「私だってできる事なら何とかしたいわ! けど、今戻ったらにとり主任の脱出計画がすべて水の泡、何のためにその機体を預けられたのか考えなさいよ!」

 

 やまとの訴えにスザクは歯を食いしばった。自分の意見が間違ってる事は知ってる。だが、だからと言って見殺しするほどスザクは冷徹ではない。連れ戻して殴り倒したいくらいだ。

 それでも、やまとの方の判断が正しい。それはどうあがいても変えられない話だった。自分がXFA-27を託されたと言う事は、これを使って協力してほしい、または守ってくれと言う意味だ。

 

「……畜生!!」

 

 拳をキャノピーに叩きつけ、今は逃げるしかない自分に腹が立つ。そもそもサイファーが素直に逃げだしていればよかった話だ。しかし、かといってにとり一人を放り出す事も、実際のところしたくなかった。だが、あいつの混乱を利用した誘導術は効果的だった。気づけばにとり自信が明確に『自分も逃げる』と言ったのを聞いていない。うやむやにされ、自分たちが生き残ることだけを考えさせられた。

 仮にゆたか達に必ず逃げる、と言ったところで、ここまでくれば間違いなく嘘だ。にとりは最初から死ぬつもりだったのだ。

 

 恐らくゆたか達はまだ明確に気づいていない。目の前の事で手がいっぱいなのだ。そうなるように仕向けたのも河城にとり、あいつだ。

 

「あの野郎……必ず殴り飛ばしてやる!!」

 

 だから必ず来い。来なかったら地獄の果てまで追いかけて殴り殺してやる。スザクはそう決心すると、目標座標の接近に伴って、安全確認のために急降下し、偵察運動へと移行した。

 

 

 

 

 サイファーは斜面に座り込み、双眼鏡で基地の動きを見つめていた。強襲部隊はこれと言って大きな動きは見せず、ただ基地に入っていく様はその名に恥じない物であった、とだけ言えるだろう。ただ、少なからず動きに動揺があるように見える。こちらが察知していたと言うのは誤算だったのだろう。さて、向こう側の混乱をどう扱うかでにとり救出の結果が左右される。

 

 正直勝算はかなり低い単独での救出作戦だ。ヴァレーの正規兵の手を借りる事は出来ない。借りれば間違いなく誤魔化しがすべてばれる。だから、ただ一人残った裏切り者として動くしかない。

 

 手順としてはまず敵の動きを見る事だ。一体何がしたいのか、どこに誰がいるのかを把握したい。ただ、サイファーは少なからず敵の最大の目的地をおぼろげだが感じていた。恐らくは、にとりの格納庫。あそこには敵が欲しがる何かがあるのだろう。にとりはそれを自爆させる、或いは敵の手に渡らせない他の方法を施すために残ったのだ。そしてそれを実行した後、自殺または敵に殺されるつもりだ。そんな行為許さない。サイファーは断じて許すつもりはなかった。

 

 敵の動き、配置が予測できた次はライフルで目立たない場所にいる兵士から狙撃。あわよくば半数は行動不能にしたいところである。そして包囲網に穴を開けて、どうにかしてにとりの格納庫へ向かい、中に入る。が、そこで大きな問題だ。

 厳重な彼女の格納庫に入る手段がないのだ。前に興味本位で近づいたが、入口には盲目、指紋、音声、キーボードでのパスワード入力と、もはや面倒くさいとしか言いようのないセキュリティだった。試しに適当にやってみたら、壁からガトリングガンが出てきて死にかけた。ちょうどにとりが近くに居て緊急停止スイッチを押したからよかった物の、あれはたぶん自動照準でかなり精度の高い物であることは間違いないだろう。そう考えるとにとりの方はまだ安全だと言える。

 

「頼むから中に引きこもってろよ、にとり」

 

 それからしばらく、半時ほどの時間が流れる。五つに分けられた強襲部隊は、格納庫、宿舎、指令室、にとりの格納庫、機体周辺という配置で展開されていた。加えて指揮官クラスであろう男が二人。それと、基地の正規兵はどうやら建物内に集められて聴取をされているようだ。ありがたい配置だ。特にヘリを守っている兵士たちについては談笑しながらの警備だ。

 

「その腐った根性叩き直してやる」

 

 サイファーはライフルを構え、スコープを覗く。目標、オスプレイ後部で居眠りをしている兵士。ただ、さすがにむやみに殺生はしたくない。動けなくなる程度でいいから、利き腕を使えなくするくらいでも十分だ。

 

「南無三」

 

 照準合わせ、安全装置を解除。思えば生身の人間を相手にした戦闘は初めてだ。いつもと違う、嫌な緊張が体を襲う。が、ここで躊躇えばもっと多くの人間が危機に晒されることになる。その中に、自分の恋人だっているかもしれないのだ。

 トリガーに指をかけ、一発目を撃とうとしたまさにその時。基地裏、旧娯楽街からの銃声が鳴り響き、サイファーはとっさに指を離して顔を上げた。

 

「何だ!?」

 

 娯楽街の方に顔を向けるが何も見えない。この角度からでは何が起こっているのか明確に把握できない。すぐに無線を傍受するためにヘッドセットを耳に当て、もう片方の手で双眼鏡を握って覗く。

 格納庫の隙間から見える娯楽街、その中を時折り強襲部隊がアサルトライフルを抱えて走り抜ける。誰かがいるのか?

 

 不意に嫌な予感がした。まさか、まさかな。にとりは今頃格納庫に居るはずだ。なんたってこんな所に来る必要性があるのだろうか。

 が、格納庫の隙間から走り去るツインテールの碧いの美しい髪の毛、そしてその上にトレードマークである緑の帽子を被った少女を見た時、サイファーはさっそくの誤算にどう立ち向かおうかと思い悩まされるのを知った。

 

「なんたってこんな所に居るんだよ!?」

 

 にとりの後を、銃を乱射しながら追いかける兵士。これはまずい、恐らくあそこからにとりの格納庫までは一キロ近くある。間に合うかどうかなんて分からないが、間に合うより撃たれる確率の方が高い。サイファーの決断は早かった。

 

 ランプエリアから事態を察知した兵士数名が銃声のした方へと向けて走り出す。サイファーはその一番右の兵士の足に照準を合わせ、発砲。太ももに命中し、兵は倒れてその隣の兵士も事態に気がついて辺りを見回す。続けて第二射、動きが止まった方の右肩を貫通。これで二人を無力化。まだこちらの存在には気づいてない。ならば次だ。

 

 一旦スコープから目を離して次の敵を探し、一人が格納庫の陰に入ったのを見て軽く舌打ちをすると、見えない敵の存在にパニックになってるヘリ近くに居たもう一人の足を撃ち抜く。

 

「実のところライフルの腕はそこまで自信ないんだが、案外いけるな」

 

 次の敵を探し、しかし事態を察知した周辺は物陰に隠れて鳴りを潜める。どうやらこの角度からはここまでで限界の様だ。すぐに弾薬を持てるだけ持って、いつでも移動が出来るようにする。が、銃声は相変わらず響いている。このまま待っているとにとりが危ない。

 

 正直危険だが、サイファーは移動を開始する。見つからない事を祈りながら、どうにか娯楽街の手前まで潜り込まなければならない。無線からはにとり発見の声が響き、同時にスナイパーが居るとの声も聞こえたが、まだ位置までは特定されていない。この隙に行く。頭を低くして走り出し、次ににとりがこなたのバー近辺に居るという通信が入った。ここからではまだ狙えない。あと数百メートル先だ。

 

 全力疾走すれば一分とかからない距離なのだが、そんなことすれば簡単に見つかってしまう。時折りエプロンの方を確認し、敵が隠れているのを確認する。まだ出てくるな。にとりを発見するまで出てくるな。

 

 腰からハンドガンを抜き、位置を特定される危険があるものの、空に向かって発砲する。まだ俺は見ているぞ、出てくれば狙撃する。警告の代わりだ。しかし、これが通用するかと聞かれればどちらかというと、否である。やってから気づいた。こんなことならもう少し白兵戦について学んでおくべきだったと後悔する。

 

 だが思いのほか向こう側も動けないのか、こちらへの発砲は無い。三人にも命中させればそろそろ射角で位置の把握がされそうだが、このまま行けるか?

 

 が、世の中そう簡単に上手くいかないと言う事をすぐに知ることになる。左側、管制塔方面から何かが反射するのが見えて、とっさにサイファーは停止し、頭を下げた直後、髪の毛数本が何かによって引き千切られ、チュイン、と高い音が耳に入った。

 

(弾丸!)

 

 とっさに目に入ったぎりぎり体が隠せそうな岩場に滑り込み、第二射が自分の居た足場を撃ち抜く。見つかったか。無線を開いて自分が見つかったかどうかの情報を確認する。が、急に音沙汰なしになった。回線をいくつか切り替えても何も聞こえない。と言う事は、傍受の可能性に行きついたか。

 

 さて、ここで次の行動にかなりの支障が出た。残念ながらこの先に身を隠せるような岩場が見当たらない。あるにはあるが、距離がありすぎる。走ってるうちに当てられるかもしれない。だが、時間もない。にとりの状況を確認したかった。

 

(どうする……どうすればいい……!?)

 

 銃弾が自分を守る岩壁に叩きつけられ、破片が崩れ落ちていく音が聞こえる。もしかしたらこの岩も長くは持たないかもしれない。

 

 左のホルスターから、INGRAM MAC10を抜き、ライフルを肩に掛けて背中に背負うと、煙幕弾を取り出して数メートル先に投げる。煙幕が立ち上がり、風に流されてサイファーの岩場まで覆われる。そのタイミングでサイファーは岩から飛び出し、MAC10を敵が居ると思われる方向に向けて発砲する。銃声が一瞬鳴り止むもすぐに別の方向から銃撃が来る。ここまでくれば運だ。と、その次にとんでもない爆音が耳をつんざき、その次の衝撃でサイファーは軽く吹き飛ばされ、しかし結果的には目の前の岩場に転がり込むことに成功した。が、それ以上に娯楽街で立ち上がる黒煙の方に目が行き、何事かと無線を開くと、たまらず叫ぶ兵士の声が。

 

「報告! 目標は建物に仕込んでおいたであろう爆薬を点火し、追跡していた兵士複数が巻き込まれた! 第四部隊からの応答がない!」

「ターゲットはどうした、どこへ向かっている!?」

「分かりません、娯楽街に進入したのは確認しました!」

 

 どうやらにとりの事で手がいっぱいの様だ。これはチャンスだとサイファーはまだ痛む頭を押さえながら斜面から顔を出し、ライフルを構える。黒煙の出所付近に二人、耳を押さえながら大声で何か話しているのが見えた。お取り込み中申し訳ないが、隙だらけである。

 

 すかさず一発、二発と発射。足と腕を撃ち抜いて更に二人行動不能にさせる。とその近くでにとりが飛び出すのが見えた。あの分だと、今度は格納庫方面に潜り込むつもりのようだ。が、まだ残る土煙りの中から兵士とにとりが鉢合わせするのが見えた。

 

「いかん!」

 

 迷わず頭を撃ち抜いた。ほぼ直感である。スコープを覗いた瞬間に撃ったようなものだった。それでも、弾丸は敵のこめかみを撃ち抜き、その場に崩れ落ちる。にとりは少し動揺していたが、考えるのをやめて走り出す。

 

「頼むぞにとり、俺が行くまで逃げ切れよ!」

 

 

 

 

 娯楽街の細工に手間取り、敵に見つかったのは大きな痛手だった。にとりはどうにか銃弾の雨をかいくぐり、一発目の爆薬の点火に成功し、多くの敵を行動不能にすることに成功した。恐らく十人とまではいかないが、それでも脅威の存在を知らしめるのには最高だった。

 

 煙を抜けて走り出し、格納庫の裏に回り込もうとする。が、次に巻き上がる土煙りの中から敵兵が現れ、にとりの思考は一瞬動揺によって停止し、その間に銃が降り上げられるのを見て汗が吹き出しそうになり、だがその前に兵の頭から血が噴き出し、その場に崩れ落ちた。

 

 一体何が? 誰が手を貸しているというのだ? だがありがたい、援護があるなら可能な限りの物は欲しいと言うのが本音だった。予想よりも敵の進行が早い。正直なところ、部隊自体の熟練度で言えば低い方だが、数にはどうしても勝てない。一人でこの兵士全員を相手にしているようなものなのだ。

 

 巻き込んで申し訳ない。自分の窮地を救った誰かにそう思いながらにとりは格納庫に入り込み、秘密裏に作っておいた隠し通路の扉を開け、内側から施錠する。施錠と言ってもカンヌキ二つだから爆弾一発で破壊されてしまうが、一分くらいは稼げるだろう。

 

 小型の懐中電灯を点灯させて、中を駆けだす。あまり時間をかけられなかったからそこまで何か対抗できる様な物はない。本当にただの道である。だが、隔壁くらいなら作っている。格納庫の真下までたどり着き、気密シャッターを下ろす。そして階段を駆け上がり、最後の防壁を閉めてようやくたどり着いた。

 

 ほう、と胸を撫でおろし、壁にもたれ掛かって食らい格納庫に佇み、まだ飛ばないのかと言いたそうに鎮座している切り札を見上げる。にとりにはそう言っているように見えて、頭の中でそっと『ごめん』と言う。もしかしたらお前は飛べずに終わるかもしれない。だが、やれることはやる。

 

 スパナを取り出し、最後の調整のために歩き出す。そして一歩踏み出し、次の瞬間に肩に激痛が走ったのはほぼ同時だった。

 

「がぁっ!?」

 

 右肩を銃の弾丸が貫通した。持っていたスパナを取り落としてその音が鳴り響く。崩れ落ちるまでには至らなかったが、肩から流れ出る生温かい液体の感触によって、不快感で満たされる。激痛のあまり気が遠くなりそうにもなる。が、次に自分以外の人間の歩く音が聞こえて、左手で銃を抜き取ろうとするがその次に足元に銃弾が飛び、その行動をやめざるを得ない状況になってしまう。

 

 わずかな隙間から洩れる光に照らされ、銃を構えた男が姿を現す。その男、にとりは覚えていた。年齢は中年の男。ウスティオ軍高官の軍服を着ていたが、その男、実際はベルカ人。サングラスをかけたその男は、人生で最も会いたくない人間。名前を聞くだけで吐き気がする男だった。

 

 この男。にとりに整備技術を教え込んだ男。言わば、にとりの師匠に当たる人物だった。

 

「やぁ、久しぶりだな、河城にとり」

「…………あんたか。まさか直々に来るとは、またご苦労な事だね。灰色の男たちみたいな組織に入ったゲス上司」

「随分と言ってくれるじゃないか。お前に技術者としてのきっかけ、技術を与えたのはこの私だぞ?」

「それに関してはどうもありがとう。けど、私はこの技術をあんたらの考えている事に利用されるくらいなら死んだ方がましなのでね」

「それは困る。君の能力は本当に素晴らしい物だ。もう一度我々のために働く気にはなれないか?」

「死んでも断る」

 

 にとりは即答する。この男に全てを教えられた。この男があの時、MiG-21に食い入るように見ていた自分に声をかけなければ、今自分はここに居ないで、田舎の自動車整備工でもやっていただろう。

 

 皮肉だった。戦闘機の整備に憧れ、その道を作ったのも、技術を教えたのもこの男で、その技術でこの男のしている事を撃ち砕くために今までやってきた。

 

「全く、まだまだ子供だな。どうして私だけがここに入れたかを考えるだけでも十分自分が未熟者だと想像できないか?」

「…………」

「確かにここのセキュリティは並大抵の人間では解除に一年は必要だろう。が、所詮私の教えた技術だ。必ず回路にトラップを仕掛けろと言ったはずだぞ?」

「……他人の言う事がすべてではない、と言うのもあなたからの教えですが?」

「つまり、上手く理解していないということだ。聞いても理解してるとしてないで大きく変わる。そうだろう」

 

 にとりは気付かれないように左ポケットに入れてある格納庫の自爆スイッチに手を伸ばす。こいつがここに来たのは誤算だった。まさかウスティオまでに来ているのは完全な予想外。恐らく最大の障害である。

 

「それにしたって一人で乗り込むなんて随分と舐められた物だね。私がそこまで甘く見られているなら心外だよ」

「なに、一人で来たのは君に内側から完全に籠城される前に入りたかったのと、最後の交渉に来るためだ。銃を持った輩に囲まれた状況では、取引なんてできないだろう? まぁ、君にそのつもりがないようだがな」

 

 両手を上げ、お手上げとでも言いたげな体制になる。完全に舐め腐ってる。その考え後悔させてやる。左手をポケットに突っ込もうと腕を三センチ降ろそうとしたその時。

 

 にとりの太ももを、二発目の弾丸が自爆端末ごと貫通した。

 

「ぐぅっ!!」

 

 たまらずその場に崩れ落ち、にとりは撃ち抜かれた足を抑え、悶えそうになる体を押さえつける。また血が流れ、それでも正面に居る男を睨んで抵抗の意思を見せる。

 

「ほう、その肝の据わった根性は変わらないようだな。普通の女なら泣き喚いて洗いざらい物事を吐く物だがな。君の場合は女性としての肉体的な苦痛を与えたが、それに屈することはなかった。それを考慮しての強硬策だったが、少なからず成長しているようだな」

 

 目の前の男は歩み寄り、しゃがみこんで掛けていたサングラスを外し、苦痛の顔で満たされているにとりを楽しそうに見つめる。あの時、この男を信じていた自分がつくづくバカだったとにとりは思う。こんな男に従わなければよかった、もっと早く気が付くべきだったと。この男のせいで、私は得たもの以上に多くの物を失った。こいつのせいで私の純血はもうとっくの昔に汚れてしまった。こんな奴に、こんな奴に!

 

「いい顔だ。その顔が私は好きだ。どうだもっと見せてくれ。あの時の様に、男に弄ばれて思考と反対に正直だった体の反応に対しての屈辱にまみれた顔を、もっと見せてくれ」

「相変わらずの……変態が……!」

 

 髪の毛を掴まれ、無理やり顔を持ち上げられる。それでも、絶対に屈しないとにとりは鬼の形相で睨みかえす。怒りの顔、過去の記憶がフラッシュバックし、体が震える。だが、頭だけは絶対に忘れないでいた。

 

「つまらないな。そういう顔が見たいのではない。私が見たいのはもっと絶望した顔なのだよ。なのになんだ、その顔は?」

「あいにく、あんたには今この表情でさえももったいないくらいよ。お前に見せてやる表情なんてこれっぽっちも無いわ」

「そうか、ならこうするしかないな」

 

 銃声。直後、右わき腹に気絶しそうなほどの激痛が走り、にとりはたまらず絶叫し、声が格納庫に反響して耳を貫く。死にたい。いっそ殺してくれ。心のどこかではそう訴えかけていた。だがまだ死ぬ訳にはいかないのだ。まだ折れる訳にはいかないのだ。

 

「ぎっ……がっ……! ぐっ、そ……野郎が……!」

「ああ、もったいない。本当にいい顔だったのにどうしてすぐそんな顔になる? 君は私の前での可愛い人形さんなのだよ。ちゃんと持ち主の言う事には答えないといけないじゃないか」

 

 狂ってやがる。しかも、数年前よりさらに磨きがかかって。もうこいつは普通の人間じゃない。ただの頭のいかれた猿だ。こいつの目は、女の私を痛めつけることしか頭に入っていない。女として痛めつける事に飽き足らず、殺す勢いで痛めつけるほどの変態にまでなり下がった。これならサイファーの方がまだ紳士的だ。彼になら抱かれてもいいと何度思ったことだろうか。むしろ抱いてほしかったくらいだ。このとち狂った男に無理やり弄ばれた記憶を、一切消してほしかった。

 

「まぁなに、言う事を聞かないのならちょっと修正を加えるまでだ。すぐに終わる。これから君はずっと笑顔で居られるんだ」

「…………は、ははは……そりゃあいい」

 

 だが、にとりは笑って見せた。その顔に、男は一瞬戸惑う。その隙を逃がさず、にとりは言葉を重ねる。

 

「確かに、あんたのおかげでこの先笑って行けそうだ。なんでだと思う?」

 

 脂汗でびっしょりになったにとりの顔を、男はうって変って無表情で見つめる。その瞳の奥に、気に食わない、といった感情で満たされていくのが分かった。

 

「あんたはさっき、私のセキュリティは詰めが甘い、と言った」

「それがどうした?」

「その事に私が気づいてないとでも思ったの? 私がこの数年間、遊んでいたと思ってた?」

「…………」

「悪いけど、あんたの読みは違ってる。私はあえて前と全く同じセキュリティ回路にしたんだよ。それが掌握され、扉が解除される。その時に開けられた扉は、もう一度閉める時。別の本命の回路によって内側から施錠され、二度と開かなくなるように細工しておいたんだよ」

「なんだと……」

 

 男はすぐに近場にあったプラグの挿入口から端末のハッキングデータを送り込む。にとりのセキュリティを一分足らずで打ち破った端末は、今度はエラーの表示を出し、直後に画面が突然ブラックアウトし、火花が散る。とっさに投げ捨て、それからわずかに遅れてハッキング端末の画面が爆発し、次いでバッテリーパックから出火し、炎に包まれた。

 

「貴様……何をした!!?」

「あははは! こいつは傑作だ! 何をしたかだって? 簡単な事さ、罠だよ。囮の回路が破られた時の本命が起動し、それを解除しようとした時。ウイルスを送り込んで端末の中身から破壊し、一気に大容量の情報を送り込み、瞬間的に処理落ちさせてその熱暴走でバッテリーパックを破壊する。どうだい、なかなかのものだろう?」

「だが、貴様はどうだ! 貴様も脱出するためには解除しなければ!!」

「残念。このシステムが発動した以上、私はここから出るつもりはない。だから解除コードなんていらない。あんたは勝手に閉じ込められに来たんだよ。更にもう一ついいこと教えてあげる。今私の胸部に、電極と送信機を張り付けてる。これは格納庫の自爆装置に直結していて、私の心臓の音で起爆装置が入る。つまり、私が死ぬとどうなるかな?」

 

 気持ちいい。にとりは最高の気分になっていた。目の前の男は見る間に怒りと屈辱の顔に染まっていき、ああこいつの性癖はこんな快楽を生むのかと頭がおかしくなりそうだった。最高の気分。師を出し抜き、はめてやった。こんなに嬉しい事はない。後始末は完了した。これで奴の企みも失敗する。後はサイファー達が何とかしてくれる事を祈る。何もしなくても、どこかで生きていてほしい。にとりは切にそう願った。

 

「きっっさまぁあああああ!!」

 

 男は発狂し、にとりに向けて銃弾を放つ。が、動揺と焦りと怒りで、全く照準が定まらずにあらぬ方向へと飛んでいき、全ての弾を撃ち尽くす。

 

 銃を捨て、にとりの胸ぐらをつかみ上げ、大きく体をゆすって壁に叩きつける。痛い。だがにとりは笑っていた。血が流れたせいでついに頭がおかしくなったか。だが、それもいいだろう。

 

 今度は放り投げられるようにして床に叩きつけられ、頭をぶつけて意識が遠くなるが、次に腹へ蹴りを入れられて嘔吐感が巻き上がり、また血が流れ出すのを感じた。

 

「気に入らん、気に入らん、気に入らん!! なんだその顔は、なんだその目は、全て気に食わん!!」

 

 二発目、三発目と蹴りを入れてその度にとりは腹から込み上がる吐瀉物をこらえ、激痛を飲みこむ。なんでこんな目に遭っているのか、分からなくなる。だが、それでも笑っていられる辺り、自分はどうやら相当のドMだと言うことが判明した。

 

 蹴りが止まり、金属と金属のこすれる音。銃のリロードする音が聞こえて、虚ろな目で銃口の先を見つめる。その次には額に銃口が押し付けられ、今度は間違いなく脳天直撃コースであるのがかろうじて確認できた。どうやら楽になれそうだ。

 

 走馬灯でも見るかと思ったが、それ以上に瞼が重い。開ける力もない。もう、何も考えられなくなって、目の前が真っ暗になり、鼓膜が銃声の音で震えた。だが、にとりはすでに何も見えなくなり、何も聞こえなくなって、まったく意味をなさない音が響き渡って、消えた。

 

 

 

 

「円卓にこんな場所があったなんて……」

 

 追撃を振り切り、にとりの指定していたポイントに到着したゆたかは、地面に降りたって辺りを見回した。正直な話、何もないというのが第一感想である。実際荒々しい岩山以外には何もない。そして異様に静かである。それが少し不気味で、ゆたかは少し怖いくらいだった。

 

「前にサイファーと模擬戦の帰りにちらりと見たんだ。まさかここに来いって言われるとは思わなかったがな」

 

 そう、ここは前にサイファーとスザクが見た過去の世界大戦で使われていた例の基地。半世紀以上放置され、舗装も戦時ほどの状態ではなかったが、戦闘機が下りるには十分な距離と強度が保たれていた。さすがは最強の空軍であるベルカの野戦基地、半世紀以上でもまだここまで使える状態なのはさすがと言うべきだろう。

 

 首を曲げれば、かなり年季の入った格納庫がいくつか佇んでおり、しかしコンクリートとレンガで造られたそれは、未だに崩れる様子はなく、余生をゆっくりと過ごしているように見えた。

 

「でも兄さん、これからどうするの? ここまで辿り着いたのは私たちと兄さん、そしてサイファーの身代わりのパイロット。機体は三機よ」

 

 名前くらい覚えてやれよ、と思ったのだが、はて。あいつの名前なんだっけとスザクは考え、自分も言えたものではないと口を閉じた。

 

「…………取りあえず、使えそうな施設を調べよう。このまま俺たちの機体を野ざらしにしていたらまぐれ当たりで発見、なんてこともあり得るかもしれない。あそこの爆撃機用の格納庫、あそこに機体が入れられないか調べてくるから、やまととゆたかは管制塔内部の方を頼む」

「分かったわ。気をつけてね、兄さん」

「おう」

 

 取りあえず使える物が欲しい。格納庫でも何でもいいから、このじり貧の状況を少しでもましにできる取っておきのアイテムでも落ちてないかと考えながら、大型爆撃機用の格納庫に到着する。

 爆撃機用、と言っても、過去大戦のレシプロ爆撃機の大きさは今の爆撃機ほど大きい訳ではなく、一回り小さい。下手すれば今の戦闘機と大きさが大差ないことだってあるのだ。よって、大型格納庫が今で言う普通の大きさ、と言う事でもある。

 

 近くに来て見る限りでは、戦闘機二機ほど入れる事が出来そうな大きさだった。EA-6Bの翼を折りたたんでぎりぎり三機と言ったところだろうか。

 

 今度は格納庫の扉の前へと立ってみる。人間用の扉に手をかけてみる。当然ながら施錠されている。が、ちょっと力を入れてみると、取っ手がぐらついた。ちょっと衝撃を加えればいけるか?

 

 手近にあった大きめの石を手にとり、一撃。取っ手が傾き、明らかに弱っているのが分かった。次いでもう一撃。今度は根元からへし折れ、ギィ、と扉が小さく開いた。

 

「……今更だが軽いホラーだな」

 

 隙間から内部を見てみる。天井の割れたガラスからの光で光源には困らないが、半世紀前の淀んだ空気がスザクの体を包み込み、なんとなくだがプレッシャーを感じてしまう。世界大戦当時は、ここも修羅場だったのだろう。確か人員輸送の経由地にも使われていた、とサイファーが言っていた。となると、前線での負傷兵、或いは戦死した兵士の遺体だって安置されていたと考えるのが妥当だ。

 

 小型のライトを点灯して、中へと入る。中には何もない……と言う訳でもない。プロペラやむき出しのエンジン、空の薬莢、積み上げられた毛布、黒く染まった包帯。そして、少しばかり残る血の匂い。正直ここで寝るのは無しだ。

 

 次に扉が開くか試してみる。格納庫の入り口横にハンドルがあるのを見つける。目を向けてみれば、機体用の扉に繋がっているのが確認できた。

 

「……動くか?」

 

 ハンドルレバーに手をかけて、軽く力を入れてみる。ぎし、と軽く動いたがそれ以上動く気配がない。体制を変えて、渾身の力を込めて回そうとするが、びくともしない。完全に錆ついて動かなくなっていた。機体をここに収納するのは無理なようだ。

 

「隠すにはうってつけなんだがな……」

 

 仕方ない、とスザクは格納庫から出る。太陽を見ると、もう真昼に近い場所まで昇っていた。日没までまだ時間がある。それまでに発見されればアウトだ。レーダーは利かなくても、最後の砦として目と言う物があるのだ。それだけは避けられない。カモフラージュ用のシートでもあればまだいいのだが。

 

 だが、まだ戦闘機用の格納庫がある。野戦基地である以上、どうしても格納できない戦闘機が出てくるのだから必ずカモフラージュシートはある物だ。

 

 スザクは残り四つの格納庫、一体いくつが開くのかと思いながらまた歩き出した。

 

 

 

 

 管制塔のあるビルの中は窓がすべて閉め切られ、真っ暗な状態だった。不運な事に、懐中電灯の持ち合わせが一つしかなく、光源が乏しい状態で探索しなければならなかった。

 簡単に状況を説明すると、真っ暗な廃墟に女の子二人が懐中電灯一つで探索。怖くない訳がない。

 

「や、やまとちゃん……手、離さないでね?」

「ゆ、ゆたかこそ……悲鳴なんか上げないでちょうだいよ、敵に見つかったら大変よ……」

 

 こんな所に敵が潜んでいるとも思えないのだが、どうにかして気を紛らせないと怖くて仕方なかった。十代の女の子二人なのだから当然の反応である。にとりなら冒険気分で先頭を走るに違いないのだが、それをする勇気はなく、やまとだって雰囲気に押されてしまい、二人して身を寄せ合う形でゆっくりと進んでいた。

 

「大丈夫だよ……あははは」

 

―カタッ―

 

『ひ!!?』

 

 たまらずやまとは懐中電灯を後ろに振りかざして、音の原因を探る。と、光の先に動く影。だが小さい。遠目でよく分からなかったが、細長い尻尾を見て正体が掴めた。

 

「…………ね、ねずみですね……」

「ええ……ねずみ、ね」

 

 二人の存在に気がついた鼠は、小さく鳴き声を上げて逃げだし、廊下の奥へと消えていく。こんな所にも一応生き物はいるようだ。あるいは何か食糧があるのかとゆたか予想し、ひとまずは落ち着こうとするのだが、努力空しく自分がさっきよりもやまとに密着し、手を強く握っていると言う事にはまだ気が付かず、それはやまとも同じだった。

 

「……行こうか。大丈夫だよね、やまとちゃん」

「こ、こんなの出来の悪いお化け屋敷と同じよ……どうってことないわ……」

 

 やまとの言葉の最後の方、震えていたとゆたかは突っ込みそうになったがそれはやめておいた。自分だって何かしらのぼろが出ているかもしれないから言わないことにした。

 

 ひとまず、一つ目の部屋にたどり着いた。一応周囲を確認しながら、やまとがドアノブに手を伸ばしてみる。冷たい。冬なのだから当然なのだが、どこか違う感触だった。

 

 捻ってみると、ガチャリと開く音が聞こえた。どうやらまだ開くらしい。ドアをそのまま押して中をそっと覗く。暗くてよく見えないため、ライトを床に向けてみる。

 まず目に入ったのは散乱している椅子と紙。そしてもう少し顔を覗かせれば、ボードと半分に破れた円卓と思わしき地図があった。

 

「ブリーフィングルームみたいですね……」

「ええ……」

 

 試しに、手近に落ちていた紙を拾ってみる。が、長年放置されて何かが書かれているのは分かるが、酷く痛んで何を書いているのかが分からない状態だった。

 

「……ここを片づければ寝泊りをするのにはいいかもしれないわね」

「はい。さすがにこの真冬の野外で寝る、って言うのは気が引けますからね」

「建物のどこかに仮眠室とかはないのかしら? 寝泊りするならそこが一番いいと思うけど」

「……いえ、案外避けた方がいいかもしれません」

「どうして?」

「ここがそうとは限りませんけど……戦時中、負傷した兵が救護室に入らない場合は、あちこちに敷き詰められます。最初に詰められる場所と言えば、ベッドのある場所。つまり、仮眠室や宿舎です」

 

 やまとはごくりと息を飲んだ。つまり、ゆたかの言いたい事は、ベッドがあってももしかしたら血まみれの包帯や遺体の一部が残ってるかもしれないと言うことだ。そんな中で寝るなんて出来るわけがない。それならスザクと同じ布団で寝た方が数千倍ましだ。

 

「それだったら兄さんと寝た方がまだましだわ……」

「え…………やまとちゃん、それって……」

 

 ゆたかが驚いた顔でやまとを凝視する。部屋が暗いせいでやまとは少し気が付かなかったが、それでも割と早い段階でゆたかの反応に気づいて不思議そうな顔になる。何か変な事を言ったかと少し考え、そして自分がさっき言った言葉の意味を理解し、顔が一気に熱くなるのが手にとるように分かった。

 

「ちちち違うわ!! 決してそんな意味じゃないわよ! 変なこと考えてないでしょうね!?」

「へ、変な事って、私まだ何も言ってませんよ!!」

「っ!!?」

 

 墓穴掘った。完全なる自爆。いや、ゆたかも同じことを考えていたのだろうが、それでもやまとは自ら地雷を踏んだという事実に頭がおかしくなりそうになっていた。なんたってこんな例えを使ったのだろうか、死にたい。

 

「と、とにかく!! 別に兄さんとそういうのを望んでるんじゃなくて、普通に同じ布団で、純粋に! 就寝する方がまし、と言う意味よ!!」

「わ、分かってますからとりあえず落ち着いてください!」

 

 そう言われ、やまとは早くなる胸の鼓動を落ち着かせるために数回に分けて深呼吸し、ゆたかも大きく息を吐いて切り替えようとする。何とか持ち直してどうしようかと考え、取りあえず探索を続行する事を決定し、ひとまず残っている部屋を調べる事にした。

 

 だが、その間に、やまとは同じ布団で寝る自分とスザクの姿を何回も再生してしまい、その度に顔が厚くなるのを感じると言う生き地獄を経験した。一体なぜこんな事を考えてしまうのか。少女がそれを明確に理解するには、いましがた時間が必要だった。

 

 

 

 

 管制塔に到着し、中に入ってみると、まず二人を出迎えたのは大量の埃っぽい空気である。それと、随分と久しぶりに見る気がする太陽の光だった。ここだけガラスの封鎖がされておらず、曇りや傷だらけで外の景色はかなり見えにくくなってはいるが、光を取り入れるには十分だった。

 

「ここは明るいままね」

「はい。ただ埃っぽいのが少し……けほっ」

 

 口を手で覆いながら、ゆたかはデスクの上に置かれた紙を見てみる。やはり読めない物が多いが、ほんの少しだけだがベルカ語の文字を確認する事が出来た。

 

「何て書いてるのかしら?」

「少しだけのベルカ語なら分かりますけど……たぶんこれは人員輸送についてだと思います。終戦時の負傷兵、遺体がメインの様です」

「……やっぱりここはあまり寝るにはよくなさそうね」

「ですね……ここは皆で身を寄せ合って休んだ方がいいと思います」

「でも、吹雪に巻き込まれたらさすがにひとたまりもないから、一応集団で寝れる場所を探した方がいいかも」

「同感です。でもそれならあそこに見える戦闘機向けの格納庫の方がいいかもしれませんね」

 

 やまとはゆたかの視線の先を追いかけて、四つほど並んでいる戦闘機用の格納庫を見つめる。ちょうどスザクが手前から二つ目の格納庫から出て来た辺りだった。

 

「ちょっと降りましょう。兄さんの方も気になるし」

「そうですね。それにここはやっぱり怖いです」

 

 まったくだ。やまとはそう思いながらゆたかと共に来た道を戻り、管制塔から出る。帰りも帰りでホラーものだったが、来た道を戻るだけなら幾分気分としては救いようがあった。

 

 外に出て、冷たい空気を吸い込んでからようやく解放されたのだと盛大に安心した。こちらに気がついて近づくスザクの姿がこんなにもありがたい物とは思わなかった。

 

「よう、そっちはどうだった?」

「スザクさん…………怖かったです」

「はい?」

「ええ……心臓に悪かったわ」

 

 お前らは一体何を見て来たんだと思いつつも、お疲れとねぎらいの言葉をかけ、二人の安心しきった表情を見てさぞかし嫌な物を見たのだと察する事が出来た。

 

「どうした、何かあったか?」

「真っ暗で……いやこの年になって怖がるのもあれなんですけど、お化けが出そうな感じで……」

 

 お化けかい。スザクは突っ込みそうになったが、ゆたかの言葉に合わせてコクコクと頷くやまとを見、二人して真っ暗な部屋を探索する様子を想像してなんとなく微笑ましくなった。

 

「そっちは何か見つけたか?」

「え……あ、はい。まだ全部ではないんですが、建物内にはブリーフィングルームとシャワールーム、食堂らしきものを確認しました。いずれもかなり年季が入っていて、使える物はありませんが雨風凌ぐにはいいと思います」

「そうか。こっちはあの一番大きな格納庫の扉は開きそうになかったが、二つの戦闘機格納庫はどうにか扉が開いた。EA-6Bなら翼をたたんで入る事が出来るだろう。あと、機体を隠すためのシートも見つかった。中に入れないならこれを使うのが一番になりそうだ」

「じゃあ、残り二つの探索もお手伝いします。ちょっと管制塔内部は不気味で……」

「まあ仕方ない。たぶんここは負傷兵や遺体の保管基地だっただろうからな」

「やっぱりですか……」

「爆撃機用の格納庫に、大量の毛布と包帯、それでもって血痕らしき物も見つけた。正直室内で寝るには気が引けるな」

「はい……だから、あそこの格納庫で固まって暖を取った方がいいと思います。今は非常事態ですから男女がどうこう言ってもられないと思いますし……」

「そうだな」

 

 とはいう物の、スザクはさすがに男女の仕切りはあった方がいいのではないかと思ったが、こういう場合むしろ女だけにしておく方が危険かもしれないと思い直し、残りのハンガーの調査へと向かう。今のところ明確な遺体等は見つけてないが、ここで息を引き取った兵士だって居るに違いない。出そうだ、と言われても納得いく。

 

「よし、ならゆたか、すまないがちょっと準備したい事がある。EA-6Bに積めるだけ積むように言っておいたあれは持ってきたか?」

「え、ああ、固形燃料ですか? はい、持てるだけ持ってきましたよ」

「よし、それを取りあえず機体からだしてくれ。地面に置くだけでいい。終わったら機内で情報を収集してくれるか? 怖いならついて来てもいいが」

「もう、私はもう子供じゃありません! あと半月で成人、ウスティオ基準なら成人過ぎてますよ!!」

「ははは、なら大丈夫そうだな。やまとは着いて来てくれ、人手は少なからず必要だからな」

「分かったわ」

 

 ゆたかに後を任せ、やまとを促して歩き出す。今度は一体何があるのだろうかと予想してみる。ちなみにスザクはさっきの格納庫の二つで修理されることなく置き去りにされたレシプロ戦闘機を見つけた。機種までは分からないが、多分終盤に作られた機体だと思われる。サイファーなら多分何の機種かは分かっただろう。

 

 三つ目の格納庫に到着し、扉に手をかけて引いてみる。前二つは一人で開ける事が出来たが、こちらは少々錆ついて動きにくい。やまとが手を貸して渾身の力で押し、ようやく人一人が入れるくらいの大きさまで開ける事に成功した。

 

 ここにも戦闘機が保管されていた。ただ、それはさっきスザクが見たレシプロ機ではなく、ジェット戦闘機だった。

 

「こいつは……」

「これって……Me262じゃないの。世界初の実用ジェット戦闘機」

 

 やまとが歩み寄り、佇む機体の手を置いてみる。とても冷たく、まるで死んでいるかのような手触りだった。スザクがライトを照らして機体全景を確認するが、完全な状態だった。中身までは知らないが、外見だけで言えば新品のまま放置された、と言ったところである。

 

「もしかしてこれ、世界大戦終盤に開発された実戦導入型三号機じゃないかしら」

「どういうことだ?」

「かつて、世界大戦が起こった時に、レシプロ戦闘機を凌駕する存在としてジェット機の開発が各国で行われた。それで真っ先に導入に成功したのがベルカのMe262。試作型が飛行に成功し、それをもとにすぐさま実戦導入型が生産された。けど、そのうちの一機、三号機が途中行方不明になってたのよ。こんな所に居たのね……」

 

 ノーズギア収納部を覗きこみ、やまとは自分のライトを取り出して照らし出す。劣化はあるが、状態は非常に良い。レストアしたら飛べるかもしれないレベルだった。

 

「でも、それだったら何かしら報告があって回収される物じゃないのか?」

「それが、そうでもないらしいのよ。終戦時の際は素早く撤収する物だから、壊れた兵器とかは放置されることが多いって父さんが言ってたわ。ただ、それでも最新鋭機を放置しておくのはどうかと思うけど……」

 

 スザクは主翼によじ登り、コックピットを覗きこむ。キャノピーはどうやら開くようだ。試しに命いっぱい力を込めて持ち上げると、わずかにスライドし、それを合図にしたかのようにキャノピーがすべて開け放たれた。

 

「状態がいいな……計器類もまだ行けそうじゃないか?」

「半世紀前とは思えないわね……」

 

 やまとがエンジン部分を照らしだし、そしてその光がそのまま格納庫の向こう側の壁を照らし出したのを見て気がついた。

 

「この機体、右側のエンジンが無いわ」

 

 となると、どこかにエンジン本体が置かれているのでは? 格納庫内を照らし出し、そして片隅にシートで覆われた何かが置かれているのを発見し、小走りで近づいてシートをめくって中を確認すると、やはりMe262のエンジン本体が佇んでいた。

 

 やまとは半分ほどめくって、中身を見てみる。外見から見る限り、大きな損傷はない。ならなぜ外されて放置されているのか? 軽くエンジンを調べ、そしてMe262のエンジンの特性を思い出して納得が言った。

 

「そうか……この機体、エンジンが寿命で不時着したんだわ」

「寿命だって? こいつは当時の最新鋭機なんだろ?」

「最新鋭機でも、全てが最高性能ってわけじゃないのよ。特に初のジェット戦闘機なら尚更。Me262のエンジンの耐久時間は、頑張って70、戦闘を行う際の平均寿命はざっと30時間なのよ。戦闘で壊れるより、寿命で壊れる事が多かったくらい。それを考えると、この機体は激しい戦闘でエンジンが片方停止し、近場にあったこの基地不時着。どうにか修理しようとしたけど、寿命になったエンジンを直すなんて出来ない。だから、やむなくこの基地に置き去りにした」

 

 スザクは機体の全景を見る。この機体が、今自分たちの乗っている機体の祖先に当たる機体。その姿は無骨でゴテゴテして、誰が見ても古臭い、といった印象を受けてしまう機体だと思う。が、それ以上に何か威厳の様な物を感じた。時代の先駆けとなった老兵はここで眠り続け、そして起こされることは無かったのだ。その眠りを、自分たちは妨げてしまったのではないか。そう思うと、少しだけ申し訳ないような気分になり、しかしこのまま眠り続けていいのかとも問いたくなった。

 

「俺たちは、こいつを起こしてよかったのか?」

 

 ふと、そんな事を呟いていた。いつもなら頭の中でとどめておく程度なのだが、なぜか今回は口に出してしまった。ただ、やまとは別に何とも思わず、普通にそれに答えた。

 

「飛行機は飛ぶために作られたのよ。飛べない飛行機ほど悲しい物は無い。父さんも、主任も同じような事を言っていたわ」

 

 飛ぶために作られたのに、大して飛ぶ事も出来ずに地面に佇んで眠る。やまとはスクラップヤードに並べられた飛行機たちを思い出し、しかしこいつは仲間と眠ることはできずにただ一人、孤独に眠っている。やまととしてはこのまま放っておけないのが心情だった。

 

「……取りあえず、一旦出よう。確かに貴重なものだろうが、今はそんな事も言ってられないからな」

「そうね……そうだったわ。ごめんなさい」

「いや、技術者なら気になる物だろ。こんな状況だ、忘れたい事もある」

「……ありがとう、兄さん」

 

 思わぬ発見があったが、そろそろ事態の対策をしなけれと、取りあえず格納庫を出て、一度ゆたかのところに戻る。見ればちょうどEA-6Bに積んでいた固形燃料を出し終わったところだった。

 

「お疲れ。全部で何個ある?」

「固形燃料は取りあえず24個まであります。燃焼時間は約一時間です」

「よし、それだけあれば十分だな。取りあえず日の入り直前まで待とう。その間に機体をシートで覆って隠すんだ。すまんが人でも足りないから手伝ってくれ」

「はい、大丈夫です」

 

 それから約数時間かけ、戦闘機三機を覆い隠すためのシートを五人で運び、どうにか目立たなくさせる事に成功した。正面から見ればだだ漏れなのだが、上空の戦闘機から見れば認識するには難しいだろう。作業を終えた頃には日が傾き始め、空が茜色に染まり、それを見てスザクは頃合いだと呟いた。

 

「じゃ、燃料を置くからゆたか、やまとは一緒に置いた燃料に着火してくれ」

 

 スザクが一定間隔で固形燃料を地面に設置し、ゆたかとやまとは置いた燃料に対してしっかりと点火させる。それにしても、結構規模が大きい。スザクは最大で数十メートル間隔で燃料を設置し、それは全長で言えば百メートルを軽く超えていた。

 

「何でしょうかね、これ」

「さぁ……大きさとしては結構なものだけど、何かの目印かしら?」

 

 二人は、スザクが何をしようとしているのかはまだ分からなかった。が、全ての燃料に点火し、スタート地点に戻ってようやく二人は一体これが何なのかをようやく理解した。

 

「兄さん、これって……!」

「ああ、そうだ。物好きな野郎どもをおびき寄せるための罠、とでも言っておこうか」

 

 スタート地点に描かれた二つの文字。アルファベットのVそしてL。その文字の先に点々と一直線に伸びるライン。まるで滑走路のセンターライン。いや、滑走路その物である。

 

「さぁ戻ってこい野郎共、ヴァレーはここにあるぞ!!」

 

 

 

 

 そんなばかな。自分が目を再び開き、視界を認識してにとりは驚きを隠せなかった。が、体はその驚愕する自分を表現する力も残されておらず、表面上は無表情にな少女が、天井を見上げているだけの絵柄だった。

 

「気がついたか?」

 

 声がして、その方に顔を動かそうとするも、やはり体が動かない。声の主が確認できないと言うのは以外にも恐ろしく、不安を掻き立てられた。

 

 だが、にとりが体を動かさずとも、声の主は自分からその姿を見せた。その姿を見て、にとりは今まで生きて来た中で、最も飛び跳ねて喜びたくなり、その嬉しさのあまり気付かぬ内に涙を流していた。

 

「サイ……ファー……」

「喋るな。まだ手当の最中だ。荒っぽいが勘弁してくれ」

 

 少しきつめに包帯を巻き、続けて添え木を当ててテープを取り出す。添え木の方はあまりきつくならないように配慮しながらテープを巻いて固定。右腕、右肩の応急処置が終わり、サイファーは一息吐く。気づけば既に他の場所の手当ても終わっていることを察する。流血の感覚が無くなってたし、サイファーがこの安心した表情をするということはそういうことなのだろう。

 

「取りあえず、一番ひどいわき腹と次に太もも、最後に右腕だ。あとは擦り傷とかの治療だが、こっちは消毒液当てて絆創膏で勘弁な」

「……奴は…………?」

「奴? ああ、あれか。あそこでくたばってる」

 

 サイファーがちらりと目線を向け、にとりはどうにかして首を動かしてその方向を見ると、赤黒い液体の上に横たわる男の姿がうっすらと確認できた。

 

「脳天一撃。即死だ。取りあえず間に合ってよかった」

 

 額の傷口にアルコールを塗り、適当な絆創膏を選んでそれを張り付けると、サイファーはパイロットスーツの襟に手を入れて、にとりが渡した鍵を手にとった。

 

「どうやら、この鍵は送り物じゃなくて俺の人生を大きく左右する物になっちまったみたいだな。ま、おかげでここに入る事が出来たからよしとするさ」

 

 にとりが渡したこの鍵はただの鍵ではない。簡単に言えばにとり以外の人間がこの格納庫に入るための唯一の裏コードである。この格納庫はにとりやごく一部の人間の指紋、声帯、盲目の認識とパスワードで解放され、関係のない人間が入ろうとするのならば、指紋の時点で弾き飛ばされてしまう。

 だが、にとりは昨夜の深夜に、指紋認証の部分にだけ、サイファーの情報を登録していた。もしサイファーが指紋認証をした場合、隠されていた鍵穴が出現し、そこへにとりの渡した鍵を差し込めば開場されると言う、唯一の裏ワザを用意していたのだ。

 

「これを俺に渡すってことは、助けてほしかったんだろ。だったら意地張らずに素直に言えって話なんだけどな。おかげで色々苦労したぜ」

「は、ははは……そりゃすまない……うっ!!」

「よせ、ようやく血が止まりかけてるんだ。下手に喋ると傷口開くぞ」

「まったく……無様だね、私……」

「だから喋るなって言ってるだろうが」

 

 もう一か所アルコールを塗って、絆創膏を貼るの手順を繰り返して、サイファーは取りあえず終わりと軽くにとりの額をぺしぺしと叩く。にとりは心地よさそうな顔になって、小さくありがとうと言う。

 

「で、だ。この状況どうやって打破するかな。正直ここに入ってから先の事考えてないわ。たぶん周り大量の兵士に囲まれてると思うが」

「そこの、戸棚の中に……外部カメラの端末が……あるから」

「あいよ」

 

 目を上げれば、意外と近くににとりの言う戸棚を発見し、適当に開いて中を見れば、タブレット型の端末が出てきてそれを起動させる。起動後、数秒で外の様子を映し出した画面が表示されて、サイファーは思わず「うわぁ」と漏らした。

 

「お先真っ暗。完全に囲まれてるわ。しかも一部カメラが壊されてるみたいだ。残ってるのは角度からして向かい側の山にあるだろう超望遠レンズと、どこかの隠しカメラと言ったところだな」

 

 サイファーは取りあえず手持ちの銃の残弾を確認する。ライフルが17発、マシンピストルがマガジン二つ分、ハンドガンマガジン一個分。モニターに映ってる敵兵の数は、多分二十前後。無理だ。完全に無理だ。誰が見ても分かる。サイファーは端末をいじって、格納庫内に秘密兵器的な何かが無いのかと探すが、にとりが左手を持ち上げて呼んでいるのが見えて、寄ってみる。

 

「手は……あるさ……」

 

 にとりの指が端末の隅にあったスイッチを押しこみ、その直後に格納庫の照明が点灯し、ある物を照らし出す。まぶしさで一瞬何があるのか分からなかったが、シルエットは確認できた。だが、見慣れないシルエット。サイファーはその正体を認識するのに少し時間が掛ったが、目が慣れてきて「それ」を認識した時、サイファーは飛竜を見た。

 

 

 

 

 格納庫を取り囲んだウスティオ強襲部隊は、解錠しようとハッキングチームを送り込んで入るが、ありとあらゆるアクセスを受け付けないにとりの防御プログラムに手も足も出せない状況だった。

 

 この格納庫の解錠コードを知る人物は、にとり以外全員が傭兵部隊に混じって脱出しており、マッケンジー指令もにとり立会いの下で出入りをしていたため、今ここにこの格納庫を開ける事の出来る人物は事実上いないはずだった。

 

「ええい、まだ開かないのか」

「はい……まったくこちらのコードを受け付けません。スパイの傭兵一名と、首謀者の一人である河城にとりが内側から手引きしているかと。ウィルスを流し込んでの誤作動も狙ってはいますが、恐らく下手に動かせばアクセスすらもできません」

「全く厄介だ。さすがに軍の内部に入り込んでいる以上、備えは厳重だったということか」

「爆破してはいかがでしょうか? ここまで無理ならやはりそれしか……」

「上からは『あれ』を無傷で回収しろとの命令だ。そんな手荒な真似はできな――――」

 

 言葉を最後まで言い切る直前だった。突如爆発音が響き、衝撃の方を見てみれば、南側にある戦闘機格納庫から煙が上がり、閉じられていたシャッターが吹き飛ばされたのが目に入った。

 そして爆発音の反響が消え、その次にエンジン音。格納庫の中から一機のサイファーのトレードマークである青い翼のF-22が誘導路へと飛び出し、地上走行にしては早い速度で転回し、滑走路へと向かっていた。

 

「ええい、まさか隠し通路でもあったのか!? 撃て、奴らを殺せ!」

「し、しかし生け捕りにした方が解錠できるのでは!?」

「逃げられてしまっても同じ事だ、構わん撃て、追いかけろ!」

 

 格納庫を囲んでいた兵士たち半分がジープやトラックに乗り込み、全速力で追いかける。荷台に乗る兵士たちが一心不乱に銃を乱射するも、早々当たらず、当たったとしても戦闘機にマシンガンを撃ってもただの豆鉄砲にしかならず、せいぜい対戦車ライフルでやっと、と言ったところだった。

 

 が、ジープに乗る兵士が搭載してあったRPGを取り出し、身を乗り出して照準を合わせる。F-22が滑走路に入るのを諦めたのか、アフターバーナーを点火して一気に加速する。ジープがラプターの真後ろに滑り込んだ直後、RPGが発射される。

 

 F-22が機首を持ち上げる。RPGが迫る。当たるか当らないかは微妙な場所だった。しかし、サイファーのF-22が一歩早く離陸に成功し、直線を飛ぶだけのRPGはそのまま追い越し、山の斜面に激突して爆発。ラプターが右旋回し、車輪を引っ込める。

 

 だが、ヴァレー敷地内を出る手前。一発のミサイルが追尾していた。管制塔に隠れていた一人が、スティンガーミサイルのロックオンに成功し、車輪を格納したタイミングで発射したのだ。

 

 離陸したばかりの機体で急旋回すれば速度が落ちて失速する。急降下して速度を稼ぐか、直線で速度を稼ぐか。高度はまだ低い、効果は論外だ。

 

 真っ直ぐ飛ぶしかないF-22は、もはやただの的だった。回避する事も速度を稼ぐ事も出来ず、ヴァレーの滑走路から飛び出るその手前。ミサイルがエンジンノズルに直撃し、燃料に誘爆。刹那、サイファーのF-22は木っ端みじんにはじけ飛んだ。

 

 ヴァレー空軍基地の正規兵たちは、基地の一番隅の格納庫に集められてそれを見ていた。円卓の鬼神の再来。そう呼ばれた男の愛機が炎にまみれて木っ端みじんになり、残骸が滑走路に叩きつけられる。脱出は無い。誰もが助からないと思った。事実、生存者は居なかった。

 

「目標、撃墜しました」

「うむ、よくやった。致し方ない、この格納庫の周囲を調べて、一番隔壁が薄い場所を爆破するしかなくなった。一番やりたくないのだが、開けられなくては話にもならない」

 

 強襲部隊隊長が向き直り、格納庫の巨大な扉を見つめる。まったく開く気配の無いそれは、あらゆる人間の進入を拒んでいるようだった。

 

「爆薬を用意しろ。壁の薄いところを狙ってこじ開ける」

 

 数人の兵士が集まり、壁を叩いて薄い場所を探す。一人が扉に耳を当てて、ノックして確認する。と、向こうから壁を叩く以外の音が聞こえた。なんだ? 兵士は壁に耳を押しあてて正体を探ろうとするが、よく聞こえない。だが、確かに何か聞こえる。一定の間隔で、例えるならテレビの砂嵐の様な音がうっすらと聞こえた。

 壁の中を調べる機械を取り出し、明確な解析を始めようとする。だが、次に彼は体が厚いと感じた。気づけば用意していた機器が無くなっていた。と言うか、視界が赤い。体が空を舞っているような感覚だ。これは?

 

 結果として、扉の前に居た兵士は自分が爆発に巻き込まれたのだと認識すること無く息絶えた。格納庫の扉が吹き飛び、その場に残っていた兵士全員を吹き飛ばした。

 

 爆音が消えた。だが、もう一つの爆音がヴァレーを包む。爆破された格納庫の中から、ゆっくりと一機の戦闘機がその姿を露わにした。

 真横から見れば曲線的な機体。そのシルエットは美しさを感じる物。その翼は特異的な形状をしており、胴体から後退翼で始まり、後半は前進翼へと形状を変えている、V字型の全く新しい形だった。

 

 カナード翼が上下に動く。それに合わせて尾翼も同じように動く。それらすべての翼は、青く染められ、尾翼にははっきりと「009」の文字、尾翼には氷の妖精が描かれたその機体は、機首を北側に向けると、未だに状況が理解できていない生き残りの兵士たちの当たらない銃弾を尻目に誘導路を滑走し、離陸する。そこへもう一発のスティンガーミサイルが接近する。が、それを左急旋回で回避し、全く相手にしなかった。なお且つ失速の気配を見せない抜群の安定感。そのままエンジン出力を最大にし、ヴァレーにその飛竜の叫びの様なエンジン音を残し、高空へと消えていった。

 

 

 

 

 周囲はあっという間に暗闇に包まれてしまい、燃え盛る固形燃料以外は何も見えない状態で、ある意味最も敵に見つからない安全な状況でもある。が、この燃える固形燃料が敵の目に入れば、一発でアウトである。だが、ここを目指してやってくる仲間だっているはずなのだ。見捨てるなんて論外だった。

 

 結論から言えば、四機の機体がここまで辿り着く事が出来た。道中やられた機体はかなりいるようで、聞いた話では銀色のPAK_FAが追撃に来た、と言うことらしい。スザクは軽く舌打ちをした。キニゴス、いけ好かない野郎だ、と呟いて息を吐いた。ただ、幸いなのは奴の機体はベルカ国籍のため、迂闊に国境を超える事が出来ない点だ。にとりのメモでは一旦北東に向けて飛び、レクタ領、ゲベート領空へと侵入。そこで迎えが来て、後の手筈はその迎えがやってくれるそうだ。その先についても少し明記され、一旦大陸北の海まで出るそうだ。まさか空母とか用意しているとかそんな落ちじゃないよな、と思いながらも、流石に個人で空母を所有なんて出来る訳無いのだから、何かしら秘密基地があると言ったところだろうか。

 

 日が落ちて一時間近くが経過した。固形燃料の火は弱々しくなり、始めの方に点火した文字の方は消えかかっていた。持って後十五分と言ったところだろうか。

 

「兄さん、そろそろ火が消えるわ」

「ああ……あと十五分がいいところだ」

「…………良いかどうか分からない知らせと悪い知らせがあるわ。どっちが聞きたい?」

「悪い方からだ」

「…………ヴァレーの無線を傍受したんだけど、かなりの混乱状態みたいで不確定なものだけど、青色のF-22を撃墜したって」

 

 暗闇に立つスザクの背中は動かない。ただ、何もアクションが無いわけでもないとやまとは思う。だが、それを知るすべはなく、せいぜい眉毛が動いたのかそれとも表情が変わっているのか、と想像するしかなかった。

 

 だが、スザクの次の声色は全く変わらないいつもの物でもう一度やまとに聞いた。

 

「よく分からない方は?」

「えっと……なにか、格納庫で爆発が起きて、聞き間違いじゃなかったらだけど、『飛竜が逃げたって』言ってたわ」

「…………」

 

 言ったやまと本人は、正直自分は何を言っているんだと思いたくなった。が、傍受していたゆたか本人がそう言い、録音した物をやまとが聞いてもそう言っているようにしか聞こえなかったのだからそう言うしかなかった。

 

 さて、スザクは一体どんな反応をするのかと思ったが、やまとはスザクが鼻で笑うのを聞き、思っている以上に違う反応をしているのだと察した。

 

「そうか。なら大丈夫だ」

「大丈夫って……兄さんは不安じゃないの?」

「正直不安だが、大丈夫って気の方が大きいな」

 

 パチッ、と燃えていた燃料の一つが消えた。時計を確認すると、残り十分を切っていた。一つ、また一つと火が消えていく。これまでだろうか。

 

 だが、やまとが落胆の表情になった時、静寂に包まれていた暗闇の奥から、甲高い音が響き、やまとはそれが戦闘機のエンジン音だとすぐに分かった。

 エンジン音に間違いないのだが、どうも聞いた事の無い音だった。XFA-27もまた他の機体と違った荒々しい感じの音なのだが、この音は違う。何と言うか、XFA-27に比べて柔らかいというか、何かの鳴き声に聞こえた。例えるなら、竜?

 

 そこでやまとははっとし、スザクに関しては唇を釣り上げた。滑走路進路上、上空に点滅する光。航空機の衝突防止灯である。音が近づき、それが近付くにつれてより鮮明な光が現れる。車輪を降ろしたのだ。

 

「ったく、遅いんだよ」

 

 

 

 

 コックピットの目の前。かろうじて認識できるヴァレーの2レターコード、そしてセンターライン。サイファーはそれがにとりの指定していたポイントだと認識し、着陸を急ぎたかった。

 別に敵に追われている訳でも、機体トラブルがあった訳ではない。だが、サイファーは一刻も早く着陸したかった。

 

 理由は、後席にあった。

 

「にとり、おいにとり!」

 

 ぽたっ、ぽたっ、と水滴が流れる。キャノピーのミラーをに映る後席の搭乗員の頭は俯き、全く力が入っていない。暗くてよく見えないが、腹部のフライトスーツの色が明らかにおかしかった。何度呼びかけても返事が無い。サイファーは一言でいいから何かにとりの声が聞きたかった。

 

「ヴァレーだぞ、ヴァレーに着いたぞ! おい聞いてるのかよ、にとり!!」

 

 後席、モニタリングシートには、その傷口からは血を流し、顔色は真っ青で、心臓とまりかけた河城にとりが、そこにもたれ掛かっていた。

 


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