ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission10 -濡れ衣を纏った犬-

 

 

 

 サイファーの自室は、対して暖房をつけてないというのに、やたらと暑苦しく、暖房はそこまで強くしなくてもよいほどだった。むしろ暑い。それもそうだろう、一人部屋にサイファー含め四人の男女が集まり、険しい顔で話し合いをしていたら嫌でもそうなる。内容は当然、こなたの事に関してだ。

 

「で、気づいたら自分の部屋にいたと」

 

 まとめ役であるスザクがゆたかの話を簡潔にまとめて状況を整理する。まず、この辺境の基地で働くこなたの行動が怪しい事に気が付いて、独断で調査を開始。15年前の古いネット回線が怪しいと思ってセンサーを設置し、電波を受信してパターンを掴み、証拠を掴んだ。

 そして、その賞を個使ってこなたを問いただして、尻尾を掴んだ。だがこなたはただの猫ではなく、猫又だった。もう一つの尻尾を掴もうとして、証拠であるノートパソコンを覗き、フォルダを開こうとした瞬間、恐らく睡眠ガスか何かを浴びて眠り、自室に運ばれて気が付けばこなたはすでにいなくなっていた、と言うことである。

 

「こなたが裏で何かをやっていたとはな……何をやっていたかは知らないが、居なくなった以上俺たちに知られる訳にはいかないことだったんだろう」

「ですよね……」

 

 ヴァレーではこの事態がちょっとした騒ぎになっていた。誰も閉店したなんて知る由もなく、知った者は皆驚きの声を上げていた。基地司令に聞いたところ、昨晩に親族の危篤で店をたたむと言い、土地代を支払った後にヴァレーの輸送定期便に乗らずにそのまま出て行ったそうだ。ここから車で市街地まで相当時間がかかる。しかもこの時期だと恐らく道路はまともな除雪をされていないだろうから、かなり危険でもあった。だが、こなたは省みらずに行ってしまった。と言うか、どうやって出て行ったのかも謎のままである。

 

 あれかこれかと話し合う三人を見ながら、しかしサイファーはこの詳細を知ってそうな人物に心当たりはあった。聞きに行くこともできるが、だがしかしこのことは穏便に済ませるべきではとも考えている。たぶん、にとりと一対一で話さなければならない機会が来るだろう。

 しかしタイミングが厳しい。早過ぎても口を開かないだろうし、遅すぎたら何かが起こるかもしれない。まったく難しいものだとサイファーは背もたれに体重をかけた。

 

「サイファーはどう思ってるんだ? こなたがどうやって消えたか心当たりとか」

「ん、俺か?」

 

 サイファーはヴァレーの交通手段を考える。夏場なら道路が使えて、数時間も走れば一番近い街に出る事が出来る。だが、冬場になると雪が道路を埋め尽くして除雪が全く追いつかなくなってしまうほどになる。よって冬場は閉鎖され、輸送手段は空路のみとなる。だがその空路でさえも天候によってはそれさえも遮断される。

 

「まぁ今朝の定期便は動いていたしな。でもこなたを見た奴はいない、となるとやはり何かしら移動手段があったんだろ。バギーとかでも使って」

 

 サイファーはこの話題をあまり好んでなかった。どうも何も知らない奴らが首を突っ込むと嫌な予感しかしない。そういう世界を少なからず自分の親を経由して見て来たのだから。

 

「結局俺たちは色々推理はしているが、何も分かってない。確証ですらも持ってないんだから、何もできないさ」

 

 サイファーは体重の勢いを使って立ち上がると、背伸びをして歩き出す。

 

「どこ行くんだよ?」

「ちょっと機体を見てくるわ。整備状況が気になる」

 

 フライトジャケットを手に取り、それを羽織ると相変わらず冷える廊下へと歩き出す。こなたの事も気になるが、サイファーはやはり自分の愛機の事が気になっていた。お先真っ暗、例えるならドナーが見つからない臓器提供待機者である。

 

 宿舎を抜けて、いつもの格納庫へと辿り着くと、スザクのXFA-27の隣に、右エンジンが取り外されたF-22が、まるで死んだかのように佇んでいた。被弾個所の外装は剥がされて、右片方のエンジンは完全に中身が空っぽとなっていた。

 

「よう、来てたんだ」

 

 毎度のことながら、こいつはどこからともなく現れて後ろから声をかけてくる。こいつは超能力者かとサイファーは思いながらも、もう慣れたと後ろを振り返った。

 

 いつものように、髪の毛を二つに結び、工具ベルトを巻きつけてチェックボードを片手に持つ河城にとりが、少しばかり気の毒そうな表情でサイファーを見ていた。

 

「ああ。気になって仕方がないもんでな」

「君の機体への思い入れは強いしね。それは機体を見るだけで十分わかるよ。機体に負荷をかけないようにするための離陸、無駄のない旋回、負担を極限まで軽くしたタッチダウン、それだけで分かるさ」

 

 それを見極めるお前の眼もすごいだろとサイファーは言って、にとりは整備士なら当り前さと答えた。時々、整備士というものはパイロットよりも分からないことが多いなとサイファーは思い、というかにとりその物が良く分からない奴だと思いだした。

 

「取りあえず、エンジン片方の取り外しは終わったよ。あとは皮だけでいいなら合板貼りつけるだけでかろうじて飛べるかな。片肺とはいえ、スーパークルーズ機能を持ったこいつなら離陸は出来るさ。ま、戦闘能力は皆無だけどね」

「言わずもがな、だな」

 

 クレーンで下ろされる、応急処置の合板を見つめながらサイファーは最近多いなと感じていたため息をまた吐いてしまった。

 

「……ごめんよ、私でもこればかりはどうにもならない」

「気にするな。食材なしで料理を作れって言われても何もできないのと同じだ」

「そう言ってもらうと助かるよ」

 

 にとりは応急処置をしている整備士に慎重な作業をするように言うと、遅めの朝食を取ろうと口にした。そう言えばサイファーもスザク達が押し掛けて来た時のノックで目が覚めて付き合わされていたから朝食はまだである。せっかくだ、一緒に食うかと言ってにとりも二つ返事で了承した。

 

 食堂まで二人はほぼ無言だった。サイファーは色々と頭がいっぱいで、にとりもサイファーの機体の事と、スザクのXFA-27の調整の展開、そして私情の事で頭がいっぱいで頭痛が続いていたくらいである。食堂に入り、プレートを受け取り朝食を入れてもらって、机に座ったところでサイファーが口を開いた。

 

「にとり、そろそろ教えてくれないか?」

「……何をだい?」

「お前のことだ。俺はお前の事をよく知らないんだよな。誕生日とか出身地とか。だから教えてくれないか?」

 

 実際他にも聞きたいことはある。だが、いきなり答えを求めてもどうにもならない。だからもう少し身近なところから攻めてみようかと考えて。実際にとりの事もよく知らなかったから同じことである。いい機会だと、サイファーは思った。

 

「それもそうだね。何が聞きたいかな?」

「そうだな、いきなりお前は何者なんだ、と聞いても無駄だろうからソフトに行こう。例えば何で整備士になろうと思ったんだ?」

「全く、そんなこと聞こうとしてたのか。そうだね、本当に気が付いたら物を分解しては組み立てるの連続だったね」

「昔からそんなんだったのか」

 

 お茶を口に入れ、少し喉を整えながらにとりは「まぁね」と続けた。

 

「自分でもよく分からなかったけど、物を解体して中身を理解するっていう作業がどうしようもなく楽しかったんだ。例えばテレビのリモコン。送信機の原理は小さい頃は分からないにしても、ここから出る電波は電池部分から延びるケーブル、ボタンの回路。そしてそれらの信号を受信して送信機へと流れ込む。この手順を考えるだけでわくわくして、年を重ねるごとにもっと大きな物の仕組みを理解しようとした。小学校夏休みの自由工作で魔改造超スペック自作PC作ってやったよ。教師たちの度肝を抜いてやって最高の気分だったね」

「お前らしいな」

「でしょ? それで、次第に身の回りにある物だけじゃ物足りなくなったんだ。そんな時だったんだよ。ある日、レストアした戦闘機を修理している人が居てさ。それを熱心に見続けてたんだ。ちょっと遠かったけど、それでも隙間から見える戦闘機の配線やパイプ、剥がされた装甲、シャフト、ボルト、一つ一つが輝いてみえて、あの部品すべてがあの戦闘機を飛ばすのに必要な物なんだと思うとわくわくしたんだ」

 

 そう話すにとりの顔は楽しそうだった。それはまるで自分が初めて見て、聞いて、学んだ物を話す子供の様だった。が、その目の奥に哀愁が漂っているのを、サイファーは見逃さなかった。

 

「そしたら、『近くで見てみるか?』って言われてね。そりゃもう飛び跳ねて喜んだよ。それで近くで見せてもらって、そんな私に感心したのか、その人が『これ分解するか?』って、スクラップ状態のF-4Dの計器パネルを渡してくれたんだ。もう目を血走らせて獣の様な勢いで分解して、それで元に戻したらその人びっくりしてさ。お前には才能があるかもしれないって言われて、時々そこに行くようになったんだ。で、ハイスクールに行くくらいの年齢になって、整備を任された。そしたらすこぶる調子がいいって誉められてさ。その人の薦めで高い技術力を持った場所へと配属されることになったんだ」

「高い技術力のある場所?」

「そう。それが当時の――」

 

 そう言いかけた時に、基地の呼び出しアナウンスのコールが鳴り響いて、それを聞きとるために一時的に基地内が静かになる。その後にマイクが入る音が少しのノイズと同時に現れて、基地中のスピーカーから声が響き渡った。

 

『河城にとりー、河城にとりー、至急指令室へと出頭せよと。繰り返す、河城にとり、至急指令室へと出頭せよ』

「ちぇ、呼び出しか。ごめんねサイファー、続きはまた今度ね」

「仕方ないさ。いってらっさい」

 

 まだだいぶ残ってあるプレートのおかずをにとりは適当に口に放り込んで、サイファーが残りを受け取った。

 にとりはサイファーに軽く感謝の会釈をして食堂から立ち去り、指令室へと歩き出す。嫌な予感がした。放送で呼び出された事なんて過去に一回しかない。放送を使う、ということは緊急を要するのだと言うことが想像できる。少し足早に指令室へと向かう。

 

 いくつか角を曲がって、階段を上り、ヴァレー宿舎の最上階にたどり着くと、奥にある一番大きな部屋に向かってにとりは歩みを進め、ドアの前に立って深呼吸すると、待ち構えているそのドアをノックした。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 指令室に入り、にとりは敬礼。ヴァレー空軍基地指令官、ノイマン・マッケンジーが楽になるように促し、にとりは手を降ろしてデスクの前まで歩み寄った。

 

「お呼びでしょうか」

「うむ。まぁ、勘のいい君の事だ。大方の察しはついて居るかもしれないが」

「どちらかと言えば予感ですね。で、私の当たってほしくない予感は当たったと」

「うむ」

 

 マッケンジー指令は、ベルカ戦争来から使われ続けてきた古びた椅子から立ち上がり、窓の外の方を向いて口を開いた。

 

「政府上層部に潜入している私の友人からの連絡だ。近々、ここにウスティオ軍の強襲部隊が送りこまれるそうだ。恐らく明日がいいところだろう」

「明日…………」

 

 にとりは、早すぎると言いそうになり、だがその言葉をぐっとこらえた。この一言を言ってしまうと、自分で自分の決意を揺るがしてしまうことになるからだ。だから、意地でも言わないようにした。

 

「恐らく、嗅ぎつけているだろう。君と私、そしてほか数名だけが知るこの作戦を。それも合法ではないのだから、簡単に私たちを処分することが出来る。恐らく、ヴァレーの兵士たちも、加担したとして処刑されるだろう」

「では…………例のプランをやるんですね」

「ああ。それしか部下は助からない」

「……すみません指令。もっと早くに間に合わせるべきでした」

「何を言うかね。当初は年内ですら間に合わない予定を、ここまで縮められることが出来たこと自体奇跡的なのだ。君はよくやってくれた」

「ですが、この件は私の独断で行ったようなものです。指令はそれを半ば黙認し、それに加えて何の見返りもないのに協力をしていただいたというのに……」

 

 それは違うな、とマッケンジーは言いながらにとりの方に振り返った。

 

「私は感じていたのだよ。今でこそ鍛えられたが、ほんの一か月前までヴァレーは随分と情けなくなっていた。もちろん何とかしようとした。が、年を取った私には、言葉で部下たちを突き動かす力は無くなっていた。まったく、老いとは恐ろしいものだ。15年前はもっと活気にあふれ、金、名声、夢や女に溺れていた若い人間が皆ギラギラしていた。傭兵たちが毎晩騒ぎを起こして、問題も時々起こしていてある意味退屈しない毎日だった。しかしそれでも彼らは敗戦寸前で士気が落ちていた兵士たちに良い刺激を与えた。正規軍の俺たちが情けなくてどうするんだと。そこからは目覚ましかった」

 

 デスクの上に置かれた一枚の写真を見つめ、その次に壁に掛けられている数枚ほどの写真を見る。青と赤の二機のF-15C、カラスのエンブレムのF-16C、洋上迷彩F-4Eなど、ヴァレーに大きな力を与えた戦闘機乗りたち。彼らがいなければ、ヴァレーはとうの昔に陥落していただろう。

 

「私は彼らに感謝している。彼らには色々教えられた。傭兵は汚い奴らと言う認識もあるだろう。だが、だからこそ知ることのできる事があるのだ。汚れを知らない物は汚れを受けた時に死ぬと言っても過言ではないだろう。それを思い知らされたよ。だから私は君の話を聞いた時、彼らの教えを生かす時が来たのだと感じたよ」

 

 その顔はどこか懐かしそうで、嬉しそうな顔だった。にとりは15年前の事までは知らない。だが、話はいくつも聞いた。マッケンジー指令も、15年前の当時を生きた一人の兵士だった。

 

「だから、君が気に病むことはない。私はやっと彼らに教えられたことを実践することが出来たのだ。むしろ喜ばしい事この上ない」

「……はい」

「さて、問題は傭兵たちの方だ。正規の兵は私を裏切り者にして突き出すなりしてもらえば罪を逃れられるだろう。だが傭兵たちは正規の兵ではない。私一人でこの作戦が出来るとは思わないだろう。よって真っ先に疑われるのは彼らだし、弁護もやりにくい。よって最後の手段は」

「逃亡、ですね」

 

 それしかあるまい、とマッケンジーはデスクの上の基地内線のスイッチを押して放送室へと繋いだ。

 

「私だ。基地に所属している全員を宿舎前に集めてくれ。整列はしなくていい、適当でだ。ああ、そうしてくれ」

 

 スイッチから指を離し、ふうと息を吐く。彼だって少なからず緊張しているのだろう。当前だ、これからの敵は一部ヴァレー政府上層部になるのだ。緊張しない方がおかしい。

 

「サイファー達はどうするかね?」

「今すぐ飛ばすことはできません。恐らく監視の目も入っているでしょう。なら一番逃げやすいのは強襲部隊が来る時。たぶん、知らないと思って舐めてるでしょう。監視の目は少なくなります。円卓まで飛べば迎撃機のレーダーは役に立ちません」

「ふむ。彼らには大きな負荷をかけてしまうな」

「けど、それしか活路を見出せません。問題は小早川伍長達です」

 

 にとりは無意識のうちに首の鍵を握りしめた。なぜゆたか達が危ないのか。それはやはり、にとりと深く関わってしまっている点である。正規兵でも、親密な関係になれば疑いの目は向けられる。よくて拘束されて聴取、最悪はその場で。

 

「やまとちゃんも危ないでしょう。彼女たちも逃がすべきです。ウスティオの一部上は真っ黒です。奴らの手に渡れば最悪……」

 

 キリ、と居たんだ自分の腹部を、にとりはそっと手を当てた。手が少しばかり震える。思い出したくない自分の体に刻まれた記憶が、ゆたか達の姿と重なってしまった。それだけは許さない。彼女たちは何としてでも助けなければならない。

 

「だが機材がな。さすがにE-2Cでは足が遅すぎるし、かといって戦闘機もせいぜい乗れるのはパイロットを除いて一人だ。彼女たちに操縦スキルがあるとは思えんが」

「その通りです。ですから、EA-6Bを用意しています。それで脱出させることが可能です」

「なるほど。飛ぶだけなら可能だし、小早川伍長ならジャミングも可能と言う訳か」

「それに艦載機ですから、間に合えば新天地の方に行くこともできます」

「今はそれが頼りだな。サイファー達が上手く動いてくれる事を願おう。かあれ、そして彼女たちは言わばジョーカー。奥の手は残しておきたいものだ。どれ、そろそろ時間だ。下に行こう」

「はい」

 

 にとりは一歩早く扉を開けてマッケンジーを外へと促し、彼が出てからにとりも部屋から出る。願わくば、この作戦が上手くいくことを祈る。そのためには、無茶は必須だ。だから、決めた。

 

 

 

 

 宿舎前に集まったヴァレーの兵士たちは、一体何が始まるんだとざわついていた。サイファー達も例外なくその中にいて、落ち着きを隠せないまままだかまだかと待ち構えていた。

 

 基地の全員が集まったことを確認し、マッケンジーは演説台の上へと立ち上がり、それを見た全員が直立の敬礼をし、スピーカーを持ったマッケンジーが直れの号令をかけた。

 

「諸君、忙しい中集まってもらって感謝する。今日君たちを集めたのは他でもない。私たちヴァレーの一部の人間たちのみ知る情報を、諸君に知らせる時が来たのだ」

 

 司令官レベルの機密が明かされる。要はそういうことなので、兵士たちは一体何が教えられるのかとまたざわつき始め、補佐官が静粛の声を上げてまた静まり返った。

 

「現在、オーシア、ユークトバニア間での戦争が起きているのは周知であろう。だが、この戦争は両国の代表が望んで行った物ではない。政府にもぐりこんだ、ベルカ残党とそれに加担する物たちの独裁のよって引き起こされた戦争だ」

 

 どよめきが上がった。機密レベルではない、一大スキャンダルだ。こんな物を知ったら殺されてしまうのではないかと言うほどの機密である。それをなぜ司令官は知っていて、なお且つ自分たちに教えてくれなかったのか。だが、その答えはすぐ知ることになる。

 

「もし、このことが諸君にばれたら、間違いなく上層部の黒の部分に所属する奴らによってヴァレーその物が消されるだろう。事実、ここ最近の襲撃は一部を除いてウスティオ政府が行った物でもある。よって、諸君らは半ば殺される運命でもある」

 

 どよめきが怒号とパニックの悲鳴寸前にまで跳ね上がった。俺たちは何もしていないのに殺されるのか、なぜそんなことを今まで黙っていたのか、なぜ今それを言うのかとブーイングの嵐がスピーカー以上の音量で山々に鳴り響く。マッケンジーはそれらの言葉すべてに耳を傾ける。

 

 それを見ながらサイファー達も、やはり動揺を隠せないでいた。

 

「どういうことだよおい……俺たちが今まで戦ってきたのはウスティオだったってことなのか?」

 

 スザクが顔をゆがめながら今まで戦ってきた戦闘機を思い出す。所属なんて識別できない。IFFだって応答もない。だが、ウスティオから出撃するにはウスティオの国籍マークがなくてはならない。しかも、一部のみが知るヴァレーの奇襲作戦は、他の部に知られる訳にもいかないため、あからさまに国籍マークを消すこともできない。ミサイルを使えば、一体何のために使ったのかを調べられる。だから変える必要はなかった。残骸が回収されないようにするために、自爆承知のの作戦をあの時遂行したのだ。

 

 そして、基地に突っ込み、あのMIG-31が抱えていた爆弾でヴァレーを地図から消すはずだった。

 

「けど……兄さんたちと言うイレギュラーがいたから今までてこずっていた……だからキニゴスを呼んだんだわ……!」

 

 やまとの脳内で、まるで点と線を結ぶがごとく考えが広がっていく。今までの謎がすべて解けた気がした。実際まだ結論に至ってない物がほとんどだ。だが、考えればすぐに答えが見つかる。あの頻繁に行われた視察、ヴァレーからの退去禁止。そしておそらく、こなたが居なくなった原因も絡んでいるに違いない。

 

「じゃあこなたお姉ちゃんがやっていた事って……ウスティオのベルカに加担する一派を掴むため!?」

「たぶんそれだけじゃない」

 

 サイファーがぼそりと口を開いた。サイファー自身も考えていた。恐らく、にとりも絡んでいる。スザクのXFA-27は、このために用意されていた機体なのだと。

 テストデータが欲しい、と言うのも恐らく本音だろう。だが、いつかスザクのベルクートが動けなくなった時の予備機として、ヴァレーに持ち込んでいたのだとサイファーは予測した。

 

「にとり、それにこなたはずっと前からこの事を察知していたんだ。だからお互い極秘にデータを集めて、対策を練っていた。俺たちに話せば巻き込むことになる。だから言わなかったんだ。俺がファーバンティに護衛に行った時、にとりは輸送機に新型の射撃兵器を積んでいた。恐らくそれもこのために作ったんだろう」

「御名答」

 

 後ろから声がして、全員が振り返った。案の定、にとりがそこに立っていた。ついに来てしまった、と憂鬱な顔を浮かべてそこに立っていた。あの時と同じだ。サイファーは、初めてにとりが漏らしたファーバンティ護衛の時の顔を思い出した。

 

「所々微妙に違うけど筋は通ってる。そう、私はベルカの企みを潰すために今までやってきた。言ったら君たちの意見に関係なくに巻き込むことになる。知らなければ万が一拘束されても何も知らないから何も言わない。けど、こうなった以上は言わざるを得ない」

「…………やっと、説明してくれるんだな」

「うん」

 

 それから、サイファーとにとりは何も言わなかった。兵士たちの怒号が響き渡り、耳が痛くなりそうなほどである。二人はじっと目を合わせ、互いの意思を確認する。その時だった。

 

「静まれぇええええ!!!」

 

 マッケンジーの肉声が、全ての怒号を蹴散らし、そして山に叩きつけられて跳ねかえったその山彦がまたヴァレーを包み込み、ようやくヴァレーに静寂が戻った。

 

「君たちを命の危険に晒したことを私は強く責任に感じている。このままでは全滅だってあり得るだろう。だが、打開策はある。この基地ほぼ全員の救済策だ」

 

 軽く咳払いをし、マッケンジーは息を整える。やれやれ、年寄りに肉声で叫ばせるなど酷もいいところだ。だが、それもいいだろう。そう思えるようになったのは老いのせいかと思いながら、続けた。

 

「それは、諸君らは私を反逆者として拘束し、強襲部隊に引き渡すことだ!」

 

 今度は違うどよめきが上がった。今までは批判の声だったが、今度はまた動揺に包まれ、兵士たちはこの数分間で起きている怒涛の衝撃的な展開について行ける自信を無くすほどだった。むしろこんな状況に着いていける奴の方が少ないと思う。着いて行けるのは常任ではない、超人レベルの奴である。

 が、今のサイファーはその超人レベルの思考をすることが出来きた。

 

「つまり、ベルカの動きを知った俺たちは今殺されかけて、しかし司令を差し出せば大半は助かる、と言うことか」

「そうだね。少なくとも正規兵は」

「…………その分だと、傭兵辺りは保証なしだな」

「むしろ、問答無用だろうね」

 

 サイファーはにとりの声が少し恐怖で震えていることに気が付いた。目線を降ろせば、左の指先がほんの少し震えて、右手は胸元の鍵を握っていた。

 

「詳細の作戦については、一時間後に各部署の代表者に概要を通達し、個々でのブリーフィングをしてもらう。異論がある者は一人一人に私自ら対応しよう。これで私の話を終る。解散後、ヴァレー所属の傭兵たち、及び女性士官たちは集合せよ。以上、解散!」

 

 その一言でマッケンジー指令は演説台から降り、残った兵士たちはどうしようかとざわつく。解散、と言われてもすぐには動けない。まだ頭の整理が追い付いていない者のほとんどである。が、いつまでも動かない訳にもいかないと、一人、また一人と自分の持ち場へと戻る。それを見て、サイファー達もマッケンジー指令の元へと歩き出した。

 

 その際、ゆたかとやまとはどうしようかとお互い顔を見合わせて、しかし次ににとりに一緒に来るように促されてなぜ自分たちも、と思いながらサイファー達の後ろに着いていく。その先に、マッケンジー指令が待っていて、全員はその場で敬礼した。

 

「集まってくれてありがとう。傭兵諸君、君たちの働きには感謝している。そして、私の独断の調査で君たちを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っている。もちろん、出来る事なら助けたい。だが、私を差し出したところで君たちの疑いが晴れる、とは思えないのが現状だ」

「どういうことですか?」

 

 スザクが理解できない、と真っ先に口を開けた。当然である、正直言ってこれは理不尽だ。正規ウスティオ兵は助かって、他国出身の俺たちが助からない、そんな話があってたまるかと。

 

「そこからは私が話す。簡単に言えば、君たち傭兵は簡単に裏切ることが出来るからだよ。確かにスザク達はそんなことしない。けど、それは長く付き合ってる私たちからの視点であって、知らない奴からしたらただの犯人。無条件で消すことだってできる。だから君たちがこの手段で助かる確率は低い」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

「決まってる。君たちはここから逃げるのさ。そのままどこか別の国に逃げ込んでもよし。この陰謀に首を突っ込むのもよし。他に宛てがあるなら君たちの好きなようにすればいい。どの道逃げることには変わりないから、その時の手引きは私がする。どうだい?」

「た、確かにそれしか手はないが……! ってちがう、そういう問題じゃない! 俺たちは今状況が呑みこめていないんだ!」

 

 スザクのその一言に、にとりはほんの少し目を見開いた。たぶん、ちょっと話を進めすぎたのだと気づいて少し冷静になろうと思ったのだろう。少なくともサイファーはそう思った。

 

「それもそうか。じゃ、復習がてらブリーフィングルームでまとめをやろうか」

 

 来るかい、と言うにとりに対し、スザクはいまだにこの状況について行ける気がしなかったが、何とか聞きたい事色々を押しこんでそうするべきだと判断した。一体何が起こって、自分たちがどういう状況にいて、今後どうするかを考えるためにはそれしかない、と。

 

「ま、それしかないだろ。何事も総集編って言うのは大事だしな」

「……ああ。と言うかサイファー、お前結構冷静なんだな」

「そうだな…………いつか何かある、って教えられていたからな」

「なに?」

「あとで話すさ」

 

 サイファー一歩先に歩き出したにとりに着いていき、おいてけぼりを食らっているスザクは一体何なんだと不満に思いながらも、自分より置いてけぼりを食らっているやまと、ゆたかに来るように促し、それを見た他の傭兵たちも歩き出した。

 

 

 

 

「さて、と。取りあえずどうしてこんな状況になったのか説明するよ」

 

 ブリーフィングルームに集められた十数名の傭兵と数名の正規兵は、薄暗い部屋の中で黙ってにとりの事を見つめる。その視線には多大なプレッシャーを感じるが、なに。こうなる事は分かっていたんだ。いずれ話さなければならない時が来る、というのは自分でも覚悟していた。今更何をためらうと言うのか。

 

「まず、このオーシア、ユークトバニア間の環太平洋戦争は、両国首相の完全なる意思ではない。両国政府の上層部に食い込んだベルカ残党、『灰色の男たち』とそれに加担する政府関係者の起こした必然的な物。しかも、その灰色の男たちに通ずるものは、ウスティオにまで入り込んでいる」

 

 明確な的組織の名前が挙がり、ひそひそと何者なんだと傭兵たちは耳打ちをするが、時間もないし話を進めたいため、にとりは咳払いをしてそれを止める。

 

「聞きたいことはあるだろうけどそれは最後にして。今は君たちの脱出作戦を計画するのが先決。先も言ったように、恐らく傭兵まで庇う事は出来ない。だから、各自の戦闘機での脱出をすることが前提。これを見て」

 

 スクリーンにヴァレー周辺の空域が描かれた地図が表示される。距離はざっと二百キロから五百キロ分と言ったところだろうか。そこに航空機を示すフィリップが表示されて、それはヴァレーの周りを回転するかのような配置で展開されていた。

 

「この中央部分がヴァレー。そしてこの赤いフィリップがウスティオ軍上層部に食い込む、灰色の男たちに加担する勢力の偵察機、電子戦機。今飛び立って逃げようとすれば、こいつらに引っかかるのは目に見えてる。けど、奴らはまだこちらが向こうの強襲作戦に気がついてはいないため、油断している。これは好都合だよ。奴らは明日の奇襲時、北側から進入してくる。その際、北側に配備されている電子戦機は下げられる。要は、穴があくと言う事」

「そこに俺たちが突っ込めばいいと言う訳か」

 

 その通り。にとりはサイファーを見ながら答えると、次にマップの大きさを切り替えて、円卓の範囲までの大きさに変わった。

 

「脱出後、円卓に向かう。円卓のどこに降りればいいかはあとで各自に通達する。今はまだ伏せておくよ。万が一ってこともあるから。ところでこの中にサピンに逃げたいって言う人はいる?」

 

 にとりの問いかけに、室内の三分の一程が手を上げる。サピン出身の兵もいるので当然とも言える。にとりは別に驚きはしなかった。

 

「よし、把握した。サピン側に逃げるメンバーにも、明日に脱出ルートを記したメモを渡す。デジタルじゃ何が起きるか分からないからね。で、ある意味今からが本題と言ったところかな」

 

 にとりは図面を切り替えて、今度はオーシア、ユークトバニアの大陸地図を表示し、その地図上にいくつかの×印が表示される。黄色く塗られた印は現在進行形で戦場になった場所、赤い印は現在進行形で戦場になっている場所である。

 

「現在、オーシアはユークトバニア首都シーニグラードとへと続く最後の砦、クルイーク要塞の一歩手前まで進軍している。近々攻略作戦が始まるのは時間の問題。ここを突破し、シーにグラードが陥落すれば恐らく灰色の男たちの計画は大成功になる。それを阻止するために、君たち傭兵の力が欲しい。もちろん命の保証は今まで以上に危うくなる。まともな死に方だってできないかもしれないし、墓も立てられない、保険も下りないかもしれない。けど、今私たちには優秀な戦力が必要なんだ。今すぐとは言わない。脱出するときに名乗りを上げてほしい。もちろん、その分の報酬は約束する」

 

 金額は、との声が上がる。にとりは少しだけ指をあごに宛てて考え、手取りの金額を言う。その金額だけで、恐らく向こう十年ほどは遊んで暮らせる額だった。しかも戦闘機の維持費を出してもまだ余るほどに。

 傭兵なら飛び付くであろう金額。だが、ここにいるメンバーはあまり乗り気な表情ではなかった。当然だろう。何もしてないのにいきなり知ったら殺されるであろう陰謀を教えられ、お前らは殺されるからさっさと逃げろと言われ、あわよくば協力してほしいと言われれば何言っているんだと言いたくなる。それに、その報酬の手取りだけで当分遊んでいける額を渡すと言われる。話が上手すぎると言うのも一つだった。

 

 そんな空気を、にとりは感じていた。身勝手なのは重々承知だ。だが、それを承知してこうして頼み込んでいるのだ。出来れば隠密に、時間をかけて準備、人員を集めたかった。しかし、もう間に合わない。向こうに察知されてしまった以上、下手に動けない。なら今ここで集めるしかないのだ。

 

 今この時点で手を上げる人物を期待する物ではないだろう。誰だって考える時間は欲しいものだ。にとりも鼻からそのつもりだ。

 案の定、手は上がらない。にとりはやっぱりかと鼻で息を吐いて、次にほんの少しだけ落胆した。

 

「では次に、質問を受け付けるよ。ある人は挙手を」

 

 数人の手が上がる。みんな知りたい事聞きたい事は大量にあるだろう。が、その中にゆたかの小さいながらも必死に自分を主張する手を見つけて、にとりは最優先と指名する。

 

「あの、取りあえず状況は分かったんですけど……なんで私ややまとちゃんまで呼び出されたんですか?」

「ああ、やっぱりそれか。簡単に言うと、君たちは私に近づきすぎたから、から。ゆーちゃんは私に懐いていて、やまとちゃんは私の部下。本当はもっと早めに移動させるつもりだったけど、都合上それが出来なくなって私に深く関わってしまった。こればかりは私の責任。だから、二人には同様に円卓まで脱出してほしい。さもなくば、君たちは地獄を見る」

 

 にとりの言葉に、ゆたかの頬を嫌な汗が一つ流れ落ち、やまとは全身から滝の様な汗を流して、捕虜になった女がどうなるか想像して、すぐに考えるのをやめた。だが、体が恐怖を訴えていたのは間違いなかった。

 

「君たちは私の直属の部下の操縦でEA-6Bに乗って脱出してもらうよ。それと勝手な話で申し訳ないけど、ゆーちゃんには逃走をするにあたってジャミングの展開と、ある妨害電波を流してほしいんだ。突然なのは分かるけど、頼めないかな?」

「それなら……大丈夫です。まだちょっと頭がまとまっていませんが、ここにいる人たちを守るためなら」

 

 天使だ、とサイファーの隣に座っていた傭兵が呟く。まったく、この子は本当に純粋さを保って気配りを忘れないなと思った。

 

「ありがとう。では次の質問を受け付けるよ」

 

 それから、にとりは投げられた質問一つ一つ丁寧に答えた。政治的な物もあれば個人的な事もある。ただ、にとりの経歴についてだけは話さなかった。それに納得のいかない兵士もいたが、それほど開かせる身分ではないということだと無理やりにでも理解しなければならなかった。

 

 そうして時計の針が数周して、ようやく全員の質問に答え、解散となった。にとりは一人、閉店となったこなたのバーへと足を向けて、ドアをそっと開けた。鍵はかかっていない。不用心、とも思うが、別にもぬけの殻になった店に入る泥棒なんていないだろう。

 

 店の隅に唯一残された冷蔵庫電気は通っていなかったが、代わりに大量の氷で温度を保たれ、二本のビールが残されていた。きゅうりビールで無いのには非常に残念だが、たまには普通の味もいいだろうとプルタブを開けた。

 

 ついにここまで来た。この数年の行動を、いよいよ表立ったものにする時が来た。これからは厳しくなるだろう。けど、もっと穏便に済ませたかった。もっと冷静になれる状況で話したかった。そう、出来ればサイファー達だけに。

 

 だが、向こうもそこまでバカじゃなかった、ということだ。考えてみればこなたの動きがゆたかに見破られていた面で見ると、自分にも何かしらの不備があったのだと予想が付く。もっとも、ゆたかがこなたの血縁関係者で、なお且つその観察能力と直感が、常任ではまず発揮できないほど優れた物だった、という面もあるだろう。

 

「情けないな……」

 

 知らないうちに、涙が流れていた。理由は分からない。急に色々な物が押し寄せて、それがまるで涙を押しだしているかのような感覚だった。ずっとずっと隠れてやってきた。色々な物をため込んできた。過去の過ちも、今の過ちも、あとでその付けを払おうとしてきた。けど、限界かもしれない。最後に自分が出来るのは彼らを安全な場所まで逃がして、手を結んでる仲間に引き渡す事。それが出来れば後は……。

 

 が、間に合わなかった事もある。XFA-27はどうにかスザクの手に渡った。だが、もう一機が間に合ってない。本当に、あと一日だけ奇襲が遅ければ、ぶっつけ本番とは言え間に合ったのだ。あの機体は恐らくサイファーのために、いやサイファーにしか扱えない最終兵器。戦況を変えることだって可能な機体だ。だが、敵に回収されればロクな事に使われないだろう。そうされるくらいなら。自爆させた方がましだ。

 

「よう、探したぜ」

「…………探してたのか」

 

 ドアが音もなく開いた。冷たい風が空気のよどんだ店内に吹き込み、冷たく透き通った空気が洗い流して、その次にサイファーが店に入り、鍵を閉めた。

 

「まだ聞きたい事もあるからな。話してくれればの話だが」

「どうかな。言える事は少ないよ」

「それはそれでいい。が、少なからずも俺だって知らなければならない事もあるんじゃないかと思ってな」

「何か確信でもあるのかい?」

「ああ。少なからず、今回の件についてはおぼろげだが俺も知っていた」

 

 にとりはサイファーの一言で目を見開いた。知っていた? この事を?一体いつから? なぜ今まで知らないようにしていた? 言いたいことが一斉に頭の中を駆け巡った。

 

「まて。知っていたと言っても、具体的じゃない。ある人から教えられたんだ。『いずれ、よからぬ事が起こるかもしれない。君はその時のために出来る限りの備えをしておくべきだ』ってな。それがこれだった、と言うことだ。俺はそれを使命として受け取って、今までやって来たんだ」

 

 サイファーは冷蔵庫にあるもう一本のビールを開けようとして、やめた。明日は重要な日だからだ。アルコールの摂取は避けておかなければ。恐らく、いざとなれば自分が動かなければならないだろう。

 

「俺はその人の教えに従って、これでもかって戦闘機乗りとしての技量を身につけようとした。おかげで鬼神の再来なんて言われたけど、実際俺は円卓の鬼神より強い訳じゃない」

「まるで知っているかのような言い方だね。君は鬼神に会った事でもあるのかい?」

「知ってるも何も、俺を戦闘機乗りになるのを導いて、このベルカ残党の企みのヒントをくれたのも、機体のカラーリングと俺自身のTACネームに“サイファー”託したのも、円卓の鬼神本人からだぞ」

「…………は?」

 

 にとりは久々に飛んでもない事を聞いて、頭が真っ白になった。酒のせいも少しはあるだろうが、それにしたってこの衝撃は小学生くらいにきゅうりにはほとんど栄養価が無いと知った時以来の衝撃だった。

 

「え、なに? じゃあ君は円卓の鬼神と師弟関係だとでも言うのかい?」

「ああ。ガキの頃はその人にシミュレーターで鍛えられた。そりゃコテンパンだったわ。けど、その人にだけは勝てなくても、他のオンラインとかにいる他のパイロットや、訓練生と互角ぐらいの力は付いていた」

「冗談……じゃないよね?」

「冗談言ってどうするんだよ、こんな時に」

 

 にとりは初めてサイファーに圧倒された。存在も否定され、闇に葬られていた円卓の鬼神。OBCのジャーナリストによってその存在が明かされたが、その姿にまでは近づけなかった。

 

 だが、その歴史に名を残したパイロットの弟子に当たる人物が、こんなに近くにいるとは思わなかった。腕はいいと思っていたが、本当にこいつは歴史の再来じゃないか。冗談抜きの、円卓の鬼神の教えを受けた鬼神の弟子。鬼神の再来。自分は、少し諦めるのが早かったのかもしれないと、にとりは悔いた。可能性がまだあるじゃないか。時間はある、なのになぜ自分は諦めようとしているのだろうか。

 

 にとりは、自分が少しばかり、急ぎ過ぎている事を痛感した。目の前に大きな可能性がある。だから、また少しだけあがいてみようと思った。

 

「……まだ、可能性はあるみたいだ」

「? 何の事だ?」

「サイファー、君にこれをあげるよ」

 

 そう言いながら、首にぶら下げていたにとりがずっと大事にしていた古びたアンティーク調の鍵をサイファーに差し出す。サイファーは、それは彼女が肌身離さず、ずっと大事に持っている物だと言う事を知っていた。それを彼女が自分に渡すと言う事はやはり、尋常ではない何かが起ころうとしているのだと改めて感じた。

 

「……いいのか?」

「うん。あげる。ただ、君の選択次第ではこの鍵をただの私からの贈り物になるか、或いは文字通り君の今後を左右する鍵になることも出来る。けど、君がどちらを選択しようとも、私は後悔しない。君の行くべき道を進むといい」

 

 疲れた笑みだった。けど、その瞳には火が点いていた。まだこいつは諦めていないのだとサイファーは悟った。なら、にとりは大丈夫だ。こいつはきっと意地でも自分のやるべき事をやり続けるだろう。

 

 そして、にとりが恐らくここを最後の場所にするつもりだと言う事も、サイファーは理解した。

 

 

 

 

 朝。ハンガー前には、傭兵たちの戦闘機が並べられ、脱出のための燃料補給と最後の整備が行われていた。それぞれがここで得た友人に別れを告げる。皆が納得したわけではない。だが、こうするしかない。正直な話、本当に奇襲を仕掛けてくるのかどうかも実感がなかった。だが、ヴァレー最高司令の言う事、見せられた証拠の数々を思い返せば、それが現実だと言う事も受け入れなければならなかった。

 

 サイファーは、にとりのイーグルを与えられた。彼のF-22は、飛ぶことはできても敵から逃げるのは厳しいと判断し、彼女が与えた物だ。だが、このイーグルをサイファーに渡す。ならお前はどうやって逃げるんだ。そもそもお前は逃げるのか? サイファーがそういうと、にとりは『もう一機あるから大丈夫だ』と言った。確かに、彼女の後ろにもう一機のイーグルが佇んでいた。

 

「それよりも、ちゃんと座標は確認したかい?」

「ああ。にしたって円卓のど真ん中までとはいかないが、辺鄙な場所に行かせるな、お前は」

「あそこが一番隠れやすいんだ。凌いだ後はそのメモ通りに飛行して」

「分かった。で、お前は俺たちを先に行かせてどうするんだ?」

「保険さ。あの格納庫の、ね」

 

 くい、と親指を立ててにとりは誰も入れない格納庫に指を向ける。そう言えばあの格納庫には最後まで入れなかったなと思いだす。はたしてあの中にはいったいどんな秘密兵器があるのかと気になるが、致し方ない。

 

「…………にとり」

「にとりさん!」

 

 もう一言聞きたい事があったのだが、その前に着慣れずに、少しぶかぶかなサイズしかないフライトスーツを着込んだゆたかが、サイファーの言葉を遮りながらにとりに駆け寄り、少し遅れてやまともゆたかの一歩後ろで立ち止まった。ふむ、ここは下がろう。

 サイファーは目でにとりに合図して立ち去ろうとしたが、軽く手をあげられて制止される。まだ言いたい事があると言うことだろう。

 

「にとりさん……なんというか、まだ心の整理がついてないと言うのが本音なんですが……」

 

 ゆたかは少しずつ思考を巡らせて、言うべき言葉を一言一言探し、取りあえずこれだけは言っておこうという言葉を最初に口にすることにした。

 

「無茶はしないでください! にとりさんが私たちに対して責任を感じていても、それでも私たちの事を考えてくれた事には感謝しています!」

「……ありがとう、ゆたかちゃん」

 

 ぽん、とゆたかの頭に手を置き、にとりは優しく撫でてやる。ゆたかは心地よさそうに、しかしもしかしたらこれが最後になるかもしれないと思うと、気は晴れそうになかった。

 

「主任……」

「やまとちゃん、本当にごめんね。これさえなければ君にはもっと教えられることがあったんだけどね」

「何言ってるんですか! 合流してまたいろいろ教えてもらわないといけないことだってあるんですよ!」

「…………そうだね、うん。合流してからまた大量に教えるから覚悟しておいてね」

「受けて立ちます……よ」

 

 やまとが敬礼し、ゆたかもそれに釣られて敬礼。ああ、この二人は立派になった。もう少し教える事はあるのだが、それでももう立派にやっていけるだろう。そう思うと、にとりはどこか寂しい気がした。ああ、そうだ。巣立っていく雛鳥を見送る親鳥の気分だとすぐに気がついた。

 

「じゃ、気をつけてね。そろそろ乗らないと。それとゆたかちゃん、例のシステムは頭に入った?」

「はい、テストで起動してみましたが、問題ありません」

「いざという時は頼んだよ。ユークトバニアから急ごしらえで仕入れて目くらまし、役に立つはず。いざという時は君が鍵になる。プレッシャーは大きいけど、君なら出来る。頼んだよ」

「任せてください。いつまでも後ろにいるわけではありませんよ」

「君は強くなったね。やまとちゃん、サポートよろしく。」

『……はい!』

 

 二人は名残惜しそうな顔をしながらも、自分たちの脱出用のEA-6Bへと乗り込み、もう一度にとりを見つめた。

 にとりはその視線に小さく手を上げて答え、改めてサイファーに向き直った。

 

「さてと、もうひとつ君に言う事があってね。任務この作戦に関係があるかと聞かれたら正直関係ない。私個人の話だよ」

「なんだ? 機体を壊すなとか、か?」

「…………ばか」

 

 にとりがそう言ったのと、彼女の唇がサイファーに触れるのはコンマ数秒ほど遅れてのタイミングだった。

 サイファーは一瞬何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間スザクのXFA-27のエンジンスタートの音が鳴り響いて、自分は思っていた以上に鈍かったのかもしれないと痛感した。

 

「ごめんね。強行突破させてもらったよ」

「にとり……」

「もしかして鈍かったとか思ってる? 甘いね、悟らせないようにしていたんだよ。だからこれは私の一方的な強姦と受け取ってもらって構わない。じゃないと、君の彼女さんに申し訳ないからね。ならやるなよって話だけど」

 

 一歩下がりにとりはサイファーに背中を向けて歩き出す。その背中はどこか寂しそうで、止めてほしそうな背中だった。

 

「待て、にとり!」

 

 正直何を言うかなんて考えてなかったが、取りあえず呼び止めないと何かダメなような気がした。たぶん、ここで止めなかったらこの先の未来の結果が変わっていたに違いない。少なくとも、その変化した未来は自分の望む物ではないと、直感がそう告げていた。

 

「…………君はつくづく私の先に何かしら障害を作るなぁ。いい意味でも悪い意味でも。ま、今回はいい意味さ。おかげで決心がついた」

 

 くるりと一回転し、にとりは振り向く。その仕草は、サイファーが見た中で恐らく初めてであろう、『女性』としての河城にとりではなく、『少女』としての河城にとりの姿がそこにあった。

 

「大好きだよ、サイファー。いや、―――――」

 

 その次に、にとりが口にしたのは、サイファー自身も久々に聞く、自分のファーストネームだった。だがそれは、エンジンに火が入ったEA-6Bの爆音でかき消され、サイファーとにとり以外の誰にも聞き取ることはできなかった。

 

 にとりはそれを言い終わると走り出した。サイファーはもう、呼び止める事はしない。たぶんあいつはもう止まらない。止められない。いくら叫んでも、あいつは絶対に止まらない。自分のしたことの大きさの付けを払うために。

 

「…………一つ突っ込みたい事がある」

 

 小さくなるにとりの背中を見ながら、サイファーはその背中に呼びかけた。

 

「ダメと分かっていても、返事も聞かずに死ぬつもりか?」

 

 

 

 

 滑走路に次々と戦闘機が入り込む。ウスティオの灰色の男たち率いる奇襲部隊がレーダーの警戒網に入る予定二十分前である。今まさにこの瞬間離陸し、そのタイミングで傭兵部隊が集団脱走したと無線で呼びかける。その間に北側の開いた監視網から飛び出し、ヘッドオンで可能な限りの強襲部隊の撃墜。全機が散会し、そして、追いかけてくる敵は全力で振り切る。単純に言えばこの手順だ。

 

 そして念を入れて、ゆたかがEA-6Bよりジャミングを流し、敵をかく乱。それをスザクが守り通し、指定されたポイントまで護衛する。そして、時を待つ。にとりのメモにある時とは何なのかは分からないが、迎えが来る、と言うことだと教えられた。

 

「各機、準備はいいか? まずは敵の集団に穴を開ける。その後は全機散会。サピンに行きたい奴、そのまま付いていく奴、自由に動け。円卓方面に来る機体は、俺に続け。EA-6Bのバックアップがあるのは円卓方面だ。ただ、だからと言って助かる可能性が高い訳ではないのを改めて確認しろ。直線距離ならサピンの方が早い」

 

 油圧、エンジン回転数ともに正常。スザクは最終チェックをして、次にサイファーが乗るはずのF-15Cが居ない事に気が付き、頭を曲げる。

 

「おい、サイファー。どこにいる? 出発だぞ」

「すまんすまん、出遅れた。最後尾からで構わないから離陸してくれ」

 

 機体列最後尾、翡翠のラインが描かれたF-15Cがタキシングして行くのが見えた。良かった、バカな事を考えていなかったかと安心する。こういう場合漫画や映画では格好つけて残ったりする物だが、さすがにそこまでする大バカな奴ではなかったかと安心した。

 

「よし、各機離陸! 死に急ぐなよ!」

 

 XFA-27のアフターバーナー点火。続けて左右に配置されたSu-30、F-16が続々とエンジンに点火し、滑走を始める。それと同時警報が鳴り響き、管制塔が渾身の演技を披露する。

 

「緊急! 緊急! こちらヴァレー空軍基地、ウスティオ政府からの情報を違法に他国へリークしていたマッケンジー元指令を拘束! しかし、元指令の配下である傭兵部隊が脱走した! 繰り返す、傭兵部隊が脱走した! 付近に居るウスティオ航空部隊は大至急援護を求む!」

 

 それを合図に、スザクのXFA-27、Su-30、F-16C、F-14D、ミラージュ2000、EA-6B、F-15Cと、次々に傭兵たちの機体が続々と飛び立つ。ダミーの対空砲火が唸りを上げ、続いて同じくダミーの迎撃戦闘機がタキシングを開始する。時間がなくて機銃しか積んでいない手はずだ。

 

「間違って当てるなよ」

 

 スザクは小さくつぶやくと、機体を捻って一路円卓方面へと機首を向ける。全機車輪格納からの加速上昇に入り、後ろを向いてサイファーもしっかり着いて来ているのを確認する。

 

「サイファー、異常はないか?」

「ああ、皆しっかり飛んでる。悪くない編成だ。この間に長距離射程ミサイルを積んだやつを前に出しておけ。スザクはODMMを選択だ。長距離ミサイル発射後の戦闘指揮はお前が執ってくれ」

「俺が? なんでまた」

「乱戦になった時は、お前の方が目は早いんだ。指示を飛ばすのはお前がいい。俺はそこまで広く見れないから頼む」

「そういう事なら承知した」

 

 長距離ミサイルを撃ち込んだ後、後方にいる近接戦闘向け、或いは空戦に向かない機体が配置される。例えるならF-16、MiG-29、そしてEA-6B電子戦機等の機体が該当する。

 

「ゆたか、そっちは大丈夫か?」

「はい、機体は万全です。あとは補足される前の下準備で…………」

 

 スピーカーの向こうから数回ほどのスイッチを入力する音が響く。

 

「これで完了です。敵とすれ違った後に、この特殊ジャミングを展開させます」

 

 サイファーの一歩前、ゆたかとやまとが乗るEA-6Bは、出せる限りの全速力で飛行する。アフターバーナー無しだとしても、800キロくらいはでる。戦闘機の通常航行速度と大差はない。ただ、全力で逃げるには少々厳しいが、それを補うためのジャミングだ。

 

「よし、予測ではレーダーに引っ掛かるまであと数分、XLAAの射程まで十数分。各機臨戦態勢を取れ」

 

 と、そのタイミングでレーダーに反応が現れた。どうやら少しばかり早かったようだ。だが、誤差の範囲内だ。スザクが操縦桿を握りなおして深呼吸する。さて、飼い主の保護者に牙をむく犬になるか。スザクはそう思いながら無理やり積みこんだODMMの確認をする。XLAA程の射程は無いため、ロックオンまで少し時間がかかる。スザク後方のF-14D、Su-30、タイフーンの複数混合編隊が先手を打つ。ミサイル射程突入一分前を切ったら、スザク達中距離担当が加速。一気に距離を詰めて回避運動をした敵にミサイルを撃ち込み、すれ違い間際にヒットアンドアウェイで強行突破。そしてゆたかからのジャミング。さて、どうなる事やら。

 

「スザク、準備はいいか?」

「誰に言ってる。これでも修羅場を潜り抜けて来たんだ、堕落した正規兵なんて敵じゃない」

「ひゅう、言うな。頼んだぜ相棒、いざとなりゃお前一人でもゆたかちゃんたちを守らないといけなくなるかもしれないんだからな」

「不吉な事言うなよ。射程まで一分切ったぞ」

「ういうい」

 

 中距離担当チームが増速。レーダー反応のある真正面へ向けて加速する。IFFの応答なし。向こう側も距離を詰めてきて、悪意のあるレーダー照射を向けられる。間違いなく殺す気だ。

 

「全員ビビるな! 一発かましてやれ!」

『おう!』

 

 ついにXLAA射程内。一番に動いたのはフェニックスミサイルを抱えたF-14D。胴体と主翼パイロンに搭載された計六発のミサイルが切り離され、それと同時に白煙を吐き出してあっという間に音速を超える。続けてSu-30、タイフーンからもミサイルが吐き出されて合計で十八のミサイルが群がる。敵の数はざっと数え三十と言ったところだ。中には強襲用の爆撃機や後方には降下ヘリ部隊も待ち構えている事だろう。護衛機半数、あわよくば降下部隊を叩き落とせば儲け物と言ったところだ。

 

 ミサイルの白煙が伸びていき、やがて視界から消える。しばしの静寂。スザクはシーカーオープンさせて第二段階へと備える。ウェポンベイ開放。ターゲットがHUDに表示され、シーカーダイアモンドが四機の機影を捕えた。

 

「第二射行くぞ、全機発射!」

 

 続いて先行した中距離迎撃隊の全弾発射。総勢十機の戦闘機から放たれたミサイルの数は四十を超え、我先にと群がる。そのタイミングで、第一波のミサイルが敵に着弾。四機を撃墜。敵、散会。

 

「今更遅いんだよ!」

 

 スザクが先陣を切る。AIM-9Xの射程一歩手前まで接近し、発射。あわてて逃げた一機のミラージュ2000を火だるまにする。

 

「くそ、奴らなんでこのタイミングで逃げだしたんだ!?」

「情報が漏れていたと言うのか!」

「落とせ落とせ、裏切り者を撃ち落としたら勲章物だぞ!」

 

 混線。向こう側の無線が割り込み、やはり随分となめられていたことがうかがえた。後悔させてやる、とスザクは反転する。離脱するのはゆたか達の乗るEA-6Bが包囲網を突破する事。スザクの交戦と同時に、ゆたかが合図してジャミングを展開させる。

 

「な、何だこれは!? 敵の数が倍以上に増えたぞ!」

「バカな、隠れていたと言うのか! 我々ははめられたのか!?」

「なにが数で押すだ、これでは押されているぞ!」

 

 敵が一気に動揺するのが手に取るように分かった。後続の機体が雲の中に突っ込んで目をくらまして敵を振り切り、目の前にいた一機に機銃掃射して命中。煙が噴き上がった。

 

「くそ、やられた! どこからだ!」

「こちらグリンド3、敵三機に追われている、援護してくれ!」

 

 敵のパニックは広がっていく。成功だと、ゆたかは久々にちょっと悪い笑みを出していた。一体何が起こったのか。それはユークトバニアが使用した、ダミーのIFFをにとりが独自に仕入れて改良した物を流したのだ。電子戦機からの電波で、なにも居ない場所にあたかも本当に敵機が居るかのように見せ、なお且つレーダーを潰しながら、相手のHUDに干渉し、偽のIFF情報を送り込む。こうすることで、敵は何も居ない場所に向かって攻撃し、或いは複数の敵に追われているような錯覚に陥ってしまう。

 しかも今日は運がいい。雲が多いのだ。雲の中に入ってしまえば、データで追えても、肉眼で本物かどうかは区別できない。敵は無駄弾を撃つことになる。

 

「スザクさん、成功です! この間に低空から突破します!」

「よし、分かった。敵は俺たちで相手するから一足先に目標地点に迎え!」

「はい!」

「兄さん、無茶だけは絶対にしないで!」

「分かってる! 後で会おう!」

 

 目視で離脱するEA-6Bと護衛のF/A-18Eを確認して、無事を祈り、次にレーダーで友軍の動きを確認する。すでに数機が突破し、回り道で戦闘空域を離脱していく。サピンに脱出する班だ。生き残れよ。頭の中で呟くと、背後に回り込んだ敵をバレルロールでオーバーシュートし、ミサイルを叩きこむ。煙が上がる。当たり所が悪かったようだが機銃で追加の一撃をお見舞いして葬って置く。

 

「スザク、そっちはどうだ!?」

「けっ、数だけだ。まったく手ごたえなしだ」

「勢いあるじゃないか、全く!」

 

 翡翠のイーグルがさらに二機を撃墜する。F-22ではないにしろ、まるで乗り慣れたかのような操縦だ。よく特性を理解している。これもにとりの調整のおかげだろうか。

 

「こちらゆたか、敵の本隊を通過しました! これより目標ポイントへ向かいます!」

「了解、あとは離脱まで時間稼ぎだ!」

「兄さん、敵護衛部隊後方に強襲ヘリ部隊!」

 

 レーダーを見る。機影五機、しかしヘリにしては早い。通常の輸送ヘリ、CH-47より倍近い速度を出している。と言う事は。

 

「オスプレイか! 全く足の速い機体用意するな!」

 

 反転、再びODMMを選択してロックオン。だが、その次にレーダー画面がホワイトアウトして無線がノイズで満たされた。

 

「ジャミングか!」

 

 さすがに念を入れていたか。スザクはどうにか頭を回して高空を見上げる。どこかに居るはずだ、潰さなければこちらが厄介だ。ジャミング下でゆたかのほうの特殊ジャミングが使えるかどうかは分からないから急がなければならない。

 

「ゆたか、ゆたか聞こえるか!」

 

 応答なし。聞こえるのはひどいノイズ。耳がおかしくなりそうだ。スロットルを押しこんで加速。速度が乗ったところで急上昇。目の前には分厚い雲、恐らくこの先に居る。あるいは雲の中。後者の場合はかなり厄介だ。時々隙間から見える位置で電子戦機の位置を特定しなければ厳しい。

 

「スザク、聞こえるか!? 敵は雲の中だ、多分五秒後には雲の上にまで一時上昇してくる!」

「よし、助かる!」

 

 スザクは迷わず急上昇。サイファーの言葉を信じて、雲海から飛び出すと周囲を確認する。と、視界にきらりと金属が反射するのが見えた。あれだ。

 敵機はEA-18G。これは撃墜するのもちょっと厄介そうだが、回避運動を取らない辺り、敵もこちらに気が付いていない。と言う事は、ゆたか達のジャミングはまだ効いているということだ。

 

「残念だったな!」

 

 すかさず捻り込み、真上を取る。急降下。一気に速度を上げてその進路先に機銃を撃ち込み、そして三発目の弾丸がジャミングポッドをへし折り、四発目がエンジンと燃料タンクを繋ぐ燃料パイプを貫いてあっという間に引火して火だるまになった。

 

 レーダークリア、ノイズも消えて回復する。敵機の反応は半分近くにまで消え、仲間たちが上手くやってくれたのだと安堵する。広域レーダーを見れば、ゆたか達も戦闘空域外近くまで来ていた。作戦成功、長居は必要ない。ただ見てみれば、ヘリ部隊の四機が包囲網を突破していた。どさくさにまぎれて一機落ちていたらしい。出来ればもっと落としたかったが、今は逃げる事が最優先だ。

 

 サイファーのイーグルは一足先に離脱行動に入り、ゆたかを追いかけていた。おかげで後方に貼りつかせずに済んだか。スザクは機体の速度を上げてゆたかに追いつこうとする。敵機はまだ振り回されている。これなら何とかなりそうだ。

 

 ただ、それでも少なからず、反応の消えたIFFもあった。恐らく五機か六機。もしかしたらもう少しあるかもしれないが、突破したら自由に逃げるのがこの作戦である。確実に生き残りたい奴はにとりの指示した場所へ向かう。数は自分たちを含めて八機。だが全員同じ方向ではなく、一旦散り散りになって逃げてから再合流するため、あとは無事を祈るだけだ。

 

 サイファーに追いつき、機体を並走させる。ほんの少しばかり前に出る。前方にまだ小さいが、EA-6Bの姿も確認できた。どうやら敵は追撃しないようだ。ならばさっさと逃げるだけだ。

 

「どうやら逃げ切れそうだな」

 

 少しノイズが混じりな中でサイファーがそう言い、スザクは全くだと返事したが、まだ完全に逃げ切るまでは気を緩めてはならない。

 

「ところでサイファー、どこか損傷したのか? 少しばかり無線にノイズが混じってるが」

「ん? こんな物じゃないのか?」

「ゆたか、そっちはどうだ? こちらからの声は」

「いえ、サイファーさんよりよく聞き取れますよ?」

「サイファー、喋ってみてくれ」

「イジェークト」

「やっぱりノイズがあるな。と言うかさっきより増えてないか? なんか音も小さいし」

「無線の調子が悪いのかもな。にとり頼むぜマジで」

 

 だが、スザクはその無線の向こうに違和感を覚えた。ノイズに混じって、何か別の音が聞こえる。何かを叩きつけるような音だ。だが見る限りサイファーの機体には何も異常は見られない。

 

 耳に神経を集中して何の音かを聞き取ろうとする。鈍い、何かを叩きつけるような音。だがその音がエンジン音だと言うことにスザクは気がついた。

 

 エンジン、ヘリコプター系統の巨大なローターが回るエンジン音に間違いなかった。

 だが、近くにヘリなんていない。レーダーにも反応はない。しかし、サイファーの無線からは確かに聞こえる。間違いなくヘリの音。そして、やたらと多いノイズ。小さくなる声。思えばサイファーのイーグルはにとりの管理の物だ。彼女が機体の整備を一か所でも怠る様な事はしない。どこか誰かに頼んでも、必ず最後には自らチェックを入れる。無線でも整備不良をするなんてありえない。

 それに、さっきジャミングの状況下で、どうしてサイファーは敵の位置を的確に把握できたのだ? ジャミングの影響を受けていないかのように正確だった。

 

「……サイファー、お前から見て俺は今何時方向に居る?」

「何時って、いつも通り八時から七時方向だろ」

 

 つまり、サイファーから見て左後ろにスザクがいると、本人はそう言ってる。だが全くおかしい。もう一度整理しよう。今現在、スザクから見てく時方向、左真横にサイファーがいる。スザクが見ている目の前のイーグルは、間違いなく左に居る。

 

 じゃあサイファーの言うスザクの位置はどういうことだ? サイファーから見てスザクは右に居るのに、なぜ左後ろに居ると答えた? いつもは確かにそこに居るが、今はサイファーの機体チェックも兼ねて右側を飛んでいる。見えていない訳がない。

 

「…………サイファー、お前は今どこに居る?」

「お前の前だろうが、何言ってるんだ?」

 

 その発言を聞いて、スザク、ゆたか、やまと、全員が驚愕した。

 

「違う……今お前は、俺から見て九時方向に居る……お前から見れば俺は三時方向に居るんだぞ……」

「…………」

「それになんでこんなにお前の声が聞き取りにくいんだ? まるで離れているみたいだぞ」

「…………」

「おい、なんか言えよ?」

「…………すまん、無線壊れてよく声が聞こえないから後で聞くわ。じゃあな」

 

 ブツン、と無線が切れる音がした。スザクはイーグルのコックピットを見る。そこには確かに人が乗っている。顔は見えないが、生きた人間が座っている。だが、本当にサイファーなのか?

 

 スザクは、まさかと思った。ここまでバカをする奴じゃないと思っていたが撤回した。このにとりのイーグルに乗ってるのは、サイファーじゃない。じゃあ今どこに居るのか。想像したら簡単だった。

 

 ノイズが多く、声も小さいという事は距離が離れているという事。そして聞こえたヘリの音。ヘリの音は、ヴァレーに向かったオスプレイだ。つまり。

 

「あの馬鹿野郎がぁあ!!」

 

 

 

 

 ガチャ、と武器庫から拝借したスナイパーライフルSVDドラグノフを組み立て、マガジンを装填する。弾薬も取りあえず持って来れるだけ持ってきておいた。ひとまずは三桁近く葬れる。ただし移動を考えなければだ。

 

「真正面からの白兵戦は、そんなに得意な訳じゃないんでね」

 

 ヴァレー空軍基地から南に離れた、滑走路先のトンネルの上。サイファーは接近する四機のMV-22オスプレイを見つめる。今ここで撃つことはできるが、それでは早めに自分の存在を教える事になる。だから、今手を出すことはできない。

 

 管制塔から無理やり繋いだ携帯型レーダーを踏みつぶして証拠を隠滅。今までこれでスザク達の位置を把握していたが、もう必要ないだろう。

 

ライフルにサイレンサーを装着し、立ち上がるとトンネル上の山を少し登る。こっちの方がまだ見つかりにくいだろう。それに、高い方が見やすいし、狙いやすい。ただ、基地に戻る時が苦労するが、それなら取りあえず半数以上は消す勢いでやろうと思った。

 

 斜面に座り込み、ライフルがぶれないように腕と足で固定する。一機目が着陸し、中から複数の兵士が飛び出して基地に侵入して行く。それを合図に、二機目、三機目と、次々に強襲部隊が飛び出す。サイファーはスコープを覗き込み、それぞれの部隊の目指す方向を見る。機体ごとにどこに行くか決められているようだ。そして一部兵士がそれぞれの部隊から引き抜かれて編成し直している辺り、一機は減らせたということだろう。まだましだ、ありがたい。

 

「そんでもって悪いな、スザク。俺は死のうとする女一人、例え恋人じゃなかろうと放っておけない、ヒーロー気取りの馬鹿野郎なんでな」

 

 女のために命をかける大馬鹿野郎は、そう呟いた。

 


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