ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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Mission8 -焔に愛された少女-

 

 

 

 

 少女は炎に取り囲まれていた。逃げ場も何もない場所で、ようやく立てるようになる位の幼い少女は、燃え盛る炎に怯えて泣き叫ぶしかなかった。彼女を生み、育て、守るべきの父と母は、爆撃の衝撃で吹き飛ばされ、体がバラバラになってもはや原型をとどめていなかった。

 このままでは、彼女はロクな言葉をしゃべることなく、この先にある広い世界と無限とも言える可能性を見れないまま、幼い少女は炎に飲み込まれてその命が終わるだろう。そのはずだった。

 

 だが、炎は彼女を焼き尽くそうとはせず、守るように包み込んでいた。誰かが見たわけでもない。だが、その炎はまるでこういっていたのではないかと思う。「生きろ」と。

 

 それから彼女は、炎から救われ、やがて高いプライドを持つ少女へと成長した。与えられた仕事は必ず全うし、その技術は高かった。

 

 必ず他人よりも上を行こう。彼女はその信念を持っていた。炎に消えた両親の代わりに自分を育ててくれた「死神」と恐れられた義父を目指して、彼女はただひたすら上を目指した。

 

 だが、そのプライドが崩壊したとき、初めて巨大な壁にぶち当たった。今まで見たことのないような巨大な壁に、彼女の中に暗雲が立ち込めた。自分が今まで見て来たのは、幼稚な世界だった。その幼稚な世界で全ての世界を見て、完璧になったつもりでいた。自分が見て居たのは、ただのおもちゃの様な世界にしか過ぎなかったのだと。己の無知さを呪うまっ黒な雲が覆い始めていた。

 だが、その雲を突き破った一匹の翼の折れた黒いイヌワシ。そのイヌワシは彼女を取り巻く雲を引き千切り、その翼を見せつけた。彼女は、それに教えられた。上に立つだけが全てじゃないと。

 

 だから、もう一度立ち上がろうと、そう思うことが出来た。

 

 

 

 

「心的外傷後ストレス精神障害?」

 

 スザクの声が、こなたのバーの中に軽く響いて消える。カウンターではなく、四人掛けのテーブルに向かい合う形で座っているにとりは、首を縦に振った。

 

「そ。こういう重要な局面でミスをして、誰かを危険に晒すと言った事をしてしまうと、度合いによっては同じ仕事ができなくなる。要はトラウマだね」

 にとりの言葉にサイファーが続いた。

 

「例は色々ある。航空管制官の管制ミスで航空機同士が衝突しての大惨事を起こした管制官は、レーダー席に座っても声を発することができなかった。操縦ミスで死者を出してしまったパイロットは二度と空を飛べなくなった。ベテランでもそうなる事なんて普通にある。精神的にまだ幼いやまとちゃんがそれに陥るのはほぼ当り前と言えるな」

「完璧だと思っていた自分の整備に欠陥があったんだからね。プライド崩されたものさ。けど、その精神ダメージからの復活はできた。今は体が拒絶反応を起こしているんだよ。思考ではやらなければならないと思っても、反射が恐怖を訴えて体を停止させるのさ」

「なるほどな…………」

 

 スザクは、ふむと鼻を鳴らして椅子の背もたれに体重をかけ、ぎしりと小さく椅子が悲鳴を上げた。

 

「けど、全部が全部悪いってわけじゃないよ」

「というと?」

「やまとちゃん、あんな状況でもずっと整備しようって意思を見せてるんだよ。確かに今は何もできないかもしれないけど、それでもやり続けるって意思を見せ続けたらなんとかなるはずさ」

 

 にとりの言葉に、その場の空気が軽くなるのが分かった。スザクはそうかと表情が柔らかくなり、サイファーはこなたにビール三つとおつまみセットと注文を取った。

 

「ま、しばらくは様子見だね。時間だってたっぷりあるし、その上でやまとちゃんがどうしても無理って判断しても私は何も言わないよ。だから二人も陰ながら応援してくれないかな?」

「お安い御用だ。何なら応援団の服着て応援に行ってもいいぜ」

「それはうざいだけだサイファー」

 

 こなたがビールとつまみを持ってきて机に並べた。ちなみに一本多い。その余りである四本目のジョッキを空いている椅子の前に置いて、こなた本人がそこに座った。

 

「ところでスザク、お前明日テスト飛行だろ。ビールはダメじゃね?」

「サイファーそれは問題ないよ。これみんなノンアルコールにしておいたから」

「なんとぉ?」

「さすがこなた、ぬかりないね」

「ふっふっふ」

 

 渾身のドヤ顔でサイファーの顔を見て、こなたはゆっくりとドヤ顔からニマニマした顔になってゆっくりと近づいてくる。圧倒的威圧感。色々な意味での威圧感。サイファーは近づくこなたの顔を手で押さえて押し返した。

 

「で、明日のテストフライトの件だけど、軽く今説明した方がいいかな?」

「ん、頼む。予習は大事だからな」

「よしよし、いい心がけだね」

 

 にとりはポケットから四つ折りにしたメモ用紙を取り出して、少々荒っぽく書かれた文章を上から読み上げた。

 

 内容はまとめると、まずはヴァレーを離陸後に基地上空を四周旋回。その後B7Rへ向けて飛行し、空域上空を規定時間飛行後、ヴァレーへと戻って二回のタッチアンドゴー、そして着陸という手順を説明した。至って普通のテストプランである。戦闘なしの基本飛行訓練である。

 

「本当はコンバットマニューバもやりたかったけど、どうも間に合いそうにないところが出そうだから基本飛行だけにしておいたよ。まったく、あれ作ったあそこは頭おかしいんじゃないかと疑いたくなるね」

 

 ぐいぐいとのノンアルコールビールを流し込んで、にとりはぷはあと満足そうな顔になった。

 だが、サイファーはにとりのその発言でほんの少し気になった点があった。あれ作ったあそこ? まるでどこの会社がXFA-27を作ったか知っているかのような言い方だった。

 一瞬、そこを指摘しようとしたが、脳髄にそれ以上首を入れてはならない、と言われるような痺れを感じ、開きかけた口をゆっくりと閉じた。

 

「で、XFA-27のチェイサーとして、サイファーのF-22に来てもらう。機首、主翼パイロンにカメラポッドを搭載したからそれで映像を録画し続ける事と、異変が無いかの監視。おっけ?」

「おっけ、ズドン!」

「撃つんじゃないよ?」

「分かってるって」

 

 

 

 

 深夜。誰もいない格納庫には、二機の戦闘機が鎮座していた。片方の戦闘機は部品を外され、文字通り抜け殻となってしまったイヌワシの名を与えられた黒い戦闘機。もう一機は今まさに命をふきつけられ、目覚めるまさにその直前とも言える同じく黒い戦闘機。正確に言えばまだ半分ほどしか黒く塗られていない。中途半端もいいところだが、時間と言う壁には勝てなかった結果である。

 

 ちなみにこの機体、愛称はない。与えられたのは試作を表すアルファベットと、27の数字のみ。愛称が無いのは試作機ゆえに仕方ないと思うのだが、それではまるで生まれたのに数字でしか呼ばれない赤ん坊の様なものだと、永森やまとはXFA-27の鋭い機種を見つめながらそう思った。

 

 業務復帰から六時間が経過しようとしていた。その間、やまとはスパナを握っては手が震え、ドライバーを回そうとして取り落とし、配線を繋ごうとしてまともに作業ができず、といったループを繰り返していた。

 

 航空機に携わる者の精神的障害については、やまとも十分理解していた。だが、理解していても経験するとなると、そんなものは果てしなく無意味に等しいのだと、身に染みて知った。もう痛いほどにだ。

 

 ベンチに手を着いて、天井を見上げる。格納庫内の照明たちが、二機の戦闘機と一人の少女を照らし、見下ろしていた。ずっと見つめると目が痛くなる。目蓋を下して、やまとは自分が本当に世間知らずで、そして未熟者だったと痛感した。こんなにも怖がるなんて臆病者だ。気をつければいいだけなのに、怖くて体が震えてしまって話にならない。

 

 だが、ここで諦めたらそれこそ臆病者だ。だから何としてでも回復しなくてはならない。そう思っていたから、やまとはもう一度スパナを握って機体の前に立つことができた。

 

 しかし、それを数時間も続けていれば疲れる。時計を見ればもう日付が変わっていて、そういえば中途半端な時間に食事をしてしまったから今頃空腹感を覚えてしまった。こんな時間では売店も閉まっているだろうし、お菓子の一つや二つも買えない。

 

 参った。もう明日にはテスト飛行だというのに、やまとが自分で決めたノルマが半分も終わっていない。テスト飛行自体は今の整備状態でもよいのだが、やるからには最後までこなしたい。だが、こうも体が動かないとモチベーションは下がってしまう。が、やめるつもりもなかった。

 

 今は休もう。やまとは視線を下して、目の前の針の様な戦闘機を見る。自分も見たことのない機体だ。一体どこがこんな機体を作ったのだろうかと予測する。ノースオーシアグランダーI.G.はどうだろうか? あそこは裏の噂をそこそこに聞く。だが裏取引をしている企業なんて腐るほどある。ユークトバニアだって戦闘機を作っている。もしかしたらオーシアと繋がっているかも知れない面だってある。だが、それを公にしようものならそうしようとした人物は消されるだろう。そういう世界があるというのは、やまと自身も知っていた。

 

 憶測をやめて、やまとはもう一度XFA-27を見回す。どれをとっても共通的な機体のラインが無い。F-15やF-22は、スタンダードな直線的スタイル、Su-27などのSu系統は曲線的で美術的なスタイル、トーネードやラファール等の国際共同開発機はデルタ翼が多く、短距離離着陸に優れた特徴を持っている。

 

 だが、XFA-27にはそれが無い。まるで実験機だ。そして、SF映画に出てきそうな開発者はよくもこんな機体を作って飛ばそうと思ったなとやまとは変に感心する。聞けば安定性が極端に悪いらしい。乗りこなせる人物と言えば、同じく安定性が悪い前進翼機を愛機にする人物、ヴァレーで言えばスザクしかいなかった。

 

 ま、この機体にセオリーが通じるとは思えないし、それならセオリーを無視した飛び方をする奴が乗った方がいいのだろうとやまとは思う。目には目を。

 

「バカにはバカをって言ったところかしらね」

「誰がバカだ」

 

 後ろから声が聞こえて、やまとはゆっくりと振り返ってみれば、スザクが若干怪訝そうな顔をしながら歩いてくるのが見えた。

 

「あら、まだ起きてたのね」

「それはこっちのセリフだ。というか、何時までやるんだというのが俺の一番言いたいところなんだがな」

「こっちには意地ってものがあるのよ。あなたこそ明日朝からなんだから寝なさいよ」

「こちらから言うなら若いうちの夜更かしは肌に悪いぞ」

「……それ、ミジンコにも言われたわ」

 

 哀れサイファー。お前はまだミジンコ扱いだぞとスザクは頭の中で合掌し、やまとの隣にさりげなく座ろうとして一瞬思いとどまった。

 やまとはそのスザクの動きを見て何を考えているのか察しが付いて、ふむとため息を吐いた。

 

「…………いいわよ別に。そんな子供じゃないわ」

「可愛くない奴だな。思春期の女の子らしくそれなりな反応でもすればいいじゃないか」

「…………せめてもの悪あがき、よ」

「ふっ、そうかい」

 

 ほら、とスザクは座りながら持っていたビニール袋から、和菓子を取り出して食うか? と水羊羹を差し出した。また渋い趣味である。周りから見ればそう思うのだが、こう見えてスザクは和菓子好きでもあるというのも認知されていた。

 

「…………これ出すならもう一つ用意する物があるんじゃないのかしら?」

「む、お前分かってるな」

 

 ほらよ、とスザクはさらに袋から熱いお茶を取り出した。しっかり二人分のペットボトル。やまとはそれを受け取り、キャップを捻り、一口飲んだあたりで自分が素直に他人の好意を受け取ってる事に気が付いた。

 

 少し前の自分なら、普通に拒否をして自分の仕事に没頭しただろう。だが、今はなぜかごく自然に受け取ることができた。それがなぜできたのかと考えて、そしてもしかしたら今まで自分は今までただ子供扱いされるのが嫌で意地を張っていたのではないのだろうかと考え付いた。

 

 そうやって覚えている限りの自分の行動を振り返ってみる。誰かに何か声をかけられれば、それとなく拒否し続けた。けど、その裏でこっそりと後悔している自分がいたことに突然気が付いた。そして、それが連鎖反応を起こして、それこそ自分が今までやってきた事が子供じみたことなのだと知った。

 それで急にそんな風に振舞っていた自分が恥ずかしくなった。例えるなら孤高の俺格好いいという思考で友達を作らずに、追々苦労するタイプ、要は中二病、あるいは高二病という奴だ。まさか自分がそれになっているなんてやまとは思いもしなかった。急恥ずかしくてしょうがなく、頭が下がるが、その視線の先に適度に切られ、紙皿の上に置かれた水羊羹が目に入って少し視線が上がった。

 

「ほら。茶が熱いうちに食え」

「え……ええ……」

 

 戸惑いや羞恥もあったのだが、今はそれを忘れたほうがいいのだろうとやまとは爪楊枝で切られた羊羹を一枚刺して、口に運んだ。

 

 美味である。だが口の中に広がる甘ったるさは人によっては不快に思うであろう。だが、そんな時こそスザクの持ってきたお茶である。続けて一口。やはり、この二つの組み合わせだけは外せない。やまとは気づかぬ内に口元がほころんでいた。

 

「珍しいな、その年で和菓子が好きなんて」

「あなただって渋い趣味じゃないの。私は元から好きよ」

「お前くらいの女っていえば、パフェでも食ってるイメージなんだがな。俺はあと雪見大福とかも好きだな」

「奇遇だわ。奇遇だと信じたいわね」

「ってことはお前もか」

「そうよ」

 

 スザクがもう一口羊羹を口に含んで、やまともつられて二つ目を口にする。外はしんしんと雪が降り、冷たい風が半分に開かれた格納庫から流れ込んで二人を包み込むが。熱いお茶が体の芯から温めていたから今はさほど脅威とは感じなかった。

 

 ほんの少し間をおいて、二人は無言で羊羹を食べている。スザクがお茶に、やまとが三つ目の羊羹を口に入れようとしたときに轟音が基地中に響いた。

 二人が格納庫の外を見てみれば、雪でうっすらと白くなった滑走路の上を、一機の大型輸送機C-5ギャラクシーの巨体がタッチダウンして、その重さとエンジンの力強い逆噴射のエネルギーで積もった雪を吹き飛ばして走り去っていった。

 

「……たぶん、あれがベルクートを輸送する機体よ」

「そうか……どこに運ばれるんかね」

 

 国籍マークは見えなかったが、多分ウスティオだろうとスザクは思う。或いはベルクートを作った生産工場だろうか。どっちにしても、愛機がしばらく手元から離れるというのは、いかんせんいい気分になれないものである。

 

「…………なあ、お前は何で整備士やろうと思ったんだ?」

 

 スザクは何気なしに聞いてみる。そういえばまだ聞いたことなかったなとなんとなく思って、軽く口にしてみた。まぁ返事が来るとは思えないがとも思いながら、一種の興味もある。聞くだけならタダだろうという考えである。

 

「……父の影響もあるわ」

 

 だから、返事が来たときには明日ヴァレー空軍基地は雪山から砂漠のど真ん中に移動して地獄の一丁目、エリア88になってしまうのだとスザクは戦慄した。

 

「親父さん? お前の親父さんは整備士なのか?」

「正確に言えば違うわ。パイロットよ。ただ本当の父は工業関係の仕事だったけど」

「? どういう意味だ?」

 

 いまいち状況が理解できなかった。パイロットなのか工業関係なのかはたしてどっちなのだろうか、というか本当の父? 尚更わからない。多分何か訳ありなのだろうとスザクは聞いた後に思ったが、軽率に他人の私情に入り込むものではなかったとすぐに後悔することになる。

 

「…………孤児なのよ、私。15年前のベルカ戦争のホフヌング撤退作戦で両親は死んだわ」

「ホフヌング撤退作戦だと?」

 

 ホフヌング撤退作戦。ベルカ戦争時に、連合軍の反撃により領土を失ったベルカ軍が、一大兵器生産地帯であるホフヌングから撤退するときに、ベルカ軍は自ら工業地帯に火を放った。

 助けを求める民間人には目もくれず、一部の兵士たち以外はそのまま中心部へと向けて逃走。爆撃に来た連合爆撃隊も、精密爆撃など関係なしに民間地帯を焼き払った、悪夢ともいえる作戦。何の関係もない人たちが炎に焼かれ、爆弾で粉々になり、逃げ惑っても戦闘機による機銃掃射で肉塊となるその光景。それはウスティオの傭兵たちの目にも刻まれている惨劇だった。

 

「まだ一歳の私は、両親に抱えられて逃げたわ。もの心なんてついてないから覚えてない。けど、火を見るとどことなく体が騒ぎ出す感じがするわ。多分、憶測も入るかもしれないけど、逃げてる途中で私たちは爆撃に巻き込まれて吹き飛ばされ、抱えられていた私も例外なく両親と離ればなれになって吹き飛んだ」

 

 やまとは淡々と、他人が見たかのような口ぶりで言い続ける。当然である、覚えていないのだから他人から聞かされた話をするしかないのだ。

今まで誰にも言ったことのない自分のこと、なぜこの男に話しているのだろうかと一瞬思ったが、その理由がわからず、断ったところでもう話の半分以上は説明したのだから一緒だと言葉をつづけた。

 

「爆撃が終わって、連合軍が残骸の調査に来た。義父曰くそこは惨劇そのもので、辺りに人間の焼ける臭いが立ち込めていたそうよ。父と母の遺体も、その中にあった。けど、私だけ、なぜか私だけ炎に避けられるようにしてただ泣き声をあげていた。風上にいたおかげで煙も吸っていない、かすり傷だけのほぼ無傷な状態で。それを見つけたのが今の義理の父よ」

 

 お茶を飲んで、やまとは少し渇いたのどを潤すと、最後の羊羹をこっそり食べようと、忍び足で入り込んだお燐の頭を軽くたたいて制止し、横からさらって口に入れた。お燐が「泥棒」と言いたげな目でやまとを見た。

 

「義父も傭兵だったわ。戦闘機の。けど、その時はどうやらわけありで地上の任務に就いていたらしいの。それで父が請け負った探索エリアに、私がいた。もし父が来なかったら私は今頃いないかもね」

「…………」

 

 スザクは返事をしなかった。ただ黙って、やまとが言葉を続ける限り聞き続けようと口を開かないようにしていた。

 

「今の父に引き取られた後は、ユージア大陸で過ごしたわ。仕事柄父は世界中を飛び回って、私は大抵父の馴染みの空軍基地の人に預けられたわ。けど、そんな空気に慣れなくて、あまりしゃべりもしなかったわ。父も似たようなもので、あまり口数が多い人じゃなくって、周りからはそういうところがそっくりだ、って言われたわ。赤の他人なのに。そうやって過ごしていくうちに、学校にも通い始めたはいいけど、この性格だからあまり友達もできなかったわ」

「だが、その口ぶりだと出来たみたいだな」

「ええ。一人。まぁ腐れ縁ってやつでしょうけど。でも結構支えになってくれたわ。なんだかんだで私のことよく見てくれてたし、おかげで完全孤立とまでいかなかったし。本人の前では言わないけど、これでも感謝してるわ。まぁ、時間にルーズなところはいい加減直してほしいけど」

「それで、その友達はどうしてるんだ?」

「今は学生やって、時々喫茶店でバイトしているそうよ。たしかスカイ・キッドのエルジアファンバーティー支店で。肌が健康的で少し黒いから分かりやすいかもね」

「サイファー辺り見てそうな気がするな」

「それもそうね。そんな感じで中学までやってきて、ある日暇つぶしに基地の中を散歩してたのよ。そしたら、帰ってきた戦闘機の一機から変な音がして、基地に関わっている以上、そういうのは報告したほうがいいっていうのも身に染みていたから整備班に伝えたのよ。けど、本人には分からなくて、他のベテランたちも分からないって口を揃えていたわ。けど一応ということで調べてみたら、本当に気が付かないほどの小さな欠陥がエンジンから見つかった。そこから私には音だけで異常が分かるかもしれないっていう話が立ち始めたのよ」

 

 ああ、やまとのこの能力は潜在的な物だったのかとスザクは思った。一種の才能である。ほとんどエスパーじゃないのかとも思った。お燐がスザクの上に飛び乗り、丸くなった。

 

「それで、軽く教えられて機体の整備をしてみたら大評判だったわ。天才的なセンスがあるとも言われたし。たぶん両親が工業系の仕事をしていたからその遺伝かもしれないわ。私だって物を修理したりするのは好きな方だし、これならやってみようかなって思ったわ。2年も経験したら機体壊したパイロットどやしてたけど」

「昔からそれだったのかよ」

「長いこと基地で過ごしてればみんな身内みたいな物になるから、大して問題なかったわ。それで、父にもそれだったら他の世界を見てこいとも言われて、ここに来たのよ」

 

 夜のせいでもあるのだろうか、今のやまとは口数が多かった。事故の事もあって、思考に少々普段とは違う感覚が流れ込んでいるせいだろう。それとも、他に何か感情でもあるのだろうか。

 

「……ところで、お前の義理の方の親父さん、パイロットなんだろ? どこの所属なんだ?」

「父も傭兵だから一概にどこの所属かって聞かれたら少し返答に困るけど、一番戦火を上げたのはISAFでメビウス隊隊長をやった時かしら」

「ふーん、メビウス隊隊長ね…………」

 

 それはまた結構なところで、とお茶を口に入れてからスザクはもう一度メビウスの単語をリピートして、そして盛大にお茶を吹き出した。

 

「メビウスだと!? メビウスって、あのISAFメビウス隊一番機、メビウス1の事か!?」

「それ以外にどのメビウスがいるのよ」

「冗談だろ、あのユージア大陸の英雄が、お前の義理の父親だと?」

「そうよ。言う必要が無いから今まで言わなかっただけよ」

 

 なんてこったと、スザクは唖然とした。メビウス1の名前は、パイロットをやっているなら知らない者はいない。その英雄の娘が自分の機体の整備士だったなんて誰が思うか。

 

 呆然とするスザクに、やまとは面白い顔だと思いながらお茶を一口飲んで、さて、これはたぶん何も言わなさそうだし、それに自分の事だけを言うのは割に合わないと思ったから今度はやまとが聞いた。

 

「そういうあなたこそ、何で戦闘機乗りになろうと思ったのよ?」

 

 え、っとスザクはあっけにとられた顔になる。まだ頭が鈍っているのかと思いながら、やまとは口を動きやすくするためにさっき思った事をそのまま口にした。

 

「私だけが自分の事言うなんて不公平じゃないの。あなたは何で戦闘機乗りになったのかと聞いてるのよ」

「え、あ、ああ……」

 

 スザクは叩き起こされた気分になって、軽く頭を振って一旦落ち着くことにすると、何時から戦闘機乗りになろうかと考え始める取りあえず思い当たるのはサイファーの影響である。彼の誘いでもあっただろう。だが、やはり一番の要因と思えることと言えば、あれしかないだろう。

 

 スザクはSu-47の部良くに描かれたエンブレムを見ながら、口を開いた。

 

「俺の機体のエンブレムがあるだろ」

「ええ。確か悪魔の妹がモチーフなんでしょ」

「ああ。もう一つ言うと、あれは俺の妹をイメージして描いたんだ」

「妹?」

「そうだ。お前と同じ15年前の話だ」

 

 ぴくっ、とやまとの体がわずかに反応した。そしてこれは地雷を踏んだかもしれないと感じ、頼むから聞かない方が良かったなんて落ちになるなと願った。

 

 結果から言うと、やまとは聞いた事を後悔する羽目になった。

 

「当時小坊だった俺は、まぁそれなりに普通な小学生だった。サイファーも同じ学校でな、あいつの今の彼女、そしてその双子の妹も含めて四人で良く動き回ってた。時々俺の妹も混じったりして遊んだりしてな。楽しかったさ、近くの海に行ってイルカが来たり、山に入って遭難しそうになったり、訓練基地に入って遊んだりしてた。そんな中ベルカ戦争が勃発した。と言っても、俺たちの住んでいる場所はオーシアの端っこの田舎町だったから全然関係なかったんだ。空軍基地も一応あったけど、戦闘機四機と練習機六機の戦力にならないような小さい規模だった」

 

 さっきと声のトーンが違うことにやまとは気づく。嫌な予感が的確に線路を通っている事が手に取るように分かった。だが、遮ってしまってはつじつまが合わなくなる。ここで止めるべきかとも思ったが、興味もあった。そうやってどっちを取るべきかを考えて、結局聞き続けることにした。

 

「ある日だ。春が過ぎた辺りなのにやたらと暑い日だった。授業中で窓は開けられて、俺はぐったりとしていた時に、一際大きい飛行機のエンジン音が聞こえた。地元の軍の飛行機だろうと俺は何も思ってなかったんだが、サイファーが椅子から立ち上がって声を上げたんだよ。『この音はベルカのBM-335爆撃機のエンジン音だ!』ってな。それとほぼ同時に学校近くに爆弾が落とされたんだ」

 

 その事件はやまとも知っていた。以前、義父からも聞かされたことがあっり、知らぬうちに口にしていた。

 

「…………シンリア無差別爆撃事件……」

「ああ。俺はその中にいたんだ」

 

 

 

 

 

 爆撃が始まってから学校は混乱状態だった。小学生なんて戦争の欠片も知らないのだから、泣きだす奴ばっかりでパニック状態だった。逃げ出そうと走り出す奴もいて、教師たちはそれを必死に制止した。学校は狙われない、絶対安全だと。

 

 だが、サイファーとあいつの恋人は分かっていたんだ。戦略的爆撃ならこんな学校のすぐ近くに爆弾を落とすはずが無いって。それでサイファーは俺たちに逃げるよう促したんだが、信じる奴信じない奴でさらにパニックになってな。今考えればそれもそれで結構危ないんだと思うが、俺はサイファー達の言葉を信じて逃げた。

 

 外に出てみれば、爆撃が本格化していた。学校の周りは、まるで取り囲むかのように炎に包まれて、逃げ場が全くなかった。死ぬかも知れない。あの炎に巻き込まれて死ぬかも知れない。そう思ってた。

 

 そんな時、サイファーの恋人が走り出して、サイファーも俺も追いかけた。走った先には、校庭の隅の方にある子供一人分が入れるくらいの穴があって、その先は少し広い空洞になっていたんだ。そこに入り込んで、爆撃が止むまでずっとそこにいた。

 

 そして、エンジン音も爆撃の音も聞こえなくなって、外に出てみたんだ。空はまだ夕方の手前くらいなのに暗くて、代わりにまだ燃え続けてる炎が明かりの代わりになっていた。見てみれば、学校の校舎はほとんどなかった。

 

 それからしばらく呆然として、ふと家族がどうなったかが気になり出したんだ。そこでようやく家族は無事かと不安になって、走り出した。道なんてほとんど無い。倒壊した家の破片や爆弾の破片、人間だった肉の塊が散らばって、鉄の焼ける臭いと人間の肉が焼ける臭いが立ち込めて、吐きそうだった。けど、妹の事が心配で仕方なかった。やっと6歳になったばかりなのだから、どこかで怖がってるに違いない。だから、吐き気を飲みこんで走り続けた。

 

 それで、ほとんど崩れてる住宅地の中から、俺の家だった場所にようやくたどり着いた。いつの間にか黒い雨が降っていて、火の手は少し収まっていた。けど、どの道家は燃え尽きて崩れていたから今更関係なかった。

 

 それでも、俺は必死に瓦礫をかき分けて探した。そして、視界の奥に妹の小さな手が見えたんだ。持っていた物すべてを放り出した気分だった。実際何も持ってなかったんだがな。けど、せめてこいつだけでも助かってほしいと、その手を握った。

 

 

 

 

 

「…………それで、どうなったの?」

「妹の手は確かに握った。心なしかまだ暖かい気がして、ああまだ生きていると思って目線を腕の先に動かしたんだ。そしたら、無かったんだ」

「…………?」

「妹の肘から先が、無かったんだ」

 

 その瞬間、やまとは自分は地雷を踏んだのではなく、核ミサイルの発射スイッチを押しこんでしまったのだと痛感した。

 

「まったく、あっけなかった。理解できなかった。なんでその先にあるはずの妹の体が無いのか全く理解できなかった。ただ、その時俺の真上を、ベルカの爆撃機が飛んで行くのを見たんだ。それを見たとき、俺の中に何かが蠢いた気がしたんだが、理解できなかった。目の前のことすべてが理解できなかったんだ。サイファーが来るまで、俺はそこで立ち尽くしていた」

 

 軽く息を吐いて、スザクは自分がかなり冷静だった事に気が付く。思い出すだけで怒り狂いそうになる話なのに、なぜか冷静でいられた。それは今日が寒いせいなのか、やまとが居るためなのか、深夜のためかは分からなかった。

 

「妹は爆撃で家ごと吹き飛ばされていて、体はもう残ってなかった。千切れた右腕だけが棺の中に入って、墓に埋められた。俺以外一家は全滅。しばらく抜け殻のように過ごしてきた。生活には困らなかったが、毎日毎日何をしていたのか覚えていないくらいショックだった。けど、ある日ふと思い出したんだ。ベルカの爆撃部隊が来なければこんなことにはならなかった。あいつらはどこかでも生きている、だったら叩き潰してやる、八つ裂きにしてやる、ハチの巣にしてやるってな。そして妹の受けた痛みを忘れないようにって、俺はあのエンブレムを描いた。これが俺の戦闘機乗りになった理由だ」

「…………そう」

 

 やまとは視線を下して、自分の愚かさを呪った。人間関係に慣れてないせいでもしかしたら自分は他人に大きな負担を与えてしまったのではないかと後悔した。他人と接触するのは嫌いでも、迷惑をかけたりはしていないつもりだったが、今回はそう言ってられなかった。確実にアウトな域に入っていた。

 

「……ごめんなさい、聞くべきではなかったわ」

「いや、構わないさ。俺だってお前の地雷踏んだし」

「私の場合は実感ないからほとんど無いに等しいのよ。けどあなたは鮮明にその時のことを記憶してるじゃない。比べ物にならないわよ」

「そうか?」

「そうよ」

 

 やまとの顔は聞きたくない物を聞いてしまったときにする、気まずそうな顔になっていた。いつもは無表情、というかいつも何かを嫌がっているような顔なのだが、実はそれは作り物の表情であって、もしかしてこいつはそのせいで表情を作るのは下手で、素で出るときは普通に出るのではないかとスザクは気が付いた。

 

「…………気にはしてない。お前も気に病むな」

「……分かったわ」

 

 やまとは素直に、本当にこれまでにないくらい素直にスザクの言葉を受け入れた。救われた気がして、心底ほっとしてしまう。今まで強がっていた分、誰かに頼ったりすることができなくなっていたのだと自分の足りない所に気が付いた。

 なんでも自分でこなそうとして、人と関わるのをあまり好んでいなかった。なぜか? 自分でも分からない。嫌う理由はない。なのになぜ?

 

 考えてみれば自分は色々おかしい個所がある。今なら分かる、まるで視界が大きく広がったかのように自分の事が見えていた。一体これは何なのだろうか? よく分からない。だが、嫌な気分ではない。そんな自分を見つめることで、この先が見えてくる気がしたからだ。

 

 やまとは、急に何かをしたくなった。何でもいい、何か自分の得になることがしたかった。新しい事、今までやってきた事をやり直す、何でもいいからやってみたかった。だが、多すぎて何から始めたらいいのかよく分からない。だからしばらくやまとは考えて、決めた。

 

「ところでお前……」

「ねえ」

 

 スザクが問いかけようとしたところで、やまとはあえてその言葉を遮って自分への優先権を奪う。さすがにいきなり行動するのは少々無理がある。だから、きっかけが欲しかった。そのきっかけがそれはもういいタイミングで現れたのだからありがたかった。

 

「お前、っていうのやめてほしいのよ。やまとでいいわ」

「は?」

 

 スザクは突然の提案に何言ってんだこいつと言いたげな顔になったが、やまとは構わず言葉を重ねた。たぶん今言わないとこの先自分は動けなくなるかもしれないと思ったからだ。

 

「だから、名前で呼んでいいって言ってるのよ。その代わり、私はあなたの事を兄さんって呼ばせてもらうわ」

「はいい?」

 

 スザクはまた訳の分からないと言った顔になる。当然である、今までつっけんどんな態度を取られていたのに、突然兄と呼ばせてほしいと言われたら戸惑うしかないだろう。だが、やまとは恐らく人生で初めて他人に構わず自分だけ話しを押し通すということを実行し続けた。

 

「時々思ってたのよ。兄弟や姉妹って居たらどんなものになるのかって。ユージアの親友の口からは、たまに彼女の兄弟の話を聞かされたわ。だから、ちょっと羨ましかったりもしたのよ」

「ああ…………そういうこと」

 

 そう言われると、少し弱くなる。自分には持っていない物を知ってみたい、そう思うのは普通だろう。姉や兄が欲しい、妹や弟が欲しいと、誰しもが一度は思う事である。それに、もしかしたらいい支えになるのではないかとスザクは思った。それで何かやまとのトラウマにいい刺激が起きるなら、結果オーライだ。

 

 実を言うならスザク自身もまた、もう一度「兄」と呼ばれたいと思っていたのだから、別に断る理由なんてものもなかった。

 

「……好きにしろ」

 

 あえてぶっきらぼうに言ってみたが、口元の緩みが止まらない。やまとに気づかれないようにそっぽ向くが、本人は目ざとくその口元に視線を突き刺した。

 

「ちょっと、なに笑ってるのよ」

「いやすまん、ギャップに驚いただけだ」

「驚くだけなら笑わないわよ、おかしいて思ってるでしょ?」

「思っとらん思っとらん、ぷくく」

「今絶対笑ったでしょ!」

「いやだって笑う以外に何が、あーっはっはっは!!」

「な、なによ! これでも結構言うのに勇気がいるんだから配慮しなさいよ! デレカシーの欠片もない人ね!!」

 

 やまとは顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。恥ずかしいのか怒っているのか、いやその両方だろう。やまとは羞恥を隠すために、怒りを震わせてそれを誤魔化そうとする。

 

 だが、今となってはすべてが無駄で、スザクの笑いの壺に大きく突き刺さってしまったやまとの発言は、しばらく彼女を後悔させてしまう新たな黒歴史としてまた1ページを描いたのであった。

 

 それからしばらく、スザクは笑い終わるのに長い時間を使い、もう怒ったところで無駄だと知ったやまとは、途中から顔を下して耳まで真っ赤にしながら、スザクが笑い終わるのを待ち続けていた。

 

 

 

 

 朝。格納庫の隙間から朝日が差し込み、スザクは瞼の隙間から入る日の光が瞳に突き刺さった不快感によって目が覚めた。いつの間にか格納庫のベンチの上に横になって寝たせいで、少々背中が痛かった。

 体を起してみてから、スザクは自分の体に毛布がかけられているのに気がついた。一体誰が? そう思いはしたが、思い当たる人物は一人しかいなかった。

 

「あら、起きたのね」

 

 声がする方に顔を向ければ、やまとがXFA-27の腹に手を突っ込んで、スザクの方を向かずに手を動かし続けていた。ああ、いつも通りだとスザクは一瞬思って、はっとした。

 

「やまと、お前……」

「何?」

 

 何か用かと言いたげな返事で、やまとは手元に置いてあったスパナに手を伸ばしてボルトを捻る。その手は震えていない。しっかりと、前と同じように自分の仕事をこなしていた。

 

 いや、違う。何かが違う。雰囲気と言うか動きと言うか、ともかくスザクには今のやまとが違って見えた。何かを見つけたような、何か見るべきものが見えたようなそんな大人びた顔をしていて、何とも言えない気持ちになった。

 

「いや……大丈夫か?」

「問題ないわ。何かあった時はあなたの腕でカバーしてちょうだい」

「おいおい、冗談きついぞ……」

 

 そうならないようにするのが整備士の仕事だろうとスザクは言い、やまとはそうなった時に何としてでも生還するのがパイロットの仕事だろうと言い、返答できなくなった。

 

「要は、お互いさまよ。やっと分かってきた気がしたのよ。この仕事をやっていくには腕だけじゃダメだって。今更だけど、パイロットの事も信じないとダメなんだって、今回の一件で知ったわ。だから、安心して全身全霊で自分の仕事を全うするわ。それでももし、もしまた何か起こった時でも、あなたなら帰ってきてくれるって信じることにする。実際、無事だったんだし」

 

 機体から手を引きぬいて、やまとはマニュアルを見つめて点検個所の最終チェックを済ませ、ボードに書かれた項目リストに印を入れると、伸びをしながら立ち上がった。

 

「ノルマ達成。これでいいはずよ」

「結局徹夜か」

「ええ。肌を保ってはいたいけど、そんなこと言ったら人一人殺しかねないから諦めるわ」

「そうか。けど、ケアぐらいはしとけよ?」

「わかってるわよ、そんなこと」

 

 始めは睨むように、だが言葉お終えた頃には軽く口元は釣り上げて笑みを浮かべ、今のは嘘の顔だったとアピールされ、スザクはやれやれと、自分も知らぬうちに同じように口元を釣り上げていた。もう、やまとは大丈夫だ。そう思うと、自然と笑えた。

 

 

 

 

 XFA-27のコックピットで、スザクは与えられたチェックリストの項目をにとりと共に順番通りに確認し、長い項目のようやく半分まで到達していた。いろいろと複雑すぎて頭が割れそうだとスザクはぼやくが、にとりは直感で覚えろと促してチェックを続行する。スザクはため息を吐きつつも機体の中央モニターに指を走らせた。

 

 格納庫の外では、カメラポッドを搭載したサイファーのF-22が待機し、今まさに左エンジンに火が入ったところだった。

 

「はい次、チェックリスト項目5-1」

「はいはいっと……」

 

 タッチパネルに触れて、駆動系を確認する。やまとが担当したのは電気系統の動作を軽快にする補助端末で、モニターに表示された図面から、感度良好だと分かる。やまとが戻らなければこの補助機関は動かず、少し機体の機動力が下がるはずだった。だが、目視での動翼確認では、軽快に見えた。

 

 それからさらに十分が経過して、全てのチェックが完了し、タラップが外されてXFA-27はトーイングカーに押されて格納庫からその機体を青空の下に晒した。

 

 滑走路を複数の除雪グレーダーが忙しそうに走り回り、外を歩き回る誘導員と整備兵が寒そうに体をさする。やまともそれを見てつい肩を抱く。もともと寒いのは嫌いだから正直最初にヴァレーに配属された時は不満まみれだった。

 だが、いざ過ごしてみればそこまで悪い物ではなかった。なんだかんだでここの技師としてのレベルは高く(主ににとりのせいで)、あんな態度をとっていても周りの人物は話しかけてくる物好きの集まりだ。ただパイロットがちょっと未熟な奴らが多いのは不満だった。自分が預けられていた基地のパイロットたちは精鋭しかいなかった。まあ、そのほとんどがエルジア戦争で激戦を生き抜いたパイロットたちだったから当然と言えば当然かもしれないが。

 

「エンジンスタート!」

 

 にとりの指示でトーイングカーや地上員たちが機体から離れ、誘導員のみがXFA-27の真正面に立ち、指で右エンジンの始動を通達する。聞いたことのないような甲高いエンジン音が響き渡り、山に反響して一層大きく聞こえる。続けて左エンジン始動。二つのエンジン音が重なり合って今か今かと出撃を待ち望んでいるかのような音だった。

 

 エンジンの回転数が安定域まで上り詰め、ほんの僅かにタイヤが動いてブレーキがそれを食い止める。管制塔からのタキシング許可。キャノピークローズ。ブレーキ解除。エンジンの推力を80%まで上げ、すぐに下す。機体は前進を始め、10ノットまで加速する。誘導員が右回頭の手信号。

 

 ノーズギアが回転して、機体の機首の向きが南へと向く。左を見れば、見送る整備兵たち。その中に、やまとの姿。珍しく見送りに参加していた。しかも、敬礼付きで。

 ああ、本当にあいつは変わったのかとスザクは嬉しく思い、敬礼を返して前を向く。後ろに首を曲げればサイファーのF-22が続き、久しぶりの光景に少しほっとする。腕はまだ痛むが、通常機動なら問題ないだろう。

 

 滑走路の端までたどり着くと、そのまま滑走路に進入。一時停止してサイファーが横をすり抜けるようにして先に出る。チェイサーは先に離陸するのが基本だ。

 

「こちらサイファー、離陸するぞ」

 

 クリアランスをもらって、サイファーのF-22のアフターバーナーが点火される。大出力の排気で、力強く加速してエアボーン。すぐさま旋回運動に入って時計回りに基地の上空を旋回。南へと進路を向ける。

 

 続けてスザク。クリアランスが下りて深呼吸。ここからは全くの未知の機体によるフライトだ。気を引き締めないと何かが起こった時に対応できない。スザクは慎重にスロットルを押しこんだ。

 

 エンジンが唸る。回転数が跳ね上がり、機体を圧倒的な出力で押し出す。体にGが掛り、シートに体が押し付けられる。速度、150マイル突破。機首上げ。前輪が地上から離れ、機体が持ち上がってふわりと舞い上がる。離陸成功。ギアは上げずにそのまま右旋回。基地を眼下に機体をバンクさせながらゆっくりと旋回。見上げる整備兵たちが小さく見える。サイファーがここで合流。二週目に入ってなお旋回。これからが本番である。

 

「スザク、カメラ起動させるぞ。せいぜい華麗に飛んでみてくれ」

「ふん、言ってろ」

「機体の調子はどうだ?」

「ああ、やっぱり言われた通り安定性が低い。コンピューターの補助が無かったらもっとふらついてるだろうな」

「やまとちゃんのおかげかな?」

「……そうだな。あいつには感謝しないとな」

 

 

 

 

 基地上空を旋回する二機を見上げ、やまとは無事に飛んだことに胸を撫で下ろした。やはり補助系統を手入れしておいてよかったと心から思った。

 

「うーん、わりと安定してるね。やまとちゃんの頑張りのおかげかな?」

「い、いえ私はそこまで大きい事はしてません……あくまで配電盤とその他の一部装甲に手をつけただけです」

「十分さ。あの補助系統を動かさなかったらもっとスザクはふらふらしてるはずだよ。けど、あまり目立たない。バックアップが上手く機能してるよ。頑張ったね」

 

 にとりこうも褒められると、さすがにやまとは照れ臭くなってそっぽを向いた。顔が熱い。ただでさえ寒いヴァレーなのだから熱いのが一層よく分かる。けど、素直にうれしくも思った。だから、その顔は笑っていた。

 

「そうそう、やまとちゃん。ちょっと相談したい事があるんだよ」

「相談、ですか?」

「うん。これなんだけどさ」

 

 そう言ってにとりが見せたのは、やまとの書いたあのアップデート版Su-47の設計図だった。

 

「主任いつの間に!?」

「ごめんね、ちょっとコピーさせてもらったよ。けど、まず怒らないで聞いてほしいんだけどさ」

 

 にとりはやまとの耳に手を添えて小声で口を動かし、その言葉をすべて理解して、たぶん自分は人生で今までにないくらい間抜けに顔になっただろうと思った。

 

「…………それ、本気ですか?」

「本気も何も、もうメーカーに設計図送っちゃったもん」

「送ったって……あれを送ったんですか!? まだ現代の技術的に不可能な個所だってあるのにですか!?」

「あー、その辺りは私が手を加えておいたから大丈夫。けどまだ細かい個所の意見とかをやまとちゃんから聞きたいんだよ。どう?」

「どうって言われましても…………」

 

 拒否権なんてないじゃないかとやまとは言いかけて、いや元からそのつもりだったんだなと悟り、小さくため息を吐いた。

 

「分かりました。それで、細かい個所と言うのは?」

「ふふふ、取りあえず着いてきてもらおうか」

 

 にとりは、いたずらを考える無邪気な子供のような笑みを浮かべて、着いてくるように促した。

 やまとは一歩近づいて、もう一度上空を飛ぶ二機の戦闘機を見上げて無事を祈り、にとりに着いていく。その先には、普段誰も入れない、にとり専用の格納庫が待っていた。

 


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