ACE COMBAT ZERO-Ⅱ -The Unsung Belkan war-   作:チビサイファー

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ずっと一人の友人にしか見せていなかった小説を、加筆修正して投稿する事にしました。かの有名なフライトシューティング、「エースコンバットZERO」の15年後を描いた二次創作となっております。
趣味の関係上、どこかで聞いたことあるようなキャラクターが多数登場しますが、そちらは原作とは一切関係ありません。クロスオーバー要素は、某アニメキャラクターと同じ名前のキャラが出る、どっかで聞いた言い回しのパロディセリフがあったりと言った程度です。
こちらの知識不足での矛盾、理解していない描写、なにぶん文章力不足で見苦しい内容となっておりますが、それでも楽しんでいただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いします。


プロローグ

 

 15年前、戦争があった。

 

 世界を巻き込んだ、軍事大国ベルカの世界侵攻。失った自分たちの財産を取り戻すべく計画され、ウスティオから見つかった資源をきっかけに、地上で、海で、大空で、そして会議室の円卓の上で、戦いが起こった。

 

 準備を怠っていた周辺国は、ベルカ軍の圧倒的力で敗走。自国領内の深くにまでベルカ軍の侵攻を許してしまう。各地で巻き上がる戦火は、大量の血を流し、その量は日に日に増えるだけだった。

 

 だが、いつの時代でも血を流し、涙を流すのは軍人だけでは無い。民衆だってそうだった。街は焼き払われ、何の罪もない市民たちは見捨てられ、大量の炎に包まれて灰になる。報復によって体を吹き飛ばされ、帰る家を無くす者。動かなくなった家族を抱いたまま、同じように炎に焼かれて死んでいく者。産声を上げる前に死んでいく者。それが、当たり前になろうとしていた。

 

 彼もまたその中の被害者だった。

 

 ただ無力に、焼けて行く自分の生まれ故郷と家族を見ていることしかできなかった。

 

 残骸の中に埋もれた、変わり果てた家族の姿。母、父、妹。みんな、朝までいつもどおりに過ごしていたどこにでもいる普通の家族だった。しかし、そんな中彼だけが助かってしまった。

 

 だが、彼は泣かなかった。あるのは言葉にできない喪失感と、彼たちの頭上を飛んでいく戦闘機のエンジン音だけが耳に残って、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼はそのことを鮮明に覚えている。

 

 でも、もうそんな物は何も残して居ない。どうでもいいことだと、思った。

 

 なにもいらない。つまらない。彼は、自分の行く末を呪った。なにもない、満たされているようで満たされていない生活。その生活に飽きた時、そして心の中でうごめくそれが復讐と認識した時。

 

彼は傭兵になると決心した。

 

 

 

 

 

―2010年11月4日 ウスティオ領空 エリアB7R『円卓』―

 

 かつて、ベルカ戦争の時に伝説のエース達が飛び交い、そして散って行った場所。

 階級も経歴も何も関係ない、ただ一つのルールしか置かれていないエース達の舞台。

 

 生き残れ。それが、ただ一つの交戦規定だった。

 

 だが、それももう、昔の話になりつつあった。今となっては、B7Rは戦闘機の残骸と、そのパイロットの改修されない遺体が眠る、さながら墓場のような場所になっていた。地磁気が安定せず、救難信号も届かないこの地で撃墜される事は死に等しく、円卓のど真ん中で撃墜され、生きて帰れた者はそうは居なかった。

 それでも、ここは現在もウスティオ空軍の演習空域として使われ、この空域で成果を出す事ができた者はエースへの道を進めると噂されていた。それだけのドラマが、この空の上で幾度となく起こり、あらゆる伝説を作り、後世に語り継がれていた。

 

 その円卓の空を、二機の機体が悠然と飛んでいる。その機体は15年前の旧世代戦闘機ではなく、時代の変化を物語る、最新鋭の戦闘機だった。

 

 先行する両翼を青く染め、氷の妖精のエンブレムを書きなぐった、機体番号009のF-22ラプターと、通常の黒塗装に、機首と尾翼を赤く染め、黒い月のエンブレムに包まれるようにして描かれた悪魔の妹のエンブレムを背負う機体番号495のSu-47ベルクート。

 

 ヴァレー空軍基地所属の傭兵、TACネームサイファー、そしてスザク。現代の円卓を飛ぶ、新しい世代であった。

 

「こちらサイファー、AWACS、上空からの異常は無し。今日も至って静かだ」

「了解。こちらのレーダーにも反応なし。引き続き哨戒飛行を続行せよ」

 

 サイファー、先頭を行く両翼を青く染めたラプターが軽く翼を振る。それを後ろから見ていたベルクートも、刃の様な翼を振ってそれに答えた。

 

「にしても、オーシアの方はかなりごたついているな。おかげでこっちにまで飛び火してくるぜ」

 

 数時間規模の少々哨戒任務に飽きてきて、そう言いながらサイファーは首を後ろの僚機に向けて曲げる。また無駄口が始まったか、とスザクは頭の中でため息を吐いた。

 現在オーシアはユークトバニアとの戦争の真っただ中である。両国はベルカ戦争以来の友好国だったというのに、突如として起こった侵攻作戦。その戦争には、各国も少々の疑問を抱かせるもので、仮に抱いてないとしても少なくともサイファーは疑問だった。

 

「ああ。聞いた話じゃ、化学兵器を学園都市にばらまいたらしい。今は噂のサンド島の四機が中和剤散布に向かったらしいが、空港の方も襲撃を受けているみたいだ」

「空港? 民間の空港にか?」

「ああ。まったく、クソみたいな話だ。やられたらやり返す。そしてそれをまたやりかえす。そんなことして血を見るのはいつも民間人だって言うことに、軍の腐った士官は全く気付いていない。馬鹿な話だ」

 

 僚機からの声は、冷たい皮肉が漏れ出し、しかしそれが彼の性格だし、もう長い付き合いだからサイファーはそのくらいのことは分かっていた。

 

 それに、彼は興味がないのではない。これが彼の激怒している意思だということも知っていた。

 

「虚しいな。いつの時代も、血を流すのは民間人だ。下らねぇ」

「気持ちは分かるが落ち着け。交戦状態で、最近ウスティオにも領空侵犯が多いんだ。いつ俺たちも交戦するか分からんから熱くなるのはそこまでにしておけ」

「……わかってるさ」

 

 機体を旋回させ、二機は北へ向けて進路をとる。レーダーに未だ反応はなし。彼らがヴァレーに着任してから、大きな戦闘がおこったことはない。強いて言うならば、領空侵犯した所属不明機を追跡した程度だった。

 

「…………ん?」

 

 一瞬、サイファーはレーダーに違和感を感じた。軽く画面を指でつついて、再度スキャンをかけてみるが反応なし。何か一瞬映り込んだ気がしたのだが、反応はない。一応スザクにも聞いてみる。

 

「スザク、今レーダーに何か映らなかったか?」

 

 そう言われ、スザクも自分のレーダーに目を向けてみる。だがスキャニング三回でもやはり何も反応はなかった。

 

「いや、反応はない。AWACSに聞いてみたらどうだ?」

 

 そう言われ、サイファーはAWACS“ラッキー・スター”に呼び掛ける。しかし返答はNO。やはり気のせいか。

 

「…………いや、いい。何かあったら上からも連絡が来るはずだからな」

 

 それに、燃料計の数値もそろそろレッドゾーンに入ろうとしている。潮時だろう。

 

「AWACS、そろそろ燃料がビンゴだ。これよりヴァレーに帰投する」

 

 予備燃料使用開始。メインタンクの燃料を消費して身軽になった二機は進路を南へと取り、自分たちの巣であるヴァレー空軍基地へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 ヴァレーに戻る頃になると、周辺は少し厚めの雲に覆われ、視界が悪かった。山岳部にあるヴァレー基地に関しては、曇りの時の天候の安定など皆無であり、キャノピーに雨粒が叩きつけられてきた。

 

「……降って来たな」

「ああ。視程も1マイルちょっとだ。気をつけないと崖山とキスだぜ」

 

 先頭にサイファー、左後ろにスザクの順に編隊を組み、基地から発信されるレーダー誘導に従って降下する。

 

『スカーレットフェアリー、ヴァレー基地の視程は3キロ以下にまで低下している。高度、風向きに気をつけて着陸してくれ』

「了解。ILSでの誘導を頼む。こっちは機体が腹ペコだとさ。一発で降りないとごねられて吐き出されちまうぜ」

『分かっている。ただ今からレーダー誘導を開始する。しっかり乗れよ』

「あいよ」

 

 通信を切り、HUDに十字のラインが現れ、アプローチに入る。

 

「スザク、お前は滑走路見えるか?」

「いや、まったく。GPSだと基地まで6マイルだ」

「結構近かったな。了解、このまま降りる」

 

 速度を殺し、風にあおられる機体を落ち着かせながらゆっくりと降下。あおられる機体が、まるで燃料と言う名の食料をよこせと言わんばかりに暴れているように思えた。

 

『残り4マイル』

 

 視界は相変わらず悪い。後3マイルほどは何も見えない状況が続く。手探りの着陸と言う物は、いつになっても不安な物である。簡単に言えば、目隠しをしながら自転車で自分の家の庭に突っ込む様な物だ。

 

『あと1マイル』

「見えた。着陸する」

 

 進入灯の点滅が目に入り、着陸宣言。次いで二機とも滑走路を確認し、最終アプローチに入る。

 

『スザク、高度が若干低いぞ。サイファーに合わせろ』

「んなこと言われても……だなぁ……」

 

 俺は着陸が苦手、とスザクは言おうとしたが、この言葉は訓練時代から使いまわしてばかりだから、そろそろマンネリだったことを思い出し、さてそろそろ新しい言い訳を考えなくてはなと思っていた矢先だった。

 

「スザク、上げろ!」

「っつ!」

 

 少々考え過ぎた。危うく基地よりも下の崖にぶつかるところだったと、しかし冷静になって機勢を立て直し、サイファーの後ろに戻る。この間わずか三秒。

 侵入灯を確認し、今日も帰って来れたことに安堵する。

 

『進入コース適性』

 

 滑走路に進入し、機首を少しだけ上に向けて後輪が地面にタッチダウン。スザクも同じく左後ろのポジションを保ち、少々風揺れたが着地。エアブレーキを全開にして速度を殺す。

 

『お疲れさん。B4誘導路を左折して9番ハンガーへ入ってくれ。今日はC整備の日だ』

「了解。久々にこいつを余すことなく分解してやれるぜ。な、スザク」

「同感だ。ま、こいつは今のところ問題はないがな」

 

 滑走路を抜けだし、スザクはやっと休暇が始まると安堵し、サイファーは楽しみに残しておいたお菓子がやっと食べられると思いながらそのまま指定された格納庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 2010年11月4日。ウスティオ共和国、ヴァレー空軍基地。

 

 それは、静かに切って落とされた。

 

おそらく世界のバランスが変わるかもしれないこの環太平洋戦争の裏に隠された陰謀。その中で蠢き、未来を食いつぶそうとしている15年前の呪いを断ち切るための戦いは、この日から始まった。

 

 

 

 

 

 機体を一旦格納庫前に停止させ、キャノピーを跳ね上げてヘルメットを脱いでヴァレーの冷たい空気を肺に送り込む。冷たいのだが、新鮮で透き通ったここの空気は、山間部だけあって美味い。空軍基地に特徴的な油臭さや火薬のにおいを、山の風が吹き流し、基地に居るとは思えないような空気であった。

 

「さってと、自販機で一杯やりますか」

 

 降りてきたサイファーは、コックピットで与圧の確認をしてからタラップに足をかけたスザクに声をかけた。

 

「ああ。そう言えば、いつかの一杯奢った分返してもらおうか」

「おお。あったな、そんなの。ふふふ、何がいいのかな?」

「スカーレットアセロラで」

「新発売の? あれ甘ったるいで評判な奴だが」

「たまには糖分も必要さ」

 

 宿舎の売店に向かって歩き、二人は談笑しながらその場を後にする。後ろでは徹底的に機体を整備するために整備兵たちが走り回り、ある物は愚痴をいい、ある物は浮き浮きとしながら工具を振り回す。

 

「…………あいつがこの機体のパイロット、ね」

 

 その中に、サイファー達の背中を、つややかな栗色の髪の毛をした一人の少女が、さながら鬱陶しい虫を見るような眼で見つめていた。

 

 

 

 

 

「おーお、バラバラにされてるな」

 

 ぐいっと、河童印の胡瓜ラムネを一口含みながらサイファーは解体されていく愛機を眺める。骨の髄まで飛行機のオイルがしみこみ、血液の代わりにケロシン燃料が流れていると言っても過言ではないこの男は、最初の方こそバラバラにされていく機体を見るのは少し心が痛かったが、日にちが経てばそれも忘れ、何より信用できる整備士が居るから気にしなくなった。今となっては、しっかりと手入れをされて、また元気になってくれるのだと思えばむしろ手伝いたくなるくらいである。事実、彼は時折りそうしていた。

 

「そらな。こうでもしないと、俺たちは明日の朝日は拝めないわけだし」

 

 ちなみに、隣で激甘かつ濃厚で有名なスカーレッドアセロラを飲むスザクは、そう言う感情を持ったことはない。あくまで戦闘機は兵器と言う戦闘単位であって、人間ではない。彼を育てた教官は、機体は消耗品、パイロットが生きて帰れば大勝利だという名言を抱えていた。

 

「うぉぉ~! 俺のラプター!!」

 

 胡瓜サイダーを飲み干したサイファーは、何か我慢できなくなって一目散に自分の愛機のもとへと走り出す。スザクはその背中を見て、「餓鬼め」と思う。

 

「ったく……バカやりやがって……」

 

 カリカリと頭をかき、さて自分も機体の整備に向かうかとアセロラを一気飲みし、ゴミ箱にシュートして見事ゴール。そのまま愛機のもとに歩み寄り、手始めにピトー管を調べてみる。のだが。

 

「なるほど、わからん」

 

 しかし、彼の腕はいいが、彼の整備知識は必要最低限以下であり、どうも細かいところが分からない。手先は器用なのだが、興味が無いととことん知ろうとはしない、そんな性格だった。

 

 腰を上げ、エアインテークに顔を覗かせてみる。エンジンはすでに取り外されており、空洞である。

 ふと、機体の装甲に目を向けると、やはりガタが来ていたのか、所々機体の装甲に傷などの損傷が目に付いた。オーシアのスクラップヤードで長い事埃を被っていたからだろうかと思う。

 

「参ったな、こりゃ」

 

 この分だとエンジンもやられているだろうか。少し不安になり、視線を巡らせると、手近に居たエンジンにスパナを回している整備兵を見つけて声をかけた。

 

「おい、俺の機体のエンジンの具合はどうだ?」

 

 帰ってくる返事はどんなものか。実は意外と壊れてないのか、実際壊れかけて交換を要するという返答か。出来れば前者を期待していたが、残念ながら両方外れという事態が起こったのはすぐ後だった。

 

「最悪よ。よくもまぁこんなガタガタの状態で今までをやって行けたわね」

「…………は?」

「それに、さっきの着陸何? 自爆でもする気なの? するならするで地面すれすれの背面飛行でイジェクトでもしてなさいよ。この下手くそ」

 

 そして、後ろ姿で語っていた整備兵は立ち上がり、帽子を脱ぎながら後ろを振り向いた。

 

 その姿に、スザクの驚愕はさらなる高みへと到達した。

 

「お、女!? しかもガキ!?」

 

 目の前の整備兵から、長いポニーテールがひらりと現れ、胸元には女性を示す確かなふくらみ、そしてその顔はまだあどけなさもある少女のものだった。

 

「なによ。16そこらの女がこの機体の整備兵やってちゃいけないの?」

「じゅ、16だと!?」

 

 柄にもなく格納庫中に響きそうな声を出してしまうほどだった。ここにはむさくるしい男や、男っ気全開な女整備兵は居る。が、目の前の少女は、大人と子供のまさに狭間に居るような、微妙な顔立ちをしており、体のラインも少女らしさの漂うもので、尚且つまだ完全な発達をしていない丸みのあるラインだった。

 

「で、話は戻るけど、あなた今日C整備しなかったら、確実に明日死んでいたわよ」

「ど、どういう意味だ……?」

 

 ともかく、突っ込みは大量にあるのだが、ここは落ち着くために彼女の話を聞くことにしようと判断した。そうしないと頭が変なサンバカーニバルを起こして破裂するのは明白だった。

 

「エンジンのコンプレッサーが砕けかけていたわ。次エンジンスタートしてアフターバーナー入れたら、確実に溶けて、最悪破片がエンジン内を跳ね回って破損。満載燃料に引火してイジェクトする間もなく火だるま。良くてもエンジンに発火して近辺の系統破壊で操縦不能、悪ければイジェクトシート機能停止で火だるま、なんてこともあったわよ」

 

 睨みつけるその瞳は、明らかに敵意むき出しだった。これでも二十代である自分に敬意も敬語も礼儀もひったくれも無しで、なお且つ正論を述べるため、反撃の隙を与えないこの小娘を、この時点でスザクは問答無用で嫌いになると決定した。

 

「……話は分かった。だが、なぜお前のような16歳の子供がこんな所に居る? そしてなぜ俺の機体を整備している? 普通、お前さんのような年ごろの娘は、高校に行っているはずだろう」

「あなたには関係ないわ。そんなことより、自分の機体についてもっと知りなさいよ。こっちだって最悪徹夜で機体を整備しないといけないんだし、所々自分でやりなさいよ」

 

 さっきからこの毒舌の雨あられ。落ち着け、こう言う時こそ落ち着け、俺。さっきからそう自分に言い聞かせ、この小娘の言うことに耐える。だが、一応我慢強い性格のスザクだが、今回ばかりは長く耐えられそうな気がしなかった。頼むから誰かこの状況を崩してくれ。切にそう願う。

 

「おやおや、スザク。子供整備兵相手にナンパか?」

 

 と、ナイスタイミングでやって来たのは彼の相棒、サイファー。なんともいいタイミングで来てくれたと感謝しつつ、同時に自分のこの不幸な場面をナンパ扱いした彼を、取りあえず拳で殴り飛ばしながら改めて感謝した。

 

「誰がナンパだ。誰が」

「ちくわ……ぶ……」

 

 整備工具の大群に吹っ飛んだサイファーは、その中のドライバーやらスパナやらモンキーレンチが頭にナイスシュートされ、ヒヨコが頭の回りをくるくると回って、ついでに目が四方八方へと回転させられる羽目になった。

 

「…………」

 

 それを呆然と見る若い整備兵は。さすがに驚いたのだろう。若干の汗をかきながら、少し驚愕した表情で事の動きを見ていた。むしろこれを見て驚かない方がおかしい。

 

「あーあ、また派手にやったねぇ」

 

 そこへもう一人の声。明らかに女性の声で、しかもこのスザクの機体を整備していた少女と変わらないくらいの幼そうな声がこの場の空気に介入した。

 

「……にとりか」

 

 スザクの視線の先に、気温が十度も無い極寒の中、上半身はタンクトップで、下は整備服というラフな格好をした少女が居た。にとりと呼ばれた彼女は、緑色の帽子に、水色の髪を二つ結びにして伸ばし、ツインテールをした少し幼い容姿で、しかしその瞳の奥に宿る光は幾多の修羅場をくぐりぬけて来た猛者の光を宿した少女だった。

 

 彼女は河城にとり。このヴァレー基地で数少ない、女性らしい女性で

、しかも敏腕整備士と言うハイスペックの所持者である。ちなみに自称18歳。実年齢は不明である。

 

 彼女こそが、サイファーの機体の整備主任兼、ヴァレー空軍基地整備責任者である。

 

「いやー、遅れてごめんね。今日は非番が多くて、人手が足りないんだ。大事なC整備の日なのに、まさかここまで休みが被るとは思わなかったよ」

 

 と、にとりは苦笑いする。こうして見るとただの少女だが、言うこと考えることは一歩間違えれば自分達より年上のような考えを持つ少女であったから、なかなか隅には置けない存在である。実際のところ、サイファー達よりも年上ではという疑惑がかけられているが、真相に迫った者は酷い目に遭うというジンクスが作られていた。

 

「じゃ、改めて紹介するよ。この子は今日からヴァレーに配属された、永森やまとちゃん。親が軍属で、彼女も整備兵志願としてここに来たんだよ」

 

 なるほど、家柄でこの年でこんな所に居るのかと、スザクは少し理解するが、それとこれとは話が別で、こんなちびっ子同然の彼女に自分の機体を触られている事に関しては認めたくないのが本心である。

 

「で、その軍属のお嬢様がどうして俺の機体をいじってるんだ?」

「それは簡単だよ。彼女が今日から君の機体の整備主任に任命されたからさ」

「…………は?」

 

 スザクは、一瞬何を言われたのか全く分からなかった。まず、自分の耳を疑う前ににとりの言葉を疑った。それほど信じられなくなり、そして夢なら今すぐにでも覚めて欲しいほど、スザクにとっては悪夢のような展開だった。

 

「待て。何で子供に俺の機体を触らせなければならんのだ?」

「そりゃ私も初めはびっくりだったけど、やまとちゃん腕はすごいよ? なんたって、機体のエンジン音だけでどこが調子悪いのか分かっちゃうからね」

 

 にわかに信じがたい話だった。エンジン音だけで? そんなことができるわけがないと、スザクは真っ先に否定した。

 

「でも、実際君が着陸する時、やまとちゃんが、『コンプレッサーが壊れてる』って言い当てたんだよ。サイファーに関しても、タービンブレードの一枚に亀裂が入ってるって、見てみたら本当に入ってるんだからびっくりだよ」

 

 しかし、こうもヴァレーでトップを誇る整備兵であるにとりが言うのだ。真っ赤なウソ、というわけでもなさそうである。

 

 だが、それでも信じられない物は信じられないものである。にとりが嘘を言うはずはないが、それではどうしようものかとやまとが居た方向に視線を向けると、既にベルクートの整備を再開しており、まったく音もなく移動するものだと変なところを感心してしまう。

 

「まぁまぁ、C整備終わって数日ほどは彼女に任せてみて? 不満点、整備ミスがあるようなら本人もクビにするなり何なりしてくれって言ってるからさ」

「偉く自信家だな」

「プライドが高いんだよ、ああいう女の子はさ」

 

 ちらりと、何も言わず黙々とスパナを回し続ける幼い背中を見、次にタンクトップだからやたら目立つ立派なバストの持ち主の整備兵を見、工具の山に突っ込んだ相棒を見、はぁ、と深くため息をつくと、スザクは、

 

「二週間だ。それで何かあったら処分はにとりがしてくれ」

「あいよ!」

 

 仕方がない。ここは彼女の言う通りにしておこうと、しぶしぶ承諾。しかし、死因が子供の整備ミスになった時、どう頑張っても格好いい死に方ではないなと、スザクは思う。せめて、後二週間は生き延びよう。誰にも気づかれないように、小さく胸の内でそう決心した。

 

 

 

 

「まったく、いきなり殴ることはないじゃねぇか」

「うっせ。お前の言い方が悪い」

「マスター、それでもいきなり工具の山に吹き飛ばすのは無いよなぁ?」

 

 サイファーが嘆いた同じ高さの視線の先に、青くつややかな髪の毛を腰にまで伸ばし、もう少しで太ももに届きそうなほど長髪の、やまとよりも幼い容姿をした少女が居た。

 

 みょいんと、頭の頂点から生えたアホ毛がまるで神経でも入っているかのような動きを見せた。

 

 彼女の名前は泉こなた。ヴァレー空軍基地娯楽施設、バー「らき☆すた」の店長である。

 

「うーむ、しかし物は言いようだから、今回はサイファーが悪いと思うよ」

「おいおいこなたぁ、そりゃないぜ……」

「ここではマスターとお呼びたまへ」

「へいへいマスター……」

 

 こうして見ると、身長こそ同じように見えるが、実際はカウンターが一段高く、さらにサイファーたちは座っているため、身長差が無いように見えるだけであって、実際並んで立つと、こなたは二人より圧倒的に小さい。そう、まるで小学生のように小さいのである。

 

 それでいてなぜこんな容姿の少女がここでバーのマスターをしているかと言うと、禁則事項だそうだ。まったく、どこかの神様もどきにつれてこられた未来人みたいなことを言う。

 

「お、いたいた。お邪魔してもいいかな?」

「あ、にとりさんいらっしゃ~い」

 

 店の入り口に、達成感で満ちた表情の、ただしいつもと違う雰囲気のにとりが立っていた。少し違うのは仕事が終わったため、二つ結びの髪をほどいて、セミロングの美しい水色の髪の毛を輝かせていた所だ。

ほんの少し癖が残る髪の毛が、また違った印象をかき立て、三人はこの状態の彼女を見るといつも印象が変わったりするから新鮮だと思っていた。

 

「マスターいつもの胡瓜ビールで!」

 

 サイファーの隣りに座ると、にとりは高らかに、このバーが開店してから彼女しか注文しない胡瓜ビールを注文する。今までこのビールに挑戦した人物は、泡を吹いて倒れるのが大半なのだが、どういうわけか、にとりは倒れるどころか、むしろ好んでいるという状態である。人は彼女を、河童と呼んだ。

 

「はいよ~。にとりも好きだねぇ」

「いやー、仕事が終わったらこの一杯に尽きるさ!」

 

 中ジョッキに入れられたビールがカウンターに置かれ、にとりはぐいっと胃袋の中に流し込む。

 

「俺前飲んでみたけど、丸一日寝込んだぞそれ」

「ふっふっふ。これは大人の味なのだよサイファー」

 

 お前どう見ても俺より年下じゃねーか、と言いそうになって、その言葉を飲み込む。実際、にとりの本年齢を知る者はいないとされている。書類に書いてある年齢は、傭兵ならいくらでも変えられるし、にとりはその傭兵の部類なのだから、まったくもって不明である。書類上は18歳だが、果たして実態はいかがなものだろうか。

 

「俺も一応大人なんだがな……」

「中身は子供だろ」

「なにぉう!?」

 

 スザクの言葉に反論しようとしたが、事実そうだし、本人も自覚していたからサイファーはぐっとこらえた。

 

「マスター……今日はいつもより多めに飲むぜ……」

「毎度あり~」

 

 ホクホク顔の幼いマスターに、ぐったりとうなだれるサイファーは、カクテルを一気に飲み干した。

 

「……ったく、そんなに飲んだら飛べなくなるだろうが……」

「ま、明日は哨戒予定無いし、取りあえず勘弁してあげようよ」

 

 かく言うにとりも、二杯目のジョッキを口に含む。スザクは酒には強いのだが、今日はとにかく甘いものが飲みたい気分だったため、スカーレットアセロラver.カクテルを飲みまくる。とにかく糖分がほしい。そりゃもうほしい。あんなことがあったからこそ呑んだ暮れてやる。

 

 表に出しはしないが、本人かなりあの整備士が気に食わなかった。

 

 いきなり下手くそ呼ばわりされ、そして女で16と言う破格の年齢なのだ。悔しいというのもあるし、純粋に腹が経つというのもあれば、言うことも的確なためもっと腹が立つ。

 

「スザク君は冷静だねぇ~」

「そうでもないさ。こう見えてかなりイラついてる」

「ああ、やまとちゃんだね」

「知ってたのか」

「ふっふっふ。私の情報力をなめてもらっては困るな」

 

 それでも、表に出さないのが彼のプライドであり、アイデンティティと言う物でもあった。

 

「ところで、その新人のやまとちゃんとやらはどこで寝てるんだ?」

「おお、サイファー襲いに行くつもりだね」

「ちゃうわい! ロリは守備範囲―――――――内だ!!」

「入ってるんかい!!」

 

 にとりが突っ込みを入れる。お前も十分ロ童顔だと思ったが、スザクはあえて言わない。

 

「あの子は私と同室だよ。さすがに十代そこらの女の子を、いくら女子寮があるとはいえども、一人にしておくのは気が引けるよ」

「まぁ、にとりなら安心か。お前もなんだかんだでガード堅いよな。そのけしからん乳を揉ませろ!」

「少しならいいよ?」

「なにっ!? むむむ、巨乳もよいものだな。では早速……」

 

 わきわきと手を動かすサイファーだったが、こなたが丸めた新聞でコツンとサイファーの頭を叩いた。

 

「なにがむむむだね、サイファー。その行為は貧乳好きとしての身分に反することになるのだよ」

「ちぇ。なら遠慮しておくぜ。一歩間違えたらにとりを襲いに行きそうだ」

「欲求不満もいいところだね。さすがは私の認めた盟友」

「彼女さんが悲しむねぇ」

「冗談だって」

 

 そこから、バーの室内はしばらく沈黙に包まれる。それぞれがそれぞれの事情を考え、そして嫌なことは酒と一緒に腹の中へと流し込む。

 

「お、雪だな」

 

 サイファーが窓の外にチラつく、月明かりに照らされて反射する光を発見する。

 

「降って来たな……」

 

 それをスザクはほんの少し恨めしそうに見、こなたは嬉しそうに見、にとりは笑顔だが、嬉しそうとは言えない、本人にしか分からない顔でそれを見つめる。

 

「積もったら雪合戦しようぜ?」

「おぉ、それいいね。雪玉発射装置を作っておこうか」

「俺は寝る。寒いのは嫌いだ」

「私は部屋でネトゲかな」

 

 

 

 

 

 静かな山奥、凍える風に混じるケロシンとオイルの香り。輝く滑走路灯を照らし返す初雪。

 

ここはヴァレー空軍基地。血と金とプライドに生きる男たちの穴倉。

 

 空に取り付かれ、血に取り付かれ、金と名声に取り付かれた彼らは、己の生きる意味のために、平和の空を戦い続けていた。

 




と、まずは記念すべきプロローグが終了しました。早速突っ込みどころ満載のキャラクターが現れていたり、突っ込みどころ満載の矛盾があったりしましたが、あくまで二次創作という事でスルーでお願いします。

描写内で、より明確な情報、誤字脱字などございましたら、アドバイスを頂けると大変ありがたいです。もしそれらがありましたら、コメントまでご報告ください。

では、ゆっくりと連載して行きますので、どうぞよろしくお願いします。

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