真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 しばらく時間が空いてしまいました。ストックはあったんですが、なんか加筆修正を加えまくってたら、それが更に変更を呼んでしまい……orz。


40話:豊饒の地

      

 南陽郡は古来より“豊饒の地”と呼ばれ、最も早くから農耕地が開発整備されており、治金を始めとした工業、そして物流の中心地であるという特徴を生かした商業がバランスよく発展している。一説によれば、前漢の後期には既に15万もの都市人口を抱えていたという。

 同時に軍事的な要所でもあり、北から宛城に行くには、西の伏牛大山塊、東の桐柏山脈に挟まれた隘路を通らねばならい。それゆえ兵家必争の地とされる荊州の中でも、北部の玄関口として特別な意味をもっていた。

 

「蓮華さま、街が見えてきました。――帰ってきたんです、宛城に」

 

 馬車の窓から外を眺めていた呂蒙が、孫権に語りかける。つられて視線をそちらに向けると、宛城の街並みが飛び込んできた。

 宛城――南陽群の州都にして、大陸中で最も富が集まる大都市。同時に中華で最も罪深く、また活気に満ちた袁家のお膝元。商人と貴族の理想郷が、窓の向こうに見えてきた。

 

 煙の臭い、食べ物の臭い。金属を打つ音、木を叩く音。

 鉄を精錬する熱い空気に、何台もの馬車が立てる土煙。

 売り子の声、道行く人々の賑やかな声、酒場から流れる楽しそうな歌。

 

「そんなに長い旅でも無かったけど、この騒がしい空気を感じると、なんというか……」

 

「懐かしい、ですか?」

 

 呂蒙の問いに、孫権は首を縦に振る。

 宛城では一般人の夜間通行も許可されており、大通りでは大道芸や講談、楽士の演奏などが行われ、屋台や露店が所狭しと立ち並んでいる。昼夜を問わず飲食店には人々が集い、麻雀や札遊びを楽しみながら、酒や茶を飲んでいた。

 

「奇妙ね。私はどうも、この騒がしい街の方が落ち着くみたい。」

 

 のどかな田園風景の広がる徐州から、活気と喧騒に包まれた南陽へ。客観的に見れば、下邳の穏やかな街並みの方が和みそうな印象がある。されど、やはり慣れ親しんだ空気というのは、人間の心に不思議と安心感をもたらすものなのだろうか。

 

「ふふっ、蓮華様の声も何となく穏やかになってますし、そうみたいですね。」

 

「そっ、そう?」

 

 呂蒙の言葉に、心なしか孫権の顔が赤くなった。年も近い事もあってか、非公式の場では彼女の口調も自然と年相応のものになる。

 

「そういえば……下邳には街全体を覆うように城壁があったけど、ここには無いのよね」

 

 南陽の繁栄を象徴するかのように街は年々拡張され、今では3重の城壁が都市を取り囲んでいる。しかし空前の繁栄を迎えた宛城ではそれでも足りず、数年前からは交通の疎外となる区画同士の壁が一部取り払われ、3つ目の城壁から外は市壁の無い街になっている。

 

「商人にとって通行税と関税は最大の敵ですから。ここ以外だと、むしろ市壁が無い方が珍しいですよ。それに、街が広がる度に壁を作っていてはお金がいくらあっても足りません。交通網の整備だけでも、毎年かなりのお金と手間が掛かっているとか」

 

 呂蒙の言葉通り、人民委員会の数少ない公共事業の一つが、流通網の整備だ。

 これまでは地方の豪族がそれぞれ別個に通行税を設けており、貿易や行商には不利な環境だった。商人の発言力の強い袁術陣営では、以前から通行税廃止が声高に叫ばれており、袁家は南陽群や豫州の豪族と自由貿易協定を結ぶことで、袁家を中心とした自由な経済圏の設立を目指していた。孫権らが徐州で結んだ自由貿易協定も、袁家の経済政策の一環といえよう。

 そこでの主要な目標は関税や通行税の全廃と、交通インフラの整備。それを象徴するかのように荊州南陽群では、宛城を中心とした巨大な都市圏が形成されつつある。道行く人々の中には南蛮人や西方の貿易商と思しき人間までおり、中華にあって中華でないような不思議な雰囲気を醸し出していた。

 

「私は汝南郡の出身ですが、初めてここに来た時は外国にいるような気分でした。中華広しといえども、異国の人間や商品がここまで溢れているのは、宛城と長安ぐらいだと思います。」

 

 歩道は木板や丸太を嵌めこんで舗装してあり、車道は石板や石塊を敷き詰めた石畳で出来ている。大通りは広く、路端や路地には様々な露店が並ぶ。最近では漢水の支流である白河から街まで運河が引き込まれ、江南から大量の物資を水運出来るようにまでなった。

 おかげで広場にあるマーケットはヒト、モノ、カネで溢れ、店頭には隣州からの輸入品はもちろん、見た事もないような南方・西方の特産品も数多く並んでいる。広場からは大通りがいくつにも分岐しており、職人街、商店街、オフィス街、金融街、歓楽街、専門店街、官庁街、繁華街、風俗街、高級住宅街など様々な地区に繋がっていた。

 

「いつの時代も金と商人は強大な力を持っていたけど、世の主導権を握る事は無かった。でもこの街では違う。経済が行政を、軍事を、そして外交を支配している。」

 

 孫権は広場で開かれている市の賑わいを覗き込み、小さく笑う。つい数年前までは経済など学ばなくとも、軍事や行政、外交だけで高級官僚になれたものだ。ところが今では、武官ですら経済を学ぶ者がいる。何をするにも金、経済、利潤。一日の中で金の話を聞かない日は無いだろう。

 汝の神は金貨なり。故にこの地を見た他州の人々は、例外なく口を揃えてこう言うのだ。

 

 国の為に経済があるのではなく、経済の為に国があるようだ――と。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ――夜、宛城の宴会場にて

 

 少し離れた部屋から、宴で盛り上がった人々の姿が見える。奏でられるパーティー用の優雅な音楽に加えて、食器の音や商人たちの笑い声、ゴシップで盛り上がる貴族たちの声が入交り、独特の優雅で堕落した雰囲気を醸し出していた。

 

(宴会を見れば国柄が分かるというけど、なるほど間違いとも言い切れない。)

 

 今夜の宴の主役である少女……孫権はそんなことを思いながら、ちょうど街を見下ろせる位置にあるバルコニーに佇む。「3州関税同盟」締結を記念して、先ほどまで祝賀パーティーに出席していたが、頃合いを見計らって逃げて来たばっかりだ。赤を基調とした裾長のドレスが、風に吹かれて小さくはためく。

 

 やはり、自分はこういう派手な行事が苦手らしい。というより、貴族の令嬢らしい振る舞い――食事の作法、贈答品に対するお礼、接待用の美辞麗句、他人の噂話や陰口、男性に付き添いしてもらう時の方法など――が苦手だ。

 

 

「あ……なんだ、宴会場にいないと思ったらこんな所に」

 

 声がしたので、振り向いてみると賈駆がこちらへやってくるのが見えた。彼女も自分と同じように祝賀会用の礼服を着ており、少々歩きづらそうだった。

 

「同志賈駆も外の空気を吸いに?」

 

「いや、一応ボクも警備責任者の一人だから。孫権の姿が見えなかったから、国家保安委員として探したまでよ。……あと、名前は普通に呼び捨ててもらえると嬉しいんだけど」

 

 微妙な顔で答える賈駆。だいぶ袁術陣営の習慣にも慣れたつもりだが、未だに同僚を“親愛なる同志○○”と呼び合う習慣だけは慣れない。というか、あんまり慣れたくない。

 

「むしろ慣れたら負けな気がするわ……」

 

 ボソッと呟いた賈駆に孫権は首をかしげた。

 

「どうかしたの?」

 

「えーっと……その、今着てる服のことよ。ボクはあまりこういうの着る事なくて」

 

 聞こえていたらしい。とっさに思い浮かんだ身近な問題を口に出し、適当に孫権を誤魔化す。

 

「なんか足がそわそわして落ち着かないわ。風が吹くとスースーするし」

 

 賈駆は普段、文官の制服を始め露出の少ない服を着る事が殆どだ。機能性よりも見た目を重視した夜会服に慣れない様子で、動きもどこかぎこちない。対する孫権は着慣れた様子で、動きにも無駄がなかった。少しばかり恨めしそうに孫権の方をジーッと見つめながら、賈駆が問う。

 

「……南方の女性って、みんなこんな服着てるの?」

 

「そうか?北に比べて、特に露出が多いとは感じないが」

 

「孫策さんとか」

 

「姉上なら、普通に動き安さ重視だと思う」

 

 姉の性格を思い浮かべながら、孫権が答える。

 日頃から外で体を動かす事を好む姉のことだ。出来るだけ動きを制限するような服は着たくないだろうし、よく運動するだけに風通しの良い服の方が良いのだろう。孫策に限らず、孫家の武将は概してそのような傾向がある。

 

「周瑜さんも?」

 

「おそらく」

 

「劉勲は?」

 

「アレは……」

 

「なんか透ける素材で出来た露出度高いの着てたけど」

 

「………」

 

 言われてみれば劉勲は宴会の時はいつも、肩から胸元まで大きく開いた挑発的な服を着ていた気がする。やけに胸元やら脚線美やらを強調したり、透け素材を使った上着で下着を見せるのが多い。

 

「賈駆………どうしても言わなければ駄目か?その、出来れば言いたくないんだが」

 

「やっぱりそう言う事なんだ……」

 

 なぜか顔を赤らめた孫権に、賈駆は妙に納得しつつ、「聞く前から想像はついてたけどね」と付け加える。昔から劉勲には黒い噂が絶えないし、本人も倫理や道徳といった概念からは無縁の存在だ。そもそも叩いてホコリの出ない権力者なんて存在しないし。

 ふと、そんな事を考えていた次の瞬間、賈駆の顔が大きく引きつる。

 

「げ……」

 

「――おやおや、本人のいない所で噂話は感心しないな~♪どれ、お姉さんが指導してあげようではないか~」

 

 噂をすれば影。他ならぬ劉勲本人が来た。しかもタチの悪そうなハイテンション。

 

「孫権ちゃん久し振りぃ~♪お姉さん、寂しかったわ」

 

「……どちら様でしょうか?」

 

 孫権は呆れたように口にする。徐州から宛城に帰った初日にこれだ。この辺のユルさが袁家らしいといえば袁家らしい。絡んでくるアゲアゲ状態の上司という、とてつもなく扱いが面倒な存在をどうしようか迷っていると、劉勲は上機嫌で孫権を引き寄せる。

 

「えへへへへ♪可愛い~♪」

 

「え?」

 

 一瞬、何が起きたのか分からず、間抜けな声を出してしまう孫権。唐突に抱きつかれ、呆然とする。

 

(あ、意外にやわらか……じゃないっ!何を考えているんだ私は……!)

 

 劉勲はどちらかというとモデル体型で、割とほっそりとした体つきの持ち主だと言える。だが、こうして接触してみれば、出るべき所はそれなりにキチンと出ているらしく、女性らしい柔らかな感触が孫権に当たり――その瞬間に酒の匂いが流れ込む。

 

「ちょっ、劉勲……お酒――!」

 

 相当飲んでたらしい。よくよく見れば頬も赤いし、体温もやけに高いような気がする。薄々感づいてはいたが、自分は酔っ払いに絡まれたようだ。しかし上司に向かって『酒臭っ!』とストレートに言う訳にもいかないのが世の悲しいところ。

 

「うん?あー、そーいや今日は結構飲んだわねー。何で分かったのかしら……愛?」

 

「痴漢は皆揃ってそう言うのだが」

 

「孫権ちゃんが冷たい……。――よっと」

 

 劉勲は一旦体を離すと、片手で軽く自分の頭を叩く。とろんと現実世界からトリップしがちだった瞳に、ゆっくりと理性の色が戻り始める。だが、既にかなりのアルコールを摂取したと思われ、足取りは依然としてフラついている。腕をからめて寄りかかっている孫権に支えられて、ようやくフラつかずに立っているといった様子だ。

 傍から賈駆はやれやれ、といった表情で口を開く。

 

「飲み過ぎ。そうやっていつまでも寄りかかってると人の迷惑よ?」

 

「そんなコト言ったってぇ、アタシ酔っちゃってもう立てなぁい♪頭痛いよぉ」

 

「ねぇ孫権、コイツ殴っていいかしら?」

 

 引きつった笑みと共に、青筋をいくつか立てた賈駆が拳をかためる。へらへらと笑う劉勲のそのまま拳を落としてみると、「やぁん、いたぁい♪」とかフザけた悲鳴と共に頭を押さえる姿が目に入った。

 『酒の力を使って媚びる』というのは合コンとかの基本的なテクだが、ここまで露骨な下心丸出し感があると、むしろバカっぽく見えるのは気のせいだろうか。おまけに異性ならともかく、同性が見ている分にはウザい事この上ない。やんわりと賈駆を宥める孫権の顔も自然と苦笑い気味になる。

 

「というか……そもそも、何でこんなになるまで飲んだのよ」

 

 やっとのことで拳をおさめた賈駆が再び質問する。大の大人、しかも政治家が酒飲んで酔っ払って絡むとかロクな未来が見えない。

 劉勲はというと……なぜか急にブルーな状態へと変化していた。例えるなら、残業帰りにバーで一人寂しくカクテルをチビチビ飲んでるOLみたいな。

 

「あのねぇ。大人になるとさ、酒無しじゃやってられない時があるの。わかる?わからないわよねー、アンタ達みたいな若い小娘には」

 

「齢がバレるわよ」

 

「“よわい【齢】”って言うな!つか、そこまで歳離れてないし、アタシ普通に孫策とかより年下なんだケド!?むしろ永遠の17歳よ!」

 

「劉勲さんじゅうななさい」

 

「衛兵!コイツ連行して!反革命罪で自白を強要しなさいッ!」

 

「何この権力の乱用!?しかも強要されたら自白じゃ無いじゃない!」

 

 ちなみに袁家における『反革命罪』の定義は「全ての兵士・農民・労働者の代表たる中央人民委員会および袁家を転覆・弱体化させようとする全ての行為」とされている。内乱罪と外患誘致罪を混ぜたようなもので、該当者は『治安維持法』あるいは『国家保安法』によって死刑、または鉱山送りとなる。なんだこの便利な法律。

 

「チッ、自白が無理なら取り調べの調書を偽造して――!」

 

「あんた裁判の意味分かってる!?むしろこの女を逮捕しなさいよ!」

 

「そして小物犯罪者を何人か集めて司法取引ッ!求刑の軽減と引き換えに偽の証言させて!」

 

「しかも無駄に用意周到だし!?」

 

「……2人とも少し落ち着いて。とりあえず素数を数えるところから始めて……」

 

 ヒートアップする2人に、孫権は額に手を当てて溜息をつく。酔っ払いは適当のあしらうのが一番なのだが、賈駆はそういった対応には慣れてないようだった。劉勲は劉勲で、酔ってるのに頭が回るとか面倒極まりない。ちなみになぜ孫権が酔っ払いの対応に慣れているかは、彼女の姉妹を参照されたし。

 

「まったく……劉勲も、何杯飲めばここまで酔っぱらうの?」

 

「軽く一升は飲んだわね」

 

 普通に致死量だ。

 

「だって疲れたんだも~ん。この前から曹操ちゃんが手当たり次第にケンカ売ってて、いろいろと大変なのよ?」

 

 どうやらヤケ酒の原因は曹操らしい。最近の曹操は黄巾党討伐を名目として、朝廷を利用して青州に圧力をかけている。噂によれば、青州に権益を持つ袁紹も軍事介入に誘ったらしく、2人で山分けする気だとか。

 

「それで袁紹に外交工作を仕掛けた、と?」

 

「そゆこと。いやー、孫権ちゃんが徐州との交渉早く終わらせてくれたから、こっちも大分はかどったわよ。ここまで大がかりな話だと、買収工作するにもかなりの額が必要だし」

 

 そこで徐州との自由貿易協定が効いてくる。この協定によって、少なくとも袁術陣営にはプラスの経済効果が見込まれている。よって先の利益を見越した商人に債券を発行する事が出来るようになり、それを元手に各諸侯への“資金援助”を行えるようになったのだ。

  




 実はこの40話、本当はもっと長かったんですが、文量が多すぎると感じたので41話と分けさせてもらいました。41話も見直しをしたら、明日か明後日あたりに投稿しようと思います。

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