真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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31話:戦の残り火

        

 反董卓連合軍の洛陽突入から、5日が経った。

 

 結論から言うと、洛陽の戦いの最終的な勝者は反董卓連合軍だった。張譲ら宦官勢力は壊滅し、劉弁を擁していた王允は孫策軍との戦闘で行方知れずとなる。だが、孫策軍は皇兄・劉弁を得る事は出来なかった。その元凶はかつて董卓軍を裏切り、宦官勢力に走った裏切りの軍師、李儒だった。

 

(くっ……この混乱では到底、外にいる友軍と合流するなど不可能。そして情勢は明らかに連合に有利……この場を切り抜けるには……)

 

 先の戦闘で王允に敗北したため、僅かに残った兵士を除いて、李儒は孤立無援の状態だった。友軍とも合流できない以上、降伏する以外に道は無い。

 

(だが、降伏するにしても何か手土産が無ければ処刑されるのがオチだ。何か、何か手土産になるものは……!)

 

 取り憑かれたような必死の形相で、李儒は街を見渡した。そして、彼はある事実を発見する――孫策軍に対処するために、王允軍の主力は全て出払っており、本陣の守りには殆ど兵が割かれていないという事を。

 

 それからの行動は素早かった。孫策軍と王允軍の戦闘中、ドサクサに紛れて王允軍の本陣に乱入し、劉弁を殺害(当初は捕える予定だったものの、劉弁が脱走しようとした為にやむなく殺害)。すぐさま連合軍総大将・袁紹にその首を献上する。連合内部でこれといった功績の無かった袁紹は手柄を欲しており、『正当なる皇帝・劉協に反逆した逆賊・劉弁を討った功績』と引き換えに、李儒は強力なバックを得る事に成功したのだ。

 

 

 対象的に、宦官勢力の筆頭・張譲は曹操軍との戦闘に巻き込まれ、逃げようとしたところで殺された。今や唯一無二の皇帝である献帝・劉協を保護した曹操は、一気に諸侯の賞賛と嫉妬を一身に浴びる事となる。

 

 

 しかし連合の華々しい勝利とは裏腹に、洛陽の被害状況は目を覆わんばかりの惨状だった。敵の進撃を遅らそうと、どこかの兵士達が放った火は洛陽全体に燃え広がり、多くの人々を巻き込んだ。洛陽大火と呼ばれたこの事件で街の3分の1以上が焼け落ち、それ以外の地区も先の戦闘でかなりの施設が破壊され、当初の原型を留めている建物はわずかだった。

 結論から言うと、董卓の圧政から洛陽は解放(・ ・)された。――万を超える住民と兵士の命を犠牲にして。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……酷いものね。」

 

 荒廃した首都を見やり、孫策は率直な感想を口にした。彼女の立っている場所は王宮に程近い、洛陽市街の一角。周囲には焼け焦げた建物と、無造作に集められた人々の死骸、そしてそれらに群がる鴉や野良犬の姿があった。

 

「雪蓮……」

 

 そんな孫策に声をかけたのは周瑜だった。

 

「あら、どうしたの冥琳?戦後会議があったんじゃないの?」

 

「いや、張勲に追い出された。なんでも『孫家の当主、もしくはその血筋に連なる者で相応の責任能力を持つ人物』しか認めないとの事だそうだ。代わりには孫権様が出席しておられる。」

 

 呆れたような周瑜の返答に、孫策はにわかに眉をひそめた。

 

「なーんか、気に入らないわね。どうせあいつら、経験が浅そうな蓮華ならいくらでも言い包められる、とでも考えてるんじゃない?」

 

「……そこまで分かってるんなら、自分が行ったらどうだ?一応、当主なのだし。」

 

「だって~、面倒臭いんだもん。……あと一応、ってのがすごい気にかかるんですけどー?」

 

 周瑜の言葉に、頬を膨らませてブ―ブ―文句を言う孫策。孫家当主の責任云々がある以上、周瑜もこの場で肯定するわけにはいかないのだが、気持は分からないでもない。

 

「戦後会議って言ったって、どーせ劉勲みたいなのがド派手に着飾って色目使いながら『まぁ、○○様とこんな場所でお会いできるなんて光栄ですわ。もしよろしければ今晩、もう一度会ってくださらない?』とか言いながら舞踏会やら宴会やらに明け暮れてんでしょ?」

 

 まぁ実際その通りなので、周瑜も無理に孫策のサボり……自由行動を止めようとは思わない。

 反董卓戦での恩賞やら被災地の復興、中華の秩序再建などについての戦後会議という名目だが、実際には会議の大部分はパーティーに費やされていた。そもそも貴族や名士という人種は本来パーティーに参加する事が仕事のようなもので、宴会中に情報交換や面識を広めるというのも、彼らにとっては立派な仕事なのだが。

 とはいえ、必ずしも全ての人間がそれを理解しているとは限らないし、理解できても納得するかはまた別の話。劉勲らがただ単に食べて踊ってるだけで無い事は孫策にも理解できるのだが、荒廃した洛陽を放置してまで豪勢な食事をとったり、華やかな衣装を纏って踊っているのにはやはり納得しかねるのだろう。

 

 

 

「ま、それは置いておくとして……冥琳、私に何か知らせたい事があるんじゃないの?」

 

 ふと、孫策の目が細められた。やはり気づいていたか、と周瑜も苦笑して肩をすくめる。周瑜は素早く周囲を確認すると、孫策を建物の陰に招いた。

 

「実はな、この付近の古井戸の中からこんなモノが見つかったそうだ。」

 

 周瑜は周囲を警戒しながら、袖の中から“あるモノ”を取り出した。紙で出来た包みの中に収められていた四角いソレは――

 

 

「で、伝国璽……」

 

 

 世に名高い『江東の小覇王』すらも驚愕させたモノの正体。金色に輝く四角いその印鑑こそは、歴代王朝および皇帝に代々受け継がれてきた玉璽だった。

 

「『受命於天 既壽永昌』……間違いないわ。これ、本物の玉璽よ……!」

 

「ええ。初めて見た時は私も目を疑ったが、何度確認しても結果は同じだった。」

 

 ――秦の始皇帝の時代に、霊鳥の巣から宝玉が見つかった。始皇帝はその宝玉に『受命於天 既壽永昌』と刻ませ、皇帝専用の印鑑とした――

 

 真実かどうかは定かでは無い。しかし時の皇室はこれを皇帝の証として、代々大切に保管していた。その玉璽が今、目の前にある。

 

「……なんでこんな大事なモノが井戸なんかに……冥琳これ、誰が見つけたの?」

 

 図らずして玉璽を手に入れたショックから直り切っていない孫策が、周瑜にこの大手柄を立てた者の名を聞く。

 

「……こっちだ。付いて来てくれ。」

 

 周瑜に促されるまま、孫策は彼女の後に付いてゆく。案内された先は、辛うじて戦火を免れた一軒の宿屋だった。

 

 

 

「――お待ちしておりました、孫伯符どの。ご機嫌麗しゅうございます。」

 

 男は丁寧な口調でそう言って、恭しく頭を垂れた。齢はざっと30前後だろうか。ゆったりとした衣装に身を包み、いかにも文官といった出で立ち。動作の所々に見受けられる上品な佇まいからは、彼が上流階級の出である事が感じられた。

 

「彼が、この玉璽を井戸の底より見つけ出したという者だ。…………本当かどうかはだいぶ疑わしいがな。」

 

 周瑜が孫策の耳元で小さく囁く。男の方は聞こえていないのか、それとも敢えて無視しているのか澄ました顔のまま、こちらをじっと見ている。

 

「へぇ~、あなたが“これ”を見つけてくれたんだ。とりあえず、ありがとね。」

 

「いえいえ、お気になさらず。私としても、“それ”が相応しい人物の手に渡った事は実に喜ばしい。」

 

 柔和に微笑む男の様子は、心の底から喜んでいるようにも見えた。

 しかし、それはあくまで表面上のものだろう。孫策の脳裏には、一人の女性が浮んだ。

 そうだ、この手の人間は本音と建前を使い分けるばかりか、仕草の一つ一つすら嘘で塗り固める事が出来る。目的の為ならどこまでも卑屈に、不様になれる人間だ。そう――まるで劉勲のように。

 で、あれば彼もまた――

 

「……で、恩賞は何がいいのかしら?」

 

「これはこれは、何もそこまで率直におっしゃらずとも……。まるで私が恩賞目当てに貴女方に近づいたようではありませんか。」

 

「さぁ、どうかしら?違うかもしれないし、違わないかもしれない。そうでしょ?」

 

「そうですねぇ……いつの時代も人の心は本人にしか、いえ本人ですら分かるかどうか怪しいものですから。」

 

 遠い目で上を見上げて語る男に、孫策はますます確信を強めてゆく。

 やはりこの男……どうも胡散臭い。

 彼の反応を見る限り、劉勲と同じ人種なのだろう。奇跡の代償に、然るべき対価を要求する商人。ならば、彼の求める『対価』とは何なのか。

 

「それはさておき、恩賞と言ってはなんですが……」

 

 男は訝しげな視線を向けてくる周瑜と、意地の悪そうな作り笑いを浮かべている孫策に向けて、己の要求を告げる。

 

「……中央人民委員会書記長・劉子台に対して、私を推薦して頂きたい。」

 

 

 

「…………は?」

 

「言葉通りの意味ですよ。私を、彼女直属の部下に推薦してもらいたい。」

 

 相変わらずの微笑を浮かべる男に、孫策は何の言葉も返せなかった。隣にいた周瑜でさえ、例外ではない。二人とも、この男の真意を図りかねていたのだ。

 

「……それ、本気?」

 

「ええ、一字一句のブレもない本気です。」

 

「何の為に?」

 

「はて、袁家を逆賊に仕立て上げる、とでも言えば満足してもらえますか?」

 

 一応は袁家の客将という扱いになっている孫策に臆することなく、男はさらっと爆弾発言を落とす。相変わらず男の表情からは何も読み取れないものの、嘘をついている声では無かった。

 怪訝そうに睨む孫策に怯むことなく、続けて具体的な計画を話し始める。

 

 

 袁術に、この玉璽を渡す。スカスカの袁術の頭なら『玉璽を手に入れたから、妾が皇帝になるのじゃ♪』とかアホなコトを言いだすのも時間の問題。後は玉璽を見て皇帝即位を決断した袁術を討つ――

 

 

 「――とかいう流れが理想なんですが、ぶっちゃけムリでしょうね。」

 

 自分から言っといて、男はあっさりとその可能性を切り捨てた。

 袁術本人はともかく彼女の臣下はそこまでおめでたい頭では無い。劉勲にしろ楊弘にしろ、目立った袁術の家臣は基本的に利に聡く、保身に敏感である。そのような愚を犯すことはないだろう。

 だが、劉勲を始めとした袁家家臣は同時に狡猾でもある。まさかそのまま漢王朝に返すという事もないだろう。必ずや、玉璽を保有していることを何らかの外交カードとするはず。

 

「……仮に皇帝に即位などしなくとも、玉璽を差し出せば袁術からなんらかの対価を引き出すことは可能でしょう。どんな対価を引き出し、どのように使うかはご自由に。……悪くない取引だと思いますが?」

 

 男の語ったところは、まさしく周瑜が考えていた策の一つであった。玉璽を差し出す代わりに軍の再建や政治将校の排除を要求し、袁術の偽帝即位を裏から支援し、然るべき時に討つ。現状では兵力が不足しているために即実行に移す事は出来ないものの、これから始まる乱世を利用して功績を立てればもっと兵力が集められるはず。充分に力を蓄えてから、時を待って孫呉の悲願を成就させるのだ。

 

 

「でも……あなた、さっき劉勲に仕えたいとか言ってたわよね?かと思えば、まるで私達孫呉に袁術ちゃんを討って欲しいような事を言う。袁術ちゃんに個人的な恨みでもあるの?」

 

「無い、と言えば嘘になりますが、別に袁術個人にそこまで恨みがある訳じゃありません。……どちらかと言えば、貴女方と同じでしょうね。」

 

「私達と同じ、か……。」

 

 どこか納得したように頷く孫策。彼女としても袁術個人にそこまで恨みは無い。が、自身の理想の為に袁術軍の存在が邪魔なのだ。

 

「……まぁ、今はひとまずその事は別にいいわ。ただし――」

 

 玉璽を手に入れたという事実は、今や孫呉の命運を左右しているといっても良い。然るべき時を待たずに他の諸侯に知られれば、孫呉は間違いなく壊滅する。いくら玉璽をもたらした功労者とはいえ、そこまでのリスクを冒す気は孫策には無かった。

 

「仮にあなたが袁術といずれ敵対するつもりでも、私達を裏切らないという保証はない。」

 

 孫策の瞳に、危険な色がぎらつく。だが、そんな孫策の反応を予想していたかのように、男は苦笑する。

 

「そうですね……ただ、私が劉勲書記長に“それ”の存在を話す利点が存在しないことは、お二人にも理解していただけると思いますよ?

 加えて劉勲書記長の人柄を聞く限り、貴女が今持っているモノを伝えたが最後、私の命も危うい気がしますね。」

 

 相変わらず男は落ち着き払っている。常人なら漏らしてもおかしくないような孫策の殺気を受けてなお、自然すぎて不自然に見える笑顔を維持していた。

 

「いやはや、そんなに私は信用ないのでしょうか?……まぁ見目麗しい御婦人方に、いきなり見ず知らずの男を信用しろというのも、確かに無理な相談かもしれませんが。」

 

 男は困ったように苦笑する。一方の孫策はというと、この男の意図を図りかねていた。話せば話すほど胡散臭い。胡散臭いのだが、彼女の勘を以てしてもこの男には孫家と敵対しようという気が感じられないのだ。

 

「困りましたねぇ、私は別段、劉勲さんにこの事をお話するつもりは無いのですが……」

 

「袁術軍は劉勲だけじゃないのだけど?」

 

「おっと、これは失礼。そうでしたね、袁術軍にこの事をお話しするつもりはありません。私の名誉にかけて、約束致しましょう。

 もし今の言葉に嘘が混ざっていると感じるようでしたら、この場で切り捨てても構いません。」

 

 男は顔色一つ変えずに、己が首を指し示す。

 今の言葉は嘘偽りのない本心である。噂通り孫策は隣にいる周瑜と違って、理屈より感情や勘を優先させるタイプのようだ。そういった手合いに下手に小細工を弄すれば、却って危険だという事を男は見抜いていた。故に、最初から嘘は一言もついていない。

 

 

「……いいわ。認めましょう。」

 

「ありがたき幸せ。この御恩は一生忘れま――」

 

「――ただし」

 

 恭しく一礼する男の言葉を遮り、孫策は口調を強める。

 

「あなたの名と字、真名を今ここで私に授けなさい。それが最後の条件よ。」

 

 そこで初めて、男は口を噤んだ。しばしの逡巡の後、男は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

 

「残念ながら、それはできません。一応、秦翊という3時間ぐらい前に考えた偽名がありますが、そんなモノは求めてないでしょうし。

 ですが……友人につけられた渾名、のようなものがありましてですね。それで納得していただけませんか?必ずや、お二人には納得して頂けると思うのですが?」

 

「……とりあえず、言ってみなさい。聞いてから考えてみましょう。」

 

 孫策の言葉に、男は再び頭を垂れた。どこか自嘲気味な色を声に滲ませ、その名を語る。

 

 かの者は一日に千里を走り、主君に仕えてその人を偉大足らしめる才である――名儒として名を馳せた郭泰を以てして、上記の如く評せしめた人物。

 

 

 我が渾名こそは――王佐の才、と。

 

 




 ようやく長かった反董卓連合編も終了です。
 次回からは群雄割拠編なので、やや政治や外交、経済などについての話が増えるかと思います。

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