真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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30話:護るべき約束

           

 洛陽――漢帝国の都。富と文化が集まる首都だった(・ ・ ・)街では今、殺戮の嵐が吹き荒れていた。

 

 正義(・ ・)の為に極悪人、董卓を討つべし――当初の理想めいたスローガンとは対照的に、歴史の例に漏れず、反董卓連合軍も最終的には盗賊の群れと化していた。

 

 ――強盗、略奪、強姦、放火、殺戮、虐殺。

 悲鳴と剣戟の奏でる戦場音楽が絶え間なく鳴り響き、洛陽を根こそぎ破壊し、そこに住む人々を根絶やしにする。

 

 

 正義、名誉、忠誠、平和、誇り、愛国心――なんであろうと構わない。とにかく、『何かの為』に万を超える人がこの街で、殺したり殺されたりしているのだ。

 

 人は弱い。

 理由も無しに残虐にはなれない。されど、理由さえあればどこまでも残忍になれるのもまた人の性。

 

 そして一度始まってしまえば、後は流れに身を任せるしかない。人を殴り、斬りつけ、殺すのみ。歯向かう敵は躊躇せず、残らず排除すべし。疑問を持ってしまえば、感情を麻痺させねば、たちまち今度は己が踏み躙られる。

 

 

 

 李儒による長安への遷都をきっかけに始まった王允の反乱。

 皇帝の確保に失敗した王允らは新たに皇帝の兄を新皇帝として擁立する。血で血を洗う戦いの中、最終的には王允らが優位に立ち、そのまま洛陽を制圧するかに思われた。

 だが、この知らせを受けた反董卓連合軍は、皇帝を保護せんと我先に洛陽へ雪崩れ込む。

 

 “皇帝候補を要する両勢力は共に消耗しきっている。この混乱なら何をしても簡単にはバレない。ドサクサに紛れて皇帝を確保することが出来れば――”

 

 再編成された董卓軍の総大将・華雄は突如として行方をくらまし、董卓軍の兵達は文字通り烏合の衆となり果てた。もはや遠慮はいらない。目の前に極上の報償があるのだ。

 

 

 反董卓連合軍――つまるところ寄せ集めの軍隊は、今や完全に統制を失っていた。各諸侯は総大将である袁紹、参謀たる曹操の指揮下を離れた。各兵士もまた、自身の主の命令を聞かず、思い思いに街を蹂躙する。

 

 3つどもえの争いに巻き込まれた洛陽は為す術も無くただ蹂躙されるのみ。

 建物が崩れ落ちる音が響く。母を求めてさまよう赤子の泣き声が木霊す。されど、救いの手は現実逃避の中でしか、差し伸べられる事はなかったのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 洛陽、市街地にて

 

 

 そこには、一人の英雄がいた。愛馬に跨った彼女は今、紅蓮に燃える帝都を見下ろしている。

 

「遅いわよ、桂花」

 

「もっ、申し訳ございません!」

 

「冗談よ。これだけの大混乱だもの。全てが予定通りに進むとは私も思っていないわ。」

 

 慌てて頭を下げる筆頭軍師に、曹操は薄く笑う。

 

「……それで、現状はどうなっているのかしら?」

 

「はっ。斥候部隊が先ほど、皇帝陛下を連れていると思われる一団を発見。彼らは長安方面に向けて逃走を図るも、逃げ惑う民衆のせいで思うように動けない様子です。

 一方、司徒・王允と彼の配下は先ほど、李儒率いる官軍と交戦して勝利するも、直後に孫策軍が現場に到着し、再び戦闘を始めた模様です。」

 

 孫策――その単語に曹操の眉が僅かに吊りあがった。そう、と短く呟くと曹操は楽しそうな表情を浮かべる。

 孫策に関する噂は彼女の耳にも届いている。数年前に横死した孫堅の後を継ぎ、崩壊寸前だった孫家を瞬く間に立て直した女傑。袁術軍が同数の兵力でもっても敵わなかった張慢成率いる黄巾党の精鋭部隊を、その半分の兵力で打ち破ったという話も聞く。

 今は袁術の客将という身分に甘んじているが、無能な袁術では飼いならす事は出来ないだろう。いずれ独立して、自分の前に立ちはだかる障害となるはず。

 

「……流石は『江東の小覇王』といったところか。的確にして迅速――汜水関戦の時と同じく、見事な指揮ね。」

 

 見たところ孫策軍は事前に相手の動向をつかんでおきながら、故意に王允軍と李儒軍の動きを放置していた可能性が高い。

 

 (両軍が疲弊したところで皇兄を救いだす、か……)

 

 曹操には孫策が何を為そうとしているか、容易に想像がついた――自分も全く同じことを考えていたからだ。ただ、曹操が保護しようとしているのは皇兄ではなく、現皇帝・献帝の方だった。

 しかし満足げな曹操と対照的に、荀彧は怪訝そうに問いかける。

 

「……ですが、今だどちらの皇帝候補に諸侯が味方するのか分からぬゆえ、擁立するにはいささか時期尚早かと。下手をすれば、董卓の二の舞になる恐れもあります。

 華琳様、まずは諸侯がどちらにつくか見極め、然る後に実行に移した方がよろしいのでは?」

 

「いいえ、それでは手遅れになる。皇帝は今のうちに確保しておく必要があるわ。……もちろん、まだ(・ ・)擁立はしない。あくまで保護(・ ・)するだけよ。」

 

 諸侯が現皇帝に味方するなら、そのまま保護の功績を持ち出して擁立すればよい。逆に諸侯が皇兄に味方するならば、保護した皇兄を差出し、『皇帝を騙った反逆者を捕えた功績』を要求するだけだ。

 なるほど、と頷いた荀彧は横に動いて曹操に道を譲る。その先には、隙間なく整列した兵士達が出撃の合図を待ちわびていた。

 

 洛陽市街地の一角。やや開けた広場の片隅には、臨戦態勢の兵士500名が展開していた。錬度だけ(・ ・)ならば、数ある反董卓連合軍の中でも最強の部隊。完全な職業軍人だけで構成された、覇王・曹操の誇る無双の親衛隊だった。

 

 

「皆の者、よく聞け!我々はこれより、この国と皇帝陛下を救いに向かう!」

 

 戦場の喧噪の中、曹操の声が洛陽の空に響き渡る。

 

「我々の目標は漢帝国に仇なす逆賊の手から、皇帝陛下をお守り致す事だ!我らが行動するはただ己の為にあらず!この国と、そこに住む人々の為に戦いに赴くのだ!――総員、心してかかれ!」

 

 兵士一人一人の胸に、曹操の声がこだます。

 

 ――この国の為に

 

 ――そこに住む人々の為に

 

 曹操が鞘から剣を抜くと共に、親衛隊は移動を開始する。整然と隊列を整えながら、目指すべき目標へと近づいてゆく。その彼らの視線の先には、民衆の波に揉まれて行動不能に陥っている、張譲の軍があった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 闇の中、蝋燭の火が唯一の灯りとなっている。道は汚泥でぬかるみ、無造作に打ち捨てられている死骸からは腐臭が漂う。そんな洛陽の地下水路を抜けた馬騰を待っていたのは、予定通りの面子だった。

 

 笑顔で迎える劉勲の隣には賈駆と、震える董卓の姿が見える。ふと横を見れば、華雄が壁にもたれているのが確認できた。劉勲の部下の姿は見えないが、見えないだけで居ないという事も無いだろう。

 

 

「え~と、自己紹介がまだだったかしら?汝南袁家所属・中央人民委員会書記長の劉子台よ。お見知りおきを。」

 

「うふふ、こちらこそ初めまして。私は馬騰、いつも物資調達の件でお世話になってるわね」

 

「お気になさらず。『必要なものを必要な場所へ』……それが商売の基本ですから。」

 

 営業用の澄ました顔で答えると、劉勲はチラッと董卓の方に視線を向ける。必要なもの――この場では董卓の身柄――は思いのほか簡単に確保出来た。

 

 どちらかと言えば大事なのは「どうやって助けるか」ではなく、「助けたらどうやって逃げ切るか」の方であり、身柄の確保事態はそこまで難問ではない。

 洛陽のクーデターに反董卓連合軍が乱入したおかげで、董卓の警備を担当していた張譲の兵たちも暇な者から別の仕事に回され、警備の人数は大幅に減員していた。董卓の監禁されている建物の近くで騒ぎを起こし、その隙に工作部隊を突入させただけで事足りた。

 

 現実というのはままならないものだが、考えようと使いようによっては思わぬ幸運をもたらしてくれる。今回の騒ぎを起こした王允などが正にそれ。劉勲らは現在地下水路にいるものの、時折上から建物が崩れる音などが聞こえてきていた。

 

「なんと言いますか、上の街の方じゃエライ事になってるみたいね。……まぁ、それについては一旦棚に上げましょう。今はひとまず此処にいる少女について」

 

 

 此処にいる少女。その言葉に、董卓がビクッと身を震わせた。賈駆は彼女を安心させるように手を握り、馬騰と華雄は何も言わずに佇んでいる。

 

「こちらの注文は一つよ。彼女を内密に……そちらで引き取って欲しい。」

 

 やはり、そう来たか――予想通りの注文に、馬騰は予め用意してあった要求を告げる。

 

「私からの要求は二つかな。最初の要求は、そちらとは公式に安全保障条約を結びたいの。」

 

「……つまり?」

 

 劉勲の目が狡猾な色を帯び、値踏みするかのように馬騰を注視する。

 馬騰が提示した安全保障条約の内容は次の通りだった。

 

 第1条:双方は、相互にいかなる武力行使・侵略行為・攻撃をも行なわない。

 第2条:どちらか一方が第三者の戦争行為の対象となる場合は、もう一方はいかなる方法によっても第三者を支持せず、それに加わらない。

 第3条:どちらか一方が第三者の侵略行為を受けた場合、もう一方は条約締結相手を支持すると共に能力相応の支援を行う。

 第4条:どちらか一方が同時に2つ以上の敵から攻撃された場合、もう一方も参戦する。

 第5条:共同の利益にかかわる諸問題について、互いに情報交換を行なうため協議を続ける。

 第6条:条約の有効期間は無期限とする。

 第7条:条約は直ちに批准され、調印と同時に発効する。

 

 要するに、同盟を結ぶことで互いが裏切らないようにするのが狙いだ。

 一通り条約内容に目を通すと、劉勲は内心でほくそ笑む。予想した通りだ。

 

(……こんな要求をしてくるってコトは、本気で董卓を匿うつもりって言ってるようなものじゃない。まぁ、年中異民族追い回してるような辺境の太守にしては上出来だけどね。)

 

 実際、条約自体は比較的よくできたものだった。基本的には専守防衛を基本とした安全保障条約であり、内容も比較的まともと言えよう。

 

 

「……ただ、第3条は納得しかねるわね。“もう一方は能力相応の支援を行う”ってトコだけど、明らかにこちらの負担が大きいわ。」

 

 袁術陣営と馬騰陣営ではそもそも経済力が違い過ぎる。南陽群は肥沃な大地と発達したインフラを持ち、人口は戸籍に登録されてるだけで250万近く、戸籍に登録されていない不法移民や難民を加えればもっと増える。反対に目立った産業もないド田舎で、多く見積もってもせいぜい4~60万の人口しか持たない馬騰陣営とは支援能力が違うのだ。

 

「軍事支援を考えればその限りでは無いかも知れないけど、それには2つ以上の敵から攻撃されなきゃいけない。この条約は外してもらいたいわね。」

 

不幸にも(・ ・ ・ ・)能力を過小評価(・ ・ ・ ・)しちゃうかもしれないから、そう書いたんだけど……その部分を削除するんだったら、条約をもう一個付け足していい?」

 

 頬に手を当てて考えるような仕草をする馬騰に、劉勲は軽く頷いて先を促す。

 

「――第8条:条約の調印と同時に、双方は各諸侯に対して条約批准を公式に表明し、正式に声明文を出す。こんなところで、どうかな?」

 

 とにかく、劉勲はどこか胡散臭い。劉勲が信用ならない以上、周りの環境を変えて保険をかけるのが馬騰の意図だった。条約というのは不思議なもので、当人達は『互いの利がある限り』と割り切っているにも拘らず、部外者からはあたかも永久不変の誓約であるかのように思われてしまう。

 

 

「やあねぇ、今回は別にアタシの独断じゃないって。そりゃアタシの独断だったらいくらでもシラ切れるからそっちも不安なんでしょうけど……ホラ、これが証拠よ。」

 

 劉勲は苦笑しながら、小さな紙を見せる。地下水路の暗がりでよく見えないが、下の方に袁家公認の印鑑が押されているのが見えた。

 

「今回の交渉に関する全権委任状よ。予備の写しも取ってあるし、調印したらそのまま袁家で公式承認されるわよ。」

 

「いやいや、別にそこまで疑ってるわけじゃないんだけどね~。ただ出来れば公式表明して欲しいなぁ、と。」

 

「……公式表明すれば、この子をすぐにでも引き取ってもらえる?」

 

 そう言って劉勲は董卓を一瞥した。思わず董卓が身を震わせ、馬騰の方を縋る様な目で見る。馬騰は董卓を安心させるように優しく微笑み、劉勲の質問に頷いた。

 

「もちろん。董卓ちゃんは私の恩人の子だもの。その為にはるばる西涼から、ここまで来たんだから。」

 

「そっか……じゃあもうすぐアタシ達は『共犯者』ってわけね。一心同体――体は二つでも、心は一つ。なーんか想像するだけで興奮してきたじゃない。」

 

「うふふ、ほんと奇偶ねぇ。実は私もちょっと興奮してるのよー。劉勲ちゃんとなら、一緒にやっていけそうな気がするんだけどなぁ。」

 

「ホント、楽しみねぇ。出来る限りは、仲良しでいたいもの。」

 

 董卓を引き渡すと同時に、“仲良し”でいるための条約が各諸侯に向けて正式に発表される。よって条約を一方的に破棄した所で、他の諸侯からは永久に信用されることはない。

 逆に他の諸侯から見れば、馬騰を討伐することと袁術軍を敵に回すことは同義といえる。馬騰軍の精強さは今回の戦役で証明されているし、これに袁術軍の資金力や組織力が加わる可能性を考えれば、例えいくら大義名分があろうとも、好き好んでリスクを冒そうとする者は少ないだろう。

 

 

「……で、最初の話に戻るんだけど、2番目の要求ってなぁに?」

 

 劉勲は小首をかしげ、邪悪な微笑を浮かべた。わざとらしいほど思わせぶりに、賈駆と華雄とを凝視する。

 

「まぁ、大体――どころか一字一句想像できるんだケド、一応聞きたいなぁ、なーんてね。」

 

 ケラケラと無邪気に、されど悪意を込めて笑う劉勲。その白々しい態度に馬騰は小さく溜息をつき、抑揚のない声で第二の要求を読み上げる。

 

「もう一つは……」

 

 瞬間、言葉が途切れる。申し訳なさそうに目を伏せ、馬騰は言葉を続けた。

 

 

「もう一つの要求は、賈文和と華雄を――正式(・ ・)に袁術軍に編入すること」

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

 

 か細い少女の声が地下水路にこだます。

 だが、それに答える者はいない。馬騰ですら、地面を向いたまま何も言わない。まるで本当に時が止まってしまったかのような、そんな沈黙。

 

「……そんな……どうして……?」

 

 数十秒の沈黙の後、董卓が呆然とした様子で呟いた。

 馬騰が俯き、振り払うように首を振る。賈駆は無表情のまま沈黙を押し通し、華雄も何も言わない。劉勲だけが面白そうに、口元を押さえてにやけていた。

 

「どうして詠ちゃんと華雄さんが……!みんな……知ってたの?最初から、そのつもりで……」

 

「……」

 

 その問いに応える者はいない。だが何の反論もしないという時点で、その沈黙の意味するところは明白だった。

 

 

 

「……ごめん……」

 

 

 やがて、賈駆がぽつりと声を漏らした。涙を浮かべた親友の瞳を見上げて、もう一度言う。

 

「…ごめんね……」

 

 弱々しい、謝罪の言葉。董卓の細い指を握る手に力を込め、賈駆は続けた。

 

「だけど、これはもう決まった事なんだ……」

 

 困ったような、今にも泣きそうな表情で、彼女は董卓と向き合う。

 

「そんな……!でも、でもっ!」

 

 なおも抗議の声を上げる董卓に、賈駆はハッキリと首を振った。

 

「……月を助けるには……どこかで匿って貰わなきゃいけないの。場所は……馬騰さんが保証してくれる。……ただし……それは絶対に、誰にも知られないようにしなきゃいけない。……条約だけじゃ……やっぱり足りないんだ。」

 

 鼓動が早まってゆく。心臓の音が体の内側から伝わってくる。

 想像したくない。知りたくない。聞きたくない。

 だが内心の感情とは裏腹に、董卓には次の言葉の内容が予想できた。

 

 

「……誰かが、残って監視しなきゃいけない。」

 

 賈駆の手が、董卓から離れた。

 

「だから……ここで別れなきゃ駄目なんだ……」

 

 ゆっくりと、二人の距離が開いていく。

 

「……でも安心して。呂布も、張遼も、陳宮だってもいてくれる。それに馬騰さんの所なら……安全だよ?」

 

 賈駆は泣きそうな顔で、董卓に告げた。震える声を押し殺し、無理やり笑顔を作る。

 

「月は一人ぼっちじゃない。それに、もう二度と……誰かに利用される事も無いんだ」

 

 董卓は、その笑顔を瞳に焼きつけた。感情が止めどなく溢れて来て、言葉が出てこない。

 だけど、確かな事が一つ。

 

 ――零れてしまった水は、掬う事が出来ないように。

 ――割れてしまった皿は、二度と元に戻らないように。

 

 親友の決意を止める事もまた、もうきっと自分にも出来ない。

 後戻りできないからこそ、目の前で涙を堪えている親友は自分に全てを告げたのだと。

 

 全部、理解してしまったから――

 

 

 

「……約束。」

 

 

「……え……?」

 

 小刻みに震える体を抑えて、董卓は賈駆に語りかける。

 

「詠ちゃん、また会えるって……約束してくれる?」

 

「え?……あ……うん……」

 

 きょとん、とした顔のまま、流れで賈駆が頷く。

 だが、董卓にはそれで充分だった。満足げな微笑を広げ、華雄の方にも視線を向ける。

 

「華雄さんも、ね?」

 

「……私も、か……?」

 

「うん、そうだよ。華雄さんだって、大事な『仲間』なんだから。」

 

 不安に押し潰されそうになるのを必死に堪えて、董卓を笑顔を作り出す。董卓は彼女の決意を表すかのように、裾を強く握りしめた。

 

「いつかきっと……絶対にみんなで暮らせる日が来るよ。だから――」

 

 こんな無力な自分の言葉に、意味など無いのかもしれない。

 現実を無視した、単なる綺麗事なのかも知れない。

 それでも、希望を失ったら、本当に何も出来なくなってしまうから。

 

 

「――だからその日まで、頑張って生きよう?約束だよ――?」

 

 だからこそ、この約束を護ろうと、そう思うのだ。

 

「……そうね。」

「ああ、約束だ。」

 

 賈駆と、華雄が同時に答えた。

 

 ――もう一度、みんなで暮らす。

 ――その日まで何とかして生き抜く。 

 

 この乱世でその言葉がいかに空しいものか、董卓自身も自覚しているのかも知れない。もしかすると、二度と会えなくなる可能性すらあった。

 

(……こんなボクなんかを心配してくれて……ありがとう、月……)

 

 賈駆は冷え切った心の中で、どこか暖かいものが染み渡るのを感じた。恐らくは華雄も、自分と同じように感じている事だろう。

 

(……これで……いいんだよね?)

 

 目元に込上げる涙を感じながら、賈駆は嗚咽を抑えるようにぐっと息を呑み込んだ。

 やがて、溢れ出した涙が頬を伝う。

 洛陽の地下水路に、僅かに塩分を含んだ水が零れていった。

 

  




とりあえず賈駆と華雄はいろんなフラグを立てつつ、劉勲を監視する目的で袁術陣営に加入。残りの董卓軍の面々はまとめて馬騰が持っていくことに。

 ちなみに今回の劉勲・馬騰協定は、日英同盟とか独ソ不可侵条約あたりの内容を適当にミックスしたものです。
 余談ですが、某『鉄の人』って内政は人によって評価が分かれますけど、外交手腕はかなりのものだと思います。

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