真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 原作キャラの口調が難しいです。
 自分で書いてみると、どこか不安定になってしまう……


20話:不協和音

               

 漢代には洛陽盆地を取り囲むように全部で八つの関所が置かれ、洛陽八関と称されていた。洛陽に出入りする道は、この関所を通過する八本しか存在せず、まさに洛陽全体が天然の要塞でもある。その中で洛陽の南に置かれた関は大谷関と呼ばれ、袁術の治める南陽群から洛陽を直接攻撃されることを防いでいた。

 

 反董卓連合軍が続々と陳留の地に集結するのと時を同じくして、洛陽でも反董卓連合軍に対抗するべく軍が動き出していた。

 

 

「そんな、官軍を5万も大谷関に移動させるなんて……話が違うじゃない!」

 

 宮中の奥深にて、賈駆はある人物からの指示に抗議していた。

 

 

「お前たちには伝えていなかったが、大谷関の南にある陽人という場所にも反董卓連合軍が集まっているそうだ。故にそこを防衛する必要があるのだ。」

 

 答えたのは、一見子供のようにも見える小柄な人物。彼こそが十常侍の若き筆頭、張譲である。

 

「しかし……それでは兵力が分散し、陳留方面の敵部隊が……」

 

 賈駆は額にしわを寄せて抗議する。だが、張譲は身を乗り出し、より強い口調で一方的に告げる。

 

「賈駆、これは決定事項だ。これ以上逆らえばどうなるか、分かっているんだろうね?」

 

 

「……分かりました。ご期待に添えるよう、全力を尽くします。」

 

 賈駆は苦々しげに、喉の奥から声を押し出す。張譲はその姿を満足そうに見ると、退出の許可を出す。

 

「どれだけ犠牲が出ようと構わない。陛下に盾突く逆賊を大義の刃で討て。」

 

「御意」

 

 賈駆は作法に則って一礼し、部屋から立ち去った。部屋から出た後も賈駆は廊下を歩きながら、張譲の真意について思考を巡らせる。

 

 陽人に反董卓連合軍が集まっているなど、どうせデタラメだ。その真意は、官軍を含まない純粋な董卓軍を反董卓連合軍と潰し合わせることだろう。一口に董卓軍といっても、その内実は官軍との連合軍であり、純粋な董卓軍はせいぜい3万程度。

 

 張譲は今のところ董卓を人質に取ることで賈駆達を操っているが、いずれは権力基盤を安定させるために自前の軍を持つ事を目標としている。暴政で民衆から金品を巻き上げた結果、既に張譲の子飼いの官軍の一部は、それなりに強化されていた。いずれは子飼いの官軍全てが強化され、張譲の新しい手駒となるだろう。

 そうなった時に、董卓軍が健在では張譲にとって困るのだ。反董卓連合を削ると共に、董卓軍にも共倒れになってもらいたい。故に適当な理由をつけて自軍を温存すると共に、董卓軍に不利な戦いを強いた、と賈駆は推測していた。

 

(事実上、ボク達が陳留方面に回せるのは多くて10万が限界だ。他の関にもある程度部隊は残さなきゃいけないし、そもそも皇帝の近衛兵は洛陽から動かせない……)

 

 対する反董卓連合軍の総兵力はおよそ30万。汜水関と虎牢関があるとはいえ、3倍の兵力差では流石に厳しい。戦う前から勝敗が決まっているほど絶望的ではないが、勝っても負けても相当な被害を受けるだろう。

 張譲にしても董卓軍があっさり敗北し、洛陽まで攻め込まれては本末転倒なので、関所が防衛できるギリギリの兵力は残していた。これならば仮に反董卓連合軍が勝とうと大損害を被っているはずであり、洛陽で温存していた官軍で十分に対処できる。

 

(それに張譲は『どれだけ犠牲を出そうと構わない』、そう言っていた……)

 

 その意味するところは一つしかない。所謂「死守命令」である。退却は認められず、文字通り全滅するまで戦い続けろ、ということ。

 残念ながら現実では一般的に、所属部隊の3~5割が撃破されると兵士が恐慌状態に陥って統制が効かなくなるため、全滅するまで戦い続ける部隊をお目にかかれる機会は少ない。

 とはいえ戦略・戦術的後退や、敵を自軍領内に引き込んでの機動防御などは認められないと言う事である。最悪の場合、董卓軍は、反董卓連合と洛陽の官軍の両方に挟み撃ちにされる。

 

 

「ダメだ……このままじゃ、本当に使い捨てられる……!」

 

 張譲の言われるままにこき使われ 何もできない現状に、賈駆は歯軋りする。

 

 

「……連合軍と共倒れになるぐらいなら、やっぱり『彼女』の提案に……」

 

 ふと、脳裏に浮かんだのはある女の顔。まるで出来の悪いお伽話に登場する方士のように突然現れて、現れた時と同じように唐突に消えた女性。にもかかわらず、は彼女の事を忘れる事は出来なかった。その時の会話は今でも鮮明に思い出せる。

 

 

 ――……本当に、捕まった月を助けだす事ができるの?――

 

   ――ええ、もちろんよ。『信用』していいわ――

 

 

 不敵に笑う、彼女の笑顔が印象に残っている。

 ――『信用』――

 どんなに証拠や保険がかけられようとも、交渉において最終的に相手の意志を動かすのは『信用』だ。交渉に限らず、それは人間関係の全てにおいて切っても切り離せない。ある者にとっては成功を約束する祝福であり、別の人間にとっては呪いにも等しい不可視の魔法。

 そう、信用は決して目に見えないが、確かにこの世に存在するのだから。

 

「それでも、ボクには……叶えたい願いがあるんだ」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 連合軍、大天幕

 

 反董卓連合軍の会議室としても使われる、この大天幕の中心には洛陽周辺の地図が広げられており、諸侯はそれを取り巻くように座っていた。

 中でも一際豪奢な椅子に座っている、金髪ドリルヘアーの女性が袁紹である。左側には曹操や公孫賛とその客将である劉備一行の姿も見える。袁術陣営は袁紹の右隣にいるものの、当の袁術は退屈なのか、寝ぼげ眼でウトウトしていた。

 無理も無い。大天幕の中では既に2時間以上、各諸侯が長々と議論を戦わせていた。

 

「どうしても正面から攻撃なさるとおっしゃるのですか?董卓軍は長年異民族と戦ってきた精兵揃いですぞ。」

 

「だからこそ、我々はこうして連合を組んでいるのです。戦わねば、何の為に軍を派遣したのか分かりません。」

 

「しかし、正面攻撃では例え勝ったとしても被害が大きい。こちらの事情というのも考えて頂きたいのですな。何せ、我が領地は黄巾党の乱で相当疲弊しておりまして。」

 

「いっそ補給路を董卓軍の本拠地である、西涼からの補給を断って持久戦に持ち込むというのは……」

 

「領地の近い貴公はそれで良いのかもしれないが、領地の遠い我らの補給は長くもって3ヶ月程度しかないのだよ。」

 

 会議は踊る、されど進まず。

 各自がバラバラに言いたい事を言うだけで、何一つ決まらずにおよそ会議とは言えないようなもの―――と単純に言い切ってしまうには語弊があるだろう。各地から集まった諸侯にもそれぞれの事情がある。集まった諸侯の数だけ最善の策があると言っても良い。皆が真剣だからこそ、会議はだらだらと長引くのだ。

 

 故に――

 

「なぁ、こんなところで腹の探り合いばっかりやってていいのか?!俺達がこうしている間にも董卓軍は軍備を整えているんだぞ!みんながここに集まったのは董卓を討つためだろ!」

 

「ご主人様の言う通りだよ!早く洛陽で苦しんでいる人達を助けなきゃ!」

 

 会議室に響く、一組の男女の声。

 声の主は義勇軍指導者、劉玄徳と『天の御遣い』、名を北郷一刀という。その内容は、紛うこと無き正論。心の底から国を憂い、民を救わんとする者の叫び。

 その真摯な願いは諸侯たちの胸に染み渡る。嘘偽わりのない本音は、時としてどんなに甘い美辞麗句より心に深い印象を残す。

 だが。だがしかし――

 

「失礼。君達の名前と役職を聞いてもよろしいかね?」

 

 ――その叫びは届かない。

 確固たる社会的権威を持たないが故に。社会の暗黙の了解を知らぬが故に。

 何の実績も持たぬ者が社会で発言することは許されない。当然だ。素人に騒がれては困る。なにせこれは戦争なのだ。

 

「は、はいっ!?」

 

「…だから、君達の身分を訊ねているのだ。素上も分からぬ様では、軍議に参加させる訳にはいかないのだよ。」

 

「え、えっとわたしは義勇軍所属の劉備と言います。ご主人様の方は――」

「――すまない。こちらは私の所の客将だ。」

 

 向けられる非友好的な視線に戸惑いながらも、自己紹介をしようとした劉備を遮ったのは北平太守の公孫賛だった。

 

「この者はまだ新参者であるゆえ、ここは大目に見てもらえないか?この非礼は必ず後で詫びよう。」

 

 劉備を庇うように一歩前に進み出る公孫賛。彼女は白馬義従と呼ばれる精鋭騎兵を率いて異民族の討伐で功を挙げ、「白馬長史」の異名で知られていた。

 

「はぁ、北平太守殿がそうまでおっしゃるのでしたら……」

 

「かたじけない。」

 

 同時に劉備の学友でもあり、何かと苦労の多い人物でもある。公孫賛は劉備達一行を客将として迎え入れ、その能力や理想は高く評価しているものの、同時にこういった方面の知識に乏しい彼女達の行動にヒヤヒヤさせられてもいた。

 ふぅ~、と安堵のため息をつく彼女に劉備がためらいがちに声をかける。

 

「あ、あの、白蓮ちゃん。まだなんだかよく分からないんだけど……わたし達、ひょっとして悪い言っちゃったのかな?」

 

「いや、別に桃香達の言っている事が悪いって訳じゃないんだが……」

 

 公孫賛はどこか困ったように頭をかく。

 劉備達の言っている事は間違ってはいない。ただ、言うべき状況が悪かったのだ。劉備らの義勇軍は黄巾党の乱で功績を立てたとはいえ、逆にいえばそれだけである。各地の名高い諸侯たちの集まる場でタメ口発言できるほどの功績では無い。かといって高い家柄や潤沢な資金があるわけでもない。

 

「それに、みんな自分の領地のことも考えなくちゃならないんだ。だから頭では桃香達の言う事が分かってても、領主の責任がある以上は慎重にならざるを得ないんだよ。」

 

 こういった高度に政治的な会議では、その発言の全てが記録される。従って己の一言や決断が自分のみならず、領民たち全ての人生を左右する。発っする一言一言には、常に責任が付き纏うのだ。自らの不用意な発言で領民を危険に晒すことなど愚の骨頂。『人』として正しい事が、必ずしも『領主』として正しいとは限らない。

 公孫賛の隣の席に座っている曹操なども、それが分かっているからこそ長引く会議に口を挟まない。もっとも彼女の場合、出自の卑しい自分が発言しても無駄だと単に割り切ってるだけなのかもしれないが。

 

「領主の責任、か。なかなか難しいもんだな……。」

 

 渋々、といった感じで頷く一刀。公孫賛の話を理解はしたが、やはり感情的に納得できないものがあるのだろう。その姿は傍目にも不満げであったが、これ以上公孫賛に迷惑をかけるほど恩知らずでもない。劉備も一刀もそれ以上の発言はしなかった。

 

 

 黙り込む劉備一行を曹操だけは興味深そうに見つめていたが、他の諸侯はすでに会議を再開していた。再び小田原評定に戻るかと思われた矢先、ついにしびれを切らした袁紹が立ち上がる。

 

「さて、皆さん。何度も言いますけれど、我々連合軍が効率よく兵を動かすにあたり、たった一つ、足りないものがありますの。兵力、軍資金、そして装備…全てにおいて完璧な我ら連合軍。ただし、たった一つ、足りないものがありますわ!」

 

「……。」

「……。」

「……。」

 

「――それは、この軍を纏める『総大将』ですわ!!」

 

 ですよねー。うん、言ってる事は別に間違っちゃいない。というか誰かがまとめてくれなきゃ困る。船頭多くして船山に登る。いくら居並ぶ人間が優秀であっても、それを取りまとめる人間がいなければ会議は意味をなさない。唯一の問題はまとめられる人物がいないと言う事だ。

 

 曹操……家柄と役職がアウト。たぶん、他の諸侯は従わない。

 袁紹……どうせお飾りにしかならない。

 袁術……駄目。

 その他…なんだかイマイチ役不足感が否めない。

 

 消去法でいけば袁紹になるのだが、袁術に勝るとも劣らぬバカ殿を推薦するのはちょっと躊躇われる。自薦してくれれば文句はないのだが、下手に推薦して責任を問われたくはない。各諸侯はそんな事を考えつつ、「お前が最初に言えよ。」と互いを目で牽制していた。

 一方の袁紹はさっきから長ったらしい演説を一人で続けている。

 

「これほど名誉ある役目を担う軍を率いるには、なんといっても相応の『格』というものが必要ですわ。あとは能力ですわね。気高く、誇り高く、そして優雅に敵を殲滅できる能力。……そういった才能を持った者こそ、この連合を率いる総大将に足る人物だと思うのですけど?」

 

 

「……で?貴方の挙げたその条件に合う人間は、この連合の中にいるのかしら?」

 

 袁紹の幼馴染みである曹操が口を挟む。

 

「さぁ、私はどなたか存じ上げませんけど、意外と身近に居るかもしれませんわね。」

 

 どう見ても袁紹は誰かが自分を推薦してくれるのを期待している。ただ自分からそれを言うのも若干気が引きけるのか、さっきからウズウズしている。放っておくと、いつまでも終わらなそうだ。しびれを切らした劉備が、つい空気を読まずに口を開きかける。が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妾のことか?」

 

 

 ――壮絶に空気が読めない人間が、ここにもいた。

 




 17話辺りでやたら袁家が追い込まれてるような描写がありましたが、実は当の董卓軍からしてみれば「過大評価すんな、大変なのはこっちだ」みたいな。
 国防では情報が限られてる分、こういう話って結構あるようです。相手の弱点は分からないけど、自分の弱点はよく知ってるからですかね?

 冷戦時代、ヨーロッパの西側諸国はソビエト軍の大戦車部隊やら人海戦術に怯えていたそうですが、当のソビエト首脳部はいつ西側に先制攻撃されるか分からず、ソビエト崩壊後に公開された文書によると内心ビビりまくりだったという話。なんでも電子技術のレベルが低すぎて防空レーダーが……。

 実際、いつぞやになんでもない普通のセスナ機がフィンランドから赤の広場に着陸したとかいう話も。ちなみにその日は現在、国境警備記念日になっているらしいです。ロシアって国境広いから軍人さん大変そう……。

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