真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 いよいよ反董卓連合編。


第三章・すれ違う願い、その果てに
18話:乱世の幕開け


 後漢末期、大国の常として漢王朝もまた、中央の腐敗から崩壊が始まっていた。

 外戚や宦官の暴政に耐えかねた民衆は次々と反乱を起こし、その中でも最たる物が張三姉妹を首領(公式の書類上は)とした黄巾党の乱であった。全国に飛び火した黄巾党の乱だったが、腐っても漢王朝の力は強大であり、やがて各地の諸侯に抑えこまれてゆく。

 

 そんな中、皇帝の霊帝が崩御。後継を巡って庶民出身の何皇后が生んだ劉弁と、霊帝の母の董太后に養育された劉協の間で後継争いが発生。結果、何皇后側が勝利する。だが政権を支える大将軍の何進と、幼い皇帝を差し置いて事実上の支配者であった十常侍とが内ゲバを始め、政争の末に共に滅ぶ。

 その混乱の中でドサクサに紛れて宦官の一人が、劉弁とその弟の劉協を連れ去る事件が発生。しかし、たまたま中央から呼び出され、軍勢を率いていた董卓が偶然これを捕捉。董卓は二人を救出して洛陽に帰還した。

 

 

 ここまではよかった。

 黄巾党の乱は平定され、董卓が幼い帝を保護したことで中央での混乱も一通り鎮まったかに見えた。悪政を敷いていた宦官や外戚は自らの引き起こした権力闘争によって滅び、これからは平和な世になるだろうと誰もが期待していた。しかし、現実はそれとは全く逆の方向へと進んでゆく。

 

 

 確かに漢王朝で暴政を敷いていた悪徳政治家は一掃された。だが、だからといってお伽話のように「こうして悪い大臣達はいなくなり、新しい王様の下で豊かで平和な国になりましたとさ、めでたし、めでたし。」といった単純な勧善懲悪のストーリーにはならないのが現実。

 

 成るほど、何進や十常侍らはまさしく『悪徳』政治家だったかもしれない。だが、同時に悪徳『政治家』でもあったのだ。全ての人民が政治に関わる直接民主制でもない限り、国の中枢を担っていた人間の消滅はそのまま国家機能の消滅を意味する。この時点で漢王朝は事実上、国家としての統治機能を喪失していたのだ。中央政府の衰退は各地に散らばる豪族の影響力を相対的に増加させ、各地の諸侯の野心を掻き立てていく。それは後の乱世の到来を予想させるものであった。

 

 これに真っ先に反応したのが袁紹であった。袁術の従姉でもある彼女は、これを機に反董卓連合を結成。「帝を差し置いて、洛陽で暴虐の限りを尽くす極悪人、董卓の討伐するための正義の戦いへの参加」をうたった檄文を各地の諸侯に送り付け、参加を呼びかけた。

 

 

 

「……とかいうのが真面目なウチの参謀本部の意見なんだケド。何と言いますか、……ねぇ?」

 

 困惑しているような、あるいは呆れるような、微妙な顔で劉勲が呟く。張勲を始めとする他の重臣の顔も大体似たり寄ったりだ。

 彼女達がいる場所は宛城の一角にある会議室で、『中央人民委員会』の定例会議が開かれていた。

 

「どー見ても袁紹さん自身を差し置いて、先に権力握った董卓さんへの腹いせですよねー。」

 

 張勲がぶっちゃけた。袁紹は袁術の従姉であるだけあって、ここにいる面子の殆どは袁紹と会ったことがある。だから、彼女の人物像から本当の原因が何なのか、だいたい分かっていた。

 

(それに、董卓本人が悪政を敷いているっていう前提がそもそも……)

 

 劉勲の『記憶』によれば、この世界の董卓は悪人では無い。もちろん、必ずしもそうだという保証はどこにも無いため、念のため調べてみたが想像通りだった。

 

(……いや、今はまだ言わなくていいか。それに董卓が善人だろうが悪人だろうが、やることは変わらないはず。)

 

 思わず真相を口に出しかけて、劉勲は小さくかぶりを振る。今はまだ言うべき時ではない。持てるカードは最良の場所で切るべきだ。

 

 

「でもぉ、袁紹さん他バカ3人はいいとして、田豊さんが認めるとは思いませんでしたよぉ?」

 

 張勲が何やら考え込むようにして首をかしげた。腑に落ちない点があるといえば、その一点につきる。それは袁紹に仕える高齢の軍師、田豊のことだった。

 

 田豊は若いころから博学多才で権謀術数にも秀でており、袁紹の筆頭軍師として長年袁家に仕えて来た人物である。彼の能力には袁紹も一目置いており、そんな老獪で優秀な人物が正当な理由なく朝廷に弓を引く事を許可するとは考えにくい。

 にもかかわらず、張勲の調べたところによれば、田豊は文句ひとつ言わずに各地の諸侯を反董卓連合軍に参加させるべく、説得して回っていると言う。

 

 

「あー、アタシもさっき国家保安委員会の人間から聞いたばっかりなんだけど……実はどうも董卓側が“黄巾党の残党を討伐するために兵を貸して欲しい。断れば官位を剥奪する”、みたいな無茶振りしたらしいよ。」

 

 張勲の疑問に答えたのは劉勲だった。

 やはり、というような顔をして他の人民委員たちも納得する。

 

 表向きは賊討伐の要請とはいえ、その中身は諸侯随一の力を持つ袁紹の力を削り落そうとする策略であることは明白。賛成すれば袁紹の軍事力を削れるし、反対しても官位剥奪により中央への影響力や名声を落とすことが出来る。

 

 

「……要するに、この件を適当に安っぽい勧善懲悪モノにしたてて、やられる前にやっちゃえと。田豊さんも中々の悪辣爺さんですよねぇ~。」

 

 合点の言った張勲がひざを打つ。

 そもそも董卓側の策略は袁紹が漢王朝の一家臣であり、勅命には逆らえないという前提で成り立っている。ならば、その土台から崩せばよい。将棋で詰んだ局面から逆転したくば、ちゃぶ台ごとひっくり返せばいいのだ。

 

 

 現在、中華の大地は大いに疲弊し、民は苦しんでいる。黄巾党の乱や中央の権力闘争、悪政、異民族の侵入など様々な要因があるが、民衆が求めるのはそんな難しい話では無い。民の求めるモノは分かり易い悪役、そしてそれを倒してくれるヒーローだ。

 

「とりあえず、国のトップが変われば生活がよくなるかもしれない。」

 

 田豊はそんな民衆の心理を巧みに突き、『朝廷の実権を掠め取った悪の董卓VS袁紹率いる正義の反董卓連合』という、実に分かり易い勧善懲悪のストーリーを造り上げたのだ。

 実際問題、国が荒廃しているの紛れも無い事実であり、変化を求める民衆の支持を得るのはそう難しい話では無かった。

 

 

 とは言え、人民委員達にとって問題でそこでは無い。問題は「より利があるのはどちらか」かなのだ。現在の袁術家臣は劉勲らを始め、商人を後ろ盾にした勢力が幅を利かせており、損得勘定に敏感な彼女らにとっての判断基準は3つだけ。費用(コスト)、安全性(リスク)、見返り(リターン)である。……約3名を除いて。

 

 

「うぬーッ!エラそうな手紙を妾に送りつけおって。“れーは”のクセに生意気なのじゃ!」

 

「おおー、みんなが真面目な話をしてるのに空気を読もうともしない豪胆さ、さすがですぅ。」

 

「特にやたらと難しい漢字を使っている所が生意気じゃ!」

 

「しかも常用漢字すら読めてなーい!だけどそれをを全部人のせいにする美羽様の図太さもたまりませーん。」

 

「うわははははは!七乃、もっと妾を褒めてたも!」

 

 言わずと知れた、おバカ主従コンビの二人。そして――

 

「袁紹のお嬢ちゃんも粋な事するじゃねぇか、ちったぁ見直したぜ。」

 

 ――三度の飯より戦争大好きバトルフリーク、紀霊。孫堅の反乱でも黄巾党の乱でも容赦なく、公平に敵味方を殺戮していた迷惑な人である。

 

「あのねぇ、別にアナタが戦闘狂でも嗜虐趣味でも気にしないし、例え幼女趣味の変態だろうがアタシは一向にかまわないけど、給料分の仕事ぐらいして頂戴。たまには欲求だけじゃなくて理性も働かせたらどうなの?」

 

 にやにやしながら袁紹の手紙を見る紀霊に、劉勲が呆れたような吐息を洩らす。

 

「そうカリカリすんなって。なんだオマエ、ひょっとして今日は月に一度のアノ日か?」

 

「ち・が・う・わ・よ。ていうか、仮にアンタの言う通りだとしてもハイそうです、とかバカ正直に言うわけないでしょ。」

 

 なんでアタシの周りにはロクな男がいないんでしょうね、とかぶつぶつ言っている劉勲を尻目に、紀霊は再び話を続ける。

 

「ま、何にしろ中々面倒な事になってるこたぁ、オレでも分かるぜ。一歩間違えればガチで首が飛ぶな、こりゃ。」

 

「へぇ……そう言う割にはなんだか楽しそうね。」

 

「ったりめーだ。軍人ってのはなァ、戦争やってナンボなんだよ。」

 

 嬉しそうに腕を鳴らす紀霊。

 

「そりゃまぁ、分からないでもないケド。平和なら軍人の食いぶちなんて無いでしょうし。」

 

 漢王朝では基本的に徴兵制を敷いており、戸籍に登録された成人にその義務がある。しかし、中央政府の力の弱まりと共に戸籍の把握が難しくなり、農民の負担も増大していた。そのため実際には、各豪族が農民の負担軽減を目的として兵役の代わりに税を治めさせ、それを基に適当にその辺のチンピラを雇う事も珍しくなかった。紀霊も元はそういった類の人間で、早い話が傭兵だ。

 

「で、なんか話が逸れた気がするけど、結局どうするつもりなの?」

 

「んなモン、決まってるだろ。当然―――董卓側に就く。」

 

 迷うこと無く、紀霊は言い放った。軍関係者からチラホラ賛同の声が上がるも、大部分の文官の顔色はすぐれない。劉勲とて例外では無く、値踏みするように目を細めて問い詰める。

 

「何が当然(・ ・)なのか伺ってもいいかしら?間違っても『そっちの方がたくさん殺せるから』とか言わないでよ。」

 

「ちげぇよ、ちゃんと根拠ならある。……なぁ、董卓軍の兵力はいくらだったか覚えているか?」

 

「皇帝の直属部隊や近衛兵、旧何進軍に洛陽の警備部隊も含めてざっと20万ぐらいかしらね。」

 

「そこだ。これほど膨大な兵力を持つ軍は他に存在しねぇ。お前んトコの諜報部の話じゃ、袁紹の嬢ちゃんだって直に動かせんのは、せいぜい12、3万かそこらだろ?オマケに領地にも多少は残す訳だから、実際にはその8割程度が限界だな。これにオレらと、その他の有象無象共が入ったところで30万あればマシな方だ。しかも集まったとこで所詮は寄せ集めの連合軍。もし向こうさんが穴熊を決め込んだら……」

 

 そこまで言って、紀霊はにやけながら自らの首を切る仕草をする。

 

「こっちは詰みだ。洛陽の東には汜水関に虎牢関、西にも2層の楼閣に三重の城壁を持つ函谷関がある。正攻法じゃまずムリだ。かといって持久戦に持ち込めるわけでもねぇ。」

 

 一般に攻撃側は防御側の3倍の兵力を要すると言われる。兵力の差が絶対的な差では無いとはいえ、中華有数の難攻不落の城砦を2対3程度の兵力比率で落とせるなどと楽観する者はいまい。野戦ならばまだしも攻城戦ではよほどの事が無い限り、戦力差はひっくり返らない。

 それゆえ持久戦に持ち込めば多少は勝率が上がるが、寄せ集めの連合軍では長期にわたる作戦を実施するのは困難だ。

 

 一方の董卓軍も正しくは旧何進軍などを含んだ連合軍ではあるが、董卓軍以外は武将の数に乏しく、結果として指揮系統の一本化を達成していた――はず。もちろん武将一人当たりの負担は増大するものの、紀霊の言うように陣地に引き篭もっていれば各兵士は持ち場を守ればいいだけなので、防御に徹する限りマイナス面は表れにくい。

 

 

「穀物禁輸措置をとって洛陽周辺を封鎖、という訳にもいかないですしネ。」

 

 魯粛もどこか残念そうにかぶりを振る。

 

「どうしてですかぁ?経済封鎖をかければ、絶対に董卓軍は疲弊しますよ?」

 

 確かに張勲の疑問はもっともだ。洛陽には董卓軍のみならず多数の民衆も暮らしている。当然彼らの分も確保しなければならず、下手に放っておけば暴動が起きることは分かり切ったことだ。軍部を中心に、それならうまくいくかもしれない、という声も挙がる。

 その疑問に答えたのは、通商担当責任者の楊弘だった。

 

「まさか、飢えに苦しんでいる洛陽の民衆を何もせずに見殺しにすると?取引できる限り、救いの手を差し伸べようとは思わないのかね?」

 

 取引できる限り――楊弘は敢えてそれを言葉に含めた。何が言いたいかは、十分すぎるぐらい明白だった。

 食糧が不足すれば当然だが、値上がりする。必要なものを必要な時に高く売りつけるのは商人の基本といえよう。みんなが律儀に禁輸措置を守っている中、自分だけこっそり売りつけられれば、巨利を得られる事は自明の理。要するに、寄せ集めの連合軍では経済封鎖など机上の空論だという事だ。

 人の世では金がある限り、必要なモノの殆どは手に入る。飢饉があっても食糧を生産していないはずの大都市住民が飢えず、食糧を生産しているはずの農村でなぜか餓死者が出るという事が、それを証明していた。

 

 

「我々としては、出来ればどちらにも参加はしたくないのだが?黄巾党の乱で受けた被害総額は目に余るものがある。それを理由に参加を見送り、まずは内政を盤石にするべきだ。」

 

 財務官僚を代表して、楊弘が中立を主張する。黄巾党の乱で南陽群は全国でもトップ3に入るほどの大損害を被り、これ以上金のかかる軍事行動は慎んでもらいたい、というのが彼らの共通認識だった。黄巾党の乱以後も、南陽群の経済自体は発展を続けているのだが(規制が緩く、商業振興政策をとっているので、他の地域と比べて商売がやり易いため)、財政は健全とは言い難い。

 

「いっそ、これを機に連中の共倒れを図ってはどうだね?奴らが対岸で潰し合うのを安全な南陽でのんびり鑑賞しようではないか。」

 

 指を立てて中立を主張する楊弘。現にお隣の劉表はそういった方向で動いている。表向きは『専守防衛』を掲げ、「陛下の御心が分からない以上、軽々しく動くべきではない。穏便に対話で解決すべきだ。」と平和主義を貫いているが、漁夫の利狙いである事は言うまでも無い。

 

「でも現実はそう、うまくはいかないものデスヨ。むしろ袋叩きがコワいネ。」

 

 中立、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、一歩間違えれば双方を敵に回す危険性を孕んでいる。非常に高度な外交と、それを裏付けする実力があって初めて達成できる綱渡りなのだ。

 例えば劉表の領地は中央から離れており、比較的黄巾党の乱による被害が少なく、軍事力も財政も健全だ。その上劉表本人も多くの名士に顔が利き、非常に有能な外交官でもある。中立はそんな彼だからこそ出来る芸当と言えよう。

 そう反論された楊弘は不機嫌そうに魯粛の横顔を見る。

 

「では、君は紀霊の意見に賛成なのかね?」

 

「イヤー、むしろ反董卓連合側に就くべきアルよ。」

 

 魯粛の口から放たれた言葉が示すは第三の道。にやけていた紀霊の顔から笑みが消え、予想外の発言に会議室の中に沈黙が広がる。周囲の試すような視線を受け止めつつ、魯粛は己の意見を口にした。

 

「仮に紀霊や楊弘の提案通りにすれば、董卓が勝つ事は間違いないネ。」

 

 現在の大陸の力関係はおおよそ 董卓>>袁紹≧袁術>劉表>その他 となっている。つまり、袁紹と袁術が組んでようやく董卓に勝てるかどうか、といったところ。

 楊奉の中立案を採用した場合、袁紹はほぼ単独で董卓と戦う羽目になる。そうなれば日和見を決め込んでいる諸侯の多くは、連合への参加を見送るだろう。紀霊の案は言うに及ばずだ。となれば、必然的に反董卓連合軍の勝ち目は薄くなる。

 

「つまり、どっちにしても戦後は董卓軍が唯一無二の巨大勢力になる事は明らかだヨ。そうなったらもう董卓軍を押さえられる勢力は残ってないから、こちらも逆らえないネ。結局は隣の劉表さんと潰し合わされるのがオチだヨ。……孫堅さんみたいにネ。」

 

 淡々と魯粛は言い切った。ありえない話ではない。

 

「フン、そこまで見切ってたんだとしたら田豊のジジイも大したもんだ。」

 

 紀霊が笑えない軽口をたたくも、反応する人間は一人もいない。

 黄巾党の乱によって財政状況は最悪。中立が最も望ましいとはいえ、下手をすれば両方から袋叩きに合う。

 董卓軍と組めば当面の危機は回避できるが、戦後は自分達が孫家をこき使って来たのと同じ目に合わされる。

 かといって反董卓連合に参加した所で、紀霊の言うとおり勝算は薄い。地理的にも南陽群は洛陽に近く、本土が直接危機に晒される可能性すらある。

 

 経済的には楊奉、政治的には魯粛、軍事的には紀霊の言ってる事が正しい。故に八方塞がりもいい所で、袁家首脳部の悩みは深まるばかりであった。

 

 

「七乃、皆何を難しい顔をしておるのじゃ?“れーは”の手紙はそんなに大事な話なのかや?」

 

 ここに来て流石の袁術も事態の深刻さに気づく。いや、内容までは解ってないだろうが、相当マズイ状況に置かれている事は、居並ぶ家臣達の様子から何となく感じ取れた。

 

「いえいえ、みんな美羽様がどうしたら喜ぶか悩んでいるだけですぅ。連合に参加して美羽様の魅力で袁紹さんを従えちゃうか、それと逆にもやっつけちゃうか、あるいは面倒なのでここでゆっくりしてもらうかで迷っているんですよ。」 

 

 不安そうに見上げてくる袁術を安心させるように、優しく宥める張勲。

 

「うむむ。どれも魅力的なのじゃ。どうしたものかの……」

 

 可愛らしく顎に手を当て、何やら考え込む袁術。どこか場違いなその姿に癒されたのか、どんよりと沈んだ会議室の空気がわずかに和む。

 

「……やっぱり面倒臭くなったから、全部七乃に任せるぞよ。決まったら妾に知らせてたも。」

 

 だが袁術は数秒ほど考えた後、あっさりと丸投げした。

 

「今日は疲れたから、そろそろ布団に入って寝るのじゃ!」

 

 袁術はそう言うと、身長のせいで足が地面に届かない椅子から飛び降り、出口の方へと向かう。

 

「お嬢様~、寝る前の蜂蜜水は2杯までですよ~。あんまり飲み過ぎるとおねしょ出ちゃいますから~。」

 

「わかっておる!それに妾は別におねしょなどしてないのじゃ!」

 

 顔を真っ赤にしながら袁術が叫ぶ。

 ちなみに袁術のおねしょが中々直らないのは公然の秘密という奴だ。

 

 

 袁術の退出と共に、再び重苦しい空気が会議室中に漂う。

 

「つまり、できる限り金をかけず、外交的に孤立しせず、突出した脅威の出現を防ぎつつ、国力を回復させて、かつ勝ち馬に乗らないといけないワケなのよね。それだと中立案を採用した上で、連合軍に勝ってもらうのが一番いいんだけど……」

 

「……万が一、孤立すれば瞬殺ですねー。だから旗色ある程度、明確にした方がいいかもしれません。」

 

 珍しく、張勲が真面目な顔を続ける。

 

「ついでにオレらとは関係ない所で、両方が潰し合わせる必要がある。」

 

 もう一つ、忘れてはならない要点を紀霊が挙げる。現時点では、そうとは気づかれないように、事実上の中立状態を作ることが望ましい。劉勲にも、だいたいの方針が見えてきた。

 

(ここで、アタシの出番かしらね?隠してたカードはここで切るべきかも。各地の国家保安委員会の報告にもあったし……)

 

 劉勲は内心で一人ごちる。国家保安委員会の保有する同志達――中華全土に散らばる、非公式情報提供者の事を言う。袁術陣営は彼らの情報を基に、中華全土に網の目のように情報網を張り巡らせ、徹底的な諜報戦略を展開していた。

 もっとも、元々は軍事や政治目的では無く、どちらかといえば経済的な要因が大きい。情報は商人にとって一種の命綱であり、その重要性は全ての商人が共通認識として理解している。わざと誤情報を流そうものなら、その商人は確実に市場から叩き出されるだろう。それゆえ商人同士のネットワークは信頼性、スピード、情報量のどれをとっても侮れないものがあった。

 それに目を付けた袁術陣営は、既存の商人ネットワークを制度的に保護し、利用する形で南陽群を発展させると同時に様々な情報を得ていた。商人達にとっても袁家と結ぶことで、遠征や増税、中央での政変など一般市民がすぐには得にくい情報をいち早く手に入れられるという利益がある。

 

 

「ねえねえ、ちょっといいかな?あのさ、国家保安委員会からひとつ、すごぉーく面白い話があったのよねぇ?」

 

 劉勲が指を立てて、自身に注目を集める。『国家保安委員会』、その単語に反応した人民委員たちの視線が一斉に彼女に集まっていく。

 

「結果から言うとね、前提から間違ってるんだよ。なんというか、田豊のヤツに惑わされちゃったんだ、アタシ達。もう一度、田豊の作った構図を思い出してくれない?」

 

 『朝廷の実権を掠め取った悪の董卓VS袁紹率いる正義の反董卓連合』実に分かり易い話。善と悪による単純な対立の構図。もちろん、この場にいるメンバーとて正義だの悪だのは信じていない。洛陽の民が苦しもうとも知ったことでは無い。だが――

 

「よくよく考えてみれば、話が出来過ぎてない?そもそもたまたま(・ ・ ・ ・)呼び出されていた董卓に、連れ去られた皇帝陛下達が偶然(・ ・)見つかって保護されるとか、ありえなくない?

それに、いくら董卓が軍を率いて洛陽に入ったとはいえ、そう簡単に政治の実権を握れると思う?生き馬の目を抜くような世界で生き抜いてきた宮中の連中が、ポッと出の田舎軍隊に出し抜かれるとでも?」

 

「それは……!」

 

 何人かの人民委員が息を飲む。その発想はなかった。言われてみれば不審な点だらけだ。宮中に巣食う古狸達のしぶとさは、中央にも顔が利く名門、袁家に仕える人間なら誰もが知っている。そんな彼らが、こうもあっさりと敗れるわけがない。

 

「……つまり、董卓軍は一枚岩ではないと言いたいのかね?董卓は傀儡で、実権は洛陽の宮臣が裏で握っていると?」

 

 楊弘の推察に、劉勲は我が意を得たりという表情で笑みを浮かべる。だが、楊弘はつまらなそうにフン、と鼻を鳴らしただけだった。

 

「しかし仮に内部分裂してようが、董卓が傀儡だろうが、連中が強大であることに変わりは無いではないか!」

 

 ざわめく会議に水を差すように、楊弘が指摘する。彼我の戦力差は2:3。防御に徹すれば絶対に覆らないはずの戦力差であり、しかも寄せ集めの連合軍が解散すれば瞬く間に各個撃破されてしまう。

 

「うんうん、キミいい事言う♪ちょっと見直しちゃったかも。」

 

 楊弘の指摘に対し、劉勲はとびきりの笑顔で答える。

 

「たしかに董卓軍全員(・ ・)勝つ気(・ ・ ・)でいるなら、連合は勝てないわよ?でもね――」

 

 白々しく、祈るような仕草で胸に手を当てる。その上で例え話をしよう、と彼女は言う。

 

「昔々、とある国に悪い大臣と美しいお姫様がいました。悪い大臣はお姫様を捕えて幽閉し、毎日戦争ばかりやって民を苦しめていました。そんな中、かつてお姫様に仕えた武人は、お姫様を助ける機会を伺っていました。」

 

 その口から紡がれるは他愛のないお伽話。よくある平凡な筋書きに、登場人物たち。

 

「英雄、その恋人、そして悪役は揃った。だけど、これだけじゃお姫様は助けられないし、悪い大臣も倒されない。なぜなら、そう――役者が足りない。」

 

 これだけでは終幕は訪れない。英雄はたった一人で、誰の助けも得ずに囚われの姫を救うか?否、もう一つ重要な役が残っている。

 

「大団円を迎えるのに、足りない役者は――」

 

 

 

 

 

 

 

「――英雄を助ける、不思議な導師よ。」

 




 袁術は意外と空気の読める子……かも?

 洛陽は兵糧攻めにすれば楽なんじゃないかと思ってた時期もありましたが、金持っている相手を兵糧攻めにするのって難しいらしいですね。ナポレオンの大陸封鎖令とかも失敗してますし。

 それと結局、分量の問題上、人民委員会の決定が何なのか明言できませんでした。次回と次々回に持ち越すことになりますが、ご容赦ください。

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