真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

20 / 106
17話:動き出した歯車

                 

 張曼成率いる黄巾軍は袁術軍を撃破した事によって勢力を拡大し、再び南陽群を荒らし始めた。その総兵力は約8万であり、人々は改めて黄巾軍の勢力の大きさを知ることになった。

 

 

「来たわね。」

 

 目の前に展開されている黄巾軍の陣容を見ながら、孫策は不敵に笑みを浮かべる。両軍はやや西に小高い丘を挟んで向かい合っており、黄巾軍を撃破するために集結した袁術軍は僅か3万だった。これは袁術軍が兵力不足に陥っていた訳では無く、今回の作戦指揮をとるのが、孫家であることを快く思わない袁家家臣が準備不足を理由に、わざと部隊を送らなかったからだ。

 

 しかし、孫策の顔に悲観の色は無い。なぜなら今回の戦にはもう一つ、別の軍が投入されている。それこそが孫策の母、孫堅の残してくれた約1万の兵だった。

 

 

「我こそは孫文台の娘、孫伯符なり!我が母の死から早2年、我らは共に、長き苦難に耐えてきた!そして今、ここに再び轡を並べて戦う時が来た!」

 

 そこにいるのは、かつて全身全霊を捧げて母に仕えた兵士達。

 もちろん中には孫家を見限っていった者もあり、その数は孫堅の時代に比べればいささか減少している。

 

「この2年は我らにとって常に苦汁を舐める日々だった。袁術の下で奴隷の如く搾取される毎日……しかし!それも今日までだ!」

 

 だが、多くの部下達は今一度兵を挙げた孫策に応え、この場に集結していた。かつて結んだ主従の契は2年の時を経て、再び『孫』の旗の下で具象化する。

 

「忠勇なる我が将兵よ!我らは未だ寡兵である!されど、その一人一人が、最強の古強者だと私は信じている!」

 

 己が王の呼びかけに応え、再び集う孫呉の勇者達。孫呉復活の舞台を、我もまた見届けんと一人、また一人と駆けつける。それこそが、一介の武人としての誇り。尽くすべき忠義。死が訪れるその時まで、戦友と共にあらんとする彼らの絆。

 そんな彼らを誇らしげに見つめる孫策の顔には、一人の『王』としての覇気が満ち溢れていた。

 

「さぁ、今こそ孫呉の復活を世に知らしめるのだ!」

 

「うぉおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 

 

 

 対峙する両軍の内、最初に動いたのは黄巾軍。司令官、張曼成は自軍を丘の上に配置し、重装歩兵部隊を中央に置いた防御陣形を築くべく、移動していた。

 

「向こうも易々とやられてくれる訳でもなさそうだな。」

 

 そう漏らしたのは孫家の筆頭軍師にして、今作戦の参謀を務める周瑜だった。相手がいくら黄巾軍とはいえ、地の利を得た上に倍近い兵力で防御されれば並大抵の攻撃では崩せない。丘の重要性自体は周瑜も十分に承知しており、既に部隊を動かしていた。だが袁術軍と孫策軍の足並みが揃わず、装備が貧弱であるが故に機動力に長けた黄巾軍が一歩リードしていた。

 

「このままでは先に敵の前衛に占拠されてしまう。雪蓮、先に騎兵だけ先行させて撃破してくれないか?」

 

「りょーかい♪それじゃ冥琳、また後でね。」

 

 孫策は言うが早いか、すぐさま馬に飛び乗り、騎兵隊を率いて楔形陣形で駆けて行った。やがて丘の方から、怒号と悲鳴が響き渡り、しばらくするとそれは歓声へと変化していく。基本的に歩兵が騎兵突撃を防ぐためには密集隊形を組んで槍ぶすまを作るのが一般的だ。黄巾軍前衛部隊も慌てて隊列を整えるも、丘を占領するために移動し続けていたために隊列は乱れており、孫策軍騎兵の突破を許してしまう。

 

 だが、黄巾軍もやられるばかりではない。先行していた前衛部隊は打ち破られたものの、この戦闘で時間を稼いだ黄巾軍は迎撃体勢を整え、弓矢で孫策軍を迎え撃った。

 

 

「これは……まずいな。」

 

 周瑜は小さく、嘆息する。

 撃破した黄巾軍を追撃中だった孫策はやむを得ずに、そのまま黄巾軍本隊に突撃。退却ができればベストなのだが、騎兵部隊というのは基本的に方向転換に時間がかかる。ましてや追撃戦とはいえ、戦闘中に方向転換をするなど不可能に近い。そのリスクを考慮した上で孫策は黄巾軍本隊に突撃したものの、やはり数の差は圧倒的であり、はじき返される様に追い散らされてしまった。

 

「全軍、密集隊形をとれ!一歩も引くな、地の利はこちら側にある!」

 

 周瑜が叫ぶ。彼女とてただ手をこまねいていた訳では無い。孫策らが戦っている間に、孫策軍本隊はこの間に丘の上に素早く展開。孫策を追い払った張曼成はそのまま周瑜が指揮する孫策軍本隊に一斉攻撃を仕掛けたが、地の利を得た孫策軍はその場に踏み止まる。

 やがて勢いを失った黄巾軍の攻撃は低調なモノと成り、一進一退の攻防が続く。そこへ急遽部隊を再編成して戻ってきた孫策隊が到着。側面からも攻撃され、黄巾軍は総崩れとなっていった。

 

 

 

「……ここまで来ると、嫌味を言う気も起きなくなるわね。」

 

 目の前では、孫策軍に蹂躙されていく黄巾軍が映っている。

 言わずと知れた孫策の人望に、的確な周瑜の用兵、孫堅の時代からそれを支える忠臣たち。孫堅の全盛期に比べればやや見劣りするが、それでも袁術軍の比では無い。

 もし全軍が袁術軍だったならば、黄巾軍の一斉攻撃に持ち堪えられなかっただろう。その上、追い払われた騎兵の再集結にはさらに多くの時間を要し、助援が間に合うかどうか疑問が残る。

 

 

「なーんか昔、これに似たような光景を見た事があるような気がするんだけどなぁ……。」

 

 戦場からやや離れた丘でそれを見ながら、ポツリと呟く劉勲。かつて孫堅が当主だった頃、劉勲は一時的に監視役として派遣された事があり、素人ながら感心したものだ。

 

 そこには文献で読んだだけでは分からない、実戦を見ることで初めて得られる貴重な知識が転がっていた。少しでもその知識を己の糧とするべく、劉勲は密かに睡眠時間を削って記録にまとめていたものだ。度重なる作戦への口出しも、本当の戦場を知る者から少しでも多くの知識を吸収するため。例えその結果、厄介扱いされたとしても、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

 後は洛陽で自分が学んだ本の知識と照らし合わせ、理論と現実のギャップを埋めてゆく。それを何度も繰り返した。かなりの忍耐を要する地味な作業だが、めげずに仕事の合間を見つけては、勉強し続けた。いつか必ず、自身の血となり肉となると信じて。

 

 

「……なんてね。ホント、馬鹿みたい。そんなコトで簡単に実力ついたら、そこら辺のコソ泥だって皇帝になれるし。」

 

 そう言って劉勲は力無く笑う。いくら努力した所で、どうしても覆せない差というのは存在する。『努力』などという根性論でどうにかなるほど世の中は甘くない。純然たる「結果」を残して初めて、『努力』は認められるものなのだ。

 でなければ「努力が足りない」とはね付けられるのがオチだろう。どんなに信心深く敬虔な人物でも“まだまだ信仰心が足りない”ために、神の救いが得られない事が時としてあるように。

 

 確固たる『結果』を出せない者が、いくら血の滲む様な練習を繰り返し、泥と涙にまみれようとも世間は認めはしない。見向きすらもしてくれないのだ。やり場の無い虚しさが、劉勲の心に穴を開けてゆく。

 

 既に戦場では大局が決まり、孫策軍は敗残兵の掃討へと移りつつあった。

 

 

「黄巾軍の掃討は完了した。敵の損害は見たところ4割ほどで、こちらは負傷者こそ一割に達しているが、死者は多くは無い。」

 

 現れたのは周瑜だった。勝利を報告しに来たのだろう。劉勲は笑顔の仮面を顔に張り付けたまま、わざと、底抜けに明るい声を出す。

 

「お疲れさま。やっぱ孫呉の筆頭軍師サマは違うよねー。さぞ鼻が高いでしょうよ。」

 

 本音を言えば、今は会いたくなかった。

 

「……で、この後はどうするの?戦勝記念の宴会でもするならアタシも招待して欲しいんだけどなぁ?」

 

 本心とは真逆の言葉が口を衝いて出る。できれば一人にして欲しかった。誰もいない場所で、一人ぼっちで泣きたかった。だってあまりにも――

 

 ――自分が、惨めだから。

 

 ――心が、折れそうだったから。

 

 ――敵わないと、嫌になるぐらい思い知らされたから。

 

 しかし、劉勲も立場というものがある。自分の私情を仕事に挟んではならない。そう思ったから、いつもの自分を演じようとした。だから、できる限り普段通りの、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。敢えて心にも無い事を言った。

 

 それは誰かに向けて、というよりはむしろ自分に向けて放たれた言葉。

 他人の成功を小突き回すことで、己の劣等感から目を逸らそうとする、子供っぽい強がり。

 そうする以外に心を保つ術を持たない彼女は、精一杯の虚勢を張った。

 

 

 そして――

 

 

「宴会の予定など無い。それに、この程度の勝利を鼻に懸けるつもりも無い。」

 

 

 ほんの少しだけあった誇りが、プライドが――

 

 数多の犠牲と引き換えに得た実績が、僅かに残っていた意地すらもが――

 

 

「孫呉に仕えるものとして、当然(・ ・)の事をしたまでだ。」

 

 

 一瞬にして凍りつき、崩れ落ちてゆく―――。

 

 

 息が出来ない。自分の体さえも、思い通りに動かせない。

 

「当、然……?」

 

 周瑜に悪気など無いのだろう。むしろ、自身の功を無駄には誇ることも無く、謙虚な姿勢だったとも言える。劉勲の失態についても何も触れなかった。

 

 しかし、劉勲にとってそれは、自らの積み上げてきたものを全否定されたも同然だった。

 

 妬み。羨望。嫉妬。怒り。そして自己嫌悪。

 劉勲の心の中で、あらゆる感情がごちゃ混ぜになる。

 

 どうせなら自分の事を嘲ってほしかった。鼻持ちならない自慢の一つでもして欲しかった。

 ――そうであったなら、もっと素直になれたかもしれない。だって、それはつまり、自分を相手にしてくれている証拠だから。一人の競争相手として見てくれているから。

 

(だけど『コイツら』はいつだって……もっと先を、もっと遠くを見ている……!)

 

 結局のところ自分は、周瑜や孫策から見て、天下取りという野望の中における一障害物に過ぎないのだ。

 

 それがどうしようもなく悔しくて、惨めで、憎かった。

 

 自分があれだけ策を練り、仕事の合間に持てる全てのカネとコネを活用して、いろんな人間に根回ししても得られなかった勝利(モノ)を、いとも簡単に手に入れてしまう。劉勲が多くの犠牲を生み出して、ようやく成し遂げられるような成果を、ほとんど損失無しに造作も無くこなしてしまう。

 

 にも拘らず、周瑜は顔色一つ変えずにそれを“当然の事”と言い放った。

 では、その『当然の事』ひとつ出来なかった自分は、いったい何だというのか。実力の差は、こんなにも大きいのか。才能の壁は、こんなにも厚いというのか。

 

(アタシは自身の策はおろか、真似ごとだって満足に出来なかった……ッ!)

 

 報告を終え、自分から離れてゆく周瑜の後姿が映る。聡明な彼女は気づいているのだろう。例え袁家を牛耳っているとはいえ、劉勲が虎の威を借る狐に過ぎない事に。その権力基盤は、数多の人々の欲望と利害の微妙なバランスの上に成り立つ、砂上の楼閣に過ぎない事に。

 

 彼女の目には、自分はさぞ滑稽に見えることだろう。大した実力も無く、虚勢を張って自己満足に浸っているだけの身の程知らずと映るのか。それとも甘言で人を迷わすことしか能のない詐欺師だろうか。

 いつぞやの自分に対する陰口に「錬金術師」というのがあった気がするが、よくよく考えてみれば、的を得ているのかもしれない。もっともらしい事を言いつつ、怪しげな術を用いて紛い物の黄金を作り出す山師。実にぴったりだ。

 

 

 されど時として、偽りがそれにとどまらぬ事もある。真実に至る偽りが世にあれば、その逆もまた然り。偽りより始まりし現実も存在する。

 

「……知ってるかなぁ?アタシの記憶が間違ってなければ、理論的に黄金は(・ ・ ・)作れる(・ ・ ・)んだよ?」

 

 原子物理学によれば、理論的に金が生成できない事は無い。卑金属でも膨大なエネルギーを集めて与えれば、貴金属へと変化しうる。

 

「それならば――」

 

 そう、それならば――

 

「――それだけの対価を差し出せば……」

 

 この身は万能に非ず。無から有は作り出せぬ。

 

「……アタシも同じ場所に辿り着ける。」

 

 されども、有から有を作り出す事は不可能に非ず。等価交換、等しい代償を集める事によって、その対価を得る事は出来るのだ。

 

 

 一ヶ月後、南陽にいた黄巾軍は完全に掃討された。

 同時に孫策は亡き母の遺志を受け継ぎ、天下への第一歩を踏み出す。絶大な信頼を寄せられる王のもと、勇猛な兵、優秀な指揮官がまるで一つの生き物のように戦場を支配する。その姿は、孫家の復活を天下に知らしめるには十分過ぎるほどだった。

 孫堅の名声もさながら、孫権が積極的に土地と民を豊かにしようと努力したこともプラスに働いていた。今や『江東の小覇王』、孫策は天下にその名を轟かせ、民の間ではその名声が日に日に高まっていったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇ 

 

 

 

 

 

 ここは、とある町の宿屋の一室。 

 

「はぁ、はぁ……ここまでくれば大丈夫だよね?」

 

「今回はかなり危なかったわね……」

 

「あ~ん!なんでこんな事になっちゃたの~?」

 

 その一角で、三人の少女達が話し合っていた。

 彼女たちこそが黄巾党の首謀者とされた張三姉妹である。

 

「もう!あの曹操とかいうヤツが食糧ぜんぶ焼いちゃったりしなければ……」

 

 やや苛立った様子で文句を言っているのは次女の張宝、真名を地和という。

 

「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ、ちぃ姉さん。」

 

 対象的に冷静なのが末妹の張梁、真名は人和だ。もっとも、彼女とて内心では焦っていた。黄巾党の首謀者という事で、公式には彼女達はお尋ね者とされている。このままでは、いずれ官軍の討伐部隊に捕えられる。

 

 元々彼女達は普通の旅芸人だったが、『太平要術の書』を手に入れたことによって、数多くのファンを獲得する人気アイドルへと変わった。その後、アイドルユニット「数え役萬☆姉妹」として活躍していた彼女達だったが、とある街でガラの悪い役人に絡まれてしまう。そこで張宝が「みんな、役人をやっつけて!」と叫んだのがきっかけとなり、日頃の悪政に対する鬱憤も重なって暴動が発生。追われる立場となった張三姉妹は身を守るため、張宝の提案に沿って、官軍が手を出せないように黄巾党を拡大したのだ。

 これがきっかけとなり、各地で黄巾党を名乗る民衆反乱が続出したというのが、黄巾の乱の真相であった。

 

「わ~ん、れんほーちゃん。これからどうしよう~?」

 

 机に突っ伏した状態で情けない声をあげる長女の張角。ちなみに真名は天和という。

 

「ひとまず、三人でほとぼりが冷めるまでどこかに隠れましょう。」

 

 とりあえず一番無難な選択肢を述べる末妹の張梁。三姉妹で一番の現実主義者である彼女は、元々どこかに隠れる事を主張していた。

 

「だめだよ、そんなの!みんな私たちのせいでこうなっちゃったんだよ?見捨てるなんてできないよ。」

 

 だが、お人好しの張角がファンである黄巾党員を見捨てられず、黄巾党を拡大することになったのだ。しかし、最近になってようやく本腰を入れ始めた官軍によって、今や黄巾党は駆逐されつつある。最近まで張三姉妹がいた黄巾党本隊も、朝廷から討伐の命を受けた曹操軍によって補給線を断たれて壊滅した。命からがら逃げてきたものの、彼女達を守ってくれていた黄巾党員とははぐれてしまった。

 

「……けど、じゃあどうすれば……」

 

 八方塞がりもいい所だ。張角はファンを見捨てられず、『官軍が手を出せないぐらい黄巾党を拡大する』という張宝の案も、現在進行形で潰されつつある。

 

 

 

「いやぁ、どうもお困りのようですね。」

 

 

 不意に、声がした。同時に、どこからともなく現れる一人の人影。

 

「アンタは……干吉!?」

 

 張宝が驚いた声を上げる。

 

「いやはや、なんと言うべきか。しかし、覚えていていてくれたとは光栄ですね。」

 

 忘れるはずが無い。なぜなら彼こそが、しがない旅芸人であった彼女達に、全ての元凶たる『太平要術の書』を授けた張本人なのだから。

 

「しかし、せっかく太平要術に大量の妖力を溜めこむ機会だったのに、こんな事になってしまうとは……」

 

 警戒を強める張三姉妹にも臆することなく、干吉は皮肉めいた口調で言葉を紡ぐ。

 

「……まぁ、それでもある程度の妖力は補給出来たから、これでも良しとしましょうか。」

 

 そう言うと、干吉は机の上に無造作に置いてあった『太平要術の書』を取り上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!『妖力を溜めこむ機会』って何の事!?その本にどんな関係があるっていうのよ!」

 

 一人で勝手に話を進める干吉に食ってかかる張宝。彼女とて妖術使いの端くれだ。最初に干吉からもらった時から、この本は何かおかしいと思っていたのだ。だが、干吉は僅かに肩を竦めただけだった。

 

「さぁて、何の事だか?ここまで来て気づかないようなら、これからもその意味を知った所で何の意味も持たないでしょう。」

 

 もう用は済んだと言わんばかりに懐から呪符を取り出す。

 

「何一人で勝手に話進めて……って、あれ?」

 

 張宝が再び詰め寄ろうとするが、全て言い終わらない内に口をつぐんでしまう。なぜなら――

 

 

「干吉さんのか、体が……」

 

「……消え、てる?」

 

「…嘘でしょう?」

 

 張角と張宝が声を震わせる。滅多に動揺することのない張梁ですら、息を飲んでいた。無理も無いだろう。干吉の姿は既に半分以上透け始めていた。

 そうして見ているうちにも徐々に、まるで最初から存在しなかったかのように宙に消えてゆく。

 

「それではみなさん、縁があったらまた会いましょう。フフフフフ」

 

 聞こえるのは彼の声のみ。すでに干吉の姿は虚空に消えていた。最後に一言、干吉の声は一方的にそう告げると、溶けるように消えてゆく。

 あまりに突然の事に、張三姉妹は声も出なかった。いや、出せなかったと言った方が正しい。

 

 そして張三姉妹の部屋に、静寂だけが残されたのだった。

  




 何かご意見、指摘、感想などございましたらよろしくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。