キーンコーンカーンコーン。
放課後の校舎から5時を告げるチャイムが鳴り響く。創と涼香が遊戯王部を賭けての決闘を行うのに、テーブルでやるだけではつまらないという理由で決闘盤を用いて行う事になった。とはいえ、部室では狭すぎるという理由で現在、遊凪高校の屋上に創と涼香、茜と晃の4人がいた。
屋上は、すでに夕暮れ色に染まり当たり一面が黄昏の世界と化していた。
「ははっ……決戦にしては、乙な場所になったな」
「ふんっ、呑気なものね」
お互いが向い合い決闘盤の電源を入れる。ソリッドビジョンシステムが作動し虹色の光が装置から溢れ出て来るものの、黄昏の世界は変わらずにただ、優しい風が吹く。このとき、審判みたいに茜は二人の間、中間あたりから声を挟んだ。
「では、デュエルを始めます。涼香ちゃんが勝ったら遊戯王部は涼香ちゃんのもの……で、いいですよね?」
「ああ、それでいいぜ」
負ける気がないのか、迷う事もなく自然に創は承諾の言葉を告げた。だが、それとは逆に涼香は不満げに目を細めた。
「けど、私にばっかメリットがあるのはつまらないわ。私が負けたら何か一つ言う事でも聞いてあげる」
「お! それじゃ、遊戯王部に入ってもらおうか」
「……それでいいわ」
コンマ5秒ほどの交渉だった。
これでお互い賭け金のように涼香が勝てば遊戯王部を貰い、創が勝てば涼香が遊戯王部に入部するという変則的なアンティルールとして成立する。このまま、勝負が始めるかのようにまず、茜が──。
「では、始めてください!」
「「
デュエルが始まった。
決闘盤の自動選択機能が作動し先攻権は涼香が得る。攻撃特化の水属性HEROを扱う涼香はどちらかと言うと後攻の方が得意な方だ。チッ、と軽く舌打ちしながら彼女はカードを引く。
「私のターン、ドロー。まずは《増援》を発動しデッキからレベル4戦士族、《白銀のスナイパー》を手札に加える」
初手に使うのは、【戦士族】必須カード《増援》。レベル4以下という制限があるが、逆に下級の方こそ優秀なカードが多く【HERO】、【六武衆】、【聖騎士】、【BK】などが代表的だ。故に《増援》は、戦士族を扱うデッキなら必ず入っていると言っても過言ではない。
「カードを3枚セット、ターンエンド!」
彼女は、ただ遊戯王に関しては多めの伏せカードを残してターンを終了させた。本来ならば、それは《大嵐》などの全体除去の的にされやすいプレイングでもあるが、彼女がその前にサーチした《白銀のスナイパー》が牽制の意味を込めていた。
「ははぁ、この中に《白銀のスナイパー》が潜んでいるな! こりゃ、易々と《大嵐》とか撃てんな!」
《白銀のスナイパー》は比較的珍しい効果を持っており、魔法カード扱いとして魔法・罠ゾーンにセットすることが可能だ。罠カードのように発動こそできないが、相手によって破壊されればエンドフェイズ時にそのカードの特殊召喚と相手カードの破壊の2つのアドバンテージを得られる。
故に、魔法・罠全てを破壊する《大嵐》はともあれ、1枚だけを破壊する《サイクロン》すら躊躇われるのだ。損得を気にするセオリー通りのプレイをする相手においては十分な効果を持つだろう。
「んじゃ、俺のターン! まぁ、使うけどな《大嵐》発動!」
「なぁ!?」
もっとも、セオリー外れのプレイを行う相手に通用するか定かではない。
涼香は驚き、晃や茜は『結局、使ってるじゃん!』などと言いたげな顔をして見せた。
巻き起こる暴風は、涼香の場の3枚のカードを吹き飛ばし、《白銀のスナイパー》、《奈落の落とし穴》、《デモンズ・チェーン》が破壊される。
「やっぱ入っていたな! それじゃ、ターンエンドだ!」
「っ……場にカードを残さないで終了!?」
《大嵐》を撃っただけでターンを終了する創。
それが涼香にとって不可解だった。かつて生贄召喚が主軸だった昔と異なり現在は、デュエルの高速化が進んでいる環境だ。ライフ8000といえど一瞬で0にされる可能性だって低くはないのだ。
「だってなぁ……《白銀のスナイパー》を破壊しちまったんだ。場に出しても、1枚は破壊されちまうだろ?」
「そうだけど……ちっ、私はエンドフェイズに魔法・罠ゾーンに破壊された《白銀のスナイパー》を特殊召喚するわ!」
白銀のスナイパー
☆4 ATK/1500
雪国、特に雪原に似合う衣服を身に纏った狙撃兵が銃を構えて場に現れた。ただし、ターゲットとなるカードはどこにも存在せず彼は不満げに銃を下げた。
「アンタ……次のターンでやられる可能性とか考えてないの?」
「ああ、これでやられればそれまでってことさ! そのときは、そのときだ!」
馬鹿なのか?
涼香は、彼の発言と行動でこのような結論が出た。勿論、場にカードが存在しないときに扱える《冥府の使者ゴーズ》などが手札に握られている可能性も否めなくもない。なのだが、涼香はどうしても心理戦やブラフのような口調ではないように思えていた。
「っ、私のターン……《E・HEROエアーマン》を召喚!」
E・HEROエアーマン
☆4 ATK/1800
今度は、【HERO】必須と呼ばれるカード。攻撃力はアタッカーとして十分なクラスを持つが、このカードが必須と呼ばれるのは二つある効果の中でも第二効果だ。
「“エアーマン”の第二効果! デッキから“HERO”と名の付く《E・HEROバブルマン》を手札に加える」
それは、召喚、特殊召喚時にデッキから“HERO”の種類問わずに手札に加えられるのだ。実質、召喚しても手札が減らず“融合”などでアドバンテージの確保が難しい【HERO】においてこのカードは無くてはならない存在だ。
「…………」
涼香は考える。
このまま、エクシーズ召喚を行い攻撃を行えば実質、4000以上の大ダメージが与えられる。しかし、彼女は合理的なプレイングを行う方だ。故に、本当に“ゴーズ”が握られていないと確信できない今、堅実に行くべきだと判断した。
「バトルフェイズに入るわ! 《白銀のスナイパー》、《E・HEROエアーマン》の順で攻撃するけど、何かあるかしら?」
「いいや……何もないぜ」
創 LP8000→6500→4700
狙撃と放たれた竜巻の二つの攻撃を受け、残りライフが大幅に減るが、このとき涼香は創に対し失望に似たような感情を覚えた。ブラフも出さなければ、“ゴーズ”のようなカウンターないし防御用のカードもない創は、まるで馬鹿か初心者のどちらかのように感じるのだ。遊戯王部の部長を張るにしても、プレイングが危なっかしい。
「私は、“エアーマン”、“スナイパー”でエクシーズ。《交響魔人マエストローク》を守備表示でエクシーズ召喚するわ!」
交響魔人マエストローク
★4 DEF/2300
まるで音楽団のような服装にサーベルを携えたモンスターが出現する。
守備力は、そこそこだがこのカードは“魔人”と名の付いたモンスターの破壊をエクシーズ素材を1つ取り除くことで防ぐ防御力と相手の攻撃表示モンスターを裏守備表示にする事で攻撃力が高いモンスターなどを破壊できるようにする突破力の二つを併せ持つモンスターだ。
いくら自身が有利でも相手の手札は5枚と多い。返しのターンでの攻めを鑑みれば彼女は守備を固める方が良しだと判断したのだ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「っし、俺のターン! ……む、あまり引きは良くないが、丁度いいか! 《ワン・フォー・ワン》を発動し手札のモンスターを捨てる事で、デッキからレベル1の《
XX─セイバーレイジグラ
☆1 DEF/1000
それは、赤いマントを身に纏った人型のカメレオンだった。
二つの小型の剣を逆手に持った小さな剣士だが、その守備の体勢のため相手のエクシーズモンスターの突破は難しいだろう。
「成程、【
「そうだ! “レイジグラ”の効果は使わん! 代わりに、コイツを召喚するぜ!」
デブリ・ドラゴン
☆4 ATK/1000
まるで、遊戯王5D'sの主人公のエースモンスターである星屑の竜をデフォルメにしたモンスター。その効果と名前のデブリから察するに、スペースデブリを意にするモンスターだと思われる。
「《デブリ・ドラゴン》って事は……墓地に送ったのは──」
「ああ、攻撃力500以下のモンスター! 俺は《
XX─セイバーダークソウル
☆3 DEF/100
ボロボロになった赤いマントに鎌を携えるそれは、まるで闇属性、悪魔族の死神だ。しかし、実際には地属性、獣族である。彼は、前のターンにこいつが手札にあったならば《白銀のスナイパー》から利用できたと嘆息したが、このターンに引いたのだから仕方がない。
「っ……シンクロ!?」
「ああ、その通り! 俺はレベル1の“レイジグラ”とレベル3“ダークソウル”そしてチューナーレベル4の“デブリ”でシンクロを行う! レベル8、《閃珖竜スターダスト》!!」
閃珖竜スターダスト
☆8 ATK/2500
飛翔するのは《スターダスト・ドラゴン》と瓜二つの姿。
実質、このカードは漫画版5D'sでありアニメ版から見れば異世界の“スターダスト”なのだろう。
「1つぐらいは、削らせてもらうぜ! “スターダスト”で“マエストローク”に攻撃!」
「ふんっ……エクシーズ素材を一つ取り除いて破壊を防ぐわ」
閃珖の名を持つ竜が口から放射される光輝く光線。
それに対する“マエストローク”は自身の周囲に衛星のように浮かぶ球体の一つを扱い高い音を鳴らす。それに合わせて、まるで空間が歪んだように光線が命中せずに大きく軌道を逸らしたのだ。
「まあ、そうなるよな。カードを2枚伏せ、エンドフェイズ……場から墓地に送られた“ダークソウル”の効果で《
「私のターン……まずは、“マエストローク”を攻撃表示にし、効果を使用! “スターダスト”を裏側守備表示にする!」
交響魔人マエストローク
★4 DEF/2300→ATK/1800
同じくエクシーズ素材を使い今度は、低い音を鳴らすと“スターダスト”の周囲を暗闇が包み気付けば1枚の裏側のカードとなっていた。彼が使用する“スターダスト”は1ターンに1度、選択した表側のカードを1度あらゆる破壊から防ぐという効果を持つが裏側にしてしまえば効果を自身に発揮しても無意味なのだ。
「さらに、《スノーマン・イーター》を召喚!」
スノーマン・イーター
☆3 ATK/0
現れたのは、下に何かが潜む雪だるまだった。
もっとも、攻撃力は0であり効果も裏側のときに表になった場合にしか使用ができない。故に表側攻撃表示で出すのは無意味だが、彼女はそれをミスプレイと思っていない。何せ、場か墓地に水属性が欲しかったからだ。
「そして! 《ミラクル・フュージョン》を発動! 場の水属性《スノーマン・イーター》、墓地の《E・HEROエアーマン》を融合し、現れなさい! 《E・HEROアブソルートZero》!!」
E・HEROアブソルートZero
☆8 ATK/2500
ここで現れたのは、彼女の切り札である絶対零度の名を持つ英雄。
場を離れた場合という、限りなく緩い条件であり相手モンスター全てを破壊するという凶悪な効果は最強の“HERO”と呼ぶに相応しいモンスターだ。
「ここで、“Zero”かよ……」
「っ…………」
ここで、静かに観戦していた晃も思わず下唇を噛む。
一緒に、タッグデュエルを行った時のあの圧倒的な力を見て遊戯王部に入れば、心強い味方になってくれると確信した。しかし、逆に敵に回ればこれほど恐ろしいと思える敵にもなってしまうのだ。
「行くわ! “Zero”で攻撃!」
「ちっ……“スターダスト”が……」
閃珖竜は裏側守備表示で効果を使用する事はできない、ましてダメージステップで使う事もできないのだ。故に、いくら破壊に対する効果を持っていても絶対零度の攻撃になすすべもない。
「次にマエストロークで──」
「おっと、それ以上は通行止めだぜ! 《トゥルース・リインフォース》発動! デッキからレベル2《
X─セイバーパシウル
☆2 DEF/0
《トゥルース・リインフォース》はデッキからレベル2以下の戦士族を特殊召喚できるカードだ。レベル4以下の戦士族は優秀なカードが多いが、さらに下のレベル2以下となるとそれは限りなく少なくなる。
その限りなく少ない中でも、使えるのが《X─セイバーパシウル》であり、いかつい戦士の姿をするそれは戦闘では破壊できないという強固な壁となる。
「ちぃ……バトルフェイズは終了。カードを1枚伏せ、ターン終了よ」
なんとなくだが、彼女は除所に相手のペースに引きづり込まれている気がしてならない。
だが、今彼女が伏せたカードと“Zero”の効果を併用すれば相手の流れを完全に立ち斬ることができる。
「それじゃ、俺のターンだ! まずは、コイツを使用するぜ《ガトムズの緊急指令》!」
「……ここで来るのね」
それは、【X─セイバー】の切り札ともいえるカード。
場に“X─セイバー”が存在するときに発動でき、墓地から2体の“X─セイバー”を特殊召喚できるそれは、次にシンクロ召喚を行い強力なモンスターを呼び出す戦術に使われている。
「来い! “レイジグラ”、“ダークソウル”!!」
場に戻ったのは、前のターンに閃珖竜の素材となったモンスター。これで出せる合計レベルは3と5と6だが、この状況を逆転するのに少し物足りない。だからでこそ、彼はさらに1枚のカードを出す。
「そして、場に“X─セイバー”が2体以上いるとき、コイツが場に出せる! 《XX─セイバーフォルトロール》を特殊召喚!!」
XX─セイバーフォルトロール
☆6 ATK/2400
“XX─セイバー”共通の赤いマントに機械的な剣と鎧を持った戦士は、唯一“X─セイバー”が2体以上いるときにしか場に出せない上級モンスターだ。このカードは、墓地のレベル4以下の“X─セイバー”を特殊召喚できると言う効果を持ちチューナーの使い回しだってできるのだ。
これでシンクロの連打召喚をすれば、逆転できる……創、茜、晃の3人はそう思っていたが、それを簡単にさせないのが強い決闘者というものだ。
「使うならここよね? 《マスク・チェンジ》を発動!」
途端、《E・HEROアブソルートZero》が高く飛び立つ。かつてタッグデュエルで《E・HEROオーシャン》に使用したときと同じだ。着地をした瞬間には、今度は銃でなく槍の様な武器を持ったモンスターだった。
「《E・HEROアブソルートZero》を変身させ《M・HEROヴェイパー》を変身召喚させたわ!」
M・HEROヴェイパー
☆6 ATK/2400
攻撃力は、わずかに《E・HEROアブソルートZero》に劣るが、このカードにはあらゆるカード効果の破壊耐性を付加されているのだ。もっとも、彼女にとってそれはオマケ程度でしかなく肝心なのは《E・HEROアブソルートZero》が墓地に送られた事。
「そして、《E・HEROアブソルートZero》が場を離れた事で効果を発動するわ」
「っ……!?」
一瞬にして、冷気が吹き荒れ創の場の4体の“X─セイバー”は氷漬けにされてしまった。逆転の一手ともされるそれを一瞬で潰す破壊的な防御手段に思わず観戦していた晃は息を飲んだ。
遊戯王部部長、新堂創すら彼女は圧倒している。
「こりゃ、声も出ないな……まあ、ここは《貪欲な壺》を発動して墓地から“レイジグラ”、“デブリ”、“スターダスト”、“フォルトロール”、“パシウル”の5枚をデッキに戻し……2枚ドロー」
やはり、大量展開直後に全滅させられたのか創の表情はどことなく真顔だった。
だが、次の瞬間に彼はニヤッといつも以上の笑みを浮かべた。
「強えーな」
「え……?」
「強い、強いぜ。正直、ゾッとするぐらい強えー……けどな、逆にこっから逆転できる事を思えば面白くてしょうがない! ま、とりあえず、お互い楽しんでいこーぜ!」
創は、時より馬鹿な発言などを多々するものの、それでも年上としての態度をたまに見せていた。だが、今の彼はまるで別人みたいに子供のような無邪気な笑いをしていたのだ。
それを見て、茜は『やっと、火がつきましたか』などと呟く。
「橘くん……今からが、見ものですよ」
「へ……?」
「あの人は、普段デュエルではデッキや性格もありますが、基本スロースターターです」
スロースターター。
それは、立ち上がりが遅いが一定時間以上が経過すれば高パフォーマンスを発揮する人物に対する通称の事だ。スポーツ選手や歌手などでよく見かけるソレは、おそらく遊戯王でも当てはまる人物がいるのかもしれない。
茜は、さらに付け加えて語る。
「それに、あの人は、相手が強くてピンチになれば成程。逆境であれば逆境になるほど鋭さを増します。特に……あの様に子供っぽい笑いを見せた時が、あの人の最強モードです」
「最強……モード?」
ただ子供っぽく笑っている様にしか見えなかった。
晃は、部長には悪いがここで逆転できるようなビジョンが見えない。
「場にカードがないけどなー……俺はこれでターンを終了するぜ。……おっと、破壊された“ダークソウル”の効果でまた“フォルトロール”を手札に加える」
とはいえ、彼の場にはカードが存在せず対する涼香の場には、2体のモンスターが存在するのだ。ピンチの状況には変わりがないのだが……不安に思う晃に、不安なく見守る茜、対して楽しくてしょうがないと笑う創に、何故ここで笑えるのかと不可解に思う涼香。
デュエルは、終盤へと進んで行く。