遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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007.遊戯王部を倒しに来たわ!

 カードショップ『遊々』の外には、小さいが都合よく人目に付き難い路地裏が存在する。建物の隙間には、人が二人ぐらい通れるぐらいのスペースとなり日の光が限りなく入りづらいため、放課後から随分時間が経過し空が、大地が建物が夕焼けの色に染まっていてもなお、ここは暗い影の色で染まっているのだ。

 

 途端、ドンッ、と鈍い音が建物から反響し大きく鳴り響いた。

 気付けば涼香が、制服でスカートであるにもかかわらず片足を上げ建物の壁に思い切りの良い蹴りを入れていたのだ。

 

 彼女の蹴りとは、別方向であるが晃が同じ路地裏に立っていた。

 どうやら今の蹴りは、彼に対して放ったわけでもなく、攻撃でもなく、ただ単純に威嚇と同様の意味を持った行動らしい。それでも、効果は十分だ。静まった空気の中、誰も通らない路地裏の中で攻撃的な行動を見せるだけで力の差を見せつける事ができるのだから。

 

 例えて言うなら、蛇に睨まれた蛙。

 はたまた不良に絡まれた学生である。

 

「え、っと……オレはどうしてここに呼び出されたんだ?」

 

 成り行きで連れ去られた晃は、彼女の威嚇的な行動をさりげなく無視し本題を聞くかのように問い質す。しかし、彼女は素っ気ないような表情で彼を見つめながら、質問を華麗にスルーして告げた。

 

「アンタに残された道は二つ。今回の事を完全に黙秘するか、記憶を無くすか……もしくは、死ぬかの、どれかを選びなさい」

「いや、それだと、三択だけどさ……」

 

 会話のキャッチボールとは、なんぞやと心の中で語りながら間違いを正そうとする晃。ただし、最後の選択肢だけは何があっても選ばないであろうから、実質選択肢は二つだ。いや、結論からすれば一つしかないと思われるのだが。

 

「……わかったよ。というか、そこまで気にするもんなのか?」

 

 軽い気持ちで聞く晃だが、それは経験者との大きな温度差だったのか彼女は再び顔を真っ赤にしながら彼の胸ぐらを掴みブンブンと振り回しながら興奮気味に語る。

 

「と、当然よ! まだ、私が中二病な二つ名をカッコイイと思っていた頃はよかったけど……有名になった途端、近所とかからそんな名前で呼ばれてみるとわかるわ! あれは、私の人生の汚点よ!」

「あ、あぁああ、揺らすな、揺らさないでくれ……酔う。これ凄い、酔うから」

 

 胸ぐらを掴まれたまま前後に高速で動かされる晃は、次第に気分を悪くしていく。そんな事いざ知らず、瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)こと、氷湊涼香は、過去を思い出しては、それを脳裏から掻き消す様に今度は、横の動きを入れ左右前後に晃を振りまわす。

 

「っ……わ、わかった言わない! 言わないから、は、離してく……れ……」

 

 顔色が真っ青になりながら、晃は懇願する。

 現在の気分は、まるで連続カーブを猛スピードで曲がるジェットコースターに乗ったような感じだ。ちなみに、晃は高速絶叫系のアトラクションは苦手だ。

 涼香は、晃の言葉を聞いてはピタリと手を止めた。軽くため息を吐きながら晃に対して告げる。

 

「はぁ……わかったわ、その言葉を信じてあげる。ただし、言い振らしたりした日には──」

「ちょ、ストップ。また、振りまわさないで!?」

 

 もし、言いふらされた場合のことを考えたのか、手がプルプルと震えだす。

 これ以上、振りまわされたら晃は無事では済まないだろう。何か話題を逸らす手は、ないか? などと考えては、真っ先に思い浮かぶのは先ほどのデュエルだ。

 

「けど……さ、氷湊って強いよな……」

「な、なによ、突然?」

 

 彼女は、強力モンスター2体が存在する状況で相手の場を一掃したり、最後の最後で大逆転劇を繰り広げる事をしたのだ。いくら遊戯王を始めたばかりの素人目であっても、彼女の実力を見間違えなどしない。

 

「いや、純粋にそう思っただけだからさ」

「そ、そう……」

 

 突拍子もない褒め言葉に照れたのか、彼女は目線を逸らす。

 素っ気ない返事ではあったものの、彼女の表情は別にまんざらでもないかのように思えたのだった。それに合わせるように彼は、自然と言葉が出たのだ。

 

「だからさ、氷湊。お前も遊戯王部に入らないか?」

「っ……!?」

 

 遊戯王部への勧誘。

 大会には、5人以上が必須と聞いた今現在で部員は、晃を含めて3人しかいない。後、2人が部活に入ってもらわなければいけない。氷湊涼香という少女でならば、大会に参加するに当たって心強い戦力になること間違いないだろう。

 ほんの一瞬だけ表情を硬直させるものの、彼女は表情を和らげた……様に見せては、すぐに表情を引き締め普段、見せるかのようなクールな顔つきで答える。

 

「興味……ないわ」

「えっ……そうか? あんなに遊戯王が強いのに」

「だから、遊戯王に興味がないって言ってるのよっ!!」

 

 半ば叫ぶように主張する涼香。

 ただし、晃から見て彼女はどうしても遊戯王に興味がないなんて思う事ができないのだ。興味がない、すなわち好きでもないものにカードショップに来るはずもない、それに彼女が遊戯王でデュエルしている間は、彼が数日教室から見せていた様にクールっぽさを見せていたものの、その内心では笑っていたような気がするのだ。

 

「……あ」

「な、なによ?」

 

 晃は、先ほどのデュエルの事で思い出した。

 彼女は最初、タッグデュエルを始めようとしたとき乗り気ではなく辞退するようにしていたのだ。だが、赤松と呼ばれる人物が安い挑発を行っただけで乗ってデュエルをすることとなった。

 彼女もまた決闘者としてのプライドがあるのだろう。まして、安い挑発にすら乗るほどの。ならば、話は簡単だ彼女を乗せるのなら……。

 

「まー、そうだよな。氷湊だって負けるのが怖いみたいだし、このまま遊戯王を止めたいって事なのかな?」

 

 棒読み、しかも言葉も即席の単調なものだ。晃は、我ながら安い挑発だなと思ったが彼女ならば乗ってくれると信じた。ちらり、と彼女へと視線を向けようとしたものの、それより先に何故か、右足に鈍い痛みを感じる。数秒して、それが自身の足に涼香の靴のつま先が当てられて蹴られていたと始めて理解した。

 

「っ……このっ、このっ、私が怖いですって!? 冗談じゃないわ!」

「痛っ……ちょ、蹴りはよせって!」

 

 ローキックの連打。

 一発の威力は、やはり、彼女も女子のためか地味に痛い程度でしかない。が、同じ場所を連続で受けるとさすがに晃も堪えてくる。どうすれば、やめてくれるのかなどと彼は考え必死に弁明の言葉を述べる。

 

「痛っ……じょ、冗談だって……氷湊って瞬間氷結の戦乙女(フリージングバルキリー)って通り名が定着するぐらい強いんだろ?」

「っ……!? やっぱ、記憶をなくしなさいっ!!」

「っあ!?」

 

 ただしその弁明は、彼女の神経を逆なでることでしかない。ブォンッ、と大きな風を切る音と共に一閃のハイキックが放たれるも、限界ぎりぎりのところで晃は身を翻し、顔の頬にわずか数ミリが掠る程度で済んだ。

 完全な顔面狙いに、晃は戦慄した。もし直撃していたら記憶を無くすどころか、命を無くしかねない。しかし、次の瞬間、恐怖と戦慄に染められていた頭が真っ白になった。

 

「あっ……!」

「え……?」

 

 復唱するが、彼女の服装は遊凪高校指定の制服だ。

 特に他の高校と変わり映えしない制服。だが、この場面で肝心なのは彼女が着用している丈が丁度膝程度までのミディスカートと呼ばれるスカート(・・・・)だ。彼女は怒りで我を忘れ自分の服装の事すら忘れて顔面狙いのハイキックを放ったのだ。

 まして、晃は分かりやすいぐらいにわざとらしく目線を逸らしたのだ。

 

「っ……!?」

「い、いや……見てないぞ?」

 

 もはや、晃の言い訳は意味を持たないどころか、逆に見たと告げるのと同義だった。

 スカートを片手で押さえながら、腕を怒りで震わせた氷湊は涙目になりながらも晃を睨む。ただ、ゆっくりと彼の元へ近づき──。

 

「い、いやいや……今のは、お前が蹴りを──」

「もう、いいわ……死になさい!」

「えっ…………げふっ!?」

 

 この時、晃は何をされたのか認識できなかった。

 ただ全身が汲まなく激しい痛みに覆われた挙句、宙を舞っては地面に落下する。この時の彼は痛みによる苦痛よりも『よくあれを受けて生きていれたな』と安堵の息を吐いたのだ。

 

 必死だったのか、彼女は晃に制裁を加えた後、肩で息をしては地面に這いつくばった彼の姿を捉えて指を指す。このまま晃へと宣言するように告げた。

 

「いいわ! だったら、私が逃げも隠れもしないって事、証明してみせるわ! 明日を楽しみにしてなさい!」

 

 などと捨て台詞と共に彼女は路地裏を後にする。

 後に残され地面にのた打ち回る晃は、ただ彼女の姿を見つめたままで『いや、そんなことより救急車を呼んでください』と頼もうとしたが、声がうまく出せず涼香が立ち去るのを見ることしかできなかった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 そうして翌日の放課後が来た。

 授業や休み時間の間、隣の席から涼香はまるで獲物を猛獣のような感じで晃を睨んでいた。挨拶をしても無視をされ、近づけばローキックが飛んでくるという感じで今日一日、彼女とは会話すらままならなかったのだ。

 そんなことで来た放課後、晃は昨日の彼女の言葉を思い出しながら遊戯王部の部室へと向うのだった。

 

「あー、日直で遅れたな。けど、『明日を楽しみにしてなさい』って言いながら何もなかった気が……」

 

 ガラリッ、と部室の戸を開けて入ろうとする。

 踏み入れるように足を前へと突き出したのだが、足元に何か障害物が落ちていたのか彼はつまづきバランスを崩すがなんとか持ちこたえた。

 

「っ……なんだよ、いったい……って、ええっ!?」

 

 彼は、つまづいた障害物を見て驚愕した。

 

 死体。

 と、言うわけではないが、人が倒れているのだ。しかも見知ったその人物は、後ろ姿からでも判明できここ、遊戯王部の長である部長、新堂創が倒れているのだ。ふと、救急車、もしくは保険医を呼ばなくてはと焦燥に覆われたが部室には後、二人の人物が居る事に気付いた。

 

「あ、橘くん、こんにちはー」

「ふんっ、遅いわよ」

 

 テーブル越しに向かい合って座っているのは、まず部員であり副部長の日向茜。彼女がこの場にいるのは、当然であったが……問題はもう一人、部員であるはずのない氷湊涼香だ。テーブルには紙コップに中身が減っている二リットル入りの午後の紅茶のペットボトルとデパートとかで売ってそうな高そうなクッキー缶が置かれており、まるで二人で雑談でもしていたかのように思えた。

 

「え、っと……この状況は?」

 

 二人に死体の様に転がっている新堂創を指差しては聞く。

 

「あ、はは……それは……」

「うざったかったから私が潰したわ」

 

 納得した。

 喧嘩をする人間にも二つの種類がある。先に口論をしかけるタイプが一般的だ。だが、まれに口より先に手が出るタイプがいる……そちらの方が圧倒的に強く、好戦的、そして凶悪な部類であり、晃が察するに氷湊涼香という人物は後者にあたると思っている。

 まして創は、晃が謎だと思われる様なテンションに時々なるのだ。おそらく涼香にとってそれは不愉快になり現在に至ったのだろう。

 

 ちなみに、日向茜は状況に合わせるタイプだ。

 創の妙なテンションに合わせる時もあれば、状況を見て現在の様に涼香の方に合わせると言ったおそらく人付き合いが上手な部類に入る。

 

「っ……乱暴なお譲さんだ」

「部長! 生きてたんスか……」

 

 頭をさすりながら立ち上がる創。

 ちなみに、さすっているのは先ほど晃がつまづいて足のつま先を当ててしまった部分でもある。

 

「なんとかな。せっかく新しく新入部員が来てくれたからさ、また『始まりの魔王』を演じたのに気付いたらコレさ!」

「あれ……またやったんスか……」

 

 昨日、勧誘の際にやっていた茶番だが晃はそれを見てはキレて自身に用意された台本を思いっきり地面にたたきつけたのだ。もっとも、彼より好戦的な涼香が見れば確かに殴られかねない。

 

「ふんっ……何が、『この部に入りたければ我を倒してみるがいい!』よ。ほんと、うざったいから、本当に倒しちゃったじゃない」

「あれ、デュエルで倒してみろって言ったつもりなんだけどなぁ……」

 

 (物理的に)倒された創は、してやられた様な表情で彼女を見る。

 対する涼香は、あっ……と思い出したように言葉を続けた。

 

「それと、私は新入部員でもないわ」

「なっ!? だったら、お前はいったい何者!?」

 

 晃はデジャブを感じた。

 確か、彼も間違えて部室に連れ去られ新入部員ではないと告げた時、彼から同じような言葉を出された気がする。対して涼香は、一瞬何かを考える素振りを見せては立ち上がり創だけでなくここの部員3人に対して告げるように口を開いた。

 

「私は……あんたたち遊戯王部を倒しに来たわ!」

「あー」

 

 ここで晃は、昨日の彼女の最後の言葉の意味を理解した。

 『私が逃げも隠れもしないって事、証明してみせるわ!』などと言っていたが、まさか遊戯王部に勝負を挑むって意味だったとは晃も思わなかった。それを聞いて茜は、軽く苦笑い。創は納得したように右手を握り拳にして左の手の平に叩くような仕草を取る。

 

「成程! つまり、道場破りか!」

「えっ!? あっ……そ、そうよ! 道場破り! 私が勝ったら、ここの看板はもらっていくわ!」

 

 まるで思いつたように言葉を並べて行く彼女。

 思ったより乗せられやすい人間なのかもしれない。だが、その間違いを正すように晃が述べた。

 

「いや、ここの部室に看板なんてないんだが……」

「そっ、そう? じゃ、じゃあ……私が勝ったらこの部を貰い受けるわ!」

 

 なんという無茶な条件。

 しかし、それを創は笑いながら答えた。

 

「いいぜ! けど、俺たち3人の熱い思い! 受け止められるもんなら、受け止め──」

「あ、ごめんなさい。私はもう負けちゃいました」

「えー!?」

 

 茜は、またも苦笑いをしながら答えた。

 どうやら創が倒れていたときに、すでにデュエルしていたのだろう。しかし、瞬間氷結の戦乙女(ブリザードバルキリー)の異名は伊達ではなく茜も彼女の前に敗北を喫したとされる。

 

「けど、まだ俺と橘が……」

 

 創が晃と肩を組み涼香へと視線を向ける。

 『えっ、オレも!?』などと感想を思いながら同じように彼女へと視線を向けるが、逆にギロリと睨み返されてしまった。晃は、すでに彼女の実力を知っている。あの圧倒的攻撃性能の前でタッグデュエルでは、ほとんど彼女の活躍で勝利を得たのだ。

 対して晃といえば、ほとんど足を引っ張っただけ。実力差は明らかだ。

 

「じ、辞退……させていただきます」

 

 と、ヘタレて晃は告げた。

 後にポツンと残されたのは、創だけだ。『俺たち3人の熱い思い!』などと語っていたが、実質数秒で一人だけと全滅寸前に陥った。

 

「後、一人ね」

「くっ……たった数秒でこれほどまでとは、おそるべし! けれど──」

 

 彼は、懐からデッキを取り出す。

 この場で唯一、デュエルしたところを見ていない部長の新堂創。彼だけ晃から見ては、実力が未知数なのだ。せいぜい人としては、馬鹿っぽいという印象しかないのが不安だけれど。

 

「逆に燃える展開だな! よし、やろうか!」

 

 

 


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