時間軸においては団体戦よりも前の話です。
「……うぅ」
ジリジリと目覚まし時計がけたましく鳴り響く音を聞いて目を覚ました。
カーテンの隙間からは朝日が差し込んできており既に起きる時間だと理解し手を伸ばして目覚まし時計を止めた。
このままゆっくり立ち上がろうかとしたが、チラリと部屋に掛けられたカレンダーを見て
「今日、……休みだったわ」
不覚にも今日が休日だということを忘れて目覚まし時計の設定をしてしまっていた。
遊凪高校遊戯王部は基本的に平日は毎日。土曜日もしょっちゅう部活に行ってるものの、日曜日だけは基本的に休みだ。
「今、6時半か……起きるのも早いし二度寝しようかしら」
なんて、顔を枕に埋める。
なのだが意識は完全に覚醒してしまっており眠りに落ちる様子がなかった。
「はぁ、起きよ」
のっそりと立ち上がってベッドの上から出る。
涼香の部屋はしっかりと清掃が整っており清潔感のある部屋だという印象がある。勉強机の上には参考書や教科書がならびその脇の本棚には多少の漫画本と昔使っていた教科書やら子供の頃良く見ていた辞典に、最近購入しているファッション誌など。
部屋の中央には勉強机とは違う4足式のテーブルに傍らのタンスの上にはピンク色の小さな熊のぬいぐるみと写真立て。それには現在の遊戯王部で合宿の際に撮ったメンバー5人の集合写真が飾られている。
着替えの前に姿見の鏡の前へと立てば自分の姿が見える。
身長は1年の女子高校生の平均よりもやや高めで細身。若干、つり目でクラスの友人からは顔立ちが整っていて羨ましいと言われたこともある。普段はリボンで髪をくくりポニーテールにしているものの寝起きのために髪は下ろされている肩にまで伸びている。
薄めの青色の寝巻を脱ぎ今日1日を過ごすための服を選ぶ。
特に予定も無く特別な日というわけでも無いが、ほんの少しだけ迷って白いブラウスに短めの藍色のショートパンツとやや暑くなってきた季節に合う感じのスタイルにした。
後はいつもポニーテールにするためのリボンを緑色に選んでから、髪を整えるために部屋を出て洗面所へと向かう。
2階の自室の廊下から階段を下りて1階、一度リビングを抜けてから洗面所の扉に手を掛けて開くとそこには先客のように一人の女の子がいた。
見た目だけならば誰もが可愛らしいと思えるような子なのだが、彼女の姿を視認してから涼香は思わず『うわぁ』と嫌そうな顔を浮かべた。
「くく、おはようと言っておこうか。この世で私と血を分けた実姉。いや、
「だから、その呼び方はやめろって言ってんでしょ!」
思わず叫びたくなる。いや、半ば叫んでしまっている。
何せ目の前の少女とは顔を合わすたびに涼香の忘れたい古傷を抉ってくるのだ。悪気があるわけでは無いが、嬉々として抉ってくるのだからタチが悪い。
「だが、姉よ。御主は前世で、そして2年ほど前までその名を名乗り乱世に未来永劫刻むはずではなかったのか?」
「だーかーらー、私はそういうのを、もうやめたって言っているでしょっ!」
思わず羽交い締め。というよりもヘッドロックが決まった。
少女の頭を涼香は脇に抱えてキリキリと締め上げる。苦しんでいるのか、少女はバンバンと壁に手を叩きつけて抗った。
「痛い! 痛いよ、お姉ちゃん! 妹に対して何なのこの仕打ちはさあ!?」
先ほどの尊大な態度とは素に戻ったかのように年相応な反応で苦痛を主張する。
「だったら、もうその呼び名はやめなさい!」
「い・や・だ!」
断固として拒否。
彼女としては何か譲れない一線なのだろう。
「何で、そんなに頑ななのよ!?」
ふぅ、と溜め息を吐きながら呆れたように腕を離す。
拘束が解け少女は即座に離脱したが、まだ痛みが抜けていないようで頭を押さえながら蹲りながらも恨むような視線と涙目を涼香へと向けた。
この少女の名前は
顔立ちは涼香によく似ていているがやや幼げ。髪はセミショートで背は二回りほど小さい。まず彼女のことを知らなければ普通に可愛いと言える。
だが、氷湊葵は言うなれば変な子だ。
まず身につけている服や装飾品がおかしい。
初夏だというのに深い藍色の改造ロングコート(自作)。髪をピン留めしており十字架の首飾りに指抜きグローブ。極めつけは両目に取りつけられた水色のカラーコンタクト。一言でまとめてしまえば中二病だ。
それが氷湊涼香の妹、氷湊葵だ。
彼女は先ほどのダメージを主張するかのように大げさに体を揺らし頭を押さえた。
「ぐっ……まだ痛みが。さすが戦乙女の名を持つものの戦闘力よ」
(はぁ、なんでこんな子になっちゃたんだろう)
心の中で大きな溜め息。
とはいえ、原因はわかりきっている。
葵がこんな中二病。歩く黒歴史生産機になってしまったのは確実に自分が原因だ。
かつて遊戯王を始めたのは葵の方が先だった。
理由は何だったか、友達に勧められたからだった気がする。当時小学生だった葵は始めては完全に遊戯王にはまりカードだけでなくアニメやら漫画まで揃える始末。とはいえ実力は対してあるわけでも無く平均的。単純に決闘を楽しむだけだった。
当時、中学1年だった涼香は自分のデッキなんて無く葵にせがまれては彼女のデッキを借りてたまに相手をしているだけだった。
そんな涼香が自分のデッキを持つきっかけになったのは、その1年後ほど。
葵が良く行くカードショップで噂を聞き付けたのだ。なんでも常連だった高校生のグループがカードを持っている子供を裏路地に連れ込んでカードを奪うということだ。
それを聞き付けた葵は、どういうわけかその悪行を止めようと動きだしたのだ。
だが相手は複数人の高校生。無謀という他無く葵は返り討ちに合ったあげくにカードも取られてしまった。
涼香は葵の敵を討とうと高校生のグループに乗り込むが、彼女は当時はカードを持っていなかった。相手のリーダーからは一週間後にカードショップで決闘をし勝ったなら今まで奪ったカードを返すとのことだ。だが逆に負けたら涼香が彼らの好きなようにされるという無謀な条件を出された。
頭に血が上っていた涼香は勝負を受けてしまいカードを集めることになることになる。
その時に見つけたのが、葵が間違って2冊買ってしまい開封せずに放置されていた遊戯王の漫画だった。それにはカードが付属されており《E・HEROアブソルートZERO》という融合モンスター。
特に変哲も無いカードだったはずなのだが、何故か涼香はそのカードに惹かれた。
溜めていたお小遣いやお年玉もつぎ込みZEROを最大限に発揮できるデッキを作り上げた。そうして勝負の日まで葵の友達たちから特訓の日々を送る。
結論から言えば、涼香は勝負に勝った。圧勝だった。
才能なのだろうかここぞという場面で最善のカードを引き力で相手をねじ伏せる。リーダー格の男を倒しては、その舎弟、下っ端まで連戦を重ねたが全員を完膚無きまでに叩き伏せた。
最終的に高校生のグループは力づくで涼香へと襲いかかったのだが、それも涼香によって返り討ちに合った。
こうしてめでたく葵や今まで奪われた子供のカードが返ってきた。
それを元の持ち主に返しては涼香は地元の子供たちから英雄扱いだった。特にやめるという理由もなかった彼女は遊戯王をそのまま続けることとなったが、周囲から特別な目で見られては何だか本当に自分が特別な人間なのかもって思った時期があった。気が付けば自分を
その名前で大会にも参加したことがあったが、不運にも才能があったせいで勝ち抜き現在では黒歴史の異名が広がってしまったのは頭を押さえてのた打ち回りたいぐらい馬鹿なことをしていたと思う。
そんな姉の姿を見て葵は影響されてしまったのだろう。
昔から仲が良く『おねーちゃん、おねーちゃん!』と涼香の後を追いかけるお姉ちゃん子だったわけか黒歴史まで再現。しかも、中学3年に上がるころには普通に戻った涼香と違い現在進行形で悪化してしまって歩く黒歴史生産機と化してしまっている。
かつての自分もここまで酷くはなかったと主張したい。
そして、自身のことを(自称)
見た目が可愛いらしいだけに本当に残念な子に育ったのだと正直、嘆きたかった。
ちなみに遊戯王部のメンバーには妹がいるなんてこと言っていない。こんな妹だと恥ずかしくて言えない。
「それで何で早起きなのよ?」
「聞いてくれるな我が姉よ。今日は決戦の日、わたしはここで栄誉を勝ち取らなければならないのだよ!」
「ああ、決闘大会ってことね」
「わかっちゃうのっ!?」
驚くとすぐ素に戻る癖があるらしく葵は図星をさされたら目を見開いてオーバーアクションっぽく驚いた。
ちなみにだが、涼香は葵のことを2種類に分けている。
わかりやすく中二病の言葉を発するのを『中二病モード』、素に戻っている場合は『妹モード』。
二重人格というわけでは無いが、この変わりようを見知らぬ人間がみればドン引きするぐらいだ。
「くっ、まさかわたしの思考を読める──」
「──そんなわけないでしょ。アンタがわかりやすいだけよ」
ばっさりと斬り伏せた。
不名誉であるが過去に中二病経験があるからでこそ、葵の遠回しな言葉も簡単に理解できてしまう。
「だが知られたならば逆に僥倖かもしれない。我が姉よ。御主も『瞬間氷結の戦乙女』の名を広めるために戦に身を投じるのはどうだろうか?」
「嫌よ」
「そんなぁ。一緒に行こうよ。おねーちゃん!」
断られたのがよっぽどショックだったのか涙目で妹モードに戻りながら服の裾を掴んでくる。
そういう反応をするのだから対応に困るし、邪険にもできない。
「はぁ、仕方ない。けど、そんな痛い名前は名乗らないわ」
朝食を食べデッキの調整などで時間を潰しては近所のカードショップへ二人で向かう。
商店街の中にある小さな店であるが、子供の頃は葵と一緒によく通うほどに行っていた思い馴染みのある場所だ。
「ねぇ、この文字わかる?」
「ふむ。『休業日』だな」
だが、カードショップはシャッターが閉じており張り紙が張られてあった。
ポカリと軽く葵の頭を叩いた。
「ふむ。『休業日』だな──じゃないわ!」
「あ痛っ!?」
「よく見たらその大会って来週じゃないの! 何ベタな間違いをしてるのよ!」
「ええっ!? せっかく徹夜でデッキの調整してたのにっ!?」
過ぎた中二病に加えて葵はどこか抜けている。
こんなドジをしょっちゅう繰り返しているのだ。
「はぁ……このまま帰るってのも味気ないしどこかよっていかない?」
「ふむ。それもまた余興。いいだろう、地獄の底まで付き合おう」
「いや、そんなとこ行かないわよ……」
商店街を抜け近くの服屋や雑貨屋など回り、適当にファミレスで昼食を取る。
そしてまた適当に店を回るのだが、適当にぶらぶらと回っていると見知らぬカードショップが見えた。
「あれ、こんなところにカードショップなんてあったかしら?」
「姉よ。情報に疎いな。半月ほど前に開業されたものだ」
最近では部活に忙しいこともあって近所を回ることも少なく気付かなかった。
よく見れば葵は何か武者震いかのように身体を振るわせているのが見えた。
「行きたいの?」
「行きたいっ!!」
即答だ。
カードショップを前にまるで子供のように目を輝かせているのを見ると、よく見知った人物を思いだしてしまう。
「そう。それなら行きましょ」
店内に入るが、中は広いものの決闘スペースに力を入れてしまっているせいで種類のラインナップもあまり多くなくカードの値段も少々、割高という印象の店だった。
特に何かを買うつもりも無いために普通に見ているだけで、それは葵も同じようでカードを眺めてはいるものの特にこれが欲しいと言ったりはしない。
ただカードを見て帰るつもりだったのだが、日曜日ということもあって決闘スペースは賑わいを見せている。その喧騒が聞こえてくるほどに。
『おおっ、これで3連勝目だよ』
『さすが
『誰か、この猛者に挑む奴はいないか?』
デジャブを思い出した。
かつて遊凪高校近くのカードショップで橘晃と出会い遊戯王部への入部のきっかけとなった出来ごとによく似ている。
どうやら『決闘盤を無料で貸し出してます』なんて張り紙もあるが、対戦相手の真進高校の選手とやらが強くてなかなか挑戦者が現れないらしい。
「……?」
ここで、クイクイと服の袖が引っ張られているのを感じた。
ふと視線を向けば葵が、まるで『我らこそは』と得意げな顔をして涼香の顔を見つめている姿があった。
「我が姉よ。わたしたちが彼奴らを──」
「嫌よ」
「まだ全部言ってないよっ!」
どうして、自分の回りには面倒事を運んでくる人間ばかりなのだろうかと嫌になってくる。
そんな中、葵は涼香の目の前に回りこみ涙ぐんだ表情で懇願した。
「お願い、おねーちゃん!」
「ぐっ……!?」
葵の泣き落とし攻撃。
効果はそこそこあるようだ。
涼香は思わず『はぁ』と溜め息をついて妹にはどうにも甘いなと、心で呟いた。
「仕方ない。やるからには勝つわよ」
「おっー!」
妹モードのまま高らかに手を上げた。
決闘スペースへと向かうと丁度良く未だ対戦相手として名乗りを上げる者はいないらしい。
「さて、この腰ぬけども。俺たちの練習相手になれる奴はいないのか?」
「今なら手加減してやってもいいぜ」
なんて決闘スペースで決闘盤を装着した二人組は連勝しているからかもの凄い調子に乗っている。
回りの人垣を押し抜けるようにして葵が中二病モードで踏み入れた。
「だったら、我々が相手をしよう!」
腕を組み仁王立ちのような体勢で相手の前に立ちはだかる。
どうにも、こんな小さな女の子が入ってくるのは予想外だったのか回りの野次馬たちは目を丸くしていた。
「お、女の子か……まあ、いいぜ。俺たちは優しいからな。特別に手加減も5割程度で──」
「いや、加減など不要。全力でかかってくるがいい!」
「そうね。むしろそうしてくれないと相手にならないわ」
葵に続くように涼香も足を踏み入れた。
これで決闘スペースには二人と二人でタッグデュエルの人数として成立する。
だが、真進高校の一人はやや口ごもる口調で困ったかのように語る。
「いや、全力でやっちまうと相手にならんだろ」
「ふん、笑止!」
困る真進高校の男性に対して吐き捨てるように葵は得意げに、そして大々的な態度で涼香へと指をさした。
「その言葉! 彼女が『
「え……?」
一瞬、葵の公衆の面前での禁句および爆弾発言に涼香は彼女の言葉を疑い目を丸くした。
だがすぐに周囲からは動揺の表情が相次ぎ、ざわざわと騒ぎ出した。
『まさか、『
『俺、この目で見るのは始めてだ』
『こりゃ面白くなってきやがった!』
周囲に波紋状に広がっていく。
「なっ、マジかよ。こりゃ手加減なんて言ってらんねえ」
「この街の伝説との対面か。面白い。お手合わせ願おう!」
さらには、対戦相手まで
そこで涼香は──
「きゃぁあああああああああああああ!!! 人違いっ! 人違いよっ!!」
絶叫。
古傷をドリルで抉られた気分だ。
すぐさま葵の胸ぐらを掴み前後にぶんぶんと振りまわす。
「葵っ!!! なんであんなこと言うのよっ!」
「何故とは、真実のことではぁあああああ……おねーちゃん、やめて! 気分が悪くなってくるから!」
もう我を忘れて走りたい気分だった。
だが周囲には人垣。期待やら尊敬のような眼差しを向けられていて逃げることはできないようだ。
「ったく! 葵、あんた覚えておきなさいよ!」
顔を真っ赤にしながらも、決闘スペース内に置かれた決闘盤を取り装着する。
「えー、いいじゃん。
「広めなくていいっ!」
涼香からすればとんだ羞恥プレイだ。
真進高校の二人は既に準備万端であり、涼香と葵もまた決闘盤とデッキを装着して準備がOKとなった。
「っ、こうなったらさっさと終わらせて帰るわよ!」
「いいぜ!
「その名で呼ばないでっ!!」
もう帰りたい。
そう思う涼香の願いなど空しくこのまま決闘が始まる。
『
先攻はどうやら相手側。
よしっ、とガッツポーツを取りながらプレイを開始する。
「先攻とは幸先が良いぜ! 1枚伏せて《手札抹殺》を発動する。そして伏せていた《ソウル・チャージ》を発動し墓地から《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム》2体と《
《トゥーン・アンティーク・ギアゴーレム ☆8 ATK/3000》
《古代の機械兵士 ☆4 ATK/1300》
真進高校選手 LP/8000→5000
一瞬にてモンスターが3体も並ぶ。
《ソウル・チャージ》による発動時のバトルフェイズ不可にトゥーンの場に出たターンに攻撃できないというデメリットは先攻ターンで攻撃できないために帳消しのようなもの。
相手にとっては幸先の良いスタートだろう。
「さらに《
《古代の機械巨人 ☆8 ATK/3000》
たった1ターンでレベル8モンスターが3体も並ぶ。
それも総攻撃力が9000であり全て貫通持ちの攻撃時に魔法、罠が使えないというのはさすが連勝中の決闘者であると感心する。
「俺はこれで、ターン終了だ。さあ、どう来る
「もう嫌がらせよね。ここまで来ると、もういい、全力で潰すわ! 私のターン!」
呼ばれたくない名で何度も呼ばれて涼香の怒りのメーターはもう満タンだ。
それをこの決闘にぶつけようとプレイする。
「手札から《E・HEROブレイズマン》を召喚し《融合》をサーチし発動。手札のバブルマンとオーシャンで《E・HEROアブソルートZERO》を融合召喚!」
《E・HEROアブソルートZERO ☆8 ATK/2500》
颯爽と現る涼香のエースモンスター。
冷気を纏い場へと降臨する。
「《フォーム・チェンジ》を発動。ZEROを墓地へ送り《M・HEROアシッド》へ変身させるわ!」
《M・HEROアシッド ☆8 ATK/2600》
そして涼香においての黄金パターン。
空高く舞い上がり別の姿へと変貌したアシッドは強烈な冷気を纏った光線を相手の場へと放射する。
機械仕掛けの巨人にアメリカンコミックの機械巨人も機械仕掛けの街も伏せカードだって全てが崩壊する。
アシッドの効果がチェーン2で行われたために《歯車街》も効果を発動できずに消滅する。
「ぜ、全滅だとぉおおおおお!? これが
「だーかーら、その名はやめろって言ってんでしょぉおおおお!!!」
相手と涼香は絶叫するかのように大声を上げる。
「もう終わりにするわ! 《ミラクル・フュージョン》を発動し墓地のオーシャン、バブルマンと場のブレイズマンの3体を素材に《E・HERO Core》を融合召喚」
《E・HERO Core ☆9 ATK/2700》
たった1ターンで最上級レベル融合モンスターが2体も並ぶ。
総攻撃力は5300と《ソウル・チャージ》で減った相手のライフを上回る。
「バトル! アシッドで攻撃よ」
「おっと、そうはいかねえぜ! 《速攻のかかし》でバトルフェイズを終了させる」
だが相手とてそう簡単には崩れない。手札に温存していた最後の1枚のカードが攻撃を防ぎバトルフェイズを強制的に終了させる。
「ちっ、カードを1枚伏せてターン終了よ」
「成程。噂に違わぬ強さだ。だが、俺たちが力を合わせれば勝てぬ相手では無い! 俺……いや、俺たちのターンだ!」
もう一人の名前も知らぬ相手のターンが開始される。
「《カラクリ小町弐弐四》、《カラクリ兵弐参六》を召喚し《カラクリ将軍 無零》をシンクロ召喚。デッキより《カラクリ忍者七七四九》を特殊召喚」
《カラクリ将軍無零 ☆7 ATK/2600》
《カラクリ忍者七七四九 ☆5 ATK/2200》
早速といわんばかりに展開からのシンクロ召喚。
だが、これでは止まらないと語るかのようにさらなるカードを駆使する。
「《アイアン・コール》を発動し小町を蘇生し七七四九と共に《カラクリ大将軍 無零怒》を特殊召喚。デッキから《カラクリ参謀弐四八》を攻撃表示で特殊召喚し効果により守備表示にする。そして無零怒の効果で1枚ドロー」
《カラクリ大将軍無零怒 ☆8 ATK/2800》
《カラクリ参謀弐四八 ☆3 DEF/1600》
次々と並ぶカラクリ人形たちが並ぶ。将軍と大将軍、参謀と並みの敵ならばこれだけで圧倒できる展開ではあるが相手が並みでは無くこれだけでは突破が不能。
だから、彼はさらに1枚のカードを使う。
「《簡易融合》を発動し《カルボナーラ戦士》を場に出し、参謀と共に《月華竜ブラック・ローズ》をシンクロ召喚。効果によりCoreをバウンスする」
《月華竜ブラック・ローズ ☆7 ATK/2400》
真進高校選手 LP/5000→4000
機械とはほど遠い薔薇の竜が花びらを撒き散らして涼香のヒーローの一体の押し戻す。
「バトルだ! 無零怒、無零、ブラック・ローズで攻撃!」
「ちっ、やってくれんじゃない」
涼香&葵 LP/8000→7800→5200→2800
猛攻によるラッシュ。既に前のターンで敵を蹂躙するためにカードを消耗したために防ぐ術も持たずに攻撃を全て受けるしかない。
「見たかっ!1枚カードを伏せてターン終了」
「すまねぇ、俺が不甲斐ないばかりに」
「気にするな。お前が引きつけてくれからでこそ、出来たまでだ」
どうやら向こうのチームワークは抜群らしい。
力を合わせられたら涼香一人では勝つのも難しい。
だが、これはタッグデュエル。
涼香のパートナー、葵のターンが回ってくる。
「くくっ、ついにこの時が来たか! この(自称)
本人はカッコイイと思われるようなポーズを取りながら大きな声で宣言する。
涼香は思わず顔を隠して全力で他人をフリをしたくなった。
「まずは姉が伏せた《トラップ・スタン》を発動しこのターン罠カードの効果は許されない! そしてフィールド魔法、《伝説の都アトランティス》を発動! このカードは《海》として扱い手札及び場の水属性のレベルを1下げる」
「くっ、【アトランティス】か……いいだろう。
ここで相手は思考する。
《伝説の都アトランティス》を使ったのならレベルを下げる効果でレベル5の強力水属性モンスターを呼び出したり《海》がある時に発動するカードを駆使するタイプのデッキだと読んだ。
だが、葵はノンノンと指を左右に振る。
「わたしのデッキは、その上を行く! 《影霊衣の万華鏡》を発動。エクストラデッキの《青眼の究極竜》をコストとし、来いわたしのモンスターたち!」
《ヴェルキュルスの影霊衣 ☆8→7 ATK/2900→3100》
《ユニコールの影霊衣 ☆4→3 ATK/2300→2500》
《クラウソラスの影霊衣 ☆3→2 ATK/1200→1400》
片手を天高く上げるかのようにして一瞬で3体のモンスターを揃えた。
その合計レベルはコストとした《青眼の究極竜》と同じ12。その光景に相手は目を見開き驚きふためく。
「馬鹿な。1枚の儀式魔法で3体のモンスターを同時に召喚するだとっ!?」
彼は場に伏せていた1枚のカード《奈落の落とし穴》を見るが既に葵によって《トラップ・スタン》が発動され使っても意味が無いことが悔やまれた。
「ぐっ、相手にレベル5以上のモンスターが特殊召喚されたことでブラック・ローズの効果が発動する」
「無駄無駄! 《ユニコールの影霊衣》の効果でエクストラデッキから特殊召喚した場のモンスター効果は無効にされる!」
【影霊衣】はエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターに対してメタになるカードが多い。
そのためシンクロモンスターを並べる【カラクリ】とは相性が最悪だった。
「そして《スノーマン・クリエイター》を召喚。わたしの場に水属性モンスターの数だけ相手モンスターにアイスカウンターを乗せる。無零怒に4つ乗せ、3つ以上乗せた場合、相手の場のカードを破壊できる。そのまま無零怒を破壊!」
かき氷を作るような要領で雪だるまを作る機械が現れ4体分が無零怒へと投げつけられる。それらは上空で合体して巨大な雪だるまとなってそのまま無零怒を押しつぶしたのだ。
「くっ、俺の無零怒が!?」
「そして、クラウソラスの効果により無零の攻撃力を0にしバトルに入る! ヴァルキュルスで無零をユニコールでブラック・ローズを攻撃!」
真進高校選手 LP/4000→900→800
次々と対戦相手のモンスターを倒していく。
ライフも大幅に削りとり、場はガラ空きに。
「とどめだ! 《スノーマン・クリエイター》で
「のわぁああああ!?」
最後の一撃の宣言をする。雪だるま製造機は一際、大きな雪だるまを作り相手へと投げつけた。
真進高校選手 LP/800→0
攻撃は見事命中。相手のライフが0となり決着のブザーが鳴り響く。
「ふふっ、見たか! これぞ
勝利のVサインで決めポーズを取っている最中、突如葵は涼香によって口を塞がれ担がれるかのように運び込まれた。
まるで誘拐するかのような見事な手際で店の外へと出て行く。人目につかない場所にまで移動すれば担いでいた葵を落とした。
「ぷはっ──なにすんのさ、おねーちゃん!」
「何をするのはこっちの台詞よ! 何、人前で私の、その、あの名前を言ってんのよ!」
「あの名前って、
「だから、それを言わないでっ!!」
妹相手のこのやり取りを何度やったのだろうか。
だが、今度はいつもと違うように人差し指の先を合わせながらそっぽを向いて拗ねたように語る。
「いーじゃん、最近おねーちゃんは部活で構ってくれなかったんだし」
それはまるで寂しくて構って欲しい子供のように見えた。
「でも、いーもん! わたしも遊凪高校に進学して遊戯王部に入るから」
「え……?」
涼香はずっと葵は進学したら近場の高校に行くと思っていたから意外そうに硬直した。
まさか、自分の後を追ってくるとはと妙に背中がむず痒く感じる。
葵はそんな涼香の様子など知らずに握り拳を作っては、まるで己の野望でも語るかのように大きな声で語った。
「そして、
「お願いだから本当にやめてっ!」
だが、それ以上に今の騒がしいメンバーに葵が加わるとなると疲れてしょうがないな、と思う涼香だった。