「ねえ、創くん。彼、橘晃君には才能が無い……なんてことはなかったんだよ」
公園のベンチに座り橋本暦は自動販売機で買った炭酸飲料水を飲みながら語る。
橘晃という少年と直接会い、決闘を行うことで知ったと言わんばかりに。一度、ペットボトルに口をつけて離しキャップを閉める。
対して創は缶コーヒーを片手にベンチのすぐ隣で立っている。
「彼は今まで引きが弱い、なんて言われていたけど、彼は元々は成り行きで入部して遊戯王を始めた。自分の意思もあったとはいえ、どこか流されていたんだろうね。部活だからと割り切って……けれど、彼だって自分の戦いを行う時があった」
「烏丸、亮二との時……か」
思い出す。
晃が始めての勝利を飾ったのは、明らかな格上の相手だった。
普通ならば、戦力差は圧倒的だっただろうが彼はみずから編み出したプレイスタイルによって相手を翻弄。見事な逆転劇を繰り広げたのだ。
「あの時、彼は誰からでも無い自分の意思で戦う覚悟を決めた。そんな彼は次第に戦力として申し分なくなったが、そんな彼の力をさらに引き出したのは霧崎くんだったね」
「ああ、あいつか……」
創はほんの少し嫌な表情をする。彼にはいい思い出が無い。
卑怯な手口を使い負けられない戦いとなった時に晃の前に霧崎が立ちはだかった。姑息で下種だったとはいえ実力は折り紙付き。絶対絶命の窮地に追い込まれた時に彼が引いたのは《ソウル・チャージ》。
そこから、まるで豹変したかのような引きの連打において圧倒した。
「絶対に負けたくない。心の底から思う彼の純粋な気持ちがさらに扉を開かせたんだろう」
「気持ちが、開かせた?」
暦は微笑んだ。
それは、まるで確信に辿りついたことを示すように。
「そうだよ。晃くんは才能が無いわけでは無い。見えなかっただけさ。きっと、彼の引きは己の純粋な想いに呼応するんだろうね」
だから、とさらに口を紡ぐ。
可笑しく冗談を言うかのように。
「もし彼が心の奥底から遊戯王を楽しめるようになったのなら、君さえも倒してしまうかもしれないよ?」
「そうか……それは、すげえ楽しみだぜ!」
まるで遠足を心待ちにしている子供のような笑顔で彼は答えた。
+ + + + +
「私のターン!」
凛とした声でターンの宣言を行う。
どんな押された状況でもひっくり返してきた彼女は、この場さえも覆そうとする。
「私が引いたのは《増殖するG》。さっそく発動するわ!」
ドローフェイズで引いたカードを惜しげも無く使う。
相手が特殊召喚するたびドローできるこのカードは優秀であるが、相手の特殊召喚効果にチェーンして使うのが定石である。まして今は涼香のターンのために1枚すら引けるか定かでは無い。
「いったい、これは?」
「忘れたわけじゃないわよね。私の残りの手札はシャドー・ミストで手札に加えたカードだってことをね」
気が付けば涼香の場には何も無く手札は1枚だけ。
普通に考えて1度の決闘で使用するのも難しいと思われる条件を軽々と満たしている。
「バブルマンを特殊召喚。そして2枚ドロー!」
1度の決闘で2度目のバブルマンのドロー効果を使用する。
やはり、彼女の引きは強い。
「《白銀のスナイパー》を通常召喚し2体のモンスターで《No.39希望皇ホープ》《CNo.39希望皇ホープレイ》へエクシーズ召喚。それを素材に現れなさい。希望の雷《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》!!」
《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング ★5 ATK/2500》
2体のモンスターが渦を描き純白の塔が形を変えて騎士へと成る。流れるように色が反転し黒い騎士へと変わる。はさらに雷鳴を纏い再び白い騎士へと姿を変えた。
思わず晃は息を飲む。
「っ……ライトニング!?」
「さすがに、このモンスターに【武神】で対処は難しいわよね」
武神の優位性を保たせるカード《武神器─ハバキリ》や《オネスト》と言ったカードの発動を許さない。言うなれば『天敵』というニュアンスに限り無く近い。
効果発動時には攻撃力5000固定となる。
今の晃の残りライフは2900。
《武神─ヤマト》へと攻撃されれば終わりだ。
「さあ、行くわ! バトル──」
「くっ、《超電磁タートル》の効果。バトルフェイズを終了させる」
ならば、なんとしてでも防がなくてはならない。
デュエル中に1度しか使えない効果を惜しげも無く使う。
《超電磁タートル》の使用したとき涼香はそのカードの落ちたタイミングを考えて目を細めた。
「ふーん、カグツチの効果の時ね。やっぱり引きや落ちが良くなったみたいね。最後の手札を伏せてターン終了」
場にはモンスターが1体と伏せカードが1枚のみ。
だが、ライトニングは普通のモンスターよりも険しく高い壁に見える。
「俺のターン、ドロー」
まずは状況を分析する。
ライトニングは戦闘においてあらゆる発動を封じる絶対的な効果を持つ。ならば晃が対処するならば効果破壊しかない。杞憂なのは涼香の伏せカードであるが、それしか手がないのが現実なのだ。
「手札から《ビビット騎士》を通常召喚。そしてレベル4、ヤマトと共に《鳥銃士カステル》を──」
カステルでライトニングを除去しての2体で直接攻撃。
今の彼のカードだけでは、それしか手がなかった。
「──させない」
途端、刃物のように鋭い涼香の声が遮る。
彼女の1枚のカードが開かれ呼び出さたカステルが色を失った。
「《神の宣告》を発動。カステルのエクシーズ召喚を無効にするわ」
涼香 LP3800→1900
モンスターの召喚・特殊召喚に魔法と罠の発動を封殺するカード。
その前にはあらゆるカードは封殺される。
「これで橘の手札も0。場もカグツチのみか」
もはやデュエルも終盤。
創は状況を客観的に分析するも分が悪いのは明白。
「それじゃ晃くんは……」
「もう、カグツチを守備表示にして壁にするしかないみたいですね」
今まで涼香に善戦していた晃だ。
もしかしたらと期待していのだが、もはや逆転の手段も無くなったと理解した有栖や茜は落ち込まざるを得なかった。
「いや、あいつはまだ諦めていないみたいだぜ」
だが唯一、創だけは違った。
晃の瞳を見ればいまだ闘志は消えていない。
むしろ、これから何かを仕掛けるかのように思えてならないからだ。
「さて、これで打つ手が無くなったようね。でもよくやったわ」
カステルのエクシーズ召喚を無効にし逆転の手段を断ったと確信した。
手札は残されていない。
場には破壊耐性しか持ち合わせていないモンスターのみ。
後は押し切って終わりなのだと。
「いや、まだ終わりじゃない」
だが、晃は否定した。
決して諦めることは無くまだ勝てると信じて。
そして、彼が使用したのは予想外な一手だった。
「墓地から《シャッフル・リボーン》を発動!」
「《シャッフル・リボーン》!? カグツチで落ちたのは全部モンスターのはず……いや、《手札抹殺》のときか」
完全に見落としていた。
《手札抹殺》の後による《武神降臨》からの反撃に気を取られて確認を怠ったことをわずかに悔やんだ。
「このカードを除外し場の《武神帝─カグツチ》をデッキに戻すことで1枚ドローできる」
「まさか、そんなカードを落としてたなんてね。でも、そんなことをすれば──」
壁となるモンスターがいなくなる。
通常召喚権も使ってしまった今ではただのモンスターさえも引くことを許されない。
使えないカードを引いてしまえばその時点で敗北が決まるだろう。
だが──
(大丈夫だ。きっと)
祈るわけでも無い。現実逃避したわけでも無い。
ただ前を向き続けるだけだ。
「ドローッ!」
孤を描くような軌跡を描く。
ドローカードは──。
「オレは《貪欲な壺》を発動! 墓地からヤマト、ミカヅチ、アラスダ、ヒルメそしてスサノヲの5枚をデッキへ戻して2枚ドローする!」
「なっ!? ここでドローソース!?」
思わず涼香も目を見開く。
逆転不可能と思われた現状から活路が見出されたからだ。
今までの晃ならば絶対にありえなかった事実が、逆に妙な笑いが込み上げてくる。
「いいわ。見せてみなさい。あんたの力を!」
「ああ、多分これがラストドローだ」
デッキトップに指をかける。
きっと、うまくいくと信じながら
「もう1度だ。ドローッ!!」
引くカードは2枚。
晃は、ただ信じるだけ。
自分のデッキを。
今までの自分を。
運が良かったわけではない。
デッキが彼に答えたか定かでは無い。
事実は一つだけ。
彼はこの手に希望を掴んだ。
「墓地から《武神器─ヘツカ》を除外することで《武神─ヒルメ》を特殊召喚。さらに墓地の武神が除外されたことで《武神─アラスダ》も特殊召喚できる!」
《武神─ヒルメ ☆4 ATK/2000》
《武神─アラスダ ☆4 DEF/900》
場には2体の武神。
そこから駆り出されるのは、当然あのカードしかない。
「武神レベル4、2体でエクシーズ召喚! 再び顕現せよ《武神帝─スサノヲ》!!」
《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400》
再び戦場へと駆り立てるはスサノヲ。
これが最後だと言わんばかりに効果が発動される。
「エクシーズ素材を取り除きスサノヲの効果を発動。2枚目の《武神器─ムラクモ》を墓地へと落とす」
「ムラクモ……そう、そっか──」
涼香の表情から闘志が消えた。
悔しいと言えば嘘になる。
ただ、それでもあの負けてばかりだった橘晃がここまで来た。そんな面白可笑しいことが他にあるだろうか。
「墓地のムラクモの効果により《SNo.39希望皇ホープ・ザ・ライトニング》を破壊する」
スサノヲの手に剣が握られる。その名は
一閃。綺麗な曲線を描き立ちはだかる最後の壁、希望の名を持ったモンスターを葬り去れば後は、ただ一言。
攻撃宣言をするだけだ。
涼香からは何も。止める術が無い。
涼香 LP1900→0
ただ静かに最後の攻撃が行われる。
静寂の中にブザーの音が流れこみソリッドビジョンが消える。
始めて晃に負けた。その事実が可笑しいのか涼香はくすりと笑った。
「あーあ、負けちゃったかぁ。あんた程度に負けるなんて私もまだまだね」
「おいおい」
負け惜しみのような言葉を言っているのが少し引っかかるが、気が付けば彼女の目元には涙がわずかに零れているのが見えた。
「でも、あんたは前に言っていたわよね。『重要なのは、負けてもまた立ち上がること』だって」
涙を軽く拭う。
そして晃の背中を強めに叩いた。
「今度は私が挑戦する番。だから、覚悟しときなさい!」
晃に指を刺すように向けながら堂々と宣言した。
その表情は清々しく晴れ晴れとしている。
だからでこそ、晃はこう答えたのだ。
「ああ、望むところだ」
+ + + + +
数日後。
場所はかつて団体戦でわずかに届かなかった遊凪市の総合運動場。
普段はわずかな利用客で静けさと賑わいの中間を行く程度ではるのだが、現在は満員御礼とでも言えばいいほどの賑わいを見せていた。それもほとんどが高校生の男女だ。
高校遊戯王部における公式戦の個人戦が行われるからだ。
団体戦で勝ち上がった者、負けてしまった者問わずに集まり競い合う。
「なあ、俺は確かに『対戦相手は完全にランダム。もしかしたら、いきなり部内での対戦もありうる』なーんて、言っていたよな?」
「確かに。言ってたッスね」
個人戦は団体戦と違い予選がある。
スイスドロー形式で勝率を競い合い敗北しても終わりでは無い。
そのために対戦相手は完全にランダム。運営側の抽選で決まってしまうために同じ部内の人間同士が当たる可能性だって十分にある。
そんな中、創は大声でツッコミを入れた。
「けどさぁ! なんで、いきなりなんだよ。これはあれか、フラグか。俺のあの台詞がフラグとなったってわけか!」
「……いきなりフラグが回収されたッスね」
個人戦予選の一番最初の対戦。
場所は大きな陸上競技場を何等分かに分けられ決闘スペースとなった一角。
そこで出くわしたのは何を隠そう橘晃と新堂創。
何でいきなり同じ学校同士で戦わなければいかんのかと創は吠えていた。
だが、ぶんぶんと首を振って気持ちを切り返る。
「まあ、別にいいか」
「いいんスかっ!?」
「いや、当たっちまったもんは仕方ねえし」
確かに仕方ないと言えば仕方が無い。
けれど、こうも簡単に気持ちを切り替えられる方が驚きだ。
「それに丁度いいかもしれねえしな」
「え……?」
創が決闘盤を構えてデッキを取り出す。
しかしそれは、今まで彼が使っていたデッキケースとは別の物だ。
「合宿のときに言ったよな。かつて負けることなく勝ち続けてしまったせいで友人から遊戯王を奪ってしまったことを」
「そういえば、言ってたッスね」
「俺はまだそのときに使っていたデッキを封印している。まだ目を背け続けているんだ。けどな、晃。俺はお前の……どんなことでも諦めないその強さを見て思ったんだ。逃げるだけじゃ何も変わらないって」
だから、と創は言葉を紡ぐ。
「お前には知ってもらいたんだ。本当の俺のデッキを、本当の俺の力を」
「部長……」
「お前は強えよ。俺たちが思っている以上に。お前なら本当の俺を見せても、絶対に屈することはない。いつか、俺さえも乗り越えるかもしれない!」
瞬間、決闘者の闘志が伝わってくる。
それと同時に優しく温かいような信頼も伝わってくるように感じた。
なんとなく笑いが込み上げてきて思わず口元が緩んでしまう。
「まさか、こんな場所で部長の気持ちを聞けるなんて思ってもみなかったスね。いいッスよ。本当の部長の力、見せてください!」
両者、決闘盤を構えてデッキをセットする。
互いに闘志がぶつかり合い心地よい音色を奏でているように思えた。
そして、晃は様々なことを思い出していた。
成り行きで遊戯王部に入部したこと。
廃部を賭けて生徒会と勝負を行ったこと。
部員確保のために色々と作戦を練ったこと。
合宿や自分の退部をかけての決戦のこと。
始めての団体戦のこと。
悔しくも敗退してしまったこと。
その始まりは、些細なきっかけだっただろう。
しかし様々な出会いと出来ごとに橘晃という人間が変われたのだ。
遊戯王部に入って。遊戯王を始めて。
(あぁ、これが青春って奴なのかな)
『青春ってなんだろうな?』
遊戯王部に入部する前に答えなど出るはずもない疑問。
その答えが今、この場で出た気がした。
しかし答えが出たところでどうなるということは無い。
ましてや終わりなんてことも無い。
これは、きっと新しい始まりなのだろう。
これからも立ち止まることなく進んで行く。
「さあ、行くぜ、晃! 勝敗なんて二の次だ。まずは楽しい決闘にしようぜ!」
「勿論ッスよ、部長!」
だから何度でもこの言葉を言おう。
これからも前へと突き進むための言葉を。
『
The End
長い間、ありがとうございました。