遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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059.強者が見る世界

 

 

「メインフェイズ2に入る」

 

 2体のモンスターの攻撃が終了してのメインフェイズ2。晃の場のスサノヲとヤマトはどちらも《エクシーズ・ダブル・バック》によって特殊召喚されたがためにエンドフェイズに破壊される制約を持つ。

 

「まずは墓地のミカヅチを除外し《武神─ヒルメ》を特殊召喚。そして光属性レベル4モンスター2体を素材とし《武神帝─ツクヨミ》を守備表示でエクシーズ召喚!」

「ふぅん。まずは手堅くエクシーズ素材にするのね。で、スサノヲはサグサで破壊を防ぐのかしら?」

 

《武神帝─ツクヨミ ★4 DEF/2300》

 

 残されたスサノヲはレベルを持たないがためにシンクロ、エクシーズの素材にはできない。自壊するか、サグサで破壊を無効にするかの2択ならばどちらを選ぶだろうか。今までの晃ならば確実に後者を選択するだろう。

 

「オレは──」

 

 だが、遊戯王はそんな単純なものではない。

 今、定めた涼香の2つの選択肢はあくまで彼の決闘を見ての経験則から繰り出されたもので選択肢なんてものは無数と存在する。だからでこそ晃は思いもよらぬ3番目の選択肢を繰り広げた。

 

「ペンデュラムゾーンに《武神─ヒルコ》をセッティング!」

「っ、それはまさかっ!?」

 

 涼香とて決闘者。カードの情報だってしっかり集めるし知らないわけでは無い。

 だが最新のカードを真っ先に手に入れてきたなんて思いもよらなかった。

 

「ヒルコのペンデュラム効果はこのこのカードを除外し武神エクシーズモンスターを素材に別名、武神モンスターをエクシーズ召喚できる。スサノヲをエクシーズチェンジ。現れろ《武神姫─アマテラス》!!」

 

《武神姫─アマテラス ★4 ATK/2600》

 

 今までの【武神】にはエクシーズチェンジなどありえなかった。

 1体のエクシーズモンスターだけで渦が構成され新たな武神モンスターへと変貌する。女性型の武神モンスターにイオツミ、マフツ、チカヘシ、ツムガリと様々な武神器を己の物として装着していく。

 その予想外の連続に涼香は溜め息まじりに素直な感想を述べる。

 

「ったく、急に引きが強くなったり新しいカードを取り入れたり、橘のクセに生意気だわ」

「そりゃ、どうも。ツクヨミの効果で手札を捨て2枚ドロー……そして両方伏せてターン終了だ」

 

 場には2体のエクシーズモンスターに2枚の伏せカード。

 対する涼香の手札はたった1枚と圧倒的に不利な状況。それでも彼女は負ける気はしなかった。今までの実績に裏打ちされた自信。己の強さを信じることが涼香においての強さなのだから。

 

「私のターン、トップドロー《ハーピィの羽根箒》!」

「うおっ!? っ、チェーンして《剣現する武神》を発動。墓地の《武神─ヤマト》を回収する」

 

 引いたのは問答無用で相手の魔法・罠を駆逐する羽根箒。

 1枚はフリーチェーンで発動できる《剣現する武神》のために墓地から1枚回収することはできたが、もう1枚は《聖なるバリア─ミラーフォース─》のために使用できずに破壊される。このタイミングで引くのは流石と言わざるを得ないが、これだけで済むはずが無かった。

 

「《戦士の生還》を発動し《E・HEROバブルマン》を回収。私の手札は1枚。この場合に特殊召喚できる。現れなさいバブルマン! そして場にこのカードだけのために2枚ドローし《融合回収》を発動。墓地からエアーマン、融合を手札に戻し召喚! 効果によりデッキからシャドーミストを加える」

 

《E・HEROバブルマン ☆4 DEF/1200》

《E・HEROエアーマン ☆4 ATK/1800》

 

 流れるような怒涛の展開。

 ターン開始時には手札が1枚だけだったのが、今では場に2体に手札は3枚。加えて晃の魔法・罠も破壊している。晃が強くなった力を現したように涼香もまた強者としての実力を見せる。

 

「そして《融合》を発動! 場のバブルマン、エアーマンと手札のシャドーミストの3体で融合召喚! 蹂躙しなさい《V・HEROトリニティー》!!」

 

《V・HEROトリニティー ☆8 ATK/2500》

 

 3体のHEROが重なり合わさりE・HEROという存在からV・HEROへと変えた融合モンスタートリニティーへと成る。下級HEROよりも一回り、二回りも巨大な体躯をし3体融合の力を振るわせた。

 

「トリニティーは融合召喚に成功したターンのみ攻撃力を倍にできる。よって攻撃力はこのターン中5000よ!」

「っ……」

 

 凄まじい威圧感に地響きにも似た衝撃を受ける。

 《F・G・D》や《究極竜騎士》のような元々のステータスにおける最高峰の攻撃力と同等の力を得たトリニティーはこの場で規格外と言っても過言では無い。

 

「そして墓地へ行ったシャドーミストの効果でデッキから2枚目のバブルマンを加え、もう1枚の手札《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地からバブルマン、エアーマン、シャドーミストを再び融合! 《E・HERO Core》!!

 

《E・HEROCore ☆9 ATK/2700》

 

 さらに追い打ちの如く1枚のカードを使用する。

 場と手札からの3体融合に加えては墓地からも3体融合。

 

 橘晃がトリックプレイで強いとするならば氷湊はただ単純に強い。

 

「さあ、行くわ! トリニティーはモンスターに3回攻撃ができる! ツクヨミ、アマテラスに攻撃。サグサの効果を使うならご自由に」

「くっ……サグサは使わない。けど、アマテラスの効果を発動する。相手ターンの場合は除外されているレベル4以下のモンスターを手札に加えられる。《武神─ヒルコ》を手札に加える」

「けど、攻撃は止められないわ!」

「くっ……」

 

 晃 LP8000→5600

 

 強烈な打撃の攻撃が2体のモンスターを襲い消し飛ばす。

 衝撃が晃を襲い歯を食いしばり耐えるが、そんなものはまだ序の口。涼香のフィールドには、まだ攻撃を行っていない最上級融合モンスターが控えているのだから。

 

「続いて行くわ! Coreで直接攻撃!」

「ぐっ……!!」

 

 晃 LP5600→2900

 

 Coreが両手よりエネルギーを発生させ光線のように放射する。

 モンスターの超過ダメージよりも遥かに衝撃が大きく思わず尻もちをついてしまう。

 

「私はこれでターン終了よ」

 

 たった1枚の手札から始め全てを強力なモンスターを呼ぶためにつぎ込んだために伏せカードも無いが十分過ぎる。たった1ターンでライフアドバンテージもボードアドバンテージもひっくり返してしまったのだから。

 場には2体のエクストラデッキから呼ばれたモンスターに晃の手札はデッキの核の《武神─ヤマト》に新たな力の《武神─ヒルコ》であるが、涼香のモンスターに立ちはだかるにはソレだけでは心もとない。

 

 絶対絶命とまではいかないが、十分に危うい立場だ。

 次のターンの引きでなんとかしたい。なんてプレッシャーを今までの彼ならば感じてその腕を緊張で震わせたに違い無い。

 

「ふふっ」

「え……?」

 

 涼香がポカン、と口を開けて驚いた。

 追い込まれた立場の晃が笑ったのだ。そんな彼のなど見たことのない涼香はまさか今のトリニティーの連続攻撃とCoreの直接攻撃のせいで彼の頭のねじを緩ませてしまったのかなんて心配してしまったほどだ。

 

「っ!?」

 

 だが、心配は要らなかったようだ。

 すぐに表情を締め直し雄々しく構える。涼香は思わず身震いした。数年経験していた決闘者としての勘が告げた。今、橘晃に纏っている空気は限りなく強者と勝負をした感覚に等しい。

 

(何、今のアイツは? けど、面白くなってきたじゃない)

 

 

 

 可笑しい。晃は心の中で違和感を感じた。

 自分と相手のカードが上手いぐらいに噛み合い涼香を追い詰めたものの、ソレをたった1ターンでひっくり返された。本来ならば思わず焦りを見せてしまうが、今は何故か心が驚くぐらいに静まり返っているのだ。

 

 むしろ、笑いが込み上げてしまうほどだ。

 次のターンで逆転できるのか、できないのか。それを考えるだけでもまるで目の前に置かれたプレゼントの包装紙を開けるかのような気分になってしまう。

 

 ただ純粋に決闘を楽しむ。

 たった一つの心構えをしただけだというのに世界が違って見えるのだ。

 

 この瞬間、一人の決闘者のビジョンが見えた。どんな絶対絶命な状況でも決して笑顔を絶やさず思いもよらぬ引きで幾度となく逆境を退けた男。遊凪高校の部長、新堂創。今、この逆境で笑えているのであれば、もしかしたら今の自分はあの人と同じ世界が見えているのかもしれない。

 

『─決闘で楽しむことを考えてごらん。それが出来れば、キミの世界はきっと一変するはずさ』

 

 ふと、橋本暦の言葉を思いだした。

 

(これが、強者が見る世界、なのか?)

 

 これは感覚で体現するものだ。きっと創や他の誰に聞いても明確な答えは出ないだろう。

 だが一つだけ言えるのは、今のこの場が心の底から楽しいと感じる事。

 

 ならば己がすることはただ一つ。

 この気持ちを決闘に注ぎ込むだけだ。

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 躊躇いも無く大きな孤を描くようにカードを引く。

 確認すれば、それは自分のデッキから『お前はまだやれる』とでも言ってくれるようなメッセージを残してくれるようなカードだった。

 

「今、引いたカード《死者蘇生》を発動っ!」

「っ!? このタイミングで《死者蘇生》を!?」

「このカードの効果でツクヨミを蘇生! そして再び《武神─ヒルコ》をペンデュラムゾーンにセッティングし効果を発動! エクシーズチェンジ! 現れろ《武神帝─カグツチ》!!」

 

《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500》

 

 ツクヨミが渦へと姿を消し新たなモンスターへと生まれ変わる。

 青き炎を纏い武装を重ねた重戦士。このカードの召喚により場にはスサノヲ、カグツチ、ツクヨミ、アマテラスと武神のエクシーズモンスターの全てが場を駆り立てたこととなる。

 

「ここで、カグツチ……?」

「ヒルコの効果で出してもエクシーズ召喚扱いになる。エクシーズ召喚に成功したとき、デッキから5枚のカードを墓地へ送る。墓地へ送られたのは全てモンスターカードだけど武神と名の付いたカードは《武神器─ムラクモ》《武神─アラスダ》《武神器─ツムガリ》の3枚。よって300ポイント攻撃力を上げる」

「っ……その落ちは!?」

 

 瞬間、この戦況がひっくり返されることを悟った。

 やはり今の彼の引きは驚異的なまでに優れている。

 

「続けて《武神─ヤマト》を通常召喚! そして墓地よりムラクモの効果を発動。《E・HERO Core》を破壊する」

「ちっ、だけどCoreは破壊されたとき墓地からレベル8以下のE・HEROを問答無用で特殊召喚できる。蘇りなさい《E・HEROアブソルートZERO》!!」

 

 カグツチの手に短刀が握られ投擲。涼香のモンスターを1体撃ち抜くものの英雄は滅びぬと言わんばかりにやられた間際に地面を大きく叩きつめた。地面が裂け中から変身召喚のために墓地へと送られたHEROが再び場へと舞い戻る。

 

「ならバトルフェイズに入る。まずはヤマトでトリニティーへと攻撃!」

 

 本来の攻撃力はトリニティーの方が上。

 手札にはハバキリもオネストも無いが、今の彼の墓地には──

 

「ちっ」

 

 涼香 LP4700→3800

 

 突如、手にした青い長刀を手にトリニティーを一刀両断した。

 

「墓地から《武神器─ツムガリ》の効果。ダメージステップ終了まで戦闘モンスターの攻撃力分、ヤマトの攻撃力を上げる。ただしこの戦闘ダメージは半分となる」

 

 墓地から発動する武神器の《オネスト》のようなカードが落ちているのだから。

 ムラクモにツムガリ、どちらもカグツチの効果によって落ちたカードだ。もしかしたらこの状況を想定してカグツチを呼んだのかもしれない。

 

「さらにカグツチでアブソルートZEROへと攻撃!」

「攻撃力は上回られている。戦闘で破壊されるけど、効果は忘れてないわよね」

「当然! 墓地のサグサの効果を発動しヤマトを、カグツチ自身の効果を発動し効果破壊を防ぐ!」

 

 アブソルートZEROを戦闘で破壊した瞬間に発生した吹雪をヤマトは武神器の力を借りて、そしてカグツチは自身の効果を発動することにより防いだ。これにより被害はゼロだ。

 

「エンドフェイズ。ヤマトの効果を発動しデッキから《武神器─ヘツカ》を手札に加えて墓地へ送る。これでターン終了だ」

 

 これで晃のターンは終了。

 思い返せばひっくり返した戦況をさらにひっくり返された。

 

 その事実に涼香は思わず昔を思い出した。

 カードショップで始めて決闘者としての彼を見たときは呆れるくらいの初心者。遊戯王部に入部した後もびっくりぐらい弱すぎて、たとえ彼が百倍ぐらい強くなろうが負ける気がしなかった。

 

「まったく、もう──」

 

 それが今は、立ちはだかるような脅威にまでなっているなんて。

 可笑しくて思わず口元がつり上がってしまう。

 

「楽しくなってきたじゃない!」

 

 

 

 




 次で最終回です。

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