「俺たちは団体戦で惜しくも4位。全国大会に後、一歩届かなかったわけだが」
翌日の部活動。
コホン、と咳払いをしながらも創は珍しくも神妙な顔付きで部員たちの前で語る。
全国大会へと切符を逃した事実が妙に響いてくるのか聞いている部員たちの表情も心なしか暗い。
「だが、大会はこれだけじゃない」
「と、言いますと?」
まるで曇り空に一差しの光が射すような言葉に全員が反応する。
『あの大会で終わりではない』当たり前と言えば当たり前だが、事実を聞くのと聞かないとでは大きく違う。少しばかり表情が和らぐ。
「つまりは、個人戦が残っているってことね」
いつぞやか創が言っていた。
団体戦の後には個人戦が残っているということを。
「そう言うことだぜ。個人戦は当たり前だが団体戦よりも試合数が多くなるし全国大会に行けるのは上位5名まで。しかも、俺たちが敵同士にさえなることもあるから団体戦よりも難しいと言えば難しい」
参加数。試合数。そして仲間だったはずが今回は敵同士。
団体戦との違いを明確に上げていく。
「た、大変だね」
有栖が怯むように声を出す。
その横で晃は片手を上げて発言した。
「部長。質問、いいッスか?」
「なんだ橘?」
「大会って団体戦と同じでトーナメント形式ッスか?」
晃の質問に創は『いや』と一言、否定の言葉を入れた。
「最初はスイスドロー形式での予選だ。制限時間までデュエルして勝率の高い上位32名がトーナメントで競い合う形だ。予選は負けても終わりでは無いが、対戦相手は完全にランダム。もしかしたら、いきなり部内での対戦もありうるぜ」
と、詳しく解説する。
今回は仲間ではなく敵同士になるとは言うが、実際に相手になることを想像してしまえばそれは辛いものだ。戦わないでいられるように祈るしかあるまい。
「そんなわけで今日の練習は実戦形式で行う。幸い、屋上は開いているし決闘盤を使ってやろうか。まずは橘と日向、氷湊と風戸でやってみるといいだろう」
なんて個人戦に向けて練習メニューもしっかりと考えていた。
珍しく真面目に部長をしている。
「部長。今日はやけに、ちゃんとしているみたいですけど何かありましたか?」
「軽く酷いな……まあ、昔の知り合いに会ったせいだろうな」
言葉に潜んだ棘に刺さりながらも何かを思い出すような表情。
いったい誰なんだろうと小首を傾げながらも皆は決闘盤を片手に部室から屋上へと向かう。
「なあ、橘」
「ん……何スか部長」
その手前、晃は創に引きとめられた。
女性陣は先に行ってしまい二人だけが残された。
「調子は戻ったようだな」
「はい。迷惑かけました」
「昨日、お前はデュエルをしていただろ。その相手……お前はどう思った?」
「あれ、見てたんスか?」
あの場に部長がいたのだろうか、いたのであれば声ぐらいかけてもよかったんじゃないか、なんて考えながらも質問を返すために思い出す。落ち込んだ晃に声をかけた女性、橋本暦のことを。
『──もし、君が心の底から
ふいに、彼女の最後に残した言葉がフラッシュバックのように脳裏に蘇った。
「よくわからない人ッスね。面識も無いのにこっちのことを知っているみたいだったし……あ、そういえばなんとなく部長に似たような感じだったかと。特にデュエルを楽んでいるような感じが」
晃の解答に創はどこか満足そうに頷いた。
それは、どことなく嬉しそうな表情を見せながら。
「そうか。それはよかった」
「どうしたんスか?」
「いや、何でもないぜ。早く行こうか」
このまま創は早足で屋上へと向かい晃はそれを追いかける。
そのとき、創にも聞こえないような小声で呟いた。
「
+ + + + +
本日は快晴。天井の無い屋上には一杯の青空が広がっていた。
天気も良く空気も良く感じる場所で行われた決闘は鮮やかに幕を閉じた。
「……え?」
驚きの声が上がったのは晃からだ。
目を見開き今の光景が信じられないとでも言いたげだった。
対戦相手は【炎王】を使う日向茜だ。
部内の練習試合では創や涼香には負け越ししているとはいえ、かつて涼香とは全力の勝負で勝っているとも聞き決して弱いというわけでも無くむしろ強者の類に分類されるはずの彼女だというのに、今の茜のライフカウンターは0を示していた。
「凄い。凄いですよ晃くんっ! いったい、いつの間にこんなに強くなってたんですか」
敗北したというのに、どこか嬉しげな茜だ。
かつての武神器だけしか手札に来ないような事故とは真逆だった。手札はうまく良いカードが来てくれてく引くカードも好調。それだけでなく茜が使用するカード引くカードと全てが上手く噛み合い鮮やかな決着となったのだ。
「これは、いったい?」
決闘盤にセットしていたカードを仕舞い込み晃は自分の手を見つめるように眺めた。
別段、晃は大会以降からデッキの改良を大きくは行っておらず戦術もいつも通りに行ったつもりだ。一晩、寝て急に強くなったというわけでも無いだろう。
ただ、一つだけ思えたのは
(今の
それだけは自然と心の奥から言えた。
「そっちはもう終わったんだ。日向さんが勝ったのかしら?」
気が付けば涼香と有栖の方も終わったらしい。
勝者は涼香のようだ。
「いえ、負けちゃいました」
えへへ、と軽く笑いながら茜は答える。
その答えを聞いては涼香はわずかながら目を見開くように驚く仕草を取るが、すぐに目を細めて意味深に笑みを見せた。
「そう。もう昨日みたいな腑抜けは直ったんだ。なら今度は私と勝負してみる?」
「おっ! 勝者同士での勝負か。面白そうじゃないかっ!」
興味ありげに創がはしゃぐ。
正直、晃が勝てるようになってからも涼香にはほとんど負け越している。ときおり手札が良く逆に相手の手札事故が起こったときで3回に1度、勝てる程度のものだ。実力差はそれほどまでに明白ではある。
それでも今の晃を見る限り、今までとは違う。
「今の晃くんは、少し違いますよ。きっと何か起きる気がします」
「二人とも頑張って」
先ほど敗北して二人は応援へと移る。
晃と涼香は十分な距離を取り決闘盤を構える。
「少しはマシな勝負を見せてもらうわ」
「まあ、期待には答えるよ」
準備はOK。
数秒の間を空けて
『
勝負が開始された。
「私のターンから。《E・HEROエアーマン》を召喚しデッキから《E・HEROバブルマン》をサーチ。そして《融合》を発動! 現れなさい《E・HEROアブゾルートZERO》!!」
《E・HEROアブゾルートZERO ☆8 ATK/2500》
1ターン目の序盤。様子見とかそういうのはお構いなしに鮮やかな流れでエースモンスターを呼び出す。
学校の屋上には似合わぬ大きな氷柱が立ち上り砕ける中から氷結の英雄が姿を見せた。
「さっそく、か」
「カードを2枚伏せてターンエンドよ」
場から離れることで《サンダーボルト》が発動する攻撃力2500のモンスターに後もそれなりに厚い。突破するのは難しい。今の手札と相手の場を見比べては相談する。
「オレのターン。まずは《炎舞-天璣》を発動し《武神─ヤマト》を加えて通常召喚」
《武神─ヤマト ☆4 ATK/1800→1900》
涼香のアブソルートZEROに対峙するように橙色の身体の戦士《武神─ヤマト》が飛び出す。ステータスも及ばずこのままでは倒すことなど敵わないが、武神器とのサポートがあれば十分に通用するモンスターだ。
故に涼香はこの場でヤマトを排除しなければならない。
「さっそくで悪いけど消えてもらうわ。《奈落の落とし穴》を発動!」
「あっ、ヤマトが落ちてしまいました!?」
現れた【武神】の立役者である《武神─ヤマト》は底の見えない落とし穴へと吸い込まれて落ちてしまう。破壊では無く除外故に蘇生カードも聞かずに戻すのは難しいというのに晃は顔色一つ変えずに冷静だった。
「なら《手札抹殺》を発動し互いの手札を全て捨て捨てた枚数分だけドローする」
涼香は1枚だけ。晃は4枚。
それぞれ手札を墓地へと同じ枚数分を引くことになるが
(この感じなら、きっと──)
橋本暦との勝負の時も茜のときもある共通点があった。
自分の手札、場、引きだけでなく相手の使用するカードもまるで歯車のように噛み合うのだ。それはただの偶然なのかもしれない。
しかし、偶然では無く必然だった場合はどうなのだろう。橋本暦との時も《奈落の落とし穴》が使用されていた。もし、何もかもが噛み合うのであればこの《手札抹殺》で
「よしっ! 《武神降臨》を発動。墓地から《武神器─サグサ》と除外から《武神─ヤマト》を特殊召喚し武神レベル4、2体《武神帝─スサノヲ》へとエクシーズ召喚!」
《武神帝─スサノヲ ★4 ATK/2400→2500》
涼香のエースモンスターが《E・HEROアブソルートZERO》であるならば晃のエースモンスターは間違いなく《武神帝─スサノヲ》だ。たった2ターン目、互いに様子見という選択肢などまったく無く両者のエースが対峙した。
「っ……やってくれるじゃないの」
予想外だった。
今までの晃ならばこんなにも流れるような形でスサノヲを呼んでくるはずも無い。それも涼香が使用した《奈落の落とし穴》を利用される形なんて引きが悪かった彼を思い出せば考えられない。
(引きが……強くなっている?)
ならばと、一つの結論に辿りつく。
どういうわけか晃は引きが強くなっているのかもしれない。
だとすれば、間違い無く厄介だ。
今まで引きが弱くトリッキーな戦術を混ぜてやっと戦えるようになった男の引きが強くなったのだから。
「素材のサグサを取り除くことでデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加えバトルフェイズに入る。スサノヲでアブソルートZEROに攻撃!」
(相打ち狙い? それとも──)
おそらく読み合いならば晃の方が上だ。
どうこう考えるよりも己の決闘者としての勘を信じるしかない。
「なら私は《マスク・チェンジ》を発動させるわ! 《E・HEROアブソルートZERO》を《M・HEROアシッド》へと変身召喚!」
《M・HEROアシッド ☆8 ATK/2600》
アブソルートZEROが高く飛び上がり強い光を発する。着地にはまったく別の姿。鮮やかな氷のような白よりの青から一変し紫色の青。銃を片手に持った戦士《M・HERO》アシッドへと成る。
「この瞬間、特殊召喚に成功したアシッドと場を離れたZEROの効果が発動するわ。モンスター、魔法・罠を全て破壊する!」
二つの効果が合わさり相手の全てのカードを破壊する凶悪なコンボへと成り立つ。
アシッドから放つ銃は強力な冷気を纏い全てを凍らせ水圧で撃ち砕いていく。
この力の前に場の《武神帝─スサノヲ》も《炎舞-天璣》も破壊されてしまう。
(サグサの効果を使わなかった!?)
今の破壊効果の前に晃は成す術が無かったわけでは無い。
むしろ対抗する術はあったのに使わなかった。
このとき、涼香はこの一手が失策であったことを理解した。
楽しい。
それが晃の率直な感想だった。
自分の手札や場、そして相手の使ってくるカードや戦術までもがパズルのピースのように噛み合う。今まではありえなかったような流れはまるで橋本暦が言っていたかのように世界が一変したようだ。
「エクシーズモンスターが破壊されたターンに自分の場にモンスターが存在しないときに発動できる。手札から速攻魔法《エクシーズ・ダブル・バック》を発動し《武神帝─スサノヲ》《武神─ヤマト》を特殊召喚する!!」
「くっ!?」
倒したと思った瞬間に即座に2体のモンスターが復活する。
それでもアシッドの攻撃力の方が上回っているし。デメリットでエンドフェイズに破壊されるのは承知の筈。勘だが、おそらく晃はこのまま攻撃を続行して来るに違い無い。
「ヤマトでアシッドへと攻撃!」
(やっぱり……)
「このダメージ計算前に墓地の《武神器─ツムガリ》の効果を発動し攻撃力をアシッドの分だけアップさせる。その代わりこの戦闘のダメージは半分になる」
《武神─ヤマト ATK/1800→4400》
何も武器も道具も持っていないヤマトに紫色の鋭い紫色の剣・
涼香 LP8000→7100
「さらに《武神帝─スサノヲ》で
「っ……やってくれるじゃないの」
涼香 LP7100→4700
加えての直接攻撃で大きな一撃が入る。
涼香と晃では大きな実力があるというのに、先手を打ったのは晃の方だ。
「……すごい」
試合を観戦している有栖から思わず声が漏れた。
驚きを隠せないようだが、それは創と茜も同じだった。
「まさか氷湊から先手を取るなんてな」
「そうですね。でも、今の晃くん──」
茜は決闘の最中である二人の中で晃へと注視するように視線を移す。
彼の表情は、まるでどのような決闘をも楽しむ創のように笑っているのだ。
「すごく楽しそうです」