遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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056.『楽しいから』

 

 

 

 団体戦も終わりを迎え翌日は休養日として部活も休み。

 その次の日からは大会の反省会を兼ねていつも通りに部活をしようということで現在、夏休みの真っ最中でありながらも当たり前のように遊戯王部は活動をしようとしていた。

 部活の開始時刻は午前の9時からと決められていたが創は廊下を小走りで駆け抜けては午前の11時に部室の扉を開けた。

 

「悪い遅刻した。いやー、昨日の特番が面白くてつい、な」

 

 悪びれる様子といつもの調子を混ぜながら創は部屋に入るのと同時に謝る。

 部室にはすでに創を除くメンバー全員が揃ってはいるのだが、創の遅刻を咎めるような様子も態度もなかった。

 

「……アブソルートZeroでトドメよ」

「…………」

 部室内のテーブルにカードを並べて決闘を行っていたのは涼香と晃なのだが、場を見れば涼香の場には彼女のエースたる《E・HEROアブソルートZero》が場へと駆り立てて晃へと攻撃を行う。

 

「……決闘(デュエル)してたのか?」

 

 何かがおかしかった。

 いつもの部活ならば勝っても負けても和気藹藹とした空気が漂っていたのであるが今はシン、と静まり返っている。まるで、お通夜のような静けにも感じられる。

 

 いったい何があったのか。

 尋ねるよりも先に涼香が両手で机を叩く音が響いた。

 

「何よ。今の?」

 

 静かに語る涼香の声には怒気が含まれた。

 彼女が苛立ちを感じているのは明白だ。鋭い視線でまるで敵を睨むかのように先ほどまで対戦していた晃を一瞥する。

 

「……悪い」

 

 晃は俯き表情を窺えない。

 消えそうな声での謝罪の言葉がさらに彼女の神経を逆なでさせた。

 

「ちっ、だから今の腑抜けた決闘(デュエル)が何なのかって聞いてるのよ!!」

 

 晃の胸ぐらを掴んだ。

 涼香は拳を振り上げ晃は無抵抗のままだ。

 

「ちょ!? ちょっと待ってください涼香ちゃん! 暴力はいけませんって!」

「離して日向さん。もう、コイツには一発、渇を入れなきゃわからないわ」

「……す、涼香ちゃん」

 

 茜が制止させようと懸命に仲裁し有栖は不安そうな表情でこの部内の空気に怯えていた。

 

 まるで噛み合っていた壊れ歯車が崩れ落ちたような感覚だ。

 数日前までは大会のためにチームが一丸となって練習に励んでいた。だというのに今はチームとは言い難いほどにバラバラなってしまっている。

 

「どうしたんだよ。氷湊に橘。らしくねぇぞ。何があったんだよ?」

 

 さすがにこれ以上は見過ごしていられない。

 創も間に入り茜と同じように仲裁するように事情を聞く。

 

「何もこうも。コイツが腑抜けているからよ」

「腑抜け……?」

「え、っと……晃くんなんですが、今日は一度も私たちに勝てていないんです」

 

 茜の解説に涼香が『それも相手にならないほどにね』と言葉を足す。

 彼女が晃に苛立ちを見せる理由は弱くなったこと。それは、と即座に創も原因が脳裏に浮かんだ。

 

「橘。もしかして、大会で負けたことを気にしてるのか?」

「っ……!?」

 

 肯定の返事はなくても怯えたような反応を見せる。

 どうやら図星のようだ。

 

「だったら別に気にしなくてもいいんだぜ。俺たちにはまだ来年があるし大会だって団体戦だけじゃない。またすぐに個人戦だって残っているんだ」

「部長。それでもオレは──」

 

 何を言おうとしたのだろうか。

 その言葉をかき消すかのように部室の扉を開く音が聞こえた。

 入口には生徒会長こと二階堂学人が立っている。

 

「ふんっ、どうやら第七決闘高校に敗北した挙句に全国行きも逃したそうじゃないか。だが、たった5人でベスト4入りという結果にまで至ったその事実に関しては褒めて──」

「うっさいわ!」

「ぬおっぉ!?」

 

 手元にあった『猿でもわかる遊戯王入門』なんて本を投げつけ額へと直撃。

 

「生徒会長。タイミングが最悪だったな」

 

 思わず創が合掌。

 怒りの矛先が晃から二階堂へ。

 

「痛っ……いったい何があったというのだ」

 

 額を押さえながら二階堂は立ち上がる。

 このとき、全員の意識は二階堂へと向けられていたために晃は涼香から手を離され自由となっていた。まるでその隙を付いたかのように鞄とデッキを持って出入り口へと向かう。

 

「すみません部長。今日は帰ります」

「おいっ、晃!?」

 

 創とすれ違う際に呟くように語り部室を後にする。

 思わず制止させようとするが、それも咄嗟の事。

 逃げるように晃の姿は見えなくなった。

 

「ったく、面倒な奴だな」

 

 やれやれと言った表情で後を追いかけようとする創。

 だが、二階堂が出入り口を腕で遮り行く手を阻んだ。

 

「やめておけ」

「なんでだよ生徒会長?」

「彼奴が逃げた理由は大方、大会での敗北が原因だろう。楽観的な貴様にはわかるまい。責任を負った勝負で敗北した者の気持ちなど」

 

 切って捨てるかのような言葉を言い放つ。

 そもそも創は遊戯王という一点においては周囲が認める強者だ。そんな者から落ち込んでいるときに『敗北しても気にするな』なんて言われて十分に届くかも怪しい。

 

「だったら、私たちが行きます。ね、涼香ちゃん。有栖ちゃん」

「う、うん!」

「はぁ、仕方ないわね」

 

 ならばと茜が立ち上がり涼香と有栖に同意を求めて行こうとするが。

 

「いや、よしておけ。今回に限ってはそれ以上の適任がいる」

 

 二階堂はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。

 遊戯王部メンバーでは無いのであればおそらく二階堂たち生徒会のメンバーでもないだろう。心当たりが無いことに茜は首を捻った。

 

「適任……ですか?」

「生徒会長、あんたまさか……?」

 

 唯一、創だけは心当たりがあるのだろう。

 わずかながら動揺の色を見せた。

 

「本当ならあの人はもう部外者だ。しかし、彼奴が立ち直るためにはあの人に頼るしかないだろう」

 

 

 

+ + + + +

 

 

 

 部室を抜け出し晃が帰宅の途中で足を止めたのはかつて涼香と出会い烏丸亮二との決戦を迎えた馴染みの深いカードショップとなった『遊々』だった。だが、入ろうと思えば晃の足は無意識のうちに足を止めた。

 

 怖いのだ。

 

 敗北なんて数えきれないほどしてきた。

 だが、大会での敗北は種類が違う。

 

 勝つために工夫して強くなって自信さえも得た上で地力の差を見せられての敗北。それは今まで得た敗北とは重さが限りなく違う。さらには相手も同じ【武神】を使い自分と同じ戦術を使われ自分は我を忘れた。心を折られるには十分すぎるほどだ。

 

 さらには、三位決定戦での芽田高校での勝負。

 それは自分が負ければ敗北という正真正銘の『負けられない戦い』だった。にも拘わらずに不調を起こし手も足もでないほどの無様な敗北を喫した。仲間に顔向けできないほどに。

 

 橘晃は本当の敗北の恐怖を知った。

 だからでこそ遊戯王が怖いのだ。

 

(っ……どうしたんだよ?)

 

 体が震える。足が竦む。

 カードショップに入ろうとすることさえも拒まれる。

 

 ──その時だった。

 

 葛藤を抱き迷うために集中力は散漫。

 それ故に人が近づいてきたというのにも気づかずにいた。

 

「やあ」

「っ!?」

 

 背後から声をかけられる。

 晃は驚き肩をすくめ飛び退いた。

 

「ああ、ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどね」

 

 その人はの声は、今まで聞いたことが無いぐらい柔らかでいて大らかだった。

 振り向けばそこには見知らぬ女性の姿。身長は高く170㎝ほどの晃とほぼ同じぐらい。腰にまで伸びたロングヘアーに男装も似合いそうな中性的な顔立ち。上はブラウスで下はデニムレギンスというラフな軽装。

 

「あなたは?」

 

 声をかけられたのはまだいい。

 肝心なのは、その人物が見知らぬ人物だということなのだ。

 見た目でおそらく年齢は晃よりも上であり大学生ぐらいだろう。けれど晃は大学生の女性との知り合いなんていない。

 

「ごめん。そういえばキミは私のことを知らなかったね」

 

 その口調はまるで彼女は晃のことを知っているように思わせた。

 

「まあ、名乗るほどの人じゃないからね。それよりも橘晃くん」

「え……?」

 

 やはりというか、名前を知られていた。

 彼女はくすりと笑っては──。

 

「私と決闘(デュエル)をしよう」

 

 まるで、晃が良く知る人物。

 新堂創に似たように決闘へと誘う。

 

「え、いや……悪いッスけど今のオレはそんな気分じゃ」

 

 だが今の晃はまともな決闘が出来るような状態じゃない。

 断ろうとするも彼女はまるで何かを見抜いているかのように笑っては告げた。

 

「怖いのかい?」

「……え?」

「キミは大事な大会で負けたことで敗北の恐怖を覚えた。委縮して閉じこもって思う様にならなくなって……それで逃げ出したいって思っているんだろうね」

 

 この人が一体、何者なのかはわからない。

 ただわかることと言えばこの人は、橘晃の今の事情を知っている。

 挑発だとわかってはいるものの晃の頭に血が上る。

 

「あなたに何がわかるんスか?」

「わからないよ。私はキミじゃないからね。でも、キミをほっとくことができない。ただそれだけさ。どうかな? 一回だけ騙されたと思ってさ」

 

 掴みどころのない人だ。

 何故、自分を知っているのか。気にかけてくるのか。決闘を誘ってくるのか。

 わからないことだらけだが、一度ぐらいなら騙されてやってもいいと思う自分がいる。

 

「……一度だけッスよ」

 

 だから、晃は誘いに乗った。

 

 

 

 決闘は近所の公園で行われた。

 遊具は簡単なブランコと滑り台、砂場だけであるために子供もおらず敷地はそれなりに広いために決闘盤を用いた決闘を行うには最適だった。

 

「さて、始めようか」

 

 決闘盤を部の備品しか持ち得なかった晃は彼女から決闘盤を借りることとなった。

 始めから決闘盤を二つ持っていたあたり決闘すること前提で来ていたのだろう。

 

「先攻か後攻。好きな方をとっていいよ」

「そうッスか。じゃあ先攻を」

 

 この人が何者だとか目的とかまずそんなことは後にする。

 まずは、この決闘に神経を集中させようとする。

 

「っ……!?」

 

 だが、このような状況でも変わらなかった。

 芽田高校との勝負と同じような全ての手札が橙色に染まっている。

 それも全てが現状では扱えない武神器だけという完全な手札事故なのだ。

 

「くっ……モンスターを伏せてターン終了」

「なら、私のターンだね」

 

 彼女のデッキは知らずに戦力も未知数だ。

 だが、今の晃が相手となれば強さなんてそこまで重要じゃない。ただ強力なモンスターを出されるだけで晃は蹂躙されてしまう。

 

「まずはスピリットモンスター《和魂》を召喚」

「スピリット、モンスター?」

 

《和魂 ☆4 ATK/800》

 

 現れたのは歪な球体。

 まるで名前の通り魂を象るように緑色の炎に覆われている。

 

 彼女が使ったカードからおそらくデッキの目星がついた。

 おそらくは【スピリット】。大半は特殊召喚ができずにエンドフェイズにて持ち主の手札に戻る効果を有する風変わりなカード群であり扱いが難しい特徴がある。そしてそれらのカードは晃が使用する【武神】と同じ日本神話をモチーフとしている。

 

「《和魂》の召喚時、もう1度だけスピリットを通常召喚できるからね《荒魂》を召喚。そして手札の《カゲトカゲ》を特殊召喚。《荒魂》が召喚したことで効果によりデッキから2枚目の《和魂》を手札に加えるよ」

 

《荒魂 ☆4 ATK/800》

《カゲトカゲ ☆4 DEF/1500》

 

 一瞬でモンスターが3体も並んだ。

 この人はおそらく強い。

 

「さらに場の《和魂》と《カゲトカゲ》で《キングレムリン》へとエクシーズ召喚。効果で素材の《和魂》を取り除いて2枚目の《カゲトカゲ》を加えて《和魂》が墓地へ送られたとき自分の場にスピリットがいれば1枚ドローできる」

 

 展開にアドバンテージの確保。

 今、彼女はモンスターを3体展開して尚、メインフェイズの最初にあった6枚にまで手札を回復させた。しかし、何故だろう。実力も知識もあるし引きだって悪く無いのに今まで相手にした強者と呼ばれる決闘者とは何かが違った。

 

 どのような相手、例えそれが遊凪高校の仲間であろうとも対戦するときには殺気にも似たような鋭い闘志を感じることがあった。だというのに彼女から感じる闘志はその鋭さとは皆無だ。

 

「バトルフェイズに入るよ。《キングレムリン》で攻撃。そして《荒魂》でダイレクトアタック」

 

 晃 LP8000→7200

 

「カードを2枚セット。エンドフェイズに《荒魂》は手札に戻ってターンエンド」

 

 場に伏せた《武神器─ハチ》が破壊される。

 これで彼女の手札にはサーチした《和魂》《カゲトカゲ》に加えてスピリットの効果により手札に戻った《荒魂》の3枚が存在する。これにより次のターンにまた同じように展開が可能だ。

 

「っ……オレ、のターン」

 

 晃は力無く自分のターン宣言をする。

 それも相手が十分な実力を持ちながら己は最悪の引きという3位決定戦のときの再来を思わせる状況だからだ。『また無様に負けるのか』そんな思いが晃の心を蝕んで行った。

 

 

 

「キミにとって、決闘(デュエル)は何なのかな?」

 

 

 

「え……?」

 

 突如、思いもよらぬ彼女からの声に晃は声を失った。

 

「今のキミは決闘(デュエル)で苦しんでいる。君にとって決闘とは辛いものなのかな?」

「そ、それは……」

 

 違う。

 

 最初はただ偶然と勢いで始めたものだった。

 才能も無くただ敗北だけを繰り返していた。

 

 それでも『勝てるかも』なんて思わせるような場面もあったし何よりカードに触れることが楽しく感じられた。烏丸亮二との決戦の後からは戦い勝てるようにもなり勝利の喜びを知ってからは心の底から楽しいと感じられた。

 

「キミが遊戯王部に入部してから今まで続けてきた理由、それは楽しいからじゃないのかい?」

「それはそうッスけど。でも、大会で負けると考えたら……」

「確かに大会みたいに負けられない戦いというのもあるね。けれど、キミが遊戯王をやる原点は『楽しいから』さ。それを忘れてしまっては元も子もないよ」

 

 まるで子供を諭すように彼女は語る。

 

「まずは深呼吸。そして決闘で楽しむことを考えてごらん。それが出来れば、キミの世界はきっと一変するはずさ」

「オレの世界……スか?」

 

 言われた通りに深呼吸をしてみる。

 緊張が解れ肩の力が抜かれたように楽になった。そうしてデッキトップに指をかけカードを引く。その時には今まで楽しかった遊戯王部での活動や勝負を思い出しながら。

 

「ドローッ!」

 

 引いたのは──。

 

「《手札抹殺》を発動! 互いの手札を全て捨て同じ枚数分だけドローする」

「あららサーチしたカードが全部、おじゃんだね」

 

 彼女はおちゃらけた様子ながら少し困った様子を浮かべる。

 手札を全て捨て引いたのは先ほどまでの橙色に染まった手札では無い。緑に赤、橙と色鮮やかな手札(けしき)が目の前に映った。

 それは彼女が言った通り、世界が一変したように。

 

「さ、反撃ッスよ!」

 

 

 


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