遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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第7章 本当の強さ
055.情けない


 

 

 

「うぅ……だったら《ガスタ・ガルド》をリリースして《ゴッドバードアタック》を発動。《マクロコスモス》と《真帝王領域》を──」

「無駄無駄! 《オーバーウェルム》を発動! 場にアドバンス召喚したレベル7以上の《怨邪帝ガイウス》が存在するために罠カードの発動を無効にできる!」

「あぅ……」

「ちっ、やってくれるじゃない」

 

 《ガスタ・ガルド》が空を舞い炎を纏った突貫を決めようとするものの相手の場に存在する怨念を纏い狂化された《邪帝ガイウス》の一喝により弾き返される。有栖は残念そうに顔をしかめ涼香は思わず歯噛みしてしまう。

 

「私のターンでいいですよね。それでは《豊穣のアルテミス》を召喚してバトルフェイズ!」

 

 それは遊凪高校と第七決闘高校の準々決勝の後だ。

 一時間程度の休憩を終えたのち行われたのが準々決勝で敗れた校同士で行われる3位決定戦。これに勝てたほうが全国大会に出場できる大事な勝負なのだが対戦校の芽田(めた)高校は去年の準優勝校。今回は準々決勝で敗れたとはいえそれでも強敵なのは違いない。

 

 最初のTD(タッグデュエル)で遊凪高校はもっともコンビネーションのよかった涼香と有栖のペアで出場したのだが今回に限り相手が悪かった。

 

 芽田高校は新堂創や日向焔のような飛び抜けた天才はいないが部員の層が厚く他校の偵察班、分析・研究班というのが存在し徹底的に相手を調べ上げた挙句にレギュラーメンバーの全員が柔軟性に富んだ【メタデッキ】の使い手だった。部員数が少なくろくに偵察もできない遊凪高校とは真逆ともいえる高校だ。

 

 芽田高校の岡崎・志島ペアはそれぞれに【次元帝】【エンジェルパーミッション】を使用。徹底的に涼香の《融合》《ミラクルフュージョン》《マスクチェンジ》を封殺し有栖のガスタモンスターたちを《マクロコスモス》で根こそぎ除外し機能させなくさせている。いくら涼香たちが強くても対戦相手も実力者であり相性が悪いこの状況ではどうしようもなくて──。

 

「《豊穣のアルテミス》《ライオウ》《怨邪帝ガイウス》でダイレクトアタック!」

 

 成す術もなかった。

 ライフポイントが減少する音が響いて次にブザーが鳴る。

 

『勝者! 芽田高校!』

 

 決着。

 やはり昨年の準優勝校は伊達じゃなく涼香と有栖のペアを倒したのだ。

 4人は試合を終えて挨拶を行う。そうして涼香と有栖は戻ってくるが。

 

「……ごめんなさい」

「っ……ごめん。完敗だった」

 

 まるで落ち込んで耳を垂れさせた犬のようにシュンと有栖は落ち込み涼香もバツが悪そうに謝る。勝つこともあれば負けることもある。当然のことではあるが、今回に限っては全国大会行きを決める大事な勝負のその最初の勝負だ。

 一戦目を制した芽田高校にとっては後、一つ勝利すればよいという追い風になり遊凪高校においてはもう負けられないという向い風になってしまう。その重要性を理解しているために二人の気持ちは重く沈んでいた。

 

「いいや、大丈夫だぜ! 後は俺たちでなんとかするさ。なぁ橘!」

 

 ニカッ、と犬歯をむき出しに笑顔で迎える創は晃の肩を軽く叩く。

 後に控えるのはSD(シングルデュエル)に晃と創が挑む。次に行うのは順序でSD《シングルデュエル》2で晃が挑むものの──。

 

「っ……アレ、なんスか部長?」

「……ん? 次は橘の番だぜ」

「そうッスね。行ってきます」

 

 違和感を感じた。

 決闘盤とデッキを手に取り軽く深呼吸をしては決戦場へと赴く晃は何となく様子がおかしい。ぎこちないというかどことなく表情が硬い気がする。同じく気が付いたのか晃が行った後に茜が小声で語る。

 

「何か、様子がおかしかったですね」

「ああ。心当たりは無くはないけどな」

 

 おそらく準々決勝で行われたSD(シングルデュエル)2だろう。

 主将の鏡大輔との一戦ではミラーマッチという異形の勝負に持ち込まれたあげくに今まで晃が使用したカードを使われ動揺さえしていた。しかも最後の最後に地力の差を見せつけられての敗北だ。

 おそらくは平静を装っていたのだろうか、創たちは晃の様子の変化に気が付くことはなかったものの試合の間際に綻んだのかもしれない。

 創は沈黙しながら試合へと望む晃の後ろ姿を見つめた。

 

「悪い予感がする」

 

 

 

「君が橘晃君だね。君の噂は聞いているし楽しませてもらうよ。」

 

 対戦相手は一つ上、2年の宮嶋という長身で細身という男性においてはスタイルがよさげな男だ。礼儀正しく挨拶しながらも晃の前で好意的に笑うあたり人当たりの良い人物なのだろう。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 晃も会釈して返す。

 だが、何故だろう。

 

 足が重い。

 腕が重い。

 

 まるで重しを付けられたかのような違和感を肌で感じるのだ。

 挨拶も終えて十分な距離を取っては決闘盤を展開する。その決闘盤もいつもはしっかりと重量を感じるものの今回に限っては、なんでだろうか鉛のような重さを錯覚させた。

 

決闘(デュエル)!!」

「デュ、決闘(デュエル)

 

 それでもこれから勝負を行うことに変わりは無い。

 対戦相手は宮嶋。彼は5枚の手札の中から迷いなく1枚のカードを即座に使用する。

 

「僕は《王虎ワンフー》を召喚。さらに永続魔法《強者の苦痛》と《次元の裂け目》を発動。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

《王虎ワンフー ☆4 ATK/1700》

 

 彼の使用デッキは【苦痛ワンフー】というデッキだ。

 攻撃力1400のモンスターが場に出た瞬間にワンフーによって始末されてしまい《強者の苦痛》によって攻撃力1500以上でもレベルの数×100ポイント下げられるためにワンフーの射程圏内に入れられてしまうコンボを使っている。

 

 晃の使用する【武神】の主軸たる《武神─ヤマト》も攻撃力1800だが《強者の苦痛》によって攻撃力が丁度1400に下がってしまうため出した瞬間にお陀仏だ。しかも酷いことに【武神】メタに《次元の裂け目》のオマケ付きだ。

 

「オレのターン」

 

 自分のターンに移りドローフェイズを迎える。

 相手が自分とは相性も悪く戦いづらいことは承知済み。まず必要となるのは魔法、罠を除去する《サイクロン》や《ハーピィの羽根箒》が欲しいところだが。

 

(っ……なんで!?)

 

 思わず目を見開いてしまう。

 引いたカードに加えて手札のカードは全てが橙色の枠。

 

《武神器─イオツミ》。

《武神器─ムラクモ》。

《武神器─サグサ》。

《武神器─ツムガリ》。

《武神器─ヤサカニ》。

 

そして《武神器─ハバキリ》だ。

 

(なんで、今回に限って……)

 

 手札事故なんて遊戯王では珍しくも無いが今回は度が過ぎる。

 しかも、負ければ敗退という大事な局面だからでこそ恨まずにはいられなかった。

 

 手札は全てがサポート系統の武神器に加えて魔法や罠だけでなく主軸となる武神が1枚も来ない。まず全て攻撃表示で召喚すれば苦痛ワンフーの餌食になるし《次元の裂け目》でイオツミやヤサカニ、ハバキリも使えないしムラクモ、サグサ、ツムガリも墓地へと送れない。

 

(最悪だ)

 

 戦術なんて組めたものでは無い。

 ここでできる行為なんてせいぜい──。

 

「モンスターをセットしターン終了」

 

 壁モンスターを出すしかない。

 

「モンスターだけ? 僕のターン《ライオウ》を召喚してバトルだ。《ライオウ》で伏せモンスターを攻撃」

 

《ライオウ ☆4 ATK/1900》

 

 今度はおそらく《武神─ヤマト》などのサーチ効果を阻むために投入されたのであろうカードだ。攻撃力も下級アタッカーとして、そして晃の壁モンスターを蹴散らすにしても十分だ。

 伏せていたのは《武神器─イオツミ》。

 《ライオウ》が放つ電撃を浴びて消滅するが当然ながら《次元の裂け目》に吸い込まれて除外される。

 

「ワンフーで直接攻撃!」

 

 晃 LP8000→6300

 

 白く凶暴そうな虎が鎧を纏い武装したモンスターが晃へと襲いかかる。

 防ぐ手段も無く晃は攻撃を受けることしかできなかった。

 

 奇策を用いて相手のペースを得意とするなんて宮嶋は聞いていたが勝負をしてみてはただ壁モンスターを使っただけそれも無残に破壊し除外されては直接攻撃もすんなりと通ったことに拍子抜けをして逆に戸惑ったほどだ。

 

「ターンエンドだ」

「オレのターン……」

 

 引いたのはまたしても武神器モンスター《武神器─ヘツカ》。

 いったい自分が何をしたのだというのか。

 

「っ、モンスターを伏せてターン終了」

 

 対抗策が無い。

 相手の【苦痛ワンフー】に手も足も出ない。

 

「僕のターン。《霊滅術師カイクウ》を通常召喚」

 

《霊滅術師カイクウ ☆4 ATK/1800》

 

 顔の半分がグロテスクな僧侶が現れる。

 墓地のモンスターを除外できなくする効果と戦闘ダメージを与えたときに相手の墓地のモンスターを除外する効果は明らかに《武神器─ムラクモ》などを潰すためだろう。

 

「再び《ライオウ》で攻撃。そしてワンフー、カイクウで攻撃」

 

 晃 LP6300→4600→2800

 

 伏せた《武神器─ヤサカニ》が排除され、さらなる攻撃を受けてライフも半分を切る。

 かつて烏丸亮二と戦い勝利を経験するよりも昔でさえ、こうも一方的にやられるような展開があっただろうか。ここまで武神器しか引けないような状況があっただろうか。答えは否だ。

 

 一人では勝利さえ成し遂げられなかったようなときでも手札にはよく武神が来てくれていたしサポートの魔法、罠も引けていた。決闘だって肝心な時の引きや落ちが悪かった経験があるがそれでも一方的にやられることなんてなかった。

 

(いったい、どうしたんだよ……?)

「──────ド」

 

 勝てるビジョンが見えない。

 逆転できるかわからない

 どうすればいいかわからない。

 

「どうした? ターンエンドっていったぞ」

「え? あ、すんません」

 

 完全に集中力を欠いていた。

 相手のターン終了の宣言さえ聞き逃すなんてこんな情けないことは始めてだった。

 

「っ、オレの……ターン!」

 

 自分の手札と残りライフと相手のモンスターの総攻撃力を鑑みれば必然的にこのドローで何とかしなければ終わりだ。できなければ、また壁モンスターを駆逐されて直接攻撃を受けて終わりだ。

 おそるおそる確認したのは効果モンスターの橙色では無く赤い色の枠の罠カード。

 それを見た瞬間、わずかながら希望の光が差した気がした。

 

「あ……」

 

 だが、それは絶望に変わる。

 

 《光の召集》。

 墓地から光属性モンスターを回収する効果は晃がよく《武神器─ハバキリ》を手札に加えてからのコンバットトリックで使用したものであるが、今のこの場では回収するカード以前に墓地に1枚もカードが存在しないのだ。

 結果はただ一つ、絶望的な状況を覆すことはできなかった。

 

「くっ……モンスターをセット、カードを1枚伏せてターン終了」

「何か仕掛けてきたか? なら僕は今、引いた《サイクロン》を発動してその伏せカードを破壊する」

 

 《光の召集》が効果を発動することもできずに無残に破壊される。

 噂と違いまったくの無抵抗ぶりに口元に手を当てて宮嶋は考える素振りを見せるが、それは策があるわけでもないだけだ。

 

「ふむ……バトルフェイズに入る。《ライオウ》で攻撃」

 

 伏せていたのは《武神器─ムラクモ》。

 このカードも無残に蹴散らされて終わった。

 

「ゴーズを抱えている……って、様子も無いよな。このままワンフー、カイクウで攻撃するが何かあるか?」

 

 そもそも晃が得意とする奇策というのは策があってこそ成り立つものだ。

 今の彼には使うことができない武神器と《光の召集》しか引けていないために奇策なんてできるはずも無い。

 

 今の橘晃は『決闘場の詐欺師(トリックスター)』なんてほど遠い。

 ただの狩られる獲物でしかなかったのだ。

 

晃 LP2800→1100→0

 

(……情けない)

 

 この感覚は久しく感じられた。

 かつて勝利を勝ち得ることができなかった無力感。

 

 無慈悲なライフが減少する音が聞こえ敗北を告げるブザーが鳴り響く。

 今の晃は周りの声や音が耳に入らない。何も考えられずに呆然と立ち尽くすだけだった。

 

 唯一、わかるのは自分が敗北したこと。

 そして3位決定戦のこの勝負は自分の敗北で決着がついてしまったこと。

 

 遊凪高校団体戦の結果4位。

 全国大会まで後一歩及ばずで幕を閉じたのだった。

 

 

 


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