「すみません部長」
「いいや、ナイスファイトだったぜ。あんなに頑張ったんじゃねえかこれで文句を言う奴なんて遊凪高校にはいないぜ」
『続いて
続いての試合が間も無く行われる。
もう既に試合に挑む準備を済ませていた茜は立ち上がり決闘盤を抱えて前へと出る。
「大丈夫ですよ。私が勝ってきますから」
「ああ、任せたよ」
晃とすれ違うように茜は体育館中央へと移動する。
そこには待ち構えたように試合の準備が万端な第七決闘高校の選手である日向焔が待ち構えていた。握手をするような至近距離で二人は目で語るかのように視線を交わす。
「……姉さん」
「…………」
何かを思うかのように見つめる茜に対し焔は興味も何も無いと言いたげな表情で振り返る。例え姉妹であろうとも敵同士ならば必要なのは言葉などでは無く敵意だけ。どのような相手であろうとも情け容赦なく潰すのが日向焔という人物なのだ。
「私は姉さんには負けません。私の戦いをこの決闘で伝えます!」
「……そう」
ぴたり、と足を止める。
茜に対して振り返ることをせず背を向けたまま焔は語る。
「立ち迎えてことだけは敵として認めてあげる。ただし──容赦はしない」
冷たい一言だけを残して焔は決闘を行う位置にまで向かう。
勝負前の挨拶も素っ気なく終わった後はただカードを交えるのみ。互いに十メートルほどの距離を取って決闘盤を構えてしまえばやることは一つのみ。
『
試合が開始される。
先攻は焔からだ。
「…………」
3、4秒ほど手札をじっくりと見つめる。
彼女は今の手札から可能な限りの戦術を構築しやがて1枚のカードを伏せる。
「モンスターとカードを伏せターン終了」
まずは様子見なのだろう。
プレイは素っ気なくモンスターを1体伏せただけだ。
「かつてのインターミドル全国3位と言ったけど割と普通なプレイをするのね」
試合を観戦している涼香は率直な感想を漏らす。
2年ほど前の全国の中学生で3番目に強いプレイヤーとなれば初手から怖ろしい戦術を使うと誰もが思うだろうが蓋を開けてみれば呆気ないものだ。それなら
「まあ、最初はな……あいつの怖いところはそんなところじゃないんだ」
逆にいつもおちゃらけているような創は真剣に二人の勝負に見入っている。
一度、対戦経験があるからでこそ日向焔という彼女の強さを理解しているつもりだ。
「私のターンです!」
次いで茜のターン。
ドローフェイズで引いた6枚の手札は決戦に最良とも言えるほど良かった。
彼女も同じように数秒の思考を行う。
(ただモンスターを伏せただけ。それなら姉さんのモンスターは──)
姉妹で相手の情報を知っているからでこそ茜は焔が伏せたモンスターの予想がついた。
必ず合っているとは言い難いが、それでも直感に身を任して茜はプレイを開始する。
「手札から《炎王の孤島》を発動します。手札の《炎王神獣ガルドニクス》を破壊して《炎王獣バロン》を手札に加え《炎王の急襲》を発動します。デッキから2枚目の《炎王神獣ガルドニクス》を特殊召喚です!」
《炎王神獣ガルドニクス ☆8 ATK/2700》
炎柱が舞い上がり中から炎を纏った不死鳥にして炎王の切り札である《炎王神獣ガルドニクス》が勝負の開始早々に場に舞い降りる。最上級の攻撃力を誇るこのモンスターならば焔が伏せたモンスターも軽々と葬ることが茜は数秒の間を空けて次の一手へと進める。
「カードを1枚伏せエンドフェイズに入り《炎王の急襲》の効果でガルドニクスが破壊されターンを終了します」
バトルフェイズには入らず攻撃を行わない。
炎王の急襲》で特殊召喚したガルドニクスはそのデメリットにより業火とも呼べる炎が燃え盛りその中へと消えて逝った。攻撃を行わない選択を行った茜に対しても焔は表情一つ変えない。
「私のターン」
無機質に無造作にカードを引く。
「ではスタンバイフェイズに《炎王の孤島》で破壊されたガルドニクスの効果が発動します。墓地から特殊召喚してこのカード以外のモンスター。姉さんの伏せたモンスターが破壊されます!」
再び墓地から巨大な炎柱が出現し破壊されたガルドニクスが不死鳥の名のもとに蘇る。
さらに蘇ることでこのカード以外を破壊するという強力無比な効果さえも持つ。
(やはり、戦闘破壊をトリガーとするリクルーターでしたか)
すかさず茜は破壊した焔のモンスターを確認した。
墓地に送られていたのは茜が予想した通りのモンスターだった。
「さらに《炎王の急襲》で破壊されたガルドニクスも蘇生します。最初のガルドニクスが破壊されます」
さらにもう1体のガルドニクスが蘇る。
先に出したガルドニクスが破壊されてしまうが、これで彼女のコンボが完成した。
スタンバイフェイズごとにガルドニクスが蘇ることで場のガルドニクスが破壊されまた蘇る。両者のスタンバイフェイズごとに繰り返すことで常に場のモンスターがリセットされ続ける破壊と再生のガルドニクスループだ。
「メインフェイズに入る」
いきなりの序盤。
普通はお互い手の内の探り合いが行われるものだが姉妹ということもあり手の内なんて始めから知られている。駆け引きとかそんなもの関係なくいきなりのフルスロットルだ。
しかし焔は表情一つ変えはしない。冷静にそして冷淡にカードを使う。
「まずは《ギャラクシー・サイクロン》を発動。伏せカードを破壊する」
「っ、いきなりソレですか……」
最初に使われた1枚目で茜は苦い表情を浮かべた。
普通に発動すれば伏せた魔法か罠を破壊して、墓地送られれば次のターン以降から除外すれば表側の魔法か罠を破壊できるという1枚で2度オイシイカード。
しかし、ソレが意味するのは茜の【炎王】の起点となっている《炎王の孤島》を破壊できるという事だ。強力なサーチと相性の良い破壊効果を兼ね揃えているものの墓地や除外に行けば自分フィールドの場のモンスターが全滅する。
いくら破壊と相性が良いとは言っても墓地のカード1枚が《サンダー・ボルト》に早変わりしてしまうのだ。手始めに最初の効果で茜が伏せた《激流葬》が破壊されてしまう。
「《炎王の急襲》を発動」
相手の表情やら感情などお構いなしに続いてカードを使う。
茜が初手で使用したカードはなんとなく前の
しかし、そのカードで呼び出せるのは何も【炎王】モンスターだけでは無い。
「《猛炎星─テンレイ》を守備表示で特殊召喚」
《猛炎星─テンレイ ☆4 DEF/2000》
同じくして炎柱から出現したのは狼牙棒と呼ばれる武器を携えた筋肉質な男性。
薄い紫状のトナカイのような形をしたオーラを従えた水滸伝の登場人物の秦明だ。
「加えて《熱血獣士ウルフバーグ》を召喚。効果で墓地の《孤炎星─ロシシン》も蘇生」
《熱血獣士ウルフバーグ ☆4 ATK/1600》
《孤炎星─ロシシン ☆4 DEF/1400》
ゴーグルに黄色いアーマーを着けた二足歩行の狼が出現し墓地からガルドニクスの効果で破壊された《孤炎星─ロシシン》を引きずり出す。日向焔が従わせる【炎星】はたった1瞬でモンスター3体を揃えたのだ。
「場のロシシン、テンレイを素材に《罡炎星-リシュンキ》をシンクロ召喚。素材のテンレイ共にリシュンキの効果を発動させ《炎舞-天璣》《炎舞-天枢》を共にセット」
《罡炎星-リシュンキ ☆8 ATK/2000》
水滸伝の天罡星の生まれ変わり盧俊義を象ったモンスター。
シンクロ召喚に成功した時とシンクロ素材になり墓地へ送られた場合。二つの効果がチェーンを組み焔の場に2枚の伏せカードが敷かれた。
「先に《炎舞-天枢》を発動。効果により《微炎星-リュウシシン》を追加召喚。続けて《炎舞-天璣》を発動し2枚目のウルフバーグを手札に」
《微炎星-リュウシシン ☆4 ATK/1800→2000》
息継ぐ暇も無く素早い思考でタイミングを間違えることも無駄も無くカードを展開していく。
「炎舞が発動したためにリュウシシンの効果が発動されデッキより《炎舞-「天権」》を場へと伏せる。続けてリュウシシンの効果を使用。場の天枢、天璣をコストとし墓地より再びロシシンを蘇生」
「っ……また展開しますか」
通常召喚、シンクロ召喚を含めて場にモンスターを出したのは6回目。
墓地からの蘇生にデッキから炎舞を場に持ってくる効果が噛み合った結果だ。【炎星】は茜が使用する【炎王】と名前は似ていようとも破壊と再生を繰り返し場を制圧する大胆で大味なプレイングと違いモンスターと炎舞を噛み合わせて真価を発揮させる繊細かつ圧倒的だ。
「私の場には、レベル4のモンスターが3体揃った」
「3体……まさかっ!?」
途端、茜は悪寒を感じた。
先ほども同じくレベル4のモンスターが3体揃っていたがそのときはシンクロ召喚に使われたが、それはさらなる展開のためだ。だが今はおそらく違う。相手を制圧し圧倒するのが日向焔のもっとも得意な戦術なのだ。
今、この場で止めなければ大変なことになる。それを茜は瞬時に理解したが伏せていた《激流葬》は破壊され手札にも《エフェクト・ヴェーラー》や《幽鬼うさぎ》のようなカードが無いのが悔やまれた。
「リュウシシン、ウルフバーグ、ロシシンの3体で《星守の騎士プトレマイオス》へとエクシーズ召喚」
《星守の騎士プトレマイオス ★4 DEF/2600》
場に出されたのは【炎星】とはカテゴリも属性も種族も合わないはずのモンスターだ。
だがこのモンスターはどのようなデッキであろうともレベル4モンスターが複数展開できるようなデッキにとっては入るカードとなっている。
このカード単体では単に守備力の高い壁であり強力な効果を持つものの無茶なコストを要求するモンスターでしかない。だがこのモンスターの真価はこのカードよりランクが1つ高いモンスターと噛み合わせることにある。
「効果を発動。エクシーズ素材を3つ取り除くことでエクストラデッキの『No.』以外のランクが1つ高いエクシーズモンスターへ重ねてエクシーズ召喚させる。《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》へとエクシーズ召喚」
《サイバー・ドラゴン・ノヴァ ★5 ATK/2100》
光属性機械族の機械仕掛けの竜。
手札や場の《サイバー・ドラゴン》を除外し攻撃力を上げる効果に相手のカード効果によって破壊されたとき機械族融合モンスターを呼び出す効果は【サイバー・ドラゴン】のデッキには強力なものだが焔の【炎星】とはシナジーが薄い。
だが、それも次の1枚で全てが変わる。
「さらに《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》を媒介としてエクシーズ召喚。《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》」
《サイバー・ドラゴン・インフィニティ ★6 ATK/2100→2500》
禍々しくも格違いの存在感を放つそれは《サイバー・ドラゴン》のエクシーズにおける最終形態。種族も属性も噛み合わないのに扱う理由はただ単純にそれらを乗り越えてまで扱う価値があるほどに強いからだ。
「インフィニティ、やはりソレですか」
茜は思わず表情を引きつらせた。
遊戯王を齧った人間においては畏怖を抱く者も少なくないだろう。
観客席から観戦する鏡大輔は対戦相手である茜に憐れみの視線を送りながら呟いた。
「やっぱり容赦が無いなぁ。焔ちゃんは。妹ちゃんの方が可哀想に思えてくるで」
「ふーん、日向先輩の応援よりも対戦相手の心配なんだ」
それを尻目に隣で座るルミは鏡を一瞥する。
本来は味方である焔を応援するために集中すべきだろう。それを対戦相手に同情する行為に不満が生じていた。
「そういやルミちゃんは外部からの編入やったし焔ちゃんとの直接対決はなかったな。一度でも勝負してみればわかるで。あの娘の恐ろしさは」
「そんなに強いの?」
今も尚、1ターンでモンスターが残されない状態から始まりシンクロ召喚とエクシーズ召喚の連打で場を制圧する光景を見れば強いということだけは理解できる。それでもルミならば自身の主力である《崇光なる宣告者》で止める自信がある。
「強さとか、技術とかそういう問題やあらへん」
ルミが何を思っているのか、なんとなく理解した鏡は諭すように語る。
何度も対戦を経験したからでこそ彼女が普通とは異質なのだと理解できる。
「普通よりも並はずれた知能指数を持ち頭脳も引きの強さも並はずれている。それだけでも厄介なのに対戦相手を徹底的に調べ上げ相手が格下であろうとも一欠けらの容赦や油断、情けさえも与えない非情と異常なまでの勝利へと追及。それが日向焔や」