場に《武神─ヤマト》、墓地に《武神器─ハバキリ》に1枚の伏せカード。
これで考えるのは4通り。
1つ目は《剣現する武神》や《光の収集》で墓地のハバキリを回収。
2つ目は既に2枚目や《オネスト》を持っている。
3つ目はそれ以外の《武神器─イオツミ》や《エフェクト・ヴェーラー》等の所持。
4つ目はミラーフォースなどでのカウンター。
5つ目はただのブラフ。
一般的にはプレイミスとも近い行いであるが様々な選択肢を匂わせることで相手に迷いを与える。真っ向からではなく奇策という奇策を積み攻めこむことこそが橘晃のプレイスタイルだ。
「っ……」
頬から嫌な汗が伝う。
今までは対戦相手の戦術に対していなす様に奇策をぶつけることで勝利を収めてきた。
それが今回は自分自身と同じ戦術で向かってくる。まるで目の前にもう一人の自分が立っているような得体の知れない感覚が襲ってくる。
「オレのターン」
だが己の戦術は己が一番知っている。
手札に《オネスト》のような手札誘発のカードが無く伏せカードも意味が無い場合に《武神器─ハバキリ》を墓地へと送るのは得策では無い。よって5番目のブラフという線は薄い。
「まずは《ギャラクシー・サイクロン》を発動して伏せカードを破壊!」
「おおっと当たりや。わいの《聖なるバリア─ミラーフォース─》は破壊されるで」
破壊されたのは攻撃に対して発動する罠カード。
これで1番と4番の線も消えたが、まだ彼には手札がありミラーフォースが破壊されたというのに余裕にも近い表情が見える。2番、3番の線が残っている可能性は十分に窺える。
(だったら……戦闘を行わずに除去すればいい)
手札には対戦相手の鏡大輔が初っ端に使用したのと同じ《炎舞-天璣》がある。
ここから最善の一手を思考し描く。晃のデッキは何も武神だけでは無い。それにシナジーの合うカードもデッキに入っているために今回はその選択肢で行く。
「《炎舞-天璣》を発動。デッキから《暗炎星-ユウシ》を手札に加えて通常召喚。効果で自分の炎舞をコストにヤマトを破壊。そのままバトルフェイズに移行して直接攻撃!」
《暗炎星-ユウシ ☆4 ATK/1600》
鏡 LP8000→6400
「おおっ! やるやないか」
軽々と《武神─ヤマト》を突破したことに敵でありながら天晴れと歓喜の声が浮かぶ。
しかし晃はほんの少し胸が痛むような感覚を感じた。
「戦闘ダメージを与えたことで2枚目の《炎舞-天璣》をセット。2枚のカードを伏せてターン終了」
「わいのターンや! 墓地のハバキリを除外し手札の《武神─ヒルメ》《武神器─ムラクモ》を場に出し2体で君のエースたる《武神帝─スサノヲ》をエクシーズ──」
「却下だ! 《神の警告》を発動し召喚を無効にする!」
「おおうっ!?」
晃 LP8000→6000
鏡が呼び出そうとした《武神帝─スサノヲ》は一瞬だけ姿を見せたものの色を無くしガラスが砕けたかのように音を立てて砕け散った。さすがにエースモンスターを始末されては第七決闘高校の主将とて表情を変える。
「思った以上にやるやないか。しかし、よくも自分のモンスターたちをここまで倒すことができるなぁ」
「…………」
勝負の流れは誰が見ても晃に分がある。
それ以上に晃はいい気分では無かった。
《武神─ヤマト》に《武神帝─スサノヲ》。
どれも今まで晃を支えてきてくれたモンスターたちだ。例えそれが敵となって対峙したとしても自身の手で倒すとなるといい気分にはなれない。
「なら《武神結集》を発動して墓地のハバキリ、ヒルメを蘇生しよか。《武神帝─ツクヨミ》を守備表示でエクシーズ召喚して効果を発動。手札を捨て2枚ドローや」
《武神帝─ツクヨミ ★4 DEF/2300》
2枚目の武神帝が晃へと壁のように立ちはだかる。
「さあ、ターン終了。君のターンや」
「ならオレはセットされた《炎舞-天璣》を発動し《武神─ミカヅチ》を手札に加えてそのまま召喚。場の獣戦士族ユウシと共に《武神帝─カグツチ》へとエクシーズ召喚!」
《武神帝─カグツチ ★4 ATK/2500》
今度は晃が武神帝を場に出す。
スサノヲにツクヨミ、そしてカグツチとこれで武神帝が全種使われたことになる。
こんな試合は滅多に見られないだろう。
「カグツチの効果でデッキトップ5枚を墓地へと送る。落ちた《武神─ヤマト》と《武神器─イオツミ》そして天璣の効果も含め攻撃力が300上がる。バトルフェイズに入りカグツチでツクヨミへと攻撃」
《武神帝─カグツチ ATK/2500→2800》
「っ!?」
カグツチの持つ剣がツヨクミを穿ち葬る。
この時、晃はかつて烏丸亮二との決戦にてツクヨミをしていた記憶がフラッシャバックのように掠れた映像として見えた。
「さらに墓地の《リビングデッドの呼び声》を発動し墓地の《武神─ヤマト》を蘇生。追加で直接攻撃!」
鏡 LP6400→4500
一発の拳の追撃が鏡へと放たれる。
立体映像といえどクリーンヒットしわずかによろける。
「エンドフェイズにデッキから《武神器─サグサ》を手札に加えて落としターン終了」
「ほう、追撃してさらに守りまでを固めるとは本当の持ち主は違うなぁ。でもどないしたん? 顔が怖いで」
ふと、彼の指摘に自分自身の顔を確かめるように手を当てる。
自分でもわからないぐらいに顔が引きつっているのだ。
「そうッスね。正直、自分が使っていたデッキ。自分が使っていたモンスターと戦うとなるとどうにもいい気分になれないからじゃないですか」
「よう言われるわ。けれど、君が相手の意表を突く戦術が主みたいにわいは相手のプレイスタイルを模倣するのが主なんでな。そればっかりはどうしようもないちゅー話。そればっかりは譲れんわ」
「別にプレイスタイル自体は否定しないッスよ。ただ、それでもアンタの決闘は──」
と、途中で言っていいのかと少し口を噤む。
かすかに迷いの表情を見せては視線を泳がせるがそれでも目の前の敵である鏡大輔に対してしっかりと視線を向けてハッキリと告げた。
「──嫌いだ」
晃の告げた言葉は考えよりも先に本能で語っていた。
対戦相手と同じデッキを使うのだってきっと立派な戦術だ。
それでもかつて自分が使用していたカード。
仲間と傷つけあうことになるのは心が痛む。
だからでこそ橘晃は一人の人間として鏡大輔の戦術を嫌悪した。
「はっきりと言ってくれるやないかい。別に好いてもらおうとも思わんし構わんけどな。わいのターンに入るがカードを2枚伏せて終了や」
はっきりと嫌いだと言われても尚、鏡は表情を変えない。
戦況は圧倒的な不利なはずなのに派手なアクションを起こすことも無く伏せカードを場に出すだけ。巻き返す手段が無いのだろうか、それとも──。
(いや、大丈夫だ)
己の戦略を知り尽くした晃は確信を持つ。
今まで己が相手を翻弄するように行ってきた戦術は主に戦闘時にステータスを変動させるコンバットトリックが主。そこにミラーフォースのようなカードを使ったり《剣現する武神》や《光の召集》などを絡めて行う。
場にモンスターがいない今の段階では十分に戦術を発揮することもできずに《リビングデッドの呼び声》等で蘇生するのなら墓地の《ギャラクシー・サイクロン》で対処が可能。さらに破壊耐性を持つ《武神帝─カグツチ》に墓地には《武神器─サグサ》。
完璧と言えるほどに今の晃は自身の戦術に対する対処をしているのだ。
「オレのターン。本家を見せてやるッスよ。《武神器─ヤタ》を通常召喚し場の武神モンスターのヤマトと共に《武神帝─スサノヲ》へとエクシーズ召喚!」
「おおっ、今度は君の番。ちゅー話か」
今度は晃の場に《武神帝─スサノヲ》が場へと出される。
鏡が出そうとした時には《神の警告》で召喚が無効にされたが、彼はスサノヲの召喚に対してカードを発動する気配を見せることも無く素直に召喚を許した。
「さらにスサノヲの効果を発動。エクシーズ素材を一つ取り除きデッキから《武神─ヒルメ》を手札に加え墓地の《武神器─ヤタ》を除外し特殊召喚」
「ヒルメ? さらに展開するんか?」
「言ったでしょう本家を見せてやるって! さらに《D・D・R》を発動し除外されている《武神器─ヤタ》を帰還。光属性のヤタとヒルメの2体で《武神帝─ツクヨミ》をエクシーズ召喚!」
たった1ターンで鏡が使用した残りの武神帝が晃の場に降臨する。
今の晃の場には【武神】の切り札たる武神帝が全種出されたのだ。
「凄い。あいつってあんなに出来たっけ?」
遠くから観戦していた涼香が小さく声を漏らす。
実力、経験、経歴全てが格上のはずの第七決闘高校の主将を圧倒して尚、エースたる武神帝モンスターの大量展開。今の彼は彼女が知っている橘晃とは違うようにも思えた。
その隣。茜は真剣な面目で語る。
「確かに凄いです。でも、あの人があそこまで黙ってやられるなんて何か変です。少し嫌な予感がします」
「そうだな。それに橘だって必要以上に展開をし過ぎなんじゃねーか」
「……そういえばそうね」
相手の残りライフを削るのに場のカグツチとスサノヲだけでも事足りる。
だというのにさらにツクヨミまで出すとなると必要以上にモンスターを出しているという解釈として見ることもできた。
「ツクヨミの効果により手札を捨て2枚ドロー! そのままバトルフェイズに入る。まずは《武神帝─スサノヲ》で直接攻撃」
相手には2枚の伏せカード。
だがこの場の状況で破壊耐性を持ったモンスターたちをまとめて除去する術など無いだろう。心当たりがあるといえば今まで発動する機会の無い《武神隠》ぐらいだが今の鏡の場には発動条件となる武神のエクシーズモンスターはいない。
「ふっ、何も発動せえへんよ」
剣を持って切りかかるスサノヲの攻撃にだって鏡は何一つ動こうとしない。
ただ黙って目の前の攻撃してくるモンスターを見つめているだけだ。
「痛っ……」
鏡 LP4500→2000
実際に痛みは感じないがダメージを受けたことで表情を歪める。
さらなるダメージを負うことで晃の場に攻撃を控えている《武神帝─カグツチ》の射程圏内となった。このまま攻撃さえ決まれば苦労も何も無く晃の快勝となるだろう。
「これでとどめだ。《武神帝─カグツチ》で直接──」
「待った」
一瞬、時が止まったと錯覚するように鏡大輔の声が響いた。
彼は何か指摘するように告げるのだ。
「さすがにこのまま。はい、そうですかと攻撃を受けることは主将として何より第七決闘高校の一員としてあってはならへん」
元より彼は勝利を何よりも是とする第七決闘高校の一員なのだ。
それも3年という最上級生にして主将すら任せられた男が無名校のルーキ相手に圧倒されて終わりなどあってはならない。
鏡は1枚の伏せカード。赤い枠の罠カードを開帳させた。
「だから、わいはここで《痛恨の訴え》を発動させてもうらわ」
「《痛恨の訴え》……だって!?」
このとき晃は目を見開いて驚愕した。
そんなカードを一度も使用したことなんて無くデッキにすら入れた記憶が無いのだ。
「確かにわいは相手のデッキを
確かに自身の戦術だけを頼りに対策を練ったために意表を突かれた。
「《痛恨の訴え》は相手から直接攻撃を受けた際に発動するカードや。これで君の場に存在する一番守備力の高い《武神帝─ツクヨミ》のコントロールを次のわいのエンドフェイズまで得ることができる」
「っ……」
デッキとしてでは無く今度は自身が召喚したツクヨミまでもが相手の手の内に入ってしまう。それでも表示形式は攻撃表示のままであり攻撃力も武神帝の中では最も弱い。
「だけど、攻撃力ならカグツチの方が上だ。カグツチで《武神帝─ツクヨミ》へと攻──」
「おっと! ならわいはさらにもう1枚の伏せカードを発動しようやないか」
「っ!?」
刹那、悪寒が体中を走った。
フィールドを制圧するように武神帝モンスターを展開しあらゆる面のアドバンテージを優位に持ってきたというのにまるで状況を滅茶苦茶にされてしまうような悪寒だ。ゆっくりと鏡が前のターンで伏せた2枚目の伏せカードが表となる。
「一度、リセットするで。《武神隠》を発動や」
晃が予想した最悪の一手が放たれた。