茜が決意を固めた数日後。
団体戦の二日目、準々決勝以降の日が訪れた。
その間に、オーダーも決め創を含め日向茜が
今は、試合が開始される数分前。
遊凪高校と日本第七決闘高校との試合はこれから行われる2つの準々決勝の中でこちらの方が注目されているためか総合体育館を使用して勝負を行うことになった。もっとも注目されているのは日本第七決闘高校の選手の方であるが。
試合が始まる前まで体育館内で各校に用意された控室に各々が控えていた。
その第七決闘高校は正レギュラーの4人が控えていたが、緊張しているというわけでもないのに口数が少ない。主将である鏡大輔はデッキの最終調整を行っており、剣崎勝と日向焔は対戦校のデータが記されたノートを見直し、星宮ルミは暇つぶしにと持ってきた漫画雑誌を読んでいた。
まるで連帯感を感じ無い空気ではあるが、デッキの調整を終えた鏡はカードを整えながら全員に語りかけるよう大きな声で語りかけた。
「そういえば試合前に一つ、聞きたいことがあったんやけど」
一声で視線が彼へと集まる。
「皆、好きな動物って何や?」
「いきなり何の話だ。馬鹿馬鹿しい」
いったい試合の前に何の話をしているのだろうか。
突拍子も無い質問を前に、まずは剣崎が呆れた声を上げる。
「私は……動物なら全般的に好きですが」
続いては焔だ。
彼女の答えに鏡は、かつて彼女がチワワをなでようとして手を噛まれたことを思い出す。
きっと彼女は動物が好きであろうとも動物が懐かない人種なのだろう。
そして、最後のルミは一番ノリが良く子供っぽく答えた。
「ルミは犬が大好きだよっ!」
「へぇ、ルミちゃんは犬が好きなんか」
「うん! だってルミに忠実なんだもん。喉が渇いたり、お腹が空いたらすぐに買ってきてくれるし、最近だと退屈しているときに一発芸とかしてくれるから」
「待ちや! もしかして動物の犬じゃなくて、下僕と書いて読む
驚きのあまりツッコミを入れるように声を荒げてしまう。
等の本人は『そうだよー』と肯定。末恐ろしい後輩だ。
「つまりは何が聞きたいんだ?」
このままでは埒が明かない。
そう思った同年代の剣崎は話を進めさせる。
「まあ正直な話、質問の意味は無かったんやけどな。ワイが好きな動物はライオン。つまりは獅子ってわけや」
コホンと一つ咳払い。
その獅子が言いたいことがあるのか、ほんのわずかに声色が変わる。
「獅子はな、例え相手が兎のような弱者であろうとも全力で狩る言うやろ?」
「成程、そういうことか」
「え? どういうことなの?」
声を出して理解する剣崎に、焔もまた軽く頷く。
一方のルミは何が言いたいのかイマイチ理解していない。
それを鏡は子供に諭すように優しく説明した。
「つまりはなルミちゃん。相手である遊凪高校は自分らよりも格下や。けど、だからと言って手を抜かずに全力で行け言う意味やで」
「そっかー、つまりはいつも通りにぶっ潰せばいいってことだね!」
「そういうことや。で、剣崎はルミちゃんのサポートを頼むで」
「何故、俺がこいつのサポートをする必要がある?」
不服だったのか剣崎はジトリと一瞥する。
「タッグのパートナーやろが。 まあ、お互い仲良くしろって無理には言わなんけどな少しは協調性を見せてくれや」
「無理な話だ」
「即答かいっ!」
ここまで協調性の無いタッグチームはいるのだろうか。
「結局のところ、結果を出せばいいのだろう。勝ちさえすれば全て許されるだけだ」
「いや、確かに勝てばいいんやけどな……なんちゅーか今回のタッグだけは、不安やからな」
頼むような説得に、もう一度剣崎は黙って鏡へと視線を向ける。
第七決闘高校は何よりも勝利を尊重している。
その主将である鏡が心配するのだから何かしらあるのだろうと剣崎は考える。
「わかった。注意だけはしておく」
「そうか。感謝するで」
ひとまずは剣崎が折れる形で収まる。
そのやり取りの中、試合開始の時間まで時は進んでいた。
+ + + + + +
一方の遊凪高校も控室で待機をしていた。
第七決闘高校とは対照的に話合い特に茜が対戦相手の情報を語っていく。
「──と言うのが、主将の鏡大輔さんのプレイスタイルです」
「そう対戦した経験があるってのは大きいわね」
かつて彼女は中等部とはいえ第七決闘高校にいたのだから多少なりとも情報を持っている。特に偵察などしていない遊凪高校からすれば茜の情報は貴重だった。
「けど、すみません。タッグの剣崎勝さんの情報だけはまったく無いんです」
「いや、もう片方の相手のデッキだけわかるだけ十分だぜ!」
姉の焔や対戦経験のある鏡と違い、剣崎だけは茜は面識が無い。
しかも、この団体戦の情報を集めたのだが、第七決闘高校の
「後の……姉さん、日向焔は私がなんとか押さえてみせます」
「頑張って、茜ちゃん」
「はい! 頑張りますよっ!」
もし一勝一敗となった場合、最後の勝敗を決める
「というか部長……その目のクマは?」
「ああ、緊張して昨夜は眠れなかったんだ!」
「子供ッスか!?」
グッとサムズアップして答えていたが誇らしげに語ることでは無い。
まるで遠足の前日にはしゃいで眠れない子供を連想させられた。
「眠れないのはわかったけど、こんな重要な日に……それでちゃんと戦えるの?」
「大丈夫だ。問題ない」
と、大丈夫だと答えるが、この返答だと死亡フラグになりかねないことに皆が心配するが創ならデュエルにおいては超人なのだからおそらくは大丈夫なのだろう。
彼は一つ、咳払いをして部長としてか語りかける。
「さて、みんな聞いてくれ!」
彼の声で全員が創へと視線を向ける。
「この地区予選から全国大会に行けるのは上位3校まで、つまりはこの試合で勝てば出場できるわけだが、これから挑む相手は間違いなく強敵だ」
全員が認知しているはずだが、再確認するように語る。
「けど、そんなことは気にするな!」
「え……?」
創の宣言に皆がポカンと口を開けて驚く。
不思議に思った茜は問いかける。
「なんで、ですか?」
「簡単なことだ。例え相手がなんであれ俺たちは常にベストを尽くすだけだろ? なら別に相手が強いからって気張ったて意味が無いだろ?」
「そうね。一理あるわ」
珍しく涼香が創の言葉に同意する。
「って、わけだ。準決勝も楽しんで行こうぜ!」
つまりは『いつも通りで』という事。
例え相手が強大だとしても楽しもうとするのは彼らしい言葉だ。
「よし! 行くぞっ!」
そして時間は既に試合寸前。
遊凪高校は準備も覚悟も万全だ。
舞台である体育館内は今までの団体戦とは一味も二味も違っていた。
もっとも違うのは大勢の観客が見ているということだ。前回は一回戦負けで無名に近い遊凪高校は試合中にはほんの数人、偵察と思えるような人物ぐらいしか見てはいなかったが今回に限り体育館の客席は十分すぎるほど賑わっていた。
人、人、人……。
「うっ……」
普通にこの試合を見に来た人や、大学やプロのスカウトマンなど。
特に観客の中という重圧など始めてだろう晃や茜、有栖は委縮し硬直してしまう。
それを創は軽く晃の肩を叩いて告げた。
「大丈夫だぜ! まずは俺たちが行ってくるからさ」
「そうね。ひとまず一勝してくるわ」
と、最初の試合に出るように
創と涼香、共に大会の出場経験があり実績を残した実力派二人が前へと出る。
特に新堂創は有名だったのか彼がタッグで出場するということに観客からは驚きや戸惑いを感じさせる声が聞こえた。
「まさか、あの新堂創が出て来るとはな。日向と当たると思いきや大輔の予想は外れたものだ。相手は強敵だ。いつも以上に注意しろよ星宮!」
「ふふん、誰が相手でも関係ないよ。何せ最強無敵はこのルミちゃんだもん!」
対する第七決闘高校のタッグチーム星宮ルミ・剣崎勝のペアも前へと出る。
「…………ッ」
観客が見守る中、4人が対峙する。
その中で涼香は思わず息を飲んだ。
大勢の観客の重圧など苦にならないはずだった。
だが、目の前の二人。星宮ルミと剣崎勝と対峙しただけでソレとは比べほどにならない重圧を感じるのだ。今までの対戦相手が思わずちっぽけに思ってしまうほどに違う。もっとも、それを悟られぬようする。
「この前はどうも」
「あー、この前の……別にルミが楽しみたかっただけだからお礼なんていいよ」
涼香はこの二人とは面識があった。
黒栄高校の策略に陥ってしまった時に偶然、助けてくれていたからだ。その際に二人は黒栄高校の生徒と1対3の勝負をしたことまでは覚えているが、その結果までは知りえない。のだが、この二人を前にすれば結果など聞かずとも見えてしまう。
「知り合いなのか?」
「ええ、ちょっとね……」
このうち唯一、面識が無かった創はちょっぴり不思議そうに尋ねる。
剣崎はもうすでに準備を整え試合を始めるように促した。
「余計な挨拶などいい。俺たちが語るのはカードだけで十分だろう」
「ええ、そうね。借りがあるとはいえ全力で行かしてもらうわ」
「当然だ」
4人がデュエルを行える距離を保つように移動する。
そのわずかな間の間……。
バキリッ、と音を立てて日向焔が片手でシャープペンシルを折ったのだ。
いつも通りの表情を装っているが、あまりに不服だと伝わってくる。
「あ、あのな焔ちゃん。あの新堂言う男と対戦したかったのはわかるけど物は大事にな」
「別に不満はありません」
「いや、そういう話で無くて──」
「不満はありません」
「あ、はい。ようわかりました」
顔には一杯に不満なのだと書いてあった。
だが、それにツッコミを入れることなど主将といえど鏡は出来なかった。
星宮ルミはアイドルだ。
元々は芸能界で歌手だったが、デュエルも行えるということで歌って決闘もできるアイドルとして有名だった。しかも普段は天使のように可愛いのに鬼のように強いというギャップからファンから根強い人気がある。
そのために彼女はアイドルデュエリストまたは『歌姫』などという異名を持つ。
ちなみにだが、容姿は確かに天使のように可愛いが性格は一言で言えば傲慢。決して良いとは言い難いものの、それがいいとファンの中でも一部の性癖を持つ者は語る。
「先攻はルミからだね。イッツ、ショータイムッ!」
開始と同時にくるりと一回転。
可愛らしい仕草を取るのはあざといのか、無意識なのか。
だがその間に涼香は一つ、ルミの決闘盤を見て息を飲んだ。
(デッキの数が多い? 50……いや、多分60?)
基本的にデッキを構築するのにキーカードを引き込むためにデッキ枚数は最低限の40枚になるようにするものだ。だが彼女はその1.5倍近くもあるために遠目から見ても多いというのは明らかだった。
ミーティングで星宮ルミの使用デッキは知らされていたが、それでもデッキ枚数が多いというのは異常だ。
「じゃあ、行っくよー! 1枚目は、じゃん! 《魔の試着室》!」
軽く跳んで1枚の魔法カードを使用する。
発動したのは800のライフをコストにデッキトップ4枚をめくりその中のレベル3以下の通常モンスターを特殊召喚できるというカードだ。運の要素が強くしかもデッキ枚数が多いとなればどうなるかはわからない。
だというのに、ルミはさも当たり前のように宣言した。
「さあルミの
《ギャラクシー・サーペント ☆2 ATK/1000》
《もけもけ ☆1 ATK/300》
《雲魔物─スモークボール ☆1 ATK/200》
どこから現れたカーテンが開き3体のモンスターがひょこりと姿を見せる。
そもそも弱小ステータスのモンスターを呼ぶ際には基本的には守備表示がセオリーながら彼女は攻撃表示で出した。何となく晃のプレイに似かよっている風に感じるのだが、彼女の場合に意味など無い。
「さあて、お次はこの子! 3体でシンクロ召喚をして《虹光の宣告者》を呼ぶよー!」
《虹光の宣告者 ☆4 ATK/600》
出された通常モンスターはシンクロ素材となり機械染みた小型の天使へと姿を変える。
魔法、罠、モンスター効果、あらゆる発動を自身をリリースすることで無効にできるモンスターを呼び涼香は僅かに顔をしかめる。
「っ、さっそく厄介なのを呼んでくれたじゃない」
「ちっ、ちっ、ちっ、こんなのはまだ前座だよ。
《マンジュ・ゴッド ☆4 ATK/1800》
ルミのプレイはこの程度では止まらない。
「続いて今呼んだ、マンジュと虹光をオーバーレイ! 《ラヴァルバル・チェイン》を召喚~!」
《ラヴァルバル・チェイン ★4 ATK/1800》
「っ……」
「こいつは、やっぱ一筋縄でいかないな」
瞬間、涼香と創は悟った。
星宮ルミは開始早々にエースモンスターを呼ぶ準備が整ったのだ。
「けど、その前に墓地のモンスター全部をデッキに戻してルミの
《究極封印神エクゾディオス ☆10 ATK/0》
魔法陣が描かれ出現するのはエクゾディアに似た風貌の巨人だ。
高い天井の体育館内のためか現れたエクゾディオスの体躯は天井一杯まである。
攻撃力は0であるが墓地の通常モンスターの枚数により攻撃力が変動するこのカードは使い方しだいで攻撃力のインフレを起こす。
「続いて続いて! チェインの効果を発動っ! 虹光を落してデッキから、んーと《北風と太陽》を墓地へ送るよ!」
《究極封印神エクゾディオス ATK/0→1000》
墓地に通常モンスターが送られたためにエクゾディオスがパワーアップする。
さらに墓地へ送られた《虹光の宣告者》も次なる効果を発動する。
「墓地へ行った虹光の効果で儀式モンスターにしてルミの
じゃじゃーんと元気一杯に儀式魔法を発動する。
儀式に使うコストをデッキの通常モンスターで代用できるこのカードでルミはデッキからモンスターを出し惜しみなく墓地へと送る。
《もけもけ》3枚、《キーメイス》3枚、《ダンシング・エルフ》3枚、《雲魔物─スモークボール》3枚のそれぞれレベル1モンスター12枚。
《
それは《神光の宣告者》《虹光の宣告者》《聖光の宣告者》の3体が合体した様な姿の神々しいモンスターだ。宣告者と呼べるモンスターの頂点に立つこのモンスターは全ての効果の発動と相手の特殊召喚にカウンターを行える。
余談であるが星宮ルミがアイドルしてのシングルアルバムに『ある日、宣告者に出会った』という歌がある。森のくまさんという童謡のような可愛らしいリズムと声で歌っているのにも関わらず内容は、一人の決闘者がデュエル中に《崇光なる宣告者》に出くわしては突破するためにあの手、この手を尽くすものの悉く潰されては自滅に追い込まれるという残虐的な物だ。
まるで星宮ルミと対戦する相手の結果を示すようなこの曲は、ドM系決闘者からは信仰にも近い人気を誇る。
「あ、ついでにエクゾも攻撃力が上がるよ~」
《究極封印神エクゾディオス ATK/1000→13000》
攻撃力12000の上昇。これをついでと呼べるのだろうか。
《オベリスクの巨神兵》とまともに殴り合ってもおつりとして相手のライフを一瞬で削りきれるほどだ。
星宮ルミの戦術は宣告者で相手の動きを封じて高攻撃力のエクゾディオスが蹂躙するという至極単純なものだ。だが、この火力は圧倒的でパートナーである剣崎が自身のカードをほとんど使わないで勝ててしまうほどなのだ。
「さあて、ルミの
可愛らしく星宮ルミは満面の笑みでそう語った。