遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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045.楽しめて勝つそんな戦いをします!

 

 

「悪いわね。夕飯をご馳走させてもらったばかりかお風呂まで」

「いえ、それよりもお見苦しいところをお見せしました」

 

 日向家の前まで来ていた涼香と有栖は泣きじゃくる茜を宥めたのちに彼女の家へとあがっていた。迎え入れてくれたのは茜に似た感じのおだやかそうな両親。茜の友人ということで夕飯を共にし今は、彼女の家で数人がまとめて入れる広さの風呂に入っていた。

 

「大丈夫、茜ちゃん?」

「はい。もう大丈夫ですよ」

 

 心配そうに茜の顔を除く有栖に、茜は心配ないと微笑んだ。

 

「それにしても部長(あの馬鹿)。珍しくキツイ言い方だったわね。何だったらシメとくわよ?」

「い、いえ、私が悪いんです。私が弱いから」

「茜ちゃんは弱くないよ。みんな頑張ってるの知ってるから」

「……そうじゃないんです」

 

 茜の否定の言葉に静寂が訪れる。

 お湯が弾んだ音がやけに大きく聞こえる中、彼女は何かを思い詰めるように天井を見上げた。

 

「少しお話させてもらっていいですか? 私のちょっとした昔話です」

 

 二人は黙って了承の意を取るように頷いた。

 茜は小さく口を開いて小さいながらもはっきりと話し始める。

 

「私は姉さんに憧れていました。小学生のときから一緒に遊戯王を始めたのですが、姉さんはそのときから誰よりも強くて数々の大会にも優勝してきました」

「凄いお姉さんだったんだね」

「はい。だから私も強くなりたいと思ったんです。姉さんと同じ景色を見たい、そう願っていました」

 

 昔を懐かしむように茜は語る。

 

「私が中学2年、姉さんが3年生のときです。姉さんが第七決闘高校のスカウトをされました。姉さんは迷うことなく進学先をそこへ決め、妹である私も同じようにスカウトが来たので中等部へと転入することになったんです」

「えっ、ということは日向さんは一時期、決闘高校の生徒だったの?」

「はい。決闘を専門する学校でなら強くなれる。姉さんに少しでも近付けると思ってソコで努力したんです。え、っと嘘では無いんですけど、当時の私は中等部で1番強かったんですよ?」

 

 はにかむように悪戯っぽく笑う。

 今の彼女は自身をお荷物などと言っていたためか、ちょっぴりとだけ言いづらそうだった。

 

「努力して強くなって校内ランキングでも1位という結果を残して姉さんと同じ場所に立てると思った頃でした。黒栄高校の霧崎さん……覚えていますか?」

「ああ、あの下種野郎ね。覚えてるわ。悪い意味でだけれど」

 

 途端、話が変わるようにまったく関わりがなかった人の名前が出た。

 その人物が団体戦で行った策略。それをはっきりと覚えている氷湊は顔をしかめた。

 

「あの人もその頃は決闘高校にいたのですが、連敗を繰り返したせいで決闘盤の違法改造を行ったんです。ですが、それがバレてペナルティを受けるようになりました。制裁決闘ということで中等部でトップだった私と勝負をして負けたら退学ということです」

「え……ちょっと待って。何それ?」

 

 一瞬、彼女の言っていたことの理解が及ばなかった。

 退学を決闘で決めるなんて普通じゃありえない。

 

「勝者を何より尊重する決闘高校なら普通のことなんです。ですが、私は……」

「わざと負けた、ってことね」

「え、なんでわかるんですか」

「わかるよ。だって茜ちゃんは優しいから」

 

 言わずも理解され驚きを見せる茜に対し二人は当然だと語る。

 しかし、茜はすぐに表情に影を作って話を続けた。

 

「ですが、それがいけなかったんです。私がわざと負けたことがバレてしまいすぐにやり直しが行われました。私の代わりに姉さんが霧崎さんの相手をして……完封して見せたのです」

「…………」

「疑問に思いました。何で姉さんは、容赦無く他人を蹴落とすことができるのか。姉さんが求めている強さとは一体、何なのか。私が辿りつきたい場所は何だったのかを」

 

 それはまるで信じていたものに裏切られたかのように。

 何も信じられなくなったかのように語っていた。

 

「だから、わからなくなったんです。私が求めていたものは何だったのか。何をしたかったのか……ですが、その答えを教えてくれたのは部長なんです」

「部長って……あの馬鹿?」

「これで肯定してしまうのはあれですが、涼香ちゃんの思っている通りです。姉さんたちの団体戦を見に行ったときの初戦の相手として参加していたのを始めてみました。元々、姉さんを倒した選手だとわかっていましたがそこで気になったんです。私が知っている限り、唯一姉さんを倒した選手。その人の強さを」

 

 それが何かの始まりなのか。

 落ち込んでいた茜の声が少しやわらかくなった。

 

「それで昔のインターミドル全国準決勝。姉さんと部長の試合の記録映像があったので見ました。そのとき最初は姉さんが優勢で圧倒的な差を見せたのですが──どんな絶望的な状況でも部長は笑っていたんです。まるで絶体絶命の状況でも楽しんでいるかのように」

「まあ、あいつなら笑ってそうね」

「ビデオを見ていた私は、気付けば泣いていました。私が求めていたものはあの人に近い物があるかもしれない。私もあの人のように笑いたい、と」

「……茜ちゃん」

「だから、進学先は高等部では無くあの人のいる遊凪高校に決めました。勝ち負けなんかでは無い。笑っていられる決闘をやりたいと思い遊戯王部に入ったんです」

 

 晃は半ば流れで、涼香は勢いで勝負をして、有栖は勧誘を受け。

 唯一、遊戯王部に入った理由が不明だった茜の入部理由。

 

「でも、姉さんから見れば私は勝ち負けの勝負の世界から逃げたのと同じです。私の言葉に耳を傾けてくれることもありません」

 

 姉との決裂。

 深い溝があるかのように彼女は語る。

 

「わかって欲しかったんです。私の求める強さは姉さんの求める強さとは違うって……姉さんにわかってもらうにはもう戦って勝つことでしか聞いてもらえない。しかし、私の実力では姉さんには到底、及びません」

「そう、だったんだ」

 

『なんつーか、勘なんだがな。お前の姉とは自分で決着をつけたい……そういう風に見えたからさ』

 

 部室で決闘高校との対策の間、創が言っていた言葉が過った。

 理解してもらいたい。勝負をしたい。でも、敵うはずが無い。

 その葛藤が彼女を苦しめている。

 

「結局、私は何も成し遂げることはできませんでした。だから──」

 

 俯きながらも力が籠った声。

 迷うように言い淀むものの、しっかりとした声で彼女は告げた。

 

 

 

「大会が終わったら私は退部します」

 

 

 

「え!? 本当なの茜ちゃん!?」

「…………」

 

 茜の宣言に有栖は戸惑いを隠せずにいた。

 一方の涼香は、表情をほんの少し変えてみせたが黙っているだけだ。

 しかし、次の瞬間──

 

「ていっ!」

「ひゃ、ひゃぁっ!?」

 

 ふにっ。

 湯船の中、涼香は突然茜の胸へと手を伸ばしたのだ。

 まるで合宿の再来の如く両手で力強く鷲掴みにされている。

 

「えっ、えっ!? す、涼香ちゃん!?」

 

 今度は別の意味で有栖が戸惑う。

 

「す、涼香ちゃん!? や、やめてくださいっ!」

「グダグダ言うなっ!」

「ええっ!?」

 

 突然のセクハラ行為に加え拒否すらも許されない。

 あまりの理不尽さに茜は驚きと戸惑いで一杯だ。

 だが、次には彼女も手を止めた。

 

「ねえ日向さん。逃げてばかりじゃどうにもならないわよ」

「で、でも姉さんは強くて……それに大会で最後の勝敗を決める大一番で、ですよ。私が皆さんに迷惑をかけてしまっては──」

「いいじゃない迷惑をかけて」

「……えっ!?」

 

 予想外の言葉。

 茜はまるで時間が止まったかのように表情が固まる。

 

「誰だって勝つこともあれば負けることだってある。そんな当たり前のこと迷惑だとかイチイチ気にし過ぎよ。それよりも1%でも勝てる可能性があるのなら挑みなさい! 私だって部長(あの馬鹿)やアンタの姉さん相手でも勝つつもりで挑むわ」

「す、涼香ちゃん……」

「別に日向さんが本当に部活を辞めたいと言うなら止めはしないわ。でも、ここでうだうだと悩むのなら……また揉むわよ」

「そ、それだけは勘弁してくださいっ!」

 

 反射的に涼香から胸を庇うように距離を取った。

 

「涼香ちゃん」

「ん、何かしら?」

「ありがとうございます。お風呂の後も少しだけ付き合ってもらっていいですか?」

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 もうすでに日は沈んでしまい涼香と有栖は日向家へと泊まることとなった。

 二人は着替えを茜から借りて日向家の庭園へと来ていた。整えられた芝生にレンガで造られた車道2車線ほどの幅の人工の道。周りには森のように木々が茂っている。

 

「今まで私は、楽しければ勝ち負けはどうでもいい、そう考えていました」

 

 歩く中、茜はしみじみと何かを思うかのように呟く。

 静かな庭園の中では、彼女の声と鈴虫の声だけが大きく聞こえた。

 彼女が愛用している決闘盤を両手で持ち慈しむように見る。

 

「──でも、それではいけませんね。みんなのためにも私は勝つための戦いをしなければいけません」

 

 同じく歩く涼香と有栖。

 二人のうち涼香だけは決闘盤を持ている。

 

「へぇ、それじゃあ日向さん。貴女はどっちを取るの?」

 

 茶化すように問いかける。

 それに対し茜は迷い無くハッキリと答えた。

 

「どっちもです! 私は楽しめて勝つそんな戦いをします!」

「欲張りね。だったら見せてもらえないかしら?」

 

 茜はポケットから一つのデッキケースを取りだした。

 

「勿論です。私の本当の決闘を見せます!」

「望むところよ」

「頑張って……茜ちゃん」

 

 茜と涼香は距離を取り有栖が見守る。

 三人しかいない空間の中、始まった。

 

「「決闘!!」」

 

 先攻は涼香。

 5枚の手札を確認して戦術を構築する。

 

「私の先攻。《増援》でデッキから《E・HEROブレイズマン》を手札に加えて召喚。効果によりデッキから《融合》を手札に加えて発動! 手札の水属性《E・HEROオーシャン》と融合させ現れなさい《E・HEROアブソルートZero》!」

 

《E・HEROアブソルートZero ☆8 ATK/2500》

 

 例え仲間といえど今の彼女たちの戦いには手加減とか遠慮は一切必要無い。

 互いに全力でぶつかり合う必要があるのだ。

 

 そのために涼香は、さっそくエースとされるアブソルートZeroを呼び出す。

 

「カードを1枚伏せてターン終了。さあ日向さん。貴女のターンよ」

「はいっ! 全力で行きます。私のターン、手札から《トレード・イン》で手札のレベル8《ネフティスの鳳凰神》を捨てることで2枚ドロー。魔法カード《炎王の急襲》を発動することでデッキから《炎王神獣 ガルドニクス》を特殊召喚です!」

 

《炎王神獣 ガルドニクス ☆8 ATK/2700》

 

 茜の場に極太の炎柱が立ち上がる。

 中から現れたのは炎を纏った神鳥《炎王神獣 ガルドニクス》だ。

 

「へぇ【炎王】。それが日向さんの本当のデッキね。けど、さっそくで悪いけどご退場を願うわ。召喚時に《奈落の落とし穴》を発動!」

 

 涼香のカードの発動と同時にガルドニクスの真下に奈落へと続く穴が開いた。

 中から緑色の人型をした何かが奈落へと引き込もうとしてくるのだ。

 

「させません! 速攻魔法《炎王炎環》を発動。ガルドニクスを破壊し墓地の《ネフティスの鳳凰神》と入れ替えます」

「っ……奈落を回避しただけじゃない。次への布石まで。やるわね」

 

《ネフティスの鳳凰神 ☆8 ATK/2400》

 

 ガルドニクスとは異なり機械染みた鳳凰へと転生する。

 攻撃力はアブソルートZeroより下ではあるが、破壊したガルドニクスに場のネフティスの効果を鑑みればその程度は微々たるものでしか無い。

 

「カードを1枚伏せてターン終了です」

「私のターン」

 

 ターンが涼香へと移る。

 ドローフェイズを済ませ続いてのスタンバイフェイズに再び茜の場に炎柱が遡る。

 

「涼香ちゃんのスタンバイフェイズに《炎王炎環》で破壊されたガルドニクスを蘇生! ネフティス及びZeroを破壊します」

「けど、わかってるわよね? Zeroが破壊されたことにより日向さんの場のガルドニクスも破壊されるわ」

「ええ、承知の上です。ですが場の炎王が破壊されたことにより手札から《炎王獣バロン》を特殊召喚します」

 

《炎王獣バロン ☆4 ATK/1800》

 

 破壊されても尚、後続を呼ぶ。

 たった3ターンで戦闘も行わずにモンスター破壊だけで攻防を繰り広げていた。

 しかも次のターンでは破壊されたレベル8二体が蘇り場の全てを一掃するだろう。

 

 今まで茜が使用していた【アマリリスビートバーン】はテクニカルなプレイで相手を追い詰めていく繊細でトリッキーな戦略が必須であったが、今の彼女はまったくの逆。大味でいて大胆。今の彼女はまったくの別人に見えた。

 

「ガルドニクスにネフティス、とんでもなく厄介ね。ライフを1000支払い《簡易融合》を発動。エクストラデッキから《旧神ノーデン》を出しブレイズマンを特殊召喚。2体で《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》をエクシーズ召喚!」

 

 涼香 LP8000→7000

 

《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク ★4 DEF/1200》

 

 破壊された《炎王神獣 ガルドニクス》、《ネフティスの鳳凰神》の2枚は次のターンで場に戻ってくることが確定されている。それを阻止するためには墓地にある2体を除外するしかない。今、涼香が呼び出したモンスターはそれを行うのに最適なカードなのだ。

 

「バーサークの効果よ。エクシーズ素材を取り除いて相手の墓地のカードを除外する。まずはガルドニクスを除外!」

「させません! 《ブレイクスルー・スキル》を発動。バーサークの効果を無効にします」

 

 墓地のカードが除外されようとする最中、突然現れた《エヴォルカイザー・ドルカ》と思われる白い竜がそれを阻止する。1ターンに2度使えるとはいえ発動でなく効果そのものを無効にされれば形無しである。

 

「やるわね。まあ、ある程度は想定していたしいいわ。《死者蘇生》を発動してノーデンを蘇生。効果によりバブルマンを蘇生し今度は《深淵に潜む者》をエクシーズ召喚。水属性の素材があるため攻撃力アップよ!」

 

《深淵に潜む者 ★4 ATK/1700→2200》

 

 連続エクシーズ召喚を行う。

 《No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク》に続けて《深淵に潜む者》。

 今の涼香は完全に茜の戦術を潰しにかかる。

 

(ここで《深淵に潜む者》? 墓地に《ブレイクスルー・スキル》があるのに?)

「バーサークの効果で装備……は無理か。けど、攻撃力が上がっているしバロンに攻撃よ」

 

 茜 LP8000→7600

 

 防ぐカードも無く攻撃を受ける。

 しかし、返しのターンのことを考えればこの程度は些細なことだ。

 

「残りの1枚を伏せてターン終了」

「なら私のターンです。ドロー」

「この、ドローフェイズに《深淵に潜む者》の効果を発動するわ。墓地のカード効果を封じる」

 

 《深淵に潜む者》はスペルスピード2のためにこのタイミングで発動できる。

 もっとも、発動を封じるだけなのでガルドニクス等の効果にチェーンして発動しても防げない。このタイミングしかないのだ。

 

「やはり来ましたか! チェーンして墓地の《ブレイクスルー・スキル》を発動です」

 

 だが、それでは前のターンで発動し墓地へと行った《ブレイクスルー・スキル》の格好の餌食だった。効果を無効にしガルドニクスたちの発動の阻止をさらに阻止する。

 

「勿体無いけど、さらにチェーン! 《強制脱出装置》により《深淵に潜む者》をバウンスすることによって効果は有効!」

「凄い……涼香ちゃん。本気で来てくれるんですね」

 

 《ブレイクスルー・スキル》の効果解決時に対象モンスターがいないために無効効果は発揮できない。そのため《深淵に潜む者》の効果が発動し茜のガルドニクスとネフティスは蘇ることができない。

 

「ええ、私はいつだって本気よ。全力で日向さん、貴女を倒しにかかる。貴女はどうするの?」

「当然! 私も全力で涼香ちゃんに勝ちに行きますっ!」

 

 戦術を潰されても茜は落胆しない。

 むしろ目の前の相手が全力で来てくれていることを実感し歓喜するのだ。

 楽しむ中、茜もまた全力で目の前の相手に勝つために戦う。

 

 

 


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