44.私はお荷物ですから
団体戦初日が終わり遊凪高校は数々の高校を退け準々決勝へと駒を進めた。
次の試合は昨年の優勝校である日本第七決闘高校。
いつも通りに学校に来て部活に来ていたが、今回ばかりは無策で勝てるはずも無く部長である創が部室のホワイトボードに『次の試合について』と議題を書いていたのだ。
「さて、次の試合なんだが、間違いなくこの大会最強の高校だ。俺たちも挑むにあたってそれ相応の策を講じなければいけないのだが何かあるか?」
ここで涼香が静かに挙手をする。
「それで、対戦相手の情報とかないの?」
もっともな質問だ。
そういえばと、団体戦の最中には制服を着た生徒などがよくビデオカメラ片手に他校の試合を観察していたりしていたのだが見えた。勝利に貪欲であるならば他校の偵察や情報収集はかかせない。
もっとも、遊凪高校には情報収集を担当するメンバーなどいなかった。
全員が全員当たって砕けろ的に、目の前の対戦校に挑んでいたのだから。
だからでこそ創はこう答えた。
「まったく無いな」
「馬鹿じゃないの!? 何も知らなくて策も何も立てられないじゃない!」
罵声が一言。
対戦相手の情報が何もないのなら対策もへったくれも無い。この話合い自体も意味が無いだろう。いつも思いつきや勢いで進める創らしいといえばそうだろう。
「まーまー、落ち着いてください涼香ちゃん。情報なら私が少しですけど調べてきました」
涼香を宥めるように茜が一冊のメモ帳を取り出しながら語る。
それを関心したように有栖が聞く。
「試合の日に調べたの?」
「いえ、前回の優勝校ですし前々から調べていました」
「でかしたぞ日向! よし、話してくれ」
なんて創は救いを受けたかのように声を上げる。
彼に合わせるかのように茜はメモ晁を読み始めた。
「次の日本第七決闘高校ですが、創立はわずか2年前からで団体戦のエントリーは去年からですが前回の地区大会の優勝、全国大会では3位という短期間で快挙を成し得た学校です」
彼女が初っ端から出た情報に創と読み上げる茜を除く晃、涼香、有栖がざわめくように息を飲み表情を強張らせた。地区大会の優勝はまだいい。全国大会3位という結果は文字通り全国で3番目に強いという事実に次の対戦相手の底知れぬ大きさにプレッシャーを感じてくる。
「それも、創立から全国各地で有望な選手を引き抜いていることで実力派が多数いることもありますが、何より第七決闘高校の遊戯王部は完全に実力主義。何より勝利を信条とするために敗者は勝者に逆らえない。そのため全員が必死になっているようです」
「何よりも勝利を尊重する……ってことか」
向こうの遊戯王部の考えに反応したかのように晃が呟いた。
今、晃たちがいる遊凪高校遊戯王部も勝負で勝てるように努力をしてはいるが、決して勝敗だけに拘ることは無い。負けたのならば次に勝つために努力をすればいい。そう晃は考えを持っているからでこそ第七決闘高校の考えは理解し難かった。
「それで部員数はどれくらいなんだ」
「具体的にはわかりませんが100名を超えています。その中でも大会には正レギュラー4名、準レギュラー4名の構成で基本的には正レギュラーの4名だけが試合に出ることになっています」
しかも、100名を超える大所帯。
たった5人の遊凪高校とは規模が違う。
スケールの違いに涼香も若干ながら押され気味のようだが、挑むためにも必要なことを聞き出そうとさらに尋ねる。
「聞けば聞くほど耳が痛くなるわね。それで正レギュラーの情報はあるの?」
「はい。オーダーは常に固定で
「主将が
団体戦においてオーダーの決まりは無い。
最初の2試合にかけて最強の選手を出して最後の試合を捨てる高校もあるが、基本的には最後の団体戦の勝敗を委ねる一戦は部の中で一番強い選手が出るのがセオリーだ。そのこともあり遊凪高校も前の団体戦の試合においてほとんどが新堂創が
「そ、それは……」
なんとなく晃の言葉に怯えるかのように茜は言葉を濁した。
言いづらそうに声を縮めながらも彼女は聞こえるように最後の対戦相手の選手の名をかたる。
「2年、
「日向焔……か。ん、日向?」
名を聞き息を飲むもつかぬ間、大きな違和感を感じた。
喉がつっかえそうな感覚の中、有栖が確信を持ちながら問う。
「茜ちゃん。それって……」
「はい。私の姉です」
姉。
肉親が相手となることに別の意味で皆は息を飲む。
その中、創が思い出したかのように呟いた。
「思い出した。そういや、2年前ぐらいのインターミドルの個人戦で勝負をしたことがあるな。確かあんときも準決勝だった」
「へぇ、それでどっちが勝ったの?」
「ああ、俺が勝ったぜ」
創の言葉にほんの周りの空気の緊張がほぐれた気がした。
やはり創は決闘においては頼りになる。そんな雰囲気だ。
「そう、ですね。ではオーダーなんですけど、向こうに対してこちらもまずは一番、コンビネーションの良い涼香ちゃんと有栖ちゃんが
と、すでに決めていたのか第七決闘高校に対するオーダーをすらすらと述べる。
オーダーはいつも試合の直前にみんなで話し合って決めていたのだが、今回に限っては相手は格上ということ。それと唯一、対戦相手の情報を持っている茜が決めたということからそれぞれ異論は無く承諾しようとする。
「私は別に構わないわよ」
「うん、私も」
「オレも日向に賛成……ん、部長?」
「…………」
涼香、有栖、晃がそれぞれ賛同するのだが珍しくも部長である創だけが賛同しかねていた。悩ましい表情で一言も語ることなく何かを考えるような仕草を取っている。
「日向はそれでいいのか?」
口を開きたった一言、彼女に問う。
創の問いに茜は仕方が無いといった表情ではっきりと告げた。
「仕方ありませんよ。今の私の実力では勝てませんから」
日向茜が使用するデッキは【アマリリスビートバーン】。
炎属性や植物族など様々なサポートカードを駆使して幅のあるプレイングを見せビートとバーンを両立して戦う。
だが、正直な話、今の部内での勝敗は彼女が一番悪かった。
晃が強くなってからは彼にも負けるようになり、団体戦の最初の
今の彼女は、寂しげにたった一言事実を告げる。
「今の遊凪高校で私はお荷物ですから」
「ちょ、日向さんっ!?」
驚き涼香は声を荒げた。
そもそも皆は彼女をお荷物なんて思ったことは無い。かつて敗北ばかりだった晃ならまだしも彼女は常にデッキを改良したりと努力を重ねているのを知っているからだ。
だからでこそ、自分を降した言い方に納得がいかなかった。
もっとも、創は空気を読まず話が違うと無理矢理割って入るように語った。
「いや、強い弱いとかそういう話じゃないんだ」
「……え?」
「なんつーか、勘なんだがな。お前の姉とは自分で決着をつけたい……そういう風に見えたからさ」
創の言葉は根拠は無い。
ただそんな風に見えただけだ。
しかし、それが図星なのか茜は視線を逸らすように俯く。
そのときの彼女は珍しく声を震わせ感情を露わにしていた。
「ですが、私と姉さんとでは勝負になりません。私なんかが出ても……」
「日向さん……」
彼女と姉に何があるのかはわからない。
ただわかりのは今の彼女は見ているだけでも痛々しかった。
和らいでいた空気が再び重い緊張に包まれた。
押し黙る日向につられ涼香も言葉を無くし皆が一言も話すことができなかった。
だが、そんな中、創は一言だけこの場の空気を消し去るように声を投じたのだ。
「やめた」
「……え?」
それがいったい何を意味するのだろうか、俯いていた茜は顔を上げ他のメンバーも彼へと視線を集中させる。
「悪いがな日向。お前がそんなんじゃお前の決めたオーダーに従うつもりは無い。俺は
はっきりと、きつい言葉を彼女へと突き付ける。
このときの彼女はどんな表情をしているのだろうか。
茜は表情を見せないように再び俯いて体を振るわせる。
「──だったら」
掠れたような小さな声。
かすかに届く程度。
「だったら、どうしたらいいんですかっ!?」
その後には、珍しくも茜は叫ばんと声を荒げ感情をむき出しに告げた。
怒りと不安。どちらも彼女からは見たことのない感情だ。
「私だって努力はしてますよ! でも、私には……」
「力が無い。だから、他の人に戦ってもらう……か?」
「っ──!?」
「ちょっと、日向さんっ!? っ、追うわよ風戸さん!」
「う、うん!」
さらに容赦の無い言葉に茜は目元に涙を滲ませる。
そのまま、駆け足で部室を出て行ったのだ。
追いかけるように涼香と有栖が同じく部室を出て行く。
後には、創と晃だけが残された。
「部長、今のは言い過ぎなんじゃないスか!」
言葉に容赦の無いトゲを入れた創に対して晃もかすかな怒りと敵意を創に向けていた。
いつもは仲間を大切にする創だが、今回ばかりはあまりにも辛辣だ。いつものおちゃらけた彼の面影は無く今回に限っては真面目に答える。
「ああ、俺もそう思う」
「だったら、なんで!?」
「あいつはな、多分俺と同じなんだよ」
「え……?」
何かを懐かしむかのように創は宙を見て答える。
彼の言葉は予想外だったのか晃は言葉を無くす。
「昔、俺がただ勝負を求めて友達を失ったように、あいつもきっと、何か大切なもののために何いかを捨てているんだ」
「何かって……何スか?」
「知らん。別に聞いたわけじゃないしな」
正直な話、これもまた創の勘でしかない。
ただ何かを確信しているだけだ。
「それは逃げ続けていることと同じなんだよ。けど、いつか向き合わなくちゃいけない時がある。多分だが、あいつにとってそれが今なんだよ」
「部長……」
いったいこの人には何が見えているのだろうか。
ただわかるのは、意味があってわざと冷たくしたということだけだ。
+ + + + +
日向茜の実家は大手電機メーカー企業を経営しているオーナーだ。
それゆえ金銭に不自由は無く別荘さえも持っている。彼女の家は、遊凪高校から徒歩で15分ほどという割と近い場所にあった。
「はぁ、はぁ」
息を荒げ何かから逃げるかのように茜は走る。
いや、逃げているのだ。
家の門が見え後は、門をくぐるだけ。
その時には彼女は突然、家の前から誰かが出てきてぶつかったのだ。
「痛っ!?」
ぶつかった拍子に尻もちをつく。
対する相手は微動だにせず立ちつくしたままだった。
「茜」
「ね、姉さん!?」
ふと顔を上げれば見知った顔。
実の姉の日向焔がそこにいた。
「なんで、姉さんは寮暮らしじゃ……」
「ただの結果報告だから。団体戦も問題無く勝ち進み、次の試合も滞りなく事が進むと」
「…………」
それは、茜たち遊凪高校にも問題無く勝てると語っているものだ。
揺ぎ無い自信。それに見合っただけの実力。それは彼女が憧れた変わらない姉の姿だった。
「私はもう帰る……けど、その前に。何で貴女は逃げたの?」
「それは……」
「貴女の実力を認めていたのは、誰でも無い私だった。いつか貴方が私と並ぶ日をどれだけ待ち焦がれていたか」
今の日向焔は冷たい目と敵意を持って茜を見ていた。
「けど、貴方は私の期待を裏切った。争うことからも逃げ、私からも逃げ、それで何を掴んだというの?」
「わ、私は……」
掠れた声で、何かを言おうとするが声に出ない。
目元には涙が滲む。それだけで焔は返答を待たずとして答えを受け取った。
「そう──ただの臆病者ということね。なら、私は帰るから」
そう言いながら背を向けて焔は立ち去る。
呼び止めることもできずに茜はただ、去っていく彼女の背中を見ることしかできないかった。
「はぁ、はぁ……意外と足速いわね日向さん」
「は、速いよ茜ちゃんも、涼香ちゃんも……」
まるで入れ違いになるかのように今度は涼香が彼女の前に立つ。
その後には、疲れながらも必死で追いつこうと有栖も来ていた。
「って、どうしたの日向さんっ!?」
涼香が驚きの声を上げる。
今の茜は、涙で顔がぐしゃぐしゃとなっていたのだ。
「す、涼香ちゃん!?」
「えっ、日向さん!」
今の彼女はまるで何かに縋るかのように涼香に抱きついたのだ。
顔を涼香の胸に埋めて叫んだ。
「う、うああああああああああっ!」
そのときの彼女は悲惨とでも言えるかのように泣いていた。