去年の4月頃の遊凪高校は20名を越える大所帯だった。
1年生の新入部員もそれなりに入部していたのだが、その中でも二人。
群を抜いて実力を見せていた。
一人は、新堂創。
インターミドル個人戦で全国大会準優勝という結果まで残した才あるプレイヤーだ。
もう一人は、霧崎終。
新堂創のように大きな結果を残してはいないが、相手の弱点を正確に見抜き容赦なく突くことで遊凪高校内で高い勝率を誇っていた。
もっとも、霧崎をはじめとした有力な選手のほとんどが4月下旬ほどに近所の第七決闘高校からのスカウトを受け転入をしたために新堂創と霧崎終の直接対決が行われたことはなかった。
(ちっ……)
霧崎は内心で舌打ちをした。
創が使っていたデッキが【X─セイバー】でなかったという予想外の事態もそうではあるが彼が召喚した《NO.86 ロンゴミアント》がそうである。3体のHCモンスターを素材として召喚されたソレはエクストラ・ソードの効果で攻撃力を強化されただけでなくエクシーズ素材の数だけ効果を発揮する。
1つあれば戦闘破壊耐性。
2つあれば攻撃力が1500上昇する。
そして3つあれば相手のあらゆるカード効果を受け付けないのだ。
それは例え禁止カードとなった超がつくほどの凶悪な効果を持っていたとしてもだ。
《混沌帝龍-終焉の使者-》すらも受け付けないとなると厄介極まり無い。
「俺のターン……」
霧崎のターンへと移りカードを引く。
今の彼の手札では創のロンゴミアントを突破することは敵わないが、手が無いというわけでは無い。彼は表情一つ変えずにプレイを行う。
「まずは《第六感》を発動。5と6を選択」
「……また禁止カードか」
霧崎のデッキには呆れ果てるほどに禁止カードが投入されていた。
ソリッドビジョンによって場の中央にサイコロが放たれ転がっていく。彼が選択した5か6が出たのならばその数だけドローすることができ外れても出た目の数だけデッキトップから墓地へ送るという現在ではどう転んでもアドバンテージを稼げるカードだ。
「ちっ、4か。俺は4枚のカードを墓地へと送る」
デッキトップより4枚のカードが捨てられる。
その中には《スキル・プリズナー》や《焔征竜-ブラスター》と言った墓地で効果を発動できるカードが含まれていた。
「モンスターを伏せ、《クリッター》を守備表示に変更し1枚伏せターン終了だ。だが、その時に一つ処理をしなければな?」
創の扱うロンゴミアントは無敵というわけでは無い。
相手のエンドフェイズ毎にエクシーズ素材を取り除くのだ。
当然、素材が無くなるごとに効果が使えなくなっていき、今のロンゴミアントは相手のカード効果を受け付けない効果の効力が無くなるのだ。
「俺は素材のサウザンド・ブレードを取り除く」
これで残るエクシーズ素材は二つ。
「俺のターン、ドロー。バトルフェイズに入りロンゴミアントで伏せモンスターへと攻撃」
「ハッ、こいつは《エクリプス・ワイバーン》。墓地へ送られたことで最後の
墓地へ送られ効果を発動した《エクリプス・ワイバーン》には、デッキから光か闇のレベル7以上のドラゴンを除外するが、もう一つ効果がある。それは墓地のこのカードが除外されることで最初の効果で除外したカードを手札に加えられるのだ。
霧崎の墓地には征竜モンスターが存在するために確実に次のターンでまた混沌帝龍が姿を見せることになるだろう。
「だったら、カードを1枚伏せてターン終了だ」
創が伏せたのはモンスター効果を無効にできる《ブレイクスルー・スキル》。
このカードでなら《混沌帝龍-終焉の使者-》の効果を無効にできる。
残りの手札は今は、場のカードだけで凌ぐしかない創。そんな彼を見ていた霧崎は次もまたヤタロックの条件を満たすというのに顔色一つ変えないことに策があるのだと予想した。
だが、それも無意味だと霧崎は心底可笑しそうに笑った。
「ククッ。いいね、そういう顔。どんな困難だろうと乗り越えてみせる……みたいな表情をしているが心底うざい。そんな顔を絶望に変えるのが楽しみだ」
霧崎終は仮にも遊戯王の実力だけでなら上位に入る。
特に彼がこういう相手を追い詰める場合においての引きが非情なまでに強かったという。
「カハッ、いいカードだ。このカードならどうだ? 《大寒波》を発動だ」
「なっ。しまっ──!?」
「だがそれだけじゃねえ。《リビングデッドの呼び声》をチェーン発動し蘇生条件を満たしているカオスエンペラーを蘇生させる」
墓地からカオスエンペラー・ドラゴンが蘇生したと同時に地面と創の伏せカードが凍りついた。相手ターン終了時まで魔法・罠の発動を許さないというこのカードまでもがデッキに含められていたのだ。
「これで防げるか? ライフを1000支払いカオスエンペラーの効果を発動!」
霧崎 LP6000→5000
終焉を告げる龍が咆哮を上げる。
場の中心から光と闇が渦を巻き全てを飲みこんでいく。
創のロンゴミアントや伏せカード、両者の手札、味方の《クリッター》だけでなく己自身も無へと帰り果てたのだ。さらに創をも襲う。
創 LP4000→1900
「墓地へ送られた《クリッター》の効果だ。デッキから《八汰烏》をデッキに加えて召喚」
《八汰烏 ☆2 ATK/200》
実際のカラスと同じほどの姿形をしたモンスターだ。
戦闘ダメージを受けた時に次のターンのドローを封じられる効果は、場も手札も無いときに受ければ全てが終わる。この状況はまさに八汰ロックのコンボの条件を満たしている。
──だが
「墓地にはサウザンド・ブレードがあったな。俺はさらに墓地の《焔征竜-ブラスター》の効果を発動。墓地から《エクリプス・ワイバーン》とカオスエンペラーを除外し特殊召喚。除外された《エクリプス・ワイバーン》の効果によりカオスエンペラーを加え開闢、《クリッター》をコストに特殊召喚する」
《焔征竜-ブラスター ☆7 ATK/2800》
《混沌帝龍-終焉の使者 ☆8 ATK/3000》
墓地のサウザンド・ブレードはダメージを受けたときに特殊召喚する効果を持つ。
完全に動きを封じる八汰ロックを抜け出すことができる。だからでこそ霧崎は容赦無く創のライフを上回るモンスターを呼び寄せる。
「くたばりやがれ。カオスエンペラーで攻撃だ!」
「いや──まだだっ! 墓地の《超電磁タートル》の効果を発動!バトルフェイズを終了させる」
終わりを告げる龍が放つブレスを亀の甲羅のような盾が弾き防いだ。
「エンドフェイズに《八汰烏》は手札に戻る。だが──場も手札もカードがないお前にいったい何ができる? 逆転なんて不可能だ!」
例え窮地を免れたとしても絶体絶命の状況には変わらない。
「いや、できるさ」
手札も場も無く《大寒波》の効果により魔法も罠も封じられているのだ。
だが、創の表情には絶望の色など微塵も無い。
諦めを知らないその目には見覚えがあった。
団体戦準決勝の勝負で同じように手札も場も無いというのに諦めずに逆転を引き起こした人物。霧崎終、彼を倒した人物である橘晃に似ていることが彼の腸が煮え来り返すのだ。
「ウザってえな。だったらどうなんだ? お前に残された物は何も無く、魔法も罠も封じられてる。そんな状況でな?」
晃の場合は魔法カードの《ソウル・チャージ》を引き当てることで逆転を果たした。
しかし、今はそれを封じられているだけでない。中途半端にカードを出したところでカオスエンペラーの効果で葬られ征竜の攻撃で終わるだけだ。
だが──創は言った。
「だから、できるさ。これから俺が
「なんだとっ!?」
ありえない言葉だった。
決闘者が引くカードはデッキの配置で決まっている。望むカードを引くなんて出来はしない。そんな非常識なことなど出来るはずもない。あってはならないのだ。
だが、何故だろう。
「っ……?」
体中から流れ散る汗が止まらない。
目の前にいる男の気迫が伝わってくる。
不可能を超え常識を逸脱できるほどの威圧。
まるで猛獣の目の前にいるかのようなプレッシャー。
「俺のターン……まずは攻撃を防ぐカード《速攻のかかし》だ。ドローッ!」
綺麗な孤を描くようにカードを引いた。
「っ…………」
霧崎の額から冷や汗が流れる。
創が引いたのか、何もわからずに彼はターンを終了する
「ターンエンドだ」
「《焔征竜-ブラスター》は手札に戻る。俺のターン、ドローだ。《強欲な壺》を発動。2枚、ドロー」
この状況では間違いなく優れた引きだ。
だというのに、彼は追いつめられたように焦燥に見舞われている。
続けて引いたのは《サンダーボルト》に《ハーピィの羽根箒》。
相手の場を完全に一掃できる最強の引き。だというのに創の場には1枚もカードが無い。
「《八汰烏》を召喚しバトルフェイズ。カオスエンペラーでとどめだ」
「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を発動! バトルフェイズを終了させる!」
「なんだとっ!?」
攻撃を防ぐために使用されたカード。
それはまさしく宣言された《速攻のかかし》だった。
ありえない。無茶苦茶だ。
引きの才能に恵まれた決闘者であるならば窮地を凌ぐカードを引くことなど造作も無いが、望んだ通りのカードを引けるなど聞いたことが無い。
「これは、まるで……」
霧崎は目の前の非常識な出来ごとに一つの都市伝説を思い出した。
常人を超える才能を持った天才がさらにその限界を超えることができたとき、それは人間の常識を超えた非常識な現象さえも巻き起こすという。
もしそれが可能な人物がいるのであれば世界のトッププロ。
その中のほんの一握りしかいないだろう。
「霧崎、まだお前のターンだぜ?」
「くっ、クソッ! ターンエンドだ」
攻撃も失敗に終わりカオスエンペラーの効果を使用してもとどめを刺しきれない。
今の霧崎終は動くことができなかった。
「俺のターン」
創はゆっくりとデッキトップに指をかけた。
《大寒波》の効力も消えており魔法も罠も使えるこの状況。
ここで一番に臨むカードを思い描く。
「次に欲しいのはドローソース《貪欲な壺》。ドロー!」
再び綺麗な孤を描いた引きを行う。
確認もせずに差し込まれたのは宣言通りの《貪欲な壺》だった。
創は効果により《増殖するG》《エフェクト・ヴェーラー》《H・Cサウザンド・ブレード》《H・Cエクストラ・ソード》そしてサンザンド・ブレードの効果で墓地へ送った《H・Cダブルランス》の5枚がデッキへと戻され新たに2枚のドローを行う。
「これで最後。1枚目は《簡易融合》、2枚目は《RUM─リミテッド・バリアンズ・フォース》だ」
さらに宣言してカードを引く。
1枚、2枚と引き1枚目を見せたのは紛れも無く《簡易融合》だった。
「《簡易融合》を発動! エクストラデッキより《旧神ノーデン》を特殊召喚する」
創 LP1900→900
《旧神ノーデン ☆4 ATK/2000》
「ノーデンの効果により墓地からハルベルトを蘇生!」
「これで、3回も宣言した引きを当てた……だと!?」
2度あることは3度あるというが、それでもまだ信じがたい。
とある科学者が言っていた。
決闘者における引きというものは『運命』に例えられる。窮地をも退ける引き、意味も無く終わる引き、どんな引きでも意味があるのだと。
だが、もしも、その『運命』すら超越しているのならば。
己が望むカードを引き当てることができるのだと。
「2体のレベル4モンスターでエクシーズ召喚を行う。《No.39希望皇ホープ》! さらに《CNo.39希望皇ホープレイ》へとエクシーズチェンジ。そして魔法カード──」
もし最後の1枚も創が望むカードを引き当てていたのだとすれば──。
「《RUM─リミテッド・バリアンズ・フォース》を発動!」
最後の創のカードが公開される。
この4回の引き全てが彼の宣言したカード。
今の彼は完全に常識という枠組みから逸脱していた。
「ホープレイを《CNo.101 S・H・DarkKnight》へとエクシーズチェンジ」
《CNo.101 S・H・DarkKnight ★5 ATK/2800》
RUMによってエクシーズモンスターが別のモンスターへと再構築されていく。
人と龍を合わせたような姿のモンスターは、この場を切り抜ける能力を持ち即座に発動を促す。
「ダークナイトの効果発動。カオスエンペラーをエクシーズ素材にする」
「ハッ、させるかよ! 墓地の《スキルプリズナー》を発動し無効にする」
特殊召喚されたモンスターをエクシーズ素材として吸収できる効果を持つ《CNo.101 S・H・DarkKnight》ならばカオスエンペラードラゴンを吸収することでこの場を切り抜けることができるはずだった。
だが、それも阻止されてしまった。
「どうだ? これで逆転の手段も尽きたはずだ」
「いや、まだだ! ダークナイトをさらに《CX 冀望皇バリアン》へとエクシーズチェンジ!」
《CX 冀望皇バリアン ★7 ATK/0→5000》
モンスターはさらに姿を変え真紅の鎧に矛と盾を持った戦士へと成る。
エクシーズ素材の数だけ攻撃力を上げる効果。これにより冀望皇バリアンの攻撃力は元々の攻撃力で最大を誇る5000という大台の乗った。
「攻撃力5000だと!?」
「それだけじゃない。墓地の《No.86 H-C ロンゴミアント》を選択し名前と効果をコピーする」
《CX 冀望皇バリアン ATK/5000→6500》
墓地の『No』モンスターの効果と名前をコピーする効果。
この効果によりロンゴミアントの影が冀望皇バリアンに乗り移り第二効果の攻撃力1500上昇効果によりさらに強化される。
「さらに
「なにっ!?」
矛を振る。
たったその仕草だけで禁止カードである《混沌帝龍-終焉の使者-》が灰燼へと化した。
「バトルフェイズだ! バリアンで直接攻撃」
「ちっ、俺も墓地の《超電磁タートル》を発動! バトルフェイズを終わらせる」
有力なカード故にお互いのデッキに入っていた。
創の窮地を救ったカードが、今この場で霧崎をも助けた。
「ターンエンドだ」
「俺のターンだ」
ドローフェイズ引いたカードは《カオスソルジャー-開闢の使者-》だ。
すかさず前のターンに引いた1枚を発動させる。
「消えやがれ《サンダーボルト》!」
電流が創の場一帯を流れ出した。
効果は単純明解に相手の場のモンスターを全て破壊する。
だというのに、何故だろう。
創の場の冀望皇バリアンには傷一つ付くことがなかった。
「無駄だ
「なっ!? だったら、墓地の光と闇を除外し《カオスソルジャー-開闢の使者-》を──」
「それも無理だ。第4効果により相手は召喚、特殊召喚をすることができない」
「なんだとっ!?」
不可解な出来事を前に動揺し忘れていた。
コピーされた《No.86 H-C ロンゴミアント》にはエクシーズ素材が5つあれば5つ全ての効果が使用できる。
1つは戦闘破壊耐性、2つは攻守の1500アップ、3つはカード効果を受け付けない。
そして4つ目は相手の召喚、特殊召喚を封じる。
最後の5つ目は起動効果で相手の場を全滅させる効果だ。
今、5つのエクシーズ素材を持つ《CX 冀望皇バリアン》は6500という攻撃力を持ち、戦闘・カード効果で退くこともできずに召喚・特殊召喚も許されない。さらには場にカードを残しても全てが破壊される。
まさに無敵だった。
「なんなんだ。なんなんだよお前はっ!?」
かつて霧崎が遊凪高校にいた頃は、創との差などせいぜい頭一つ分程度だった。
だが今は違う。禁止カードデッキを使いその差すら埋めたと思いきや、そのさらに上の力を見せられ凌駕された。
今の彼の前では禁止カードだろうが、何も通用しない。
「悪いな霧崎。これが本当の俺なんだ」
それは何を意味したのだろうか。
ただ、霧崎は圧倒的なまでの力の差を見せつけられ心が完全に折れていた。
右手をデッキの上へと置く仕草は降参の合図だった。
「もう、やめてくれよ。約束通り俺たちはもうお前らに関わらない。もうこんな惨めな思いはこりごりだ」
「……そうか」
霧崎の悲痛な言葉に創は静かに合槌を入れた。
かつて圧倒的な力を見せ友人から遊戯王を奪ったデッキ。
そのデッキは今もまた目の前のかつてのチームメイトの心を折ったのだ。
デュエルが終わりソリッドビジョンが消える中。
霧崎は逃げるように仲間を引き連れてこの場を後にし、創はただかつてのチームメイトが見えなくなるまで立ちつくしていた。
こうして団体戦の初日が終わったのだった。