「悪い悪い、昨日はなかなか寝付けなくってさ!」
遊戯王部団体戦の1回戦より数十分後。
連絡が付かずにいた部長の新堂創が軽いノリと笑いを浮かべながら謝っていた。もうすでに遅刻での罰という名の制裁を受けたのか頭にはタンコブを浮かべている。
そもそもなんで彼が団体戦に遅刻して連絡もつかなかったと言うと答えは単純明白。
たんなる寝坊だ。
合宿のときといい今回の大会といい。
一番年上の彼が一番、子供っぽいというのはいかがなものかと考えはしてみたものの、それが彼が新堂創だからだと言ってしまえばそれで納得してしまうのがいけないところだ。
「なんにせよ。部長、遅刻はいけませんよ」
茜が言い聞かせるように優しく注意をする。
それを創は注意されているのだと、理解しているのかいないのか笑いながら返すのだった。
「ああ、次からは気を付けるぜ」
反省の色がまったく窺えない。
珍しくも彼女は『はぁ』とため息をついた瞬間だった。アナウンスの放送が流れ次の試合の呼び出しが行われてきた。数校の名前が呼ばれたのち、途中で同じように遊凪高校の名前が出され試合の場所を告げられた。続いての第二回戦だ。
「よっしゃ! はりきって行くぜ!」
なんて遅刻してきたなんて思えないぐらい創は張り切っていた。
ちなみにだが、大会に遅刻して来ようとも事前に登録している選手であるならば次の試合からは問題無く出場することが許されている。ここからは創も団体戦に出ることを考えれば勝率は飛躍的に上昇するだろう。
+ + +
大会は進んで行く。
地区大会とは言えトーナメント方式のこの大会では出場校が100近いために1つの高校が優勝するのに団体戦を6,7回勝ちぬかなければいけない。同じ時間に数十と言える数のデュエルが行われるこの大会で優勝するのは並大抵のことでは無いのだ。
そんな中で遊凪高校は何度も勝ちぬいていたのだ。
ガスタの守りとカウンターを合わせて相手を切り崩す風戸有栖。
ビートとバーンを両立させながら多彩なプレイを行う日向茜。
圧倒的な引きと強さで格の違いを見せつけていく氷湊涼香。
さらには橘晃もまた、過去の戦績が嘘になるかのように独特でトリッキーな戦術を行うことで相手を惑わし追いつめて行く。今や遊凪高校における隠し玉だ。極めつけは新堂創が最後の
色々と駄目な創ではあるものの、デュエルという1点においてだけは部の中でも絶対的な信頼があり皆が安心して実力を出し切ることができたのだ。
去年は一回戦敗退したというのが嘘になるかのように第4回戦目を勝ちぬけた遊凪高校のメンバーはすでに準々決勝にまで駒を進めていたのだ。ここまで来れたのが感慨深いのか珍しく創は大人しく大会で配られたトーナメント表を見ながら呟いた。
「やっと、ここまで来たな」
「そうッスね」
トーナメント表には勝ち上がる度に自分の学校の線を赤く塗って上へと昇っていく。後、3回勝ち上がれば優勝するというところまで来ているのだ。
時間も過ぎていき既に時間は午後の3時を回る頃。
真夏と呼ぶには少し早い時期ではあるものの、それでも7月の下旬という季節に加えて大会参加者の熱気もすさまじい。会場はまるで炎天下の中にいるかのような状況だった。
「それにしても熱いわね」
さすがに我慢するのが難しくなってきたのか、皆が言わなかった言葉を涼香が吐いた。制服の第一ボタンを外して大会のパンフレットを団扇代わりに扱っている。
「そうだ! ねえ、日向さん風戸さん。飲み物買いに行かない?」
「いいですね。行きましょう!」
「うん、行くよ」
名案を思い付いたかのように声を上げて二人を誘う涼香。
誘われた茜と有栖も暑いと感じるのは共に同じなのだろう。迷うこともなくあっさりと承諾した。そのまま3人は自販機まで歩いて行く、と思いきや涼香は突然振り返った。
「アンタたちのも買ってくるけど何がいい?」
なんて、珍しく男性陣にも気を使ってくれた。
「じゃあ、オレはお茶を頼む」
「コーラを頼むぜ。あ、次の試合まで時間は少ししか無いから気をつけてな」
「わかってるって。じゃあ、行ってくるわ」
時計を指差しながら創は注意を促すものの、遅刻者が言ってもあまり説得力が無いように感じられた。そのまま3人は歩き出す。遠くになるにつれ小さくなっていき見えなくなって行く最中、まるで彼女らと入れ替わりにでもなるかのように見知った一人の男性。烏丸亮二が晃と創の前に現れたのだ。
「奇遇だな。晃」
「リョウ兄」
風祭高校主将、烏丸亮二。
かつて晃に敗北をしたとはいえ去年の大会ではベスト8にまで残った高校の主将を務める男だ。雰囲気からすれば敗退したとは思えず今も彼ら風祭高校も勝ち抜いているのだろう。
「トーナメント表を見たが、勝ち上がっているようだな」
「まぁね。それでリョウ兄は?」
「当然、勝ち上がってるさ。このままなら次の準決勝でお前たちと当たるさ」
どうやら次の試合をお互い勝ち抜けばぶつかるらしい。
爽やかに語る烏丸であるが、その表情からはリベンジに燃えているかのようにうかがえた。けれど、烏丸とは反対に創は険しい表情を浮かべながら尋ねた。
「なあ烏丸さん。そういえばあんたらの次の対戦校は……」
「ああ、第七決闘高校だ」
躊躇いも無くハッキリと答えた。
去年の地区大会の優勝校。間違いなくこの大会で最強の高校。
烏丸は怖気付いたような様子など欠片も見せることなく、決意を胸に秘めた表情を浮かべた。
「勝負に絶対なんてないさ。俺と晃みたいにな……俺は、俺たちは全力を尽くして挑むだけだ。だから──」
途端、時間が止まったかのように周囲の景色が聞こえなくなる。
ほんのわずかな静寂に水を指すかの様に一人の男性が声を割ってきた。
「──熱い。熱いねぇ。ほんと青春って感じで馬鹿らしいなぁ」
誰だ、と即座に振り返る。
黒いジャージ。胸元には知らない学校のシンボルマークの他校の生徒だ。
雑な長さの漆黒の髪に、何かを企んでいるかのような気分の悪い笑み。今まで対峙した人間という中でも異色のような人物。
(なんだ、こいつは……?)
思わず晃は息を飲んだ。
この場にいるということは、彼も大会の参加者だろう。だが妙なことに彼からは今まで感じたような決闘者の気迫というものが感じられないのだ。代わりに何かが纏わりついてくるかのような嫌な空気を持っている。
対峙しただけで確信を持つ。
この男は嫌いだ。
「なんだ君は?」
突然口を挟まれたことを不快に感じ棘のあるような烏丸の質問。
しかしながら、そんなことなど気にもしないと言いたげに男は面倒臭そうに口を紡ぐ。
「はい。はい。名乗ればいいんだろ? 黒栄高校2年の
「霧崎ッ……!」
歯を噛みしめるように目の前の男の名を呼ぶ。
創と霧崎という男は互いに面識があるかのように見えるが、それは久しぶりの友人に合ったというような感じでは無い。宿敵にでも会ったかのような睨み合いだ。穏やかでない空気。いったい二人に何があったのだろうと烏丸や晃は考える。
「ハハッ、ここでやるつもりはないさ。言っただろ? 挨拶に来たってな」
何かおかしいものを見つけたかのように笑い声を上げる。
その笑いも作り物なのかほんの数秒でピタリと止め視線をずらす。創を向いていた彼がまるで次の標的を定めるかのように晃と目が合ったのだ。
「っ……」
息が詰まる。
あの男からは得体の知れない危険な香りがするのだ。
「なるほど、彼がお前の後輩となのか」
一歩、また一歩と晃へと歩み寄る。
目測ではあるが身長は創と同じ180㎝くらいだろうか。10㎝も差があるということもあるが、それ以上に霧崎という男は近づけば近づくほど威圧的に大きく見えてしまうのだ。
しかし、このときだ。
「君は、この大会が楽しいかい?」
まるで頼れる年上というような口調で晃に尋ねた。
途端に彼の気味の悪い雰囲気が消えたのだ。表情も敵意の無い笑みをしている。
だが、それが逆に不気味で仕方が無い。まるで獲物を油断させるために行っているかのような仕草に見えてたまらない。もっとも、この質問に対して答えても何の問題も無いだろうと、言葉を若干濁しながらも返答に応じる。
「ええ、まぁ……」
「そうか、それは何よりだ」
くすり、と笑う。
晃の返答に喜びを感じたわけでは無い。まるで予想していた解答がそのまま帰ってきたことに対する嬉しさとでも言わんばかりに不気味なニヤケた表情を浮かべては警告でもするかのように霧崎は言うのだ。
「けれど、気を付けたまえよ。こういう楽しい催しものには
+ + +
霧崎終と会った同時刻。
彼らの場では険悪な空気を漂わせているものの、他の場所でもまた同じような険悪な空気に包まれている。会場内にベンチや自動販売機が置かれた休憩所の片隅でのことだ。
「おいおい、そう邪険にすんなよ。ほんの少しだけ付き合ってくれればいいからさぁ」
「ったく、何度も言わせないでよ。アンタたちの相手なんてする気は無いわ!」
飲み物を買いに行った涼香と茜、有栖の3人の前には倍の人数である6人の
「というか、何よアンタたち!?」
「俺たちか? 仲間の応援に来ていたんだが、生憎と暇をしていてね。丁度、君たちみたいな可愛い娘がいたからちょっとだけお茶をしたいって思っただけさ」
リーダー格と思える人物が答える。
さぞ可笑しく笑いながらの様はどうしても本心とは思えない。
「悪いけど、付き合ってらんないわ」
「へぇ、断るって言うのか。別にこのまま帰してやってもいいが、よくみればあんたらは今も勝ち続けている遊凪高校の選手じゃないか。さぞかし強いんだろうな? 同じ
(何、コイツら?)
表情、目、口調。
どれらを探っても、彼らの言葉は方便であり別に本心があると丸見えだった。
「っ……他校同士での対戦は禁じられてるんじゃないの?」
「へっ、俺たちは参加選手じゃないから大丈夫だ。それとも何だ、参加選手でも無い俺たちに負けるのが怖いって言うのか?」
苛立ちと不快感で思わず顔をしかめてしまう。
相手からは強さも感じられないただの半端な相手だと言うことを判断した涼香はそっと一歩前へと出て決闘盤を取り出したのだ。
「す、涼香ちゃん!?」
「大丈夫よ。日向さん、風戸さん。すぐに終わらせるから……私たちが勝ったらすぐに立ち退いてもらうわ」
「ああ、いいぜ。約束してやるよ」
リーダー格の男はさらにゲスな笑みを浮かばせながら決闘盤を取り出した。
大丈夫、相手は大した実力者でも無い。そう涼香は考えながら互いが距離を取って
「ハハッ、俺のターンからか」
だが、相手が弱いとわかっていたからと言ってもその判断は間違いだったのだ。
名前も知れない男が先攻で5枚の手札から何らかのカードを使用しようと手を伸ばしたのだが、すぐにその手を離しては別のカードへと迷うように手を左右へと移動させる。
「このカードを使うか? いや、こっちも捨てがたいよなぁ」
あーだ、こーだとぶつぶつと呟きながら使用するカードを迷い続ける様は、初心者ではたまに見かけるものの、どう見てもカードを使い慣れてはいる様子にニタニタと笑う表情からは、どう考えてもわざとやっているようにしか思えない。
「早く決めなさいよ」
「そうは言っても、制限時間まではあるんだから決めさせてくれよ」
様々なパターンがあるが基本的な1ターンの持ち時間は60秒と決められている。
それを越えれば強制的な敗北となってしまうものの、まだ残された時間が40秒もあるために涼香は何も言えなかった。
このまま相手はモタモタと迷う素振りを繰り返しては残り5秒ちょっと。
そこで男は素早く1枚のカードを伏せるのだった。
「決めた。カードを1枚伏せてターンエンドだ」
「っ、たった1枚伏せるのに時間掛け過ぎよ! 私のターン」
「おおっと、スタンバイフェイズに《威嚇する咆哮》を発動だ」
「っ……!?」
ここいらで涼香は相手の目論見に気付いた。
次の試合の開始時間まではせいぜい10分程度と軽い休憩を取るぐらいしか残されていなかったハズだ。
時間稼ぎ。
相手の目的を理解したところで