遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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033.勝利への執着

 

 

 カリカリカリッ。

 とある一室にて黙々とシャープペンを滑らせる音だけが聞こえる。

 机にあるのは山のように積み重なった書類。晃はソレを1枚1枚、処理していく。

 

「橘くん、こいつも頼むぜ。俺はその間に涼香ちゃんたちと会ってくるからさ」

 

 ドサリッ、なんて音を立ててさらに書類の束が追加される。

 椚山が書類を置いて立ち去ろうとすると、入れ替わりに今度は初瀬が同じくらいの量の書類を抱えてやってきた。

 

「ご、ごめんなさい。生徒会長さんの指示でこれもお願いします。ごめんなさい」

 

 またもや1枚1枚が紙ペラとは思えない重量感のある音を立てる。

 申し訳なさそうに立ち去る初瀬の次は、遠山がやってきた。

 

「悪いな晃、生徒会の仕事を手伝ってもらって……そんなわけで、これを追加だ」

 

 ドンッ、と音を立ててさらに書類が山となる。

 あまりの量の多さに晃はピタリとシャープペンを止めた。

 

「だーっ、やってられっか! なんスかこれは、何でオレが生徒会の手伝いをしてるんスかっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れたようにわーっ、とはしゃぎたてる。

 そもそも晃は今週中に決闘で烏丸を倒せるほどに強くならなくてはいけないはずだ。

 なのに決闘とは全然関係ないことをやらされているとは、これいかに。

 

「ふんっ、口うるさい奴だ。黙って手を動かさないか」

 

 なんて今回、晃に生徒会の仕事を押し付けた本人である二階堂が仕事に戻るように促す。

 彼はというとコーヒーを飲みながら月刊デュエリストという雑誌を読み絶賛、ブレイクタイム中である。

 

「いや、これはまったく決闘とは関係ないじゃないスかっ!?」

「当然だ。そのためにやらせているのだからな」

 

 晃のツッコミに対しても軽く流す二階堂。

 話は昨日の夜にまで遡る。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「20ターン、僕の勝ちだな」

 

 晃と二階堂の勝負。

 1ターン目の初手から発動させた《終焉のカウントダウン》の効果が発動し二階堂の勝利が決まった。何ごとも無く、ただ《威嚇する咆哮》、《速攻のかかし》などを使っただけで攻撃を防ぎながらターンを重ねただけ。

 晃のデッキでは成す術も無く敗北したのだ。

 

「…………」

 

 敗北した晃はただ黙りこむだけだった。

 本来【サイバー・ドラゴン】のデッキを使う男が何故、今回に限って【終焉のカウントダウン】を使ったのだろうか。そもそも、そっちを使わなくても十分に二階堂なら勝てるはずだ。

 

「橘晃……貴様は僕が、そこの阿呆と勝負をしたときのことを覚えているか?」

「え?」

 

 創を指差しながら問う。

 二階堂が創と勝負をしたのは、生徒会と遊戯王部としての勝負だろうか。才能、実力で劣る二階堂は何としても勝つために本来のデッキを使うのをやめ【終焉のカウントダウン】を使い挑んだ。

 後1ターン防ぐだけというところまで追い詰めたものの、ハンデスを受け最後の最後に引きの才能の無さを露わにして敗北をした。

 

「僕はな、あのときは何としても勝ちたかった。決闘者であった自分を犠牲にしてでも、あいつに勝ちたかったんだ」

「勝ち……たかった?」

「そうだ。だが貴様はどうだ? 敗北してもめげずに決闘を繰り返す。悪くはないが、一度でも死んでも勝ちたいなんて思ったことはあるか? 次に勝てばいいなんて思うのは勝手だが、その次はいつ来る? 貴様はな、致命的なまでに勝利への執着が欠けているのだ」

 

 晃は今まで、一度も負けようと思って決闘をしたことは無い。

 だが、それとは反対に絶対に、何としても勝とう、なんて勝利に拘ったことも無いのだ。

 

「勝利への執着、か」

「勝てないのなら、勝てる術を探れ。それでも勝てぬのなら何かを犠牲にしてまで勝て。貴様はそれを得て始めて決闘者となるのだ」

 

 晃を指差し大々的に語る二階堂。

 

「オレは……勝利することに拘れば、勝てるんスか?」

 

 晃はこれまで敗北を重ねている。

 だが、唯一欠けているものを埋めさえすれば勝てるのだろうか?

 二階堂は平然と答えるのだった。

 

「普通は、無理だな」

「は?」

「勝利に執着しても、貴様には才能が無い。良くて並み以下だ」

 

 駄目じゃん。

 なんて晃は心の中でツッコミを入れる。

 

「だが──その才能を埋める何かがあれば貴様は一人前となれるだろうな」

「才能を埋める何か、生徒会長。それっていったい……?」

「知らん!」

「ええっ!?」

「そんなこと自分で考えろ。今日は遅いからな僕は寝るぞ」

 

 後は、勝手にしろ。

 そんな風に二階堂は部屋から立ち去った。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 そして現在に至る。

 才能を埋めるものを見つけ出さなくてはならないというのに、カードに触れることも無くひたすらにシャープペンと紙だけを触れているのだ。

 

「おおかた、カードに触れて見つけ出そうと考えていたのだろうな」

 

 お見通しなのか二階堂は、晃が処理した書類の1枚を手に取りながら語る。

 それを聞き、何が言いたいのかと尋ねる晃。

 

「何がおかしいんスか?」

「貴様の才能の無さは非常識だ。そんな貴様が常識的に考えて辿りつけるわけも無い」

 

 なんて滅茶苦茶を言う二階堂。

 彼はピンッ、と指で書類を弾いて冷たく語る。

 

「字が汚い。誤字脱字も多い、おまけに計算ミス……役に立たないな。貴様はクビだ」

「ちょ、生徒会長!?」

 

 勝手に仕事を押し付けたのに関わらず、クビ宣言。

 晃の服の襟を持ち追い出そうとする。

 

「少しだけ遊戯王と離れろ。貴様には貴様の戦い方があるだろ」

 

 なんて含みのある言葉を告げて部屋から追い出された。

 仕方が無くロビーへと向かう晃だったが、途中の廊下で昨日の出来事から立ち直ったのだろう。茜と出会った。

 

「あれ、橘君。生徒会の人たちは……?」

「ああ、追い出された」

 

 なんて一言だけの答えであるが察してくれたのか、茜はこれ以上聞かないでくれた。

 ほんの少しだけ考える仕草を見せてから晃に言う。

 

「そうですね。ちょっと気分転換に散歩でもしませんか?」

「ん、ああ」

 

 茜の誘いを受け別荘の外へ。

 舗装された道を通り森林が立ち並ぶような自然の景色の場所へと歩く。

 そういえば彼女とは二人きりになったことがなかったな、なんて思いながら晃は黙って歩き、その隣を茜も何も語らずに歩幅を合わせる。

 

「そういえば──橘くんが遊戯王を始めて、最初に決闘をしたのは私でしたね」

「確かに、そうだな」

 

 ピタリと足を止めて、茜は何かを思い出すように語りだした。

 分厚い説明書を読み、始めてもらったデッキの使い方も良く分からず悪戦苦闘をした記憶がある。今、思えばあの時からあまり強くなれていないような気がする。

 

「私はですね。あのときの決闘で橘くんは凄い人だなって思ったんですよ」

「え?」

「始めてカードを手にした人が、使い方もよくわからない中で部長の言葉や私のプレイで理解していく順応性の早さ。もちろん手加減はしちゃいましたけど、追いつめられてしまいましたしね」

 

 気が付けば隣に立っていた茜は、晃の真正面に来ていた。

 彼女は微笑みながら告げる。

 

「みんなは橘くんのこと才能が無いって言いますけど、私は違うと思いますよ。橘くんには橘くんの強さがありますから」

「オレの……強さ?」

 

 いったい何なのか。

 考えても、今はまだわからない。

 

「あ、あれって、涼香ちゃんですよね?」

「ん……そうだな」

 

 指を指した方向、遠くてはっきりとは見えないが後ろ姿は何となく涼香に似ている。

 

「行ってみるか?」

「そうですね。けど、私はここで帰りますね。多分、涼香ちゃんたちも同じことを考えていると思いますから」

「え?」

「まあ、会ってきてください!」

 

 肩を押されて急かされる。

 仕方ない、と早歩きで向かう晃は彼女に近づくにつれ涼香だと確認して声をかける。

 

「氷湊!」

「ん、何よ」

 

 素っ気ない返事。

 涼香は買い物用のバックを片手に持って歩いていた。

 

「見かけたからな。何してるんだ」

「何って、見ればわかるでしょ。昼食の買い出しよ」

 

 なんて言っているのだが、晃はここで一つ疑問に思った。

 

「いや、売店はまったくの逆方向なんだが」

「えっ……?」

 

 知らなかったのか、それとも間違えたのか驚きで顔を氷つかせた。

 思わずやれやれなんて表情をしてしまったが、すぐに感づかれる。

 

「な、何よ。知っていたわよっ! ちょっと、散歩をしながら行くつもりだったから!」

「痛っ、だったら脛を蹴るなよ。痛っ!」

 

 照れ隠しなのか、何度も軽く脛を蹴ってくるのが地味に痛い。

 

「それで、あんたは何をやってんのよ。何か思いついたの?」

「いや、まったくだ。だからオレも散歩している」

「ふーん、確かにあんたが強くなる方法なんて考えつかないわね。あんたがどんな手でこようとも捻り潰す自信があるわ」

「あのな……」

 

 自分の強さか、彼の弱さのどっちから来る自信なのだろうか。

 気分が少しだけ、げんなりとしてしまったものの、涼香は言葉を紡ぐ。

 

「けど、あんたはいつでもそうよね」

「何がだ?」

「どんなに倒してもへこたれない。負けても何度でも立ち上がる、口では簡単そうだけど実際には難しいものよ」

 

 正直な話、部活で晃が涼香に勝ったことは一度も無い。

 晃は弱いと認識はしているものの、諦めずに何度でも挑んでくる。

 しかし、実際に何が言いたのかわからずに晃は聞く。

 

「つまり何が言いたいんだ?」

「っ、わかりなさいよっ!」

「うっ!?」

 

 照れ隠し気味にボディーブローが腹部に綺麗に入った。

 腹を押さえて蹲る晃などそっちのけで、指を指して語る。

 

「あんたは弱いけど、認めてるってことよ。私はもう行くわっ!」

 

 晃を置いて涼香は歩き出した。

 今度はちゃんと、売店がある方向へと向かっていく。

 取り残された晃は、痛みが引いた頃に立ち上がり散歩を続けようとすると、

ひょこひょこと小走りで今度は有栖が数本のペットボトルを抱えていたのだ。

 

「あ、橘くん」

「ああ、風戸。いったい何を……って、見りゃわかるか」

「うん、みんなの飲み物を買ってきたから」

 

数えてみればペットボトルの本数は人数と同じ9本。

お茶やらジュースなど様々な種類があった。

 

「そうか悪いな」

「ううん、わたしはこんなことでしか役に立てないからこれくらいはしなくちゃ」

 

 なんて健気なことを言ってくれて嬉しさが込み上げてくる感覚を感じる。

 それと同時に今、まったく何の成果も出せず申し訳ないという気持ちも込み上げてくる。

 

「でも、オレは……今も変わらず弱いままだ」

 

 バツが悪そうに俯いて呟いてしまう。

 彼の言葉に対し有栖は黙ったまま晃の目を覗きこまれていた。

 

「橘くん、前に言っていたよね?」

「え?」

「最初は誰だって弱いと思う。肝心なのは強くなる気があるかって」

 

 かつて有栖と最初に会った時に晃が言った言葉だ。

 まるで前に言われた言葉をそっくり返すように有栖は語る。

 

「ずっと強くなりたいって思う橘くんなら大丈夫。きっと」

 

 本心からそう思うようにまっすぐと晃を見据えての言葉。

 彼女はペットボトルの一本を晃へと渡すと、ほんの数歩離れる。

 

「先に戻ってるね」

 

 小走りで別荘へと向かう小さい彼女の背が、さらに小さくなっていくのを見届けた晃はさらに奥へと進む。木々に囲まれた道を通ると昨日、熊……の着ぐるみを着た茜と決闘をした場所へと到着する。そこには、ただ一人、創がいつもの雰囲気に似合わずに空を見上げて静かに立ちつくしていたのだ。

 

「部長?」

「ああ、晃か」

 

 晃の存在に気付いた創は、少し寂しげな表情をして語る。

 

「悪いな」

「え……?」

「お前を無理矢理、遊戯王に引きいれたことだ。才能が無いとか言われてるが、それ以前に無理矢理だったもんな。もしかしたら、お前は俺の事を恨んでいる……なんて、思う時があるんだ」

 

 あまりに彼らしくない台詞。

 そんな彼に対し晃は、叫ぶように否定した。

 

「そんなわけないじゃないスかっ! これはオレの意思で、やってるんスよ。例え、リョウ兄に負けたとしても、オレは──」

「一つ、昔話をしようか」

 

 最悪の仮定を言おうとした晃に対して口を挟むように創は語る。

 表情に影をつくり、何か辛い過去を思い出すかのように。

 

「俺はな、知っての通り遊戯王が好きだ。子供の頃は勝っても負けても楽しくてしょうがなかった。だが、決闘を繰り返すたびに俺は強くなっていき……気が付けば、近所の誰よりも強くなっていたんだ」

 

 合宿で二階堂が来る前に話していたことと、まったくの同じだ。

 晃と違いひたすら才能に恵まれたからでこそ、彼は決闘をする度に強くなっていく。そうして行くウチに今の彼になったんだと。

 

「その頃にな、転校生が来たんだ。そいつも遊戯王をやっていたおかげですぐに仲良くなった。少し、晃に似ていてな、例え負けたとしてもめげずに何度でも挑んできたんだ。けど、そう長くは続かない。俺が負けること無く戦った数もわからなくなった頃だ」

「……どうなったんスか?」

「あいつは遊戯王を、やめた」

 

 予想外。いや、逆に予想できる事だろう。

 勝つことができずに敗北だけを繰り返す遊戯(ゲーム)に面白味を感じる人間がいるだろうか。普通は、いないだろう。

 

「『お前に勝てるはず無い。こんな、つまらないものはやめてやる』って言ってな」

「部長……」

 

 なんとなくではあるが、晃はその少年と自分を重ねて見られているような気がした。

 同じく敗北を繰り返す人間。そんな共通点を持つ人として。

 

「それで、俺は一度、遊戯王をやめようとしたんだ」

「部長が、遊戯王を?」

「ああ、けど無理だった。デッキを捨てようとしたが、捨てることもできず、俺から遊戯王を取ったら何も残らない気がしたんだ……だから、せめて俺だけじゃない相手も、みんなが楽しめる決闘をしようって、決めたんだ」

 

 遠い昔の決意を語るように創は真剣に語る。

 こうして少しだけ表情を和らいで続けた。

 

「だからな、遊戯王部()は勝敗も、強くても弱くても関係無い。みんなが馬鹿をやって笑いあえるような場所でいて欲しいって思ったんだ」

 

 今まで創は遊戯王部で意味も無く、ただの思いつきで馬鹿な事をやってきたと思ってきた。けれど、それらはまったく意味が無いことはなかった。みんなが楽しめるように、笑いあえるようにと考えてのこと。

 

「だが、そのせいでお前を悩ませることにしちまった……本当に悪い」

 

 深く頭を下げる。

 そんな彼に対して晃は

 

「部長、オレは全然気にして無いッスよ。オレだって今の遊戯王部が好きです。というよりも、今の部長の性格(キャラ)、全然似合ってなくて違和感しかないんスけど」

「そうか? まあ、うじうじ悩むのはやめだ」

 

 すーっ、創はと大きな息を吸う。

 腹に息を溜めたのち、空へと向かって大きく叫び声を上げた。

 

「おぉし! 明日の勝負、絶対に勝つぞ晃ぁあああああ!!」

「ちょ、いきなりっ!? 変わり身早いッスよね!?」

 

 いきなり元のテンションに戻されるから困惑するというか、前までの落ち込んだテンションが嘘みたいだ。まるで騙されて、詐欺にでも会った気分になった。

 

「ん……騙される。詐欺?」

 

 ここで、晃は一つ頭の中で何かが引っかかるような感覚を覚え、二階堂が言っていた言葉がフラッシュバックとして脳裏を過ぎる。

 

『貴様の才能の無さは非常識だ。そんな貴様が常識的に考えて辿りつけるわけも無い』

 

 遊戯王における常識的とは、実際のカードから考えることだ。

 なら、非常識な事とは……答えは簡単だ。遊戯王以外の事から持ってくればいいだけのこと。

 

「……見つけた」

 

 小さく創でさえ聞こえないぐらいの声で呟いた。

 ここで晃は、カチリッと脳内の歯車がかみ合うような音が聞こえた。

 

「ありがとう、部長! 恩にきます!」

「ん、おい! 晃!?」

 

 晃は考えるよりも先に走り出した。

 向かう先は当然、別荘だ。

 

 散歩で歩いていた道を引き返し、すぐさま別荘へと戻った晃は、朝から強制的に生徒会の仕事をさせられていた一室の扉をノックも無しに開いたのだ。そこには、たった一人、おそらく才能という面でもっとも晃に近い人物であろう二階堂学人が椅子に座りながら書類を処理している最中だった。

 突如、扉を開けても驚く様子も無しに視線を晃へと移す二階堂。

彼に対して晃はたった一言だけ告げる。

 

「生徒会長、オレと決闘してください!」

 

 

 


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