遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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031.熊と戦う!

 

 

 

 『橘晃を強くしよう』と話をしてから5日が過ぎた。

 その間、部活は実戦的なメニューを増やし晃にはより多く決闘をさせたものの成果はこれと言っていいほど出なかった。いつも通りの敗北を繰り返すだけだ。

 

 そうして時間が過ぎてしまい土曜日。

 遊戯王部は第二、第四土曜日は部活動を行うように決まっているが、今回は部室でなければ遊凪高校でも無く、近隣の遊凪駅へと集合していたのだ。

 

「みんな集まっているようだな」

 

 部長である創が来た頃には、既に全員集まっている。

 それよりも8時集合ということなのに、創が到着したのは8時5分だ。

 

「ったく、遅刻してんじゃないわよ!」

「悪い、昨日は興奮して眠れなかったんだ」

 

 悪態を吐く涼香に対して創はあまり申し訳なさに感じ無い風に謝る。

 なにせ土曜日と日曜日は彼が言っていた『合宿』を行う日なのだ。まるで遠足に行く前の日の小学生の如く創は夜に寝ることができずにいた。

 少し怒り気味の涼香に対し晃は宥める。

 

「まあ、バスの時間までまだあることだしいいんじゃないか?」

「ふんっ、別に怒ってなんかないわよ」

 

 バス停の時刻表を見る限りでは、8時10分ごろに到着するようだ。

 もう5分ほど遅刻していればどうなったかはわからない。

 

「合宿ってどこに行くの?」

 

 バスの待ち時間に気になったのか有栖が小さな声で聞く。

 合宿に行くとは聞いてはいるものの、実際にどこへ行くのかは創からは何も聞かされていない。だが質問に答えたのは創で無く、茜だった。彼女はちょっとだけ得意げな表情をしながら答える。

 

「実はですね。私の家が持っている別荘があるので、そこを使おうと思っているんですよ!」

「べっ、別荘!?」

 

 聞きなれない言葉に晃は声を出して驚く。

 普通の一般家庭で育った晃にとっては別荘なんて夢のまた夢の世界だ。あまり彼女のことは詳しくは知らないものの、普段の丁寧な言動から良い所のお譲さまなのだろうか。

 いずれ詳しく聞いてみたい、と思ったころにバスが来る。

 

 バスに乗り続けること2時間ほど。

 街中を抜け舗装された山道を走り続けた先に到着した。

 

 さらに徒歩で15分前後。

 到着した山の山頂付近では学校の運動場の半分ほどの広さで木々が開けた広場のような場所になっており付近には川も流れている。コンクリートブロックで造られたかまどのような造形物も設置されており、ここは所謂キャンプ場だ。

 深呼吸をしながら創はテンションが高めに呟いた。

 

「おお、自然って感じの場所だな!」

「別荘はもう少し先ですよ」

 

 茜の案内により、さらに先へと進む。

 山奥の舗装された道を進むとキャンプ場の雰囲気に合ったコテージが見えた。木でつくられた見た目ではあるが、板状では無く丸太を組み合わせて作ったような感じの作りはログハウスというものであり一軒家ほどの大きさのものだ。

 そのログハウスを指差して茜は語る。

 

「あれが別荘です!」

「へぇ、随分とオシャレなものね」

 

 などと感心したかのように涼香が声を上げる。

 鍵を開け中に入ると、中は綺麗に清掃されているのか埃も目立たず絨毯や家具が置かれ生活感にあふれるような感じだった。どうにも、キャンプ場の管理人に依頼し定期的に掃除して貰っているらしい。

 

「じゃあ、荷物を置いたらさっそく部活を始めるぜ!」

 

 創が全員に伝える。

 普段はふざけている彼でも唯一の年長者にして部長なのだ。

 やる時にはやってくれるのだろう。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

「それで部長。何をやるんスか?」

「着けば、わかるさ」

 

 10分後。

 荷物を置き決闘盤などの必要なものだけを持って外へと出たのだが、今晃は創と二人きりなのだ。なんでも涼香たちは特訓のための準備をしてもらうために別行動をすることになり途中で逸れたのだ。

 デッキや決闘盤の他に、何か荷物を持っていたのが少しだけ気になった。

 

「おっと、ここだな」

「え……どうしてこんな場所に?」

 

 到着したのはログハウスよりもさらに山の深くだ。

 半径十メートル前後の円形状の広場のような場所は周りは草木の茂みに囲まれており、設置されている木製の看板にはデフォルメされた熊が人に襲いかかっているかのような絵と『熊出没注意!』なんて危険を告げるものが描かれている。

 

「本当に決闘(デュエル)の特訓なんスよね?」

 

 何より晃が不思議に思ったのは、場所を既に選んでいたことだ。

 決闘を行うにしてもテーブルがあれば良い。もしくは決闘盤があることもあり、シーズンにはまだ早いためキャンプ場には人がいないことからそこを使えば良いのだ。

 だが、創は笑いながら語る。

 

「あのな、晃。せっかく合宿で山に来てるんだ。いつも通りに決闘するだけじゃつまらないだろ!」

「じゃあ、いったい何を?」

「熊と戦う!」

「……は?」

 

 今、いったいこの人は何を言ったのであろう。

 くまと戦う、なんて言葉だ。

 

 (くま)

 目の下の黒ずんでいる部分の事。

 

 球磨(くま)

 日本海軍の軽巡洋艦。球磨型軽巡洋艦の1番艦。

艦名は熊本県を流れる球磨川にちなんで命名された。

 

 (くま)

 動物界脊索動物門哺乳綱ネコ目(食肉目)クマ科の構成種の総称。

 一般に、密に生えた毛皮と短い尾・太くて短い四肢と大きな体、すぐれた嗅覚と聴覚をもつ。力が強く 突然、出会うと攻撃してくることもある。

 

 なんて『くま』について色々と思い当たったが、やはり結論に至ってしまうのは最後の『熊』だ。イメージとしては、茶色、毛むくじゃら、大きい、力が強い、凶暴。なんて様々だが武器というか持ち物が遊戯王のデッキと決闘盤しか無いために戦うなんてまず無理だ。

 

「部長……冗談はほどほどに──」

「いや、俺は真剣(マジ)だぜ!」

 

 ガサッ。

 突然、晃の後の茂みが音を立てて揺れた。

 

「……へ?」

 

 背後を振り向くが、茂みが見えるのみ。

 熊どころか獣一匹見えはしない。創が変なことを言っていたために心臓バクバク、今にも何か出てくるんじゃないかと思っていた矢先に創は追い打ちをかける。

 

「どうやら来たようだぜ」

「何が?」

「熊だっ!」

 

 ガサ、ガサッ。

 今度はさらに大きな音を立て茂みが揺れる。

 振り向いた晃は、しっかりと茂を見たが小動物なんかでは無い。明らかに大きな獣が動いたかのような揺れなのだ。だが、今度は茂みがさらに晃の方へと揺れ動いてくるのだ。

 

「ほーら、来るぞー!」

「うわぁああああああああっ!?」

 

 確実に近付いてきている。

 不安と恐怖で絶叫する晃では、あるが茂みの中にいる獣は止まる様子も無い。

 かなり近くまで来た途端、ピタリと揺れが収まったのだが──。

 

 ガサリッ!!

 より大きな音を出して茶色い獣が飛び出したのだ。

 

「ガオーッ!」

「うあああぁぁぁぁぁぁぁっ!? …………って、へ?」

 

 獣が飛び出し再び絶叫するものの、獣の容姿を見てピタリと止まったのだ。

 鋭い爪に茶色い身体。まちがいなく熊ではあるが、身体は毛むくじゃらで無く布地。爪も白い布を鋭利的っぽい形にしたもの。何より顔が看板の絵と同じデフォルメされており目なんてパッチリ開いて、まばたきするなんて当然無理だろう。

 

それは何故か。

熊は熊でも着ぐるみなのだから。

 

「ガオーッ! 食べちゃうぞー!」

 

 晃を襲うような仕草を行うが、着ぐるみとわかれば恐怖は感じ無い。

 それよりも日本語すら使ってくるのだから怖くもなんともなくなってしまったのだ。しかも、その熊の声には聞き覚えがあった。

 

「というか日向かよっ!?」

「はいっ、日向茜ですよ」

 

 熊の着ぐるみの中。声は完全に茜のものだ。

 しかも本人からも名乗った。

 

「さあ、戦え!」

「どうやってっ!?」

「勿論、決闘ですよっ!」

 

 気が付けば熊の着ぐるみin茜は決闘盤を着けていたようだ。

 デッキを装着し決闘の準備を行うために間合いを取る。つまりは、熊の格好をした茜と決闘して戦えということらしい。

 

「ちょっと、待ってくれ」

 

 なんて言って、晃は身体の力を抜く。

 

 すー、はー、すー、はー。

 二、三度深呼吸をして頭を落ち着かせながら呼吸を整えて彼は叫んだ。

 

「熊の意味、まったくねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 先ほどの悲鳴よりもさらに大きく、晃のツッコミがこの山の中に響き渡った。

 

 

 

 + + + + +

 

 

 

 茜との決闘の後は、昼食としてバーベキューを行い。

 午後にはうさぎの着ぐるみを着た有栖と決闘をし、続いては涼香との決闘だったが、彼女用に用意されていたのは、かつて二階堂が着ていた鳥の着ぐるみだったが彼女は拒否し普通の格好での勝負になった。

 

 もっとも、晃が全敗だったのは言うまでも無い。

 

「というか、やる気あんの? 弱さがますます磨きが掛かったって感じよ」

「え?」

 

 決闘を終え涼香は怒り気味に彼の胸ぐらを掴む。

 何せ先ほどまでの晃の決闘は、いつものような引きの悪さに加えて初心者が起こすようなプレイミスを連発する始末なのだ。まるで決闘に集中できていないような感じだ。

 

「そう言うな氷湊。おそらく焦ってるんだろうな。後2日しかない状況で強くならなければいけないのに、強くなれない。だから──」

「じゃあ、アンタもふざけんじゃなわよ!」

「ごふっ!?」

 

 創に向って正拳突きが放たれる。

 倒れ込んだ際に、創はリュックサックの中から一冊の本を落とした。タイトルには『よくわかる山籠りの特訓修行』という熊と人間が戦っているようなイラストの本だ。内容に関しては、これは明らかにふざけているのだろう、と熊と戦ったり滝にうたれるような挿絵がずらずらと描かれている。

 これは、カードゲームが強くなる以前にリアルファイトが強くなるに違いない。

 

「くっ、この本を参考にしたが駄目だったようだな」

「当たり前よっ!」

 

 自信があったのだろうか、創はガックリと項垂れてしまう。

 そんな彼に涼香が呆れ果てる。

 

「それよりも、部長はどうやって強くなったんスか?」

 

 そう言えば聞いたことが無かったな、なんて思いながら晃は一つの質問をする。

 この中で最も強い創は、巷では有名になるほどの実力を持つらしい。そんな彼が強くなった方法を聞きだして真似をすればいいなんて考える。

 

「ああ、気付けば強くなってたんだ」

「え?」

「最初は勝っても負けても楽しくて。日が暮れるまで続けるほどにやって。知識も経験も培った頃には、神童なんて言われていたんだ。だいたい決闘者というのは、そうして強くなるもんなんだぜ」

「私も、それだけについては同意するわ」

 

 語る創に同意する涼香。

 つまりは、ただ単純に決闘をすればするほど強くなってきたということだ。

 

 だが、それは晃にとってはまったくと言っていいほど当てはまらない答えなのだ。

 遊戯王を始めてからおよそ2カ月ほど。彼が行ってきた決闘は数百というレベルにまで達しているのにも関わらず向上が見られない。偶に勝てそうだったという場面があるにせよ、引きの悪さは相変わらずでここぞという場面で負けてしまう。

 

 万事休す。

 晃が強くなるための手段も方法も見当たらなければ、どうしようも無いという状況に晃を含め涼香や創も何も言えなくなり静まってしまう。

 風と木々のざわめきしか聞こえない静寂の中、聞いたことのある口の悪い男性の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ふんっ、相変わらず駄目な連中だな」

「その声は──生徒会長!?」

 

 まずは晃が真っ先に反応する。

 声がした方向へと振り向けば二階堂学人が手で眼鏡のズレを直しながら、ヤレヤレと言いたげな表情で立っているのだ。この場において予想外の人物に晃と涼香が驚きの表情を見せる。

 さらに二階堂の後から数人が姿を見せた。

 

「はは、久しぶりだね涼香ちゃん。やっぱり俺と付き合わない?」

「あ、あの、突然、お邪魔してすみません!」

「……先輩たち、荷物持ちはいいんですが、これは多すぎじゃないですか?」

 

 冗談で言っているのか軽い口調の生徒会副会長の椚山堅。

 おどおどと申し訳なさそうに謝る初瀬小桃。

 晃の友人でもあり、パンパンになって丸くなったリュックサックを汗だくで背負う生徒会庶務の遠山和成。

 

 晃が知っている限りの生徒会メンバーが集結していたのだ。

 

「え、なんで……」

「そこの阿呆に呼ばれたのだ。せっかくの休みだというのに時間の無駄だ」

「でも、来てくれたじゃないか」

 

 毒を吐きつつ創を視線で指しながら答える。

 それでも来てくれたというのは、元遊戯王部だったことから来る責任感なのか、ただ単純にお人好しで来てくれたのかまでは真意は掴めない。

 

「そもそもが間違いなのだ。貴様らのような才能に恵まれた連中が、恵まれない人間を強くできると思うか? だが、安心しろ。この僕が来たからには──」

 

 なんて堂々と宣言しようとする。

 だが、その言葉より早く『ぐぅー』と腹の音が鳴る音が響いたのだ。

 音の出所は、二階堂からだ。

 

「…………腹が減っては戦が出来ぬ、と言うな。先に腹ごしらえだ」

「え、ちょ!?」

 

 良いところだったのに勝手に中断されるあたりは、創にも似て割と自由人だ。

 腹ごしらえという提案には創も賛成の声を上げる。

 

「今、日向と風戸がカレーを作ってくれてるぜ」

「カレーか、悪くはないな」

「えっ、オレを強くしてくれるって話は?」

 

 どうやら彼らにとって優先順位は己の腹を満たすことの方が上らしい。

 晃の決闘指導はまだ少し後の話だ。

 

 

 


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