時が進むのは案外早いようで、授業が終わっては部活で負けて、授業が終わっては部活で負けて……なんて日々を繰り返して一週間近く経過した。現在、次の週の月曜日。晃たちは朝のHRで席についていたわけで──。
「じゃあ、てめえら、ホームルームを始めるぞ」
なんて乱暴な口調で言うのは、1年2組担任の真島千尋。
元々、この学校には不良と言うような種別の人間がいないこともあるが、不良上がりとも思える人物である真島千尋に逆らえるような生徒はいない。
全員が欠席、遅刻無しというのを一瞥するように確認してから真島は語る。
「あー、今日は転校生が来ることになっている。今から紹介すっぞ」
途端、ガヤガヤと小さなざわめきにも似た声がちらほらと上がった。
やはりこの情報を知らないほうが大多数を占めているのか、学校内でよく見かけるグループらがあまり目立たない声で話合っているのがわかる。
「やれやれ、気持ちはわかる……が、少し静かにしろ」
気付けば真島は腕をボキボキと鳴らしていた。
ほんの小さな話声も許さない彼女から危機を感じ取ったのか、『どんな人なんだろ?』なんて話合っていたり女子たちや、『可愛い子かな?』なんて予想をする男子生徒たちが揃いも揃ってピタリと声を止めたのだった。
「よぉし、やればできるじゃないか。それじゃあ、入って来い」
真島の呼び声に応じるかのように教室の扉がガラリッ、と音を立てて開かれた。中から入ってきたのは、この教室の生徒の中ではおそらく晃だけが知っている顔だろう。腰にまで伸びた長い髪に低い身長、小動物を思わせるような少女は緊張しているのか、晃が出会ったときよりも若干、強張った面目で教壇の前まで歩いていた。
このとき、若干の男子生徒から『おおう』と歓喜に似た声が上がっていた。
「自己紹介だ。できるか?」
「か、風戸有栖です……よ、よろしくお願いします……」
ふかぶかと、頭を下げる。
そんな彼女に対して『よろしくー』や『ちっちゃくて可愛いー』など男子生徒や女子生徒関係なく歓声の声が沸いたのに驚いたのか、有栖は顔を真っ赤にさせて慌てふためいた。
まるで目を回すかのように右を向いては左を向き、左を向いては右を向く。
「────きゅう」
「あ、おい!?」
バタンッ、とそんな音を上げながら有栖は気を失う様に倒れた。
晃は会ったときから何となく察していたが、彼女はどちらかというと人見知りの方だろう。そんな彼女は、クラスメイトからの熱烈な歓迎やら視線に耐えきれなくなって倒れてしまった。
「ったく、救護班……じゃなくて保健委員! 私と一緒にこいつを連れてくぞ」
「ふぅ、噂の転校生ってどうにもめんどくさい感じね」
他のクラスメイトよりは興味が無いとでも言いたげな目をしていた涼香は、倒れていた有栖を見つめては冷たい口調で言っていた。そんな彼女に対し隣の席に座る晃が語る。
「というか、このクラスの保健委員って氷湊じゃなかったっけ?」
「あれ、そうだったかしら?」
どうやら自覚が無かった様だ。
そんな彼女はしぶしぶと言った感じで担任の真島と一緒に、有栖を担いでは保健室へと連れていくのだった。
+ + + + +
「──と、そんなことがあったんスけど」
昼休み。
本来ならば自分たちの教室で昼食を取っていたはずなのだが、今回は例の転校生が来るということで報告と作戦会議も兼ねて遊戯王部の部室に集まって食べるということになっていた。
「ああ──
なんて購買のA4ノートほどの巨大カツサンドを齧っては、漫画やアニメでお約束の様な行儀の悪さを見せつける創はあまりに野性的で緊張感の無さを見せつけていた。その彼から最も席が近い茜は、彼とは対照的に行儀良く昼食を取っていたが、さすがにこれは許容できなかったのかいつも以上にハッキリとした口調で叱る。
「部長。意気地が悪いですよ」
「んぐっ……ん、ああ悪い悪い」
ちなみに茜の弁当は、豪勢な感じの2段重ねの重箱に詰められていた。
彼女自身についての話は聞いたことは無いにしても普段の口調から良いとこのお嬢様なのだろうか、なんてつい考えてしまう。
「それで、どうすんのよ? あんな感じじゃ遊戯王部なんて入ってくれるわけないわ」
真っ当な意見を立てる涼香。
ちなみに彼女はピンク色で小さな弁当箱を所持している。普段の強きな感じや、喧嘩っ早さから見てはついギャップを感じてしまう男性陣の晃と創だが、普段からの経験で言わないのが得策である。
「まずは遊戯王部に引き入れるところからか……晃、お前に任せた!」
「オ、オレッスか!?」
いきなりの指名に驚きを見せる晃。ちなみに彼も昼食は購買で買ってきたカレーパンと焼きそばパン、牛乳という普通のメニューだ。なんでという視線で抗議すると創は、一度首を横に振って語る。
「お前は既に面識があるだろ?」
「いやっ、それ部長もあるッスからね!?」
「あぁ、けど俺の場合、第一印象が最悪だっただろ? 『今遊戯王が全然好きじゃないだろ?』なんて言っちゃたわけだし」
「本当だ!? 第一印象最悪じゃないッスか部長!?」
前の再現をする様に見えもしない相手に指を指しながら台詞を口にしていた創だったが、改めて思えば遊戯王部勧誘という意味では本当に最悪だ。さすがに手のひら返して彼が遊戯王部に誘うのは相当なチャレンジャーになってしまう。
「というか、あれだとオレだって印象悪いッスよね? ほら、
けれど、晃だってそうだ。
あんな辛そうに
「それは、あれだろ。土下座だ」
「土下座っ!?」
何故、そこまでせにゃならんのだと言う感想を含めて驚いた。
確かに謝るのは吝かではないが、彼とてプライドの欠片ぐらい持っているのだ。
なんて女性陣そっちのけで男二人で会話をしていた創と晃だったが、そんな会話を聞いていた涼香と茜だったが、二人とも箸を止めては何をしているんだかという顔をしていた。
「というか二人とも、大の男が風戸さん……あんな小さな子に謝らなくちゃいけない事をしたの? というか土下座って……どんな酷い事をしたのよ? 日向さん」
「もしもし、警察さんですか──?」
気が付けば変質者を見るような目で涼香が語っていた。
彼女と呼吸を合わせるように茜はスマートフォン片手に、どこかと通話するような仕草をしていたが、彼女の声でどこに繋いだのか一発で理解できてしまったのだ。
「待て待て待て! 俺たちはやましいことなんてしてないぞっ!?」
「そ、そうだ!
なんて慌てふためく創と晃だった。
さすがにこの歳で国家権力のお世話になりたくはないだろう。そんな二人が面白かったのかクスクスと笑って茜は電源が入っていない暗い画面のスマートフォンを見せた。
「冗談ですよ。本当に警察に通報なんてしませんから」
「そっか、よかった……」
「──私は本当に軽蔑したけどね」
「って、オイッ!? 氷湊ォ!?」
茜のが、ただの冗談で安堵の息を吐いた二人だが涼香からの変質者を見る様な目が絶えなかったのは正直、精神的に辛い。そんな彼らを情けなく思ったのか『はぁ……』なんてため息をついて涼香は語る。
「いいわ。今回は、
「はいっ、問題ないですよ!」
「おおぅ……なんか一段と頼りになる感じが……って今、何か変な意味を含んだ言葉があった気がするんだが気のせいか?」
ちゃんと涼香は〝だんせいじん〟と呼んで言っていたはずだ。なのに勘の良い創は、この言葉が別の意味の言葉を使われたような気がしてならなかった。それを涼香はどこ吹く風か窓から映る空を見上げながらそっけなく答えた。
「気のせいよ」
『そうかー、気のせいかー』なんて空気が漂った中、遊凪高校の昼休みは終わりを告げた。
+ + + + +
放課後。
遊凪高校のメンバーは全員、昇降口へと来ていた。転校生である風戸有栖が5時限目から復帰し授業を受けていたのは晃と涼香から情報の通達済み。早退したわけでもないのであれば、必ず昇降口を通るだろうと創が意見したのだ。
「さて、これからの作戦なんだが……」
「私たちに任せればいいわ!」
なんて腕を組みながら自信満々に語る涼香だ。特に彼女は素っ気ない素振りを行うために人付き合いなんて得意ではないという印象を持つが彼女とて女の子だ。同じ女の子である有栖を勧誘するのに、馬鹿二人よりかは上手くできる自信があった。
「あっ、来ましたよ!」
なんて本人である有栖に聞かれないであろう小声で監視をするように昇降口と廊下の間を眺めていた茜が語る。すると、昇降口で打ち合わせをしていたとおり晃と創は邪魔にならない様に目立たない隅へと移動し中央には茜と涼香が取り残された。
有栖が昇降口へ入って自分のために用意された靴箱へと手を伸ばした時だ。彼女の前に仁王立ちした涼香が立ちふさがった。驚いたのか『ひぅ……』なんて声を上げたが、その人物が担任と一緒に保健室に連れて行って人物であるとわかったとき、少し表情が和らいだ。
「あ、保健委員の……あの、ありがとうございました」
「別に礼はいいわ」
なんて素っ気なく返してしまう。
彼女自身整った顔立ちもある事から、その様な態度を含めクールビューティーなどという印象が定着しているが、本性を知っている遊戯王部メンバーからは苦笑ものだ。
「それよりも、風戸さん……だったかしら? ちょっと顔貸してくれない?」
「ひっ、ご、ごめんなさいっ!」
「あ、ちょ──!?」
勧誘しようと声をかけたら逃げられたのだ。
伸ばした手を引っ込めて逆走するように廊下へと戻って行く。
それも仕方が無い。言い方もあれだったが、彼女自身常に普通の女子よりも攻撃的な雰囲気が感じられるのだ。それに彼女自身、勧誘なんて始めてだったのか話し方もぎこちなく圧迫感が遠くから見ていた晃たちにも伝わったのだ。
「なんというかな──これから気に入らない奴をシメるスケバンみたいだったぞ氷湊」
「う、五月蠅いわねっ!」
「ぐふっ!?」
晃が正直な感想を述べると腹部に正拳突きを受けて蹲る。自信満々に語っていたはずなのに失敗した羞恥心からか彼女は顔を真っ赤にさせているのがわかった。それを見かねて今度は茜が語り出す。
「だったら、今度は私の作戦でいいですか?」
「ああ、構わんが何か策があるのか?」
「ええ、バッチグーですよっ!」
なんて普段控えめな彼女とは思えない自信満々な態度で語っていた。
気が付くと彼女の手には、薄いピンク色の可愛らしい封筒が握られていたのだ。
「涼香ちゃんが正攻法なら私はその逆から攻めていきます。女の子なら誰もが憧れる、名付けてラブレター作戦です! これならきっと読んでくれますよ」
「ラ、ラブレターって……不自然じゃないか? 今どきそんなの書いてる奴なんて見た事ないぜ」
なんて異議を立てる創。
なにせ彼は生まれてから17年間、1度もラブレターはおろか告白だってされた事はないのだ。そんなご時世に使ってもただの立ちの悪い冗談で済まされてしまうかもしれない。と言いたげだったが『なんのことだと』言いたげな風な茜がキョトンとした表情で言い張った。
「えっ、私は中学時代に貰ったことありますよ?」
「──なっ!?」
一瞬、石の様に固まってしまう創。
珍しい茜の失言に、こちらも珍しく涼香がフォローに入る。
「日向さん、これ以上は駄目よ……可哀想なモテない人の気持ちも察してあげなくちゃ」
「……モテ、ない」
「ぶ、部長!?」
普段は悪口さえも聞き流す彼だが、さすがにこれは堪えたのかズーンと落ち込み昇降口の隅で体育座りをして蹲ってしまった。そんな部長を始めてみるのか晃は驚きの声を含めて彼の名前を呼んだ。
だが、すぐさま立ち直り追撃の様な口撃を行った涼香を指差し創は抗議する。
「っ……だったら氷湊! お前はモテるとでも言のかっ!?」
「ん、私もラブレターぐらい貰ったことあるわよ」
「……っ!?」
再びズーンと言う効果音を立てながら落ち込む創だった。
「すまん橘、後はお前に任せる……ぜ……」
「ぶ、部長……大丈夫ッスよ! オレだって貰ったこと無いッスから!」
「なっ、た、橘……」
同類がいたことに安堵したのか顔を上げ創が囁く。
気が付けば二人はガッシリとした握手を交わしていた。そんな二人を見ては呆れた目をしながら無言でいる涼香に、ホロリと涙を流したような仕草をして感動する茜がいた。
「いいですね、男の友情……ちょっと憧れてしまいますよ」
「
「あ、忘れてましたっ!」
ちなみに涼香がモテないと強めに主張したのは言うまでもない。
その後、彼女の指摘により茜は有栖の下駄箱へと手紙を入れる。後は彼女が来て見てもらうだけだ。そのまま、茜や涼香たちも目立たない位置へと移動する。
このままおよそ5分後ほどをして有栖が戻って来た。
先ほどの涼香の件もあったのか辺りをキョロキョロと挙動不審に探りながらも遊戯王部メンバーは見えない位置に隠れていたため何も問題は無いと確認した彼女は下駄箱を開けた。
「ひゃっ……!?」
その途端、中にあった手紙に気付いたのか顔を真っ赤にさせて驚いていた。
知られたくない事なのか首を素早く動かして周囲に誰かがいないか確認するが、都合のいい事に今の昇降口には有栖と隠れている遊戯王部メンバーしかいない。自分一人だけしかいないと思った彼女は、その場で封筒から1枚の便せんを取り出して読み始めた。
それを隠れて見ているのは趣味が悪いと思ったのか創が視線を逸らして気になったことを茜に聞き始めた。
「そういえばさ日向……お前、手紙の内容はなんて書いたんだ?」
「え、えーとですね──」
なんて茜は唇に手を当てて思い出すような仕草を取る。
「『貴女のことが前から好きでした。是非とも付き合ってください、遊戯王部の部室で待ってます』……と書きました」
「待てっ! それって良くも悪くも完全にラブレターじゃね!? どうやったらそれが勧誘に繋がるんだよっ!?」
なんて思いっきり小声で突っ込む創。
茜は『えへへ』なんて照れ笑いをしながら謝った。
「ごめんなさい。ちょっと、楽しくなっちゃて我を忘れてしまってました」
「まあ……誤解は後で解けばいいじゃない。それよりも日向さん、その手紙は差出人は誰の名前になってるの?」
「……あ!?」
なんて涼香の疑問と茜の反応に遊戯王部メンバーはピシッと凍りついたような効果音と共に固まってしまったのだ。別にラブレターについては後で全力で謝ればきっとなんとかなると信じるものの、誰が書いたと思われるかが肝心だ。
「いやさ、すまんが最初の責任者だ。茜……お前が書いたって伝えてくれ」
「そ、それはそうですけど部長──私は女の子ですよ……お、女の子同士でそ、そんな……ご、ごめんなさい橘くん! 今度、部の掃除当番代わりますので、お願いしますっ!」
「オ、オレ!? さすがに、ラブレターって言うのはな……す、すまん氷湊、パスだっ!」
「わ、私に振らないでよっ!? というか、それならば部の一番の責任者、部長が部員の責任を負うのがスジじゃないのかしら?」
「くっ……戻って来やがったっ!?」
なんて創、茜、晃、涼香の順でループしていた。
その間にも有栖はさらに顔を真っ赤に赤らめては、心此処にあらずと言った足取りで手紙を抱えながら校舎へと戻って行くのだ。どうやら手紙の通り遊戯王部の部室に向かってしまう様だ。
そんな姿を見ては、珍しく遊戯王部メンバーは揃ってため息を吐いたのだった。