「転校生が来る!」
「……はい?」
涼香の断罪を受けた日の放課後。
6限目の英語の授業を終え、晃は荷支度を終えたのち真っすぐ部室へと向かって行った。涼香とはクラスが同じだからと言って一緒に部活へ行くということは無い。まして、今回の盗撮写真という件を含めいっそう溝が深まった感じだ。
そのため晃は一人で遊戯王部の部室の扉を開けたのだが、それと同時に既に部活を始めていたのか、テーブルにカードを広げては決闘を行っていた創と茜のうち、創は晃に対して突如、意味不明に〝転校生が来る!〟と告げたのだ。
言葉の意味は理解できるものの、意図を理解できない晃は目を点にして唖然とした。それも当然だろう。誰だって突拍子も無い言葉を言われて、『はいそうですか』と理解できるはずがない。
自信満々な表情で告げる創に、困った顔で笑う茜。
この困惑した空気を壊したのは、この場の3人では無く、晃からすれば予想外の人物だった。
「相変わらず前振りも無くよくも語れるな。貴様は」
整った黒い髪に、黒色のフレームの小さなレンズの眼鏡。優等生と思われるような顔立ちであるが、唯一その眼光だけは鋭く睨んだ相手を怯えさせることぐらいはできそうな人物。
生徒会の長、生徒会長〝二階堂学人〟だ。
「って、生徒会長ぉっ!?」
驚きのあまり叫ぶかのような大声を上げてしまった。
それも、かつて遊戯王部メンバーでありながら遊戯王部を潰そうとし創から遊戯王部へ戻ってくれという誘いを断った人物なのだ。この場にいるのはあまりにおかしい立場とも言える。
二階堂は、何故か遊戯王部にあるパイプ椅子に座り部の備品らしき雑誌の一つである〝月刊デュエリスト〟と呼ばれる名前からして遊戯王関連の雑誌を見ていたのか、手元からその雑誌の表紙が見える。そんな彼は、晃が上げた大声を不快に感じたのか目元をより一層鋭くさせ晃を睨む。
「五月蠅いぞ。まったく貴様らは、もう少し静かにできないのか?」
「あ、すんません……というか、何故に生徒会長がここに?」
「ふんっ……僕の勝手だ」
などと切り捨てるかのように晃の質問に答えてくれない。
それどころか興味が無いと言いたげな様に再び、二階堂は視線を雑誌へと戻したのだ。
途端、扉がガラリッと音を立てて開いた。いまだ部室に来てなかった遊戯王部の部員である涼香が入っては、中の様子を察して晃の時よりも早く生徒会長の存在に気付く。
「何だか騒がしいわね……というよりも、何で生徒会長がいるのよ?」
などと今度は涼香までもが問い詰める。何故だか遊戯王部の部室に来て雑誌を読む生徒会長は、やれやれと言った感じで雑誌を閉じたのち立ち上がって答えた。
「……掻い摘んで話せば、貴様らが不甲斐ないからだ」
挑発気味に遊戯王部メンバーに対して語る。
もうすでに理由がわかっているのか、創や茜はどこ知らぬ顔で聞き流し、事情を知らない晃は首を傾げ、挑発されたのが気に食わない涼香は二階堂を睨みかえす。
「部活は3人以上というのが規則だが……貴様らが団体戦に出るというのなら最低5人が必要だ。だが、既に5月の中旬だというのに、今だ新しい部員が入らないではないか」
「まあ……俺たちも勧誘しているんだけどなぁ」
などと創は語る。
だが、それは勧誘と呼べるのだろうか。かつて晃が意味もわからずにキレた魔王と勇者ごっこ的な三文芝居。それを主に創と茜が行っているだけだ。晃は、参加せずにただ保然と見守るかのように立ちつくしており、涼香に至っては『付き合ってられないわ』と帰る始末だ。
「そもそも、この地区には遊戯王を専門する第七決闘高校が存在する。本当に遊戯王がやりたい奴であるならば、まず向こうへ入るのが道理だ。貴様らの様な変わり者がそう何人もいるわけないだろう?」
腕を組み、仁王立ちで高らかに発言する二階堂。
確かに、近隣には遊戯王を専攻する学校が存在する。遊戯王を軽い趣味程度で行う人物はこの学校にもいるのだが、遊戯王部などで本気で大会を目指すかのような熱意を持った人物がいないのである。ごもっともな話だと晃は思う中、彼の発言が気に食わないのか涼香は即座に二階堂の左腕を掴む。
「誰が変わりものですって? 見下すような発言をするんじゃないわよっ!」
「っ……貴様ぁっ……痛っ、やめろ、その関節はこれ以上、曲がらなっ……」
突如、悲鳴にも似た声が部室に響き渡った。
涼香は二階堂の左腕を掴んだと思うとまず背中へ押し当てたのち上へと関節を曲げた。この曲げ方ではせいぜい肩より下程度までしか曲がらないであろうが、彼女はそれを首元まで無理矢理へし曲げたのだ。形はまったく違うがまるで腕挫腕固のような技だ。
結果、無理に至った激痛により普段から冷静そうで敵役として強敵のような雰囲気を出していた二階堂は悲鳴を上げて崩れ去った。かつて遊戯王部を潰そうとした人物が、ここで涼香によって潰されたのだ。
「なんだろう。生徒会との決戦の時は、強敵っぽかったのに……」
「あれですよ。多分、やられた敵役が小物臭を放つような現象ですよ」
確かにそんな感じだった。
哀れ二階堂。強敵から小物へと格下げだった。
「まあまあ、だから生徒会長は情報を提供してくれたんだ」
「情報……?」
宥めるように押さえる創に、涼香は首を傾げた。
その情報とやらを聞いていないから当然だろう。
「っ……その通りだ、この乱暴娘が……。まず、1年はすでに規則で部活に入っている。ここで急に部活を変えたりなど面倒だと感じるだろう。2年、3年においては部活に入る規則は無い故に1年から続けている部にしか所属する者がほとんどであり、後は部活に入る気も無いやつらばかりだ」
二階堂の言うことはもっともだ。
晃とて、もともとは入る部活が決まらず途方に暮れていた時期があったが、この学校に1年は原則的に部活に入らなければならないという規則が無ければ入らずにいたであろう。
だが、逆に考えれば──。
「って、それだと誰も遊戯王部に入る人がいないってことじゃないスか……」
「焦るな。だから情報を提供しに来てやったと言っただろう」
これが二階堂が遊戯王部に来ていた理由なのだろう。
彼とて、元は遊戯王部のメンバーだった。だからでこそ、今の状況の打破のために外部という立場でありながら協力してくれるのだ。
「来週あたりで転校生が来る。1年……それも、確かそこの乱暴娘と影が薄い奴のクラスにだ」
「っ……乱暴娘ですって……」
「影が……薄い奴……」
ここで、創の〝転校生が来る!〟などという台詞と繋がった。
が、それ以上に1度目は聞き流したが、すでに定着された〝乱暴娘〟と言う呼び名に涼香は怒りを見せるかのように握り拳をつくりわなわなと震わせ今にも、先ほどのような暴挙に出そうな態度を見せる。
さらには、〝影が薄い奴〟と言われた晃は項垂れていた。
「ま、まあ……呼ばれ方なんて気にしても仕方ありませんよ。むしろ、私なんてあだ名で呼ばれたことがありませんからっ!」
と、フォローのような事をしてくれる茜。
けれどさすがに、この呼び名はあだ名というものではないだろう。
「まあ……次、言ったら潰すわ。で、その子が遊戯王部に入ってくれるの?」
肝心な点で涼香が質問をする。
しかし、それを二階堂は首を横に振って否定した。
「いや、直接会ったわけではないからな。僕にもわからん……だが、実際そいつの両親から話を聞くことはできた。どうにも、ネット決闘で相当な実績を積んでいるらしい」
「ネット……決闘?」
聞きなれない言葉におもわず晃は口に出して首を傾げた。
その意図を理解した茜は、『そうですねー』と口ずさみながら解説していく。
「言うなれば、パソコンとかのネット上で行う決闘のことです。実際にカードが無くても遊べますし、遠い場所の人たちとも対戦ができるんです」
「ああ、成程」
「実績か……つまり、相当やるってことだろ?」
「ああ、データベースに棋譜が残っていたが……見たところで良く見積もれば僕や橋本元部長にも相当する」
この言葉を聞けば創は『そうか……』と軽く満足げに頷いた。
橋本元部長という人物については晃たち1年生は知らないものの、二階堂はかつて【終焉のカウントダウン】を用いたとはいえ、あの創を追い詰めたのだ。それに相当するとなれば十分な戦力とも言えるだろう。
しかし、ここで二階堂は『……だが』と言葉を濁した。
「しかし、これには妙に思えることがある」
「……妙?」
「ああ、実力は十分にあるが──インターミドルはおろか、一般の大会に参加した形跡が一切無い……言うなればネット決闘専門だ。カードを持っていないか、はたまた何か理由があるのか──」
顎に手をやり考えるかのような素振りを見せる二階堂。
実力があるのであれば、少なからず大会で活躍するのが道理だろう。なのにそれがないとすれば何らかの理由があると二階堂は睨む。
「──というか、そんな情報どっから持ってきたのよ?」
その間を壊す様に涼香が述べた。
彼女の問いに二階堂は、これぐらい当然だと言うかのように一度、指で眼鏡をかけ直す仕草をして自慢げに語る。
「ふんっ、僕は生徒会長だぞ──それに我が生徒会メンバーは皆優秀だ。初瀬はああ見えて名家の出身にて、情報収集のスペシャリスト。椚山も悪い女癖を除けば、生徒共の統率力が十分だ……貴様らみたいにカードゲームだけできる奴とはわけが違うんだよっ!」
遊戯王部のメンバーを非難したのは、前の決戦で敗北した妬みなのだろうか。くははっ、と高笑いをしながらドヤ顔で語る生徒会長だ。だが、それを快く思っていないのか、気付けば仲良く茜と創がガッシリと二階堂の腕をそれぞれと掴んでいた。
「カードゲームだけって……馬鹿にしてんじゃないわよっ!」
「お前はっ、協力してくれるのか、非難しに来たのかどっちかにしろよっ!」
「ぐぁああああっ!? 1度までならず、2度までも……貴様らぁ情報を提供してやったというのに、なんて仕打ちを……」
今度は、創まで参加。むしろ彼がメインだ。
涼香が二階堂を蹴り倒したのち、倒れ伏せた隙を狙って創が抑え込み関節を決める。総合格闘技やブラジリアン柔術で使われるVクロスアームロックと言う技だ。
ギブアップをするかのように手をバンバンと床に叩きつけるが、創は止める気配が無い。仮にも生徒会長であり最上級学年という威厳が今この場ではこれっぽっちもなかった。
「あのー、そういやカズ……遠山和成が出てこなかったスけど彼は?」
「あぁあああっ。あいつは──庶務として、何か、できる、だろっ……おそらく」
関節を決められながらも律儀に答えてくれた。
生徒会の中で1年であり、晃と同じクラスにてカズと呼ぶくらい仲が良い【聖騎士】のデッキを持つ人物だが、彼の場合はどうにも自慢できることは無いみたいだった。
哀れだ。
+ + + + +
部活が終わり帰宅の時間。
晃は、部室を後にし外へと出たが、その後校舎の中へと戻って行く。それも彼が今日の授業で使った数学のノートを教室に忘れてしまったからだ。
「ったく、明日宿題を提出しなくちゃいけないってときに……」
ぶつぶつと文句を垂れながら、若干早歩きで教室へと向かう。
放課後という時間は案外、短いのだ。ほんのわずかでも無駄にしたくない一心で彼は急ぎ気味だ。
「って、うおっ!?」
「ふゅっ!?」
ただし、その気持ちのせいで前方不注意だった。
ちょうど曲がり角であったことも災いして小さな女生徒と軽く衝突してしまう。その拍子に晃は持っていた鞄を落とし、少女の方からは小さな猫を模したポシェットを落としてしまう。
さらには、そのポシェットから中身として大量のカードが床へ散らばった。
そんな光景を見て少女は慌てふためく。
「あ、あわわ……」
「わ、悪い……すぐ拾いからっ!」
そう言いながらカードへと手を伸ばすが、手に取った途端そのカードが何なのか気付く。晃が4月から随分と関わることになったあのカードだ。
「遊戯王カード?」
そう言わずと知れた遊戯王カードだった。
もっとも、カードのイラストは汎用性の高い《死者蘇生》などのカードを除けば、ほとんどが初見のカードだ。
「あ、あのー、返して……ください」
「わ、悪い……ほらっ!」
晃は焦って散らばっていたカードを束にして返す。
どうにも少女の方は半泣きだったのが罪悪感を感じてしまった。
「というか、君は……? うちの学校の制服じゃないし外部の生徒か?」
「あ、あの……え、っと、その……」
ふと、気付いたがぶつかった少女は遊凪高校の制服を着ていなかった。
年齢は晃に近い気がするが身長は、どう見ても同じ年の茜や涼香よりも若干、低く腰にまで伸びたロングヘアーがどうにも彼女を小柄な小動物のような印象を与えさせていた。
しかし、彼女はどこか別の学校らしき制服を着用している。それを指摘されたためか彼女は自分の指と指を合わせながら目を左右へと泳がせていた。
「わ、わたし……転入生で、今日は、て、手続きで来てたから……」
「あー、成程、了解。」
納得した。
それどころか、世間狭しとは言ったものの今日転入生の話題があったのに対し、今日遭遇するとは偶然とは頻繁に発生する出来事なのだろうか。
「え、っと……確か
「えっ……どうして名前知ってるの……?」
きょとんとした表情で風戸は、晃の顔を見上げた。
生徒会長から話を聞いてはいるものの、どう説明したものかと晃は悩みながら頭を掻いて考える。
「そうだな……エスパーだからか?」
「…………」
この時、晃はやばいと感じた。
別に身の危険とかそういう意味ではないものの、彼女、風戸有栖はほんの一瞬、唖然とした表情で晃を見ていたが、途端に目を輝かせるようにして表情を変えた。
「すごい。超能力者ってほんとにいるんだ……」
「(あれ、信じられたっ!?)」
彼女のその瞳は、まるでヒーローを見るかのような瞳だ。
さすがにそんな目で見られては軽い冗談気分で言った晃は、何とも言えない罪悪感に見舞われてしまったのだ。さすがに、このままでは超能力者キャラが定着してしまいそうなので早速と正直に話す。
「…………あ、あのさ、悪いけど……冗談なんだ」
「あっ……そうなんだ。残念」
先ほどまでの表情とは一転して、しゅんと落ち込んでしまう少女。
なんて純粋な子なんだ、と晃はある意味で愕然とした。
「ま、まあ……名前は聞いたから知っていたんだ。そういえば、手続きって言ってたよな……ぶつかった詫びに案内しようか?」
などと、親切心を出す。ただし、本音を言えば晃はすぐに話題を切り変えたかっただけでもあったのだ。それに対し彼女は首をふるふると左右に振って否定した。
「大丈夫だよ。さっき、行ってきたばかりだから」
「そうか……」
話はここで終わってしまった。
とはいえ、さすがに『はい、そうですか。それでは』と言って返るわけにはいかないだろう。何せ、相手は遊戯王部に入って貰らいたいと思っている転入生なのだ。ここで勧誘もしくは話題でもして仲良くなっといた方が後にいいだろう。
「あ、あのさ」
「な、なにかな?」
「え、っと……その……」
とはいえ、残念ながら晃は話し上手という方ではないのだ。今この場であった少女に対し何か話題とも思ったが何も思いつかない。そのため、どうしても何か言い淀んでしまうのだ。
だからでこそ、晃は観念して腹を括った。
「あー、もうっ! 悪い、単刀直入に言うけどさ遊戯王部に入ってくれないか?」
「わ……わわわー」
途端、有栖は顔を真っ赤にさせ驚いたような表情で慌てふためいた。
それは驚きなのか歓喜なのかどの感情は良くわからない。その後、彼女は考える素振りを見せたのだが、また首を左右に振って答えた。
「ご、ごめんなさい。むり……です」
どうにもため口で話していたのだが、さすがに悪いと思ったのか今回に限っては敬語で断られた。でも、何かフォローしなければと彼女は少し言葉を付け足す。
「で、でも……誘いは嬉しかったよ」
「え……それじゃあ、なんで……」
と、疑問を口にする晃。
その疑問を聞いた有栖はバツが悪そうな表情で、どうにも晃と目を合わせられずに答えたのだ。
「わ、わたしが……弱いから……」
その答えに晃は、疑惑を感じた。
生徒会長、二階堂からの話をすればそれなりの実力を持っているという話だ。ならば、それは断るための口実としての嘘……かと思いきや、どうにもそのような気がせず本当の事を言っているかのような気がした。
「弱い……か。けど、最初は誰だって弱いと思うけど──肝心なのは、そこから強くなろうとする気があるか、どうか……って、俺は思うだけどな」
なんて言う。
それは、晃がこの遊戯王部に入ってから常に心の中で大切にしている言葉だ。
そもそも、弱いから遊戯王部に入れないなんて言われても、弱いのは晃も一緒、むしろ酷いと言っていいほどだ。毎回、連敗している真っ最中であり、今も敗北記録更新中だ。けれど、それでも強くあろうとするからでこそ晃は未だに遊戯王部にいられるのだ。
だが、それでも有栖は首を縦に振らない。
「わ、わたしは……その、弱いと違う、から……」
なんて今にも消えそうな声で語った。
『その弱いと違う』などと言われても、どうにもピンと来ない。なら、どうしたものかと考えたが、やはりここは実際に見せてもらうのが一番なのかもしれないと晃は判断した。
「そうか……だったらさ、オレと決闘してくれないか?」
「え……?」
「まあ……ぶっちゃけオレも弱いよ。極弱なんて言われるぐらいだし、そんなオレが相手なら、少しはマシに見えてくるかもよ?」
「………………」
晃の言葉に対し、有栖は数秒間晃を見上げるだけだった。
どうしようかと、そわそわする素振りはどうにも小動物を連想させるものの、彼女は迷いに迷った結果なのだろうか。注視していなければわからないぐらいに、やっと首を縦に振ってくれて消えそうな声で『うん』と頷いてくれたのだ。