011.才能が無いんじゃない?
新たなに氷湊が入部して一週間が経過した。
遊戯王部の部室も賑わいを見せ、今日もまたデュエルが行われている。
「これで、とどめです! 《フェニキシアン・クラスター・アマリリス》で直接攻撃! そして、自壊し800のダメージを与えます!」
「ぐっ……」
晃 P2500-2200-800→0
「《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の水属性“バブルマン”、“エアーマン”を融合して、《E・HEROアブソルートZERO》を融合召喚!
「っ……」
晃 LP2000-2500→0
「悪いが、このターンで
「…………」
晃 LP5600-2400-2300-1600→0
などと、いう感じで行われている。
「何故だぁあああああ!!」
「五月蠅いわ、馬鹿じゃないの」
半ば勢いだけの叫びと共に、彼は机へと突っ伏した。
遊戯王を始めてから数日だと言うが、まともなデュエルを行えるようになってきた晃だ。だが、しかし彼の勝率は極端なほど悪いのだ。
遊戯王部に所属してから、記録としてつけていた勝敗を記録したノートを捲る。そこに記されていたのは──。
日向茜
31戦2勝29敗
新堂創
40戦0勝40敗
氷湊涼香
29戦0勝29敗
などと言う記録だ。
勝率は、0でないにしても限りなく0に近いと言っても過言ではない。そのうち、茜から危なかしい戦い方だったとはいえ2勝したのが、せめてもの救いなのだろ──。
「と、いうか日向! アンタもふざけるのは大概にしなさいよ! 明らかに、手を抜いてるでしょ!? 特に、あの雑魚と相手をする時なんて!」
「あ、はは……ごめんさなさい。でも、私は楽しめれば別にいいんです」
途端。入部してから馴染み始めてきた氷湊からそのような会話が聞こえてくる。
ちなみに、遊凪学校には1年は必ず部活動に所属しなければならないという規則があるが、彼女は『文芸部』に所属していたらしい。ただ、そこは真面目に活動する気のないものが多く大半が幽霊部員という形になっていて、彼女もその一人として形だけの部員だった。
彼女たちの会話を聞いては、晃はグサリと冷たい金属性の矢が突き刺さったような感覚に見舞われたのだ。唯一、勝ち星を得た茜からは手加減されていたなんて聞けば、まるでとどめをさされたかのように晃のプライドはズタボロだ。
「なんで、勝てないんだよ……」
もう一度、机へと突っ伏した。
彼の嘆きとも言える呟きを聞いては、3人は彼とのデュエルでの内容を思い出して彼の駄目な点を考える。ただ、最近ではミスと言えるプレイは極端に減ってきているのでプレイング事態は普通の【武神】を扱っている相手としか思えない。
まず、口火を切ったのは涼香からだった。
「
「ぐっ……!?」
いきなり直球で言われた。
カードゲームにおける才能とは、なんぞやと思うが創や涼香のデュエルを見れば、明らかにここ一番で望むカードを引く強さがある。茜に至っては、その様な力は無くとも、常に安定したプレイングを見せている。
次に答えたのは、茜だった。
「そうですねー、ミスはあまり見なくなりましたが、どうにも初心者的な感じが無くなっていない気がしますね」
「そ、そうか……?」
彼がデュエルをした回数はもうすでに百を超えている。
だというのに、いまだに初心者っぽいと言われては、晃の面目など知ったことじゃないのだろう。ある意味、涼香の『才能が無い』と直結するかもしれない。
そして、とどめと言わんばかりに創が──。
「何つーかなぁ……俺って、デュエルをするとき、相手から匂いを感じるんだけどな?」
「匂い……ッスか?」
「ああ、別に嗅覚うんぬんじゃないぜ。強い、弱いとかそういう感じのだけどさ……橘は何つーか、何も感じねーんだ」
晃とは逆に才能で戦う様なプレイングを行う創の意見はまったく参考にならなかった。
意味がよくわからないと頭を捻る彼だが、それを解説するように涼香が答える。
「つまり、何も感じないほど弱いって事じゃないの?」
「ああ、そうかもしれん!」
「………………」
心が折れたのか、晃は両膝と両手を地面へとつけた。
まるで絵文字のorzという意味を再現するような体勢を無言で取っていたのだ。それを気にせず、考察を続ける創がいた。
「あ、後は──」
「も、もうやめてください! 橘くんの(精神的な意味で)ライフポイントはもう0ですよ!」
だが、これ以上は危険だと判断した茜が止める。
とはいえ止め方が完全な初代の遊戯王ネタだ。心なしか、彼女もまたこの場の雰囲気を楽しんでいるかもしれない。
だが、どうしたものかと創は考えだした。
晃、単体が弱いのは仕方がないにせよ、団体戦で確実に1敗を迎えるのは厳しいのだ。ならばこそ、彼の戦力アップも必須なのだ。
「よし! 名案を思いついたぞ。今日は、解散! 明日の昼、購買で集合な……あ、昼飯の用意はしないでくれよ?」
「……え?」
何故、昼の購買に集合なのか、などと疑問が上がる。
まして、昼飯を用意しないとなると考えうるのは確実に昼飯関連しか思い浮かばないだろう。ここで晃の戦力アップとは、どう考えても結びつかない。
※ ※ ※ ※ ※
そうして翌日の昼休み。
遊凪高校の購買へと遊戯王部のメンバーは到着していた。
購買は、一定の清潔感のある食道を思わせるようなスペースであるが学食は存在しない。あるのは、売店の様にパンを販売しており、そこで持参した弁当やパンを食べる様な仕組みとなっているのだ。また、学業に必須であるノートや筆記用具も売っている。
「さて、よくぞ集まってくれたな諸君!」
「……」
まず、口火を切ったのは創だった。
何故か仁王立ちをしており、待ち構えていたのならいざ知らず一緒にいて突然、その体勢を取られても示しがつかないだろう。それを、無言で呆れる涼香と晃、逆に何をするのか楽しみそうに拍手をする茜。
この光景を見れば、誰がボケとツッコミ向きなのかが一目瞭然だ。
「というか、お昼ごはんを用意しないってどういう事なの? まさか、今から
「えっ……そうなんですか!?」
と、涼香が指を指す。
その方向に見えるのは、所謂、地獄絵図と言うものだろう。
購買……昼食であるパンが売られている場所には、完全な人垣で押し合いが発生していた。普段、スーパーマーケット内にあるパン屋では、見ない様な人垣が発生しておりきっと学食のパン販売には、他にはない魔力的なものがあるのだろう。
もっとも、地獄絵図と言えるのはその規模を言う。まるで押しくらまんじゅうでもしているかのようにギュウギュウ詰めであるのだ。噂だが、これで怪我をして保健室送りになった人がいるとかいないとか。
男子ならまだいい。女子である、涼香や茜はもしやと思い顔が青ざめ掛けていた。そんな彼女らを見て、創はサムズアップをしながら──。
「もちろんさ──ぐはっ!?」
言葉の途中で、活きの良いボディーブローが創の腹部を抉る。もちろん、放ったのは涼香であり、創はわずかに後へと後退しバッタリと倒れた。
「馬鹿じゃないの? それに、これとアレの強化と何が関係あるって言うのよ!?」
もちろん、アレとは晃の事だ。
創は、まず同じくサムズアップし笑いながら『見事なパンチだったぜ』と語り、次いで本題として語りだす。
「い、いやな……橘って俺たちと比べて引きが悪いだろ、ならばと考えたら購買のパンだと考えたんだ」
「なんで、購買のパン……なのよ?」
不思議とも言える発想に涼香は、ジト目で創を見る。
「なに、引きと言えば、購買のパン! 購買のパンと言えば、ドローパンだろ!」
「あぁ、GXですか!!」
彼の言いたい事がわかったのか、茜はパンッと両手を合わせて理解したような行動を取る。どうやら彼が言いたかったのは原作『遊戯王GX』に出て来るドローパンと言うものらしい。
ちなみに、その『遊戯王GX』に出て来るドローパンと言うのは開けるまで中身がわからないパンでありドロー(引き)の訓練の一環として取り入れられているらしい。ただし、それはアニメや漫画だからこそのもので、現実……まして遊凪高校の購買には存在しない。
「──で、それと何の意味があるのよ?」
「いや、面白そうだったから、つい……な!」
「思いつきかっ!!」
ただ、単純に彼の思いつきに振りまわされたとわかった涼香は、遠慮なくいまだ地面に這いつくばる創をサッカーボールの如く蹴る。そんな怒りを見せる涼香を、茜は宥めた。
「まあ、面白そうじゃないですか?」
「だろ! ここは、点数制で勝負を競い合おう! ありきたりなパンは1点、惣菜パンが2点、新作が3点。飲み物は、人気度に合わせるってところでどうだろうか?」
数度、転がった創が微妙な距離から即座につくったルールを述べる。今だ、地面に転がりながらまたしてもサムズアップする姿は、あまりに滑稽だ。
そんな『GX』やら『ドローパン』やら、原作を知らずついていけないために黙っていた晃がやっと口を開いた。
「いや、どうだろうかって……拒否権は?」
「無いな!」
清々しいほど、あっさりと断言された。
「あ、それと一番点数が低かった奴は罰ゲームだからな、それじゃ開始!」
「えっ、あ……ちょっ!?」
と、いきなり開始の宣言をされたのだった。
即座に購買に向かうのは、言い出しっぺの創と、乗り気だった茜だ。次にため息と同時に『しょうがないわね』などと顔に出ている涼香も向い、戸惑いを見せていた晃だけがスタートに出遅れた。
「あぁ、くそっ!」
仕方がないと言った感じで晃も走り出す。
このまま彼は、戦場(購買)へと駆け抜けて行くのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「ぜぇ……ぜぇ……か、買ってきたッスよ」
5分後。
購買から、それぞれ買い物を済ませ皆、最初に集合した入口付近へと集まった。心なしか皆、疲労困憊と言った表情をしている。中でも、晃が特に酷い。
「さて、お披露目と行くか……最初は誰が行く?」
「じゃあ、私が! ま、まあ……本当は買えなくて貰ったんですけど……」
などと苦笑いで答える茜。
別に買ってこられなかったとしても、女性である茜や涼香なら仕方ないという事で貰ったと言う言葉を聞いたところで誰も異議を唱えなかった。そのまま、袋から取り出したのは、ありきたりともいえるパンが二つと紙パックの飲み物だ。
「あんぱんとメロンパン、それとフルーツ牛乳か。まあ、ありきたりだしパンはそれぞれ1点。飲み物は、2点の4点と言ったところか」
などと、創が自身の基準で点数を述べる。
普通なのが気恥ずかしいのか、茜は『えへへ……』などと、また苦笑いだ。
「はぁ……私は、早く済ませて食べたいんだけど? じゃあ、次は私って事で」
次に出したのは、涼香だ。
やけに華やかなパッケージのパンと飲み物を取り出した。
「成程。巷で、女子に人気の新作、イチゴクリームパンにイチゴオレか。3点、2点で計5点だな」
「案外……可愛いチョイスだな。氷湊に似合わず」
計測する創に、合わせ晃は思った事を素直に述べた。
ただし、それは彼女の神経を逆なでする事となるのは明白だ。
「っ……なんですって! 私がそういうの選んじゃ悪いって言うの!?」
「っ、痛っ……スンマセンッ!!」
これで3度目とも言えるローキックを喰らう。
気のせいか、喰らう度に威力が上がっている様に思え晃は本気で謝った。
「……今のは、橘が悪いな。次は俺だぜ! 見るがいい! そして、格の違いを思い知れ!」
などと、自信満々に袋から取り出すのは創だ。
もっとも、彼が袋から取り出したのは、パンでも無く飲み物でも無く薄っぺらい板状のまさしく遊戯王カードだった。
「何故か、売ってたんでな。つい買って来ちまった……《ラヴァルバル・チェイン》に《ダイガスタ・フェニックス》、《神竜騎士フェルグラント》だ!」
どうだ! などという表情で自慢する様にカードを見せる創。
確かに汎用性が高いカードたちが値段もそれなりにする物であるが、昼飯を買うと言っておきながら何故にカードを買ってきたのか、などと3人はそれぞれ呆れた様な目で創を見ていた。
「ふっ! やはり遊戯王部である事を常に忘れない気持ちを踏まえ、点数はひゃくおく──」
「はい、0点ね……」
創は、自身の基準という事で桁外れな点数をつけようとおそらく『百億』と付けようとした時に、涼香が彼を押し飛ばし0点と言いきった。実際に、買ってきた昼飯に点数を付けるのだから。
「…………最後は、橘だな」
0点と付けられた創は、今までとは比べ物にならないぐらいテンションを落としていた。それでも、律儀と言うのかまだ出していない晃へと振る。
「もちろん……オレにしては、今回はかなり自信があるッスよ!」
などと、彼にしては珍しく自信あり気に答える。取り出したのは、パン3個と缶の飲み物が1つであるが、それぞれに『新作』などというラベルが張られており、創が設定した中で最も点数が高い新作パンだけを買って来たのだ。
「スゲ……二つの意味で、だけどな」
「えっ……二つ?」
創の言葉に、晃はつい自分の買ってきた物を見る。
ちなみに、彼は新作系統を買う事だけに集中していて何を買ったのかは自分ですら把握していなかった。
「はい……?」
正直、それは見るに堪えなかった。
全てに『新作』というラベルが貼られてはいるものの商品がおかしい。『めざしあんぱん』に『オクラクリームパン』、『納豆コロネ』に極めつけは『おしるこサイダー』と言う物だ。
正直、この商品を開発した人は正常な味覚と思考をしているのかと疑いたくなるような代物だった。
「うわ……これは、無いわ」
「はは、け、けど新作ですから点数は高い……ですよね?」
気付けば、涼香と茜は引いていた。
誰もその様な物など食べたくないだろう。茜の言葉に賛同するように、一度創は晃の肩に手をやり、慰めにも似たような言葉を掛けた。
「ああ、全部新作で合計12点、お前がダントツだ……」
「…………」
試合に負けても、勝負に勝つなどと言う言葉がある。
けれど、晃のそれは真逆だった。結果として点数が一番高く彼が勝者であろう。だが、昼食を取る事を考えれば彼が一番の敗者と言うしかない。
その様なことが、最近の遊戯王部のやり取りだ。
だが、途端彼らに対して第三者から言葉を掛けられた。
「くはは、やはり貴様らは馬鹿な事を仕出かすな……」
などと、まるで遊戯王部のメンバーをあざ笑う様に語るのは、眼鏡をかけて長身の男だ。真面目で堅物を思わせるような雰囲気は、どうにも眼鏡をクイッと指で動かす仕草をするようなキャラに見えてしまう。
「お、お前は……!?」
創が、その眼鏡の人物を見ては知り合いなのか表情を変える。ただし、逆に眼鏡の人物は不快そうに顔をしかめた。
「先輩をお前呼ばわりか、あいかわらず躾がなっていないな、新堂……それと残りは、1年の新入生たちか。それなら、僕の顔も知らない様だから自己紹介しておこう」
などと、語りだす。
そのとき晃はふと彼が着用するネクタイの色を見た。学年ごとにネクタイやリボンに色が決められており、晃たち1年生は赤。創などの2年生は青であるが、彼が着用しているネクタイは黄色……つまり、3年なのだ。
「僕は、