遊戯王部活動記   作:鈴鳴優

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第1章 遊戯王部
001.遊戯王部だ!


 ──人は何故、決まり事に縛られ生き続ければならないのか?

 

 決まり事。つまりは、規則やルールの事を示すがそれをうっとおしく思う人間が時々、考える感情であり使う言葉の一つなのだろう。それは、まあ、今の自分の感情がその状態に該当するのだろうか。

 

 規則やルール、決まり事と言ったとしても数多という数がある。

 大きなところから上げれば、国が決めた決まり事として法律と言うもの。他には、自動車等を運転するのに必要な交通ルールなど。その下には、会社や学校と言ったある種のコミニティとして活動して行くのに必要不可欠なルールがある。

 そのさらに下と行くと、もう遊戯の類で将棋や麻雀などの遊びのための決まりごとまで来てしまうだろう。それらの中でも、今回は大きな決まりに関して取り上げてみよう。

 

 大きな決まり。それは世の常が決めた事であり。法であり秩序である。人々が清く正しく歩むための道標であり、その先に待っているのは、きっと……平穏なのだろう。規則や法律、決まり事を守ることにより人々は社会を形成し、その中の一人として安息を得られるのだ。

 

 もちろん自分は、それを全面否定する様な極悪非道な人間ではない。

 自分も人間であるからでこそ社会を形成する一人の人間であり、社会……つまり、決まりや規則に守られているのだ。逆に言えば、社会や規則に反した行動を行う人間は異端として扱われてしまう。そのわかりやすい例として、犯罪を犯した人間には犯罪者という烙印を押されてしまうのだ。

 

もっとも、それは犯罪者だけではない。小さな事であれば学校で孤立する不良からその逆に異端としていじめられる者まで。スケールは、様々であるが共通点としては他人からは白い目で見られる事なのだ。

 

つまりは、人間という種は決まり事に沿って安穏と過ごす生き物なのだろう。

とはいえ、それだけが正しいのだろうか? 

その質問に自分はきっと否と答えるだろう。

 

ただ安穏と過ごすためだけに、個を捨てる。

それはきっと、人という種の進化を捨て未来を閉ざす行いであると思う。個を捨て安穏と生きているだけでは、ただの家畜と大差ない。『獅子はわが子を千尋の谷に突き落として、這い上がってきた子のみを育てる』なんて言う言葉を聞いた事があるが、人間にもそのような試練が必要なのだと思う。

 

何も法を捨て、秩序のない世界を望むわけではない。

 

ただ……この世の決まりに縛られずに己の意思のみで進む人間が居る事。時として人の未来を導く先導者がいても悪くはない。そう思うのだ。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「で──橘ぁ。それが、お前が未だに入る部活を決めずに呼び出された挙句の果ての結論か?」

「は……はは、だから真島先生。人間というのもたまには規則に縛られずに生きるのもいいかと思うんッスけど……」

 

 先ほどの、どこかの著者から言葉を引っ張り上げてはくっつけただけのような文章を述べていた少年──橘晃(たちばなあきら)は戦慄していた。

 現状、彼は床から数センチほど宙に浮いているのだが。それは、別に浮遊術などのようなファンタジーな理由ではなく、ただ単純に目の前にいる晃の担任真島千尋(まじまちひろ)という教師にアイアンクローを決められた上、腕力により持ちあげられているという酷く物理的な理由だ。

 

 さらには、その真島という人物は染め上げた朱色の髪につり目という組み合わせが明らかに彼女を教師ではなく、不良上がりという様な発想を思い浮かべさせる見た目へと変化させている。

 

「だからなぁ。テメエが、入部する部活を決めずにだらだら過ごしてきた結果がコレなんだよ」

「は、はは……時が進むのは案外早いもんですね。光陰矢のごとしとか……そういう感じの!」

 

 アイアンクローを噛まされながらも苦し紛れに苦笑いを浮かべる。

 だが、それは逆に真島の神経を逆なでする結果で終わったのだろう。ギシッ、と言う音を立ててまるで万力に締め付けられたかのように彼の頭を掴む腕の力が数段上がった。

 

 晃が通う私立遊凪(ゆうなぎ)高等学校と言う学校にも、規則は存在する。

 中でも彼が疎ましく思うのが『1年生は原則としてどこかの部に所属しなければならない』などという規則があるためだ。特に入部したい部もなく帰宅部を貫きたい彼にとっては面倒の一言につきるだろう。

 

「いいか? お前が部活を決めないせいで、私はあのハゲ教頭にグチグチ言われるハメになるんだよ!」

「い、いや……それは先生の私情じゃないんッスかね……?」

「あ゛あ゛っ!?」

「いえ……なんでもございません」

 

 正直、この人は教職員以上に向いている職業がある様な気がすると晃は思った。

 頭にヤが付く職業とか。とはいえ、この学校の教頭は真島の様な血の気の多い人間でなくても嫌だと感じる部類の人間だ。大抵、嫌みたらしく他人を見下すように話すため皆、頭の特徴をさらけ出すように“ハゲ教”なんて名称を影で使っているらしい。

 ちなみに、その本人はヅラだ。

 

「いいか! 今日中に入部する部活を決めて提出しろ! でないと……」

「で、でないと……?」

 

 強くタメを張って何かしらを宣言しようとする真島に対し、晃はゴクリと息を飲んで尋ねる。彼女は、先ほどまでの頭にヤの付く職業にも匹敵する形相から一変し、まるで面白い玩具でも見つけたような笑みへと変わった。

 不吉な予感しかしない。晃は、ゾクリと背筋から悪寒が走った。

 

「──この学校の運動部全てを掛け持ち扱いで入部させてやる!」

「……え?」

 

 まず、言葉を理解してもその意味を瞬時に把握しきれなかった。

 『この学校の運動部全てを掛け持ち扱いで入部させてやる』。つまりは、全ての運動部に入部する事だ。少なからず晃が把握している部だけでも野球にサッカー、バスケにバレー、水泳、テニス、バドミントン、卓球……etc。

 それらを同時に入部すると言うのだ。

 

「……まじッスか?」

 

 実に2秒。ここで、彼女の宣言した言葉の意味と危機を理解した。

 普通、運動神経が優れた人間でも部活動の掛け持ちなどすることはない。あったとしても、それはかなり稀有な事でありそれでも2,3ぐらいの部活が限度だろう。ましてや全てとなってしまえばどのような運動神経の持ち主であっても確実に一週間以内に潰れるだろう。

 もっとも、それ以上に恐ろしいのは、この様な馬鹿げた話も普通なら冗談だと一蹴できるのだろう。目の前にいる真島千尋という人物を除いて……と、付け加えられるが。

 彼女なら確実にやらせかねないのだ。

 

「…………」

「というわけだ。がんばれよー」

 

 頭から万力のごとく押さえていた晃をそっと地面に下ろしては、随分な棒読みな言葉を捨て台詞に真島は職員室へと去って行く。後に残された、晃は運動部全てを掛け持ちした後の結果を妄想しては、唖然と廊下に立ち尽くしたままだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 まず、手始めに橘晃の中学時代は帰宅部だった。

 運動は苦手と言うわけではいないが好きでもない。文化部に至っては数が少なく彼にとっても興味を引く様なものでもない。入ったとしてもめんどくさいとしか感じないだろう。

もっとも、晃は部活自体が面倒などと思っているわけでもない。

 ただ、興味がそそるものが存在しないというだけなのだ。逆に言えば、本気で熱中できる物さえあれば部活にも所属し、それに青春を費やしていただろう。

 

「だからって、運動部の掛け持ちも嫌だけどなー」

 

 ため息まじりに、ぼやく。

 ただ無意味に廊下を歩きながら、ちらりと視線を映し校庭から見える光景を見る。陸上部が白いラインの競走路をただひたすら全力で走っているのは短距離走の練習だろう。必死に両手を振り足を前へと突き出すのは、素人から見ても全力だと言うのがわかる。

 手前に見える校庭を広く使っているのは、サッカー部が試合形式の様に二つの組に分かれてただボールを追って行く。

 野球部に至っては、バッティングと守備の練習をしているのだろうが練習から出される掛け声は大きく校舎にまで十分と伝わってきていた。

 こういうのも青春の一部と言うのだろうか。

 

 特に目標もなく、ただのうのうと日々を過ごしてきた晃にとっては決して青春とは無縁のものであり未知の領域だった。だから、部活動に入り懸命に活動に身を投じればソレを実感する事ができるのだろうか、と考えた。

 

「はぁ……青春ってなんだろうな?」

 

 またもや、ため息混じりにぼやく。

 疑問形で呟いたところで答えは帰ってくることもない。ましてや、青春という言葉は言葉として確定はしているものの意味合いに至って明確な規定があるわけではないのだ。誰かが答えたとしても、それは決して正しいとは言えないだろう。

 ただ葛藤だけを心に抑えながらただ無意味に廊下を歩いて行く。

 

「……じゃ、俺のターンだな。ドローだ!」

「ん……?」

 

 ぴたりと、歩いていた足を止めた。

 周りからは他の生徒の声が多々に聞こえる中でも、まるで澄み切った感じの声が晃の耳に入ったからだ。ふと振り向けば、授業では使われていない様な小さな空き教室。扉の隙間から誰か人がいるのが窺えることができた。

 

「何をしてるんだ……」

 

 つい好奇心を抑えきれずに隙間から覗く。

 小さな空き教室の中。中央に置かれた長テーブルを挟み椅子に座る二人の男女は、それぞれが数枚のカードを手に持っており、テーブルの上にはそれ以上の束やいくつものカードを置いている。

 その光景を見て晃は、中の二人が何をしているのか確信した。

 

「カードゲーム?」

 

 つい、声に出して呟いてしまった

 本人にしては小さく呟いたつもりだったが、聞こえてしまったのか中にいた二人はぴたりと動きを止め振り向く。当然の如く、目が合ってしまった。

 

「うん……誰だ、アンタ?」

「え、っと……いや……」

 

 ずかずかと言った感じで接近してくる男子生徒。

 覗いていたという事実が後ろめたかったのか、晃は口ごもり言葉が喉につまってしまった。茶色いショートヘアーに晃よりも数段高い身長、また制服と同時に着用を義務付けられているネクタイだが学年ごとに色が違う。

 晃のネクタイは赤であるが、その男子生徒は晃より1つ上の学年である青の色。つまり2年生である事を意味していた。

 

 まるで、不審者を見るかのようにじっと見つめられる。

 だがそれも数秒のみ。すぐに彼は、表情を和らげ何かを理解したかのようにポンッと手を叩いた。

 

「そうか! 見学希望者か」

「え……!?」

「いやいや、だったら遠慮なんていらないぞ。ほら、はいったはいった」

 

 半ば無理矢理押されながら空き教室へと足を運ぶ事になってしまった。

 中は、ずいぶんと掃除が行き届いており外から見れば小さいと思ったものの、いざ中にはいれば思いのほか随分と広く感じられた。

 

「ほら、椅子だ」

「……ども」

 

 男子生徒により用意されたパイプ椅子に座る。

 

「あ、お茶もどうぞー」

「え?」

 

 今度は、女生徒が2リットルのペットボトルから紙コップにお茶を注ぎ渡してきた。

 肩にまで伸びたウェーブのかかった髪型の女生徒。男子生徒が着用するネクタイの代わりにつけている胸元のリボンは、晃と同じ赤い色である。

 こちらは、晃と同学年らしい。

 

「と、ここでお茶菓子も登場だ」

「えぇ?」

 

 さらに、男子生徒は戸棚から煎餅を取り出して晃に差し出した。

 ここまででおよそ十五秒。さらに5秒ほどの間を得て晃は、一つの思考に至った。

 

「(あれ……出づらくね!?)」

 

 確かに晃は、中の様子に興味を抱き中を覗いていた。

 ただし、それは何をしているかという事であり、ここが何なにかまったくもって知りもしないのだ。故に彼は、この場で見学希望者と言えるのかあまりに曖昧だった。

 

「い、いや……オレは……」

「それにしても1年の入部期間最後に入部希望者が来てくれるなんてな」

「(あれ、いつのまにか入部希望者に格上げされてる!?)」

 

 どうにか言い訳を述べてこの場を逃れようと考えるも、晃の言葉を遮るように男子生徒から言葉の追撃が行われた。しかも、先ほど見学希望者と言っておきながら入部希望者と言い換えたあげく安堵の息をついていたのだ。

 

「だ、だからオレは……」

「いやー、それにしても私の他にも、入部希望の方が来てくれてよかったです。このままだったら部員も足らず定員割れで廃部ですからねー」

「…………」

 

 今度は、女生徒の方が晃の言葉を遮った。

 ましてや、どうやらここの部活は現状、部員数が足りないらしい。学校の規則の中でも、部活には最低3人以上が必要と聞いた覚えがあるがどうもここの二人以外に部員はいないらしい。

 いったい、晃は肩の力を抜く。

 続いて心の中で『それにしても』と呟いて心の中で叫んだ。

 

「(か、帰りづれぇぇー!?)」

 

 橘晃という人間は、どちらかといえば良心的な方だ。

 友人で困っている人間がいるならメリットがなくても助けるし、立場が弱い人物に対していじめをすることもない。わかりやすく言えば普通とも言える。

 だからでこそ、晃はここで「入部希望者ではありません。それでは、さようなら」などと述べてここを立ち去る事ができるはずもないだろう。なにせ、彼によって部活の存続が左右されるのだから。

 

「じゃ、入部希望届けに名前を書いてくれないか」

「(うわ……キタッ!?)」

 

 ここで、目の前に入部希望届けの用紙が置かれた。

 晃も実際は、どこかの部活に入部しなければ運動部地獄になる事は理解はしている。しかしながら、ここが何の部でどのような活動をしているかなど知るはずもないのだ。

 ましてや入部希望届けに記入する事は契約と同義なのだ。彼は内容などを十分に確認せずに契約する事の恐ろしさを知っている。主にエントロピーとかそういう意味合いでだが。

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙。

 一度、息をゴクリと飲みこみ入部希望届けの用紙を見つめて晃は覚悟を決めた。

 

「あの、スンマセン……オレ、入部希望者じゃないんスけど……」

「「っ!?」」

 

 腹を割り正直に告げる。

 二人は、それこそ予想外だったのか驚き硬直した。

 

「うわ、予想通りの展開!?」

「にゅ、入部希望者じゃない……だと!? だったら、いったいお前は何者だっ!?」

「なんか、漫画見たいなノリに!? いや、ただの通りすがりの一般生徒ッスけど……」

 

 おそらくその表現が一番正しいのだと思い晃は自身の通りすがりの一般生徒だと語る。

 途端、男子生徒は今までテーブルに置いていたカードを一つの束にまとめたのちテーブルの上に置き戻して告げた。

 

「そうか。だったら通りすがりの一般生徒! この部の事情を知っているな? だから、そう簡単にオマエを返すわけにもいかない。だから、ここは部活の存続のためにも部活らしく決闘(デュエル)だ! 俺が勝ったら、入部してもらうぞ!」

 

 勢いよく宣言した。

 彼は、自身の部のために一世一代の決闘をするため晃に対し宣戦布告を果たした。

 しかし、晃は──。

 

「スミマセン、決闘(デュエル)って何ですか?」

「「え……?」」

 

 決闘(デュエル)自体知らなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 決闘(デュエル)とは遊戯王オフィシャルカードゲームを使っての対戦を意味する。

 

 そして、遊戯王オフィシャルカードゲーム。

 通称、遊戯王OCG。

 

 それは、トレーディングカードゲームとしてメジャーな部類に入るカードゲームであり初期ライフ8000を数多という種類から選びぬいたカードでデッキと呼ばれる束を構築しモンスター、魔法、罠を駆使して相手のライフを0にまで削りきり勝敗を決するというのが基本的なルールのゲーム。

 

 かつて、ただのトレーディングカードゲームというのが世間の認識だった。

 しかし、現在ではソリッドビジョンシステムという遊戯王のアニメや漫画で演出されていた機能を実現させる事できてから需要が高まったのだ。よりリアルに、より鮮明に楽しむ事が出来るようになってからは、普及が高まり、加えてカードゲームという事から大人から子供まで老若男女で行える事も高い評価としてみなされていた。

 

 そのため今では、一大のブームとなりプロリーグの開催や中継を行われたり、遊戯王カードを通じて知識、判断力、認識力等の育成から闘争心を鍛える事で生徒それぞれの潜在能力を引き出すなどという目的として授業のカリキュラムに組み入れられた学校、デュエルアカデミアまで存在するのだ。

 

「ま、そう言う事だ」

「へ、へぇー」

 

 実に十分。

 晃は、他にも彼の遊戯王体験談というのを長々と聞かされたのだ。

 現在、メジャーである遊戯王については言葉だけでは聞いたことがあるが、晃にとって体験談と言っても大会などでの話でまったくと言うほどついていけなかった。

 

「つ、つまり……この部は……」

「そう、遊戯王部だ!」

 

 高々と宣言した。

 簡単にいえば、上記で説明された遊戯王オフィシャルカードゲームの部活なのだ。

 しかし、高々と宣言した彼と対象的にもう一人の部員である女生徒はテンションを落とし気味で語った。

 

「でも、今日で部員を一人探さなければ廃部……ですけどね」

「っ……!?」

 

 グサリ。

 晃(主に良心的な心の部分)に鉄製の鋭い矢が突き刺さった。

 それに同乗するかのように男子生徒も後に続く。

 

「そうだな……まさか、俺の勘違いだったとはいえ、見捨てられる……なんてな」

「うぐっ……!?」

 

 第二射が放たれた。

 実際には、何も無いのだが晃はまるで本当に矢が突き刺さったかのようなリアクションを取った。実際、彼もここまで言われた見捨てる事ができる様な人間でない。それに、もう現状ではこの部活についても聞いているのだ。

 

「あー、わかった。わかったッスよ。遊戯王部に入ればいいんですよね!」

「「……!!」」

 

 晃が折れたのを見て二人は顔を合わせ無言でバシッといい音を立ててハイタッチを決めた。この変わり身の早さに晃は、『いい性格してるな』などと心の中で呟きながらため息をついた。

 

「じゃあ、さっそくだが自己紹介だ。俺は、新堂創(しんどうはじめ)……ここの部長だぜ!」

 

 男子生徒の方から自身の名を告げた。

 ここの部が先ほどまで二人しかいない上、上級生は彼のみだ。なら彼が部長だと言えるのも頷ける。

 

「次は私ですね。日向茜(ひむかいあかね)副部長です」

 

 なら、当然の如く副部長はこっちになる。

 もっとも、二人だけなら部長はいても副部長はいらないのではと晃は思った。

 そうして創と茜は、“次はお前だ”と視線を晃へと移した。

 

「た、橘晃です」

 

 ほんの一瞬、二人は『え、それだけかよ』みたいな表情を取ったが二人みたいに部長、副部長などの役職がないのだからそれはそれで仕方がない。

 

「さて、肝心のデッキが無い事だが……晃、オマエにはこれをやる」

 

 戸棚から取り出したのは、緑色のプラスチックのカードケース。その中には1枚1枚がビニール製の外装に入れられたカードの束。随分と大事にされていたのだろうか、外装自体にも傷がなく品質はかなり高めだ。

 

「これは……?」

「先輩が卒業と同時に遊戯王をやめて残していったものだ」

「い、いや……いいんッスか、そんなもんもらって……」

 

 もらったものの重要さを知って晃は慌てふためいた。

 

「まあ、先輩も誰かに使ってもらうために残したんだ。その代わり大事にしろよ! でないと……」

「で、でないと……?」

 

 創は、最初は笑って答えていたが最後の部分のみ重要なのか溜めて言葉を濁す。

 その仕草に晃もオウム返しに聞いた。

 

「撲殺、で済むかなぁ……?」

「ぼ、撲殺!?」

 

 物騒な言葉につい驚きの声を上げてしまう。

 だが、創はそれで済むかと遠い目をして疑問げに呟いたのだ。もしかしたらそれ以上の事になるのかもしれない。

 

「とりあえず、殺されたくなかったら大事にすることだぞ」

「りょ……了解」

 

 晃は、さらに物騒な単語を聞かなかったことにして頷いた。

 そのやり取りを終えたのを見かねて、今度は茜が話に割り込む。

 

「デッキもどうにかなった事ですし、次はルールですね。というわけで、この部自作のプレイブックを用意しました」

「……」

 

 ドスンッ、という音を立ててプレイブックとやらが置かれた。

 とはいえ、その厚みはすでにタウンページ並み。もはや辞書や事典はと述べたほうがいいかもしれない。とりあえず、凶器に使えば鈍器として扱える厚さだ。

 

「基本的な事は全部乗ってるんで全部覚えてください♪」

「いや、無理だろ、コレ!?」

 

 力一杯叫ぶ晃。

 とりあえず変な部に入部してしまった。

 晃は心の中で、そう思ったのだった。

 

 

 


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