トリックスターな魔王様   作:すー/とーふ

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第一話

 東京都文京区根津在住の男子高校生、草薙護堂はカンピオーネである。

 カンピオーネ。

 それは『不死の領域』から飛び出し神話をベースに地上へと顕現する『まつろわぬ神』を弑逆し、その神の力の簒奪に成功した人間の事を指す。

 桁外れの生命力と回復力、身体能力と五感を有し、とある例外を除き殆どの魔術を無効化する体質を持つ、人類の守護者にて魔王。神と戦うために人間の限界を突破した超越者。それがカンピオーネである。

 そのカンピオーネの仲間入りを果たして早半年。温暖化の影響か夏の特徴を色濃く残す九月中旬の早朝が全ての始まりだった。

 

 

「……っ、なんだ、こんな朝っぱらから……」

 

 

 まだ日も昇りきっていない早朝五時。護堂は重い瞼を開ける事なくぐもった呟きを溢し、煩わしそうにけたたましい音を鳴らす携帯電話に手を伸ばす。護堂は早寝早起きを習慣づけているので普段の起床時間を考えればダメージは少ないものの、生憎と今日は休日。少し朝寝坊をする気満々だった彼が怒りを覚えるのも無理はない。

 

 

「……はい、もしも――」

『やあ、護堂』

 

 

 後に護堂は語る。この時ほど、自分の理性を褒め称えた事は無いと。

 衝動的に通話を切って電源を落としそうになるが、寸での所で踏み止まるほど護堂は理性的だった。

 そうしたら最後、きっとこの陽気な声が鼻につく剣術バカは自宅に国際電話を掛けてくる。 妹と祖父を騒音被害に遭わせる訳にはいかないと、眠気半分の思考回路でそこまで瞬時に計算してみせた。

 代償はカンピオーネの力に負けてミシッと音を立てた携帯電話である。

 

 

「……この馬鹿……何時だと思ってやがる」

 

 

 残念ながら護堂には、この通話相手に心当たりがあった。

 脳裏に浮かぶのは人懐っこい能天気そうなハンサム顔。そして利き手を銀色に染めて嬉々として大剣を振るう姿。

 彼が関わると大抵ろくなことにならないため、フラストレーションが溜まると同時にテンションも下降の一途を辿っているのがよく分かる。

 

 

 明らかに怒気の含まれた言葉にも悪びれた様子も無く、夜のイタリアのトスカーナで笑い声をあげる男の名は、サルバトーレ・ドニ。欧州最強の剣士にして『剣の王』の異名を持つイタリアのカンピオーネだ。

 神か同族との死闘にしか興味が無い戦闘狂は、何故護堂が怒りに震えているのか分からないのか、盛大に首を傾げているのが電話越しでも察せられた。

 

 

『いやだな護堂。僕と君の仲を時間ごときが邪魔出来る訳ないじゃないか』

「障害の話じゃなくて常識を説いてるんだよ、この馬鹿っ」

 

 

 相変わらずのマイペースと自己中心的な思考に嘆息する護堂。同時に、段々と覚醒し始めた脳が黙々と警鐘を鳴らしていた。

 以前彼が電話を掛けてきた時は世界でも一・二を争う危険人物の来日を告げるものだったからだ。

 またあのバルカン半島の魔王が来たのかと身構えながら、護堂は単刀直入に用件を問い質す。返答は、意外な言葉だった。

 

 

『いやね、もう日本に着いたのかと思ってさ』

「着いた ……まさかまたヴォバン侯爵が来たのか!?」

 

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 齢三百年を生きる最古参のカンピオーネにしてドニ以上の戦闘狂い。魔王の名に相応しい傍若無人の体現者。

 現在魔術界に浸透しているカンピオーネの魔王イメージは、彼が植え付けたと言っても過言ではない。それほどまでに恐れられる暴虐の王。

 雷鳴轟く嵐と無数の狼。死してなお隷属させられる死者の軍団。

 あの死闘を護堂は一生涯忘れられそうにない。

 無意識に拳を強く握り締める護堂は、陽気な笑い声を聴いた。

 

 

『あはは、違う違う。僕が言っているのは元気なじいさまじゃなくて秋人のことさ』

「あきと?」

 

 

 呟き、そして護堂は直ぐその人物に辿り着いた。

 

 

 冬川秋人。

 今から一年半前に現れた現存する七人目のカンピオーネ。日本初の羅刹王にして確認されている内で史上最年少の魔王。

 同郷のカンピオーネとして一度逢いたいと願いつつも今まで機会に恵まれなかったが、護堂も噂なら何度も耳にしていた。

 

 

 曰く、良くも悪くも年相応。

 曰く、冥王様の同類。

 曰く、全人類の希望の星。

 曰く、大きな被害を出す草薙護堂よりマシ。etc.

 

 

 中には大変不本意な部分もあるが評判は悪くない。むしろ人道に厚い心優しい少年だと護堂も聴いている。そして、

 

 

「半年前から行方不明だって聞いていたけど、何であんたが行方を知ってるんだ?」

 

 

 そう、冬川秋人は絶賛行方不明中なのだ。

 国内の呪術事件の調査・隠蔽を行う政府直轄組織『正史編纂委員会』に身を置く秋人は周囲の反対を押しきり、一年前に世界一周の旅へと出てしまった。定期的に行われていた定時連絡が途絶えたのは護堂がカンピオーネとなった今年の春頃である。

 

 

 所持する権能が権能なので捕捉と追跡が困難であり、消息は不明。また最後に目撃情報のあった国では正体不明の『まつろわぬ神』の気配を現地の魔女が察知したため、交戦したと思われている。そのため一部では死亡説まで流れていた。

 

 

 唐突に沸いて出た有力情報に護堂は食い付いた。

 

 

『ああ、確か半年前にケータイが壊れてそれっきりとか言っていたっけ。ずっと連絡しなかったから、今さら連絡しても怒られると思って隠れていたんじゃないかな。壊れて一ヶ月後くらいに連絡忘れに気が付いたって呟いていたから』

 

 

 逃げれば逃げるだけ首を絞めるのだがその事に気付いていない。聡明と噂される癖に変なところで子供らしかった。

 

 

『それと僕が秋人の行き先を知っているのは簡単だよ。今日の夕方、本人から直接聞いたからね』

「知り合いなのか?」

『もちろん! 秋人は護堂と違って戦いに消極的なんだけどね。うん、中々面白い子だよ。一緒に居て飽きないぐらいには』

「俺だって戦いは嫌いだ!」

『またまたぁ』

 

 

 この半年で多くの死線を潜り抜け、その度に歴史的建築物を破壊してきた草薙護堂。世間より過激な破壊魔のレッテルを張られているが本人は平和主義者を貫いていた。

 

 

「……まあいい。とりあえず、その子は帰ってくるんだな」

『そう言ってたよ。護堂に会いたいんだってさ』

「俺に?」

 

 

 護堂は意外そうな声を上げた。

 

 

『どうも八人目の存在を知らなかったらしいんだ。鬼ごっこで遊んでいたのに護堂の事を話したら文字通り直ぐ飛んで行っちゃったよ。すっごい形相で』

 

 

 逆算してそろそろ日本に着くんじゃないか。そうドニは暢気に言っている。

 日本との時差は七時間。その言葉が正しければ実に五時間強程で日本に着く計算になる。

 雷速や神速、それどころか瞬間移動を駆使するカンピオーネがいる事を考えればゆっくりペースかもしれないが、一般人で考えると異例の速さである。

 

 

「そうか。……それにしても、トスカーナに居たんだな」

『正確には旅の途中に通っただけらしいけどね。いやぁ、けど悔しいな。また秋人を捕まえられなかったよ。鬼ごっこは今のところ全敗だ』

 

 

 悔しいのだろうがドニの言葉には喜悦が混じっている。そして護堂は鬼ごっこと聞いた時、何故か剣を片手に追い回すドニと泣きながら逃げ惑う小学生の図を思い浮かんでいた。あながち的外れでも無さそうなのが恐ろしい。

 第三者視点だと確実に警察沙汰である。

 

 

『とまあ、そんな訳だから。一応伝えておこうと思ったんだ』

「それは、まあ……素直に礼を言う」

『なーに、良いってことさ! なんたって親友のためだからね! あ、何だったらお礼は、今度うちに来た時にまた決闘で――』

 

 

 ドニが言い終わらぬ内に通話を切る護堂。何だか感謝する気も即座に失せ、このドッと込み上げてくる疲労感は何なのだろう。

 かったるし気に携帯電話を枕元に放り投げ、仰向けになった護堂は深く息を吐いてから天井を見つめ、頭の中を整理した。

 

 

「冬川秋人。九歳のカンピオーネ、か」

 

 

 サルバトーレ・ドニ。ヴォバン侯爵。

 今まで出会ったカンピオーネの全てが人格破綻者だったので不安は絶えない。けれども噂と年齢を考慮すればそう不安がる事も無いかと楽観的に捉える。

 

 

「流石に、まだ早いよな」

 

 

 時計を見れば時刻は五時半。短いようだったが思いの外ドニと話し込んでいたらしい。

 もう少し経ったら冬川秋人について訊ねてみようと、頼れる仲間を思い浮かべる護堂はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

「秋人さんの行方が分かったんですか!?」

 

 

 場所は東京都内にある神社の一つ、七雄神社。

 もうすぐ紅葉し始める緑の木々に囲まれた静かな境内に、耳当たりの良い声が響いた。

 庭の掃き掃除をしていたのだろう。今は手を休め、大きな竹箒を片手に仰天している巫女の名は万里谷祐理。万人が振り向く可憐な容姿に色素の薄い栗色の長髪が特徴で、媛巫女という日本でも最高峰の地位にいるトップ巫女の一人だった。

 

 

「ああ、今朝早くにドニから連絡があったんだ」

「サルバトーレ卿から?」

 

 

 神社の階段。ちょうど賽銭箱の置いてある少し前の段に腰掛けている護堂に確認するのは、これまた祐理とは別タイプの美少女だった。

 流水の如く流れる金髪に覇気のある華麗な容姿、モデル顔負けのプロポーション。祐理が美少女という形容が相応しいのに対し、美人という形容が似合う貴族の令嬢の様な品格を漂わせる少女だった。

 エリカ・ブランデッリ。

 イタリアはミラノの魔術結社『赤銅黒十字』に所属し、若くして最高位である『紅き悪魔』の称号を持つ才女は、階段の横で腕を組みながら古い手すりに背中を預けている。

 

 

 そもそも本来は、護堂は一人で祐理を訪ねるつもりだった。エリカは朝が弱く休日は昼近くまで眠っているのが常だからだ。それにただ話を訊くだけで仲間を連れる必要は無いと判断もしていた。

 朝の八時に話があると祐理に電話し、今日は七雄神社でお務めがあると知らされた護堂は早速出掛けたのだが、玄関を出た所で鉢合わせしたのが珍しく早起きをしていたエリカだった。

 休日を理由にデートに誘いに来たエリカを伴って神社を訪れたが、今はもう彼女も浮わついた雰囲気を消し去って真剣な顔を向けている。

 

 

 そしてそれは護堂を挟んでエリカの反対側に佇んでいる、まったく偶然にもエリカと同じ理由で草薙家を訪れ、二人と合流したこの少女にも言える事だった。

 

 

「それで、その冬川秋人様は何処にいらっしゃるのですか、草薙護堂」

 

 

 リリアナ・クラニチャール。

 銀褐色のポニーテールは陽を浴びてキラキラ輝き、そのスレンダーな体型と可憐な容姿も合わさり、まるでファンタジー世界から飛び出した妖精のような美しさを持つ少女である。

 彼女もまたイタリアの魔術結社である『青銅黒十字』に所属し、『剣の妖精』の異名を持つ凄腕の大騎士だった。

 

 

「いやそれが、どうも俺に会いたくて帰国の最中らしい」

「へえー、王子様帰ってくるんだ」

 

 

 そして、そう楽しそうに呟いたのは、たまたま別件で祐理を訪ねていた最後の一人。樹の枝に座って話を聞いていた清秋院恵那だ。

 絹糸の様にきめ細かな黒の長髪は美しく、その秀麗な顔立ちは大和撫子に相応しい。ただ容姿に反して見るからに活発そうで自由奔放の気があるが、その太陽に似た明るさは見ていて気持ちの良いものがあった。

 

 

 彼女達四人が、護堂が信頼を置く仲間であり、彼本人は否定気味だが愛人や正妻と見なされる面々である。

 四人ともが皆優秀な力を用いて護堂をサポートする頼もしい少女達であった。

 

 

「ああ、その子について詳しく知りたい。だから今日は万里谷を訪ねたんだ」

 

 

 エリカやリリアナでも最低限の事は教えてくれるだろうが、やはりここは自国の術者に訊ねるのが一番良い。護堂の仲間とはいえイタリア人のエリカとリリアナには公開されていない情報があると踏んだからだ。

 魔術界では核兵器に等しい存在である自国のカンピオーネの情報全てを、そう易々と他国に公開する事は無かった。

 

 

 一瞬だけ祐理はエリカとリリアナに視線を移すが、仲間なのだし問題無いかと判断して話しだす。

 それに秋人は情報の開示にはオープンな所があるので、エリカ達も知っている可能性は高いと判断しての事でもあった。

 

 

「秋人さんは一年半前、スウェーデンの地でロキ神を弑逆し、カンピオーネになられました」

「ロキ? それって北欧神話のロキのことか?」

 

 

 護堂でもその名には聞き覚えがあった。おそらく日本でもメジャーな神様の名前の一つだろう。ロキは北欧神話を代表する、それこそ神話を語る上では欠かせない神の一人だ。

 そしてロキには、ほぼ毎回と言って良いほど逸話を残す際に使用した力がある。

 

 

「変身?」

「はい。伝承によれば、悪戯好きで狡猾なロキは、度々女性にも化けて男神をたぶらかし、またハエや馬といった生物にも変身したとされています」

 

 

 中にはロキの子供達は女性に変身したロキが出産したという伝承もあり、現にロキは牡馬であるスヴァジルファリとの間にスレイプニルをもうけている。

 そしてその変身能力は権能として秋人に宿っていた。

 

 

 一度言葉をタメた祐理は、その名を告げる。

 

 

「どんな者にも変身する事が可能で、またどんな物も変身させる事が出来る権能『善悪の悪戯(トリックスター)』。それが秋人さんの持つ第一の権能です」

「噂の冥王様とは似てるところがあるよね」

 

 

 恵那が付け加えた冥王とはアメリカのカンピオーネの事である。

 例えばジョン・プルートー・スミスの『超変身』は様々な特殊能力を持つ特定の生物に変身できるが、秋人にはその制限が無い。ただあくまでも秋人の変身能力は擬態や欺く事の特性が強いため、他人に変身出来てもその頭脳や記憶、能力まで再現出来る訳ではなかった。――あくまで、人に限った話だが。

 

 

「あれ、じゃあその子の追跡や捕捉が困難って言うのは別の権能なのか?」

 

 

 護堂の尤もな質問に、祐理は静かに首を振った。

 

 

「いえ、そうではありません。それはあくまで『善悪の悪戯』の副産物に過ぎないみたいです」

「邪神ロキの変身は主に誰かを欺いて罠に掛けるために使われたもの。つまり人を欺いて誤解させる権能だから、彼の持つ力の気配を周囲に悟らせ難くしているという事ね」

「はい、エリカさんの仰る通りです」

 

 

 カンピオーネが権能を発動する際は呪力を消費する。その膨大な呪力を感知する術はまつろわぬ神の探索にも使用されるが、秋人の権能はその気配を希薄にする。

 また彼は人間から虫まで千差万別に変身するため監視カメラも意味を成さない。

 これが約半年も隠遁出来たカラクリだった。

 

 

(まさに悪戯の神様の力ってことか)

 

 

 何とも犯罪行為に便利な力だ。そう思う護堂は、今度は秋人の人柄が気になった。

 

 

「性格は?」

「王子様は良い子だよ、王様。被災地や孤児院に権能で稼いだお金を寄付したり、去年現れた神様にも『俺が皆を守るんだー!』ってヒーロー精神全開だったから」

 

 

 恵那はそう説明しながら樹から飛び降り、護堂の足下近くの段に腰を下ろす。

 ちなみに恵那の王子さま発言は、その容姿ゆえに王様という誇称が似合わないからだった。

 そして恵那に続いて秋人の説明をするのはエリカとリリアナである。

 

 

「資料は私も読んだけど、弑逆なされたのは確か大禍津日神、とかいう神様だったかしら? 賢人議会の付けた権能の名は『穢れを祓う者(ザ・リトル・クリーナー)』」

「確か効果は浄化に関する事だったと記憶しています。何でも諸国を旅する間でも、呪われた魔術道具や化学汚染された土壌や水源を無償で浄化して回っていたとか」

「…………なんだか話を聞く限り滅茶苦茶いい子そうだな」

 

 

 護堂の中のカンピオーネ像が音を立てて崩れていく。護堂の知るカンピオーネは二人。ヴォバン侯爵は暇潰しと称して一般人を塩の塊に変化させ、戦闘欲を満たしたいがために優秀な子供を何十人も使い潰してまつろわぬ神をわざわざ降臨させる傍迷惑な老人。そしてドニはそんなカンピオーネに喧嘩を売って闘うことを虎視眈々と狙っている戦闘馬鹿。国際問題などなんのその。それが護堂の知るカンピオーネだ。

 

 

 予想以上に良い子ちゃん過ぎて、思わず自分と比較して涙が出そうになる護堂。

 自分も平和を守っていると自認しているが、それには毎回決して安くはない破壊活動が伴われるため余計惨めだった。

 高校生が社会貢献度で小学生に負けているのだ。

 

 

「けれど悪戯っ子の顔があるのが問題でして……」

「悪戯っ子?」

 

 

 護堂の確認に首肯する祐理。

 頬に手を当てて困った表情をする彼女からは、弟の悪戯に手を焼かされている姉の雰囲気が醸し出されていた。

 その様を見た恵那はケラケラと笑う。

 

 

「相変わらず祐理は固いなー。他人に変身して驚かしたり、委員会の分室に侵入してお菓子を盗み食いするくらい可愛いものだって皆言ってるのに」

「それだけではありません! 大きな落とし穴や巨大な迷路とか、明らかに危ない罠も仕掛けているではありませんか!」

「でもあれって仕掛ける場所をしっかり考えてるよ。現に罠にかかった一般人はいないし、落とし穴なんかにはクッションも敷いてある親切設計。迷路は良い訓練所になるって評判だったし――」

「そういう問題ではありません! そもそも恵那さんや馨さん達が甘やかすから、いつまで経っても悪戯癖が抜けないんです!」

 

 

 勢いよく捲し立てる祐理は完全に秋人の教育係だった。その必死さには微笑ましいを通り越して引いてしまう程の凄みがある。

 彼女は、そうしてしまうほど心配だったのだ。

 

 

「それにこのまま成長して、え……ええええっちな悪戯とかもするようになって! 万が一、護堂さんみたいに破廉恥な性格になったらどうするのですか!?」

「ちょっと待て万里谷!? その引き合いに俺を出すのはおかしい!」

 

 

 流石の護堂もこれには黙らずにはいられない。立ち上がって撤回を要求する護堂を無視し、祐理の主張は続く。

 

 

「秋人さんをこのまま良い子に教育するのは私達の義務で、あの子のためです! だってカンピオーネについてお訊ねしたら『悪い神様をやっつける正義の味方』だと速答するぐらい純粋で優しい子なんですから!」

「世界中の魔術結社から届いた『どうかこのまま優しい子に教育してください』って応援メッセージには皆苦笑していたよね」

「た、確かに冬川秋人様は欧州でも評判が高い。些か幼いのがやはり不安だが……彼が自国のカンピオーネだったらどんなに良かったかと皆呟いている」

 

 

 その場面を思い出した恵那は懐かしそうに頬を弛め、リリアナが哀愁を漂わせる。見ればエリカも頬をひきつらせており、その姿がどれだけ戦闘狂い二人が周囲を騒がせているのかを物語っていた。

 しかしここは性格と育ちの違いか、エリカも復活が早い。

 すぐに憂鬱から脱し、パンパンと掌を叩く。

 

 

「はいはい、ストップ。祐理、貴女がとても面倒見の良いお姉さんなのは分かったから、少し落ち着きなさい」

 

 

 たしなめる言葉に今までの醜態を思い出したのか。顔を真っ赤に染めた祐理は借りてきた猫の様に大人しくなる。彼女が落ち着いたのを確認してから、エリカは真剣な眼差しを祐理と恵那に向けた。

 

 

「ところで、さっきから気になっていたのだけれど、あなた達って冬川秋人と親しいのかしら?」

 

 

 問い掛けるエリカの言葉通り、二人は秋人と交流があった。

 まつろわぬ大禍津日神が顕現した際、戦闘のサポートをしたのが霊視能力に優れた祐理と、『神懸かり』と呼ばれる降霊術を駆使して日本最強との呼び声の高い媛巫女である恵那だった。

 それ以来、秋人はプライベートでも二人と交流を持ち、祐理と恵那も弟や友人の様に接してきた。今はもう護堂の元に望んで付く事になったが、数年後には愛人や嫁として秋人に宛がられていた可能性も高かった。

 

 

 別に隠す事ではないと祐理に代わって説明する恵那に、エリカは更に真剣な目を向ける。

 それは、場の空気が張り詰めた事を意味していた。

 

 

「そう、なら単刀直入に訊くわ。もし護堂と冬川秋人が対立した場合――あなた達はどっちに付くつもり?」

「エリカ!?」

 

 

 護堂は声を張り上げるが、それを遮ってエリカに同意したのはリリアナだ。

 

 

「草薙護堂、可能性としては充分ありえる事です。特に日本の様にカンピオーネをトップに据える事なく、あまつさえ二人もカンピオーネを抱えて複数の派閥が存在するとなれば、望まずとも政争に巻き込まれる可能性は大いに出てきます」

 

 

 日本では四家と呼ばれる伝統ある呪術一族が度々勢力争いを勃発させ、また日本の術者達は個人営業の『民』と役職勤めの『官』に別れている。それぞれ別組織に護堂と秋人が組み込まれた場合、それを気に内部分裂を引き起こすのは想像に難しくない。

 

 

 そう的確に説明してみせたリリアナに、エリカは目を丸くした。

 

 

「どうしちゃったのリリィ。貴女、こういった頭脳労働は苦手だったじゃない。悪いものでも……いえ、この場合は何か良いものでも食べたのかしら」

「馬鹿にするなエリカ! いくら政争に疎い私でもこのくらい推測出来る!」

 

 

 なら全くもって気付かなかった自分は脳筋まっしぐらなのかと、先程の焦燥は忘れて護堂は落ち込む。『大丈夫だよ、王様』とフォローに入る恵那の優しさが心苦しかった。

 

 

 そしてこれまで無言を保ち、真剣に考えていた祐理が口を開く、その時、

 

 

「それは――」

『俺は争う気、これっぽっちも無いよ』

 

 

 どこからか子供の声が響いた。

 周囲に人影は無く呪力は感じない。その隠密性に戦慄が走る中、護堂だけはカンピオーネとしての直感で正確な位置を掴み掛けていた。

 場所は自分達四人と、少し離れた場所にいる祐理との間。

 そこに視線を送った時、護堂は気付いた。そこに、一匹のハエがいたことに。

 

 

「大丈夫。そうならないように考えてるから」

 

 

 今度は完全な肉声だった。その声を誰もが認識した途端、漸く僅かに呪力の気配を感じて全員が一ヶ所に視線を集中させる。

 するとたちまちハエは人型に生まれ変わった。

 ざんばらに短く切られた黒髪に卵形の顔立ち。

 背は小さく身体の線も細い。見るからに華奢な少年だった。

 デニムの短パンに青のパーカーという出で立ちの背中には、戦隊物のイラストが描かれた旅行用の子供リュックがパンパンに膨れた状態で背負わされていた。

 

 

「お前は……」

「初めまして後輩の兄ちゃん。俺が先輩の冬川秋人」

 

 

 少年――冬川秋人は『後輩』と『先輩』の部分のイントネーションを強くして友好的な笑みを浮かべるが、正直目は笑っていない。どこか護堂に対し負の感情を向けている気がする。

 

 

 その気配を鋭敏に察した護堂は自分に何か非があったのかと思い出そうとして失敗し、エリカとリリアナは僅かに目を細めた。

 如何に幼い魔王といえど、敵対するなら全力で排除する。そう覚悟した目だった。

 二人の剣呑な気配を知ってか知らずか、秋人は心からの笑みを恵那へと向けた。

 

 

「姉ちゃんも久し振り。お土産は実家の方に置いてきたから後で食べて」

「ありがとねー、王子様」

 

 

  秋人は護堂の情報を得ようとして、既に恵那と裕理の実家を訪れている。いつもの様にハエへと変身して部屋に侵入。しかし二人とも不在だったため、お土産各種を置いてから祐理のいそうな七雄神社を訪れたのだ。

 恵那はよく山籠りの修行をするので不在の可能性が高いと判断しての事である。

 

 

 

 そして、

 

 

 

「――――秋人さん」

 

 

 何やら不穏な気配を背後から感じた秋人は、大きく肩をびくっと震わす。今さら祐理の怒りに気付き、また怒られるのが恐くて逃げ隠れていたのを思い出したのだ。それも護堂に執着したが故の失敗であった。

 

 

 秋人はあからさまに動揺していた。

 

 

「じゃ、じゃあ今日はこのくらいで、また後で話そう兄ちゃんっ。流石にイタリアから飛んでくるのは疲れ――」

「お話があります」

 

 

 その夜叉の一言は、神すらも倒す神殺しを恐慌状態に陥れる程の威圧感を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。ホントすいませんでした。後で司令にも謝りに行きます。申し訳ありませんでした」

 

 

 精神をガリガリと削られたお説教から数十分。目に涙を溜めて土下座を続ける秋人は、先程から仁王立ちをする巫女さんに謝罪の言葉を繰り返している。

 それは賽銭箱前に集結する四人を戦慄させた。

 

 

「お、怒ると怖いのだな、万里谷祐理は……」

「親しいとはいえカンピオーネにあそこまでやれるとは流石ね。ガラスのハートの私には到底無理な芸当だわ」

「エリカ、その冗談は面白くないぞ」

「あはは、祐理は王子様のこと心配してたからねー」

 

 

 四人が見守る中お説教は続く。その姿を不憫に思った護堂が助け船を出す訳だが、それは秋人が護堂に抱く険を少し和らげるには充分だった。

 

 

「ほら万里谷、そのぐらいにしてやれ。正直、弱い者イジメにしか見えないぞ」

「よ、弱い者イジメ!? 歴とした教育を弱い者イジメとは納得出来ません!」

 

 

 怒りの矛先が護堂に向かった所で秋人は賽銭箱へと移動する。祐理の背後を通る際、きちんと護堂に感謝の視線を送る辺り、案外律儀な性格なのかもしれない。

 しかし面倒を押し付けるなと批難の目を向ける護堂のことは完全にスルーして、秋人は見知らぬ二人の前に躍り出る。

 そこにはやはり、護堂に向けたような負の感情は見られない。エリカとリリアナも少しばかりの敵意をしっかりと隠せている。

 

 

「えーっと、それで姉ちゃん達は……」

「挨拶が遅れまして申し訳ありません、王よ」

 

 

 そして最初はエリカ、次いでリリアナが自己紹介を終えた時、秋人は驚愕に目を見開いた。

 

 

「エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール?」

 

 

 それは欧州でも名高い二人の神童の名前だった。

 

 

「もしかして『紅い悪魔』と『剣の妖精』?」

「誉れ高き御身に我が名を覚えられていようとは、恐悦至極に存じます」

「あー、うん。ありがと。というより二人とも普通で良いよ。俺の方が年下だし。そんな風に偉い人扱いされるの、あんま好きじゃない」

 

 

 普通の子供の様に接する事を許された二人に、秋人は年相応に微笑む。

 そこに漸く祐理のお説教から解放された護堂が合流するのだが、

 

 

「へぇ、秋人は――」

「先輩」

 

 

 秋人の冷たい言葉が再び一触即発の空気を作る。子供に拒絶されるというのは意外と精神を摩耗させるらしい。護堂の頬を冷や汗が伝った。

 

 

「あき――」

「先輩」

「……先輩は二人のこと知っていたのか?」

「うん、海外の強い人達については一通り勉強したから」

 

 

 どうやら敬語までは使う必要が無いらしいと胸を撫で下ろし、そして『こんな子供すら勉強しているのに』という仲間からの視線に、魔術界に疎い魔王様は視線を游がせ、誤魔化すように自己紹介を始めた。

 

 

「っと、そうだ。挨拶が遅れたな、俺は――」

「知ってるよ。草薙護堂でしょ。サルバトーレの兄ちゃんから色々と教えてもらった」

 

 

 けれども秋人は護堂の逃げ道を潰す。争う気は無いと言っておきながら、秋人の目は敵意で爛々と輝いていた。

 

 

「……そう、兄ちゃんについてはもう調べがついてる。そしてここに来て確信した。兄ちゃんの企みは全て俺がお見通しだっ!」

 

 

 秋人は叫ぶ。祐理に、そして恵那を微かに盗み見てから護堂に視線を戻し、睨み付ける。

 そして、その目を見て護堂は漸く自分が恨まれている理由を悟った。

 

 

(そうか、この子は……)

 

 

 その目に宿るもの。それは嫉妬。

 秋人は自分について調べたと言っていた。なら祐理や恵那が正妻や愛人として認知されている事も知っているだろう。

 それなら嫌悪感を抱いても不思議はない。秋人にとって自分は、慕っていた姉を奪い取った憎き男なのだ。

 

 

 子供らしい理由に微笑ましさを覚え、同時に心苦しくなる護堂。二人の友情と好意は複雑な経緯を経て今に至ったものであり、きっかけは護堂に責は無いのだが、それでもけじめを付けようと何れ来るだろう罵詈雑言に耐える決意を固める。

 

 

 そして、護堂は――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を出し抜いてヒーロー戦隊のブラックになるつもりなんでしょっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――盛大に地面へずっこけた。

 

 

 

「……………………………………はい?」

 

 

 護堂は無理やり声を絞り出したが頭はまだ混乱している。周囲を窺えばエリカ達四人も例外なく呆けていた。

 そんな護堂達の目の前で、ヒーローを目指す魔王はふんっと鼻息を荒くする。

 

 

「皆まで言わなくても分かってる。くそっ、イエローとホワイト候補だった恵那姉ちゃんと祐理姉ちゃんを正確に引き抜いただけじゃなくて、既にレッドとブルーまで見付けているなんてっ」

 

 なるほど、確かに天真爛漫とした恵那には明るいイメージがある黄色は良く似合うし、清廉で純粋、思わず守ってあげたくなる系の祐理は白のイメージにぴったりだ。赤と青などエリカとリリアナ以外の嵌まり役を探す方が難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら嫉妬は嫉妬でも、護堂の予測したものとは些かベクトルが違ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか俺がメンバー探しの旅に出ている間にこうまで見事な人員を揃えるなんて……兄ちゃん、なんて恐ろしい奴っ」

「恐ろしいのはお前の発想だっ!?」

 

 

 護堂も起き上がって反論する。なんだかもう辺りには一気に弛緩した雰囲気が漂い始めた。

 

 

「けど、かといって俺は、ここまで見事なチームを兄ちゃんから奪うほど……や、ややや――」

「野暮って言いたいのかしら?」

「そう、それ! 野暮じゃない!」

 

 

 サポートしてくれたエリカにサムズアップし、彼女もまた秋人に親指を立てる。

 最初のギスギスした空気、剣呑な態度は、もう欠片もない。

 自分が面白いかどうかこそが行動理念のエリカにとって、この護堂が慌てふためく光景は大好物だ。流石のエリカも子供に対し『護堂をおちょくるのは私だけの権利』と主張するほど大人気なくない。

 

 

 よってエリカは良い意味で予想外の展開に傍観の姿勢を示し、祐理とリリアナはハァーと溜め息。恵那はお腹を抱えて笑い、護堂は誤解だと叫び、秋人は階段に立って護堂を見下ろしながら、ビシッと人差し指を突き付けた。

 

 

「だから俺は兄ちゃんをテストするために帰って来たんだ! 俺がブラックの座を譲るのに相応しい男なのか! 俺が戦隊のピンチに駆け付けるお助けキャラに甘んじる価値があるのか! 魔王戦隊カンピレンジャーのリーダーを託せられるのか! しっかり見極めてやる!」

 

 

 そう宣言した秋人に、護堂は、

 

 

(――――昼は何を食うかな)

 

 

 

 

 やはりカンピオーネにまともな奴はいないと自分の事を棚に上げ、遠い目をしながり現実逃避と洒落こむのであった。

 

 

 

 

 

 

 




はい、こんな感じです。少々無理矢理感が否めませんが、年齢一桁が神を殺すなんてこんな感じの場面しか思い浮かびませんでした。



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