トリックスターな魔王様   作:すー/とーふ

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気軽に読んで頂ければなと思います。
プロローグは護堂がカンピオーネになる前。一話以降は時系列でいうと五巻と六巻の間くらいの出来事のつもりです。


プロローグ

「兄ちゃん……しっかりしろ兄ちゃん! 何で……どーして……」

 

 

 真昼の遊園地に子供の悲鳴が響く。本来なら笑顔と笑い声が絶えない場所で涙声を出すのは場違いであり、何より石畳に倒れ伏す青年にすがる少年に周囲の人間が関心を示さないのは、些かを通り越して完全な異常事態であった。

 アイスを片手に走り回る子供達。手を繋ぎながらどのアトラクションに乗ろうか相談する子供連れの家族。仲睦まじく小舟に乗って愛を語らう恋人達。

 ノスタルジックな雰囲気の漂う遊園地。そのエントランス前という場所にも関わらず、彼等は皆、少年達には気付かない素振りを見せる。そして、実際その通りであった。彼等は少年達に気付いていないのだ。

 

 異変を察する事の出来た『表舞台には決して出ない』者達が急行しているが、到着するまでまだ時間が掛かる。青年の額から流れる血量から判断するに、事情を知る者達の到着に間に合わないのは明らかだった。

 

 

「誰かっ……誰かっ!? 助けてよ、このままじゃ……このままじゃ兄ちゃんが死んじゃう!」

 

 

 涙で頬を濡らす少年は、まだ幼かった。適度に短いボサボサの黒髪に柔らかそうな卵形の顔立ち。もう少し髪が長ければ少女にも見られかねない子供特有の中性的な容姿は可愛らしく、小さな背丈が、まだ少年の歳が十にも達していない事を示している。ヒーロー物のプリントがされた半袖Tシャツと擦りきれた短パンが、見る者に活発な印象を抱かせた。

 

 

 そんな元気一杯の子供が泣いている。

 

 

 ――両親の葬式以来涙を忘れていた。

 ――遠い異国の地に定住していた親戚筋に引き取られ、冷遇されても泣き言一つ言わなかった。

 ――東洋人という事で浮いてしまい友達がいなくても楽しそうに一人で遊んでいた。

 

 

「何で……何で皆無視するんだよ!?」

 

 

 たった数時間の触れ合いは心の堰を崩すには充分過ぎた。仲良くなった者を助けるために少年は喉を枯らす。

 

 

 その様を見て、仰向けに寝ていた青年が血に染まる青白い表情を歪ませ、クッと笑みを溢す。心底愉しそうな、愉悦に満ちた笑みだった。

 

 

「ふっ……五月蝿いガキだ、少し黙れ」

 

 

 愉快そうに呟く間にも額からは――今では跡形も無いが黒い矢が刺さっていた額からは、止めなく血が溢れている。容赦なく流れ出る血は周囲を血の池に変え、一昔前の貴族が着るような豪華な衣服は赤く濡れ、それは青年の美貌をも赤く染め上げている。

 何故生きているのか分からないほどの出血量だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は、美しかった。

 波打つ髪は黄金色に輝き、その整いすぎた美貌は世の女性達を魅了し、魔性と呼ばれるに相応しい。翠の瞳など覗き込めば吸い込まれる程に深く、綺麗な色合いをしている。

 人間とは思えない程の美貌に、圧倒的な存在感を主張する神々しい雰囲気。

 

 

 

 

 

 

 

 事実、青年は人間では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が五月蝿いだ馬鹿たれっ! そもそも何で玩具の弓矢が本物に変わるんだよ!? 訳分かんないよ! というより、兄ちゃんは神様なんだろ!? なら死ぬなよ馬鹿っ」

 

 

 そのあんまりな言い様に激昂し、神を称する青年を罵倒して、また涙を流す。

 

 

 全くもって訳が分からなかった。

 神様を称するヘンテコで気まぐれな青年。傲岸不遜で偉ぶっている癖に、どこか庶民的な感性を持つ神らしくない神様。

 この数時間で何度も見た不思議な現象。

 今まで共に遊んでいた青年が、何故自ら死ぬような真似をするのか。

 

 

 全くもって理解の範疇を越えていた。

 

 

「何で本物を玩具に見せ掛けたんだよ!? 何で避けなかったんだよ!? 訳分かんないよっ!」

 

 

 神の傍らで少年は叫ぶ。脳裏に浮かぶのは遊園地を訪れて直ぐの台詞だ。

 

 

 

 

 《さて、名残惜しいがここらで最後の遊戯だ。この地に隠れる私を見付け、私が変身していると思しき『人』の額にコレを突き刺せ。機会は一度だ。なあに、矢の先は見ての通り吸盤。本当に刺さる事は無い》

 

 

 

 

 そして、少年は突き刺した。

 ルールに則りゲーム開始前に三度の質問を行い、大まかな当りを付けてから青年と思しき者へ玩具の矢を突き刺した。

 売店で売られていた『人』形の額へと。

 

 

(この嘘つき!)

 

 

 少年は気まぐれで嘘つきの神様を睨む。

 彼と出会っての数時間は楽しいことの連続だった。

 出題されるトンチの利いたずる賢いクイズに、知恵や勇気と体力を振り絞りお題をクリアしなければ突破出来ない巨大迷路。はたまた本物のひったくり犯に悪戯を仕掛けて正義の裁きを下すなど。

 彼の出題し、強いてくる刺激的な無理難題、頭を使ったゲームの数々は、クイズやパズルを好み、悪を裁く正義のヒーローに憧れる少年にとって大変楽しいものだったのだ。

 何より親戚からも疎まれている少年にとって、久々の一人っきりではない遊びだった。

 

 

 その結末がこうなると誰が予測出来よう。

 

 

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする少年に、一柱の神は血化粧の施された口許を弛ませ、その美声を紡ぐ。

 

 

「ふっ、敗北した暁にはお前の命を貰うと公言した手前、敗北した私も代償を払うのは当然だ。他の神との約束などどうでもいいが、流石の私も人の子相手に誓いを反故にするほど恥知らずではない」

 

 

 泣き声をピタッと止めた少年は、目をまん丸くしながら絶句した。

 

 

「…………ファッ!? あれってマジだったの!?」

「当たり前だ。神たる私に二言は無い」

「嘘つきでずる賢い兄ちゃんが言っても説得力あるかー!?」

 

 

 そのツッコミを聞いて、一理あると気まぐれな神は笑みを深める。

 

 

 そう、この少年は気まぐれで嘘つきの神に勝利してみせた。他の神や人間達の様に武を競い会うものでは無かったが、当人達にしてみれば紛れも無い本気の大勝負。

 むしろ常道とは対極の位地におり、気まぐれで悪戯の神たる自分にとって、この史上初であろう展開と結末は、なんとも自分らしいと言えるのではないか。

 

 

 そのように北欧の神は思っている。

 

 

 従来通り神や人間達を相手に血沸き肉踊る闘いに身を投じるのも有りだったが、これはこれで中々だった。

 

 

 本当に、この神は心から満足していた。

 ただ、一つ心残りや疑問があるとすれば。

 

 

「そういえば、一つ忘れていた。ガキ、何故お前は私が人形に化けていると分かった?」

「……べつに、ただ俺だったら同じことをするから、兄ちゃんもそうかなって思っただけ。というより……くそっ、どうしたら良いんだよっ、血は止まらないし……ああ、もう!」

 

 

 一瞬、なにやら瞠目した神は、必死に手当てを施そうとしている少年の言葉を理解した後に、見惚れる程の微笑みを溢す。

 少年の発言は暗に人と神の思考回路が一緒という一種の不敬に当たる発言だった。しかし、

 

 

(悪くない)

 

 

 そう、悪くない。全くもって悪くない。かつて全ての神から憎まれ、疎まれた神だからこそ、本当は同族を――良き理解者を欲していたのかもしれない。

 

 

 新たに発覚した答えに神はただ鷹揚に頷き、センチメンタルな部分があった自分の心に破顔した。

 

 

「なるほど。まあ……思いのほか、お前との一時は愉快だった。コレは、その礼だと思えば良い」

「……ッ、そのお礼と兄ちゃんが死ぬことがどう繋がるんだよ!?」

 

 

 悪神として神話で語られる身としては無垢な子供になつかれる事に悪い気はせず、心地好さすら存在した。何より、少年とは馬が会う。そして知恵比べでも敗北を期した。ただ死ぬのでは味気なく面白味も無い。なら、

 

 

(こいつに力を与えるのも悪くない)

 

 

 常識や合理性で動くのではなく、本能のまま、心に沸き立つ衝動に身を委ねてきた自分だからこそ、この万人どころか神ですら予測不可能だったであろう結末は、歓迎すべき事なのだ。

 

 だからわざわざ本物を玩具に見せ掛け、更には自らの権能で矢を天敵の頭部だと定義し、神話での死因を再現した上で、少年の手自らによって討たれた。

 

 

 予測不能かつ気まぐれ。それこそトリックスターと呼ばれた自らの生き様であり、彼自身。

 

 

「ああ、実に私らしい。なあ、こういうのもまた一興だろう? 魔女よ」

「ふふっ。まったく、相変わらず予測不能で気まぐれでいらっしゃるんですから」

「…………え?」

 

 

 不意に聞こえた第三者の声に背後を振り向く少年。そこにいたのは少女だった。

 

 

 これまた人間とは思えない美貌を携える十四・五歳と思しき少女。薄紫色の長い髪を二つに括り、エルフの様に長い耳が印象的だった。彼女は大きく肩を露出させた白いワンピースに身を包み、幼顔の見た目に反し蠱惑的な笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

 そして、この青年と同じくコートの様に身に纏う神秘的な雰囲気と神々しい佇まいが、彼女もまた人にならざる超越者である事を告げていた。

 

 

「来るのが遅いではないか。貴様は神と人のいる所には必ず顕現する魔女なのだろう?」

「それは申し訳ありません。でも、こんな結末は初めてなんですもの。それにこんなにも幼いですし」

「ふっ、迷った、ということか」

 

 

 困った様に魔女は呟き、無理もないと青年は愉しそうに笑う。呆然とする少年を置き去りに二人の会話は続いた。

 

 

「けれど、確かにこれは命を賭けた真剣勝負でした。特にアレ、この子は手の込んだアスレチックだと勘違いしていましたが、あの迷路は智力だけでは突破出来ません。直感や運、反射神経や洞察力が必要不可欠。なによりあの迷路に仕掛けられた罠は、そのどれもが一発でこの子の命を奪うものでした」

「ああ、その通りだ魔女よ。正直、何故あの迷路をこのガキが無傷で突破出来たのかは私にも理解出来ん。元々、勝たせる気は無かったのだがな」

「まあ、恐ろしい。なんて酷い御方なのかしら」

 

 

 端から聞いてゾッとする会話だった。あまりにも人の命を軽視した会話に少年の脳が痺れを訴えてくる。

 しかし、あの悪逆非道で性根の腐った特製迷路型アトラクションを突破したからこそ、この神は興味を持って様々なちょっかいを出し続けた。

 この魔女もそれがあったから少年に着目した。

 

 

 神を弑逆する者は皆、何処かが常人離れして狂っている。でなければ神を殺害出来る筈がない。この少年は武力ではなく別の要素が優れているのだ。知性、そして運、更には神に愛されるというカリスマ性。

 

 

 それらを持って少年は神を倒した。確かにこの少年は通常ではなし得ない偉業を果たし、誰も昇れない頂へと辿り着き、お膳立てもあったが神を殺してみせたのだ。

 

 

 養子に迎える資格は充分にある。それだけの修羅場を潜っている。この智力と悪戯で知られた神に知恵比べで勝つなど神ですら難しいのだから。

 

 

 過去に類を見ない闘いは災厄と希望の魔女を満足させるものだった。この新しき魔王は、きっと今までにない変わり者の魔王として名を馳せる事になるだろう。

 

 

 彼がどう生きるのか、どのような景色を見せてくれるのか、魔女は楽しみだった。

 

 

「さあ、では最も幼くて神に魅いられたこの子に祝福と――」

「ちょっと待ったぁあああっ!」

 

 

 そして新たな神殺しの魔王を生む儀式に入る段階になり、漸く急展開に着いてこれなかった少年が起動した。

 

 

「姉ちゃんは俺達に気付けてるの!? なら助けてっ、この兄ちゃんを助けて!」

 

 

 いつの間にか周囲の人、景色は消え去り、白い空間に支配されていたが、それでも少年は気にすることなく魔女の腰にすがり付いて懇願する。涙や鼻水、ついでに血で服が汚れるのも疎まず、魔女は慈愛の表情を持って少年を見下ろした。

 

 

「ごめんなさいね。あたしにあの御方を助ける事は出来ないの」

 

 

 腰を落として視線を合わせながら、魔女は少年の頭を撫でつつ謝罪を口にする。それでも口を開こうとする少年の唇に、魔女は人差し指を押し付けた。

 泣きじゃくる少年を安心させる向日葵の様に咲き誇る笑顔と、陽気に弾んだ天真爛漫とした声を携えながら。

 

 

「でもね、心配しないの。確かにあの御方は死んでしまうけど、またいつの日か蘇る。アキトが良い子でいたら、またきっと会えちゃうから」

 

 

 何故自分の名前をと、少年――冬川秋人が疑問に思う前に、言われた事を反芻し、意味を確かめる。

 そして弾かれた様に青年を見てから、急いで魔女へと視線を戻した。

 彼女は笑っていた。

 

 

「……本当に? 嘘じゃなく?」

「もっちろん! だってあの御方は神様なんですもの。超頑丈に出来てるからそう簡単に死なないの。だから安心してちょうだい」

 

 

 ああ、確かに。相手は人間ではなく神様。なら死なないかと、秋人は漠然とそう思った。

 少なくとも彼女の笑みと言葉は、何故だかそう思わせる程の説得力を備えていた。

 

 

「それと、あたしは姉ちゃんじゃなくてパンドラ。あ、義母さんやママって呼んでも勿論オーケー。 むしろウェルカム。呼んでくれたら好感度MAXで禁断の義母ルートに突入しちゃうかも?」

「義母ちゃん」

「……ちょ、もう一度呼んでっ」

 

 

 まさか本当に呼ばれるとは思っていなかったのか。秋人が呟いた瞬間、パンドラは狐に摘ままれた様な表情を見せた。

 

 

「義母ちゃん」

「ワンモア」

「義母さま」

「ラスト、あと一回だけ」

「…………ママ?」

 

 

 そして秋人が呟いた時、彼女のテンションは頂点に達した。

 

 

「キャー! やっとそう呼んでくれる子供が出来たー! もうね、だーれもそう呼んでくれないの。中にはあたしと戦おうとする反抗期の子供までいたんだから!」

 

 

 周囲にハートや音符マークを乱舞させながらパンドラがはしゃぐ。それは倒れたままの神様がこめかみに青筋を浮かべながら咳払いするまで続き、彼女はギクッと肩を震わせる。

 

 

 それでも弛みきった笑顔を隠せていないパンドラは秋人の肩に手を乗せ、そのまま回れ右をさせて背後を振り向かせる。立ち上がり、後ろから秋人を抱きすくめるパンドラは、今度こそ儀式を再開した。

 

 

「さあ、それでは史上最も幼くて、ついでに素直で可愛いあたしの神殺しに、聖なる祝福の言霊を捧げて頂戴!」

 

 

 かなり主観の入った言霊を合図に儀式が開始される。

 直後、秋人の身体から力が溢れてきた。青年から流れてくる光の奔流が魂を満たす。その重みに耐えきれず意識が飛びそうだった。

 

 

「苦しい? それとも不安? でも男の子なんだから我慢我慢。その重さも、別れる悲しさも、それは全部アキトを成長させるんだから。まさに超進化、いえ、これはもうワープ進化といっても過言じゃないわ。やったわねアキト、いきなり究極体よ」

 

 

 パンドラに言われずとも本能で悟る。自分は人間の枠組みを越え、更なる高みへと昇華する事を。

 

 

「ふむ……まあ、なんだ」

 

 急な出来事に混乱する秋人は、確かに言葉を聴いた。

 重く閉じようとする瞼を開き、そのまま神の姿を見続ける。

 決して忘れないために。その姿を、遊んでくれた姿を記憶に刻むため、秋人は目を離さなかった。

 

 

「それは私からの押し付けだ。よって好きにしろ。その力で魔王となるも、英雄となるのも、お前次第だ」

「英、雄……」

 

 

 呟き、そして高揚する事を自覚する秋人。

 英雄、即ちヒーロー。

 それは幼い少年が抱く憧れそのものであった。

 

 

 秋人の心中を悟ってたか、神はニヤリと笑った。

 

 

「しかし、次こそは私が勝つ! また再びあいまみえる時を楽しみにするが良い! ――また遊ぶぞ、我が友よ」

 

 

 

 もう神は消えかけている。下半身は既に光の粒となり、今こうしている間にも光の浸食は上半身にまでその手を伸ばしている。

 

 

 そして、ついに顔までも消えかける神に、秋人は――、

 

 

「――ふんっ、また完膚なきまでにボッコボコにしてやるよ、 ロキの兄ちゃん!」

 

 

 そう、泣き笑いで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが過去に類を見ない史上最も幼き神殺しが誕生した瞬間であり、イタリアはサルデーニャ島で新たな魔王が誕生する、たった一年前の事であった。

 

 

 

 

 

 




北欧神話って沢山の説がありますよね。ロキの死因だって首を跳ねられたとか、敵の頭部が刺さったとか、色々な説があります。
色々と文献を漁っていますが、中には『え、この解釈はどうなの?』という場面もあるかもしれません。
その時は申し訳ないです。ご指摘頂ければ、可能なら色々と調べた上で修正を施したいと思います。

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