永月の夜 ‐ひとつの結末‐
大都市東京。
度重なる経済発展によって巨大なビル群に覆われた街。
夜が訪れても未だ猶、暗闇を照らす光の尽きぬ街。
人工の光によって月の光は隠され、自然は人の手によって蹂躙された街。
そんな街の夜遅く、彼ら彼女らは跋扈する。
人々は畏れを忘れ科学が世界を支配している、しかしその存在たちは今もまだ夜闇に紛れて生き延びているのだ。
これは時代の移り変わりに取り残された哀れな存在たちの物語。
表社会に出ることなく、裏社会でも深部に潜むものたちの物語。
この世界には”魔法”がある。
最初に自分にそう告げたのは誰だったか、今となってはとんと思い出せない。
母だったのかもしれないし、数多いる親戚の一人だったかもしれない。
まぁそんなことはどうでもいい。
自分自身そう告げられる前から”魔法”の存在を信じていた節があるし。
だが、朧気ながらもその存在を把握していたのは『特別』なことらしい。
なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。
中学2年になって最初に思ったことは、周りの男子たちの妄想が現実化すると自分のような存在になるんだな、という深い深い呆れの念くらいのもの。
流石に「俺こそが選ばれしもの!」だとか血迷ったことは頭の中を一瞬たりとも過ぎりはしなかった。
結局その『特別』とやらのために今までの人生の大半を費やしてきたわけだが、自分自身が何をしたいのか今の今まで見つけることすら出来ていなかった。
学校では『特別』の反動か、平凡そのものを装い続けてきたし、高校に入ってからは『特別』も度を過ぎたらしく放任主義だったから好き勝手していた。
好き勝手とは言っても別にグレたりだとかそんなことをする訳もなく、一般の学生のごとく友達と馬鹿話をして、彼女なんか作ってみたりだのアルバイトをしてみたりだの『普通』に過ごしていた。
そんな気楽な高校生活も終わり、大学生活が始まった。
別にやることも高校生活とはほとんど変わることはなかったが、周りの奴らも少しずつ大人になり始めていたんだろう。
皆が皆、少しずつ自分と距離をとり始めた。
気づいたのだろう、自分が世間一般に当たり前にいるような存在ではないということに。
明確に理解をしている奴が出てくることはなかったが、誰もが俺の存在に違和感を覚えているようだった。
大学生活も2年目に入ると自分に好き好んで近づいてくる奴もいなくなった。
彼女なんかとはとっくの昔に別れたし、高校時代の友達からすら避けられるようになっていた。
家の奴らが自分のことを『特別』と呼んだ理由がこの年になってはっきりと理解できた。
いや、昔からわかってはいたのだ。
それを受け入れるのが怖かったのだ。
自分がいくら精神性においても一般人と一線を画すとは言っても限度はある。
自身の存在が最初から孤独を約束されたものなのだとどうして理解できるだろうか。
自分はまだ20年も生きていない所詮若輩なのだ。
なぜ永遠の孤独を受け入れなくてはならないのか、他人は皆よろしくやっている、なぜ自分はそこに混じれないのか、理不尽だ、横暴だ、ふざけるんじゃあない。
今思えばあの頃の自分はまだ子供だったのだ。
そんな風に世間を呪い、悲劇のヒロインぶっていた。
あのまま流されていたならば今頃立派な祟神として君臨していただろう。
だが、世界というのは案外馬鹿にできないものだ。
自分にこんな仕打ちをしたのも世界なら、救いをよこしたのすら世界なのだ。
満月を見て、久しぶりに昔を振り返っていた。
部屋の中ではその救いがすやすやと眠っている。
縁側に座って月を眺める自分から見ても、その整った顔立ちはよく見て取れる。
月明かりに照らされるその顔立ちはあの頃と寸分違わない。
頭の上にちょこんと乗っかるその特徴的なものすら全く違いが見られない。
永遠の孤独を約束されたはずの自分、そんな自分に彼女は――彼女たちは寄り添おうとしてくれた。
今思い出しても笑うことのできるあの頃の記憶。
大切な大切な、自分を地獄から引っ張り上げてくれた彼女たちとの記憶。
懐かしい、ああ本当に懐かしい記憶だ。
「……はるあき?」
「む、起きたのか」
どうやら彼女が起きだしてきたようだ。
満月の晩だからといって、今となっては別に起きている必要などないというのに。
「なにしてるの?」
「いやなに、今日は満月が綺麗だからな。月を肴に昔でも懐かしもうかと思ってな」
「ふーん、昔かぁ」
……そうだな、彼女も起きてきたことだし、酒でも飲みながらじっくり思い出話をするのも悪くはないかも知れない。
折角だ、とびきりの酒を用意しようか。
肴は月に昔話、酒はそれこそ一級品。
今夜は上等な夜になりそうだ。
「ああ、あの頃の、俺らがまだ出会った頃の話だよ」
満月の夜に響くのは笑い声と酒を酌み交わす杯の音、夜はゆっくりと更けていく。