異世界?での改変生活 作:松竹
魔法世界は旧世界と違い、いわゆるファンタジーな世界観を持ち純粋な人族以外にも亜人や魔族など様々な種族が暮らす世界な訳だがそんな世界であっても当然人々は娯楽を求めるしその趣味や嗜好などはある程度旧世界と似通ってくる。テレビを見て楽しみスポーツで汗を流すそんな所はどちらの世界でも何も変わらない。そしてそんな人々の娯楽の一つに拳闘士たちが命がけで鎬を削る拳闘大会がある。
故意の殺害こそ禁止されてはいるものの大抵の怪我は魔法で治療可能なせいか骨の一本や二本へし折れるのは当たり前、時には四肢が千切れ飛ぶほど大怪我すら普通にありえる。そんな試合であるから当然年に何人もの拳奴が亡くなっているし一命は取り留めても再起不能な重症を負う者も少なくない。
少々物騒ではあるが旧世界でいえば格闘技の試合の様なものだろう。もちろん現代の旧世界には拳奴など存在しないし現代の格闘技はかなり厳格にルールが定められたスポーツなので死者や重傷者が出ることはかなり稀ではあるが。
さてそんな魔法世界屈指の人気を誇る拳闘の試合は当然ここオスティアでも行われているしむしろこの街発祥といってもいいほど古くから親しまれている。つまり何が言いたいかというとオスティアにはかなり立派な闘技場が在るんだよってことだ。
王都オスティアにある闘技場。多少市街地から外れていたせいか幸いにも先の戦の被害も軽微で直ぐに復旧したそこは現在静かな熱気に包まれていた。これから起こる戦いへの期待に胸を躍らせる数万の観客。客席に囲まれた闘技場の中央に3つの人影があった。
【オスティア戦勝記念イベント: 2人の男たちが今、真実の愛を賭けてぶつかり合う。アスナ姫の恋人はどっちDA!?】
そう銘打たれた舞台の中央で腕を組み少年が対峙する男に話しかける
「待ちくたびれたぜ!」
「……」
少年と対峙する男は無言で佇む。まるで「話すことなどなにも無い」とでも言うように
「え~と…俺とお前どちらが姫に相応しいか決着をつけてやる!」
無言の男を気にせずたまに手元に視線を落としながら会話を続ける少年
「……」
「あ~っと…オレは負けねぇ!お前を倒して彼女への愛を証明してみせる!お前の想いがオレより上だと言うのならこのナギ=スプリングフィールドを倒して見せろ!!」
何度も手に持つメモを見ながらナギは2人の間に立つアスナに視線を送る
『アスナ様ここで台詞です』
「……ふたりともやめてー」
何処からともなく聞こえてきた声にうながされアスナは悲痛?な声で訴える
「……」
2人の前に立つサイはソレ無言で見続ける
「…なぁアル。まだこれ続けんのかよ?」
流石に辛くなってきたのかナギは反応の無いサイから視線をそらし何も無い虚空に向かって話しかける。するとナギの言葉を受け再びアスナの傍らから姿を隠したアルの声が聞こえてきた
『フフ…まぁいいでしょう。主演2人の演技は頂けませんがそろそろアスナ様の出番も終わりですし』
「…もういいの?」
アルの言葉を聞きアスナが無表情に問いかける
『はい。ご苦労様でした。あとはアリカ様たちの隣で楽しんで頂ければ結構ですので』
「…わかった」
『ではお2人とも此処からは台本無しの真剣勝負ですのでぜひ楽しんで下さいね』
そう言ってサイとナギを残してアスナたちは舞台から去っていった
「ふぅ…面倒だったけど結構面白かったな。そんじゃそろそろ始めようぜ?」
「……なにこれ」
笑いながら戦意を剥き出しにして話しかけるナギにサイは呆然と呟いた。
時を少しだけ遡る事1時間ほど前になるだろうか。いつものように王宮内でアスナと駄弁っていた俺の元にアルナからの使いがやってきたのは。「準備が整いましたので会場までご案内いたします」と言う彼女(使いはアルナ付きのメイドだった)に連れられ街の中を通り市街地から少しだけ外れた場所にある闘技場に連れてこられた俺とアスナはそこで別れることになった。俺は「そのままお進み頂き控え室にて準備をお願いします」と言われそのまま奥へ、アスナは彼女に連れられて俺とは別の通路へ。
何の説明も無く連れてこられたので道中「これから何処に?」とか「俺は何をすれば?」とか質問はしてみたんだけど「すぐわかりますので」とか「申し訳ありません。私には答える権限がありませんので」とかイマイチ要領を得なかった。仕方ないから言われるままに通路を進むとそこにあったのは控え室だった。
本来なら拳闘の試合を控えた拳奴たちがひしめくはずの部屋にいたのはこれまた別のメイドさんたち。有無を言わせぬ彼女たちに言われるまま服を剥がれ着替えさせられたのはオスティアの騎士たちが式典等の際に着用する少々派手というか豪奢な礼服だった(あくまで俺のセンスからするとの話だが)。
普段は最低限身だしなみを整える程度でそこまで自分の服装を気にかけない俺からするとどう見ても「服に着られてる」感が拭えず居心地が悪い(勿論今までこの手の礼服を着たことがない訳じゃないけど俺は騎士団に正式に所属してる訳じゃないからその手のイベントの際も多少値が張る程度のごく普通のシンプルなスーツを着ていた)。はっきり言ってメイドたちの「よくお似合いです」の褒め言葉も社交辞令にしか聞こえない。何より住民の慰撫のためのイベントとやらの為に闘技場に連れてこられてコスプレ?する意味がわからない。
特に説明も無くここまで連れてこられ、何故かコスプレ?させられそして何の説明も無いまま控え室から送り出された。正直自分のおかれた全ての状況に不安しか覚えない。今回のコレが数日前にアルナが言っていたイベントとやらなのはわかるがこの期に及んで自分には何の説明もされない。ただのパーティーなら王宮内でできるし当初予想していた街を上げてのお祭り的なモノでもない(ここに来るまでに街の中を通ってきたけど特に普段と変わりなかった。しいて言うならかなり人が少なかったくらいかな)。どう考えても意図的に内容を伏せているのは確実で、できることなら今すぐ逃げ出したかった。まぁ当然そんなこと許される訳も無いのであきらめてイベントの会場になるだろう闘技場へ足を進めたが。
そして今に至る
俺の今の心境を一言で表すと「意味が解らない」だ。いや状況は解る。様はこれから俺はナギと戦うはめになった訳でどうやらアルナ主導でどいつもこいつも俺を嵌めてくれたらしい。それについて言いたいことは腐るほど在る訳だが今はそんな些細なことはどうでもいい。そう。俺が絶対やりたくないと思っていた
簡単に今の状況を説明するとどうやら俺とナギは「アスナをめぐる恋敵」で俺たち3人は「三角関係」にあるらしい。何でも俺は王族の護衛としてアスナを守る内に次第に無垢な彼女に惹かれていき主君に抱いてはいけない感情を持ってしまったそうだ。胸に秘めた感情を押し殺しあくまで騎士として接する俺とそんな俺に深い信頼を寄せるアスナ。そんな2人の前に現れたのが先の戦でこの街を守った英雄ナギ。
この国の危機に颯爽と現れた若き英雄は同時に姫君の心も掴んでしまったらしい。次第に惹かれあう2人を祝福しながらも自身の想いを捨てきれない俺はナギがアスナを任せるに足る存在か確かめるためナギにアスナへの想いを賭けた勝負を挑むのだそうだ。
言わせてもらおう
「ふ・ざ・け・ん・な!!」と
いや別にアスナの事は嫌いじゃないよ?だが少女どころか幼女なアスナに惚れた大人な俺とかぶっちゃけ在り得ないだろ!
一応この寸劇が始まる前に「今回の内容はおそらくフィクション?です」とかナレーションは入った。「おそらく」とか「?」とか突っ込みどころ満載だが何より質が悪いのはこの劇にいくつも真実が含まれている事だ。たとえば俺がアスナの護衛だったりナギたちが街を救った事だったりと幾つも事実が含まれているせいで「もしかしたら全部本当の事かも?」と思わせる様な内容にされているのだ。
ナギはまだマシだ。いや今回の内容に特に疑問を覚えない奴のアホッぷりには頭が痛いがアイツはまだ子供と言ってもいい年齢だ。多少無理があるとはいえアイツとアスナならまだ微笑ましいで済むかもしれない。だが相手が俺なら話が変わる。何処から見ても完璧に成人した大人な外見の俺が4~5歳程度の幼女に惚れる。なるほどフィクションのネタとしてなら笑えるかもしれないが現実なら全く笑えない。
はっきり言って変態だ。今後王宮内や街を歩いた時「ほら…あの」とか「アレが…」とかヒソヒソ噂されそうだ。俺だって何れは恋人の一人でも見つけたいと思っているのにそんな噂がたてば彼女を作るなんて絶望的だ。「ロリコンはちょっと…」とか「マジキモイんですけど~」とか言われたら立ち直れないかもしれない。
「なに落ち込んでんのか知らねぇけどそろそろ始めようぜ?」
テンション駄々下がりな俺を尻目にやる気満々なナギが話しかけてくる
「…お前は気にならないのか?」
「なにが?」
「なにがってお前」
どうやらこいつは本当に気にしてないらしい
「いやお前…俺たちアスナに惚れてる事にされてんだぞ?」
「あん?そんなのただの作り話だろ?」
「信じる奴もいるだろ?」
「別にいいんじゃね?」
「……」
駄目だこいつ
「んなことより……そろそろいくぜぇ!」
「ック!?」
すでに我慢の限界だったのか一瞬で俺との間合いをつめて放たれたナギの右拳。大気を引き裂き迫るソレに冷や汗をかきながら紙一重でかわす
「オラオラオラオラオラァ!!」
砲弾のような一撃をかわしたことに安堵する間も無く次の瞬間一息で視界を埋め尽くすほどの拳の弾幕が放たれた。背中に冷たい汗を感じながら全力でそれらをかわしていく。
「オラオラァ!逃げてるだけかよ!」
こちらに拳を打ち込みながら楽しそうに話しかけてくるナギ。はっきり言ってそれに応えるような余裕は欠片も無い。
「(ふざけんな!こっちはかわすだけで精一杯だっての)」
ナギの拳は速くて重い。もしこれが魔法や気が無い世界での事だったなら小柄なナギの拳なんか何発受けた所で大したことは無い。しかし魔力や気による身体強化が当たり前のこの世界では話は変わる。本来ならどれだけ速かろうと軽いはずの拳が大砲の一撃に勝るからだ。ナギに比べて圧倒的に劣る魔力しか持たない俺の強化じゃまともに受けた瞬間に叩き潰される。
故にかわす。正面から受け止めるのは論外。必死に後退しながらもなんとか状況を立て直そうと頭を働かせる。
「どんどんいくぜぇ!!」
戦いながら上昇していくテンションに呼応するように拳の回転も天井知らずに跳ね上がっていく。そして終わりは唐突にやってくる。何とか攻撃を避けながらも徐々に後退していたサイの背が何かにぶつかった。ナギの攻撃に集中しすぎて周囲への注意を怠っていたのだ。いつの間にか闘技場の端まで追い詰められていた。
「ッ!?(まずい!?)」
「ォォオオオオオラァ!!」
そんなサイに向けて放たれるのは今まで以上に魔力を込めたナギの渾身の一撃。岩盤すらぶち抜く鉄槌が無慈悲に撃ち下ろされ轟音と共に闘技場揺らした。
しばらく何事か話した後唐突に開始された救国の英雄ナギと自身の騎士たるサイの戦い。そんな光景を気にしながらもアリカは自分の隣に腰掛ける妹に話しかける。
「さて…そろそろ説明して欲しいのじゃが?」
「あら?なんのことですか?」
とぼけた態度をとるアルナに軽く頬がひくつくが苛立つ内心を隠してあくまで冷静に話を続ける…
「とぼけるでない。確かに私は此度の件に許可は出したがあのような演出をするとは聞いていないんじゃが?」
「どこか問題がありましたか?我ながら会心の出来だと思っているのですが」
「問題だらけじゃ馬鹿者が!!」
…つもりだったがやはり無理だったようだ
「お主は何を考えておる!あの2人の事はともかくあのような悪ふざけにアスナを巻き込むなど」
「???」
アルナと反対の席に腰掛けていたアスナは自分の名を呼ばれたことに反応するがチラリと自分見たアリカに頭を撫でられ再び闘技場で戦う2人に視線を戻した
「???……あぁ!!申し訳ありません姉様。姉様の気持ちも考えず」
「何のことじゃ?」
アリカの言葉を聞いて不思議そうに首を傾げたアルナは少し考えた後得心がいったとばかりに不可解な言葉を返してきた。アルナとのイマイチ噛み合わない会話にアリカは眉をひそめる。そして怪訝な表情を浮かべるアリカに向けてアルナの爆弾が投下された
「よくわかります姉様。愛しい殿方の愛がご自分以外に向けられる。たとえ演技とはいえ見ていて面白いものではありませんからね」
「ッ!!誰がサイを愛してるんじゃ!そんなことは言っておらん!!」
「誰もサイの事とは言っていませんが?」
「アルナ!!」
アリカは思わず立ち上がりアルナを怒鳴りつけるがその頬は目に見えて紅潮していた。それが怒りなのか羞恥なのかあるいはそれ以外の感情によるものなのかは神のみぞ知る。
「さて可愛らしい姉様も見られましたしそろそろ本題に入りましょうか」
「ッッッ!!」
明らかに自分をからかっただけと解るアルナの言葉に再び声を荒げかけるアリカだがこのままでは何時までたっても話が進まないと思ったのかなんとか自制心を取り戻した。昂ぶった気を落ち着けるように大きく息を吐き出すとゆっくり席に腰掛ける。
「フゥーー。それでアルナ今度こそ聞かせてくれるんじゃろうな?」
「ええ。今回の計画はですね……」
「サイ!?」
ようやく真面目に話し始めようとしたアルナだが闘技場を見て再び立ち上がったアリカに気を取られ言葉を飲み込んでしまう。それとほぼ同時に湧き上がった轟音と歓声。よく見るとアスナも何処か不安げにしている様に見える。なにごとかと自身も2人の視線の先を見るとそこには盛大に土煙を上げナギとサイの姿を覆い隠した闘技場。
「(これは話をするのは後にした方が良さそうですね)」
自分の隣でハラハラした様子で闘技場を見つめる可愛らしい姉と妹を見ながら今は自分も試合に集中しようと決める
「ナギ……私に見せてください。最強と言われる貴方の本当の力を。そしてサイ……私に見せてください。貴方が本当に私の大切な家族を守る力を持っているのかを」
常に微笑を浮かべ楽しげにしている普段の様子からは想像もできないほど真摯な口調で呟かれた言葉は誰に聞かれることも無く虚空に溶けていった。
突然だが俺が習った錬環剄気功術の基本は円の動きにある。と言うか俺が師に習ったのは気の扱いとその教えだけだ。あまり時間が無かった事もあるが師の基準からするとイマイチ才能の足りなかった俺にあの人はただそれだけを叩き込んだ。
「円とは即ち循環だ。簡単に言うとだな。動きを止めんな、流れを止めんな、逆らうなって事だ」
「お前じゃ俺みたいな戦い方は無理だ。だから受けるなかわせ。かわせないなら受け流せ」
「もう一度言うぞ。錬環剄気功術は円の動きこそ基本にして全てだ。気の扱いも戦闘も常に円の動きを忘れんな。それができりゃ其れなりに強くなれんだろ」
最低限の気の扱いを覚えた後はひたすら組み手組み手の日々。一撃もらえばそれだけで体に風穴が開きそうな拳の一撃とまともに受ければ体を爆散されそうな蹴り。まぁ今思えばものすごく手加減されてたんだろうし実際数え切れないほど殴り(蹴り)倒されて意識を刈り取られた訳だからそんなことにはならなかったんだけど当時の俺にとっては死ぬほど恐ろしい日々だった。
今思い出しても震えが走る毎日だったがそのお陰で師の教えは俺の本能に恐怖と共に刻み込まれ今の俺の戦闘スタイルを形作っている。
今の俺はナギに壁際まで追い詰められ絶体絶命
受け止める?不可能だ
かわす?もう遅い
自身に迫る師のソレに迫るほどの一撃に恐怖を感じながら俺の体は無意識に動いていた
「ォォオオオラァ!!」
勝敗を分かつ致命の一撃。それに対してあえて踏み込む事で拳の軌道から僅かに体をずらす。未だかわしたとは言いがたいがこれで十分だ
「調子に……のんなぁ!!」
一瞬の出来事だった。ナギの拳がサイの体に突き刺さったかに見えた瞬間ナギの体が轟音と共に地面に叩きつけられていた
「ッガハ!?」
視界を覆う土煙の中で僅かに苦鳴の声を漏らし地面に倒れ伏すナギを警戒しながらサイは大きく息を吐いた
「っふぅぅ(本気でヤバかった!)」
色々あって動揺してたとはいえなんとも情けない。ギリギリ対処できたけど危うく何もしないまま負けるところだった。俺があの瞬間にやった事を簡単に言うとナギの拳を受け流してそのまま腕を捕る。後は拳の勢いを殺さないように利用しつつ地面に向けて投げ飛ばしただけだ。
「さて…っと!」
一瞬の隙を突くように襲い掛かってきた一撃が土煙に覆われた大気を切り裂く。ブレイクダンスの様に体を回転させながら蹴りを放ちつつ立ち上がるナギ。それを見据えながらサイは大きく飛び退き距離をとる。
「さすがにあの位じゃ堪えないか」
「いや。今のは効いたぜ?」
サイの問いかけにそういいながらナギは口元を濡らす血を拭い去る
「ようやくやる気になったかよ?」
やる気?そんなモンあるか!!
……と言いたい所だけどこの期に及んでグダグダ言うのは流石にみっともない。それにいくら不本意な勝負とはいえ何もせずに負けるのも御免だ。勝算はハッキリ言って全く無いんだけど戦うからには誰が相手だろうと勝つ気でやる。そうすりゃ勝てる可能性が0%から1%くらいにはなる……といいなぁ。
「ああ。ここからが……本番だ!」
一気に跳ね上がるサイの魔力。先のナギにも迫る超速の踏み込みで間合いを詰める
「上等ぉぉ!!」
対するナギもソレをさらに凌駕する速度でサイを向かえうつ
「どう見る?」
アリカたち王族が座る貴賓席。観覧の邪魔にならぬ様に彼女たちから僅かに距離を置いて護衛に勤しむ青山詠春は眼下でぶつかり合う2人を見据えながら傍らに立つ仲間に問いかけた。
「そうですね。どうやら互角……いえナギが少々劣勢の様ですね」
質問に答えるのはアルビレオ=イマ。アスナを連れて闘技場から去った後彼も護衛としてアリカたちの傍に控えていた。因みにゼクトはこの場には居ない。不肖の弟子の事を良く知る彼は万一の事態(様はナギのバ火力)に備えていつでも観客席を守る障壁を強化できるように闘技場の傍らに控えている。
「そうだな。正直予想以上だ」
「ここまで出来るとは思いませんでしたか?」
2人の視線の先には最早一般人には視認すらも不可能な速度で跳び回りぶつかり合う2つの影があった。
「ああ。それにナギはともかく彼の動きはなんだ?」
詠春たちが注目しているのは自分たちのリーダーであるナギではなく彼に相対するもう一人の青年だった。はっきり言えばナギの実力ならこの程度の事は驚くに値しない。今の詠春の興味はそのナギと互角に渡り合うサイ=ローウェルの力だ。
「ナギの攻撃を完璧に捌く技量と感卦法の使い手と言う事には少々驚いたがそれだけだ。解らないのは彼の動き。彼は本来直線でしか動けない筈の瞬動術の軌道を変えている」
その詠春の疑問は誰よりサイと戦っているナギが感じている事だろう。たとえ感卦法で力を底上げしたところでナギとサイの間にある差は埋まらない。力で劣り速さで劣る。魔法の制御能力や格闘の技量など含めた総合的な戦闘技術は勝るかもしれないがそれも絶対的な差ではない。正面からぶつかれば容易に叩き潰される筈のサイが格上のナギと互角にやり合えている理由は詠春の言うサイの不可解な動きにあった。
サイとナギ。共に瞬動術を使用しているが純粋に速さだけを問えば元々出力で優るナギの方が僅かに速い。にも拘らずナギは未だにサイを捉えることが出来ないでいる。サイは本来真っ直ぐにしか動けない筈の瞬動術の軌道を自在に変化させることでナギの攻撃をかわしている。そうやって闘技場内を縦横無尽に駆け回り一方的にナギを攻め立てていた。
「(あるいは瞬動では無いのか?彼の動きはまさか……いや違うか。アイツと同じ技ならおそらく我らの目をもってしても視認はほぼ不可能。アレの速さは瞬動の比ではないしな。それにあの技の発動限界は精々10秒ほどの筈。アレはそう何度も連続して使える技でもないか)」
「どうかしましたか?」
「いや。昔、知人が彼と似た様な動きをするのを見た事があったんだが…恐らく別物だろう。あの技は彼の流派に伝わる秘奥。アレの使い手の動きはもはや目に映らんレベルだしなにより彼は剣士では無いしな」
「ほう。それは興味深い。貴方の言葉から察するにその知人は剣士の様ですね。その方と剣を交えた事があるのですか?」
詠春の話に興味を覚えたアルは試合の動向に注意を払いながらもそう問いかけた。
「あぁ5年ほど前にな。武者修行と言って神鳴流の本家に乗り込んで来てな。丁度同年代の人間が私しかいなくてそれで剣を交える事になったんだ。当主に気に入られて1週間ほど滞在した後去って行ったな。本当に破天荒な男だったよ。」
そう言いながら当時の事を思い出す詠春顔には苦笑が浮かんでいた
「なかなか愉快そうな御仁で。ナギと気が合いそうですね」
「はは。ナギとアイツが合わさるなど悪夢だよ」
「フフフ。それは是非一度お会いしたいですね。それでその愉快な方と貴方、どちらが勝ったのですか?」
その質問に当時を思い出し懐かしんでいた一人の青年としての顔を引っ込め己が剣を極めんとする剣士としての顔が浮かぶ
「ああ0勝2敗で私の負けだ。次に会うときまでに腕を磨いて雪辱を晴らすと言って別れたきりだ」
その言葉は真実アルを驚愕させた。色事に弱いという弱点こそあれど青山詠春は彼の知る限り最強の剣士である。いかに未熟な修行時代とはいえ同世代で彼を凌ぐほどの剣士が存在するとは。しかも詠春の様子を見るに未だその剣士を超えた自信は無い様でもある。
「貴方と互角以上の腕を持つ剣士ですか。ますます興味深い。差し支えなければお名前を……っとどうやら試合が動いた様ですね」
2人が話をしている間も当然ナギたちの戦いは続いている。どうやら詠春の話に集中するあまり試合への注意が疎かになっていたようだ。いつの間にか試合の流れが動いている
「ああ。話の続きはまた何れな。今は2人の戦いに集中しよう」
そうして視線を戻した先ではナギがその身に宿した莫大な魔力を開放している。とうとうナギ=スプリングフィールドの全力が拝める様だ。
「本気のナギは強いぞサイ=ローウェル。君は何処まで抗える?」
詠春は闘技場の中心で圧倒的な魔力を発するナギと対峙する人影にどこか期待の篭もった視線を送りながらそう呟いた。
本当は細かく戦闘の描写を入れたほうが迫力とか臨場感がでるのかな?と思ったんですが私の文才では無理なのでちょっと微妙かもしれません。そのあたりは想像力の翼を広げまくって下さるとありがたいです。