重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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ヴォルケンリッター戦。




第8話 ヴォルケンリッター

 ピンクの髪を後ろで縛り、剣型アームドデバイスと騎士甲冑を着た女、テトに似た紅い髪を三つ編みに括りハンマー型アームドデバイスを肩に担ぐ小さな少女、狼の耳と尻尾を持ち浅黒い肌をした筋骨隆々の大男、その3人がイオリア達に無感情な目を向けていた。

 

 

「シグナムにヴィータにザフィーラか、シャマルがいないな……」

 

 そう呟くイオリアに、ピクッと反応するシグナム。ヴィータの表情も険しさを増した。

 

「我々を知っているのか?騎士ルーベルス」

 

 自分達の名前を呟いたイオリアに、シグナムは当てつける様にイオリアの名前を呼んだ。

 

「知らないわけないだろう?散々、暴れてくれやがって。湖の騎士は無事か? うちの母は手が早いんだ。結構なダメージを負ったと思うんだがな……」

 

「てめぇ……あの女の息子か」

 

 イオリアの挑発するような物言いに、ヴィータが反応する。

 

 イオリアの記憶によれば、今頃のヴォルケンリッターはほとんど感情がなかったと思っていたのだが、どうやら押し殺しているだけで、そこまで無感情と言う訳ではないらしい。

 

 会話ができそうなことを確認して、イオリアは質問してみることにした。

 

「覚えているようで何よりだ。それより、なぜここにいる? てっきり、街を襲っている間に王族狩りに行くものだと思っていたんだがな。もう600ページ超えているんだろう? こんなとこで、何道草食ってんだ?」

 

「……主のご命令だ。……主は、貴殿の、騎士イオリア・ルーベルスの死を望んでいる」

 

 

「何だと?」

 

 シグナムの意外な言葉に思わず眉をしかめ疑問の声をだすイオリア。

 

「収集など、もはや何の問題もない。それより主は、貴殿の理解し難い実力を危険視しておいでだ」

 

 そう言って、アライアの街を見回すシグナム。

 

「実際、理解し難い。……故に主は、アライアとベイルへの進軍をお命じになった。このタイミングで襲撃をかければ、貴殿達が単独で出てくるだろうとな。ここ1ヶ月の貴殿の動きで容易に予測できる。……まさか両軍とも瞬殺されるとは思わなかったが……」

 

 そう言って、こちらに視線を向け直したシグナムに、イオリアは思わず手で額を覆った。

 

「狙いは、最初からクラウスさんじゃなくて俺だったのか。随分と有名になったもんだ。この1ヶ月、馬車馬した甲斐があったってもんだな。……ていうか、さっきから“貴殿”って、敵に使う言葉じゃなくないか?」

 

「……あなたのことを“騎士”だと思った故だ」

 

 そう言ったシグナムの視線はどこか羨望が含まれているような気がした。

 

 イオリア達は、この1ヶ月あらゆる戦場で今日と同じような行動をしてきた。難民軍を無力化し、略奪者から民を守り、民を巻き込む戦争を止めてきた。無論、全てが上手くいった訳ではない。実力はあっても、圧倒的に経験の少ないイオリア達では、それ故に取り零したものも多いのだ。

 

 しかし、それでも、無力を守り、弱きを支え、傷を癒し、理不尽を討ってきた。そのあり方は、イオリアの誓いのままだ。それが揺らいだことは一度もない。救いを求める声に全力で駆けてきた。

 

 その有り様が、シグナムには正真正銘の“騎士”に見えたのかもしれない。少なくとも、主に逆らえず、無辜の民を傷つけ、ベルカの地に戦乱を撒き散らした自分よりも。

 

 

「闇の書の噂は知っているな?全てのページが埋まったとき待っているのは破滅だけだ。今なら、まだ間に合う。投降してくれ」

 

 イオリアの言葉に目を細めるシグナム。噂の真偽はともかく、イオリアの言葉が単に敵に降伏を促しているだけじゃなく、自分達を気遣う気持ちが含まれていることに気づいたのかもしれない。

 

「……やはり、貴殿は“騎士”だな。もし……」

 

「おい、シグナム! もう、そのくらいでいいだろ。いつまで敵と口っちゃべってんだ。……てめぇもデタラメ言ってんな。私達は闇の書の守護騎士。闇の書に関しては誰よりも分かってんだよ。くだらねぇ嘘ついてんじゃねぇよ」

 

「ヴィータに賛成だ。いずれにしろ、やることは変わらん」

 

 何かを言おうとしたシグナムを遮ってヴィータが吠える。ザフィーラもシグナムを嗜めるようにヴィータに賛同した。ヴィータが原作と同じようなセリフでイオリアの言葉を嘘と断じたため、イオリアは慌てて夜天の書のことを話そうとした。

 

「まて! お前たちは、やて――」

 

 しかし、全てを言い切る前に先ほどと同じ鉄球が飛来した。咄嗟に、その場から飛び退くイオリア。その瞬間、ヴォルケンリッターの3人が猛烈な勢いで踏み込んできた。

 

 イオリアにはザフィーラが、ミクにはシグナムが、テトにはヴィータが飛びかかる。

 

 本来なら、ザフィーラの鋼の体にはミクの斬撃を、シグナムの剣術にはテトの遠距離射撃を、超重武器のヴィータにはイオリアの近接格闘が望ましい。

 

 しかし、一瞬でヴォルケンリッターのいいように分断されてしまった。こうなっては、イオリアも攻性音楽は使えない。こういうところに経験の差が如実にでてくるのだ。

 

 イオリアは、苦虫を噛み潰した気持ちになりながら、せめて街に被害を出さぬようにとザフィーラの嵐のような拳撃を捌くと同時に、ミクとテトに念話をし街から引き離すよう指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 ザフィーラは内心驚愕していた。イオリアはてっきり後方支援型の魔導師だと推測していたのに、自分の拳撃がことごとく捌かれているのである。しかも、街から引き離すように誘導までしている。半端でない武術の心得があることは明らかだった。

 

「覇王流……?」

 

 ポツリとそう呟くザフィーラ。基本は覇王流の動きなのに微妙に違和感がある。

 

「チッ、やっぱりこうなるのか。お前らもう少し人の話聞けよ。あのな……」

 

 再び話しかけようとしたイオリアの言葉に対する返答は拳だった。

 

 まさに、問答無用。話がしたければ自分を倒してみろと言わんばかり。

 

 イオリアはもう一度舌打ちする。表情を引き締めた。

 

 雰囲気が変わったのを感じたのだろう。ザフィーラは、一旦距離を取り構えをとった。

 

「ベルカの騎士イオリア・ルーベルス。覇王流だ」

 

「……ヴォルケンリッター、ザフィーラ。盾の守護獣」

 

 互いにそれ以上の言葉はない。一瞬の間、そして二人は激突した。

 

 ザフィーラの正拳突をイオリアが右肘で受ける。

 

 ザフィーラは気にした様子もなく、今度は左上段蹴りを放ち、それをイオリアは左肘で受ける。流れるように、ザフィーラはさらに連撃を叩き込むがその全てをイオリアは肘・膝で受け止める。

 

――覇王流 牙山

 

 敵の攻撃を肘・膝で受けることで逆にダメージを与える攻性防御の技だ。

 

 しかし、常人ならとっくにヒビの一つや二つ入っていそうな状況でありながら、ザフィーラはまるで気にしていない。

 

 お返しとばかりに、イオリアは一瞬の隙をついて魔力で強化した拳をザフィーラの心臓部に叩き込もうとする。

 

 ザフィーラは盾の守護獣らしく回避せずに腕でガードした。

 

 それを予測していたイオリアは、当てた拳をそのまま押し込みザフィーラのガードを無理やり下げさせるとともに、腕を折り曲げ胸部に肘打ちを炸裂させた。

 

――圓明流 蛇破山

 

 肘打ちを受けたザフィーラは、グッと呻き声を一瞬出すものの直ぐさま反撃に転じた。やはり並みの耐久力ではない。

 

 蛇破山のわずかな技後硬直の隙をつかれ、ザフィーラの右フックがイオリアを襲う。

 

 咄嗟に左腕を挟んだもの衝撃に吹き飛ばされるイオリア。吹き飛びながら空中で一回転し、小さなシールドを展開。それを足場に一気に踏み込む。

 

――オリジナル魔法 Fシールド

 

 英語の〝足場〟の頭文字から命名したこのシールドは、圧縮した魔力を小さなシールドとして展開し文字通り足場にする。圧縮した魔力を爆発させることで一瞬の超加速を得る。

 

 ザフィーラは迎撃せんと拳を振るうが、イオリアは縦に一回転し、その拳を避けるとともに左右の足で連続して踵落としをする。

 

――圓明流 斧鉞(ふえつ)

 

 左の斧は防いだものの、右の鉞は防げず頭を振ってかろうじて頭部への打撃を避ける。肩口に決まった衝撃により、上体が傾ぐザフィーラ。

 

 チャンスとばかりに追撃に移るイオリアだが、不意に悪寒がはしり、咄嗟にFシールドを展開・爆破しその場から吹き飛ぶ。

 

 直後、今までイオリアのいた場所をザフィーラの蹴りが豪風とともに通り過ぎた。

 

 着地したイオリアの表情は苦い。攻撃がほとんど通らない上に、実戦経験に圧倒的な差がある。やはり、ダメージ覚悟で大威力を叩き込むしかない、とイオリアは決意した。

 

 一方で、ザフィーラは素直に驚嘆していた。

 

 イオリアの技は、覇王流をベースに他流派の動きも含まれているようだが、イオリアの年齢は明らかに十台半ばだ。その程度の年齢で、一つの流派は既に達人級。しかも、それに他流派を組み入れ独自の術としつつある。年齢を考えれば驚異的な練度だ。

 

 そしてなにより、イオリアの回避能力だ。最初に自分達の奇襲に気づき仲間の少女達に警告を出したのもイオリアだ。偶然かと思ったザフィーラだが認識を改めた。目の前の少年は尋常ならざる危機回避能力を持っていると。

 

 実際、それはここ数年でさらに磨かれたイオリアの危機対応能力である。

 

 お互い無言で睨み合う。

 

 ザフィーラはイオリアの思惑に気づいていた。自分に攻撃が通っていないことから大技を出すだろうと。ならば自分は、盾の守護獣らしく正面から受けて立つ。

 

 ザフィーラはいつの間にか、自分が不敵な笑みを浮かべていることに気づいていなかった。

 

(たくっ、楽しそうな笑み浮かべやがって。バトルジャンキーはピンクボインだけじゃなかったのか?)

 

 本人が聞けばマジギレしそうな暴言を吐きつつ、イオリアは気を鎮めた。

 

 そして、

 

「ハァアッ!!」

 

 裂帛の気合とともに足元でFシールド爆破し、一気に懐へ踏み込む。同時に、右手で掌底を放つ。

 

 打撃ではなく掌底による衝撃に切り替えたのだろうと当たりをつけたザフィーラは、その攻撃を難なく捌くと膝蹴りを叩き込んだ。

 

 イオリアは「ぐぁ!?」という呻き声をあげつつも、圧縮した魔力を纏わせた掌を直接ザフィーラの腹部に当てる。そして、それを放とうとした瞬間、ザフィーラに正面から羽交い絞めにされた。凄まじい圧力がイオリアを襲う。俗に言うサバ折りである。

 

 「あが、ぐぅ!!」という苦悶の声をあげるイオリア。完全に決まっているためそう簡単には抜け出せない。

 

 ザフィーラは、最初からこの方法でイオリアを仕留めるつもりだったのだ。イオリアの回避能力がいくら優れていようと、捕まえてしまえばどうということもない。また、大技を放つため至近距離まで踏み込むだろうことも予測していた。ザフィーラは、力が抜け始めたイオリアに若干の残念さ覚えつつも、勝利を確信した。

 

 その瞬間、

 

「がぁああ!?」

 

 悲鳴を上げたのはザフィーラの方だった。思わず拘束を緩めてしまう。

 

 見れば、ザフィーラの脇腹に指の大きさの穴が空いている。

 

――圓明流 指穿(しせん)

 

 鍛え上げた指で相手の肉体に穴を開ける技である。イオリアの場合はこれに魔力を纏わせ、さらに螺旋回転まで加える。流石に、ザフィーラの鋼の肉体もこれには耐えられなかった。

 

 拘束を抜け出したイオリアは、そのまま踏み込みザフィーラの腹部に拳を当てた。直後、ズドンッという衝撃音と共にザフィーラの巨体が跳ね上がる。

 

――圓明流 虎砲

 

 密着状態から全身の力を一気に爆発させる寸剄のような技である。

 

 虎砲を受け、その衝撃に意識が飛びそうになるザフィーラ。しかし、朦朧としながらも必死で反撃をしようと視線をイオリアに向ける。

 

 そして、イオリアの姿を見て驚愕した。明らかに一撃必殺レベルの攻撃を当てたにもかかわらず、イオリアは次の攻撃動作に入っていたのだ。イオリアの鋭い視線が無言で語っていた。

 

(これくらいじゃあ終わらないんだろう? 盾の守護獣!)

 

 イオリアは左腕を引き、前屈みで浮き上がっているザフィーラに、Fフィールドを踏みしめ、足先から練った力を衝撃波と共に拳に乗せてザフィーラの頭部に打ち放った。

 

――覇王流 覇王断空拳

 

 但し、原作での空破断の要素も取り入れた強化版だ。

 

 そのまま、顔面から地面に落下し激突するザフィーラ。地面は半径5メートル程が陥没し、放射状にヒビが入っている。消えゆく意識の中、ザフィーラは心中で「見事」と確かな称賛をイオリアに送った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。さすがヴォルケンリッターか。正面からなら結構ギリギリだった。……さて、あっちはどうかな? ……ま、分かりきってるけどな」

 

 そう言って、イオリアはパートナー達のいる方へ勝利を確信した笑みを向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 テトは飛んでくる鉄球を撃ち落としながら、ヴィータの動きを観察していた。

 

 ヴィータは他の二人に比べるとオールラウンダーといった感じだ。接近すればハンマーによる攻撃、中距離では鉄球、遠距離ではハンマーを巨大化して振るってくる。防御も強固で【ヴァリアブルバレットB】も防がれてしまった。テトはあれこれ試しながら、つかず離れずを保ち続ける。

 

「てめぇ、何のつもりだ! まともに戦う気あんのか!? アァ!?」

 

 実に短気だ。しかし、それで隙が出来るという訳ではないのだから、やはり経験というものは侮れない。

 

「そういう訳じゃないよ。ただ、せっかくだから勉強させてもらおうと思って。君は、実戦経験でいえばボクの遥か先輩なんだからさ」

 

「勉強だと? それが舐めてるっていってんだろうが! 余裕のつもりか!」

 

 テトの言葉を聞いてさらに激昂するヴィータ。それも当然だろう。鉄槌の騎士たる自分を相手に、死に物狂いで戦う以外にどんな選択ができるというのか。

 

 しかし、実際に目の前の自分と同じ紅毛の少女は、自分の攻撃を捌きながら笑みすら浮かべているのだ。それが、ヴィータの神経を逆撫でする。

 

「う~ん、そういうつもりじゃないんだけどね?」

 

「……もういい。さっさと終わらせる。」

 

 暗い瞳でそう告げたヴィータは、指の間に挟んだ4つ鉄球を空中に投げると、デバイス:グラーフアイゼンを叩きつけテトに弾き飛ばした。

 

――シュワルベフリーゲン

 

 中距離誘導型射撃魔法である。4つの鉄球はそれぞれ別の軌道を描き、4方向から時間差でテトに襲いかかった。

 

 テトは、高速機動で避けつつクイックドロウで撃ち落としていく。

 

 しかし、避けた方向にグラーフアイゼンを自分を中心に大回転させながら、急速に接近してくるヴィータがいた。

 

――ラケーテン・ハンマー

 

 カートリッジの魔力を推進剤に回転し、移動速度と破壊力を増す技である。

 

 咄嗟に、ヴィータに向けて魔弾を打ち込むが、あっさり弾かれあさっての方向に飛んでいく。よく見れば、グラーフアイゼンの形状が変わっており先端が尖って回転している。あれでは、並の防御など容易く破壊してしまうだろう。弾丸も弾かれてしまうのは目に見えている。

 

 回転力によりさらに加速しながら、ヴィータはグラーフアイゼンをテトに叩きつけた。テトは、そのままものすごい勢いで地面に向かって飛んでゆく。

 

 しかし、ヴィータは強烈な違和感に眉をしかめた。まるで手応えがなかったのだ。

 

 実際、テトにダメージはなかった。

 

――圓明流 浮身

 

 回転する先端部分を銃身で受け流しながら、完全に脱力し打撃の勢いに乗ったのだ。

 

 そんな技は知らないヴィータだが、流石は歴戦の騎士、お構いなしに追撃を仕掛ける。さらに4つの鉄球を取り出し打ち出す。

 

 テトは、地面に激突する寸前で猫のようにクルリと回転し着地を決めた。その直後、鉄球が迫っていることに気づき魔弾とガン=カタで受け流す。

 

 ヴィータは、シュワルベフリーゲンに釘付けになっているテトに向けて対人戦ではまず使わない大技を繰り出した。

 

――ギガントシュラーク

 

 グラーフアイゼンを数十倍にまで巨大化させ、その質量と魔力で相手を押し潰す。鉄槌の騎士最大の大技である。

 

 シュワルベフリーゲンを捌ききったテトは、思わず表情を引きつらせた。「ホント、あれは対人戦で使うものじゃないよ?」と。

 

 このタイミングでも、テトなら高速機動で回避することは可能だった。しかし、あえて、テトは高速機動を使うことをしなかった。

 

 テトは、日々成長していく自分のマスターをずっと間近で見てきた。文字通り、血反吐吐くような訓練をして留まる事を知らず成長するイオリアをみて、スペックだけに頼った戦いを続けて良いのか? と疑問に思ったのだ。もっと、自分のスペックを最大限に活かせる戦術を学ぶべきではないか?

 

 それゆえ、テトはこの戦いで、吸収できるものは全部吸収するつもりで、歴戦の戦士たるヴィータの戦い方を観察していたのだ。

 

 案の定、ヴィータの戦い方には学ぶべきところが多かった。とにかく効率的で無駄がないのだ。また、技と技の繋ぎが非常に流麗で、一連した戦術が感じられる。

 

 巨大な質量が迫る中、テトはニヤリと不敵に笑った。そして、ギガントシュラークに対しアルテを構えて発砲した。

 

 ヴィータには見えていた。テトがギガントに向かって発砲したところを。高速機動で回避しなかった点が気掛かりではあったものの、今更何をしようと遅い。余裕をかましているからこうなるのだ。ギガントシュラークが激突し、もうもうと砂埃が吹き上がる中、そんな風に内心嘲笑していると、

 

 ドパンッ

 

 という射撃音と共に、ヴィータの眉間と腹部が撃ち抜かれた。

 

「がぁあ!?」

 

 悲鳴を上げ、地面に向け落下するヴィータ。辛うじて、頭部は障壁を張ったものの腹部に関しては完全に撃ち抜かれた。

 

 激痛を必死で耐えながら、なんとか着地する。次の瞬間、砂埃の中からテトが飛び出してきた。

 

 アイゼンを戻し、迎撃せんと振るうが、腹部の傷のせいで上手く力が乗らない。それでも構わず振り抜こうとして、案の定、銃撃で弾かれるがヴィータは勝利を確信した。

 

 突進してくるテトの背後から一番最初に放ったシュワルベフリーゲンが飛び出してきたのだ。ヴィータが、わざわざ対人戦でギガントを繰り出したのは、ギガントを避けたテトを隠しておいた鉄球で撃ち抜くためだったのだ。予定とは食い違ったが、結果は同じ。私の勝ちだと勝利を確信したヴィータの笑みは次の瞬間凍りついた。

 

 テトの後ろから迫る鉄球があらぬ方向から飛んできた弾丸に撃ち落とされたのだ。それは、テトが突進しながら左側に撃った魔弾が瓦礫に跳弾したものだった。

 

――銃技 リフレクショット

 

 建物や小石など周囲の地形を利用して弾丸を跳弾させ多方向から銃撃する技。周りに何もないときは、小型のリフレクト用シールド【Rシールド】を張ることもある。

 

 鉄球を捌き一気にウィータの間合いに侵入したテトは、右手一本でヴィータを背負投げし地面に叩きつけるとともにグラーフアイゼンを弾き飛ばし、膝と腕で動きを封じてヴィータの額に銃口を突きつけた。

 

「ボクの勝ちだと思うんだけど――圓明流 浮身どうかな?」

 

 テトの顔をボーと見つめていたヴィータはポツリと呟いた。

 

「……そうだな。……撃てよ」

 

「う~ん、こっちにも事情があってね。マスターもヴォルケンリッターの皆と話したそうだったし、というわけで、勝者へのご褒美ってことで大人しく従って欲しいかな?」

 

「……どっちにしろ、動けやしねぇ。容赦なく風穴開けてくれやがって……」

 

 ヴィータはテトの言葉を聞くと、フイと視線を逸らし言外に言う通りにする旨を伝えた。

 

「あ~大丈夫かな? 治療は必要?」

 

 頭部は非殺傷設定で、腹部は殺傷設定ではあるが小口径・貫通特化で撃ち込んだので、ヴォルケンリッターなら大丈夫だと踏んでいたのだが、一応尋ねるテト。

 

 

「なめんな。これくらいじゃくたばらねぇよ。……おい、あれどうやったんだ?」

 

 不意にヴィータが質問をした。

 

「あれ?」

 

 

「私のギガントを避けたあれだ。受け止めたんじゃないだろ? そんなヤワな攻撃じゃないからな」

 

 ヴィータの質問の意図に気づき、テトは「あ~あれ」と言いながら何でも無い様に言った。

 

「単純だよ、ギガントの全く同じ場所にほぼ同時に12発着弾させて、少しだけ軌道をズラしたんだよ」

 

 その答えを聞いて、ヴィータは感心すると同時に呆れ返った。最後の跳弾もそうだが、テトの銃技は常軌を逸している。

 

 

「なぜだ? お前にはあのスピードがあるだろう? あれなら回避できたんじゃないか?」

 

「う~ん、そうなんだけど……ヴィータちゃんならどうするかなって? そしたら、ああいう答えになったんだよ」

 

 ちゃん付で呼ばれたことに憮然としながら、「私なら?」と疑問を浮かべた。

 

「最初に言ったでしょ? 勉強させてもらうって。ボクはさ、スペックは高いけど経験が圧倒的に不足しているんだ。マスターのパートナーとして、少しでも成長したくてね。ヴィータちゃんの動きは、すごく合理的で……経験に裏打ちされた洗練された動きだった。だから、ヴィータちゃんならあの場面で単純に避けるようなことはしないんじゃないかなって、むしろピンチをチャンス変えるくらいするんじゃないかなって」

 

 テトの称賛混じりの返答に、内心気恥ずかしい気持ちになりながらも、ヴィータの心を揺さぶったのは、

 

「マスターのため?」

 

「うん、マスターのため。それがボクのため」

 

 そう言って、とても綺麗な微笑みを見せるテトを見て、ヴィータはなんだか無性に泣きたくなった。それは、心底“主”のためと言える同じ従者の少女を羨んだのか、それとも……

 

 ヴィータ自身にもよく分からなかった。 

 

「大丈夫。いつか必ず見つかるから」

 

 再び微笑むテト。見ていられなくて、ヴィータは拗ねたようにそっぽを向いた。

 

「何がだよ・・・意味分かんねぇ。」

 

 そんなヴィータの様子に益々笑みを深めながら、テトもまた、大切な仲間の方へ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ギンッ、ギンッ、ギギンッ、ギンッ

 

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。シグナムの剣型アームドデバイス:レヴァンティンとミクの刀:無月だ。

 

 ミクが高速機動で神速の抜刀術をすれば、シグナムは泰然自若の心構えで受け流し、隙あらばカウンターを繰り出す。

 

 驚異的な速度で斬撃を繰り出すミクだが、実戦経験に圧倒的な差があり、しかもシグナムは初代剣皇の剣技をプログラムされているので、あくまで再現技であるミクの剣技では一歩劣り、戦闘は膠着状態に陥っていた。

 

「すごいですね~やっぱり本物の剣士は違いますね」

 

「そうでもない、我々のような守護騎士プログラムと違って、お前はデバイスだろう? それが、これほどの戦闘力……理解し難い。」

 

「あはは~」

 

 ミクは、最もなシグナムの言葉に思わず苦笑いをする。

 

「まぁ、マスターのパートナーですからね! これくらいは普通ですよ」

 

「マスター。……騎士ルーベルスか」

 

「はい!自慢のマスターです!」

 

 満面の笑みで誇らしげに応えるミクに、今度はシグナムが苦笑いをする。無表情しか見せていなかったシグナムの思わぬ笑みにミクが少し目を見開いた。

 

「今の私には耳が痛いな」

 

「・・・だったら」

 

「それ以上は言ってくれるな」

 

 ミクは、そんなシグナムの様子に「だったら、こんなこと止めればいい」と言おうとして、当のシグナムに遮られた。ミクの言わんとすることを察したのだろう。

 

「私もまた騎士なのだ。主を守護する騎士だ。たとえ……見るに耐えないものでもな……」

 

「……そうですか」

 

 ミクはシグナムの言葉を聞き、この人もまた、イオリアと同じく自分の誓いを持っているのだろうと察した。そして、抜刀術の構えをとった。

 

「では、私が止めましょう。これ以上、その剣が汚れないように……」

 

「……」

 

 シグナムは一瞬目を細めると、ミク同様に構えをとった。

 

 二人の間の空気が張り詰める。次の瞬間、ミクの姿がヴォッという音ともに消えた。

 

 高速機動に入り、抜刀術を放つ。

 

 それを一歩下がり紙一重で躱すと、シグナムは上段からミクを両断せんとレヴァンティンを振り下ろそうとした。が、咄嗟に左手を鞘に伸ばし引き上げる。

 

 直後、ガキッという音ともに激しい衝撃が鞘に伝わった。ミクが抜刀直後に、左手に持った鞘を振り抜いたのだ。

 

――エセ飛天御剣流 双龍閃

 

 ミクは、止まらず身体を回転させ後ろ回し蹴りを叩き込んだ。剣の腹で受け止めダメージはないものの衝撃で吹き飛ぶシグナム。

 

「……さっきとは動きが違うな」

 

「はい、ノーリスクでシグナムさんに勝とうなんて甘かったです。……マスターは以前言ってました。意志を示したいから踏み込むんだと。私は、私の全部で、シグナムさん、あなたに踏み込みます」

 

「フッ、そうか……受けて立とう」

  

「はい!」

 

 シグナムの表情はどこか楽しげだ。

 

 再び、高速機動に入り抜刀術を繰り出すミク。しかし、今度はシグナムの大分手前である。訝しむシグナムに斬撃が飛ぶ。

 

――エセ神鳴流 斬空閃

 

 気の代わりに纏わせた魔力を斬撃状にして飛ばす技。

 

 目を見開くシグナムは、それでも冷静に切り払う。ミクはシグナムが振り抜いた隙をつき再度抜刀。

 

 シグナムはレヴァンティンで切り上げを行い、ミクの無月をカチ上げる。

 

 あまりの衝撃に思わず無月から手を離してしまい、真後ろに落ちる刀。手を離した直後、ミクは落ちる刀の柄頭を指でトンと押し、軌道を修正。後ろ手に回した鞘にそのまま納刀する。

 

 と、同時に親指で鍔を弾き再度抜刀。カチ上げられた手に再び無月が握られ、そのまま袈裟掛けに斬りかかる。意表を突かれながらも、シグナムは逆袈裟で合わせて斬撃を止める。

 

 ミクは斬撃を止められた瞬間に高速機動に入りシグナムの背後へ回り、背中側に斬撃を放つ。

 

――エセ飛天御剣流 龍巻閃

 

 鞘を逆手に持ったシグナムがこれを防ぎつつも、衝撃で吹き飛ばされる。

 

 シグナムは吹き飛ばされながら、レヴァンティンをシュランゲフォルムに変え、連結刃でミクを包囲する。

 

 迫ってくる連結刃に、ミクは肘や手首を返しながら円を描くように無月を振るった。

 

――エセ神鳴流 百烈桜花斬

 

 剣先が音速を超え、空気の壁が白い花びらのようにパンッパンッパンッと音を響かせながら舞う

 

 連結刃を凌いだミクは、無月を納刀せず中段で構えると、高速機動で突進した。

 

――エセ飛天御剣流 九頭龍閃

 

 全方向同時攻撃に流石のシグナムも焦りに顔を歪める。急いで連結刃を戻すが間に合わないと判断し、鞘で正中線の攻撃を防御し、全身を覆うタイプの装身型のバリアを展開する。

 

――防御魔法 パンツァーガイスト

 

 それでも、激しい斬撃はシグナムの防御とバリアジャケットを切り裂きその身に届く。シグナムは最初から覚悟していたようで、切り裂かれながらレヴァンティンに炎を宿した。そして、一閃。

 

――付与型攻撃魔法 紫電一閃 

 

 シグナムの切り札だ。

 

 突進系大技の直後だ。流石のミクであっても高速機動を使用する余裕はないだろうと勝利を確信するシグナムだったが、切られたミクがその場で揺らいだかと思うと幻影のように消え、ゆったりと側面に現れたのを見て、今度は自らの敗北を悟った。

 

――エセアークス流 桜舞

 

 風に舞う桜のように緩急を付けた動きで敵を翻弄する無音移動術だ。元々この技は再現技ではなかった。イオリアの知識にあってもミクにさせたことがないので再現できなかったのだ。

 

 実のところ、イオリアは飛天御剣流以外は再現させたことがない。あくまで抜刀術にこだわっていたからだ。にもかかわらず、ミクが神鳴流等を実戦に使用できるほど再現できたのは単にミクの修練の賜物である。テトが自らの技の質を上げようとしたのに対し、ミクは技の量を増やすことにしたのだ。

 

 どんな状況も打開できるように。どんどん強くなるマスターのパートナーとして恥じることがないように。

 

 そして、新しい移動術である桜舞により、シグナムの切り札を躱したミクは無言でシグナムを切り裂いた。

 

 倒れ伏すシグナム。だが、その表情に無念さはなく、むしろ清々しさ満ちていた。

 

「礼をいう。……ゴフッ、最高の……ハァハァ……斬り合いだった」

 

「私も勉強になりました。これでまた、強くなれそうです」

 

「マスターのために……か?」

 

「はい、それと自分のために、です」

 

 フフフと苦しそうにしながらも楽しげに笑うシグナム。当初の無表情が嘘のようだ。

 

「どう……やら、ヴィータ達もやられた……らしいな。ヴォルケンリッター……が、全滅か」

 

「? 湖の騎士がいるのでは?」

 

「騎士ルーベルス……の母君に……デバイスをやられて……最初の奇襲が限界だった」

 

 最後まで、4人目のヴォルケンリッターが出てこないことが気がかりだったが、どうやらアイリスの人生をとした砲撃は結構な影響を与えていたらしい。

 

「お前達は……強い。何より……その意志が。良い、マスターに出会ったな」

 

 

「ふふ、はい!」

 

 戦場にありながら、どこか穏やかな空気が流れる。

 

「シグナムさん。闇の書のことでマスターから話があります。今度こそ聞いてもらえますか?」

 

「ああ、聞こう。お前達の言うことなら……信じられる」

 

 そうこうしている内に、ミクより早く決着が着いたイオリアが、ザフィーラを肩に担ぎ、テトがヴィータをお姫様抱っこで歩いてくるのが見えた。

 

 なにやらギャーギャーと騒がしい。どうやら、ヴィータが降ろせと暴れているようだ。しかし、怪我のせいか、はたまたテトが巧みなのか、一向に降ろされる様子がない。

 

 ヴィータのはしゃぐ? 様子に目を丸くするシグナムだったが、しばらくするとクックッと笑い出した。

 

 そんなシグナムを見てミクまた笑みを零すのだった。

 

 




いかがでしたか?

今回は、戦闘描写がほとんどでした。
緊迫感や臨場感を文章で表現するのは難しいですね。

ところで、覇王流の断空拳の詳細がよくわかりません。
衝撃波を出す技に空破断というのがあるようですが・・・なんか名称に(仮)ってついてるんですよね。正規の技なのか、アインさんのオリジナルなのか・・・

よくわからないので、本作では断空拳に衝撃波の要素を入れたました。化物ーズに足を踏み入れているイオリアならありかと。
断空拳は覇王流の奥義っぽい位置づけなので衝撃波くらいの付加要素はありとしたいです。
「それは違うぞ!」と思っても見逃してくれると嬉しいです。

次回は、遂に古代ベルカ編最終回です。そろそろ、次の世界をタグに入れようと思います。

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