重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第62話 決戦

 

 

「どういうことだ!?」

 

 吸血鬼の青年が報告した簡潔な伝言を聞いて、詳しい状況を知るためダイオラマ魔法球の外に出てきた伊織達。そこには、三つの魔法陣からホログラムのように姿を見せているサーゼクス、ミカエル、シェムハザが待ち構えており、アザゼルが怒声を上げて状況説明を求める。

 

『少し前に、トライヘキサから推定六百体の魔獣が生み出された。体の一部を切り離すようにね。それらは、空間の綻びを通って三世界に散らばり、手当たり次第に破壊をもたらしている。既に、各勢力から迎撃に出ているよ』

「強さは!」

『一体一体が、龍王クラスだ。トライヘキサの周囲にもまだ六十体ほどいるらしい。おそらく666の獣らしく、六百六十六体の魔獣を解き放てるのだろう。力の一部を行使できたということは、タイムリミットということだ。アザゼル、伊織くん。君達は直ぐに【世界の果て】に行ってくれ。私も直ぐに向かう』

 

 サーゼクスの、かつてないほど険しい表情に、事態の切迫をこれでもかと感じる。

 

『わかっていると思いますが、【世界の果て】を隔離できるのは最大で六分です。アジュカ殿を中心にセラフォルー殿とファルビウム殿、それにセラフのメンバーで確実に他の世界に影響を出さないようにしますが、結界の維持だけで我等は力尽きるものと思って下さい。ご武運を』

 

 ミカエルが既に【超越者】の一人、魔王アジュカ・ベルゼブブの結界構築に力を貸しているのだろう。全身から光を放ちながら苦しそうに告げる。

 

 サーゼクス以外の全魔王と、天界のセラフメンバー全員、そして堕天使の幹部達が協力して、【世界の果て】そのものを隔離するのだ。それだけのメンバーが集まっても僅か六分しか保たない代わりに、アジュカの計算では、グレートレッドの力でも外に影響を出さないという。

 

 と、その時、

 

ゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 再び世界が鳴動した。一同に戦慄が奔る。ミカエルと同じく苦しそうな表情のシェムハザが叫ぶような声で報告した。

 

『くっ、トライヘキサが封印を完全に解いたようです。貴方達も早く転移を! 武運を祈ってますよ!』

 

 その声を最後に立体映像を映していた魔法陣が消えた。いよいよ結界の維持に全力を注ぐのだろう。隔離結界は、中のものを出さない事を突き詰めた特殊な結界であり、外から入る分には何の問題もない。逆に言えば、一度中に入ってしまえば、六分は外に出られないという事だ。

 

 伊織は、あらかじめ貰っておいた座標を次元転移魔法に組み込み、ベルカの魔法陣を足元に展開しながらその場の全員に視線を巡らせた。

 

「敵は神すら軽く凌駕する世界最強の魔獣。周囲には龍王クラスが六十体以上。おまけに制限時間ありだ」

 

 改めて口に出すととんでもない内容だ。普通に考えれば、天災を前にしたただの人間のように、嵐が過ぎ去るのを頭を抱えて待つような場面だ。

 

 しかし、伊織は表情には静かさが宿るのみ。全ての覚悟を決めた者の澄んだ雰囲気を纏っている。その空気が、他のメンバーにも伝播していく。魂に火をくべられた時のように、異世界の英雄が無意識に力を分け与えていく。

 

 やがて、転移の準備が整い、いつでも決戦の場に行けるようになった時、静謐な伊織の表情は、突如、ニヤリと不敵な笑みに彩られた。

 

「つまり、何の問題もないってことだ。そうだろう?」

 

 自分達の勝利を信じて疑わない。厳しい現実など物ともしない。そんな力強く、大胆不敵な言葉に、メンバーの表情も自然、不敵さを宿した。

 

「さぁ、世界を救うぞ」

「「「「「「応っ!!」」」」」」

 

 伊織の号令に男性陣は勇ましく、女性陣は凛々しく応え、次の瞬間、彼等はベルカの光に包まれ決戦の地へと飛び立った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 伊織達が転移した先は、地平線の彼方まで何もない荒野だった。赤銅色の地面とその地面から風に巻き上げられた砂が世界そのものを赤銅色に染めている。

 

 そんな何もない【世界の果て】に、巨大な岩石かと見紛うような黒く蠢く物体があった。一見すると、オーストラリアのエアーズロックを黒くしたもののように見える。

 

 だが、ただの一枚岩でないことは明白だ。その身から発せられるプレッシャーは、まだ相当距離があるというのに、並の相手では意識を飛ばされかねない程のもので、伊織達も全員が冷や汗を掻いている。

 

 何より心胆寒からしめるのは、纏うオーラが余りに禍々しい事だろう。リゼヴィムや邪龍達の纏っていたドス黒いオーラを何倍にも煮詰めたようだ。ヘドロのように、どこかドロリとした暗黒色のオーラを無造作に撒き散らしており、触れるだけでただは済まないと無条件に思わせる。その推測はきっと間違ってはいないだろう。グレートレッドの、畏怖を与えるような神々しいオーラとは真逆の性質である。

 

 と、その時、黒い巨石――【黙示録の皇獣】666(トライヘキサ)が、おもむろに立ち上がった。岩石のような体から、ボトボトとヘドロのような黒い塊が落ちる。同時に、全体的に丸みのあった体が変形し始めた。

 

 狼を思わせる頭部がせり出てきて、その頭部に無数の紅玉が出現する。おそらく、眼なのだろう。ついで、背中から翼が生えてきた。ドラゴン、コウモリ、鳥類、昆虫といったありとあらゆる生き物を模した翼が、ズラリと66対。更に触手のような尾が無数に伸びる。足もまた、多数の生き物の足が無秩序に生えていた。

 

 そのトライヘキサが、突如、その頭部を天に向けた。直後、

 

ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッーー!!!!!

 

 世界が鳴動する。ただ咆哮を上げただけにもかかわらず、トライヘキサを中心に凄まじい衝撃が発生した。宙を舞う赤銅色の砂の粒子が吹き飛ばされて、その衝撃波の軌跡を描く。ドーム状に広がっていく衝撃の波を前に、サーゼクスが前に出た。

 

「任せたまえ」

 

 そう言って、サーゼクスは己の魔力を全解放する。出し惜しみはしない。この六分に全てを賭けるのだ。

 

ゴォオオオ!!

 

 直後、サーゼクスが真の姿をあらわにする。それは実の父親であるグレモリー卿をして同じ悪魔として分類していいのか分からないと言わしめた【超越者】の力。バアル家の滅びの力を最も色濃く受け継ぎ、更に才能の大半を費やした極地。

 

 瞬間的に前方へ広がった紅いオーラが迫って来た衝撃を消し飛ばした。そこにいたのは紅い紅いオーラで出来た人型の滅びの力そのもの。滅びの化身だった。

 

「この状態の私は、近すぎると勝手に周囲のものを消し飛ばしてしまう。トライヘキサと戦う時は注意して欲しい。では、一番槍は頂くぞ。伊織くん、あとは任せた!」

 

 瞠目するメンバーに、サーゼクスはそれだけ言うと、周囲の一切を消し飛ばしながら真っ直ぐトライヘキサに向かって飛び出していった。

 

「へっ、元気のいいこった。それじゃあ、俺も行きますかね。いいか、シトリー眷属とグレモリー眷属、バアル眷属は、あの魔獣共の相手だ。伊織の邪魔をさせるなよ!」

 

 アザゼルも、残りのメンバーに確認を含めた指示を出して、最後に不敵に笑むとサーゼクスの後を追うように飛んでいく。

 

 途中、アザゼルが視線を向けた先には、先程、トライヘキサが立ち上がった際に落としたヘドロがいつの間にか小型版トライヘキサのような姿をとって伊織達に向けて迫って来ている光景が見えた。

 

「では、行ってくるぞ、伊織。帰ったらたっぷり労ってもらうからな」

「ああ、エヴァ。終わったら暫くバカンスでもしよう。エヴァの言うことなら何でも聞いてやるよ」

「言ったな? ふふ、覚悟しておけ!」

 

 ピッ! と指を突きつけたエヴァが颯爽と飛翔する。

 

「では俺も行こう。フェンリル!」

「リアス、みんな、俺も行ってくるぜ!」

「さてさて、これも神の試練ってねぇ~」

「いくぞ、レグルスよ。俺達の力、どこまで通じるか存分に試そうではないか!」

 

 更に、【白龍皇】ヴァーリと【神殺しの魔狼】フェンリル、【赤龍帝】兵藤一誠、【煌天雷獄】デュリオ・ジェズアルド、【獅子王の戦斧】サイラオーグ・バアルという豪勢極まりないメンバーがそれぞれの魔力光を流星の尾のように棚引かせてトライヘキサへと突貫した。

 

「無限の龍神! 東雲蓮! 目標を駆逐する!」

「あ~、うん、いってら」

 

 ドヤ顔でチラチラと伊織を見ながらそんな事をのたまう蓮に、伊織はお座なりに手を振って送り出した。

 

 同時に、グレモリー眷属、シトリー眷属、バアル眷属、八坂率いる妖怪達が急迫するトライヘキサの魔獣の群れに相対する。

 

 龍王クラスが六十六体。死闘になるだろう。全員が、魔力を解放して前に進み出た。その発するオーラは以前の比ではない。実は、ここに来る前に蓮の【蛇】を支給されており、全員、大幅に力を上げているのである。

 

 彼等も、伊織に視線を向け一つ頷くと、そのまま防衛戦を張るように展開しトライヘキサの魔獣軍団と激突した。

 

「ミク、テト、急ぐぞ!」

「はい、マスター!!」

「了解、マスター!」

 

 伊織は、そう言ってミクとテトに号令をかけると、マギア・エレベア【雷炎天牙】を発動し、雷速の世界に入りながらトライヘキサを倒すべく切り札の準備に入るのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 紅い滅びの魔力が同じ輝きを放つトライヘキサの紅玉の眼に迫る。

 

 同時に、人工神器【堕天龍の鎧】という五大龍王ファーブニルが封じられている神器の擬似禁手状態となったアザゼルから極大の光の槍が迸った。更に、天候支配による強大な雷と凍獄がトライヘキサの六十六対に翼を襲い、禁手【獅子王の剛皮】を纏ったサイラオーグが異型の足に拳を振りかぶる。

 

 全て、直撃した。凄まじい衝撃がトライヘキサを襲い、轟音が鳴り響く。

 

 しかし、

 

ゴォガアアアアアア!!

 

 トライヘキサは些かの痛痒も感じていないかのように、即座に反撃に出た。

 

 咆哮と共のその巨体からドス黒い閃光が走った。まるで全方向に砲台でもあるかのように周囲三百六十度全ての方向へ極大のレーザーが放たれ、空気を焼き焦がす。地面は抉れ飛び、空間が不安定になってゆらゆらと揺らめいた。

 

 当然、吹き飛ばされたサーゼクス達。それと入れ替わるように魔狼フェンリルが飛びかかった。神速でトライヘキサの顔面まで肉薄すると、神殺しの爪でザシュッ!! と紅玉を切り裂く。眼と思しき紅玉は、全部で六十六個。一つ一つが大玉くらいある。そのうち三つが、切り裂かれた。

 

 直後、トライヘキサの口から業火が吐き出される。それは既に火炎というレベルではない。炎で出来た津波だ。神速の足を持つフェンリルだったが、至近距離から超広範囲攻撃を喰らえばひと堪りもない。

 

「グゥルアアア!!」

 

 炎の津波に呑み込まれ、悲鳴を上げるフェンリル。かつて一誠達と相対した際は、どんな攻撃を喰らっても怯まず戦闘を続行してきたというのに、今は必死に退路を探している。それだけ尋常でない熱量を誇っているのだろう。

 

『Divide!Divide!Divide!Divide!Divide!Divide!Divide!Divide!Divide!』

「フェンリル!」

 

 咄嗟に、ヴァーリが半減の力で炎の津波の威力を軽減し、更に魔力弾を放ってフェンリルに退路を開いた。全身から白煙を噴き上げながらフェンリルが飛び出してくる。

 

 直後、

 

『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!』

「いけぇー!! クリムゾンブラスタァアアアーー!!」

 

 幾度も倍化された【真紅の赫龍帝】による砲撃が炎の津波を貫いてトライヘキサの頭部に直撃した。

 

 同時に、同じ箇所に巨大な紫炎の聖十字架が噴き上がる。

 

「チッ、攻撃が効いていないわけではない。だが……」

 

 神滅具【紫炎祭主による磔台】によって聖なる十字架の炎を浴びせたエヴァが、舌打ちと共に上空からトライヘキサを見下ろした。

 

 悪態の理由は、トライヘキサのタフネスだ。攻撃が効いていないわけではない。サーゼクスの滅びの力は、確実に、それも最大限トライヘキサを削っているし、アザゼル達の攻撃も要所に撃ち込んでいるので翼や足が砕けたりしている。しているのだが、それでもトライヘキサは何の痛痒も感じていないのだ。

 

 ダメージはあってもそれは全体から見れば無視して差し支えない程度のものなのだろう。他方、最初から全力戦闘を行っているエヴァ達の方が、既に疲弊を感じていた。

 

 エヴァが神器【聖母の微笑】で全員を回復し続けているからこそ、まだまだ戦えるが、それでも疲弊してしまっているのだから、どれだけ消耗が激しいか分かるというものだろう。

 

 そして、何より、

 

「ッ! 回避だっ!!」

 

 アザゼルと絶叫が轟く。見れば、トライヘキサがドス黒いオーラを波が引くように体へ吸収していく。

 

「我の後ろへ!!」

 

 蓮が、今まで見せた事がないほど険しい表情で叫ぶ。アザゼル達も最初からそのつもりだったようで、全員が一瞬で蓮の背後に回った。

 

 次の瞬間――音が消えた。

 

「――ッ!!!」

 

 蓮から声にならない悲鳴が上がる。それでも両手を前にかざしたまま、無限の黒い魔力を全力で放出し防壁となす。奇しくも、あるいは狙い通りなのか、トライヘキサの撃ち放った砲撃は、背後でトライヘキサの魔獣達と戦う伊織達を射線上に捉えており、文字通り、死んでも通すわけにはいかなかった。

 

 視界に映るのはドス黒い濁ったオーラと、純粋な黒のオーラのみ。余波だけで空間が粉砕され、大地が捲れ上がり、蓮に庇われていながらアザゼル達にもダメージが入っていく。エヴァが、禁手【輪廻もたらす天使の福音】で、蓮を含めて回復し続ける。

 

 そして、永遠にも思えた数秒が過ぎた後、遂にトライヘキサの攻撃が止まる。

 

 途端に戻った音と視界。周囲を見渡せば、蓮を起点に背後は扇状に大地が残り、他は全て深さ数十メートル単位で消し飛んでいた。直線距離では、どこまで破壊し尽くされたのか……

 

 背後の伊織達が無事なのを確認すると、蓮がグラリと傾く。

 

「蓮! 無事か!」

「だ、大丈夫だ。問題…ない」

「ド阿呆っ! ネタに走っている場合か!」

 

 進軍するトライヘキサの足止めをするため、間髪入れず再度飛び出していったサーゼクスを横目に、エヴァが蓮に集中して回復をかける。

 

 見れば、蓮の両腕は肘から先が消し飛んでおり、【無限の龍神】でなければ戦闘不能になっているところだった。腕を再生しながら、蓮は自力で空を飛ぶ。

 

 直後、再び、トライヘキサから弾幕のような砲撃が全方位に向けて放たれた。しかも今度は、触手のような尾が神速で宙を飛び、不規則で読みづらい動きで同時に全員を襲った。それどころか、ダメ押しのように、翼からあらゆる属性の魔法が飛ぶ。

 

 まるで対空兵器のように魔力の弾幕を張りながら、津波の炎を吐き、幾本もの巨大なトルネードを周囲に展開し、地面を割って溶岩を噴き上げ、豪雨の如く雷と氷柱を降らせる。歩く度に、それだけで地震が発生し、咆哮だけで空間が悲鳴を上げる。

 

 まさにこの世の終わりのような光景だ。アジュカ達が隔離結界を敷いていなければ、おそらく三世界は相当な被害を受けているに違いない。

 

「お返し。特大のいくから、注意!!」

 

 蓮が大声で警告を発する。そして、返事を待たずに両手を突き出し、龍神本気の砲撃を行った。どこまでも深い黒が、螺旋を描いて空を切り裂く。

 

ドゴォオオオオオオオオオオッ!!

 

 途中でトルネードを吹き飛ばし、トライヘキサの首筋に突き刺さった砲撃は、凄まじい衝撃を撒き散らした。おまけに、今までその歩を鈍らせることもなかったトライヘキサは、軽く足を浮かせてバランスを崩しグラリと傾くと、そのまま横倒しになった。

 

 大地震を発生させながら倒れ込んだトライヘキサに、全員が集中攻撃をする。狙うのは蓮の一撃により、大きく抉れた首から肩にかけての部分だ。

 

 極大の滅びのオーラ、極光の大槍、真紅の砲撃、紫炎の聖十字架、肉体を削る半減空間、天より落ちる雷の大柱。蓮の言った通り、先程のお返しとばかりに、世界が震えた。

 

 更に、追撃。遠距離攻撃が終わった直後、黄金の獅子と神喰いの魔狼が神速で踏み込み、傷口を抉るように拳と爪を繰り出した。衝撃でトライヘキサの下の地面が放射状に砕け散る。

 

ゴォオアアアア!!

 

 トライヘキサから絶叫が上がった。しかし、それは今までのような負の感情を煮詰めたような攻撃色の咆哮ではない。明らかに苦痛を感じさせる悲鳴だった。

 

「流石に効いたかっ!」

「これでもノーダメとかだったら、泣きますけどねぇ!」

 

 アザゼルが喜色を浮かべて声を上げれば、一誠がぜぇはぁと息を荒げながら怒鳴り返す。

 

「油断するなよ! 反撃に備えっぐぁ!?」

 

 それにエヴァが注意の声を上げた瞬間、粉塵の中から魔力弾が飛来した。それは、咄嗟に避けたエヴァの直前でクイッと軌道を曲げてそのまま直撃する。今の今まで直線にしか撃たなかったので、不意を突かれてしまった。

 

「エヴァ!?」

「平気だっ! 狼狽えるなっ!」

 

 蓮の叫びにエヴァが再生しながら怒鳴り返すが、半身を吹き飛ばされたのだ。蓮でもなければ、普通は死んでいる。エヴァが【真祖の吸血鬼】だからこそ助かったのだ。それ故に、思わず、エヴァの安否を気にしてしまったメンバーに隙が出来てしまった。

 

「一誠っ! 馬鹿野郎っ!!」

「えっ?」

 

 トライヘキサから一瞬、意識を逸らしてしまった一誠に極大の閃光が迫った。呆ける一誠に対し、アザゼルは彼を蹴り飛ばして射線から逃がす。そして、その反動を利用して自分も回避しようとした。

 

 しかし、

 

「ッ!? やべぇ!!」

 

 漆黒の翼をはためかせ動こうとしたアザゼルの体がガクンッとつんのめる。慌てて見れば、アザゼルの足にトライヘキサの触手が絡みついて逃がさないよう拘束していた。

 

 焦燥を滲ませて、光の槍で切り離そうとしたアザゼルだったが……少し遅かった。

 

「先生ぇええええええ!!」

 

 一誠の絶叫が木霊する。極大の閃光がアザゼルを呑み込んだのだ。ドス黒い闇の中へ消えるアザゼル。思わず駆けつけようと、背中の翼を動かす一誠だったが、それを邪魔するように落雷と氷柱が集中豪雨となって一誠を襲う。

 

「ちくしょう!! 邪魔すんなっ! 邪魔すんじゃねぇよっ!!」

『落ち着け、相棒!! アザゼルの気配は消えてない!! トライヘキサから意識を逸らすなっ!!』

 

 錯乱気味の一誠にドライグが諌めの言葉をかける。そのドライグの言葉通り、ドス黒い砲撃の半ばからボバッ! と音を立ててアザゼルが飛び出した。死んでいなかったと安堵の息を吐く一誠。

 

 しかし、アザゼルの姿は酷いものだった。全身から白煙を噴き上げ、自慢の漆黒の翼は大量に散らされ、全身から血を噴き出し、【堕天龍の鎧】は核となる宝珠を除いて完全に破壊されてしまっている。

 

 アザゼルは既に意識を喪失しているようで、飛び出した勢いのまま落下し地面に激突、そのまま力なく横たわってしまった。

 

「エヴァ! 早く、先生の治療を!」

「分かっている!!」

 

 一誠の言葉に、エヴァは返事をしながらアザゼルを回復しようするが、途端、おびただしい数の触手と魔弾がエヴァを集中して狙い始めた。最初の時のように直線的ではない。全方位から迫る誘導弾だ。

 

「くっ、こいつ、まさかっ」

 

 エヴァの想像した通り、どうやらトライヘキサは回復要員であるエヴァから先に始末にかかったらしい。立ち上がったトライヘキサの紅玉の眼は、明らかにエヴァを睨みつけていた。

 

「エヴァ!」

「くっ、させん!!」

「無視しないでくれるかな!!」

 

 蓮とサーゼクス、デュリオがトライヘキサに攻撃をしかけ、注意を分散しようとする。しかし、三人に対してもある程度の攻撃はするもののエヴァほど苛烈ではない。確実にエヴァを仕留める気だ。蓮の魔力弾に対しても、黒い渦のようなものを出して威力を軽減している。

 

 エヴァが、必死にトライヘキサの攻撃を凌いでいると、ヴァーリが訝しそうに視線を巡らせた。

 

「フェンリルと獅子王は何処だ?」

 

 そう、先程、追撃をかけてから姿を見せないサイラオーグとフェンリルの姿が見えないのだ。

 

 と、その時、その二人の雄叫びが響いた。

 

「おぉおおおおおおおおおっ!!!」

「ウオォオオオオオオオオン!!!」

 

 直後、サイラオーグとフェンリルがトライヘキサの傷口から血肉を引きちぎって飛び出して来た。どうやら、傷口の再生に巻き込まれたらしい。

 

「いや、それだけではなさそうだなっ!!」

 

 力なく地面に落下するサイラオーグとフェンリル。そこへ追撃のようにトライヘキサのドス黒い血がまるで生き物のように宙を飛んだ。ヴァーリがそれを魔力弾で弾き飛ばす。

 

 地面に着地したフェンリルは、殺意で激った眼光をトライヘキサに向けたが、直後、体から力が抜けたように四肢を折ってしまった。その体からは美しい毛並みが失われ、トライヘキサの血でドロドロに汚れてしっている。

 

「くっ、しっかりしろレグルス!!」

『申し訳……ありません。サイラオーグ様……あの血に含まれる呪いは……強すぎる……』

 

 獅子王の鎧が勝手に解除され、後にはトライヘキの血に塗れた巨大な獅子が現れた。どうやら、トライヘキサの血は、強力な呪いの媒介になっていたらしく、その呪いを浴びてしまったフェンリルとレグルスは、その身を犯されてしまったようだ。

 

 レグルスが庇ったおかげで、それほど多くは浴びていないもののサイラオーグも既に両手をドス黒く染めてその身を呪いに侵食されつつある。

 

「エヴァンジェリンは……くっ、回復要員を狙うのは定石とはいえ、あの怪物がそれを実践するとは……」

 

 エヴァが集中攻撃を受けているのを見て、サイラオーグは歯噛みする。そこへ、軽減しているとは言え、龍神の砲撃でダメージを負ったトライヘキサが、傷口から血の雨を飛ばし始めた。

 

 血の呪いに関して大声で全員に警告したサイラオーグは、フェンリルとレグルスの傍で拳を打ち上げ、拳圧で血の雨を吹き飛ばしていく。

 

「もうすぐの筈だっ」

 

 自分に言い聞かせるように、自由の効かなくなってきた両腕を歯を食いしばって振るい続けるサイラオーグ。

 

 と、その時、トライヘキサの咆哮にバランスを崩したエヴァが、遂に、砲撃の一つに捉えられた。左半身を吹き飛ばされ、更に宙を舞うエヴァに、絶妙なタイミングで誘導された特大の魔力弾が殺到する。

 

 いくらエヴァと言えど、絶大な威力を秘めた魔力弾の掃射を受けてはひと堪りもない。

 

 蓮の絶叫が響く。咄嗟にその身を盾にしてエヴァを庇おうと飛び出しかける蓮だったが、それを見越していたように、何と、トライヘキサが蓮目掛けて飛び出した。大地を悠然と進軍していたのに、突然、ふわりと浮かび上がると砲弾の如く飛翔し、その巨体で蓮に体当たりを行ったのだ。

 

 大質量の衝撃に、蓮は吹き飛ばされ、そのまま地面にプレスされる。

 

 庇う者のいなくなったエヴァ。その絶対絶命のピンチを救ったのは天の御使いだった。

 

「あとで回復お願いしますよぉ~」

「なっ」

 

 そんな軽い口調でエヴァを真横に吹き飛ばすデュリオ。

 

 ちょうどエヴァとデュリオが手品のように入れ替わった形だ。最後までにこやかな笑みを絶やさなかった【煌天雷獄】の使い手は、直後、魔力弾の掃射を受けて、大爆発と共に地に落ちていった。見るも無残な姿になりながら、それでも原型を留めているのは、流石、天界の切り札といったところだろう。

 

 と、その時、突如、大地が鳴動する。直後、凄まじい衝撃と共にトライヘキサの巨体が宙に吹き飛んだ。踏みつけにされていた蓮が、全力を以てカチ上げたのだ。反動で大地に巨大なクレーターが出来る。

 

 しかし、吹き飛ばされたトライヘキサは、そのままふわりと宙に留まると、眼下の蓮達にその紅玉を向けた。そして、一拍の後、特大の咆哮を上げる。

 

 衝撃と共に常軌を逸した莫大なオーラが大瀑布の水圧の如く襲いかかった。

 

 必死に耐え凌ぐ面々。しかし、元々自力が低い一誠は既に限界だった。耐えている最中に【真紅の赫龍帝】状態が解けて【赤龍帝の鎧】まで戻ってしまう。そして、通常の鎧では、トライヘキサの攻撃には耐え切れなかった。

 

「ぐぁああああ!!」

 

 押し潰されるように地面に叩き付けられる。

 

 ようやくトライヘキサの攻撃が止む。エヴァもヴァーリも、凌ぐために相当力を消費したようで肩で息をしている。健在なのはサーゼクスと蓮くらいだ。そのサーゼクスも、未だ真の姿を維持しているもの、その魔力は半分近くまで目減りしてしまっていた。このままでは、もう数分ももたないかもしれない。

 

 その時、不意に空を飛ぶトライヘキサが、どこか表情を歪めたように感じられた。邪悪な嗤いだ。小癪にも足掻く者達に絶望を与えてやろうという意志が透けて見える。負の感情が溢れ出ているような歪みだった。

 

 何をする気かと警戒を強めるエヴァ達の前で、トライヘキサの視線が遠くを向く。その視線の先にいるのは……

 

「まずいっ!」

「止めろっ!!」

「させないっ!!」

 

 そう、トライヘキサの魔獣達と死闘を繰り広げるグレモリー眷属、シトリー眷属、バアル眷属、妖怪達、そして伊織のいる方向だった。

 

 蓮が素早く飛び上がり、トライヘキサの進路上に割り込む。エヴァが、最大出力で聖十字架の紫炎を放つ。サーゼクスが、残りの魔力全てを注ぎ込む勢いで滅びのオーラの密度を極限まで高め突貫する。ヴァーリが、なりふり構わず【覇龍】の進化形態【白銀の極覇龍】の詠唱を始めた。

 

 トライヘキサは、全てを無視して伊織達の方へ飛翔しようとする。それを正面から止める蓮。姿は小さくとも出力は【無限の龍神】だ。トライヘキサの動きが鈍る。蓮とトライヘキサを中心に絶大な魔力が荒れ狂った。

 

 しかし、それだけだった。至近から無限のオーラを受けても最初の時のように直撃は受けず、同じようにドス黒いオーラで相殺しながら突き進む。

 

 サーゼクスの突貫により体の一部を消し飛ばされても、それがどうしたと言わんばかり。ヴァーリにはついでのように極大の竜巻と落雷を降らせて邪魔をし、エヴァの聖十字架の紫炎も煩わしそうにオーラを発散させてあっさり振り払う。

 

 そして、詠唱と力の制御に気を取られすぎたヴァーリが落雷の集中砲火を受けて白煙を吹き上げながら地に落ち、サーゼクスも力を消費し過ぎて紅髪の悪魔姿に戻ってしまった。

 

 蓮を正面に据えたまま、直進していくトライヘキサ。勢いは減じても止まらないその進路上には、信じて足止めを任せてくれた愛しい家族がいる。時間は既に5分を回った。本当なら、とっくに切り札の準備が整っているはずだが、遠目に見ても魔獣の群れが入り乱れており、邪魔をされているのが分かる。

 

 それでも、伊織なら必ず帳尻を合わせると信じているエヴァは、そんな伊織のために足止めすら出来ないことに歯噛みした。悔しさで唇を噛み切り真っ赤な血が滴り落ちる。

 

 回復に周っている時間はない。遠隔で回復するには離れすぎているし邪魔が入りすぎる。蓮は正面からトライヘキサを抑えるので精一杯で、それもぐいぐいと押されている。

 

 自分がやるしかないのだ。

 

 見れば、トライヘキサが、周囲の魔力を波が引くように体内へ収めていっている。最初に放った、周囲一体を根こそぎ吹き飛ばしたあれだ。悪知恵の働くトライヘキサの事である。今度は蓮に防御させずに伊織達を狙うかもしれない。

 

 エヴァは己の中に感じる確かな感覚を握り締めるように、ギュと胸元で手を組んだ。祈るように、願うように。そして、思いの丈を叫ぶ。

 

「神器は極限の意志に応えて進化する。ならば! 今、この時にこそ! 私の意志に応えてみせろ! 私の願いに応えてみせろぉ! 聖十字架ぁああああ!!!!」

 

 直後、【世界の果て】に巨大な光球が出現した。純白に輝くその光は、やがて左右上下に形を崩し、十字架の形をとって宙に留まる。エヴァの意志に応えて神滅具【紫炎祭主による磔台】の何らかの力が発現したはずなのだが、色といい、どこか淡く儚さを感じさせる光といい、元の紫炎とは大きく雰囲気がかけ離れている。

 

 しかし、その効果は確かにあったようだ。

 

ゴガァアアアアアアアアッ!!!

 

 突如、トライヘキサが悲鳴を上げたのである。見れば巨体全体から白煙を上げており、その身を十字架と同じ淡い純白の光が包んでいた。

 

 後に、神滅具【紫炎祭主による磔台】の禁手【光焔聖母による断罪の聖十字架】と名付けられたそれは、天に純白の聖十字架が輝いている間、その光の届く範囲内の敵と定めた者を空間に固定し、かつ聖なる光で焼き続けるという効果を発揮する。攻撃を当てる必要のない、範囲内にいるだけで拘束されダメージを負うという、まさにバランスブレイクな能力だった。

 

 その能力は、トライヘキサにも辛うじて通じたようだ。蓮が抑えながらも突き進んでいたトライヘキサの動きが止まっている。ダメージもある程度入っているようだ。少なくとも紫炎とは雲泥の差である。

 

「くぅうううっ」

 

 しかし、その代償に、エヴァの消耗は尋常ではなかった。維持できるのはどう頑張っても十秒が限界である。体の内から搾り取られていくような感覚に呻き声が上がる。

 

 その声に反応したのか、いつの間にか、トライヘキサの紅玉がギロリとエヴァを射抜いていた。悪寒が全身を駆け抜ける。本能が全力で警鐘を鳴らした。しかし、薄れゆく光焔の聖十字架と同じく、薄れそうになる意識をつなぎ止めるので一杯一杯のエヴァに、対応する力は残っていなかった。

 

 トライヘキサから、巨大な魔力砲が放たれる。疲弊した今の状態では、神器による回復も、まして回避・防御も出来ない。エヴァの視界がドス黒いオーラ一色で埋め尽くされる。

 

「エヴァ! 避ける!」

 

 焦燥をあらわにした蓮の声が響く。それが妙にはっきり聞こえて、エヴァは思わず苦笑いした。こんな時なのに、初めて出会った時と比べて何と変わった事かとしみじみしてしまったのだ。

 

 そんな余裕とも取れる思考が出来たのは、諦めが宿ったからか。いや、違う。最後まで信じていたからだ。己の最愛の夫を。頼もしく愛おしい家族を。

 

『強制転移!!』

「ふははっ、どうだ。流石、私の夫だろう?」

 

 ぐったりと疲弊したまま、それでもからかうようにトライヘキサの紅玉を見返したエヴァは、砲撃が直撃する寸前、念話と共に発動したベルカ式強制転移魔法の光に包み込まれて姿を消した。

 

 見渡せば、倒れていたはずの他のメンバーも全員消えている。トライヘキサは、思い通りにいかない事に苛立ったように咆哮を上げ、今までのどこか余裕そうな、あるいは遊んでいそうな雰囲気を霧散させて遠方の伊織達に殺意を迸らせた。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

トライヘキサは完全にオリジナルです。
デュリオさん、原作では禁手があるそうですが分からないのでスルーです。


次回決着 & 最終回
やたら書いてしまいましたが、ここまで楽しんで貰えたなら嬉しい限りです。

更新は18時です。

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