重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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リゼヴィムの神器無効化能力は、本人の意思である程度調整可能という設定を第59話に書き加えました。



第61話 666

 

 

「……参るぜ。まさか本当に地を舐めさせられるとは思わなかった」

 

 意外な事に、大の字で倒れているリゼヴィムは意識を保っているようだった。伊織がユニゾンを解いたミクとテトに支えられながらクレーターの淵から覗き込んだのを確認すると、口の端に苦笑いを浮かべながら口程にも悔しさは感じさせない口調で、そんな事を言う。

 

「……聖杯を使わないのか」

「使わせてくれるのか?」

 

 伊織の質問に、リゼヴィムが嫌味ったらしく質問を返す。同時に、使う隙は与えて貰えないという事を確信してもいるようだった。事実、伊織は魔法の類はもう使えないが、まだ鋼糸や攻性音楽という手札が残されている。

 

 また、同じく戦いを終えて駆けつけて来た傍らのエヴァや蓮が許しはしないだろう。蓮がサマエルを倒し、フリーになった時点で負け確定という事もある。

 

「なぁ、東雲伊織。異世界の連中ってのは、どいつもこいつもお前等みたいな奴ばっかりなのか? 人の身でそんな力を持って、特に関わりもない奴の為に命賭けるような馬鹿野郎ばっかりなのか?」

 

 虚空を眺めながら、そんな事を聞くリゼヴィム。その表情には軽薄さはないものの、何を考えているのか分からないような“無”が浮かんでいた。

 

 伊織は、少し考えたあと答える。さっさとリゼヴィムに止めを刺す事も考えたが、アザゼルがこちらに向かって来ているのを感知したので、その処遇については任せようと思ったのだ。

 

「力に関してはどうだろうな。俺のいた世界ではトップクラスだったと自負しているが……。だが、誰かの為にと何者にでも立ち向かえる人間ならごまんといた」

「うひゃひゃひゃ、そりゃあいい。異世界を侵略できてりゃ、そんなクソ面白い奴らの足掻きをたっぷり見られただろうになぁ。このくそったれが」

 

 悪態を吐くリゼヴィム。その口ぶりからすると、まるで異世界侵略を諦めたかのように聞こえる。随分と潔いことだ。伊織が若干の違和感を覚えていると、そこへアザゼルが駆けつけて来た。

 

「ははっ、やってくれたな、伊織。魔王を倒すたぁ歴史に残る偉業だぜ」

「アザゼルさん……貴方こそ立役者でしょうに。転移魔法が間に合わなければ、どうなっていたことか。もう少し、救援が遅れていれば負けていたかもしれません」

「そうか? お前なら、何だかんだで最後には帳尻合わせそうな気がするけどな」

 

 アザゼルが伊織の言葉に苦笑いしつつ、伊織の視線に応じてリゼヴィムに意識を向けた。そして、手に生み出した光の槍をリゼヴィムに突きつけながら口を開いた。

 

「よぉ、リゼヴィム。一応聞いておいてやるぜ。潔く散るか、コキュートスの深奥に引き篭るか」

 

 そんなアザゼルの問いかけに、リゼヴィムは途端、先程のまでの“無”を散らして軽薄で邪悪な嗤い顔になった。眉を潜めるアザゼルに、リゼヴィムは答える。

 

「アザゼルのおっちゃ~ん、昔のよしみでさぁ、見逃してよぉ~」

「リゼヴィム……てめぇ」

「うひゃひゃひゃ、そんな恐い顔すんなって。こんな死に体相手に酷いっしょ? イジメだと思います! ひゃひゃひゃ」

「……OK。わかった。てめぇは、ここで果てろ」

 

 アザゼルが、一応、伊織に視線を向けて確認をとる。伊織もまた目を細めて頷いた。魔力が枯渇したリゼヴィムなら、アザゼルの光で十分滅ぼせる。これで本当の終わりだと、皆が、リゼヴィムの最後に意識を向けた。

 

 と、その時、突如、上空から慌てたような青年の声が響いた。

 

「アザゼルさ~ん! みなさ~ん! ヤバイっぽいよぉ!」

「ん? デュリオ?」

 

 伊織達が怪訝な表情で声の主――神滅具【煌天雷獄】の使い手にして御使い【ジョーカー】のデュリオに視線を向けた。

 

 直後、それは同時に起きた。

 

「天界から連絡が来て、聖槍が奪われたって!」

「ひゃはははは、クロウちゃん! お帰りぃいいい!!」

 

 デュリオが、手でメガオホンを作りながら天界で起きた緊急事態を告げるとの同時に、リゼヴィムが哄笑をあげながらクロウ・クルワッハの帰還を叫ぶ。

 

 すると、空間に【龍門】が出現し、一本の槍を携えたクロウ・クルワッハが、天龍クラスの衝撃波を撒き散らしながら現れた。

 

 咄嗟に、蓮が伊織達の前に出て衝撃から守る。アザゼルはなすすべなく吹き飛ばされたものの、途中でデュリオがキャッチした。もっとも、衝撃をモロに浴びて直ぐには動けない状態だ。

 

 すぐさまデュリオが雷を飛ばし、伊織が鋼糸を薙いだが、それも全身から発した魔力で吹き飛ばして、開きっぱなしだった【龍門】を使ってリゼヴィム諸共姿を消してしまった。

 

「くそっ! デュリオ、どういうことだ!! なぜクロウ・クルワッハが【黄昏の聖槍】を持っているっ!? あれは天界でセラフのメンバーが封印していたはずだろう!!」

「だから、奪われたんですって!! いきなり天龍クラスの邪龍に襲撃受けて、向こうもかなり被害が出ているんですよぉ!!」

 

 アザゼルが怒声を上げて、デュリオも怒声を上げて返す。そして、至近距離で怒鳴り合う不毛さに気がついて、苦虫を噛み潰したような表情となった。

 

「組織は瓦解したってのに、野郎、何のつもりで……って、まさかっ」

 

 アザゼルが頭をガリガリと掻きながら聖槍の奪取と姿を消したリゼヴィムについて、その目的を察し顔を青ざめさせた。アザゼルの考えが、最悪の事態を想像させたのだ。それを裏付けるように蓮が呟いた。

 

「……我と戦っている時、『お前は、かの獣に勝てるか?』って言われた」

「……トライヘキサか」

 

 伊織が、二人の推測を裏付けるように重苦しい口調でリゼヴィムの目的を告げる。

 

「だろうな。野郎、聖槍と聖杯を使ってトライヘキサの封印を解く気だ。最強の聖遺物……それも他の二つと違って攻撃特化仕様だ。……だが、それでも聖書の神が施した封印だぞ? 解けるのか?」

 

 アザゼルが、思考に没頭するように眉間に皺を寄せた。そんなアザゼルに、伊織もまた苦虫を噛み潰したような表情で推測を語る。

 

「もしかすると、リゼヴィムは死ぬ気かもしれません」

「……どういうことだ?」

「リゼヴィムは、異世界侵略を諦めたような語り口でした。だが、それで大人しくするような存在ではないでしょう。なにせ、他の世界を侵略するついで、この世界を破壊し尽くそうなんて発想をする輩なんですから」

「つまり、聖杯で限界まで……いや、限界以上に再生・強化した上で、命を代価に封印を破る気か。奴は、神と並び立つ初代ルシファーの息子“リリン”だ。その力と、聖杯と聖槍が合わされば、あるいは可能かもしれねぇな。くそっ、手負いの獣が一番ヤバイってのに、よりよってそれがルシファーかよ!」

 

 現実味を帯びた危機的状況に、アザゼルだけでなく他のメンバーも表情が険しくなった。

 

 と、その時、突如、吸血鬼領の空に魔法陣が輝き巨大な立体映像のようなものが現れた。そこにはストーンヘンジのように歪な岩が不規則に並んで円環を形作っている。そのストーンヘンジの中央に、宙に浮く聖杯と聖槍を両サイドに伴ったリゼヴィムが佇んでいた。

 

「あ~、あ~、てすてす。聞こえてる? ちゃんと映ってる? う~ん、まぁ場所が場所だけに感度が悪いのは仕方ないか。うん、気にせず行こう。え~と、俺の可愛い邪龍ちゃん達をぶっ殺してくれた吸血鬼領の諸君、および冥界と天界のお偉いさん方ぁ~、どーも、俺です! リゼヴィム・ルシファーでっす!」

「……野郎」

 

 軽い口調で始まったリゼヴィムの映像。口ぶりからする、どうやら冥界や天界にも中継が繋がっているようだ。サーゼクス達やミカエル達も同じ映像を見ているのだろう。アザゼルが、そのふざけ調子に、そして見覚えのない何処か不気味さを滲ませるその場所を見て、歯軋りしながら映像の向こうのリゼヴィムを睨んだ。

 

「さてさて、僕ちんてば、異世界侵略!! と大見得切ったものはいいものの、異世界の先鋒くんに見事ぶっ飛ばされちゃって、もうプライドズタボロです。というわけで、腹いせに、この世界をぶっ壊してやる事にしましたぁ~!! いえ~い、はい、拍手ぅ、パチパチッ!!」

 

 ニヤニヤ嗤いながら拍手するリゼヴィムに、伊織もミク達に支えられながら歯噛みする。いよいよ、推測が現実味を帯びたからだ。

 

「それで皆気になっているこの場所は、何を隠そう! あの【黙示録の皇獣】666(トライヘキサ)ちゃんが眠っている世界の果てなのですぅ!! 驚いた? 驚いちゃった? うんうん、そうだろうね。というわけで、僕ちゃん、これから捨て身で神が施した封印を無理やり解いちゃおうと思います! 破滅する世界が目に浮かぶぜ! うひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

 真っ暗な闇の中、聖杯と聖槍の仄かな輝きだけがリゼヴィムの姿を浮かべる。

 

「えっ? なんでわざわざ命投げ出すのかって? そりゃあねぇ、決まってんじゃん? 大魔王様が無様に落ち延びて、何十年もこそこそ人目を気にしながら生きるなんて……クソ喰らえだ」

 

 最後の瞬間、軽薄さが吹き飛び無表情になるリゼヴィム。その声音は極めて静かで、しかし、どうしよもないほどの激情が込められているようだった。

 

「ずっと生きている意味、存在する意味を考えてきた。死んでいるのと変わらない生は、もううんざりだ。この命、悪魔らしく、魔王らしく、邪悪に、外道に、鬼畜に、魔道に、悪辣に、最低に! 散らしてやるのが最高って話だろう! さぁ、世界中の何もかも! いっちょ派手に心中しようぜ!」

 

 狂気と邪悪で満ちた雄叫びを上げながら、リゼヴィムは両腕を掲げた。

 

「よせっ! リゼヴィムぅううう!!」

 

 アザゼルが思わずといった様子で空中の映像に手を伸ばすが、当然、その手も声も届くはずなどなく、映像の中で聖杯の輝きが爆発した。

 

 リゼヴィムは、聖杯により生命力を強化したのだろう。映像越しでも分かる絶大な力を纏っていた。そして、宙に浮いている神滅具【黄昏の聖槍】に力を躊躇いなく全力で注ぎ込みながら、手掌で遠隔操作して地面に突き立てた。

 

 途端、ガラスが砕け散るような音を立てて、映像から光が溢れ出す。余りの光量に手をかざして光を遮る伊織達。そんな伊織達の視線の先で、辛うじて見える映像には、幾重にも重なった魔法陣が一枚、また一枚と砕け散っていく姿が映っていた。

 

 同時に、封印術式に組み込まれていたのであろう禁術の反動や呪いの類が溢れ出しリゼヴィムに襲いかかる。

 

 その身を喰われ、灼かれ、腐らされ、削られ、侵され、消され、変えられ、呑み込まれ、抉られ、吹き飛ばされ、苦痛という苦痛を味わされ、それでも絶叫を上げることもなく、嗤いながら【神器無効化】の能力を限りなく抑え込んで聖杯で再生する。

 

 それを何度も繰り返し、力尽くで封印を突き壊し、やがて聖杯の力も及ばなくなれば、その力も封印の破壊に費やして、文字通り、聖書の悪魔“リリン”としての力と命の全てを【黄昏の聖槍】に注ぎ込んでいく。

 

 身の端から崩れていくリゼヴィムの姿に、息を呑む。凄絶に嗤いながら、世界の破滅を願うその姿は、まさに人々の中にある悪魔――魔王の姿そのものだ。

 

 四肢を失って立つこともままならず、仰向けに倒れ込んだリゼヴィムは、最後に邪悪を体現した笑みを浮かべながら絶叫した。

 

「世界に!! 災いあれ!!!!」

 

 直後、聖杯と聖槍が一際大きく輝いたかと思うと、凄まじい光が爆発し映像がプツッと途切れてしまった。

 

 凄絶な光景に、耳に残る魔王の言霊に、誰も言葉を発しない。周囲を静寂が包み込み、どうなったのかと顔を見合わせた。

 

 その瞬間、

 

ゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!

 

 世界が激震した。

 

「うおっ!?」

「わわっ!?」

「な、なに!?」

「これはっ」

「おいおいっ、冗談だろっ」

 

 各人、地震というより空間そのものが激震しているような衝撃を受けて、バランスを崩しながら短い悲鳴を上げる。

 

 地面に膝を付きながら、振動に耐える伊織達。遠くで、崩れかかっていた城下町の建物が倒壊する音が聞こえた。数十秒か、それとも数分か、やがて鳴動が収まると、再び、伊織達は顔を見合わせた。

 

「楽観は止めよう。十中八九、復活したと見るべきだ。くそっ、あの野郎っ」

「アザゼルさん……」

 

 地面を拳で叩きながら絶望したように言葉を零すアザゼル。グレートレッドと違って、トライヘキサは神が死ぬ気で封印を施した存在だ。復活した後、大人しくしているという考えは楽観を通り越して滑稽だろう。確実に、世界に災禍をもたらすはずだ。

 

 伊織は、そんなアザゼルを見ながら、ふらつく体を叱咤して立ち上がる。

 

「まだ、諦めるのは早い。トライヘキサが世界を壊す前に、グレートレッドとやり合う前に、俺達で何とかしましょう」

「伊織、お前……」

 

 果たして状況がわかっているのかと疑ってしまうほど軽く、“何とかしよう”という伊織に、アザゼルは信じられないといったような眼差しを向ける。

 

 と、そこへ、救援組とグレモリー眷属が駆けつけて来た。そこには途中から傷を癒して参戦していたヴァーリと他のヴァーリチームのメンバーもいた。どうやらアジ・ダハーガを討伐したようだ。

 

 伊織の方にも、魔獣達がアポプスを討伐できたようで影の中に帰ってくるのが分かる。ジャバウォック以外はやられてしまったようで暫くは再創造できないだろう。

 

「伊織ぃーー!! 無事か!! お主の九重が来たぞぉーー!!」

 

 深刻な表情でやって来る皆に紛れて、ステテテテーー!! と駆け寄ってくる緋袴姿の狐幼女――九重が、ニパッと笑いながら伊織に飛びついた。立ち上がったばかりなのに、ふらついて倒れ込む伊織。

 

 九重は、いつもなら難なく受け止めてくれるはずの伊織が、パタリと倒れてしまったことから、途端、キューと眉根を寄せ悲しげで心配げな表情になると、馬乗りのまま伊織の体をペタペタと触り始める。

 

「伊織ぃ! 怪我だらけなのじゃ! 早く、早く、治療せねば!」

 

 オロオロしながら九重が、更に伊織の体を弄る。体に負担を掛けまいとしているせいか、徐々に乗っている場所をずらしていくので、現在は非常に危険な位置に来てしまっていた。そんな九重に、周囲の者達は呆気に取られた様子で、しかし、次第に微笑が広がっていく。

 

 九重とて現在の状況は理解していた。あの映像を遠目ではあるが見たのだから当然だ。しかし、そんな絶対絶命の時、深刻な状況でも、想い人を心配しなくていい道理などないし、単純に会えた事を喜んだっていいはずだ。そんな単純な事を全身で示す九重に、周囲の者達も少し肩の力が抜けたようだ。

 

「全く、この狐っ娘は、空気を読まんか」

 

 そんな事を言いながらも、同じように九重の純粋さに頬を綻ばせたエヴァは、ひょいと襟首を掴んで九重を持ち上げた。一瞬、キョトンとした後、やはりニパッとエヴァに笑顔を向ける九重。

 

「おぉ、エヴァなのじゃ。それにミクとテト、チャチャゼロに蓮も、みな無事で何よりじゃ!」

「思いっきり伊織のついでっぽいぞ。全く……」

「ケケケ、拗ネルナヨ、御主人」

「あははは、九重ちゃんも無事で良かったです」

「まぁ、九重ちゃんはマスターラブだから仕方ないね」

「流石、九重。幼女たるもののポイントを抑えてる」

 

 プラプラとエヴァに掴まれて浮かぶ九重に、伊織もまた微笑みを浮かべながら立ち上がると、諸々の礼を込めて優しく頭を撫でた。ふわふわの髪が優しく伊織の掌を撫で返す。

 

 ニヘラと笑う九重に癒されながら、伊織はその視線を他の者達に向けた。何だか微笑ましいを通り越して、呆れたような眼差しを向けられている。小猫が、ボソッと「……ロリコン」と呟いたように思えたのは気のせいに違いない。

 

「あ~、お前ら、遊んでる場合かよ。シリアスしてる俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」

 

 伊織が、八坂や崩月、シトリー眷属に挨拶を交わしているとアザゼルが呆れたように頭をガリガリと掻きながら周囲を見渡した。それを合図に、皆も再び真剣な表情を取り戻す。

 

 と、その時、デュリオとリアス、それにアザゼルを通して各勢力から連絡が来た。眼前に小さな魔法陣が展開し、そこからサーゼクス達魔王陣、天界のセラフメンバー、グリゴリのシェムハザ達堕天使幹部の姿が映し出される。

 

 そして、サーゼクスが口を開いた。

 

『そちらは皆、無事かな?』

「サーゼクス。ああ、欠けた奴はいねぇよ。全員無事だ。それより……」

『うん。わかってると思うが……トライヘキサが復活した。先程、確認したが奴が復活した際の衝撃で冥界の一部が消し飛んだよ』

『それは天界も同じです。クロウ・クルワッハの襲撃ですら可愛く思えますね。幸い、端の方が消滅しただけなので人的被害はありませんが』

「っ……あれだけで、もう被害が出たのか。それで、あれが何処なのかわかるか?」

 

 サーゼクスとミカエルの言葉に、一同息を呑んだ。復活した際の衝撃だけで、次元を異にする両世界の一部が消し飛んだというのだ。かつて二天龍が【覇龍】に目覚めた時の衝撃は、都市一つを消滅させる程であったが、流石は【黙示録の皇獣】。世界で唯一、【グレートレッド】と並ぶ存在。まさに、桁違いというわけだ。

 

 アザゼルが、戦慄の表情を浮かべながらサーゼクス達に尋ねる。

 

『それについては私が答えましょう』

 

 それに答えたのは、シェムハザだ。グリゴリは堕天使の住処というより研究機関なので、異常が発生した場合の特定方法も豊富なのだろう。

 

『振動の発生源を辿りましたところ、かの場所は人間界、冥界、天界のいずれでもないようです。ちょうど三世界の全てをまたぐように、狭間の次元にもう一つ世界があるようですね。あの衝撃で空間に綻びが出来て気が付く事が出来ましたが、それがなければ誰にも分からないままだったでしょう』

 

 シェムハザは、更に、おそらく三世界の土台となった世界ではないだろうかと推測を語った。だとすれば、現在の三世界は家のようなものだ。家の中は目に付いても、軒下の土台までは誰も気にしない。なくてはならない空間ではあるが。その忘れ去られた空間が、【黙示録の皇獣】が封印されている場所らしい。

 

『時間がありませんでしたので確かなことは言えませんが、どうやら、かの獣は未だ完全復活とはいかないようです。体にも直接封印術式が施されているようで、それの解呪をしているようですね。ですが、おそらく十分もかからないでしょう』

 

 果ての世界に、さっそく空間のほころびを通して転移したシェムハザの部下からの報告らしい。大元の封印が壊れているのだから仕方の無い事だろう。直ぐに暴れださないだけでも幸いである。

 

 シェムハザからの報告が終わり、再びサーゼクスが口を開いた。

 

『さて、世界は今、滅亡の危機に瀕している。トライヘキサだけでも十分に世界を蹂躙できるが、グレートレッドと衝突すれば、それだけで世界は終わる。そこで聞きたい。東雲伊織くん……君は異世界の実在を知っている。そうだね?』

 

 サーゼクスの視線が射抜くように伊織に定められた。他の者達も伊織に注目している。伊織もまた、そんな彼等に真っ直ぐ視線を返すと頷きと共に答えた。

 

「はい。その通りです」

『うん。リゼヴィムが言っていた“異世界の先鋒”という言葉。特異な事が多い伊織くん以外にはいないと思っていたよ。そんな伊織くんに私が聞きたいのは一つだ。……この世界の人々をその異世界とやらに避難させることは出来るかい?』

 

 サーゼクスの言葉に、その考えを察して皆が瞠目した。この世界を捨てて、新天地に行けるか? サーゼクスはそう聞いているのだ。この短い時間に出した考えとしては、思いきりの良すぎる決断だろう。流石は、旧魔王派を黙殺して、冥界に新たな風を吹かせた張本人である。

 

 しかし、そんなサーゼクスの大胆な提案は、伊織によって却下された。

 

「申し訳ないが、無理です。異世界に行く術はある。だが、肝心の異世界の座標が分からないと次元転移は出来ないんです。俺達は、確かに異世界を知っていますが、それは一度向こうで死んで、この世界に転生したから。記憶と能力は継承できましたが、世界を渡った道程に関する記憶はないんです」

『転生……私達の転生システムとは異なる、本当の意味での転生か……』

 

 あてが外れてサーゼクスは天を仰いだ。同時に、伊織の事情を聞いて周囲の者達が更に伊織に驚いたような眼差しを向けた。九重達には伊織の事情を話してあったので驚きはない。何故か、九重が、ドヤ顔をして小さな胸をふふんっと張っている。

 

 サーゼクスが思考に没頭するように黙り込む。沈黙の静けさが周囲を満たした。

 

 そんな中、アザゼルが伊織を見ながら口を開く。

 

「伊織。お前、さっきトライヘキサを倒そうって言いやがったよな。まさかと思うが、何か策でもあるのか?」

 

 その疑問に、皆がまさかという表情になった。魔王達やセラフ達も同じだ。グレートレッドに挑もうと言っているのと同じなのだから信じられないのは仕方ないだろう。

 

 しかし、そんな皆に対して、伊織は実にあっけらかんとした表情で肩を竦める。

 

「いや、策なんて立派なものはありませんよ。ただ、黙って滅亡を待つくらいなら、挑む方がマシだって、そう思っただけです」

「お前、相手はグレートレッドと並ぶ伝説の存在だぞ! 勝てるわけが……」

 

 思わず怒声を上げたアザゼルに伊織は苦笑いを浮かべた。

 

「俺から見れば、みんな伝説の存在ばかりですよ。ちっぽけな人間から見れば、魔王も伝説の獣も変わらない。等しく、逃げ出したくなるような怪物です。でも、やるしかないからやる。奴が動き出せば、間違いなく誰かの悲鳴が上がる。救いを求める人達で溢れかえる。……なら、俺は引かない。俺の存在と誓いに賭けて引くわけにはいかない。例え一人でも、俺は奴に挑みます」

「お前……」

 

 不退転の意志、静かな瞳の奥に燃え盛る炎、魂の煌き、満身創痍でありながら、その言葉は言霊にまで昇華されていると錯覚するほど力強く、堕天使の総督、悪魔、妖怪達をして思わず息を呑ませる。

 

 伊織は、その場の全員に視線を巡らせた。まるで、王が守るべき民を見渡すように、あるいは先導者が迷い人に光を指し示すように、ゆっくり視線を巡らせ言葉を紡ぐ。

 

「希望に縋る必要なんてない。絶望に足を止める理由なんてない。そんな言葉で俺は、俺達は止まらない。不可能を可能に変えるのは、いつだって一歩を踏み出した奴だ。一見、愚かに見えるような事に本気で挑む奴だ。人生には、魂の燃やしどころっていうのがあるんだよ。どうだ、みんな。一つ、俺と一緒に馬鹿をしてみないか? 世界最強の獣を倒すなんて不可能を可能に変えてみないか? 今、この時、魂を燃やして……世界を救ってみないか?」

 

 まるで、かつて世界を救った事があるかのような、単なる言葉だけでない重みがあるように感じる。今度こそ言霊にまで昇華された言葉が、超常の存在達の魂に火をくべる。人のもたらす、可能性という燦然たる輝きが彼等の魂を震えさせ、魅せていく。

 

「……魂を燃やす…か。美しい表現だ。そんな事を言われては乗らないわけにはいかないな」

 

 最初に答えたのはヴァーリだった。積年の恨みを持つリゼヴィムの凄絶な最後を見てからというもの、敗北した挙句、復讐の相手がいなくなって何処か呆けていた彼だったが、どうやら元の不敵で挑戦的な質が戻って来たようだ。その眼は爛々と輝いている。

 

 ヴァーリチームのメンバーも、元々、バトルジャンキーばかりなので好戦的な笑みを浮かべてやる気を漲らせた。特に、フェンリルなどは、同じ魔獣でありながら、自分より格上とみなされているトライヘキサが気に食わないようで、その神殺しの爪牙をギラリと光らせ殺意を溢れさせていた。

 

「まぁ、伊織の言う通り、伝説の相手と戦うなんて今更だよな。どっちにしろ、やらなきゃやられるんだし、俺は行くぜ」

 

 ヴァーリの言葉を受けてか、一誠が苦笑いしながら賛同する。それにグレモリー眷属が一瞬驚いたような表情を見せるが、直ぐに同じように苦笑いを浮かべると肩を竦めて参戦を希望した。

 

「もちろん、妖怪も参戦するのじゃ。未来の婿を失うわけにはいかんしのぅ」

 

 八坂が扇子をパチンと音を立てて閉じながら、周囲の名立たる妖怪達と共に頷いた。酒呑童子達鬼など、世界最強の獣と聞いて既に闘志を滾らせている。やはり伊織に関わるのは面白いと失礼な事を言っており、他の妖怪が、「若様をお一人にはさせません!」とか言っているのと相まって、伊織は苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

 

「お前の言葉は心地よいな、東雲伊織。出来ることなら、いつかお前とも拳を交えてみたいものだ。その為にも、邪魔な獣は排除せねばな」

「はぁ~、とんでもない事になったけど、確かにやらなきゃだよねぇ。教会の子達の為にも引くわけにはいかないか」

 

 サイラオーグとデュリオも戦いの決意を示した。それに触発されるように、シトリー眷属も頷く。

 

 そんな若手達を見て、冥界と天界とグリゴリのお偉方は、揃って何か堪えきれないような、堪らなくおいしい果実を頬張ったような、世界最高の美術品に魅せられたような、そんな形容しがたい恍惚じみた表情を浮かべた。

 

『ふっふふふふ、あははははー!! あ~、やっぱりいいね。お利口な計算なんて捨てて、未来の為に不可能へ挑戦する。これだよ。私が吹かせたかった新たな風は。種族なんて関係ない。この魂の輝きで世界が満ちるのを私は夢想しているんだ。うん、やろうじゃないか。一つ、伝説殺しといこうじゃないか!!!』

『ふふ、サーゼクス、ノリノリですね。ええ、いいでしょう。神なき今、かの獣を制するのは我らの役目でもありましょう。セラフも全面的に協力しますよ』

『では、我らもそいう事で出来る事をしましょうか。宜しいですね、アザゼル』

「はぁ~~、ああ、それでいい。こういう時、自分が年食ってるって事を実感するぜ。ちくしょう」

 

 どうやら、全員、戦う決意を固めたようだ。再び、トライヘキサが動き出すまで、シェムハザの見立てでは後五分ほど。伊織は、念能力【魂の宝物庫】から【ダイオラマ魔法球】を取り出し、時間設定を最大の七十二倍にする。これならニ、三分の休憩でも中ではニ、三時間の休息が可能だ。皆、疲弊しているので、少しでも回復しておこうという意図である。

 

 その間に、現実世界では、サーゼクス達がトライヘキサ戦に向けて可能な限り手を打つようだ。

 

 

 

 

 別荘レーベンスシュルト城では、吸血鬼領での戦いで疲弊したメンバーが思い思いに寛いでいた。リンリンさんやチャチャネ達が作った料理をもりもりと食べる者、ふかふかベッドや砂浜で仮眠をとる者、城の天辺で雄大な景色を見ながら精神統一を図る者など。

 

 そんな中、伊織はと言うと、周囲を滝で囲まれたテラスにて、エヴァに膝枕をされながら【聖母の微笑】による治療を受けていた。傍らにはミク、テト、チャチャゼロ、蓮、九重がいる。

 

「ふむ、こんなもんだろう。どうだ、伊織?」

「ああ。何の問題もない。ありがとう、エヴァ。そっちこそ、神器の回復具合は大丈夫か?」

「実際、十全に癒せただろう? 【フェニックスの涙】をサイラオーグの眷属からもらったからな。私は既に万全だ」

 

 エヴァの治療が終わり、起き上がりながら伊織がした質問に、エヴァは平然とした態度で答える。その様子を見て本当に完全回復したようだと分かり、伊織は安心したように微笑んだ。そんな伊織を見て、伊織自身も万全だと分かり、ミク達も安堵したように息を吐く。

 

 そんな中、九重が伊織の服の袖をキュと掴んだ。小さな紅葉のような手が痛いほどに握り締められている。

 

「伊織、ミク、テト、エヴァ、チャチャゼロ、蓮……必ず、帰って来るのじゃぞ。九重は、役に立てんが……信じておる。みなの勝利を信じて待っておる。だから……」

「九重……」

 

 明るく振舞っていても、やはり九重にも不安はあるのだ。そして、自分の実力では伊織達の決戦に付いて行くことは出来ないと分かっている。だから、以前伊織に言われた通り、“勝利を信じる”ことで精神的にでも力になろうというのだろう。

 

 そんな健気な九重に、バキュンとやられたようで、ミク達が速攻で抱き締めにかかる。

 

「九重ちゃ~~ん!! 大丈夫ですよぉ~~!! 絶対帰ってきますかね!!」

「マスターの事はボク達に任せて! みんなでちゃんと帰って来るからね!!」

「ふ、ふん、言われんでも帰るに決まっているだろう。わ、私達を誰だと思っている!」

「ケケケ、御主人。顔ガ真ッ赤ダゼ? 萌エテンノカ? ウン?」

「流石、リアル金髪ロリ狐っ娘。緋袴に“のじゃ”口調も合わせて最強の装備を整えているだけはある。萌力53万は伊達じゃない」

 

 若干一名、萌えるというより戦慄していたが、それは置いておいて、いつもの調子で九重をもみくちゃにしていると、他のメンバー達が集まって来た。そして、キャッキャッとじゃれ合う伊織達を見て、呆れたような眼差しを向けた。

 

「お前ら、ほんと余裕だな? もうすぐ世界の存続を掛けた決戦だってのによ」

 

 アザゼルがガリガリと頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。そして、咳払いを一つすると、真剣な顔になった。

 

「さっき、サーゼクス達と連絡をとった。伊織、お前の案で行くそうだ。もちろん、それ以前に俺達でトライヘキサを倒せれば、それに越したことはないがな」

「確かに。期待してますよ」

「阿呆。それが出来たら苦労しねぇっての。まぁ、蓮がいるのは不幸中の幸いだがな。あと、隔離結界は最大で六分が限界だそうだ。外界の残り時間と合わせると、七、八分。それが世界の命運を掛けたタイムリミットってわけだ。一応、各神話に連絡しているそうだが、おそらく決戦には間に合わないだろう。三勢力と俺達……これでリミット内にあの怪物を倒さねぇといけねぇ」

 

 アザゼルの余りに厳しい現状を伝える言葉に、しかし、伊織は肩を竦めるだけだった。

 

「どっちにしろ、トライヘキサ相手に長期戦なんて出来ませんよ。刹那の間に命を賭ける程の全力を……これはそういう戦いでしょう? 何の問題もありません」

「はぁ~、一度でいいから、お前が狼狽えてオロオロするところを見て見たいぜ。この戦いが終わったら堕天使の綺麗どころにでも襲わせるかな?」

「そんな事したらエヴァに燃やされますよ。今や、神滅具使いですからね?」

 

 悪戯っぽく冗談を言うアザゼルだったが、エヴァの視線が突き刺さり、その手に小さな紫炎の十字架が浮いているのを見て冷や汗を掻きながら口を噤んだ。

 

 と、その時、にわかに外と魔法球内を繋ぐゲートの方が騒がしくなった。気配を探る必要もなく、一人の吸血鬼が駆け込んでくる。吸血鬼には、サーゼクス達との連絡をとる橋渡しをしてもらっていたのだ。

 

 その吸血鬼の青年が、焦燥の滲んだ表情でサーゼクス達からの伝言を報告した。

 

 曰く

 

――トライヘキサから無数の魔獣が生み出され、三世界に出現した

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

前回で決戦が終わったと思いましたか?
実は今回と次回が本当の決戦でした。
もう少しお付き合い下さい。

トライヘキサの封印などあれこれは原作情報がないのでオリジナルです。
ご勘弁を。



次回、決戦。明日の18時更新です。

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