重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第58話 異世界の守護者VS大魔王 中編 上

 

 

 吸血鬼領の曇天を裂いて溢れ出て来たのはいずれも伝説の邪龍だった。

 

 その総数は五体。大罪の暴龍グレンデル、原初なる晦冥龍アポプス、外法の死龍ニーズヘッグ、宝樹の護封龍ラードゥン、霊妙を喰らう狂龍八岐大蛇である。

 

 一体一体が、量産型邪龍とは比べ物にならない程の絶大かつ禍々しいオーラを纏っており、ただそこにいるだけで常人なら発狂してしまいかねない狂気を撒き散らしている。その内の一体、大蛇姿のアポプスがくるりと反転してカーミラ領の方へ飛び去っていったのを皮切りに皆の意識が呆然から復帰する。

 

 伊織は、ジャバウォック達に、カーミラ領に入る前に撃退しろと命じながら、同時に大規模封時結界を展開して町の住民だけを弾き出した。そして、眼前で頗る付きの邪悪な笑みを浮かべているリゼヴィムに視線を向けた。

 

「ひゃは、これまた優しい事で。にしても、簡単にこの規模の空間切り取っちゃうなんて、異世界様マジ素敵。いよいよ嬲りがいが出てきて、おじさん感無量だよ」

 

 のたまうリゼヴィムの傍らに銀髪をなびかせた美貌の青年とゴシック衣装を来た二十代前半くらいの女、そして黒コートをボロボロにしたクロウ・クルワッハが並び立った。クロウ・クルワッハと戦っていた蓮が伊織の傍にやってくる。同時に、白の閃光も伊織の傍にやって来た。

 

「ヴァーリ……奇遇ってわけじゃなさそうだな」

「ああ。さっきまであの銀髪の男、ユークリッド・ルキフグスとやりあっていてね。仲間の方は、伝説の邪龍アジ・ダハーガとやりあってる」

 

 そう言いながらもヴァーリの視線はリゼヴィムに注がれていた。尋常でないほどの憎悪を込めた眼差しだ。闘志を燃やす以外ではいつも比較的冷静沈着なヴァーリには似つかわしくない。

 

「おぉ、ヴァーリちゃんじゃないの! いいタイミングで来るねぇ! そんな眼で見られちゃあ、おじいちゃん気持ちよくなっちゃうじゃないの!」

 

 お互い浅からぬ因縁があるようだ。首を傾げる伊織達にアザゼルがさくっと説明する。それによると、どうやらヴァーリはリゼヴィムの孫にあたるらしい。そして、リゼヴィムは面白半分でヴァーリの父親にヴァーリを迫害するよう命じたのだそうだ。その為、ヴァーリはアザゼルに拾われるまで相当不遇な幼少時代を送ったらしい。その時のリゼヴィムへの恨みが、今尚ヴァーリの心の中で燃え盛っているようだ。

 

「さてさて、取り敢えずヴァーリちゃんは置いとくとして、オーフィスよぉ? なんでそっちにいるんだ? 俺と来た方がグレートレッド、確実に倒せちゃうぜ? 異世界に進軍した後は、次元の狭間も好きにしていいし? どう? こっち来ない? っていうか、ぶっちゃけクロウくんがボコられた時点でマジ困る」

 

 ヘラヘラ笑いながら、蓮を勧誘するリゼヴィム。やはり、【無限の龍神】が付いている時点でかなり困るらしい。

 

 クロウ・クルワッハは蓮と戦える事に無常の喜びを感じているようだが……伝説の邪龍達が、この会話中、辛うじて暴れるのを我慢しているのも蓮の存在あってだろう。その立ち位置がよくわからず、蓮を見てはリゼヴィムに視線を向けて、どうすんだよ? と苛立ち交じりに問いかけている。アポプスが早々に戦場を変えたのも、蓮がいたからかもしれない。

 

 そんなリゼヴィムの勧誘に対し、毎回敵側に「こっちおいで」をされている蓮はいい加減うんざりしたような表情をしつつ肩を落として呟いた。

 

「モテすぎて辛い。こんなリア充は嫌だ……」

 

 世の非モテ達が聞いたら発狂しそうなセリフだが、言い寄ってくる相手が全員テロリストとなれば、きっといい笑顔で納得するだろう。同じく、テロリストに人気者だった伊織が、物凄く慈愛に満ちた眼差しで蓮の肩をポンポンと叩く。「仲間! 仲間!」という内心が聞こえて来そうだ。

 

 一方、リゼヴィムも、蓮に視線すら合わせて貰えていないことから相手にされていないことは理解できたようで、流石に苦笑いを浮かべている。

 

「おい、リゼヴィム。オーフィスとは俺がやる。手を出すな」

「そうは言ってもねぇ、いくら努力の末、二天龍クラスまで上り詰めたとは言え、無限にはねぇ~。うん、まぁ、時間稼ぎにはなるかな。取り敢えず、強化しときま~す」

 

 リゼヴィムは、亜空間から聖杯を取り出すと、それを以てクロウ・クルワッハを強化しだした。嫌そうに目を眇めるクロウ・クルワッハだが、護衛の仕事を引きけておきながら失敗した挙句、蓮相手では時間稼ぎが精一杯というのも分かっていたので、渋々といった感じで受け入れている。

 

「チッ、伊織、あいつの強化をさせるな! 厄介だぞ!」

 

 アザゼルが警告を発しながら光の槍を投げつけてクロウ・クルワッハの強化を妨げようとする。

 

 しかし、その直前、

 

「だめよ~ん♡」

「ッがぁ!?」

 

 そんな甘ったるい悪意に満ちた声と同時に紫炎が噴き上がった。それを察知した伊織が鋼糸でアザゼルを引き寄せるが、片腕が掠ったようで、魔の者なら一撃で消滅する神滅の炎によって大ダメージを負ってしまった。

 

 すぐさまエヴァが神器の力でアザゼルを癒す。脂汗を流すアザゼルを横目に、伊織が攻撃をしようとするが、やはり邪魔が入った。我慢できなくなった邪龍達が襲い来たのだ。

 

「邪龍くん達も限界みたいだし、それじゃあ、いっちょ殲滅戦いってみようか。神滅具所持者が三人、魔王の妹に堕天使の総督、聖剣使いに、聖魔剣使い、そして異世界の守護者気取りくん……蹂躙の狼煙にはちょうどいいね!」

 

 そんな軽薄な宣言と同時に事態が一斉に動き出す。

 

 クロウ・クルワッハが尋常でない速度で蓮に突っ込むと同時に、神滅具【紫炎祭主による磔台】の使い手ヴァルブルガが、無差別に紫炎を撒き散らそうとする。それをエヴァが無詠唱の【魔法の矢】を撃ち込み阻止した。

 

「あの神滅具使いは私がやろう。チャチャゼロ、他の魔女共と量産型邪龍に邪魔をさせるな」

「ケケケ、承知ダゼ、御主人」

 

 聖十字架からもたらされる紫炎は魔のものを一撃で消滅させかねない危険極まりないもの。放置すれば戦場を引っ掻き回されることは必定だ。確実に仕留めねばならない相手と判断したのである。

 

 エヴァがヴァルブルガに向かって飛び出すと同時に、ヴァーリは憎悪を滾らせてリゼヴィムに突進した。

 

「待て、ヴァーリ! くそっ、あの馬鹿、【神器無効化】を忘れたわけじゃないだろうな!」

 

 アザゼルの焦ったような声音が響く。

 

 その直後、邪龍が一斉にリアス達へ襲いかかった。グレンデル、ニーズヘッグ、ラードゥン、八岐大蛇――いずれもリアス達が戦力を割いて勝てる相手ではない。

 

 伊織は、咄嗟にユニゾンを解除した。阿吽の呼吸で伊織の意図を察したミクとテトがリアス達と共に邪龍を相手にするため飛び出していく。

 

「では、私は、その忌々しい紅色を駆逐しますかね」

 

 邪龍の強襲で散開させられたリアス達。そこへ、僅かに憎悪を滲ませた声音が響き、グレイフィアの弟であるユークリッド・ルキフグスがリアスの眼前に出現した。瞠目するリアスに致命の手刀を繰り出したユークリッドだったが、刹那、

 

「リアスに触んじゃねぇ!!」

 

 一誠が飛び込み、ユークリッドを殴り飛ばした。ユークリッドは自ら飛び退くことで威力を消したようで、ダメージはなさそうだ。一誠は、サイラオーグ戦で会得した赤龍帝の新たな力【真紅の赫龍帝】化を行いユークリッドに相対した。紅を纏う一誠に、ユークリッドが憎悪の眼差しを向ける。

 

「いいでしょう。まずは赤龍帝からお相手しましょう」

 

 そう言って、流石は最強角の一人であるサーゼクスの女王グレイフィアの弟というべき強大なオーラを纏いだした。どうやら、聖杯による生命強化を受けているようで、グレイフィアより確実に上であると感じる。

 

 冷や汗を流す一誠だったが、リアス達が不在の間に学園を襲撃した挙句、フェニックスのクローンを大量に作って秘薬“フェニックスの涙”製造機にするという非道を働いたユークリッドに怒りの眼差しを向け、自ら飛びかかっていった。

 

『チッ、ドライグが行っちまったじゃねぇか! 俺と殺し合えよ!』

 

 ユークリッドと戦いながら流星のように飛んでいってしまった一誠に、邪龍グレンデルが悪態を吐きながら、後を追おうとする。ただでさえグレイフィアを超える強大な悪魔であるユークリッドの他に、【真紅の赫龍帝】の力を以てしても苦戦を強いられた事のある一誠では、非常にまずい。

 

 リアス達が、ユークリッドは一誠に任せるしかないとしても、グレンデルだけは行かせるわけにはいかない! と、止めに入ろうとする。

 

 と、その瞬間、

 

「極大・雷鳴剣!!」

 

 天より翠髪の剣士が隕石の如く落ちて来た。そして、グレンデルの頭部目掛けて奥義をぶちかました。しかも、手に持たれているのは“龍殺し”の最高峰にして魔剣最強の【魔帝剣グラム】である。凄まじいオーラを放つグラムに、ミクの腕が合わさって絶大な一撃となった。

 

『ッ!? ぐぉおおおおお!!』

 

 まさに一条の雷となって突き刺さったミクとグラムに、邪龍中最高の硬度を誇る龍鱗を持つグレンデルも悲鳴を上げて地に落とされる。

 

 もっとも、生命強化を受けているため“龍殺し”にもある程度耐性がある上に、防御力も上がっているので致命傷には程遠いようだが、厄介な邪龍が一体、引き離されたのは事実である。

 

『ふむ、この宝樹の護封龍と呼ばれた私を結界に閉じ込めるとは不遜ですね。いささか矜持が傷つきました。少し強度が下がったようですし、破らせて貰いましょう』

 

 眼下でグレンデルとミクが戦闘を始めたのを尻目に、結界と障壁を領分とする宝樹の護封龍ラードゥンが、そんな事を呟きながら莫大なオーラと共に膨れ上がる障壁を展開しだした。その障壁は、生き物や建物を透過して巨大化していき、ついには【封時結界】を内側から圧迫し始める。

 

 手数の確保のためにユニゾンを解いた事で結界強度が下がった事を見抜かれていたようで、【封時結界】がビキビキと嫌な音を立てる。

 

「っ、マズイ、セレス、カートリッジロ…」

『無駄です』

 

 伊織は咄嗟に、カートリッジをロードして結界を維持しようとするが、それよりラードゥンが更に力を解放する方が早かった。

 

パキャァアアン!!

 

 そんな音を立てて【封時結界】が破られる。世界に色が戻り、現実世界が回帰する。結果、あちこちで起こる破壊の嵐が現実の町を襲った。飛び交う魔力弾や火炎、衝撃が容赦なく町並みを破壊していく。

 

 不幸中の幸いは、【封時結界】を張る前に分身体のミクに避難誘導をさせておいた事だろう。住民達は、特に頑丈で魔術的措置の施されたシェルターのような建物や郊外の森の中にある隠れ家に逃げ込めたようである。

 

 もう一度、【封時結界】を張りたいところだが、大樹そのものが龍の形をとったような威容を晒すラードゥンがいる限り、何度でも破られてしまうだろう。伊織は、まずサポート能力に長けたラードゥンを沈めるべきだと判断し攻撃の意志を示した。

 

 と、その瞬間、伊織目掛けて翼を生やし黒い鱗で覆われ二本の腕を生やした大蛇――ニーズヘッグが伊織を頭上より強襲した。

 

 咄嗟に回避しようとした伊織を、ラードゥンが赤い双眸を光らせて球体状の障壁で覆う。きっと直撃寸前で障壁を解く気なのだろう。逃げ場をなくした伊織に、全長八十メートルはありそうな巨体が襲いかかる。

 

「させないよ」

 

 あわや、伊織が押し潰されるかというその瞬間、伊織とニーズヘッグの間に輝く巨大な八卦図が出現した。

 

『ぬおっ、なんだこりゃ!!』

 

 その威容に似合わぬ軽い口調で、しかし、落下の勢いを止められなかったニーズヘッグは、絶妙なタイミングで展開されたテトの神器【十絶陣】に自ら飛び込み、その姿を消した。

 

ドパンッ!

 

 銃声一発。テトの全ての物質を強制的に分解する【拒絶の弾丸】が伊織を捕えるラードゥンの障壁を霧散させる。

 

「それじゃあ、マスター。ボクは、あの蛇に風穴空けてくるよ」

 

 テトはそれだけ言うと、パチリとウインクしてから自らも【十絶陣】の中へと飛び込んだ。

 

 それに苦笑いをしてから、伊織は【虚空瞬動】でその場を飛び退く。直後、伊織がいた場所にシャボン玉のような球体障壁が瞬時発生した。犯人は当然ラードゥンだ。

 

『リゼヴィム曰く、“あなたには最大の絶望を”とのことです。どうやら私の役目はお仲間が戦っている間、あなたに何もさせないことのようですね。捕らえさせてもらいますよ』

 

 どうやら、リゼヴィムから念話か何かで指示を受けたらしい。伊織を結界に捕らえて仲間が戦っているのを何も出来ずに見ていろとは、伊織の性格を的確に突いた実に嫌らしい手だ。

 

 もっとも、ある程度は、異世界の未知の力を使われる前に、他を倒してしまいたいという戦術的な意味合いもあるのだろうが。

 

 伊織は、再び、スッとその場を移動し、ラードゥンの球体障壁をかわす。ラードゥンは、それに目を細めながら更に伊織を捕えるべく障壁を展開するが、やはり伊織は【虚空瞬動】や高速移動系魔法【ブリッツアクション】で尽くかわしてしまう。

 

 予備動作も予兆もなく、指定した座標に瞬時展開される障壁だというのに、まるで未来予知でもしているかのようにラードゥンの拘束から逃れる伊織。その正体は当然、危機対応能力である。

 

『素晴らしい。どうやって感知しているのかは知りませんが、是が非でもあなたを捕えたくなりましたよっ!』

 

 口調は丁寧でも、やはりそこは邪龍。獲物を前に狂気が溢れ出す。同時に、ラードゥンを中心にしておびただしい数の球体障壁が放出された。それらは建物をあっさり透過すると伊織に向かって凄まじい勢いで迫る。おそらく、対象以外は透過して、相手が触れた瞬間に内へ取り込んでしまうタイプなのだろう。

 

 まるで、どこぞの幻想郷の弾幕のような光景を前に、伊織は耳を澄ませた。

 

 町の外れではミクとグレンデルが死闘を繰り広げており、反対側の郊外でも蓮とクロウ・クルワッハが激しい衝突を繰り返している。上空では、ヴァルブルガとエヴァが紫炎と氷を撒き散らし、ヴァーリは白き閃光となってリゼヴィムに襲いかかっていて、いつの間にかアザゼルが諌めるように加勢している。

 

 カーミラ領との堺に近い場所では、一誠とユークリッドが感情もあらわにぶつかり合い、町の中心では八つ首から破壊を撒き散らす八岐大蛇を倒そうとリアス達グレモリー眷属が死力を尽くしていた。

 

 更に、新たに現れた量産型邪龍や、ヴァルブルガが所属する【魔女の杖】の魔術師達、止めを刺しきれず復活しつつある強化吸血鬼の邪龍達を、チャチャゼロ、イリナ、ルガール、ベンニーア達が駆逐している。

 

 それら全てを把握して伊織はスッと動き出した。視線の先の喜悦を浮かべる邪龍ラードゥンに挑発を以て返す。

 

「俺を捕える? お前には無理だ。その前に、俺がお前を滅するからな」

 

 その言葉に更に狂気を膨れ上がらせたラードゥンに向かって、伊織は弾幕を回避しながら飛び込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

『ガァアアアア!! クソ鬱陶しいぞぉ、小娘ェ!! いい加減俺様に嬲られろぉおおお!!』

 

 ツェペシュの城下町郊外で、巨人型ドラゴンのグレンデルが苛立たしげに雄叫びを上げながら、巨石のような拳を振るった。

 

 ヴォ! と音を立てて姿を消したミクが一瞬前まで居た場所に、凄絶な衝撃が吹き荒れ地面を根こそぎ削り取っていく。一撃でも当たればミクが体は木っ端微塵になるだろうことは容易に想像できる破壊力だ。

 

 ミクがツインテールを靡かせながらグレンデルの背後に現れる。そして、その手に持つ無月を以て銀線を描き出した。

 

『見え透いてんだよぉ!!』

 

 そんなミクの一撃は、裏拳のように振り抜かれたグレンデルの腕によって肉体ごと薙ぎ払われる。まさに致命の一撃。余りの威力に空気が破裂したような衝撃音まで響き渡る。

 

 しかし、

 

ポンッ!!

 

 そんな音を立てて、薙ぎ払われたはずのミクは姿を消してしまった。そう、グレンデルの一撃を受けたのは、アーティファクト【九つの命】により生み出されたミクの分身体だったのである。

 

『チッ、またかっ!! って、ぐぉ!?』

 

 思わず悪態を吐くグレンデルだったが、裏拳を振り抜いて無防備な脇腹を晒しているところに魔帝剣グラムと魔剣ノートウィングを持ったミクが斬り込んだ。

 

 強力無比な“龍殺し”を纏った最強の魔剣と薙ぐだけで空間すら切り裂く伝説の魔剣が、グレンデルの邪龍中最高硬度の鱗を深く斬り裂く。

 

 それでも致命傷には程遠いようで、直ぐに反撃に転じるグレンデル。それをかわしながらミクは呟く。

 

「う~ん、硬いですね。無月ではまずかったかもしれません」

『――!』

 

 どこか「そうだろう、そうだろう♪」と言っているような雰囲気を漂わせるグラム。

 

「でも、最強の龍殺しなのに、それでもあの程度なんですねぇ」

『――』

 

 上げて落とす。マスターたる伊織以外には、結構辛辣なミクだった。

 

『クソガキッ! ハエみたいにブンブンブンブン飛び回りやがって! 正面から掛かって来いやぁ!』

「そんなアホな事するわけ無いでしょう。何一つ、あなたが喜ぶような事などしてあげませんよ。せいぜい苛つきながら果てて下さい」

『てめぇ。絶対ェ嬲り殺してやらぁああああああ!!』

 

 グレンデルは、ミクの冷めた眼差しと言葉に、一瞬で激高すると特大の火炎を吐き出した。同時に、大地を踏み割る勢いで急迫しミクを押し潰さんと拳を振り下ろす。

 

 ミクは、回避するのではなく、むしろ一気に踏み込んだ。同時に、別の三方向から分身体のミクがそれぞれ魔剣バルムンク、魔剣ディルウィング、魔剣ダインスレイヴを以て突進技最高峰を繰り出す。

 

――飛天御剣流 九頭龍閃・朧十字

 

 九箇所同時斬撃、それが四方向から同時に行われるオリジナル奥義だ。

 

『しゃらくせぇえんだよぉおおおお!!』

 

 グレンデルは、体中を無数に斬り刻まれながらも独楽のように体を回転させ、己を中心に竜巻状の衝撃を発生させた。残心するミク達が全てその強烈な衝撃に巻き込まれて吹き飛ぶ。“肉を切らせて骨を立つ”を地で行く強靭なドラゴンならではの強引な攻撃だ。

 

 衝撃をモロに浴びたミク達は、その全てが地面に叩き付けられ……霧散した。

 

『なっ、全部偽物だとぅ!?』

『――!?』

 

 グレンデルと、何故かグラムが驚愕をあらわにする。「え? 本人が俺を使ってくれたんじゃないの!?」と言っているかのようだ。

 

 その本体はと言うと、

 

ゴォオオオオオオオ!!

 

『ッ!? 上か!』

 

 グレンデルの言葉通り、ミクは上空にいた。魔法陣で足場を作り、その上で無月を持って抜刀術の構えを取っている。その納刀された無月には凄まじい勢いで莫大なオーラが集まっていく。

 

 集中するように半眼になっていたミクの眼がカッ! と見開かれると同時に、膨大なオーラを集束された無月が神速を以て抜刀された。

 

「疾ッ!!」

 

 気合一閃。空に銀線を奔らせながら振り抜かれた無月から超高密度の斬撃が放たれた。

 

――京都神鳴流 奥義 斬空閃 弐之太刀 

 

 神速で飛んだ曲線描く斬撃は、狙い違わず衝撃の竜巻を放ち終わったばかりのグレンデルに直撃した。

 

『ぬおわぁ!!』

 

 最高硬度の鱗を透過して内部を直接斬り裂く斬撃に、さしものグレンデルも思わず苦悶の声を上げる。だが、直後にはギラリと眼を輝かせて、斬りたければいくらでも斬って見やがれと言わんばかりに、雄叫びを一発。ドラゴンの翼をはためかせてミサイルのようにミク目掛けて飛び出した。

 

「来て下さい! 魔剣さん達!」

『――!!』

 

 魔剣達が、ミクの呼び声に答えて一斉に転移する。同時に、ポポポン! と新たな分身体が出現し、それぞれ魔剣を手にとった。グラムが「本人が使えよ!」と抗議するように脈打つがミクはお構いなしだ。

 

 魔剣バルムンクと魔剣ディルウィングを持つ分身体ミクが正面からグレンデルを迎え撃つ。

 

『グゥオオオオオ!!』

 

 龍の咆哮が衝撃となって二人を襲うが、空間を削り取る螺旋のオーラを飛ばすバルムンクと斬る事より破壊する事に特化したディルウィングを振るって衝撃を散らす。そして、すれ違い様に体を回転させながら遠心力も利用してグレンデルの背を斬り付けた。

 

――飛天御剣流 龍巻閃

 

 龍殺しの力を有しているわけではないので、その傷は決して深くはない。もっとも、仮に深くとも、グレンデルは気にも止めなかっただろうが。

 

 迫るグレンデルを魔剣ノートウィングと魔剣ダインスレイヴを持った分身体ミクが迎え撃つ。空間を裂くノートウィングが神鳴流【斬岩剣】を以てグレンデルの片翼を刻み、氷を操るダインスレイヴがもう片翼を氷漬けにしてその動きを阻害する。

 

 大したダメージはないが、それでも僅かにバランスを崩すのは避けられない。その隙をミクは逃さない。

 

「グラムさん! 行きますよぉ!」

『――!!』

 

 いかにも「わかったよ! ちくしょう!」と言いたげな波動を発しながら、魔帝剣グラムを持つミクは、右手を前方に突き出し、そこへ引き絞るように突きの構えをとったグラムを添えた。そして雷を纏わせながら、凄まじい勢いでグレデルへ突進する。

 

 ミクの眼がギラリと輝いた。次の瞬間、絶大な雷と龍殺しのオーラを集束したグラムが、上半身のバネを利用した極限の突きとなってグレンデルの頭部目掛けて突き出された。

 

――牙突 零式 雷鳴剣&龍殺しVer

 

 一条の閃光の如く空を奔った突きの極地を、グレンデルは辛うじて頭を振ってかわした。しかし、先のニ撃でバランスを崩していたこともあり、完全にかわしきる事は出来ず、右肩に直撃を受ける。

 

 魔剣の帝王たるグラムの尋常ならざる切れ味と、ミクの卓越した剣技が合わさって、その一撃は容赦なくグレンデルの体内へ潜り込んだ。そして、解放された雷が体内で直接暴れまわる。

 

『いてぇじゃねぇかぁあああああ!!』

 

 だが、それもでもグレンデルは止まらない。グラムもろとも分身体ミクを弾き飛ばすと、本体のミクに豪腕を振るった。

 

 しかし、

 

『っ何だ!?』

 

 グレンデル自慢の豪腕は、スッとミクを透過して虚しく空振りしてしまった。そこにいたのはミクの幻影だったのである。

 

――幻術魔法 フェイクシルエット

 

 そして、次の瞬間、そのフェイクの下から無数の光る鎖が飛び出しグレンデルに絡みついた。

 

――捕縛魔法 ディレイバインド

 

『うざってぇ!!』

 

 グレンデルの力なら直ぐに引きちぎられるだろう拘束だが、一瞬動きは止まる。

 

 そして、放たれるのは

 

――京都神鳴流 奥義 斬魔剣 弐之太刀

 

 袈裟斬りに銀線が奔りグレンデルの内部を斜めに斬り裂く。

 

 更に、ミクは、無月を振り下ろした遠心力を利用して空中で一回転するとグレンデルの頭部を両足で挟み込んだ。そこから後方へバク転するように身を捻る。身の内を抉る斬撃に一瞬持って行かれた意識の間隙を突いた絶妙なタイミングでの技に、グレンデルは体を独楽のように回され地上へ叩きつけられた。

 

――京都神鳴流 浮雲・桜散華

 

『クソガァアア!! 鬱陶しいんだよぉ! クソガキガァ!!』

 

 周囲の地面をオーラで吹き飛ばしながら怒りもあらわに立ち上がるグレンデル。それほどダメージはないようだが、それでも一方的に斬られ続けて苛立ちが頂点に達したらしい。

 

 グレンデルは、邪龍らしく己の命すら軽く見てひたすら殺し合いに心を向けるような存在だ。しかし、パワーファイタータイプの彼にとって、テクニックタイプに言い様にやられるのは好みの殺し合いではないらしい。既にその瞳には狂気以外にも憎悪の影がチラついている。

 

 その負の感情のままに、上空から自分を睥睨するミクに再度突進しようとしたその瞬間、

 

シュウウウウ

 

『あ? なんだ?』

 

 グレンデルが訝しげに己の体を見下ろした。見れば、音を立てて傷口のいくつかが白煙を上げている。その傷は全てグラムが付けた傷だ。今の今まで大して効果を発揮しなかった龍殺しの呪いが、ここに来てグレンデルの身を苛み始めたのである。

 

 その理由は簡単。ミクの強敵を相手にした場合の常勝パターン――念能力【垂れ流しの生命】だ。【隠】で見えなくなっているが、既にグレンデルの巨体には、おびただしい数のネギマークが刻印されており、かなりオーラを流出させたのだ。それ故に、消耗した分、生命強化によって克服した龍殺しへの耐性が減少しグラムの呪いが効いて来たのである。

 

 しかし、当のミクはというと浮かない顔であった。

 

「あれだけ刻印して、この程度ですか……流石は伝説のドラゴンですね。この分では打倒しきるのにどれだけ時間が掛かるか……」

 

 そう、ミクの懸念はグレンデルを倒しきる時間だ。このまま【垂れ流しの生命】で邪龍の魔力が尽きるのを待ちつつ、グラムで斬り続けるという戦法であれば、そのうち勝てる。

 

 しかし、今、こうしている間にも各地で激戦が繰り広げられており、吸血鬼の領土は破壊されているのだ。それに、リゼヴィムと戦っているヴァーリ、アザゼルや八岐大蛇と戦っているリアス達グレモリー眷属は、かなり苦戦をしているようで、いつ瓦解してもおかしくない。

 

 正直、一刻も早く倒してしまいたかった。

 

「仕方ないですね。消耗は激しいですが、一気にケリを付けてしまいましょう」

 

 ミクは、オーラを垂れ流し確かに目減りしながらも、未だに戦闘力を失う気配を見せないグレンデルに決然とした表情を向けた。そして、右手を掲げ、神器を呼び出そうとした。

 

 その瞬間、吸血鬼領の空に強大な魔法陣が出現する。複雑な紋様が描かれた直径百メートルはありそうな円陣で、ドス黒い不気味な魔力を溢れさせている。

 

 その魔法陣が一際強く輝いた。ミクは、そこに空間の揺らぎを感じ取る。どうやら何者かが転移してくるつもりらしい。魔法陣の纏う闇色の光が、碌な存在でない事を容易に想像させる。

 

「うわぁ、マジですか……」

 

 溢れ出るように転移してきた存在を見て、ミクは嫌そうな顔でそう呟いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時間は少し遡る。

 

 曇天から舞い降りる雪と一面の銀世界。気温は極めて低く防寒着なしでは、数分と持たずに永遠へと繋がる眠りに誘われるだろう。一見すると、ルーマニアの奥地にある吸血鬼領と変わらないように見える。

 

 しかし、ここは吸血鬼領のどこでもない。それどころか現実世界ですらなく、また美しい雪景色は薔薇のトゲの如く、いや、それ以上の危険性を孕んでいた。

 

『くそったれぇ、ふざけた真似をっ!!』

 

 雪だけが舞う静かで広大な雪原世界に怒声が響いた。声の主は【外法の死龍ニーズヘッグ】だ。そう、テトの神器【十絶陣】に捕えられた翼と腕を持つ黒き大蛇の姿をした伝説の邪龍である。

 

 そのニーズヘッグは、空を泳ぎながら苛立たしさを隠しもせずに凶悪な魔力弾を無差別に撃ち放っていた。着弾した雪原の雪が舞い上がる。そこに何があるわけでもない。ただの癇癪のようだ。

 

 自分でもそれが分かっているのだろう。無差別で適当な魔力放出を止めると、ガパッ!と、その顎門を開けて魔力を溜めだした。キュワァアアアア!! とどこぞの戦艦の主砲のように強大にして絶大な魔力を集束していく。

 

 その主砲が放たれれば、間違いなくこの空間は破壊されるだろう。

 

 だが、当然、テトがそうはさせない。

 

ドパァアアアン!!!

 

 何処からともなく飛来した紅色の弾丸が、今まさに放たれようとしていたニーズヘッグの魔力砲に直撃した。その瞬間、莫大という表現ですらおこがましい集束された魔力が、バババババッ!! と霧散していき、放たれた時には百分の一程度の威力に減少してしまっていた。

 

 放たれた弾丸は、有機物・無機物・魔力等の一切を問わず霧散させる念能力【拒絶の弾丸】だ。一日五発しか撃てなく能力だが、長年の研鑽の末、撃たなかった分をストックできるようになったので残弾は有り余っている。

 

 今回も放たれた合計十二発の弾丸すべてが【拒絶の弾丸】だ。それでも消しきれなかったニーズヘッグの主砲がすごいのか、伝説の邪龍の全力をその程度まで霧散させるテトがすごいのか悩むところである。

 

『そこかっ! 死肉喰らう蛇よ、我が眷属よ! 敵を喰らい尽くせ!』

 

 弾丸が飛んできた方向には、一見何もない。しかし、ニーズヘッグは確かに何かを感じたようで、その身からおびただし数の大蛇(体長十メートル程)を解き放った。数百を優に超える大蛇の群れが、見えない敵を探して流星の如く飛翔する。

 

 だが、たどった射線上には既に何の痕跡も見当たらなかった。標的を見失い右往左往する大蛇の群れ。

 

『またかっ! 小賢しい真似ばかりしやがってぇ!! 必ず見つけ出し、苦痛と絶望の果てにくびり殺してやるっ!!』

 

 ニーズヘッグが憤るのは、一連の出来事が既に何度も繰り返されているからだ。

 

 すなわち、ニーズヘッグが結界を破れるような攻撃を放とうとした時だけ邪魔をして、それ以外の時は徹底的に姿を隠すというものだ。先のように、攻撃した後も、直ぐに身を隠す。【絶】と【オプティックハイド】のコンボだ。

 

 最初は、面白い趣向だと余裕の態度で嗤いながら、テトを追い詰めたところを想像して喜悦に酔っていたのだが、それが十回も続けばいい加減苛立ちしか感じないのは、当然と言えば当然である。

 

 まして、ニーズヘッグは今、邪龍にあるまじき焦燥を感じており、それが苛立ちに拍車を掛けている。その理由は、

 

『ぐっ……この最奥の痛み……やはり……これではまるで神滅具ではないかっ』

 

 ニーズヘッグが感じている魂の痛みだった。この空間に引き込まれてから、それなりに時間が経っているのだが、ニーズヘッグの最奥を苛む痛みが刻一刻と増しているのだ。ニーズヘッグは本能で理解していた。間違いなく、己は魂に直接攻撃を受けている、と。

 

――神器【十絶陣】 誅仙陣

 

 本来は【十絶陣】に数えられない陣であり、テトの意志に応じて進化した【十絶陣】の十番目の陣だ。その能力は、魂を溶かす雪が降る極寒の雪原世界を創造すること。

 

 ニーズヘッグが神滅具と口に出してもおかしくない廃スペックである。なお、禁手【創世される十天界の絶陣】にしなかったのは、異能の一切を封じてもドラゴンはその肉体だけで脅威なのでむしろスペック的にテトが不利になってしまう事と、聖杯がある限り魂が残っていれば復活させられてしまうからだ。

 

 そんなわけで、テトとしては、この空間から脱出さえさせなければ、降りしきる雪がニーズヘッグの鱗も肉体も全て無視して魂そのものを消滅してくれるのである。

 

「並みの生き物ならとっくに消滅してるんだけどね。……ドラゴンっていうのはタフすぎるよ」

 

 気配と姿を完全に隠しつつ、大蛇の群れから隠れ続けるテトは、そう愚痴を零した。視線の先では、テトを捕まえようと魂の痛みに身悶えながらも再び膨大な魔力を集束し始めたニーズヘッグがいる。

 

 いざという時の為の退路を幾つも用意しながら、テトもまた【拒絶の弾丸】を撃ち放った。集束魔力を霧散させると同時に一目散に場所を移動するテト。一瞬前までいた場所に、大蛇が殺到するのを見て、徐々にテトの位置把握が正確になっている事を察し冷や汗を流す。

 

「でもまぁ、時間の問題だね。外で戦力差がひっくり返るような大蛇の大量召喚なんてされちゃあ敵わないから、ここで確実に仕留めさせてもらうよ」

 

 ただでさえ、量産型邪龍やら魔術師達が大量にいるのだ。これ以上、戦力を増やされては堪らない。一個体としてよりも戦略的に自軍を優位に出来るニーズヘッグは絶対に逃せなかった。

 

「この銀色の世界で、しんしんと溶けるがいいよ」

 

 遠くで再び怒りの咆哮が上がるのを聞きながら、テトは不敵な笑みを浮かべて宣告するように呟いた。

 

 と、その時、現実世界でにわかに不穏な気配が発生した。【十絶陣】はテトの世界なので、本人だけは外の様子を中にいてもある程度知ることが出来る。その感じた気配は、強大でおびただしく、深淵のように濃い闇を感じさせる不気味なものだった。

 

「これは……少し、急いだ方がいいみたいだね」

 

 テトは、表情を険しくすると、作戦を変更して、ニーズヘッグの消耗を早めるため動き出した。

 

 

 

 




いかがでしたか?

戦闘シーンを書いていると自然と字数が伸びます。
決戦編だけで一体何字くらいいくことやら。
最後までお付き合い頂けば嬉しいです。

八岐大蛇は原作では違う形で出ましたが、数合わせ的な意味でそのまま出しました。
でも原作で戦闘シーンのない邪龍に関しては、余り書かないと思います。

感想、有難うございます。
作者の妄想も、あっちの世界へふらふら、こっちの世界へふらふらと彷徨っております。
ハイスクは少々書きすぎたなぁと思っていたので、もう少しコンパクトに色々な世界を書くのもいいかもしれませんね。

明日も18時に更新します。

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