重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

59 / 73
第56話 悪者全開

 

 ルーマニアの奥地。濃霧に閉ざされた山道を四輪駆動車がガタガタと揺れながら進む。舗装されていない道なき道は凸凹で、いくら山道に強い四駆と言えど乗り心地は最悪である。

 

 そんな四駆の車内にいるのは、アザゼル、リアス、ギャスパー、佑斗――そして、伊織とエヴァだ。運転席のアザゼルがフロントガラス越しに視界を閉ざす濃霧へ鬱陶しげな眼差しを向けている。助手席にいる佑斗は、ずっと地図と睨めっこだ。秘境ともいうべきこの場所で迷子にならないようにナビ役をするのは相当神経を使いそうである。

 

「全く……助けを求めてきたくせに迎えもなく、こんな悪路を進ませるとは……あの小娘、もう少し礼儀というものを教えてやるべきだったか……」

 

 車内にエヴァの愚痴が響く。その目はここにはいない美貌の少女に向けて剣呑に細められていた。それに対して、伊織、アザゼル、ギャスパーが、それぞれ反応を返す。

 

「いやいや、止めてやれよ、エヴァ。あの子、最後の方は涙目だったじゃないか。あれ以上やったらトラウマになるぞ。吸血鬼が吸血鬼にトラウマとか……あの子、生きていけなくなるって」

「ああ、あれは心臓に悪かったぞ。頼むから吸血鬼側と戦争になるような事は止めてくれよ。今は同盟にとってマジで大切な時期なんだからよ」

「うぅ、エヴァンジェリンさん恐かったですぅ~」

 

 よっぽど恐かったのかギャスパーは思い出し涙目になっている。リアスや佑斗は苦笑いだ。

 

「ふん、むしろ私としてはあの程度で済ませてやったつもりなんだがな。人の夫を侮辱したのだ。本来なら氷漬けにしてやるところだ」

「エヴァ……」

 

 なお不機嫌そうに鼻を鳴らすエヴァに、伊織は目を細めながらそっと手を伸ばした。その指先が優しくエヴァの頬にかかった輝く金糸を払い、そのまま頬を撫でる。途端、エヴァの頬はほんのり赤みを帯びて。目尻も、どこか甘えるようにトロンと下がった。

 

 突然出現した桃色空間に、アザゼルは「やってられるか」と舌打ちをし、リアスはここにいない恋人を想って少し羨ましそうな表情になった。ギャスパーは恥ずかしげに両手で顔を覆っているが、指の隙間からしっかり覗いている。

 

 伊織は、機嫌を直し猫のように伊織の愛撫を受ける愛らしいエヴァを見つめながら、ここに来る事になった原因である数日前の事を思い出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 アザゼルから連絡があって数日後、伊織達は吸血鬼との会談に参加するため駒王学園は旧校舎、そのオカルト研究部の部室にやって来ていた。和平同盟の参加要請を無視し続けた吸血鬼側が、エヴァの参加を条件に会談を開いてもいいと連絡してきたらしく、アザゼルから懇願されたためである。

 

 なお、この場には、アザゼルとグレモリー眷属の他、天界側の御使いグリゼルダとイリナ、ソーナ・シトリー率いる生徒会メンバーもいる。

 

 実のところ、吸血鬼とアザゼル達の同盟会議に伊織達が参加するというより、エヴァとの会談にアザゼル達が参加しているという方が正しい認識かもしれない。ただ、その場合、なぜ吸血鬼側が直接伊織達にアポイントを取らず同盟側を仲介して接触してきたのか明確な理由はわからなかった。

 

 それ故に、アザゼル達は、吸血鬼側にきな臭さを感じているようで相当警戒心を高めているようだ。

 

 元々、吸血鬼というのは、純血の吸血鬼とそれ以外に世界を分けて、自分達を至高の存在とし、他は家畜かゴミとする価値観を持っており、極めて排他的で閉鎖的な種族だ。その為、最初からいい印象がない事も、警戒心に拍車を掛けている理由なのだろう。

 

 しばらく吸血鬼に関する基本情報をアザゼルから雑談交じりに聞いていた伊織達だったが、不意に冷たい気配を感じてスッと視線を遠くに向けた。どうやら吸血鬼御一行が到着したようだ。リアスの指示を受けて佑斗が出迎えに行く。

 

 やがて、佑斗の恭しい言葉と共に部屋の扉が開けられ、そこから最高級ビスクドールのような美貌の少女が二人の男女を背後に引き連れて入ってきた。見れば足元に影はなく、美しくはあるがまるで生気の感じられない青白い顔色をしており、生命力というものを一切纏っていなかった。正真正銘、純血の吸血鬼だ。

 

 豪奢なドレスを纏ったお姫様のような吸血鬼の少女は、その瞳に凍えるような冷たさと傲慢さを宿して優雅に挨拶をした。

 

「ごきげんよう、三大勢力の皆様。お会い出来て光栄です。私の名はエルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼び下さい」

 

 光栄と言いつつ、その視線にその感情をあらわす色は皆無だ。代わりに、横柄な態度を崩しもせず足と腕を組んだまま興味深げに己を観察するエヴァに対してだけ、同じく興味の色を宿した眼差しを向けた。

 

「カルンスタイン……吸血鬼の二大派閥、カーミラ派とツェペシュ派の内、カーミラ派の最上位クラスの家だな。純血で高位の吸血鬼に会うのは久しぶりだ」

 

 アザゼルがエルメの立場を説明してくれる。どうやら、それなりに気合の入った会談の要請だったようだ。

 

 ちなみに、カーミラ派とは女尊主義の派閥でツェペシュ派は男尊主義の派閥のことだ。今も純血種を前に緊張でガチガチになっているギャスパーはツェペシュ派の家に生まれたハーフである。

 

「それで、いきなりで悪いが俺達との会談を望んだ理由を教えてくれ。今まで、散々こちら側の要請を蹴っておいて、今更、なぜ接触を図った? 会談を開く条件にエヴァンジェリンの参加を要請したのは何故だ?」

 

 エルメは、再び、チラリとエヴァに視線を向けると、一度瞑目し端的に答えた。

 

「エヴァンジェリン・A・K・東雲の力をお借りしたいのです」

 

 その言葉に、やはり単なる興味以上の理由があったかと、一同は半分納得、半分頭痛を堪えるような表情になった。それは、排他的でプライドがエベレストより高い純血の吸血鬼をして外部の手を借りる必要があるような事態に見舞われているということ示しているからだ。

 

「……吸血鬼側に何があった? 順を追って説明してくれ」

「いいでしょう……」

 

 説明を求めるアザゼルへの回答を要約すると、つまりこういう事らしい。

 

 ある日、ツェペシュ側に生命に関する神滅具【幽世の聖杯】を発現した吸血鬼が現れた。ツェペシュ側は、聖杯の力を使い、純血種の弱点である陽の光や白木の杭、銀や十字架といったものを克服し、極めて滅びにくい体を手に入れた。それは吸血鬼の誇りを捨て、価値観を根底から覆すような唾棄すべき事らしい。

 

 しかも、弱点を克服し本来の吸血鬼としての力と相まって強力になったツェペシュ派の吸血鬼はカーミラ派を襲撃までしたらしい。既に被害が出ており、正真正銘不死身に近い肉体を手に入れたツェペシュ派に、カーミラ派は相当マズイ状態へ追い込まれているらしかった。

 

 そこで、最近何かと耳に入る奇異な吸血鬼であるエヴァンジェリンに協力を要請しに来たというわけだ。吸血鬼の閉鎖的な思考は、他勢力への助力を望まないが同じ吸血鬼であるエヴァなら構わないと言うことらしい。あくまで内部抗争を同族だけで始末したいのだろう。

 

 エヴァは異世界の【真祖の吸血鬼】であるから、吸血鬼らしい弱点はない。当然、エルメが挨拶の時に一瞬視線を向けたエヴァの足元には影があり、それは、この世界ではハーフである証だ。つまり蔑みの対象である。実際、エルメのエヴァに向ける視線にも、既にギャスパーに向けるのと同じ侮蔑の感情が入っている。

 

 そんな感情を隠しもしないくせに堂々と力を貸せというのだから純血種の価値観がよく分かるというものだ。エヴァも、その辺を見極めたようで、末にエルメを興味の対象から外してしまったようだ。どうやら、つまらない、取るに足りない相手と見切りをつけたらしい。

 

 エルメがエヴァに語りかける。

 

「エヴァンジェリン。あなたの事を調べさせてもらったわ。……しかし、それは徒労に終わった。少なくともカーミラ側では何一つ、あなたが存在した痕跡を見つけられなかった。可能性として考えられるのは、あなたがツェペシュ派の生まれであり、忌み子として徹底的に隠され、挙句、追放されたというもの。違うかしら?」

 

 全くの的外れである。エヴァの出身は平行世界なのだから当たり前だ。しかし、そんなことを知る由のないエルメとしては妥当な推測だろう。もちろん、出奔した吸血鬼と人間との間に出来て人間界で生まれた吸血鬼という可能性もないではないが、いずれにしろ大外れである。

 

「さぁ? どうだろうな?」

 

 しかしエヴァは、お前に何か興味ねぇ! と言わんばかりにそっけない返事をする。エルメはそれを肯定ととったようだ。我が意を得たりと滑らかに舌を滑らせる。

 

「回復系神器の禁手化に優れた魔法も使うと聞いているわ。その力でカオス・ブリゲードを幾度も退け、三勢力のお歴々も一目置いているとか。……あなたがその力を私達カーミラ派の為に役立てるというなら、相応の扱いを約束して上げましょう。もう、家畜共に紛れて暮らす必要はないのよ。……来てくれるわね?」

 

 質問ではなく確信に満ちた一応の確認。そんな雰囲気でエヴァが自分達に協力するのは当然といった傲慢さを見せつけるエルメ。ハーフ如きが、高待遇を約束されて飛びつかないわけがないと、エヴァを完全に見下している。

 

 一方のエヴァは、エルメが“家畜”と言った瞬間、隣に座っている伊織に一瞬視線を向けた事に気が付き、ボルテージをふつふつと上げているようだ。剣呑な雰囲気を纏いながら鼻を鳴らして端的に返答する。

 

「断る」

「……なぜかしら? カーミラ派が信用できないのかしら?」

 

 やはり的外れなエルメの疑問に、エヴァは小馬鹿にしたような眼差しを向けた。

 

「世界の色を二色しか持たんようなつまらん種族に興味はない。それとな、小娘。私の前で、二度と私の家族を“家畜”と呼ぶな。……挽き肉にするぞ?」

 

 にわかに溢れ出るエヴァの殺気。エルメと護衛と思しき二人の吸血鬼が思わず体を強ばらせる。しかし、エルメは純血種の意地からか直ぐに居住まいを正すと、これまで以上に侮蔑の、いや、むしろ汚らわしいものを見るような眼差しをエヴァに向けた。

 

「……やはり所詮は雑種ね。既に汚れきっている可能性は考えていたわ」

 

 そう言うと、背後の護衛に合図をして一枚の紙を持ってこさせた。そして、それをスッとアザゼル達の前に差し出す。

 

「っ……これは……カーミラ側の和平協議についてか」

「ええ、我らの女王カーミラは長年の不和を憂いて休戦を提示したいと申しております」

 

 脅迫だった。つまり、エヴァが協力しなければ和平協議はしないということだ。

 

 エヴァは、所属としては退魔師協会なので人間側というべきである。なので、和平同盟を盾に取られても直接的には何の痛痒も感じはしない。

 

 しかし、友人であるアザゼル達が困るのは確実だ。そして、そんな友人を決して無碍にしないのが伊織であり、その妻であるエヴァなのだ。すなわち、的確に心理を突いた間接的な強制なのである。

 

 きっと、過去を一切調べられなかった分、“今”のエヴァについて徹底的に調べ上げたのではないだろうか? そして、その行動原理を知り、利用に出た。

 

 それを証明するように、唇を吊り上げたエルメが追撃をかける。

 

「ちなみに、神滅具に目覚めた者の名はヴァレリー・ツェペシュです。……確か、ギャスパー・ヴラディの大切な幼馴染でしたね? お友達が大変な事になって……心中お察しします」

「そ、そんな、ヴァレリーが、なんで……」

 

 心中察すると言いながら、唇の端は吊り上がったまま、その視線は激しく動揺するギャスパーに向けられてもいない。視線の先には伊織とエヴァ。愉悦に浸った瞳が言外に伝える。「ほら、お友達が皆、困っているわよ?」と。

 

 それに対して、伊織は隣をチラリと見て苦笑い気味に頬を掻いた。そして、その視線の先のエヴァは面白げに口元を緩めた。想像していたような悔しそうな表情でも、怒りを孕んだ表情でもない二人にエルメが訝しそうな表情になる中、エヴァの緩んでいた口元がニィイイと吊り上がった。背後に控えていたミクとテトが「エヴァちゃんのドSスイッチが……」と呟きながらエルメに同情の視線を向ける。

 

「クックックッ、小娘、中々面白い趣向じゃないか。こちらの信条を突いてくるとはな。道理で私に用がありながら、こいつらを同席させたわけだ。人間側とは言え、少し調べれば私達が和平同盟に協力するため奔走しているのは容易に分かること。その行動理由もな」

「さぁ? 何のことかしら?」

 

 澄まし顔でうそぶくエルメに対し、更に頬を歪めるエヴァは指をタクトのように振りながら言葉を続ける。

 

「しかし、一つ疑問がある。“助けを求められたら手を差し伸べる”という私達の、まぁ、正確には伊織のだが、その信条を調べておきながら、なぜ、こんなまどろっこしい事をした? 一言“手を貸して欲しい”と言えば、伊織は断らん。吸血鬼のみで解決したいのだとしても、私だけに手を貸して欲しいと頼めば、いやとは言わなかっただろう」

「……」

 

 無言のまま何も答えないエルメ。エヴァの質問を無視するように、自分達がエヴァを動かす為に利用されたと理解し歯噛みするアザゼル達へ視線を向け、同盟やヴァレリーの事を考えるなら精々頑張ってエヴァを説得しろと視線で伝える。

 

 そして、アザゼル達が何かを言う前に、話は終わったと席を立った。

 

「私からは以上です。解釈はお好きなように。よいお返事を期待していますわ。それではみな『座れ』……」

 

 辞そうとするエルメの挨拶を遮るように、エヴァが命令をする。それに不快げな眼差しを向け直したエルメにエヴァはもう一度命じた。

 

「聞こえなかったか? では、もう一度言ってやろう。“座れ”」

 

 その瞬間、エルメはエヴァの命令に従うように素早く腰を落とした。

 

「っ!? ……なっ、これはっ」

 

 その表情は驚愕に歪められており、座った事が全く本人の意図ではなかった事が分かる。

 

「エルメ様!?」

「どうなさいました!?」

 

 主の異変に気がついた護衛の吸血鬼二人が慌てたようにエルメのもとへ駆けつけようとした。

 

 だが、

 

「お前達もだ。そこに“正座”してろ」

「なっ!?」

「馬鹿なっ!?」

 

 同じく、エヴァが命令した瞬間、そのまま部屋の床に正座してしまった。二人もエルメと同じく、自分が正座した事に驚きをあらわにしている。

 

「クックックッ、素直なのはいい事だ。では、もう一度聞こう。なぜ、直接頼みに来なかった?」

「っ、そんな事より、私に何をしたのかしら? 体の自由をうばっ『ペシンッ!』きゃ!?」

 

 エヴァの質問を無視して強制的に座らされた原因を詰問しようとしたエルメは、その言葉の途中で自らの手で自らの頬を張り飛ばし言葉を詰まらせた。再び、信じられないといった表情で勝手に動いた己の手を見つめるエルメ。

 

 周囲に視線を巡らせば伊織達とアザゼル以外全員目を丸くしてエルメを見つめている。アザゼルだけはエヴァが何をしているのか検討が付いているのか天を仰ぐように片手で目元を覆ってしまっている。

 

「ふむ。答えないなら私が代わりに答えよう。――単純にプライドが許さなかった。それだけだろう? 外で人と暮らす私はもちろんの事、家畜としてしか見ていない伊織になど、それこそ死んでも頭を下げたくない。だから、周囲の者を利用した。むしろ、協力させて欲しいと私達に言わせたかった。そういうことだろう?」

「そんな事はどうでもいいでしょう! それより早く解放しなさい! 特使たる私にこんなことをしてただで済むと」

「閉鎖的なお前たちが外部に頼らねばならんほど窮地にありながら、何が出来るというのだ? んん? ちなみに私は、お前達の想像より遥かに強いぞ?」

 

 怒りと屈辱に表情を盛大に歪めるエルメ。プライドの塊のような彼女にとって体の自由を奪われ見下されるのは耐え難いものがあるのだろう。

 

 しかし、この程度でドSモードのスイッチが入ったエヴァが手を緩めるわけがない。エヴァは、更に“いい笑顔”になる。

 

 その様はまさに、

 

――悪 ☆ 者 ☆ 全 ☆ 開 ♡ 

 

 その笑顔を見て悪寒に襲われたのかエルメが身震いする。そして、遅まきながら「あれ? 私ヤバクない?」と感じたのか頬を盛大に引き攣らせる。

 

 そんなエルメを尻目にエヴァは指をタクトのように振るった。【隠】で秘匿されたオーラの通った極細の糸がエルメに本意でない命令を与える――念能力【人形師】である。

 

「仕方ない。素直でないお前達に私が“頼み方”というものを教えてやろう。感謝するがいい。さぁ、まずは跪いて頭を垂れろ。深く深く、地に額を擦りつけるようにな?」

「うぅ! うぅうう!!」

 

 エルメはその言葉通り席から立ち上がるとエヴァの前まで行き床に膝を落とした。唇や舌の動きまで主導権を支配されてしまったようで、可愛らしい唸り声しか挙げられていない。主の窮地に護衛二人が必死の形相になっているが、こちらも唸り声だけで何も出来ないようだ。

 

「あぁ~、エヴァンジェリン? もうそれくらいに……」

「ア゛ァ゛?」

「いや、何でもない……」

 

 見かねたアザゼルが、堕天使の総督らしくないおずおずとした口調で諌めようとするが片目を眇めたエヴァの睨みと苛立ちの混じった声音に直ぐに引いた。一誠達が「先生のヘタレ!」と視線で責める。

 

 そして、その間に遂にエルメはエヴァに頭を垂れてしまった。

 

「うぅ~、うぅ~」

「うむ。理解したか? それが“頼み方”というものだ」

 

 怨嗟の籠った唸り声を上げるエルメ。エヴァが顔を上げさせると、それだけで射殺せそうな憎しみすら籠った眼光をエヴァに向ける。そして、土下座したんだから、さっさと戒めを解け! と無言で訴える。

 

 しかし、ここで手を緩めないのがエヴァクオリティー。

 

「クックックッ。いい眼だ。……では、次は私の足を舐めろ。犬のように舌を抜き出して、尻を振りながらなぁ!! ふはっ、ふははははははっ!!」

「!? うぅ!! うぅううう!!」

 

 エルメの目が大きく見開かれた。そして、高笑いするエヴァを前に、絶望したように瞳が焦点を失っていく。

 

 目を細め口元を三日月のように裂きながら、実に悪どい哄笑を上げるエヴァの姿は、悪魔より悪魔らしかった。悪魔であるはずのグレモリー眷属とシトリー眷属がドン引きするほどに。

 

 美貌のエルメが四つん這いになって、その小さな舌を出し、もう少しでエヴァの靴に届くというその瞬間、

 

ベチコンッ!!

 

「ぶべッ!?」

 

 流石に見かねた伊織の、デコピンがエヴァの額に炸裂した。涙目で額をさするエヴァは、伊織を睨みながら抗議する。

 

「何をする! 痛いだろうが!」

「いや、流石にやりすぎだろう。この娘、目が虚ろになってるじゃないか」

「ふん、家族を家畜呼ばわりされ、友人を利用されたんだぞ。これくらいの報いは当然だ」

 

 拗ねたようにプイッとそっぽを向くエヴァに、伊織は苦笑いをこぼす。エヴァの憤りの理由が分かっていた為に伊織も静観していたのだ。拗ねたエヴァの頬を、感謝と愛おしさを込めてそっと撫でる。一瞬で機嫌が直るエヴァ。

 

 他人が見ればむず痒い思いをすること間違いなしの雰囲気を醸し出す二人だが、その足元で、エルメが足を揃えて崩れ落ちているので果てしなくシュールだ。実に哀れを誘うその姿は、まるで暴行にでもあったかのよう。

 

「うぅ、うぅ」

「ん? もう動けるだろ? 用件は分かったからもう帰れ」

 

 あんまりな物言いだが、未だにショックが抜けきらない様子のエルメは反論することもなくフラフラと立ち上がって出口に向かう。しかし、いざ扉から出て行こうという時になって、最後の意地が口を動かしたのか捨て台詞を吐いた。

 

「……この屈辱、決して忘れませんわ」

 

 そう言って振り返らず出ていこうとし……エヴァの指がクイッと動く。

 

 直後、

 

ビターーン!!

 

「はぅうう!!」

 

 エルメは転けた。両手をバンザイの状態にして、それはもう盛大に顔面から。ビターン! とギャグのような音を響かせて。

 

 静寂が周囲を支配する。伊織がエヴァの大人気の無さに溜息を吐き、エヴァはニヤニヤと笑っている。エルメの護衛二人は凍りついたように固まっていて、それはアザゼル達も同じようだ。

 

 やがて、ピクピクと動き出したエルメは、ゆっくりと立ち上がった。そして、肩越しにエヴァをキッ! と睨みつける。その紅玉のような瞳の端には今にも零れ落ちそうな光るものが……

 

 睨むエルメに向かって、エヴァはニヤァーと笑って見せつけるように指をクイクイと動かす。エルメは、一瞬ビクッと震えたあと、零れ落ちそうなそれを隠すように顔を背け、ぷるぷると震え始めた。

 

 そして、

 

「無礼者ぉおおお!! うわぁああああん!!」

 

 叫びながら夜の闇の中へと走っていった。

 

「エ、エルメ様ぁあああ!!」

「お待ち下さいぃいい!! 姫様ぁあああ!!」

 

 二人の吸血鬼もエルメを追いかけて姿を消した。

 

 やって来た時の冷たく静かな気配はどこに行ったのか。しばらくの間、駒王学園の夜闇に、吸血鬼の泣き声が木霊していた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 伊織達が、山道をえっちらおっちら進み濃霧を越えた先は一面雪景色だった。

 

「どうやらカーミラ領に入ったようだな。どこかに迎えが来ているはずだが……」

 

 アザゼルが雪にタイヤを取られないよう注意しながら、そう呟く。

 

 伊織達は、まず救援要請のあったカーミラ領に赴く事になっている。リアス達は、ギャスパーの幼馴染であるヴァレリー・ツェペシュに用があるわけだが、ひとまずカーミラ領である程度、ツェペシュ側の動き教えてもらう予定なので行動は同じだ。

 

 しばらく舗装された道を進んでいると前方に黒塗りの自動車と人影を捉えた。アザゼルが、すぐ近くに車を止める。

 

 そこにいたのは、マイナスに入っていそうな気温の中でも以前見たのと変わらないドレス姿のエルメだった。護衛らしき二人もいる。

 

「ようこそカーミラ領へ。皆さん、お待ちしておりました。もっとも、我らとしてはエヴァンジェリンだけでよかったのですが……」

 

 侮蔑の眼差しを隠そうともしないエルメ。相変わらず純血種以外には気温と同じくらい冷たい態度だ。

 

「ほぉ、そんなに私に会いたかったのか? んん? また遊んでみるか?」

「っ!? いえ、結構です! さぁ、案内しますから、遅れないで下さい!」

 

 エヴァの言葉と表情に、エルメはビクッ! と体を震わせるとギュウウと唇を噛み締めてから声を荒らげて踵を返した。どうやら、エヴァに対して相当な苦手意識を持ってしまったらしい。吸血鬼らしい超然とした静かな気配が一瞬で崩れ、ろくに反論もしないまま逃げるように自分の車に乗り込んでいく。

 

「まるでイジメっ子とイジメられっ子の構図だな……エヴァンジェリン。頼むからカーミラの女王を前に問題を起こさないでくれよ」

 

 アザゼルの疲れたよう声が響く。エヴァはそんなアザゼルにも相手次第だなっと実に不安になる言葉を送った。頼みの綱は伊織だけである。そんな視線がエヴァ以外の全員から向けられ、伊織は苦笑いをするしかなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 結果として問題は起こった。

 

 但し、エヴァが引き起こしたものではない。カーミラの女王との会談中にツェペシュ派の吸血鬼が襲撃して来たのである。

 

 そしてそれらをあっさり撃退し、負傷したカーミラ派の吸血鬼を瞬く間に全快させたエヴァにカーミラ派の者達は一目置いたようだ。

 

 それも当然かもしれない。迎撃に出ようとした者達を制止し、ただ一人、無人の野を行くが如く、超人的な身体能力で襲いかかるツェペシュ派の吸血鬼達を極限の合気術でいなしてはそのまま力を返し、不死性など何のそのと片っ端から氷の柩へ閉じ込めていく威風堂々とした姿は、むしろエヴァこそ女王という感じであった。

 

 銀色の世界に墓標の如く突き立つ氷柩。その中で物言わぬ標本となっている吸血鬼達。自分達が言い様にやられた弱点なき彼等を歯牙にもかけないエヴァに、カーミラ派の吸血鬼達は希望を見たような眼差しを送った。エルメだけは不本意そうだったが。

 

 そんな中、ツェペシュ派の情報が入る。どうやら、ツェペシュ派の中でクーデターが起こり、ヴァレリー・ツェペシュが王に即位したようなのだ。その情報をもたらしたのは王都を追われた前王一派であるから確かな情報だろう。

 

 男尊主義の派閥で女王が即位する。明らかに異常事態である。情報を整理したアザゼルの推測では、十中八九、カオス・ブリゲードが関わっているとの事だった。一誠達が襲撃を受け、それにカオス・ブリゲードが関わっていた事も推測を後押ししているのだろう。

 

 そんなわけで、伊織達は、カオス・ブリゲードと通じた現ツェペシュ派からカーミラ派を守るため、また、ギャスパーの幼馴染に起きている異常事態から彼女を助けるため、急遽、ツェペシュ派のもとへ向かうことになった。

 

 伊織達が現在いる場所は、ツェペシュ領の城内である。意外にも、ツェペシュ派が出迎えて案内してくれた。町中には混乱も破壊痕もなくクーデターが起きた様子は微塵もない。王をすげ替えるだけのような静かなクーデターだったようで、それだけ新生ツェペシュ派には余裕があるのだろう。あるいは、伊織達を懐に入れても問題ないような何かが待ち受けているのか……

 

「こちらが謁見の間です。中央にお進み下さい」

 

 案内役の吸血鬼が荘厳な両開きと扉を脇に控えていた兵士二人に命じて開けさせる。

 

 レッドカーペットの奥、玉座には二十歳くらいに見える濃いブロンドを一本に纏めた美女と言っていい女性が座っていた。その両脇には、同じく美貌の男性吸血鬼が数人控えている。

 

 玉座の女性を見て、ギャスパーが頬を緩めると同時に瞳を悲しげに潤ませた。中央まで歩みを進めた一行に、玉座の女性が挨拶をする。

 

「初めまして、皆様。ヴァレリー・ツェペシュと申します。えーと、一応、おうさま? になりました。以後、よろしくお願いします」

 

 微笑む新生ツェペシュの女王ヴァレリー。

 

 しかし、その瞳はどこまで空虚だった。

 

 

 

 




いかがでしたか?

少々、強引な介入となりましたが、何時もの如く皆さんの温かく華麗なスルーを期待しております。

さて、エルメちゃん涙目の回。
イジメっ子エヴァちゃんの前で、あの態度はいけませんでしたね。

そして、久々にこの作品の評価を見た作者も涙目……
いつの間にか評価1が量産されとる(汗
やりたい放題故に仕方なしとも思うのですが、ちょっと凹みましたorz
しかし、作者は止まりません。このまま妄想のままに駆け抜けます。


感想有難うございます。
楽しいとか、面白いとか、ツッコミなど書き込んで下さり嬉しい限りです。
次の世界は~という話題が早くも出ているようですが、作者的はやっぱり原作リリなのですかね~
崩壊しまくった原作をどう処理するべきか……
まぁ、取り敢えずは、ハイスク編を完結させますね。
最後まで楽しんでもらえれば嬉しいです。

明日も18時に更新します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。