重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第54話 魔獣VSグレモリー眷属

 広大な荒野のただ中に、十人の人影がかなりの距離を置いて対峙している。

 

 ここはレーティングゲームにも用いられる、特別頑丈な作りになっている専用空間だ。会議の後、即行で連れて来られた事から、おそらく最初から何らかの形で伊織を戦わせるつもりだったのだろう。ルールもレーティングゲーム同様、ダメージ量による強制転移機能とアナウンス機能が付いている。

 

 対峙しているのは一人と九人。言わずもがな、伊織とリアス眷属の面々である。

 

「……ホントに全員とやるのかよ」

 

 もっともな事を、一誠がポツリと呟いた。それに対し、戒めるように返したのは一誠の主様であるリアスだ。

 

「一誠、同情も手加減も禁物よ。【魔獣創造】は本来、多数相手にこそ真価を発揮する神滅具。上の方々も、だからこそ私達全員を相手にさせたのでしょう。それに……彼は、途轍もなく強いわ」

「部長……うっす。わかってます。正直、同じ神滅具を持ってるのに一人じゃ相手にならないって言われたのは悔しいですけど……例えチームでも、伊織に勝って見返してやります!」

「ええ、その調子よ一誠。彼の実力を確認する為とは言え、噛ませ犬になる必要なんてないわ。全力で打倒しましょう! みんなもいいわね!!」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 リアスの号令に、眷属達は威勢よく返事をする。その瞳には、勝利を掴もうという熱い意欲が激っていた。

 

 一誠達からそれなりに距離を開けた直線上で、そんなやり取りを聞いていた伊織は、どうやら本気で自分を倒しに来るようだと理解し苦笑いを浮かべる。普通に考えれば、いくら神滅具所持者とは言え、人間相手に、実力的には上級悪魔クラスである上、それぞれ規格外の特質を持つ悪魔十人を相手させるなどどうかしている。

 

 伊織としては少々、自分に対する評価が高すぎやしないかと愚痴を零したくなる気分だった。おそらく、リアスの言った推測もあるのだろうが、あの場の神仏を相手にする覚悟があるという伊織の発言に対する、ちょっとした仕返しではないだろうかと、伊織は内心で考えていた。不遜な若造に、ちょっとばっかし無茶を吹っかけてやろうと。

 

「さて、多勢に無勢は初めてではないけれど、手札を安易に晒すのは少々癪だな。取り敢えず、神器だけでどこまで出来るか……やってみようか」

 

 伊織は、そう呟いて、己の影に語りかけるようにそっと視線を向けた。

 

 その直後、何処からともなくアナウンスが流れ戦闘開始のカウントダウンがなされた。刻一刻と減っていくカウントに、伊織は自然体のままだが、リアス達は緊張感を滲ませる。

 

 そして、遂に……カウントがゼロになった。

 

「木場ぁ!!」

「ああ、行こう!!」

 

 グレモリー眷属自慢のフロントアタッカー二人が、一気に飛び出した。一誠は禁手化して【赤龍帝の鎧】を纏い、背中の噴射口からブーストした魔力を噴出して、佑斗は二振りの聖魔剣を手元に作り出して神速で駆ける。

 

 瞬く間に距離を詰めた二人は、自然体のまま佇んでいる伊織にその拳と聖魔剣の暴威を振るった。

 

 しかし、

 

ギィイイイイイ!!

 

「っ!?」

「これはっ!?」

 

 赤龍帝の拳と聖魔剣は、伊織に当たる寸前で不可視の力場に阻まれ完全に塞き止められていた。伊織の肩には、いつの間にかデフォルメされた小さな少女っぽい姿の魔獣が腰掛けている。

 

――魔獣 クイーンオブハート 【アイギスの鏡】

 

 攻撃箇所を中心に波紋のように力場が波打ち、金属同士が擦れ合うような衝撃音が響く中、一誠と佑斗から驚愕の声が上がった。

 

 同時に、

 

「ナイトにはナイトを、ドラゴンには魔獣で相手をさせてもらおう。来い、ナイト! ジャバウォック!」

 

 伊織の号令が響く。その影からナイトとジャバウォックが飛び出した。

 

 ナイトは、その光り輝く超振動の武器【ミストルテインの槍】を佑斗目掛けて横薙ぎに振るい、反対側では、ジャバウォックが一誠に向かってその凶爪を振るった。

 

「くぅうう!!」

「うわぁああ!!」

 

 咄嗟に聖魔剣を盾のように創造し身を守ろうとした佑斗だったが、超振動の破砕機能によって尽く破壊され、その衝撃で盛大に吹き飛ばされた。

 

 一誠の方も、ジャバウォックの爪によってあっさり装甲を引き裂かれ、更に追撃の体当たりを受けて遥か後方へと吹き飛んだ。

 

 ナイトとジャバウォックは、そのままそれぞれの獲物に向けて追撃をかけた。

 

 と、その瞬間、伊織に向かって幾百の閃光と消滅の魔弾、雷光が襲いかかった。ロスヴァイセの北欧魔術によるフルバーストは、量産型とはいえミッドガルズオルムを粉砕できるほどの威力。そしてリアスの消滅魔力は言わずもがな、朱乃の雷光も北欧の悪神にすら痛手を負わせる威力がある。

 

ズドォオオオオオオオオオオン!!!

 

 いくらクイーンの【アイギスの鏡】と言えど、耐え切るのは少々厳しい。一誠達を攻撃した瞬間を突いた為、伊織は回避行動にも出ておらず、その破壊の嵐は伊織に届いたかに見えた。

 

「みんな、気を引き締めて! この程度のはずは……」

 

 しかし、リアスは警戒を弱めない。この程度で伊織がノックアウトされるなど露ほどにも思っていないらしい。相手の状態を確かめるまで気を抜かない姿は、今までの経験の賜物だろう。

 

 そのリアスの警戒が正しかった事は、次の瞬間、砲撃じみた雷撃が放たれるという形で証明された。

 

「きゃぁああ!!」

「っ、アーシア!?」

 

 アーシアを狙った雷撃を開幕の一発を我慢して守護に徹していたゼノヴィアが聖剣デュランダルの聖なるオーラで辛うじて切り払う。だが、その直後、ゼノヴィアをその場に磔にするように荷電粒子砲(手加減バージョン)がガトリングガンの掃射の如く放たれた。

 

「ぐぅうう!!」

「ゼノヴィアさん!!」

「だ、大丈夫だ! それよりアーシア! 私の後ろから出るなよ!」

 

 デュランダルの剣腹を盾にして聖なるオーラを以て猛攻を防ぐ。アーシアは、グレモリー眷属の要だ。【聖母の微笑】による回復があるのとないのとでは戦い方が全く異なってくる。失うわけにはいかない重要人物だ。故に、当然、その弱点を伊織は容赦なく突く。

 

 リアス達が、砲撃の飛んでくる方に視線を向ければ、そこには骸骨のような容貌に巨大な骸の手を合わせて砲撃を連射している魔獣の姿を捉えた。【魔獣:マッドハッター】である。

 

「くっ、やっぱり仕留められてない。彼はどこにっ」

「リアスっ!!」

 

 リアスが歯噛みしながら伊織を探して視線を巡らせた瞬間、朱乃から焦燥に満ちた警告が響いた。

 

 慌てて背後を振り返れば、視界いっぱいに広がる黒い斑点……それは幾百幾千という針の群れだ。

 

――魔獣 ドーマウス 【魔弾タスラム】

 

 その小さな針全てが絶大な威力を秘めたミサイルである。小さく余りに多い為に宙に浮かぶ斑点に見えたのだ。

 

 斑点に埋め尽くされた空間の奥には、伊織の姿も見える。その頭には、三本のカギ尻尾を持った悪戯っぽい笑みを浮かべる猫を乗せていた。先ほどの魔法の集中攻撃は、この魔獣【チェシャキャット】の空間転移によって回避し、同時に死角に回り込んで【魔獣ドーマウス】の魔弾を放ったのだ。

 

 小さな針と言えど、その危険性を本能的に感じ取ったリアスは総毛立った。

 

「ぼ、僕だってグレモリー男子なんだぁ!!」

 

 あわや直撃かと思われたその時、小さな美少女見紛う最後のグレモリー男子――ギャスパーが雄叫びを上げながら、その瞳を光らせた。

 

 途端、無数の魔弾が空中で静止する。ギャスパーの神器【停止世界の邪眼】。その時間停止の効果だ。

 

「っ、ナイスよ! ギャスパー! ロスヴァイセ、威力は度外視でいいわ! 上空から手数重視で彼を釘付けにして! 転移されても決して手を緩めてはダメよ!」

「わかりました!」

 

 チェシャキャットの転移能力が厄介だと判断したリアスが、上空からの俯瞰視点で伊織を狙い撃ちし続けるようロスヴァイセに指示を出す。ロスヴァイセは、その指示に頷いて勢いよく空へ駆け上がった。

 

 直後、

 

「きゃぁああ!!」

 

 天高く上がったロスヴァイセに音速の衝撃が襲いかかった。錐揉みしながら宙を吹き飛び、それでもどうにか衝撃に痺れる体を叱咤して体勢を立て直したロスヴァイセの目に、背中から翼を生やした兎をデフォルメしたような姿の魔獣が飛び込んでいきた。

 

――魔獣 ホワイトラビット

 

 既に、原作のホワイトラビットとは比べ物にならないほどの速度――文字通り神速ともいうべき飛行能力を得ている魔獣ホワイトラビットは、その赤い瞳をキラリと光らせると再び、ロスヴァイセに襲いかかった。

 

「撃墜してあげます!!」

 

 ロスヴァイセを中心に一瞬にして幾百もの魔法陣が浮かび上がり、直後、色取り取りの魔弾が、どこぞ幻想郷における弾幕ごっこの如くホワイトラビットへ殺到した。

 

 視界を埋め尽くす閃光の嵐に、術者の宣言通り、空飛ぶ兎は呑み込まれ地に落とされるかと思われたが……

 

「なっ、何ですか、その変態機動はっ!!」

 

 思わず叫んだロスヴァイセの言葉通り、ホワイトラビットは、高速飛行中にも関わらず体表の形状を微妙に変化させることで空気抵抗を巧みに操り、有り得ない軌道を描いて弾幕の嵐を見事突破して見せたのだ。まさに、変態機動という他ない。

 

 ホワイトラビットは、そのまま驚愕の余り刹那の隙を晒したロスヴァイセへ突進した。発生した衝撃は、咄嗟に障壁を張ったにも関わらずロスヴァイセの内臓にまで衝撃を与え、その息を詰まらせる。

 

 全身を強かに打ちのめされたロスヴァイセは、体が上げる悲鳴を聞きながら、それでも再突入しようと、再び変態機動で反転するホワイトラビットを睨みつけた。そして、一瞬の内に、無数の魔法陣を展開する。

 

「絶対、堕としてやりますっ!」

 

 その宣言と同時に、制空権をかけた戦乙女と魔獣兎の戦いが再開された。

 

 一方、リアス達の方にも新たな魔獣が送り込まれていた。標的は、ハーフヴァンパイアのギャスパーだ。

 

「うぅ、ここは一体何処なんですかぁ~」

 

 泣きが入った声音でそう呟くギャスパーは、何故か、全く見覚えのない街の中にいた。【魔弾タスラム】をどうにか停止させ、ロスヴァイセがリアスの指示のもと飛びたった瞬間、周囲の風景がぐにゃりと歪み、気が付けば何処ともしれないこの街に一人で取り残されていたのである。

 

 立ち止まっていても仕方ない。グレモリー男子たるもの一人でもどうにかしなければ! と己を叱咤して立ち上がったギャスパー。何もない前方をキッ! と睨みつける。もっとも、目の端に光るものが溜まっているので全く迫力がなかったが。

 

「た、たぶん、結界に隔離でもされたんだよね? 何とか脱出して合流しないとっぴゃぁ!?」

 

 意気込み、現状の考察をするギャスパーだったが、突然、奇怪な悲鳴を上げて飛び上がった。その両手はお尻に回されており、更に、抑えた指の隙間からは細い白煙が上がっている。

 

「な、なにっ!? 今、お尻に激痛が」

 

 決壊寸前の目元を拭うことも忘れて振り返るギャスパー。そんな彼のお尻に更なる衝撃が。

 

ビィイイイ!!

 

ジュ!!

 

「ひぃいい!!?」

 

 突然、虚空から照射された細いレーザーがギャスパーのお尻を強襲し再び焦げさせた。二本目の白煙をお尻から上げながら、情けない悲鳴を上げるギャスパー。混乱の極みに達しながら振り返るが、そこには誰の姿もなく、同時に、三度目の熱線がお尻を狙う。

 

「だれっ!? 誰なんですかっ!? 僕のお尻に何の恨みがっ!?」

 

 必死に呼びかけるギャスパーだったが、襲撃者――魔獣マーチ・ヘアは全く容赦せず、執拗にお尻だけを狙い続ける。

 

ビィイイ!! ビィイイ!! ビィイイ!!

 

「ひぃいいい!! やめてぇ! 僕のお尻を狙わないでぇ!!」

 

 軽く焦げ目が付くだけで大したダメージはないのだが、正体不明かつ目に見えない敵から一方的にお尻を嬲られるという事態に、ギャスパーの精神的限界はあっさり超えてしまた。泣きべそを掻きながら、ピャアーーと見知らぬ街の奥へと走り去っていく。現実では、周囲から隠された状態で戦場から離れていっているのだが、それに気がついた者はいない。

 

 ちなみに、マーチ・ヘアがお尻を集中攻撃したのは伊織の指示ではない。断じて、伊織がギャスパーのお尻を狙ったわけではないのだ。

 

 

 

 

 ギャスパーが幻術空間の街を逃げ惑い、現実では一人戦場から離れていっている頃、その現実では、リアス、朱乃、アーシア、ゼノヴィアが絶賛ピンチに陥っていた。小猫は既に、伊織を討たんと飛びかかり、自分ごと巻き込むタスラムの嵐に巻き込まれリタイアしている。伊織本人は【アイギスの鏡】で無事だ。

 

 ゼノヴィアは、マッドハッターによる一方的な掃射からアーシアを守るため足止めをくらい、アーシアは、必死に魔獣と相対するリアスと朱乃を回復している。

 

ギィイイイイ!!!

 

「くぅうう、うるさいのよ!」

 

 周囲に響き渡る不協和音に、リアスがその端正な顔を歪める。そして悪態と共に消滅の魔力弾を、その元凶に撃ち放った。

 

 しかし、直線で進む魔弾は軌道が見え透いており、相手――魔獣グリフォンはあっさり、その攻撃をかわす。そして音波の衝撃を放ちながらそのブレードでリアスを切り裂かんと急迫した。

 

 衝撃波で一瞬体勢を崩したリアスに凶刃が迫る。焦燥を浮かべるリアス。

 

 刹那、グリフォンとリアスの間に稲光が轟音と共に落ちた。その衝撃で後退を余儀なくされるグリフォン。ドーマウスと戦闘中だった朱乃が、リアスのピンチに雷光を放ったのだ。

 

 体制を立て直す時間が稼げたリアスは、逆に体勢を崩していたグリフォンに向かって特大の消滅魔弾を放った。

 

 咄嗟に身を捻ったグリフォンだったが、右肩から先をごっそりと持って行かれてしまった。体幹が狂い崩れ落ちる。

 

 が、一連の攻防における成果は、リアスだけのものではなかった。

 

「きゃぁあああ!!」

 

 リアスに意識のソースを割いた代償に、魔弾タスラムが朱乃に着弾してしまったのである。悲鳴を上げてボロボロの姿で爆炎から放り出される朱乃。

 

「朱乃!」

「朱乃さん!」

 

 リアスとアーシアの強ばった声音が響く。アーシアは直ぐに【聖母の微笑】を発動して朱乃癒しにかかる。

 

「このっ、よくも!」

 

 リアスが怒りの形相で消滅魔力をドーマウスに向けて放った。流石に、タスラムを以て消滅の魔力を相殺するのは厳しいと判断し、伊織は、ドーマウス共々、チェシャキャットによって転移しようとする。

 

「そうはさせませんよ!」

 

 その瞬間、周囲の空間が細波を打ち、更に流星のような魔弾の嵐が伊織を襲った。

 

「ロスヴァイセ!」

「すみません、リアスさん。少し手こずりました」

 

 ロスヴァイセの姿は、“少し”というには随分とボロボロではあったが、それでもどうやらホワイトラビットを下したらしい。伊織が視線を向ければかなり離れた場所でボロボロのホワイトラビットが地に横たわっている。

 

 流石は、北欧の主神オーディンの傍付きを許される程の才媛。一族の特性も無視して攻撃に特化した生粋の戦乙女である。もっとも、その魔力は相当目減りしており、かなり疲弊しているのは明らかだ。おそらく、速度に翻弄されてかなり無駄弾を撃たされたのだろう。

 

 ロスヴァイセとリアスは一瞬の目配せの後、魔弾の豪雨に囚われたドーマウスを置いて転移した伊織を尻目に、それぞれの標的に向かって最大の攻撃を放った。

 

「フルバーストですっ!」

「消し飛びなさい!!」

 

 ロスヴァイセの魔弾フルバーストはドーマウスのタスラムを威力・量共に超えてその身を霧散させた。禁手状態での“アリスの魔獣”は、死にはしないものの粉砕されれば復活にはそれなりに時間がかかる。この戦いでは、既に回収されたグリフォンやホワイトラビットと合わせて、もう戦えないだろう。

 

 そして、リアスの消滅の魔弾は、ずっとゼノヴィアを釘付けにしていたマッドハッターを襲い、ドーマウスと同じくその身を霧散させた。

 

 グレモリー眷属は健在。伊織は四体の魔獣を失いリアス、ゼノヴィア、ロスヴァイセ、アーシア、そしてたった今回復した朱乃と相対することになった。それでも、特に焦燥は浮かべず静かに佇む伊織を睨みながら、リアスが口を開く。

 

「強力な障壁にほぼタイムラグのない転移……厄介ではあるけれど、対処できない程じゃない。みんな、もうひと踏ん張りよ!」

「「「はい!」」」

 

 気合の入ったリアスの号令に、朱乃達も同じく気迫を込めて返す。そして、一斉に攻撃を繰り出そうとした、その瞬間、

 

『リアス・グレモリー様の「騎士」一名、「僧侶」一名、リタイア』

 

「え?」

 

 無常のアナウンスが流れた。それに思わず呆けるリアス達。その隙を伊織が逃すはずもなく、

 

――魔獣 バンダースナッチ 

 

 ジャバウォックと似て非なる氷雪と凍獄の魔獣が顕現する。リアス達の真後ろに。体長三メートルの白き魔獣の肩にはいつの間に悪戯な笑みを浮かべる猫が乗っていた。

 

「っ!? みんなっ」

 

 リアスが指示を出そうとしたその瞬間、吹き荒れるのは極低温の竜巻。バンダースナッチを中心に吹き荒れるそれは、一瞬で周囲百メートルを氷の世界に塗り替えた。

 

 その氷雪の竜巻からボバッと音を響かせて飛び出てきたのは三人。リアスとアーシア、そしてロスヴァイセだ。

 

 体表を凍てつかせたリアス達が表情を歪めて振り返る。竜巻が晴れた後には、氷の柩に包まれた朱乃とゼノヴィアの姿があった。朱乃は雷光を以てリアスを庇い、ゼノヴィアは咄嗟にアーシアを氷結圏外に投げ飛ばしたのである。

 

『リアス・グレモリー様の「騎士」一名、「女王」一名、リタイア』

 

 再び流れるアナウンス。形勢逆転かと思った直後に仲間を四人も一気に失ってしまった。その事実に歯噛みしながらリアスとロスヴァイセが魔弾を放つ。

 

 一直線に伊織を向かうそれは、しかし、

 

――魔獣 ハンプティ・ダンプティ

 

 手抜きイラストのような黒い靄を纏う魔獣に呑み込まれ、直後、そのまま返されてしまった。放った直後の反撃に焦燥を浮かべるリアス。

 

「くぅ、リアスさん、すみません!」

「え?」

 

 咄嗟に、リアスとアーシアを突き飛ばしたロスヴァイセ。その姿が、自身の放った魔弾の嵐と消滅の魔弾に呑み込まれる寸前、光の粒子に包まれて姿を消す。

 

『リアス・グレモリー様の「戦車」一名、リタイア』

 

 そのアナウンスが流れると同時に、バンダースナッチが動き出す。ガパッと開いた顎門から氷結の砲撃を放った。

 

「あっ」

 

 迫る白き砲撃に、リアスは敗北を覚悟する。

 

 その瞬間、

 

『JET!!』

 

「なにしてくれてんだァ、てめぇ!!」

 

 現れたのは流星と化した赤い鎧。赤龍帝一誠だ。速度で優れる「騎士」にすら劣らない速度で駆けつけた一誠は、魔力を纏った拳でバンダースナッチの砲撃そのものを殴り飛ばした。

 

 衝撃音を響かせて消し飛んだ砲撃には目もくれず、そのままの勢いでバンダースナッチに肉薄した一誠は、そのブーストの重ね掛けをした拳を遠慮容赦なく叩き込んだ。

 

 再び、凄まじい衝撃音が響き、バンダースナッチが一撃で消滅する。

 

 一誠は、直ぐにリアスとアーシアのもとに駆けつけた。

 

「部長! 無事ですかっ! アーシアは!?」

「一誠……ええ、私とアーシアは何とか……でも、他のみんなは……」

「イッセーさん。私、回復する暇もなくて……」

「っ!? やっぱり、あのアナウンスは……」

 

 一誠が、ギリッと歯を食いしばった。改めてみれば、その姿は既に満身創痍だ。装甲の至るところが破壊されており、頭部のバイザーも既にない。

 

 伊織が、そんな一誠から視線を逸らせば、後からジャバウォックが駆けつけて来た。どうやら、アナウンスを聞いてダメージ覚悟で振り切って来たらしい。ちなみに、ナイトは佑斗と刺し違える形で消滅している。

 

 アーシアの回復を受けながら、一誠が厳しい視線を――いや、怒りに満ちた眼差しを伊織へ向けた。伊織は、その眼差しを正面から静かに受け止める。

 

「伊織……これが、ゲームだってのはわかってるし、転送された皆が無事だってのも分かってる。でもさ、俺、ちっと我慢できそうにねぇわ」

「……当然だな。道理なんて関係ない。俺がお前の立場なら同じように感じただろう」

「だよな。うん、だから、マジで行くぞ」

「もとより、遠慮の必要なんて微塵もない。……来い、一誠」

 

 合図はない。一拍の後、一誠は、ブーストした莫大な力を以て神速の領域に入り、刹那にして伊織の間合いに入った。

 

「らぁああああ!!」

 

 裂帛の気合と共に繰り出された絶大な威力を秘めた拳は、【アイギスの鏡】に衝突。最初の時と同じく力場に波紋を打たせる。しかし、その結果は違った。

 

ビキビキビキッ! ドパァアアアン!!

 

 拳を中心に亀裂を入れたかと思うと、次の瞬間には障壁を粉砕してしまったのだ。そのまま突き進む拳と伊織の間にクイーンが割り込み、刹那の時間を稼ぐ。伊織が離脱したのと、クイーンが消し飛んだのは同時だった。

 

「うぉおおおお!!」

 

 そのまま追撃に入る一誠。しかし、それを許すほど伊織は甘くない。

 

「グゥガァアアアア!!」

「っ!?」

 

 踏み込んだ瞬間の一誠を狙って、ジャバウォックが絶妙なタイミングの凶爪を振るう。その超振動の爪は、あっさり鎧の装甲を切り裂き、内部の肉体へ浅く届く。

 

「ぎっ!? この野郎っ!!」

『落ち着け、相棒!』

 

 大振りな一撃を繰り出した一誠をドライグが嗜めるが、その拳をがっしりと掌で受け止めたジャバウォックを前にしては遅すぎる忠告だった。ジャバウォックの右手が一誠の腹に添えられる。掌ではない。その甲に付いている砲撃口だ。

 

「しまっ!?」

 

 一誠が魔力を噴出して離脱しようとするが、ジャバウォックは左手でしっかり一誠の拳を握り込んでいる上に爪まで喰い込ませているので逃げられない。直後、

 

「ガフッ!!」

 

 青白いスパークを放つ肥大化した右手から、電磁加速された弾丸が容赦なく一誠の腹に突き刺さった。修復されかけていた装甲は再び激しく損壊する。

 

「一誠!」

「イッセーさん! 今、回復を!」

 

 一誠のピンチにリアスが消滅の魔弾を放とうとし、アーシアが回復の光を飛ばそうとする。だが、それは叶わなかった。

 

「悪いが、そうはさせない」

 

 伊織の呟きと共に、二人の周囲の景色がぐにゃりと歪む。魔獣マーチ・ヘアの空間だ。

 

「部長! アーシア!」

 

 一誠が未だにジャバウォックに掴まれながら、それでもリアス達に意識を向ける。しかし、その時には既に二人は幻術空間の向こう側へ消えた後だった。リアスの消滅魔力なら容易に幻術を破られそうなので、伊織は、念のためハンプティ・ダンプティも送っておく。

 

「くそっ、放せよっ、この野郎っ!」

『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!』

 

 二人の姿が見えなくなった事に、更に激高した一誠は、本日何度目かの倍化を行い、至近距離から特大の魔力弾を放った。

 

 これには流石のジャバウォックも吹き飛ばされ、一誠の拘束を解いた。しかし、魔力弾の衝撃により舞い上がった粉塵が晴れた先には、両腕をひしゃげさせながらもそれ以外は無傷のジャバウォックが佇んでいた。

 

 その両腕も、瞬く間に再生し元に戻ってしまう。

 

「ちくしょう! 効いてねぇのかよっ!」

『相棒ッ! 落ち着けと言っている! あの魔獣は、東雲伊織の魔獣の中でも別格だ。練り込まれた力の大きさも相棒とは段違いだ。あいつは、それだけ【魔獣創造】を使いこなしている』

「じゃあ、負けるってのかよ」

『馬鹿者。俺達の目的は、あの魔獣を倒す事ではないだろう』

 

 ドライグの言葉に一誠はハッとした表情になった。ジャバウォックに勝てなくとも、術者たる伊織を倒せば勝ちなのだ。というか、むしろ、伊織を倒す以外に、今の一誠ではジャバウォックを倒しきれない。かの魔獣のポテンシャルは、既にあのフェンリルと大差ないレベルなのだ。

 

「よし、ドライグ。何とかあの魔獣を掻い潜って伊織をぶっ飛ばすぞ!」

『応ッ!』

 

 一誠は再び、ブーストしてジャバウォックに魔力弾を放ちながら、しかし、今度は伊織に飛びかかった。伊織には既に障壁を張ってくれる魔獣はいないはずなので、今度こそ! と気合の入った雄叫びと共に拳を振るう。

 

 しかし、

 

「っ!? くそ、消えたっ!?」

 

 伊織には未だ、ジャバウォック以外にも魔獣が残っている。ある意味、八面六臂の活躍をしているチェシャ猫だ。一誠が、拳を振るった瞬間、透過するようにすり抜けて姿を消した伊織は、ジャバウォックの背後に転移していた。

 

 そして、ジャバウォックに一瞬視線を向けると力を注ぎ込む。

 

「グルァアアアアアアッ!!!」

 

 空気がビリビリと震え、咆哮の衝撃だけで周囲の地面が吹き飛んだ。そして、フッとその姿を消す。

 

 次に現れたのは、拳を泳がせる一誠の眼前だ。

 

「ッ!?」

 

 知覚できない速度で接近してきたジャバウォックの凶相が至近距離から一誠を睨め上げる。直後、その莫大な力を秘めた拳が一誠の顔面に突き刺さった。

 

 修復したばかりのバイザーを粉砕され、鼻血を噴き出しながらもんどり打つ一誠。先程まで相対していたときよりも尚、速く、尚、力強い。明らかに跳ね上がったスペックに戦慄しながら、どうにか立ち上がろうとする。

 

 しかし、

 

「あ、あれ?」

『相棒……』

 

 膝に力が入らず、一誠は崩れ落ちた。四つん這いになって何とか立ち上がろうともがくが、体は一向に言うことを聞いてくれない。

 

「なんで? なんでだよ? くそっ、動けよっ! 俺はまだ戦える! なのに、なんでっ!!」

『相棒。体力が尽きたんだ。今日、一体何度倍化した? さっきの一撃で、止めを刺されたんだよ』

「そんなわけあるかっ! まだ、一発も殴ってないんだぞ! みんなやられちまったのに、まだ何にも出来てない! ここで終わっちまったら、そんなの、そんなのまるで、ライザーの時と同じじゃねぇか!」

『相棒……残念だが、相手が悪い。あいつは強すぎる。相棒ならいつかは届くと信じているが、今は未だ無理だ』

「ッ!? くそっ、ちくしょう!」

 

 一誠の瞳からポロポロと涙が零れた。悔しさ故だ。仲間がやられてもお返しの一発も届かせることが出来ない。同年代の同じ神滅具所持者だというのに、触れることすら敵わない。これが伊織の実力を見るための模擬戦である事など関係ない。全力で立ち向かって全く歯が立たなかったのだ。悔しくて悔しくて、己が不甲斐なくて情けなくて……

 

 唯一の救いは、一誠を見つめる伊織の眼に同情も哀れみもない事か。ただひたすら真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめている。だからこそ、もう限界だと分かっていても、気持ちだけは立ち上がろうともがいている。

 

 と、突如、そんな一誠に何者かが語りかけた。

 

『息子と、伊織と未だ戦いたいかい?』

「え?」

 

 次の瞬間、一誠の懐から飛び出した宝珠が赤い光を放ち、ゲーム盤の荒野の輝きで埋め尽くした。

 

 その後に起こった出来事はいろんな意味で衝撃的だった。突然、溢れ出た光が人型をとったと思ったら瞬く間に数百規模に膨れ上がり、「おっぱい!」を連呼しながら陣を汲み出したのだ。そして、姿は見えないが実はすぐ近くにいるリアスをわざわざ召喚して、その胸を鼻血を噴き出した一誠がつつき、気が付けば新たな力――【赤龍帝の三叉成駒】を手にしていたのである。何を言っているのかわからなry……

 

 だが、伊織にとって本当に驚いたのは、何故か一誠が、直ぐにその力を使わずに何かと話しているかのような素振りを見せ、その直後、【赤龍帝の籠手】から一人の日本人男性が光の粒子と共に現れたことだ。

 

 伊織が知る由もないが、実は、一誠が新たな力に目覚めた事をきっかけに【赤龍帝の籠手】の深層において赤龍帝の呪いから解放されエルシャ達が別れを告げた際、崇矢が消える前にどうしても少しだけ息子と話したいと一誠とドライグに懇願し、二人が了承した結果だった。

 

 成長した息子を目の前に、幸せそうに頬を綻ばせる崇矢はそっと語りかけた

 

『やぁ、伊織。私としては久しぶりだけど、伊織にとっては初めまして、かな? お父さんだよ』

「え? え? と、父さん?」

 

 いきなりの出来事に伊織をして困惑をあらわにする。そんな伊織に「無理もない」と苦笑いしながら崇矢は言葉を続ける。

 

『といっても、私は残留思念のようなものだけど……それでも、最後にどうしても息子と話したくてわがままをさせてもらった。ドライグには感謝しないと』

 

 その言葉で、どうやら【赤龍帝の籠手】の深層に囚われていた崇矢の残留思念が伊織と話す為に出てきてくれたのだと察する伊織。動揺を収め、初めて対面する父親に、自分をこの世に招いてくれた大切な家族に目を細める。

 

『神器の中から、それに一誠くんとの話から伊織の事はそれなりに知っているよ。……本当に立派になったね。依子母さんに預けて正解だった』

「父さん……うん。ばあちゃんのおかげで幸せに暮らしてるよ。家族も沢山増えたんだ。東雲家のおかげで、俺はここにいる」

 

 伊織の穏やかな、されど強い想いのこもった言葉に、崇矢もまた嬉しげに目を細めた。そうした表情は、確かに二人が親子なのだと思わせる程そっくりである。

 

『語り合いたい事は山ほどあるけれど、残念な事に時間は少ない。だから、最後に一つだけどうしても伝えたい事だけ伝えておこうと思う』

「……わかった。聞くよ」

 

 真剣な表情の崇矢から、それが父親からの本当に最後の大切な言葉なのだと察し、伊織は、その瞳に悲しさを宿らせながらも、しっかりと頷いた。そんな強さを見せる伊織に、殊更嬉しそうに微笑むと表情を戻して口を開いた。

 

『伊織、伝えたいのは……母さんの……静香の事だ』

「っ……母さんの……」

 

 真剣で、かつ深刻な表情で紡がれた言葉は、伊織の母親である静香の名前。思わず息を呑む伊織に、崇矢は重苦しい口調で続ける。

 

『ああ。静香は、静香はな……』

「……」

 

 沈痛な面持ちで表情を歪める崇矢。静香は、崇矢と共に、酒呑童子復活事件の際に亡くなったはずだ。まさか、真実は違うところにあって、言い渋ってしまうような何かがあったのかと、伊織は固唾を呑む。

 

 そうして一拍の後、語られた母親の真実とは……

 

『静香はっ、静香の胸はっ、ぺったんこだったんだぁ!!』

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 

 長い沈黙の末、伊織が聞き間違いかと首を捻りながら聞き返す。崇矢の後ろにいる一誠も予想外だったようでポカンと口を開けて崇矢の後頭部を眺めている。きっと、見学しているお偉方もポカンとしているに違いない。

 

『聞こえなかったかい? 伊織のお母さんである静香はね、胸がぺったんこだったんだ。貧乳なんてレベルじゃない。あれは絶壁だよ。私はリアルに背中と胸を間違えて半殺しの目にあったことがある。それくらいのレベルでぺったんこだったんだ』

「……は、はぁ」

『私はね、神器の中から伊織のお嫁さん達を見た。その若さで既にハーレムを築いているのは流石私の息子と賞賛したい。だが、如何せん、あの子達は総じて胸が乏しい。金髪の子が一番あるようだけど、それでも巨乳の域には全く足りない』

「……」

 

 既に伊織は困惑を通り越して、冷めた眼差しになりつつある。

 

 どうやら、自分の想像していた父親像と実際の父親は大きく食い違っているようだと悟りつつあるようだ。そんな瞳の温度を凄まじい勢いで下げている息子の様子には気がつかず、崇矢は周囲の全てを置き去りにして熱く語り始めた。それこそが、息子に残せる最初で最後の大切な教えだとでも言うように。

 

『伊織、いいかい? よく聞くんだ。おっぱいはね、夢だよ。男の夢なんだ。一誠くんを見ればわかるだろう? おっぱい一つで不可能すら可能に変える。先の悪神ロキとの戦いでは異世界の神を呼び寄せた程だ』

「……で?」

『もちろん、今のお嫁さん達がダメだなんて言わない。おっぱいに貴賎はないし、私は、静香が怖くてハーレムなんて作れなかったし、ドラゴンは女を引き寄せるから秘匿しろと言われて、赤龍帝の力でモテモテ計画も潰されてしまったから、心底羨ましいくらいだ』

 

 まさか赤龍帝であることを秘匿していたのが、家族への危険を減らす為ではなく、嫉妬する妻への配慮……もとい命令されたからだったとは……伊織の中の立派な父親像はこの瞬間、完全に崩壊した。断言しよう。崇矢は、一誠と同類にして同レベルの変態だ。

 

 伊織の眼差しは既に氷点下である。崇矢の背後で、『崇矢が相棒と同類…だと? そんな……なぜ、気がつかなかった……』とドライグが愕然としたような言葉をポロポロと零している。今にも精神を失調しそうな危ない様子だ。

 

『だが、それでも敢えて言おう。おっぱいに貴賎なくとも、やっぱり巨乳が正義だと! その点、残念だが、あの子達に望みはない。あの子達のおっぱいはあれで完成してしまっているんだ。本当に可哀想な子達だよ……』

 

 どこか遠くで三人の美少女が鬼気を発して周囲の神仏からドン引きされている気がする。

 

 崇矢は、これこそ伝えたかったこと、伝えねばならなかったことなんだ! と言いたげな勢いで拳を握りながら息子に父親の教えを授けた。

 

『伊織、父さんから最初にして最後のアドバイスだ! あの九尾の女の子を必ずお嫁さんにしなさい! あの子の胸には夢と希望が詰まっている! それは母親を見れば自明の理! そう、光源氏計画だよ! いいかい? 決して父さんのようにはなるな! 愛情はあっても、ストンと落ちる手に虚しさを感じ続けるような人生を送るな! 父さんが果たせなかった夢を! 掴み取れぇぶべらっ!?』

「取り敢えず、あの世で母さんに土下座してこい」

 

 思念体だというのに、何故か伊織の拳を受けて吹き飛ぶ崇矢。【覇王断空拳】を顔面にくらい錐揉みしながら地面に顔面ダイブする。そして、言うべきことは言ったという満足気な表情のまま、光の粒子となって天へと登っていった。

 

 ゆらりと残心を解く伊織の表情は、前髪が不気味に垂れ下がっているせいで分かりづらい。

 

「あ~、えっと、その、なんていうか……伊織?」

 

 【赤龍帝の三叉成駒】の状態で、ごつい鎧に包まれているというのに、どこかおずおずとした雰囲気で伊織に話しかける一誠。

 

 そんな一誠に、伊織は顔を上げるとニッコリと微笑んだ。しかし、その瞳は全く笑っていない。

 

「一誠……うちのダメ親父が悪かったな」

「え? あ、いや、別に、そんな」

「取り敢えず、新しい力に目覚めたようで何よりだ。……折角だし存分に続きをやろうか。俺も今は、やたらと暴れたい気分なんだ」

「…………」

 

 初めて見る暗い笑みを浮かべる伊織の姿に、一誠が無言になる。一拍の後、

 

「ジャバウォックぅ!! おっぱい野郎をぶちのめせぇ!!」

「ちょっ、それ八つ当たりぃ!!」

 

 ジャバウォックの咆哮が響き渡る中、再開した伊織と一誠の戦いは熾烈を極めた。

 

 一誠が、【赤龍帝の三叉成駒】の一つ、装甲を薄くして防御力を犠牲にする代わりに極限まで速度を突き詰めた【龍星の騎士】化をして戦場を駆け抜ければ、伊織もまたジャバウォックに力を注いで高速機動をさせながら、自らはチェシャキャットの空間転移で一誠をかく乱する。

 

 未だ、速度だけは神速の域に達している一誠だが、未だ制御が甘く直線軌道でしか移動できないので、その弱点を突かれてジャバウォックに反撃を喰らう。すると、すかさず防御力重視の形態【龍剛の戦車】に変化してジャバウォックと殴り合う。

 

 そして、一瞬の隙をついてジャバウォックを弾き飛ばすと、伊織とジャバウォックを射線上に並べて【龍牙の僧侶】へと形態変化する。両肩に担ぐように構えた砲塔から幾度も倍化した絶大な威力を秘めた砲撃を放った。

 

 隙の大きい大技なので難なく回避に成功する伊織だったが、頑丈さだけは折り紙付きのゲームフィールドが大地震でも起こったように鳴動し、空間が粉砕されかかったのを見て内心冷や汗を流す。

 

 一方、一誠は一誠で、焦燥と悔しさ、そして伊織の強さに心を乱れさせていた。自分でも相当だと自負できる強大な力に目覚めたというのに、やはり一撃も伊織には届いていない。

それは、伊織が一切の油断をせず、常に一誠に対して全力ではないにしろ本気だったからだと分かるのだが、だからこそ、その伊織に全力を出させることが出来ない事が、一撃も届かない事が、悔しくてならなかった。

 

 しかも、新たに目覚めた力は頗る付きで燃費が悪く、もう数十秒も維持することが出来そうになかった。……戦いは、一誠が力尽きるという結果で終を迎えようとしていた。

 

「……でもよぉ、それで納得できるかよォ!!」

 

 今にも解除されそうな【赤龍帝の三叉成駒】状態を尻目に、一誠は最後の特攻をかける。当然、ジャバウォックが迎え討ち、その凶爪を振るう。

 

「うぉおおお、根性ぉおお!!」

 

 そんな叫び声を上げて、一誠は、その一撃を耐えようとする。しかし、防御力を引き上げる【龍剛の戦車】には変化しない。変化したのは【龍牙の僧侶】。ジャバウォックの攻撃を喰らう覚悟で、その背後にいる伊織に攻撃することを優先したのだ。

 

 ジャバウォックの爪が一誠の肩と脇腹を抉る。駆け抜ける激痛に悲鳴が漏れそうになるが、歯を食いしばって耐え、限界の倍化と砲撃を行った。ジャバウォックの巨体を目くらましにして、威力よりも速度を重視した二条の閃光。

 

ドゥウウウウウウ!!

ドゥウウウウウウ!!

 

 二つの砲門から赤の閃光が空を切り裂いて伊織へ迫る。一誠の鎧が、【龍牙の僧侶】から通常の【赤龍帝の鎧】に戻るのを確認しながら、伊織はチェシャキャットの力であっさり、その砲撃をかわし、一誠の背後へと転移した。

 

「馬鹿な俺でもぉ、いい加減読めるんだよぉ!!」

 

 そう言って放たれたのは最後の倍化をされたドラゴンショット。ジャバウォックに地面へ叩きつけられながらも片手で放たれたそれは、言葉通り転移先を読んでいたようで真っ直ぐに伊織へと飛ぶ。

 

 伊織は、転移直後に眼前に迫った魔力弾に少し驚いたように目を見開き、直後、スっと身を捻ってかわそうとした。だが、そこでもう一手、一誠が踏ん張る。

 

「曲がれぇえええ!!」

 

 その雄叫びと共に、今まで直線でしか飛ばせていなかった一誠の魔力弾は、空中でクイッと軌道を曲げて伊織に迫った。今度こそ、本当に驚いて目を丸くした伊織は……

 

「ゼェア!!」

 

 そんな裂帛の気合と共に、急迫する魔力弾を殴りつけた。【硬】を施された拳は、衝撃波を発生させて一誠最後の一撃を正面から打ち砕いた。

 

 限界を超えて意識が遠ざかる一誠は、目撃する。伊織の放った拳が白煙を上げているのを。籠手が破砕し、その拳から血が滴り落ちているのを。そして、当の伊織が、してやられたというように手をプラプラさせながら賞賛のこもった眼差しで自分を見つめているのを。

 

「へへっ、届いたぜ」

『ああ、よくやったぞ。相棒』

 

 口元に笑みを浮かべ、相棒たるドラゴンの労いの言葉を耳にしながら、一誠はその意識を闇に落とした。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

今回は魔獣オンリーでの戦いです。
ちなみに、概念付与はしていません。いわゆるアンチモンスター化させるとマジで勝負にならないと思うので。

小猫が一瞬しかでない件。
書き終わってから、小猫がいないことに気がついた。不憫……

感想、毎回、有難うございます。
楽しみに読ませて頂いてます。

明日も18時に更新します。

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