重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第52話 本物と紛い物 後編 下

 

 

「やはり、そういう能力を用意していたか……まぁ、そもそも攻撃を受けていなければ、何も流せはしないだろう」

 

 伊織の平然とした声音が響く。

 

「攻撃を受けていない? だが……っ…そうか、さっきの砲撃はフェイクか」

 

 曹操が伊織の意図を察して息を呑んだ。そう、さっきの【ディバインバスター】は幻術魔法の応用で本物の砲撃ではなかったのだ。

 

「だが、そうなると、最初から珠宝の能力を知っていた事になるんだが……どういう事だ? 実戦ではまだ使った事はない。何せ君の空間を割って攻撃を放逐する技を参考にして作ったものだ。なぜ、フェイクを使ったんだ」

 

 曹操の疑問に、伊織は戦闘開始当初から全く変わらない静かな瞳を向けたまま、独り言のように呟いた。

 

「【女宝】女限定の異能無効化能力、【馬宝】転移能力、【象宝】飛行能力、【輪宝】武器の破壊能力、【居士宝】手数の創造能力、【珠宝】攻撃に対する受け流し能力……大体予想通りだ。さて、後一つは何か。回復系がまだないからそれか? それとも認識作用系か? あるいは単純に身体強化系か……魔人化はリスクが高そうだからな」

 

 まるで曹操が七宝という禁手に至る事を予測していたかのような物言い、そして、その能力まで予想通りとはどういう事か。

 

 思えば、伊織は最初から、曹操がどんな能力を見せても動揺したりはしなかった。それどころか、一つ一つ、より詳しく能力を見ようと試しながら戦っているようにも思える。最後のフェイクの砲撃などは、大威力の攻撃を前に、曹操がどんな対応をするのか見るためのものに他ならない。

 

「……俺の禁手が予想できたっていうのか? 俺の禁手は過去の使い手が至った【真冥白夜の聖槍】とは異なり亜種だ。【極夜なる天輪聖王の輝廻槍】という。過去の資料を漁っても分からないと思うんだけどね? 裏切り者でもいたのかな?」

「あっさり仲間を疑うなよ。まぁ、そんなお前だから予想できたんだ」

「何だって?」

 

 伊織の言っている事が分からないというように首を傾げる曹操。そんな曹操に、伊織は淡々と告げた。

 

「俺がお前について知っている事は二つだけだ。超常の存在へのあくなき挑戦心、そして、仲間を仲間だとは思っていないこと」

「……それで?」

「神器というのは意志によって進化する。その意志が強烈であればあるほど神器の進化は影響を受ける。それは神滅具も例外じゃない。なら、神滅具に影響を与えるお前の意志とは何か? それがお前の禁手を予想するための鍵となる。そして、その答えは、先の二つを考慮すれば簡単に出る。すなわち“例え、一人になっても戦い抜き生き抜く力を”だ」

 

 図星だったのか曹操の眉がピクリと反応する。

 

「だとしても、能力までは把握できないだろう?」

「いいや、そうでもない。超常の存在と戦う上で絶対必要、あるいは極めて有効だと思う能力を片っ端から考えればいい。そして、その全てに対して対策をしておけばいいだけだ」

「全部だって? 一体、いくつ予想したんだい?」

「……ざっと百二十ほどだ」

「ひゃくっ……これでも能力を考えるのに苦労したんだが」

 

 伊織の答えに曹操の表情が明確に変化した。大きく目を見開き驚愕をあらわにする。無理もないだろう。何せ、狂いそうなほど研究に研究、分析に分析を重ねて生み出してきた能力なのだ。それを、ただ曹操の人柄だけから推測し、軽く上回られたのである。曹操の心中が穏やかなはずがない。

 

 しかし、ここには少しばかり誤解がある。伊織のいう百二十ほどの能力とは伊織自身が考えたものではない。そのアイデアの源は、日本の漫画家先生、ラノベ先生方の血と涙と汗の結晶である。伊織の魂は、日本で生活していた時の記憶をそのまま受け継いで劣化しないようにされている。なので、二次元知識も年月によって劣化しないのだ。

 

 しかし、まさかそんな事情があるなど知る由もない曹操からすれば、いろんな意味で伊織が化け物じみて見えた事だろう。本当は、自分よりよほど超常の存在を打倒する事を考えているのではないか? と疑いすら持ち始めたくらいだ。

 

「ああ。実際、お前が発現した能力は極めて合理的で有用だ。俺が予想した上位のものとほとんど変わらない。だが、だからこそ読み易い。曹操。お前の肉体的ポテンシャルは俺を圧倒している。だが、こと戦闘経験に関しては俺が圧倒しているようだ」

 

 伊織はそこで一旦言葉を切ると、少し耳を澄ませ、再び言葉を紡ぎだした。

 

「……どうやら英雄派の幹部連中は全滅したようだぞ。俺の仲間の勝ちだ」

「……ああ、そのようだね」

 

 曹操も一瞬、視線をミク達がいる方角へ目を向けて、苦笑いしながら肩を竦めた。

 

「一応、聞こう。投降する気は?」

「ないね」

「はぁ、だろうな」

 

 曹操は肩をトントンしていた聖槍を構え直す。

 

 と、その時、ずっと八坂と術のせめぎ合いをしていたゲオルグが声を張り上げた。

 

「曹操! 準備完了だ! 即興だがアレンジして結界破壊にも力を回せるようにした!」

「! ふっ、そうか。ゲオルグ、やってくれ。無限を喰らってやろうじゃないか」

 

 曹操が号令をかけた直後、巨大な魔法陣が瞬時展開される。黙って見ている伊織の前で、その魔法陣からドス黒く禍々しいオーラが噴出した。大気が悲鳴を上げるように激しく鳴動する。

 

 やがて、背筋に氷塊でも落とされたような寒気を感じたと同時に、その魔法陣から何かがせり出てきた。

 

「これは……磔にされた堕天使? いや、ドラゴン?」

 

 流石の伊織も圧倒的な負の感情を撒き散らす異様な存在に一筋の冷や汗を流した。

 

 現れたものは、上半身が堕天使で下半身が東洋の龍のような姿。全身をキツく拘束され、十字架に極太の杭で磔にされており、目を覆う拘束具の隙間からは血涙が流れている。

 

「サマエルよ、存分に喰らえ!」

 

 曹操が叫ぶと同時に、唾液と怨嗟の絶叫を撒き散らしていたサマエルの口から高速で何かが飛び出した。それは、一瞬で、八坂の傍にいたオーフィスに迫るとバグンッ! と音を立てて黒い球体の中に閉じ込めてしまった。

 

 いや、この場合、呑み込んだというのが正しいだろう。その黒い球体からは触手のようなものが伸びており、その正体はサマエルの舌だったからだ。

 

 曹操が、ニヤリと笑いながら得意げに話し始める。

 

「サマエル――ドラゴンを憎悪した神の悪意、毒、呪いというものを一身に受けた天使。存在そのものが龍殺し。【龍喰者(ドラゴンイーター)】だ。コキュートスに封印されているのを冥府の神ハーデスから一時的に借り受けたのさ」

「……蓮を殺すためか」

 

 伊織の呟きに、曹操はノンノンと指を振る。

 

「いやいや、力を集めるのに“力の象徴”は必要だ。だが、言うことを聞いてくれる象徴が欲しくてね。――ただ殺すわけじゃない。力を奪って新たなオーフィスを作る。俺達の言うことなら何でも聞く傀儡の龍神様を生み出すのさ」

 

 まるで追い詰められた火サスの犯人のように目的を自ら語ってくれる曹操。その言葉を証明するように、オーフィスが取り込まれた黒い球体からゴキュという音と共に何かの塊が触手を通してサマエルの口へと運ばれていった。おそらく、オーフィスの力だろう。

 

 伊織は、無言で触手や舌に向かって魔弾や石化の光を当ててみるが、一切効果がなく、全て消失してしまった。どうやらサマエルには、攻撃を無効化するような何かがあるらしい。一応、通常の攻撃でダメージを与えるのは至難であるという情報と、セレスによってデータ収集だけをして、最悪、虚数空間に放逐といういつもの対応で行くしかないと結論づけた。

 

 サマエルへの攻撃を止めた伊織を見て諦めたと思ったのか、曹操が余裕たっぷりの表情で肩を竦める。

 

「こんな時でも冷静なんだな。君の精神力には脱帽するよ。それとも、オーフィスは君にとって大した事のない存在だったのかな?」

「いや? 蓮は、大切な家族さ。もし蓮に取り返しの付かない事をされていれば、俺は、そこのサマエルごとお前達を殺そうとするだろうし、冥府とやらに乗り込んで何としてもハーデスに土下座をさせているだろうな」

「ハハハッ、冥府の神に土下座させる、か。君ならやってしまいそうだな! ……ん? されていれば(・・・・・・)?」

 

 伊織の痛快な物言いに笑い声を上げた曹操だったが、妙な言い回しに気がついて首を傾げる。まるで、今この瞬間も、オーフィスは無事であるかのような言い方だ。曹操がそう思った直後、右腕たる魔法使いから若干パニック気味の声が響いた。

 

「ど、どういうことだ! なぜ、力が吸い取れない! どうして、たったこれだけなんだ! くそっ、サマエル! 何をしている! 召喚を維持するのにも限界があるんだぞ! さっさと喰らい尽くせ!」

 

 それはゲオルグの叫びだった。曹操が驚いたようにゲオルグを見る。

 

「ゲオルグ?」

「くっ、曹操。問題発生だ。オーフィスからほとんど力が吸い取れない。せいぜい、蛇、二、三匹分くらいだ」

「何だって? それはどういう……っ、まさか……君か? 東雲伊織」

 

 曹操とゲオルグの眼差しが伊織に向く。先程の妙な言い回しから、伊織が何かをしたのだと判断したようだ。

 

 その推測は間違っていなかった。

 

「全く、とんでもないものを持ち出してくれたもんだ。想定していた方法を遥かに上回る。万一の為に用意していた方法の九割が無意味だ。最初から、蓮を遠ざけておいてよかった」

「遠ざけて?」

 

 独白じみた伊織の言葉に、曹操がハッとしたように黒い球体を見た。黒い球体は、もはやそこには喰らうべき龍はいないとでも言うように、あっさり拘束を解くとシュルシュルと音をさせて舌を戻していく。

 

 その後から無傷のオーフィスが出て来た。どうやら力は吸い取られても傷を負うようなものではないらしい。そんな事をされていたら分身体(・・・)ではあっさり霧散してしまう。

 

 平然と突っ立っているオーフィスに向けて、伊織が話しかける。

 

ミク(・・)。もういいぞ」

「はい、マスター」

 

 その瞬間、オーフィスの姿をした分身体ミクはポンッ! と音を立ててその姿を消してしまった。

 

「あれも分身だったというのか? 馬鹿な! 確かにオーフィスの気配がしていたんだぞ! 大体、本物でもなければ【絶霧】を破れるはずが……」

「……そうか。入れ替えたんだな」

 

 半ば狂乱するように頭をガリガリと描きながらゲオルグが叫ぶ。それに対して、曹操は冷静に考察を進めたようで直ぐに結論に達した。

 

「正解だ。結界の破壊自体は蓮がやった。だが、その後、突入したのはミクが創り出した分身体だ。そのままでもバレないだろうとは思っていたが……究極の龍殺し相手では、蛇なしで騙せたかどうか。念の為、飲ませておいてよかった」

「彼女の変装能力はそこまでのものか……蛇を呑み込んだ後も確かにオーフィスの気配がしていたというのに」

「変装特化の神器――その禁手ともなれば、もはや偽者は本物と遜色ない。対象が龍神では、どうしても地力差は出てしまうけどな」

 

 伊織の言葉に、曹操は天を仰いだ。片手で目元を覆うように隠し上向く。サマエルの召喚は、ハーデスとの交渉の末、一回限りという条件で借り受けたのだ。他にも、出涸らしとなったオーフィスの身柄の引き渡しというのもあるが……とにかく、その一回勝負で確実にオーフィスの力を奪わなければ、各地で鎮圧されつつある英雄派に未来はなかった。

 

 つまり、英雄派はこの時点をもって完全に瓦解したのである。

 

 曹操が、ふぅーと息を吐きながら視線を伊織に戻す。

 

「いつからだい? いつからオーフィスは……」

「二年前からだ」

 

 いつからカオス・ブリゲードのトップが入れ替わっていたのかという曹操の問いに、正直に答える伊織。その答えを聞いて曹操は苦笑いを零した。

 

「全く、君の掌の上だったというわけか。オーフィスを力の象徴にして力を集めていたつもりが、逆に厄介者を纏めさせられていたというわけだ」

「……」

 

 実際には、【蛇】を渡すわけには行かなくて非協力的過ぎたため、内情を探るなどということは、ここ最近ほとんど出来ていなかったが、確かに、アウトローを纏めておくという点ではカオス・ブリゲードという鳥籠は役立っていた。

 

 なので、自嘲気味に笑う曹操に伊織は声をかけない。どんな言葉も、今は曹操を嗤うものとなってしまうからだ。

 

 と、そんな伊織達の傍に三人の人影が降り立った。それぞれ英雄派の幹部に勝利したミク、テト、エヴァだ。

 

「マスター、英雄派の三人は一応全員生かしてあるよ。首謀者一味は、お偉いさんが処理した方がいいだろうしね。今は、ボクの十絶陣の一つに隔離してあるよ」

「そうか。三人とも、お疲れ様」

 

 伊織の労いと微笑に、三人も微笑を返す。伊織は、今も集中して【絶霧】に干渉し続けている八坂に視線を向けた。八坂もまた、ミク達の勝利を祝福するように、笑みを浮かべながら僅かに頷く。どうやら、曹操達が逃亡できないように抑える事はまだまだ可能なようだ。

 

 伊織の仲間が揃い、九尾の御大将により退路を絶たれる。そして、召喚維持の限界を迎えたのかサマエルが「何のために呼び出されたんだ?」と言わんばかりに、どこか悲哀の篭った絶叫を上げながら魔法陣の奥へと消えていた。――まさに“詰み”の状態。

 

「くっ、こうなったら蛇を使って……」

「させんよ」

「させません」

「させないよ」

 

 ゲオルグが、吸い取った蓮の蛇を使って力の底上げをし、【絶霧】の制御を八坂から取り戻そうとする。が、次の瞬間には、影から出てきたエヴァに首を捕まれながら【人形師】の糸で自由を奪われ、テトによって開けた口へ銃口を突き込まれ、更にミクによって、いつの間にか取り出された魔剣帝グラムの刃を股下から掬い上げるように股間に当てられた。

 

 グラムが発するオーラがゲオルグの股間をふるふると震わせる。何だか、グラムが抗議するようにオーラを波打たせるので、尚更、ふるふるする。ゲオルグの目の端に光るものが溜まり始めた。

 

「……何というか、君の女は怖いね」

「……普段は穏やかで優しいんだ、いや、本当に」

 

 曹操が、ゲオルグの現状に頬を引き攣らせながらポツリと呟く。伊織はスっと目を逸らしながら、一応の弁護を試みた。しかし、涙目のゲオルグを更に追い詰めるようにそれぞれの武器をぐりぐりするミク達を見れば説得力は皆無だった。

 

 曹操は、早々に仲間の悲惨な状態を見捨てる事にしたようで、視線を伊織に戻すと聖槍に光輝を纏わせた。

 

「やるのか?」

「やるとも。退路はなく、仲間は全滅。敵は全て健在で強力無比。相手が超常の存在でないのが些か残念ではあるが……英雄が挑む困難としては上々だ。逆に、同じ人間である君ですら打ち砕けないというのなら、超常の存在に挑む資格すらない! 聖槍の使い手足りえない!!」

 

 カッ! と曹操の背負う輪後光が輝きを増す。女宝以外の七宝が衛星のように周回する。その戦意は絶対絶命にして際限なく高まっていくようだ。

 

「……なら俺は、その衝動に巻き込まれ悲鳴を上げている人々の為に、お前を打倒しよう。――本気で行く。これからお前に与える痛みは、全て、お前が巻き込み苦しめた者の痛みだと思え! ――解放! 【千の雷】【燃える天空】! 固定、双腕掌握!! 【雷炎天牙】!!!」

 

 遅延呪文の解放により出現したのは激しくスパークする雷と灼熱の渦巻く球体。掲げる伊織の両手の先で超圧縮されていくそれは、小型の台風のようだ。目を見開く曹操の前で、伊織はその球体二つを握り潰すような仕草を見せ、そして、次の瞬間、伊織の体が変貌した。

 

 雷と炎を迸らせ、莫大な力を放射する。そこにいるだけで、周囲の地面が灼き焦げ放射状に吹き飛んだ。

 

「はは……まだ、そんな隠し玉を持っていたのか。訂正しよう。君は人間じゃない。既に、超常の存在だッ!!」

 

 曹操は、喜悦と闘争心に表情を歪めながら、聖槍から信じられない威力の衝撃波を撒き散らした。伊織は、それを【雷速瞬動】であっさりかわす。

 

 しかし、あらかじめ避けやすい場所を用意しておいたのだろう。ピンポイントで馬宝により転移して来た曹操が既に光そのものと化しているような聖槍を突き出してきた。同時に、最後の七宝――将軍宝(パリナーヤカラタナ)を伊織の背後に転移させて挟撃する。

 

 伊織は、最後の七宝は回復系かバッドステータス系だと予測していたので、直接攻撃に出た事に眉を潜めた。予想が外れているとすると、どんな力を秘めているか分からない。なので、優先すべきは最後の七宝だ。

 

 伊織は、聖槍の一撃を無視すると、将軍宝に向かって鋼糸による軌道逸らしと集束型【雷炎の矢】を放った。

 

 しかし、将軍宝は、その尽くを破壊して伊織に直撃する。同時に、聖槍が伊織に突き刺さった。

 

 一瞬、殺ったかと思った曹操だったが、よく見れば、攻撃が直撃したと思われた場所にはぽっかりと穴が空いていた。それは、決して聖槍や将軍宝で空けた穴ではない。触れる前に自ら空いたのだ。――完全雷化及び炎化である。

 

 雷炎化した伊織は、自らの体を切り離すことも、切り離した一部を操る事も可能なのだ。

 

 そして、それを曹操に教えるように、パシッ! と音をさせて消えた伊織は曹操の背後に出現し【雷炎華・断空拳】を放った。伝播する絶大な電撃と、壮絶な爆炎を上げる拳が曹操に転移する間も与えず直撃する。

 

「ぐぅう!! まるで、自然の驚異そのものだ! やっぱり君は人間を逸脱している!!」

 

 吹き飛ぶ曹操に伊織が追撃を放つ。

 

「エクセリオンバスター!!」

 

 自然そのものと称されながら、次の瞬間に放つのは魔導の光――誘導制御型砲撃魔法【エクセリオンバスター】。しかし、それを知らない曹操は、大規模攻撃にはこの手を使ってしまう。

 

「珠宝!」

 

 攻撃を任意の場所に受け流す黒い渦だ。また、ミク達を狙うかとも思ったが、出現した場所は伊織の背後。どうやら、攻撃の手を緩めてミク達に意識を裂いた瞬間には殺られてしまうと考えたようだ。同時に、伊織には奇襲が通じない事も分かっているので将軍宝と輪宝を飛ばしながら、聖槍から凄絶な聖なる波動を放射した。

 

 伊織は、背後の珠宝から出現したエクセリオンバスターを操って曹操に向かわせながら、手を正面から迫る聖なる波動に向けた。

 

「解放! 【千の雷】!!」

 

 異世界の最上級魔法が、擬似京都の夜空に雷の華を咲かせる。有り得ない軌跡を描いて莫大なエネルギーを秘めた千の落雷が、轟音と共に聖なる波動とぶつかりあい凄まじい衝撃を発生させた。

 

 だが、拮抗するそれを無視して、伊織は更に魔法を行使する。

 

「解放! 【雷炎の1001矢】!! スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

 並列思考で同時発動した二世界の掃射魔法。雷炎の矢と魔導の刃の総計は二千発。その内の半分はロックオン機能付きで、既に曹操をロックしていた。

 

 輪宝と将軍宝は当たらなければどうという事はない。なので、雷速で動き続ける伊織を捉えきれず虚しく宙を飛び交うのみ。

 

 そして、伊織を止められない間に、誘導された【エクセリオンバスター】の光が曹操に迫った。珠宝から出てきたばかりであるから、直ぐには発動し直せない。咄嗟に、居士宝で出せる限界まで輝く傀儡を出すが、拘束飛来したスティンガーブレイドに撃ち抜かれて数が足りない。

 

 曹操は、チャージが不十分ながらも聖槍から飛ばした衝撃でエクセリオンの光を一瞬、押し止め、その隙に馬宝で転移しどうにか回避する。しかし、その場所は既に【雷炎の矢】の豪雨圏内。

 

「ぐぅうううう!!」

 

 曹操は、象宝で空を飛びながら聖槍を風車のように頭上で高速回転させ【雷炎の矢】の豪雨を弾き飛ばしつつ、馬宝で転移を続ける。その表情には既に一切余裕はない。まさに必死の形相で流星雨を捌き、連続転移で砲撃をかわし、勝機を探るためオーバーヒートしそうなほど頭を回転させる。

 

 しかし、

 

パシッ!

 

「っ!?」

 

 そんな音を立てて、曹操の背後に雷炎化した伊織が姿を現した。そして、空中だというのに、あの反応し難い歩法でぬるりと間合いを詰めるとスっと拳を曹操の腹部に当てた。

 

 表情が引き攣る曹操。直後、強制的に流し込まれる超圧縮された台風の如き魔力と気。

 

――覇王流 崩天拳

 

 魔力と気が反発しあって曹操の中で荒れ狂う。抗う事も出来ずに体内での狂乱を許してしまった。結果、

 

「がはっ!!?」

 

 宙に撒き散らされる大量の血。吐き出されたそれは尋常な量ではない。看過し難いダメージが通った証だ。

 

 それでも戦意を喪失せず、それどころか反撃に出た曹操は、流石というべきだろう。曹操が聖槍の切っ先をスっと伊織に向けてその先端を開き、刹那の内に閃光が伸びる。

 

 しかし、

 

パキャァアアアン

 

 そんなガラスが割れるよう破砕音を響かせて虚数空間に繋がる小さな穴が穿たれる。曹操の放った聖槍の光刃は吸い込まれるように虚数空間へと呑み込まれて霧散した。

 

 伊織は、再びパシッ! と音をさせて消えると、曹操の頭上に現れ雷速のかかと落としを斧のように振り下ろす。

 

――陸奥圓明流 斧鉞

――西洋魔法  雷の斧

 

 雷鳴とスパークを迸らせながら繰り出されたそれを、超人的な反応で辛うじて聖槍の端で受け止める曹操だったが、その威力までは殺すことが出来ず、感電しながら地上へと隕石のように落下した。

 

 地響きを立てて口から更に吐血しながら仰向けに横たわる曹操。衝撃の余り、曹操を中心にクレーターが出来ている。曹操は意識を失っていないようで、どうにか立ち上がろうとしているようだが、僅かにもがくだけだ。

 

「っぐぅ……」

 

 そして呻き声を漏らしながら薄ら開けた曹操の眼に、雷炎を纏って流星の如く落下しくる伊織が見えた。その姿は、どう見ても自然の化身のようで……

 

「……超常の存在め」

 

 次の瞬間、曹操の腹に伊織の拳が突き刺さり、同時に、解放された【雷炎の槍】が大地に磔にするように突き立った。

 

「超常かどうかは関係ない。背負って戦う者と何もない者の差だ」

 

 伊織が、術式兵装を解いて下がる。曹操は、大の字となって横たわったままピクリとも動かず、その手に持つ聖槍も輝きや威圧感を失っている。

 

 それでも、曹操は未だ意識を失っていなかった。

 

「……わからない、な。でも、君の強さは……意志によって…っ……進化する神器とは…っ……別のところから来ている……常軌を逸した力……守る者がいるだけで? 君が特別なんじゃ…うっ……ないのか?」

「俺だって最初は弱かった。周りには理不尽ばかりが溢れていて、結局、家族を傷つけて、もう二度と何も出来ないままは嫌だと、足掻いた結果だ。曹操、この世には理屈じゃない力っていうものが確かにあるんだ。たった一つの言葉や笑顔だけで、絶望だって粉砕してしまえるような……言葉に出来ない何かが。そういうものが俺をずっと支えていたし、強くしてくれたんだ。……お前だって、それだけの力があれば、少し耳を傾ければ、誰だって、何だって救えただろうに」

「……そしたら……君にも勝てたって?」

「いや、それでも俺は負けない。負けられないから負けないんだ」

「……やっぱり……よくわからないな」

 

 曹操は自嘲気味に笑う。伊織のいう力なんて全く分からなかった。それでも、それがきっと“英雄の力を持って生まれた者”と“英雄”の違いなのかもしれないと、そんな事を漠然と考えた。

 

 しかし、だからといって、やはり「はい、そうですか」と敗北を認められる訳が無い。故に、曹操は最後の一手を発動する。

 

 すなわち、

 

「わからないけど……それでも俺は俺の生き方……を間違いとは思わない。故に、【覇輝】に全てを賭けよう!」

「【覇輝】?」

 

 曹操の呼びかけと共に聖槍が輝きを取り戻し始める。

 

「そう、【覇輝】だ! 槍を持つ者の野望を吸い上げて、相対する者の存在の大きさに応じて多種多様な奇跡を生み出す。亡き聖書の神の遺志が、未来を選ぶんだ!」

 

 聖槍の輝きが刻一刻と激しさを増し、曹操を磔にしていた【雷炎の槍】を消し去った。ダメージが深くまともに動けないようではあるが、曹操の口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

 正真正銘の切り札なのだろう。この土壇場で神がもたらす奇跡。曹操の傷を完全に癒した上で絶大な力でも与えるのか……

 

 離れた場所でゲオルグを半泣きにさせていたミク達が尋常でない気配を発する聖槍の輝きに瞠目している。

 

 しかし、伊織は静かな瞳でそんな聖槍と曹操を見つめるだけで止めようとしない。

 

「やりたければやれ。俺は一向に構わない。神の遺志とやらが、多くの関係ない人々に悲鳴を上げさせるお前の野望を選ぶというなら……その奇跡ごと打ち砕くだけだ」

「っ……ああ、出来るものならやってみせてくれ!! 神を射抜く真なる聖槍よ! 我が内に眠る覇王の理想を吸い上げ、祝福と滅びの狭間を抉れ! 汝よ! 遺志を語りて、輝きと化せ!!!」

 

 伊織の威風堂々とした宣言と自分を真っ直ぐ見つめる眼差しに、曹操は一瞬息を呑みながら、【覇輝】発動の呪文を唱える。爆発的に膨れ上がっていく光は、内側から【絶霧】の結界すら圧迫し亀裂を入れ始めた。

 

 その光輝に呑み込まれながら、それでも全く動じない伊織は構えながら宣言する。

 

「半端なく全てを注いで奇跡を起こせ。でなければ――俺の(意志)は、容易くお前の奇跡(遺志)を撃ち抜くぞ!」

 

 直後、【絶霧】すら霧散させ外の世界まで溢れ出た光の奔流は、伊織の意識を真っ白に染め上げた。

 

 

 

 

 視界は効かず、音も聞こえず、手足の感触もない。何もかも消失したかのような喪失感に襲われながら、更に、ズルリと何かが内に侵入してくる――そんな感覚を、伊織は漠然と感じていた。

 

 何かが伊織の奥深くに侵入し、一番大切なものを侵食――いや、この場合は書き換えとでも言うべきか、いずれにしろ何か別のものに変えられるようなそんな強烈な違和感を覚えさせられる。

 

(……なるほど。所持者を強化しても勝てるか分からないから、敵を堕とそうとうってわけか……聖書の神の遺志……随分と舐めた真似をしてくれる)

 

 今、【覇輝】がしようとしていることは、伊織の人格の改変といったところだろう。思想・感情が変われば、あるいは所持者に同調するものであれば、そもそも敵は生まれないという発想だ。伊織を敵足らしめる“意志”そのものを消してしまおうというわけである。

 

(こんなものが……奇跡なわけあるか)

 

 ズルリ、ズルリと内側へと侵入してくるおぞましい感覚に、伊織は魂が反応する。

 

脈動するそれは二度の転生を経て昇華した魂の輝き。ただ生きただけではない。困難に困難を重ねたような修羅場で、紡いだキズナと積み重ねて来たものがもたらす輝きだ。その光は、聖槍がもたらす【覇輝】の光にも劣らない。

 

 純白に染まりつつあった伊織の精神が、彼の魔力色――濃紺色に染まり直していく。

 

 光輝と魔力光がせめぎ合い、精神世界の主導権を握ろうと輝きを強めていく。

 

(過去の遺志如きが、今を生きる意志に! 勝てるわけないだろうがぁ!!)

 

 伊織の絶叫がどこからともなく轟き世界に響き渡っていく。拮抗していた濃紺色の魔力光が一際強く輝き出した。そして、一拍の後、拮抗を破りザァアアアーーと全てを洗い流す川音を響かせながら純白故に不純な光を一気に押し流していった。

 

 後には、濃紺の魔力光を中心に様々な色が混じりあった、混沌としていながらもどこか温かみのある空間が広がっていた。

 

 その空間――伊織の精神世界に二つの存在があった。一つは、光を弱めた光輝の球体、もう一つは五体満足で佇む伊織の姿だ。

 

「あんたら神様ってのは、どいつもこいつもしゃしゃり出すぎなんだよ。神様はさ、後ろの方でどっしりと見守ってくれていればいいんだ。何かをする必要なんてない。人の可能性を見たいなら、ただ、そこで俺達の決意や祈りを聞いていてくれればいいんだ。それで十分なんだよ」

 

 伊織は、かつて世界を創った神様に届けたのと同じ言葉を送った。そして、スっと覇王流の構えを取る。魔力も気も纏わない。ただの拳を構える。

 

「この程度の奇跡じゃあ、人の意志は止められない! 俺の拳は砕けやしない! もう一辺、一から出直してこい!」

 

 伊織は、そういうと何千回、何万回と繰り返してきた基本にして奥義でもある拳――覇王断空拳を光輝の中心に突き出した。

 

 直後、

 

パァアアアアン!!

 

 そんな破裂するような音が響き渡り……

 

「がはっ!! ……馬鹿な……【覇輝】が破られた?……」

 

 精神世界が一瞬で解けて現実世界となり、伊織の突き出した拳は曹操の顔面に突き刺さっていた。

 

 未だ光に満ちた現実世界の中、曹操は、信じられないという表情で目を見開いて、至近距離から己を真っ直ぐに射抜く伊織の眼差しを見つめ返した。ずっと現実世界にいた曹操からすると、聖なる輝きに呑まれた侵食されていったように見えた伊織が、突如全てを吹き飛ばして己を取り戻し、自分に拳を振るってきたように見えたのだ。

 

 拳を叩き込まれた瞬間、魔力も気も一切感じないにも関わらず耐え難いほど重みを伝えるそれに、曹操は何かを悟ったような表情で口元に笑みを浮かべると、そのまま無言で仰向けに倒れ込んだ。

 

 曹操の倒れた後にふわりと砂埃が舞い、カランッと音を立てて聖槍がその手から離れる。

 

 直後、周囲を純白に染めていた光は吸い込まれるように聖槍へと消えて行き、やがて、完全に輝きを失った。

 

 周囲には【絶霧】の霧もなく、そこが本物の京都の町の一角であることがわかった。少し離れたところではミク達がゲオルグの意識を奪って拘束したままキョロキョロしており、八坂も疲れたような表情で周囲に視線を巡らせていた。

 

 伊織が拳を突き出したままの残心を解いて姿勢を戻すと同じに、彼女達の視線が伊織と、その眼前に倒れている曹操の姿を捉える。そして、終わったのだと察して、輝くような笑みを浮かべた。

 

 伊織は、大きく息を吐くとミク達に一人一人に視線を合わせて、同じく勝利の笑みを浮かべた。

 

 直後、

 

「伊織! ミク! テト! エヴァ! あと八坂!」

 

 と、ドラゴンの翼をはためかせながら蓮が、

 

「母上ぇーー!! 無事ですかぁーー!!」

 

 と、連に抱き抱えられた九重が、

 

「ケケケッ、ヤッパソッチノ方ガ面白ソウジャネェカ」

 

 と、蓮の頭の上のチャチャゼロが、

 

「伊織ぃ!! てめぇ、連絡だけ寄越してさっさと突入するんじゃねぇよ!!」

 

 と、漆黒の翼をはためかせ青筋を浮かべつつも、どこか心配そうな表情のアザゼルが他にも幹部を率いて、

 

 その他にも、東雲の兄弟姉妹や京都妖怪、助っ人に駆けつけた立山妖怪や酒呑童子崩月率いる鬼の軍団やらがわらわらと集まって来た。

 

 どうやら京都の町の襲撃も無事に鎮圧できたようである。

 

 伊織は、ミク達ともう一度視線を合わせて笑い合うと、そんな彼等に向けて手を掲げながら自ら歩み寄って行くのだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

オタク故に、定番の能力を知り尽くしている伊織。
……本質的には蓮と変わらないかもしれない。

というわけで、英雄派編は終了です。
めっちゃ戦闘書けて楽しかった……出来はともかく

明日も18時更新予定です。

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