重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第49話 本物と紛い物 前編

 

 創られた偽りの京都の一角で、異世界の英雄と英雄の力を持って生まれてきたテロリストが相対した。

 

 両陣営の表情は対照的だった。伊織達が一様に静かな、されど強い意志を秘めた真剣な表情であるのに対して、曹操達は、オーフィスが伊織達側にいるという動揺さえ収めてしまえば、そこには不敵で楽しげな笑みしか浮かんでいなかった。龍神が敵に回ったという事実すら、超常の存在へと挑む事を理念とする彼等には嬉しい事なのかもしれない。

 

「やぁ、東雲伊織。随分な登場をしてくれるなぁ。まるで作られたように劇的な展開だ。正直、心が滾るのを止められない」

「相変わらずの戦闘狂振りだな。見たところ、お仲間も似た者同士か」

「そりゃあそうさ。俺達はそういう風に生まれて来たんだ。英雄たるもの常に強者との戦いを求めるのが自然だ」

 

 曹操がそんな事を嬉しそうにのたまう。そして、その視線は、他のメンバーと同じく、黒髪ゴスロリ少女オーフィスへと向けられた。

 

「オーフィス……正直、貴方がそこにいる事が未だに信じられない。グレートレッドを打倒し、故郷である次元の狭間に帰還するとい目的はどうなったんだ? それとも、東雲伊織といる事でその目的が叶うと確信したのか? 俺達ではなく?」

 

 それは当然の疑問だ。オーフィスという存在を、力の象徴としてしか見た事のない者には到底理解できないだろう。静寂を求めた理由も、常に人型をとっている理由も、その人型が常に弱者を象徴するものである理由も。きっと、ただの戯れにしか見えていない。

 

 だからこそ、今のオーフィスはもっと理解できないはずだ。ネット世界ではグレートレッドすらネタにしてあらゆる神達の上を行くナンバーワンうp主“龍神P”様である事も、それが今、オーフィスにとって何よりの楽しみである事も、パソコンの前に齧り付いて離れないオーフィスにジャーマンスープレックスをかまして食事を取らせる東雲ホームの子供達や反省中プラカードを渡して部屋の隅で正座させる依子など、そんな遠慮のない家族とのやり取りが何より嬉しいと感じている事も……そして、そんな幸せに己の手を引いて導いてくれた伊織達に、溢れんばかりの親愛を感じている事も、曹操達には到底理解できない事だろう。

 

 故に、オーフィスはただ一言で返した。

 

「無限の龍神の名は“蓮”。それが全て」

 

 新たな名をもらった時から、新たな生き方をしているのだと、大切なものも、叶えたい願いも、譲れないものも、全て新しくなったのだと、そう言外に伝える。

 

 果たして伝わったのかいないのか、曹操は「そうか」と肩を竦めるだけで、それ以上何も言わなかった。あるいは、オーフィスの動機などどうでも良かったのだろう。ただ、敵か否かを確信したかっただけなのかもしれない。

 

 曹操は、伊織達から視線は逸らさずに、ゲオルグに呼びかけた。その意を汲み取ったゲオルグは、霧を操って転移の準備をしようとする。いざという時の退路は確保しておきたいのだろう。

 

 しかし、ゲオルグの霧がその効果を発揮することはなかった。

 

「さてさて、好き勝手しておいて、あっさり逃げられると思ったのかのぅ? この八坂にどれだけ時間を与えたと思うておる」

 

 その声の主は九尾の御大将。刀印を組んだ指にうねる九尾、そして黄金色に輝く瞳が曹操達を睥睨する。いざとなれば逃げればいいなどと、これだけ勝手をしておいて甘いことを()かすなと、常人ならただ傍に寄っただけで発狂しそうな高密度の妖力を撒き散らしながら宣言する。

 

 八坂は、伊織達が登場し曹操と言葉を交わしている間も、ひたすら【絶霧】に対抗すべく術を練り上げていたのだ。結果、戦闘に備えて結界は解除せず、むしろその結界を利用して曹操達が簡単に逃げ出せないよう檻にする事に成功した。もちろん、転移する事も出来ない。

 

 もっとも、【絶霧】を抑える代償にその力の大半を使っているので、十全な戦闘は不可能となっている。何せ【絶霧】は神滅具であり、禁手に至っているのだ。言ってみれば、【赤龍帝の籠手】のブーストをさせない、あるいは、赤龍帝の鎧を強制的に解除するといった事を行っているに等しい。八坂の技量は神懸かっていると言えるだろう。

 

「チッ、九尾の術で転移を阻害……いや、結界そのものに干渉したか。曹操、すまないが撤退するとしても時間がかかりそうだ。九尾の術を破らねば」

「そうか……ますます、英雄向きのシチュエーションだ。いいとも、ならば覚悟を決めてやり合おうか」

 

 曹操は、ゲオルグの言葉に動揺するでもなく、聖槍で肩をトントンしながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「ゲオルグ……あれの準備を頼む。それと、外にいる構成員に京都の地で盛大に暴れろと伝えてくれ。ジーク、ジャンヌ、ヘラクレス、相手は神滅具使いと無限の龍神だ。彼に侍る女も、紛れもなく強者揃い。相手にとって不足はないだろう?」

「ああ、全く、心躍るよ」

「まぁね、久しぶりに全力でやれそう」

「ハッハッハッー!! いいじゃねぇか! 実験なんてまどろっこしいと思ってたところだぁ!」

 

 曹操が聖槍に光輝を纏わせ、ジークが三振りの魔剣を薙ぎ払い、ジャンヌが細身の剣を掲げ、ヘラクレスが巌のような拳を打ち鳴らす。どいつもこいつも戦闘意欲旺盛だ。

 

「伊織よ。すまんが【絶霧】への干渉で精一杯じゃ。霧使いは何とかするでの、後は頼むぞ?」

「ええ、逃がさないようにしてもらえるだけで十分です。……ここで、終わらせます」

 

 伊織は、そう言って一歩前に出ると、ミク、テト、エヴァに語りかけた。

 

「感情が理解できないわけじゃない。だが、こいつらは己の快楽の為にやり過ぎた。……ミク、テト、エヴァ。……叩き潰すぞ」

「はい、マスター」

「了解、マスター」

「ふん、当然だ」

 

 次の瞬間、誰の合図もなく戦いの火蓋は切られた。

 

 一瞬で、戦うべき相手が選別される。

 

 最速で飛び出したジークフリートの魔剣が迷う事なくミクに振るわれ、それをミクが正面から受け止めた。ジークの目には最初からミクしか見えていなかったようだ。同じ剣士として斬り合わずにはいられなかったのだろう。

 

 一拍遅れて聖槍から閃光を奔らせようとした曹操に伊織が肉薄し、伊織を狙っていたらしいヘラクレスが一瞬で脇を抜けられた事に驚きながらも追撃しようとしてエヴァの合気を喰らい投げ飛ばされた。更に、そのエヴァを魔のものと看破していたらしいジャンヌが聖剣を振るうが、その剣をピンポントでテトが銃撃し、更に飛び蹴りをかまして吹き飛ばした。

 

 後方では、【絶霧】への干渉で余裕のない八坂に、ゲオルグがその制御を取り戻そうとしながら、魔法攻撃を仕掛けていた。その攻撃を、八坂の前に立ち塞がったオーフィスが捌く。ゲオルグは、八坂の術を破る事と何かの召喚術も並行しているというのに驚異的な技量と言えるだろう。

 

 

 

 

 それぞれが、己の敵と相対した中、いち早く切り札の一つを切った者がいた。

 

「禁手化――【阿修羅と魔龍の宴】」

 

 その言葉と共に戦場の一角で光が溢れる。現れたのは背中から四本の龍腕を生やし計五本の魔剣と一本の光剣を構えた阿修羅像――もとい、禁手化したジークフリートだった。

 

「うわぁ、いきなりですねぇ」

 

 ジークフリートの神器は【龍の籠手】。一定時間、使い手の力を二倍に引き上げるというありふれた物ではあるが、これはその亜種であり、生えた腕の数だけ倍化する。つまり、ジークフリートの力は都合十六倍に跳ね上がったというわけだ。しかも、その手に持つ剣は尋常でないプレッシャーを放つ魔剣ばかり。

 

 だというのに、対するミクは無骨な無月を構えたまま特に気負うでもなく、あっけらかんとしている。

 

 そんなミクに、ジークフリートは思わず苦笑いを零した。

 

「君の実力は、さっきのである程度把握したつもりだ。手を抜くなんて有り得ない。最初から全力で行かせてもらうよ。……尋常でない斬り合い。剣士なら誰もが求めることだ。君もわかるだろう?」

「理解は出来ますが、共感は出来ません。っと言っておきましょう。きっと、マスターならそう言うでしょうし。私も同感です」

「それは、残念だっ!!」

 

 ミクの切り捨てるような言葉に笑みを零しつつ、ジークフリートは一気に踏み込んだ。その速度は、並の相手では瞬間移動にも思えただろう。しかし、速度に関しては自信のあるミクが、反応できないはずがない。

 

 背後から振り抜かれた唐竹の一撃を無月の鞘で受け止める。しかし、今回は相手が悪かった。振るわれた剣は、魔剣の帝王とも呼ばれる最凶の剣。全てを切り刻む魔帝剣グラムだ。故に、無月の鞘は、その凶刃の侵入をあっさり許してしまう。

 

 ミクは、堅さにだけは定評のある無月が両断されそうになった事に驚きつつ、加速された世界で、一瞬にして【周】を強化すると、そのまま脇へとグラムの威力を逃がした。

 

 だが、ジークの剣戟はまだまだ終わらない。何せ、手に持つ剣は魔剣五本に光剣一本の計六本もあるのだ。

 

 ミクがグラムに対応した刹那に、右薙、左薙、袈裟斬り、逆風の剣閃が走る。更に、最後の一本は突きの体制だ。後方に逃れようとすれば、神速で踏み込んだジークにより一突きにされるだろう。

 

 逃げ場はない。六刀流という有り得ない剣戟の嵐は一瞬にして全ての生存の可能性を斬り捨てるのだ。故に、逃げない。むしろ、この絶対絶命をチャンスに変える。己の身を囮として、反撃に出る!

 

「アデアット」

「ッ!?」

 

 その瞬間、今まさにミクを切り刻もうとしたジークの背筋を氷塊が滑り落ちた。殺気を感じたわけではない。しかし、それでも背後に死を感じたのだ。しかも、正面のミクは、逃げるどころか、むしろ踏み込んできており、このまま剣を振るえば深刻なダメージは与えられるだろうが至近すぎて致命傷には至らないだろう。

 

 すなわち、死ぬのは自分だけ……

 

 ジークは、咄嗟に先に弾かれた魔帝剣グラムの力を解放し、その反動で身を捻った。

 

 直後、一瞬前までいた場所に、無骨な刀の斬閃が走った。更に、体勢を整えようとするジークの左右背後から三条の斬撃が襲う。

 

 手数で圧倒しようとしたジークの攻撃への当てつけのように、今度はジークが無数の剣戟に襲われる。

 

「舐めるなぁ!!」

 

 気合一発。ジークの魔剣が空に踊り、全ての斬撃を迎撃した。しかも、魔剣からは空間を削り取るような渦巻く衝撃や、空間そのものを切り裂く斬撃まで飛び出し、ジークを襲っていた分身体ミクの持つ無月を破壊する始末。前者を魔剣バルムンク、後者を魔剣ノートゥングという。

 

 ジークは更に、ミクの追撃を避けるため、魔剣ダインスレイブによって氷柱を発生させ周囲に無差別な殺意を撒き散らした。

 

 ミクの方にも氷の柱が襲い来る。それを、抜刀一閃で両断すると、ミクはジークの魔剣を観察するように目を細めたまま抜刀姿勢を維持して動かなくなった。ジークを取り囲むように七人のミクが包囲網を形成する。

 

「くっくっ、あぁ、楽しいなぁ。手数には手数を、か。そうだった。君には、この分身体があったんだ。ゲオルグでも見抜けないってどういう原理なんだい?」

「あなたの魔剣の性能は?」

 

 自分を取り囲む分身体ミクを楽しげに見回しながら、ジークがそんな事を聞くと、ミクは逆に魔剣の詳しい性能を尋ね返した。言外に、敵に教えるわけないでしょう? と言っているのをジークも違えず察する。

 

 それに苦笑いを零しながら、禁手化しても容易に攻めきれないミクに精神がどんどん高揚していくジーク。次第に、自分を見つめる眼差しに熱がこもり始めている気がして、ミクの背筋が嫌な意味で粟立った。ハンター世界の某変態ピエロと同類でない事を祈りたい。

 

「ふっ、お互いの事は斬り合いの中で知り合おう」

「はぁ、私と相対する人はどうしてこうも病気持ちばかりなんでしょう?」

 

 深い溜息を吐くミクに、ジークが再び踏み込む。ミクも、ほぼ同時に踏み出し、神速の抜刀術を連続で繰り出した。

 

 しばらくの間、擬似京都の一角に魔剣の閃光と銀色の剣閃が流星雨のように走り続けた。

 

 ジークが魔剣を振るえば、その圧倒的な性能から繰り出される威力を神業的な技量で受け流し、またはかわしていくミク。そして、一瞬の隙をついて研ぎ澄まされた神速の一撃がジークを掠める。

 

 魔剣ダインスレイブの氷柱が飛べば、手首の返しで円を描く高速の斬閃が剣戟の華を咲かせ氷柱を砕き、細かな氷の粒子がダイヤモンドダストを作り出す。

 

――神鳴流 百烈桜華斬

 

 魔帝剣グラムと魔剣デルウィングのもたらす圧倒的な破壊に対し、微塵も臆さず踏み込む。そして、剣戟の僅かな隙間に飛び込んでかわしながら体を捻り、交差する一瞬で背中の龍腕に剣戟を叩き込む。

 

――飛天御剣流 龍巻閃

 

 突き出された魔剣バルムンクの空間ごと破砕するような螺旋の衝撃を分身体ミク数人を犠牲にしながら弾き飛ばし、技後硬直の一瞬をついて九箇所同時剣戟を叩き込む。

 

――飛天御剣流 九頭龍閃

 

 どうにか凌いだものの無数の細かな傷を負いながら体勢を崩したジークに、離れた場所から分身体ミクの斬撃が飛ぶ。不自由な体勢ではあるものの、同じく、ジークは魔剣ノートゥングにより迎撃の斬撃を飛ばした。しかし、ミクの斬撃は、スっとノートゥングの斬撃を透過すると、驚愕しながらも咄嗟にグラムを盾にしたジークを、そのグラムすら透過して斬り付けた。

 

――神鳴流 斬空閃 弐之太刀

 

 魔帝剣のオーラによって幾分威力を弱めていたようで致命傷にはならなかったが、胸を真一文字に刻まれたジークは、僅かに苦悶の表情を浮かべる。

 

 同時に、少しの焦燥が鎌首をもたげ始めた。それは、純粋な剣の腕で、ジークがミクに及んでいないという事が、ここまでの斬り合いで分かり始めたからだ。今は、何とか、剣の圧倒的な能力差で均衡を保てているが、それも先の一撃で崩れ始めた。

 

 ミクが、明らかにジークの動きに慣れ始めているのである。それは、ミクの高度な演算能力が分析と解析、そして対応方法を算出し始めているという事が原因なのだが、そんな事とは知る由もないジークにとっては、文字通り、“見切られ始めている”と感じているのだ。

 

「はは、まさか極東の地に、これほどの剣士がいるなんて……純粋な剣技で、劣るとは思わなかった。もしかして、君も誰か英雄の血を引いているのかい?」

 

 当初の楽しそうな笑みは鳴りを潜め、今は、悔しさと殺意にあふれた眼差しを送るジーク。古代ベルカの百年以上に及ぶ技術の粋を集めて作られた上に、この世界の更に上位にいる高次存在の手が加わったミクは、どこからどう見ても人間にしか見えない。故に、まだ年若く見える女の子が自分より上だという事実が、戦闘狂をして平静さを奪わせていた。

 

「いいえ? そんなものありませんよ。単純に、あなたが私に及ばないだけです」

「っ……言ってくれるね。だが、まだだ。僕はっ、英雄の子孫だ! 超常の存在を降し、誰にも虐げられない高みへ至るんだ!」

 

 激情を押し殺したような声音で叫んだジークは、グラム以外の魔剣や光の剣の力を高めていく。

 

「……その為なら、超常の存在と関係のない人達を襲ってもいいと? 神器があっても平穏に暮らしている人々の日常を壊してもいいと? そういうんですか?」

「何事にも犠牲は付きものだ」

「典型的なセリフですね……いいでしょう。あなたの動きも魔剣の性能も解析済みです。次で終わらせましょう」

「それは僕のセリフだ!」

 

 ジークが決死の形相で魔剣と光の剣を掲げながら突進する。ミクは、抜刀体勢のまま瞑目し、次の瞬間には、カッ! と眼を見開いて抜刀術の奥義を繰り出した。

 

「っ!?」

 

 ミクが、右足ではなく刀を構えた左足で踏み込んで来た事に、そして、そのせいか只でさえ神速と言っても過言ではなかった抜刀術が、更に加速し認識すら埒外に置く超神速とも言うべき域に達した事に、ジークは自分でも知らず息を呑んだ。そして、本能のなすままに全魔剣を盾にしながら体に無茶な制動をかける。このまま踏み込んでも、両断されるイメージしかわかなかったのだ。

 

 だが、同時にチャンスでもあると察した。超神速の抜刀術なら、技後の隙も大きくなるはずだと。最後の最後で一瞬の隙を突いてやるつもりで、集中力を極限まで研ぎ澄ます。

 

ガキィイイイ!!

 

 金属同士がぶつかり合う硬質な音が響き渡ると同時に、ミクの体が流されていく。

 

(ここだ!)

 

 ジークは、既に半身になってしまっているミクへ魔剣グラムを横薙ぎに振るおうとした。が、その瞬間、

 

ゴオゥ!!

 

「なっ!?」

 

 凄まじい衝撃に襲われると共に、豪風が吹き荒れ体が強制的に中央へと引きずり込まれていく。思わず、驚愕の声を上げてグラムの太刀筋を乱すジーク。グラムはミクのツインテールの端を僅かに切り裂いただけで虚しく空を切る。

 

 そして、泳いだ体を立て直そうとするジークの眼に、いつの間にか一回転して再び正面を向き、その手に納刀状態の無月を抜刀姿勢で構えるミクの姿が映った。

 

 コンマ数秒の出来事。しかし、極限の集中がもたらしたジークの引き伸ばされた知覚は、ミクが鯉口を切る瞬間をその眼に映させた。ニ擊目の斬撃が来るとわかっていながら、しかし、吹き荒れる風に体の自由を奪われ動くことが出来ない。

 

 そして、

 

――飛天御剣流 奥義 天翔龍閃

 

 龍の牙と龍の爪、二段構えの抜刀術がその真価を余すことなく発揮し、ジークの腹を銀閃と共に両断した。

 

「がふっ……こ、こんな事が……」

 

 崩れ落ちながら呆然と目を見開くジークフリート。

 

「あなたの剣は軽いんです。重み(想い)のない剣士なんてこんなものです」

 

 そんな彼から少し離れた場所に無月を振り抜いた姿勢で残心するミクは、スっと姿勢を戻すとチンッ! と小気味いい音を響かせながら納刀を済ませた。

 

 肩越しに振り返るミクを仰向けに倒れながら上下に反転した視界に映したジークは、ミクの瞳に、勝利への喜びも、敗者への哀れみも何もない事に愕然とした。

 

 ミクとしては、ただ強くなりたいだけ、力を振るいたいだけの相手など行動をインプットされた機械と何ら変わらないという思いがあった。生きる者が力を求めるなら、その力を何のために、誰のために、いつ、どこで、どのように振るうのかを心に秘めておくべきだと考えていたのだ。少なくと、ミクが剣を交えた強者と呼べる者は皆、剣の在り処というもの持っていた。

 

 故に、強くなるためなら外道も辞さない。しかも、その外道な行いすら明確な意志のもとではなく、その方が都合がいいからと言うふざけたもの。

 

 そんな相手に払うべき敬意を、ミクは持ち合わせてはいないのだ。

 

 だが、半端に剣士たる矜持を持つジークに、取るに足らない相手と思われた事実は耐え難かった。とても、看過できるものではなかったのだ。

 

 故に

 

「ふざけるなっ! 軽いだと! ふざけるなっ! グラムさえ十全に扱えれば、君如き! くっくっ、そうだ。見せてやる。グラムの本当の力をっ!」

 

 いつの間にか取り出して使用していた【フェニックスの涙】により、両断された胴体を再生していたジークが立ち上がりながら懐から注射器のようなものを取り出した。切り口が洗練されすぎていたが為に回復効果も上がってしまったようだ。その身から溢れる殺意は、胴体を両断された者とは思えない程、濃密である。

 

 ジークは、不気味な笑みを見せながら、その手に持つ注射器を首筋に躊躇う事なく突き立てた。

 

 その途端、

 

「ぐぅうううああああゴゲグユギョベゴガッ!!」

 

 ジークの体が変貌していく。背中から生えた四本の龍腕が次々に肥大化していき、その手に持つ魔剣と同化していく。体も筋肉が肥大化しているようで細身だったジークの体が嘘のように化け物じみた巨漢へと変わっていった。

 

 そして、全身から禍々しいオーラを撒き散らす異形が出現した。その姿はまさしく怪物。

 

「コレデ、グラムヲヅガエ…ル、グギッゲッ、…キザマをゴロズゥ!!」

 

 どうやら、膨れ上がったオーラの代償として、まともに話す事も出来なくなったようだ。

 

 魔帝剣グラムは、その最凶たる切れ味の他にもう一つ特性を秘めている。それは凄まじいまでの“龍殺し”の特性だ。並みの龍では、ただ傍にあるだけで看過できないダメージを負う上に、かの五大龍王の一角【黄金龍君】ファーブニルを滅ぼした凶剣なのである。

 

 そのため、神器【龍の籠手】を持つジークフリートは、魔帝剣グラムを十全に扱えなかった。その問題をクリアするために使用したのが、あの注射器。神器に魔の属性を無理やり混合する薬で、その力を無理やり引き出し服用者に爆発的な能力の上昇をもたらす事が出来る。

 

 この状態を魔人化といい、ジークは、魔帝剣グラムを含めた魔剣の力を十全に引き出すことが出来るようになるのだ。

 

 もっとも、原作と違い、かなり弊害があるようだ。言語機能や理性といった面がかなり不安定になっている。おそらく、原作と異なり、【魔獣創造】やオーフィスの協力がないことで、それに代わる力を求めた結果、急ピッチで作り上げられた試作品段階のものなのだろう。

 

 そんな、無差別に殺意とドス黒いオーラを撒き散らす怪物に変貌したジークに、しかし、ミクは焦燥も嫌悪もなく、ただ呆れたような眼差しを向けた。

 

「英雄派というのは、人間が(・・・)、超常の存在に挑み打倒する、というのを理念に掲げていたのでは? どう見ても人間には見えませんが」

「ダマレェ! 僕ハカツンダ! アクマもテンしも、ダテンシもすべて全てコロズぅ!」

「既に会話も出来ないんですね……想いがないから、そうやって簡単に道を外れるんです」

「ジネェ!!」

 

 溜息を吐くミクに、地面を放射状に砕きながら魔人ジークが襲いかかる。

 

 ミクは、速度や威力は比べ物にならないほど上がったものの、大味になった剣戟の合間を縫うようにくぐり抜け、次々と斬撃を叩き込んだ。

 

「モウ、お前ノ攻撃ハキカナイっ!!」

 

 魔人の体は耐久力が凄まじく上昇しているようで、ミクの斬撃でも浅く傷を付けるので精一杯のようだった。魔人ジークは、斬りつけられるのもお構いなしに、ミクへ暴威を振るい続ける。

 

 魔剣と同化した龍腕が振るわれる。螺旋を描いた衝撃と氷柱が同時に地面を穿ち、強固なはずのバトルフィールドの地面を消滅させ、空間そのものに激震を走らせる。更に、ノータイムで振るわれた魔帝剣グラムの一撃が、かわしたミクの背後にある京都の町並みを根こそぎ破壊し尽くした。

 

 しかし、どれだけ威力と速度が上がろうとも、ミクには掠りもしない。あるいは、原作通りの魔人化であったなら、ミクに剣術以外の全てを出させる全力戦闘を強いたかもしれないが、半ば獣に身を落とした剣士モドキには、到底、ミクを捉える事は出来なかった。

 

 そして、しばらく魔人ジークの攻撃が空を切り、ミクが効かない斬撃を繰り出すということが続いていると、獣じみた魔人ジークの苛立ちと共に、その体に異変が起き始めた。

 

ガクッ!!

 

「ッ!?」

 

 突如、踏み込んだ足から力が抜けてたたらを踏む魔人ジーク。先程まで溢れんばかりだったオーラも、今では身に纏う程度にしか見えない。疑問を抱く魔人ジークに、どんなに斬撃を繰り出し続けても一向に効いた様子がないもかかわらず、全く顔色を変えなかったミクが、苦笑いを零して指摘した。

 

「どうです? そろそろ、魔力も限界じゃないですか? 沢山、斬らせてもらいましたからね」

「ナ、ナニヲシタッ……ヂカラガッ、ヌケテル?」

「ええ、こうすればわかりますかね?」

 

 ミクがパチンッ! とフィンガースナップを効かせると同時に魔人ジークの体がネギに埋め尽くされた。

 

「ナ、ナンダ、コレハ!!」

「うん、やっぱり滅茶苦茶シュールですね……」

 

 それは、ミクの念能力【垂れ流しの生命】の発動の証。二度刻んだ場所から任意のエネルギーを流出させる能力だ。長年の研鑽により、その流出速度は最初の頃の数倍になっている上に、【隠】によってネギマークを見えなくする事も出来るようになった。

 

 今、こうしている間も流れ出ていく自身の魔力に、魔人ジークが動揺したような声を上げる。必死に自身の体に付けられている情けなさ溢れるネギマークを剥ぎ取ろうと剣まで突き刺すが、その程度の解呪できるほど柔なものではない。

 

「終わりですね。普通なら止めを刺すところですが……テロリストの幹部となれば、各勢力のお偉いさん方も色々聞きたいこともあるでしょうし確保しておきましょうか」

「フザケルナッ! フザケルナっ! 僕はコンナアァトコロデぇえ!!」

 

 ジークは狂乱するように、どこからかもう一本の注射器を取り出した。どうやら、ドーピングの重ね掛けをするつもりらしい。

 

「……やめた方がいいと思いますけど」

 

 ミクが眉を顰める。既に人間を止めているとしか思えないジークが、更に変貌すれば、それこそ、英雄に討たれるべき怪物に成り果てるだろう事は容易に想像できる。一体、何が彼をそうさせるのか。

 

 ジークは、ミクの忠告も既に耳に入っていないようで、躊躇いなく注射器を首筋に打ち込むと、人間の声帯では発することが出来ないような雄叫びを上げ、更にその肉体を肥大化させた。そして、【垂れ流しの生命】により目減りした力を一気に回復させる。

 

 力の流出までは、やはり止められないようだが、今しばらくは、更に強大な力を以て戦えるだろう。

 

 ジークが、全ての魔剣を頭上に掲げた。ヘドロのような澱んだオーラが天を衝くように吹き上がる。それが放たれれば、あるいは【絶霧】の結界を抜けて外の世界に影響を与えるかも知れない。実は、ミク達が分身体を通して異変を知り、蓮の力を以て探り当てた場所は、八坂達が【絶霧】に包まれた場所ではなく、京都だった。おそらく、最初から京都の地で“実験”とやらをするために作った擬似空間だったのだろう。

 

 つまり、ジークの捨て身のような一撃が放たれれば、京都の町が被害を負うかも知れないということだ。その可能性が万に一つでもあるのなら、ミクは東雲伊織のパートナーとして、見過ごすわけにはいかない。

 

 ならば、すべき事は一つ。

 

「斬りましょう」

 

 ミクはそう言うと、スっと抜刀術の構えをとった。同時に、その身を魔力とオーラが合わさった燦然たる輝きが包む。【咸卦法】の光だ。膨れ上がった力を全て納刀された無月へ注ぐ。

 

 相対するのは都合五本の魔剣と一本のただ堅いだけの無骨な刀。一方は、台風を圧縮したような激烈な破壊力を秘めていると一見してわかるほど余波を撒き散らし、一方はただ静かに洗練されていく。

 

 静かに瞑目していたミクは、スっと眼を開いた。その視線の先にはジークではなく魔帝剣グラムがある。空間すら軋ませて唸る魔剣の帝王。掲げられた伝説の魔剣の中でも一際凶悪かつ強大なオーラを放っている。いくら使い手が優れていても、ただ堅いだけの無月に、果たしてその全てが斬れるのか……

 

(斬ります。必ず、斬ります!!)

 

 ミクの意志が、帝王へ叩きつけられる。あるいは、その意志だけで斬り裂いてやろうとでもいうかのように。

 

 その瞬間だった。

 

カッ!!

 

 光が爆発する。その原因はグラムだった。グラムが、ヘドロのようなオーラを吹き飛ばして燦然と輝きだしたのだ。同時に、魔人ジークの体から物凄い勢いで白煙が上がり始めた。その大元は、グラムを握る手だ。

 

「っあ!!? ナンダ!? ナゼ、ぐらムがァ!!?」

 

 魔人ジークが驚愕と耐え難い苦痛に歪に崩れた顔面を更に歪める。グラムは、まるで魔人ジークを拒絶するように光を放ち続けた。そして、遂にその姿がフッと掻き消える。

 

 次にグラムが現れたのは、ミクの眼前だった。宙に浮きながらミクに呼応するように脈動を打つ。

 

「……マサカ、ココデ裏切るノカ!? 彼女ヲアルジに選んダトデモイ言うのカ!?」

 

 愕然とした魔人ジークの声。その認識は極めて正しかった。グラムは、人間を止めていくジークに愛想を尽かしたのである。己を剣としてではなく、ただの砲台のように使うような者を最強の名を冠する魔剣は主とは認められなかったのだ。

 

 同時に、眼前の強烈なほど強い意志を叩きつけてきた少女に、己の主として資質を見たのである。絶対に引かない、必ず守る。魂を燃やすその圧倒的な意志を、ただ“斬る”という行為に込めていくミクの姿に、魔帝剣グラムは、己を使う権利を与えたのだ。

 

 眼前で宙に浮き、その手に自分を取れと言わんばかりの魔帝剣グラムを見て、ミクは少し首を傾げた後、キョトンとした声音で言ってのけた。

 

「え? 別にいらないですけど」

「……」

「……」

 

 一つは、他の魔剣を構えたままの魔人ジーク。もう一つはきっと、魔帝剣グラムである。

 

「っていうか邪魔なんで戦う気がないなら脇にでもどいてくれませんか?」

「――!」

 

 更にミクが追撃をかける。眼前にいられると邪魔だという身も蓋もない理由で脇にどけようとまでする。それに焦ったのは……グラムのようだ。ドックン! ドックン! と抗議するように光を迸らせる。

 

「え? 自分を使え? 全てを切り裂く力をやろう? だから要りませんって。剣士たるもの自分の斬りたいものだけを斬ってこそですよ。勝手に斬ろうとする剣なんてむしろ邪魔…」

「! ――!!」

「なんです? そんな何の力もないただの剣と自分、どっちがいいんだ、ですって? そんなの無月の方がいいに決まってるじゃないですか。意思なんてありませんけど、頑丈で私に応えてくれる良い刀ですよ」

「!! ――!?」

「自分だって滅茶苦茶頑丈だ? そんな奴には負けない、ですか? まぁ、そりゃあ、そっちはすごい力もっているんでしょうけど……正直、身内や友人に龍族がいるので、龍殺しの特性とか迷惑極まりな…」

「!!!! ――? ――!!」

「オーラは抑えてやるって言われても……っていうか、微妙に上から目線じゃありませんか? 今だって、戦闘中に持ち主を変えるなんて……正直、そんな剣に命なんて預けられないですし…」

「――。――!」

「え? そりゃあ、まぁ、剣なのに砲台替わりにされちゃあ腹立つのも分かりますけど……う~ん、やっぱりいらな…」

「!!!!!!! ――!!」

「うわっ、何ですか、いきなり? ちゃんと言うこと聞いてやるからって……じゃあ、取り敢えず、その使わせてやるっていう上から目線、どうにかして下さい。使い手に従わない剣なんてゴミ箱にポイッしますよ?」

「――」

「あら、意外に従順じゃないですか。仕方ないですね。分かりました。貴方を受け入れましょう。……次回から」

「!!!」

 

 ジークが呆然と、「え? 普通に会話してる?」と魔人化の影響もないような滑らかな口調で疑問の声を発した。それ程、有り得ない光景だったのだろう。会話中? の間も攻撃を忘れるほど。

 

 そして、どうやら上から目線でミクを使い手にしてやろうと迫ったグラムを、ミクがあっさり振ったために、収まりが付かなくなったグラムが、あれこれ言い募ったようだ。

 

 グラムの声は聞こえないが、何となく雰囲気から、「そんな何の取り柄もない刀と、俺様とどっちがいいんだ!」とか「仕方ない、お前に従ってやろう! 感謝しろ!」とか俺様ツンデレ風にミクに迫った結果「言うこと聞くから、使ってくれよぉ~。いらない子扱いするなよぉ、いえ、しないで下さい……」という感じになったと思われる。

 

 どうやら最強にして伝説の魔剣は、いらない子扱いされるという初体験に動揺が隠しきれなかったらしい。伝説の名に掛けて、ただの頑丈なだけの刀に負けるわけにはいかなかったようだ。最終的に、ちょっとSの入ったミクに大人しく従う事にしたようである。

 

 ただ、このクライマックスのタイミングでミクを選んだというのに、使って貰えるのは次回からのようで、ひどくショックを受けたようだ。もしグラムが擬人化したなら木陰からハンカチを噛み締めながら悔し涙を流し、ミクに寄り添う無月を睨みつけている事だろう。

 

 そんな剣達のちょっとした愛憎劇の末、デバイスの格納領域にしまい込まれてしまったグラム。

 

 ミクは気を取り直したように無月を抜刀姿勢で構えると、魔人ジークに視線を向けた。呆然としていた魔人ジークは、慌てて残りの魔剣を構える。しかし、少々、時間をかけすぎたようだ。

 

「ぐぅうう、力がぁ、ぬけぇ~」

 

 そう、ミクとグラムと無月が昼ドラをしている間にも【垂れ流しの生命】は発動中だったのである。

 

「今度こそ終わりですね。では、どこかの神様か魔王様にでも、たっぷり尋問されてから裁かれて下さい」

 

 ミクは、それだけ言うと、苦し紛れに四本の魔剣の力を解放して砲撃のように撃ち放ったジークの攻撃に対して、その場を動かず真正面から神速の抜刀を行った。

 

――神鳴流 斬魔剣 弐之太刀 咸卦バージョン

 

 曲線を描く斬魔の太刀が、咸卦の光を帯びながら空を駆け抜け、一瞬で魔剣の砲撃を両断すると、そのまま、ジークを魔人化足らしめている因子のみを切り裂いた。

 

「がっ! ぐぁ……」

 

 一瞬、体を痙攣させて己の中の力そのものを斬り裂かれたような感覚を覚えたジークは、斬りたいものだけを、ただの刀で斬り割くその剣技に、魔剣やら魔人化やらに現を抜かしていた己を省みて、最後に自嘲の笑みを浮かべ崩れ落ちた。

 

 チンッ! と鍔鳴りが響き、ミクが無月を納刀する。

 

 それが、今度こそ本当に、戦いの終わりを告げる音となった。

 

 

 

 




いかがでしたか?

剣達の持ち主を巡る愛憎劇……
グラムがツンデレな俺様なら、無月は寡黙な真面目君ですかね
他の魔剣達はどうなるか……ブリーチ世界に行って擬人化させるか……
あと、木場くん……すまん

あと、毎度、感想有難うございます

明日、18時更新予定です。

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