重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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キャラ崩壊を起こしたオーフィスは嫌だ! という方はご注意下さい


第44話 オーフィス…だよな?

 伊織達が魔王主催のパーティーにカチコミをかけて数日。

 

 駒王学園体育祭の準備に追われる中で、グレモリー眷属は放課後、オカルト研究部の部室に集まっていた。顧問であるアザゼルも一緒だ。いつもの部活動とは少し異なり、この日は、レーティングゲームの次の対戦相手に決まったディオドラ・アスタロトとのゲームに備えて、過去の対戦の映像記録をチェックするために集まっている。

 

 事後処理最中の騒動でめでたく禁手へと至った赤龍帝兵藤一誠は、その禁手を以て、パーティー後のシトリー眷属とのゲームに臨んだ。しかし、その結果は、試合には勝ったが勝負には負けたような微妙なもの。それ故に、一誠を初め他のメンバーも、一層、やる気を漲らせていた。

 

 最初にチェックするのはサイラオーグ・バアルとゼファードル・グラシャラボラスのゲームだ。

 

 映像が流れ始めた当初は、皆、好奇心が胸中を満たしていたが、試合が進むにつれその表情は険しさを増していった。それは、サイラオーグが、余りに圧倒的だったからだ。しばしの沈黙後、アザゼルからサイラオーグの特異性が語られる。才能なく、肉体のみを鍛え抜いて得た圧倒的な“力”。怪物というに相応しい力と、敬意を表さずにはいられない在り方にグレモリー眷属は息を呑んだ。

 

 そんな中、一誠がポツリと呟く。

 

「でも、あいつはサイラオーグさんと戦えて……いや、勝ってましたよね」

 

 その呟きに、アザゼルは直ぐに一人の少年を思い浮かべた。

 

「あ~、伊織か……」

「そうよ、アザゼル。彼とは親しいんでしょ? 前に会議の席で彼の人となりはそれなりに聞いたけれど……今回、目の当たりにして色々聞きたいことがあるわ」

「そうは言ってもなぁ。あいつら秘密にするところは徹底的に秘密にしやがるし……前に言った以上の事はほとんど知らねぇぞ?」

 

 アザゼルが、リアスの追求に頬をポリポリと掻きながら苦笑いする。

 

「あ、あの、私も! 知りたいです。特に、あの私と同じ神器を持っていらっしゃる金髪の女性……」

「ああ、エヴァンジェリンな……」

「なら僕も、あの翠髪の剣士について詳しく知りたいですね」

「ミクか……」

「あらあら、それでしたら私も、私の雷や部長の魔力弾を打ち消した銃使いの方が気になりますわ」

「テトだな」

「伊織という男が目立ってはいたが……あの栗毛の少女も大概だぞ? 最初にサイラオーグを一撃で吹き飛ばしたのは彼女なんだからな」

「蓮な……う~ん」

 

 ダムが決壊でもしたように、次々と質問が飛び出る。やはり、全員、あの日から伊織達の事が気になって仕方が無かったようだ。どう説明したのものかと、アザゼルが悩んでいる内に、小猫がカバンをごそごそと漁り、中からCDケースを取り出した。

 

「あの……あの日からもしかしてと気になっていたんですが……これって……」

「ん? 小猫ちゃん、それは……ってぇ! なんでCDのジャケットにあいつらが載ってるんだよ!」

 

 一誠の驚愕の声が部室に響く。その視線の先、小猫の持つCDジャケットには、確かに伊織達が載っていた。

 

「数年前から顔出しを始めたのですが、それ以前はずっと謎のベールに包まれていた人気バンドですよ。実は、私もファンです。まさかと思ったのですが……」

「ああ、小猫。そのまさかだ。あいつら退魔師業の傍らで、バンド活動もしてやがるからな」

「マジっすか!!」

「あらあら、それなら私も知っていますわ。というか、街中でもCMでも、常に起用されていますから、耳にしない方が不思議なほどですわよね」

 

 そう言って、朱乃がショップやCM、ドラマの主題歌などを挙げていくと、皆一様に、「あー! あの!」と手を叩いて納得した。そして、神滅具【魔獣創造】の担い手が、そんな人気バンドとして活動していた事に、困惑したような表情で顔を見合わせた。

 

 そんな中、リアスが少々苦みのある表情で思い出す。

 

「そう言えば、私達が纏めて意識を飛ばされた時、彼、バリトンサックスを構えていたわね。どこから取り出したのかわからないけれど……音楽すら攻撃手段だなんて」

「あれは完全に初見殺しでしたわね。……彼に良心というものがあって良かったですわ。最悪、あの一撃で全員死んでいた可能性もありますものね」

 

 朱乃の言葉に、皆が身震いした。改めて、その手札の多さと強さに表情が険しくなった。ギャスパーなど、思い出し恐怖しているのか、先程から一言も話さずダンボールの中でカタカタと震えている。

 

 しかし、そんな雰囲気をアザゼルが一蹴する。

 

「まぁ、会議の場でも言った通り、人格面でいうなら心配はねぇよ。今回の騒動だって、結局、何のためだったか……わかってるだろ?」

「あの、狐の女の子のためですよね。俺、あいつらが再会したとき、マジ感動しました。しかもその後、サーゼクス様に対してあんなに堂々と……。女の子一人の為に、神だろうが魔王だろうが挑むだなんて、マジ痺れますよ! なぁ! 木場!」

「あはは、そうだね。男なら言ってみたいセリフだよね。実際に、出来るかは別だけど」

 

 九重と伊織達の再会シーンを思い出したのか、先程のまでの脅威に対する険しい表情は鳴りを潜めて、どこかほのぼのしたような雰囲気となった。一誠のキラキラとした瞳を見て、アザゼルが小さく笑みを浮かべる。お前も十分ヒーローの資質を持っていると言いたげに。

 

「まぁ、簡単に伊織達が隠してない事を挙げると、まず、伊織は一誠と同い年だ。普通に地元で高校生やってる。で、学生の傍らで退魔師協会の守護筆頭をやりつつ、趣味みたいなものとしてバンド活動もしているわけだ」

「その守護筆頭ってなんです? っていうか退魔師協会もよく知らないんですけど、俺」

「一誠、それはね……」

 

 一誠の疑問にリアスが答える。本当に、陰陽師のような退魔師が古来より裏で人々を守っていたと聞いて一誠の瞳が再び輝きだした。

 

「へぇ、俺と同い年なのに出世してんなぁ~。でも“京都守護筆頭”ってことは、京都の奴なんですか? そんな訛りは感じなかったんですけど」

「いや、あいつは他県の出だぞ。前に話した通り、四年前の鬼神事件で京妖怪を救ってから、九尾の母娘に滅茶苦茶気に入られていてな、政治的な面から見ても都合が良かったもんで、結構強引に、今の地位に付かされたみたいだぞ。京妖怪には若様と呼ばれてやがるからな……九重が成長したらマジで婿に入れられるんじゃねぇか?」

「はぁ~、なんか……」

「ちなみに、一誠。九尾の御大将は、ボンキュッボンの超絶美女だ」

「!?」

「娘の九重も見ただろう? ありゃあ、すんげーいい女になるぞ? それはもう母親に似てバインバインな感じに……」

「!!? ……先生、俺、東雲とは仲良くなれそうにありません! だって! あいつ、既に四人も美少女引き連れてたじゃないですかっ! ハーレムじゃないですかっ! ちくしょう! その上、おっぱい母娘まで……ちょっと尊敬するけど! やっぱり気に食わないぃいいいい!!!」

「一誠……貴方ったら、どうしていつもそう……」

 

 一誠の魂の叫びに、リアスのみならず、他のメンバーも苦笑いだ。アーシアなどは涙目である。アザゼルは、予想通りの反応にニマニマと実に嫌らしい笑みを浮かべていた。

 

「まぁ、落ち着け。お前もいずれはハーレムを築くんだろ? ならどっしり構える事を覚えなきゃな。それと、伊織を呼ぶ時は東雲じゃなくて、名前の方にしとけ。退魔師の東雲は数が多いんだ。東雲家は、優秀な退魔師を多数輩出しているからな」

「え? あいつ名家の出なんですか?」

「いや、東雲は名家というわけじゃない。児童養護施設だからな」

「……そう、なんですか?」

「ああ、だが、同情なんていらねぇぞ? あそこのガキ共はどいつもこいつも強かで、生意気で、やたらしぶとくとて、最高にハッピーな面してやがる奴ばっかりだからな」

 

 そう言って、遠い目をするアザゼルに、まさか伊織みたいな奴がうじゃうじゃいるのかとグレモリー眷属の頬が引き攣った。

 

「で、だ。あいつが侍らせている女共だが、知っての通り強い。俺も全てを把握しているわけじゃねぇが、少なくとも最上級クラスの実力を全員が持っている。その上、蓮以外は全員が神器を持っていて、俺も後で教えられたんだが……全員、禁手に至ってやがる」

「「「!?」」」

 

 アザゼルの言葉に、全員が驚愕をあらわにした。

 

 祐斗とゼノヴィアは眼をギラつかせた。一番気になっているのはミクの神器だろう。何せ、神器すら使わずに蹴散らされてしまったのだ。鞘付きで無ければ、今頃死んでいる。そんな相手の事が気にならないわけがない。

 

「どんな神器ですか? 伊織君やエヴァンジェリンさんのも凄まじい能力でしたが、やっぱり……」

「いや、悪いな。ミクとテト、それにチャチャゼロの神器に付いては詳しい事を教えてもらってねぇんだわ。まぁ、その分、【魔獣創造】と【聖母の微笑】については存分に調べさせて貰ったんだが……テトに関しては、どうも擬似空間に引き摺り込むタイプらしい。サイラオーグ曰く、自分の影に襲われた挙句、その影が受けたダメージを返されたらしいな」

「そうですか……」

 

 この点、まさかミクの神器の力によってカオス・ブリゲードの偽ボスやってますとは言えないので、ばれそうな危険を犯すわけにはいかず、その故に言えなかったとは、まさかアザゼルも思っていないだろう。テトとチャチャゼロの神器が秘密なのは、ミクの神器を隠す為のカモフラージュである。

 

「じゃあ、その調べたという【魔獣創造】と【聖母の微笑】について教えちょうだい。……最後に現れたあの魔獣も死者蘇生なんて効果も尋常じゃないわ。一誠や白龍皇ヴァーリが歴代とは違う進化を遂げているように、異例の進化を遂げているのではなくて?」

「そうだな……あいつらのは……」

 

 そうして説明された伊織とエヴァの神器の効果に、グレモリー眷属は溜息を吐くしかなかった。そんな中、アーシアがアザゼルに決然とした表情で頼みをした。

 

「アザゼル先生。あのエヴァンジェリンさんに教えを請う事は出来ませんか? 同じ神器の使い手なのに……私は……」

「ん~。あのな、アーシア。お前の神器に対する習熟度は既に上位なんだぞ? 【聖母の微笑】は他にも幾人か使い手が確認されているし、同盟側も確保している。そいつらと比べてもお前の腕前は見事なもんなんだぜ? エヴァンジェリンに関しては……あいつは色々規格外過ぎるっていうか、そもそも本当に吸血鬼かも怪しいっていうか、存在そのものが意味不明なんだよ。だから、余り自分と比較して劣等感なんて抱く必要はねぇぞ?」

 

 アザゼルのあんまりな物言いに全員がドン引く中、アーシアは食い下がる。

 

「劣等感とかではなくて……私、もっと皆さんの力になりたいんです。皆さん、どんどん強くなっていくのに、私だけ余り成長していない気がして……エヴァンジェリンさんのおかげで【聖母の微笑】でも禁手はあるってわかりました。あれだけの事が出来るなら、私ももっと……だから……」

「まぁ、元々、伊織の都合が合えば、お前等とは引き合わせるつもりだった。修行に付き合って貰うとか、神器について意見交換するとか、ただ親交を深めるだけでも有意義だからな。取り敢えず、その時が来たら直接聞いてみな。そう遠くないうちにセッティングするからよ」

「はい! 有難うございます!」

 

 むんっ! と両手で小さな拳を作りながらやる気に満ちた表情を見せるアーシア。他のメンバーも伊織達と接触できると聞いて、色々とやる気になったようだ。

 

 と、その時、おずおずとギャスパーがダンボールの隙間から顔を覗かせ困惑したようにアザゼルに尋ねた。

 

「……あの人、吸血鬼……なんですか? どうして……」

 

 その“どうして”には、実に様々な疑問が詰まっているのだろう。

 

 この世界における吸血鬼とは、よく知られる御伽噺上の吸血鬼像そのままだ。招待されたことのない建物には入れないし、鏡には映らず、影もない。太陽光や聖なるものに弱く、流水を渡れない。あと、柩で眠らないと回復できず、ニンニク苦手などなど。あと異常なまでにプライドが高い。純潔の吸血鬼かそれ以外かという価値観を絶対としている。

 

 にもかかわらず、吸血鬼と言われたエヴァンジェリンは、少なくとも余裕で招待されていない建物に進撃してきたし、影もあった。そして、実際には弱点らしい弱点もない。ちなみに、ニンニクやネギは克服している。全ては旦那の料理を作るのに必要なため。良い奥さんである。

 

 そう、良い奥さんなのだ。本来、狩りの対象でしかないはずの人間である伊織の。

 

 この点が、吸血鬼の価値観故に辛い思いをしてきたギャスパーには信じられなかったのである。

 

「うん、ギャスパーが疑問に思うのはよ~~~く理解できるけぜ。でもな、考えるだけ無駄だ。単純に、そういうものだと思っておけ。弱点がなく人間の男を愛していて、ほぼ不死身の吸血鬼……うん、自分で言っててもどうかしてるとしか思えねぇな」

 

 どこか疲れた表情のアザゼルは、これ以上、聞きたい事があるなら会った時に直接聞けと言って、映像記録のチェックへと一誠達の意識を戻すのだった。

 

 

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 それから数日。

 

 ディオドラがアーシアに求婚を迫ったり、テレビ出演したりなど色々あったものの一誠達は、ディオドラ戦の当日を迎えた。

 

 アーシアに本心を見せずに迫るディオドラをぶっ飛ばしてやる! と息巻くグレモリー眷属。しかし、ゲームが始まり、いざ、魔法陣で転移した先は、ゲームの舞台ではなく、どこぞの神殿らしき建造物の入口だった。

 

 そして、そこに現れたのはディオドラとその眷属だけでなく、数百数千という殺意を滾らせた旧魔王派の上級悪魔達。つまり、一誠達は、カオス・ブリゲード旧魔王派の襲撃を受けたのである。

 

 動揺する彼等は、その隙を突かれてディオドラにアーシアを連れ去られてしまう。ディオドラは、旧魔王派に通じていたのである。

 

 歯噛みする一誠達。数千に及ぼうかという上級悪魔達は、そんな一誠達に魔力弾の掃射を行おうとする。

 

 しかし、実際に、その殺意が一誠達に届くことはなかった。アザゼルの要請で駆けつけた北欧神話の主神オーディンが、その神槍グングニルと共に立ちはだかったからだ。

 

 オーディンの援護を受けて、一誠達はディオドラを追って神殿に突入する。道中、アザゼルから、旧魔王派が一斉蜂起しており、レーディングゲームを見に来ていた各同盟勢力のトップ陣が一網打尽の殲滅戦を繰り広げていると教えられながら。

 

 そして、ディオドラの眷属と激突し、彼等は圧倒的な力を以て大切な仲間であり家族でもあるアーシアの元へ駆けるのだった。

 

 

 

 

 そんな一誠達に、彼等を囮にして旧魔王派の一斉蜂起を誘発したアザゼルは少しの罪悪感を抱きつつ、とある場所に急行していた。旧魔王派は、あらかた片付けたので、あとは部下と他の勢力のトップ陣に任せておけばいいと。それよりも、自身の持つファーブニルの宝玉が反応したのが気になった。それも強い輝き。強力なドラゴンがいる証だ。

 

 アザゼルの記憶が確かなら、その方向にドラゴンはいないはずである。元五大龍王の一角タンニーンも今回の殲滅作戦には参加しているが、それは違う場所だ。なので、アザゼルは嫌な予感で胸中を満たしながら、その反応があった場所に向かっているのである。

 

 そして、見えた人影。視認できる距離まで来ても気配は見事に隠れている。一瞬の気配の発露がなければ、そしてアザゼルがファーブニルの宝玉を持っていなければ、彼も気がつく事は出来なかっただろう。

 

 一見、ただの人にしか感じられない黒髪ゴスロリの少女。しかし、先程、僅かに感じた気配とここに現れ得る強力なドラゴンとはどんな存在かという事を合わせて考えれば、聡明な堕天使の総督は答えに至る。

 

 内心、その答えに苦々しい思いをしながら冷や汗を流しつつ、畏怖の感情は微塵も顔に出さずに、その黒髪ゴスロリ少女の傍らに降り立った。

 

 少し前からアザゼルの接近に気がついていたはずの少女は、険しい表情のアザゼルを見て如何にも「しまったぁ!」という動揺を見せていた。アザゼルは、その少女が、そんな動揺を現している事に言い様のない違和感を覚えながらも、目を細めて話しかけた。

 

「お前自身が出張って来るとはな。……以前は老人の姿だったというのに、今は美少女様か? 何を考えている――オーフィス」

 

 そう、アザゼルの眼前にいるのは【無限の龍神】オーフィス――もとい東雲蓮である。もちろん、カオス・ブリゲードの拠点にいるミクの分身体である偽オーフィスの方ではなく、本物の方だ。

 

 なぜ、こんなところに蓮が一人で、しかも黒髪少女の姿でいるのか……それは、未だ未回収だった【蛇】の存在を感知し、退魔の任務で手が離せない伊織達を置いて回収に来たからである。

 

 オーフィスが蓮になってから二年。折を見ては、ばら撒いた蛇を回収してきた。いくら組織が分解して不穏分子が散らばる事を避けるためという理由や、旧魔王派の問題は現魔王が片付けるべきと思ってカオス・ブリゲードを潰さなかったとしても、ばら撒いたドーピング剤を放置することなど出来るはずもないからだ。

 

 ところが、ある程度蛇を回収し、更に、蛇を催促してくる構成員をのらりくらりとかわしている内に、彼等は、オーフィス(偽)に不審を抱き始めたようで、既に貰った蛇を回収されないよう特殊な術を掛けて隠すようになったのである。

 

 それからというもの、彼等がテロを起こす情報を得たり、蛇の気配を感知する度に駆けつけては、その場その場で回収を行ってきた。最近では、どの派閥もほとんどオーフィスを放置し、構成員を集める象徴として以外の役割を求めなかったので情報は中々得られず、今回も、後手に回ったのだが……

 

 慌てて駆けつけてみれば、旧魔王派と各勢力のトップ陣が戦争状態。こいつはヤバイ! と蓮は仕方なく、蛇の位置を探るためにドラゴンの力を一瞬だけ使ったのだ。それをアザゼルに感知されてしまったというわけである。

 

 さて、この二年、人間的な生活とニ〇ニ〇動画を初めとしたサブカルチャーにどっぷり浸かってきた蓮の感受性や情緒は、以前に比べ随分と豊かになっている。しかし、依子や伊織達の教えもあって他人への配慮や思いやる心というものは十分に持ち合わせている蓮だが、これが自分の事になると途端にポンコツになってしまう。

 

 つまり、自分が他人からどう見られているのかという事や、どう見せるべきなのかという事に関しては中々配慮できないのだ。演技や誤魔化し、嘘という分野が壊滅的なのである。蓮の変装が、髪色と身長、そしてドラゴンの気配の隠蔽以外、何もなくてもバレないのは、ひとえに、無限の龍神がニ〇ニ〇動画でニヨニヨしている訳が無いといった類の先入観のおかげだろう。

 

 つまり、アザゼルを前にした蓮がどういった行動を取るかというと、

 

「……アザゼルさん。チョリース」

 

 そうして、空気が死ぬわけである。

 

 人差し指と中指を揃えてピッ! と掲げて、実にチャライ感じの挨拶をするオーフィス。ここ数年の間に、こんな感じの挨拶を受けた事が多々あったと、有り得ない既視感を抱きながらアザゼルは硬直する。

 

 蓮は、うん? 聞こえてないのかな? とでも言うように、再び挨拶をした。挨拶は良好な関係を築くために最も大切なものだ。

 

「アザゼルさん、チョリース」

「………………………………………………………………………………………………………………………………何を考えている、オーフィス」

 

 どうやら、聞かなかった事にしたらしい。アザゼルは全く表情を変えず、いや、微妙に眉をピクピクと痙攣させているが、険しい表情のまま問い直した。

 

「素でスルーした。挨拶は最低限の礼儀。その年まで一体なにを学んできた? そんなだから、いつまで経っても結婚できない万年ボッチ総督と言われる」

「言われた事ねぇよ! だれが結婚できない万年ボッチ総督だぁ! 俺は結婚できないんじゃない! しないだけだ! って違ぇよ! 何なんだよ、何で俺、無限の龍神に常識説かれた挙句、罵倒されてんの!? お前、ホントにオーフィスだよな!? なんかノリが知り合いを彷彿とさせるんだが!?」

 

 アザゼルが、遂に堪えきれなくなって盛大にツッコミを入れた。オーフィスの有り得ない言動に、堕天使総督の精神が知らずに追い詰められる!

 

 アザゼルは、「いきなり叫び出して……ちょっとついていけないです」といった実に腹の立つ表情をしている蓮に青筋を浮かべつつ、一度咳払いして気を取り直すと、再び眼光に鋭さを宿した。

 

「んっ、んっ! まさかボスがひょっこり現れるなんてな。……俺は、ここで死力を尽くすべきか?」

 

 そう言いながらアザゼルは、光の槍を蓮に突きつける。

 

「無理……」

「ふっ、そうだろうな、俺では、龍神であるお前には…」

「例え、我を倒しても、第二、第三の我が必ず貴様を……」

「てめぇは、どこの魔王だよ!」

 

 どうあってもシリアスにならない空気に、アザゼルが地団駄を踏んだ。蓮は、そう言えば、アザゼルに構っている暇はないと思い出し、神殿の方へ歩き出そうとする。その華麗な放置プレイに、アザゼルが毛を逆立て怒りもあらわに詰め寄った。

 

「待ちやがれ。行かせると思ってんのか? 神殿に用事があるってことは、やはりディオドラに蛇を与えやがったな。何をする気はかは知らねぇが、あそこじゃあ若ぇ連中が気張ってんだ。あいつらの戦い、邪魔はさせねぇぞ」

「むぅ、尚更、急ぐ必要がある。邪魔したければすればいい。でも、アザゼルでは我を止められない」

 

 それはその通りで、既に見つかってしまったと龍神のオーラを解放した蓮に、アザゼルは内心で苦笑いしながら、それでも表情には不敵な笑みを浮かべた。

 

 と、そこへ空から重厚な声が降ってきた。

 

「では、二人ではどうだろうか?」

 

 風を纏い、その巨体で太陽の光を遮りながら舞い降りたのは元龍王のタンニーンだった。タンニーンは、その鋭い眼光に怒りを宿しながら蓮を睨みつける。

 

「若手達の戦いに茶々を入れるなど許さんぞ。オーフィス、一体何が目的なのだ! テロ組織の親玉など……何がそうさせるのだ! 答えろ! オーフィス」

 

 蓮は、滅茶苦茶キレているタンニーンを見て、色々面倒になってきたので、もういっそ、既にカオス・ブリゲードは抜けました! と言ってやろうかと思ったが何とか思い止まる。そして、なぜテロ組織の親玉をしたのか? と聞かれれば、こう答えるしかないだろうと口を開いた。

 

「ふっ、認めたくないものだな……自分自身の……若さ故の過ちというものを」

「……過ち?」

 

 どこかドヤ顔に見える蓮を前に、流石に予想斜め上の回答だったのか、タンニーンが困惑したように目を泳がせた。

 

 と、その時、突然、アザゼルの前方に魔法陣が出現し、そこから貴族服を纏った一人の男が現れた。転移して来たのはクルゼレイ・アスモデウスと名乗る旧魔王派の一人だった。不敵な笑みを浮かべながらアザゼルへ決闘を申し込もうとして、蓮の存在に気が付く。

 

「おぉ、オーフィスではないか。のらりくらりと役目も果たさず、どこをほっつき歩いているのかと思っていたが、我等の戦いに駆けつけてくれたか! ならば、同士達に蛇を頼む! お前が出し渋っているせいで、限られた者しか服用できなかったのだ!」

 

 クルゼレイの言葉に、アザゼルとタンニーンが警戒心丸出しで蓮に意識を向けた。しかし、当の蓮はというと、当然、そんな言葉に従うわけもなくポツリと呟く。

 

「まずは一匹、手間が省けてよかった」

「? 何を言っている? 早く、我等の同士に力を! 俺は、そこにいる堕天使の総督と決闘する。オーフィスの邪魔はさせんよ!」

「ふん、ここには元龍王がいることも忘れないでもらおうか。オーフィス、貴様には何としてもここで果てて貰おう」

 

 勝手に盛り上がる周囲を無視して、蓮はクルゼレイから蛇を回収しようと一歩を踏み出した。その瞬間……再び、転移用魔法陣が出現する。

 

 そこから現れたのは現魔王の一人、サーゼクス・ルシファー。

 

「次から次へと……イベントがちっとも進まない」

 

 若干、ゲーム脳の気がある蓮が、面倒そうに眉を顰めた。スキップできない不要なイベントは苦痛でしかないのだ。

 

 そんな蓮を置いて、サーゼクス達が現行体制や和平同盟について議論……にもなっていない茶番を繰り広げている。

 

 すると、クルゼレイとの交渉が失敗したサーゼクスの視線がオーフィスを捉えた。

 

「オーフィス。貴殿との交渉も無駄なのだろうか?」

「いつでもおk。と言いたいところだけど、いお……ゴホンッ、帰っておばあちゃんにも相談してみないと」

「「「……は?」」」

 

 半ば諦観と共に蓮に尋ねたサーゼクスだったが、予想外に軽い了承と、予想の斜め上にぶっ飛んだ留保が帰ってきてアザゼルやタンニーンと一緒に間抜けな声を漏らした。

 

 そして、三人と同じように間抜け面を晒しているクルゼレイに、今度こそ歩みを進める。いい加減、残り二匹の蛇の反応があった神殿の方にいる一誠達が心配だったのだ。

 

 真っ直ぐ自分を見つめなら近寄ってくる蓮に、言い知れぬ不安を掻き立てられたクルゼレイは険しい表情になった。

 

「オーフィス。お前の行動原理は元々理解し難ものがあったが……とうとう、狂いでもしたか?」

「我を狂人と申したか。失礼な。廃人とはよく言われるけども……」

 

 その返答にもついて行けない、政治的思想を離れれば至って健全であるクルゼレイ。そんな彼に、蓮は、この場の誰もが驚く爆弾発言を落とした。

 

「ククルゼイ。我の蛇、返してもらう」

「クルゼレイだ。……返す? 何を言っている。これから、愚かなサーゼクスを堕天使の総督や元龍王共々葬るのだ。むしろ、もっと欲しいくらいだぞ」

「クルルゼイ。クレクレ厨はマナー違反。レベルは地道に上げるべき。大丈夫、慣れれば意識を飛ばしながらでも、レベル上げは出来る。体が覚えるから」

「クルゼレイだ! オーフィス、お前の言っている事は何一つ理解できない! 本当にお前はオーフィスなのか!? 以前は、少なくとも会話は成立したぞ!」

 

 クルゼレイが得体のしれないものを見るように、若干、恐れを抱きながら後退った。ついでに、蛇の力を発動させて魔力弾を展開する。

 

 傍らで、サーゼクスが困惑したようにアザゼルを見た。視線で助けを求められたアザゼルだったが、彼もまた意味不明度が増した無限の龍神に頭を抱えている。ただ、アザゼルの脳裏に、数年前から付き合いのあるオタク少女の影がチラついており、小声で「まさか、いや、そんな……」とブツブツ呟いている。

 

「クルルルン。お前がサーゼクスと戦うのは止めない。それはお前の自由。でも、それに我の力を使う事は許さない。渡さないというなら無理矢理でも返してもらう」

「ク・ル・ゼ・レ・イ・だ! オーフィス、貴様、裏切る気か! いや、そうか! 数年前からお前の蛇が少なくなっていたのは、誰かが消滅させていたからではなく、お前自身が回収していたからか! なぜだ! 貴様は自分の目的の為、我等と手を組んだのではなかったのか! なぜだ、なぜ今更!」

「ググれカス。五秒あげる。自分で返すか、殴られて取り返されるか選べ」

 

 その問答無用の態度とまさかの裏切りにクルゼレイは歯噛みした。い~ち、に~と間延びしたイラっと来るカウントダウンを聞きながら、なぜ、なぜと思考は堂々巡りする。まさか、“龍神”でググったら、本当に理由の一端が検索されるとは思いもしないだろう。今の龍神様は、次元の狭間を泳ぐより、ネットの海を泳ぐ方が好きなのだ。

 

 そして、カウントストップ。恐慌を来たしたクルゼレイは、咄嗟に蓮に向けて魔力弾を連射する。しかし、そんな攻撃を食らう蓮ではない。避けることもせずに正面から突っ込むと、バスッ! と音を響かせてクルゼレイの腹に手刀を突き込んだ。

 

「ガハッ! オ゛ーフィス…きさま……」

「ん、確かに返してもらった。傷は塞ぐ。後は好きに戦うといい」

「おのれぇ~」

 

 蓮はそれだけ言うとズボッ! と腕を引き抜き、言葉通りクルゼレイを癒すともう用はないと踵を返した。

 

 そのまま神殿に向かおうとする蓮に、クルゼレイが魔力弾を放つ。先程のそれに比べれば目に見えて威力が減衰している。それでも最上級クラスはあるのだが、背後から直撃したそれは、蓮に何の痛痒も与えない。

 

「? ノーコン過ぎる。Dex(器用さ)にSPを振るべき」

 

 どうやら、サーゼクスを狙おうとして自分に当たったと思ったようだ。自分とサーゼクスの距離を見て、蓮のクルゼレイを見る目が哀れみに満ちる。それを見てクルゼレイの顔が屈辱に歪む。

 

「くっ……蛇が無ければ、サーゼクスを相手にはっ! オーフィス!」

 

 クルゼレイの叫びが木霊する。屈辱と怒りに震えながらも、その相手に力を寄越せと手を伸ばす。そんなクルゼレイに、蓮は呆れたような表情で頭を振った。現行体制が気に食わないと言いながら、自ら研鑽を積むこともなく、道を違えた相手にすら縋って力を求める。その根本にあるのが破壊欲、支配欲だというのだから、これを無様と言わずしてなんと言おうか。

 

 傍らに寄り添う家族の魂の煌めきを知っているが故に、クルゼレイは、蓮にとって見るに堪えないものだった。蓮の視線が、クルゼレイからサーゼクスに向けられる。

 

「これも魔王の役目。我は手を出さない。好きにするといい」

「それは……元より、そのつもりで来たのだよ。だが、オーフィス。貴殿は一体……」

 

 カオス・ブリゲードの親玉であるはずのオーフィスが、何故か旧魔王派から分け与えた力を奪い取った挙句、その処遇をサーゼクスに任せるという展開に、サーゼクスが、その真意を尋ねようとする。

 

が、その前に、蓮は神殿の方で蛇の力が膨れ上がる気配を感じた。

 

「む? これは不味い」

 

 自分の蛇で被害が拡大しては伊織達との生活に陰が差してしまう。自業自得とはいえ、それは非常に困るのだ。何より、自分のせいで誰かが理不尽に傷つくというのは見逃せない。伊織達と共に在って、そう思うようになったのだ。

 

 なので、蓮の言動に困惑しながら顔を見合わせているサーゼクスやアザゼル達を置いて、蓮は一気に神殿へと飛び出していった。

 

 龍神の本気の移動に、咄嗟に反応できなかったアザゼル達。何事かと暫し呆然とするものの、蓮の向かった先が神殿だと分かると顔色を変えた。そこにはサーゼクスの妹とその眷属達がいるのだ。オーフィスの言動に疑問を感じるところは多々あるものの放置は出来ない。

 

「サーゼクスっ!」

「ああ、行ってくれ、アザゼル。タンニーンも。クルゼレイは私が相手をする」

 

 アザゼルの呼び掛けに、サーゼクスもすかさず了承する。それに頷いて、アザゼルとタンニーンは、無限の龍神を追って飛び出していった。

 




いかがでしたか?

カオスブリゲードの偽オーフィスは既に要らない子扱いされています。
完全にただの旗頭ですね。
なので、情報を得られず旧魔王派の襲撃は原作通りとしました。
というか、ここで蓮に活躍させたいがためのご都合主義です。

毎度、感想有難うございます。
やはり対応が甘いという意見が多いですね。
しかし、賠償やら条件やらの詳しい内容に言及して甘さを補完するようなシーンを書く予定はないので不満かもしれませんが、一つスルーしていただけると嬉しいです。
いや、作者的にこの作品でそういうの書くのホントに楽しくないんです(汗
最終的にみんな仲良しという、昔によくあったような温る甘が楽しいので、一つ宜しくお願いします。

明日も、18時に更新します。

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