重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第39話 オーフィス

 

「……【魔獣創造】…我とグレートレッド倒す」

 

 そんなわけの分からない事をいいながらも、尋常でない気配を纏って朝霧の中に佇むのは黒髪の幼い少女だった。見目麗しい、しかし、どこか焦点を失ったような空虚な瞳がもの悲しさを感じさせる。

 

 伊織は戦慄の表情となった。頭の中には“やばい”という言葉が繰り返し過ぎっていく。自然と流れ落ちた冷たい汗をほぼ無意識に手で拭った。少女は、そんな相手の反応に慣れているのか、虚ろな瞳を伊織に向けたまま返事を待っている。

 

 伊織は、胸中に湧き上がる思いに無理やり蓋をして心を落ち着けると、瞳に決然とした光を宿した。そして、意を決して、厳しい声音で、その異様な少女に口を開いた。

 

「取り敢えず、ちゃんとした服を着なさい!」

「???」

 

 そう、伊織は戦慄していたのだ。少女の服装に! この黒髪の少女、いわゆるゴスロリ服を着ているのだが、前が全力全開なのである。そして、女の子にとってとても大事な箇所にはバッテン型のクロテープを貼り付けただけなのだ! 往年のRPGに出てくるビキニアーマーを纏った女戦士の如く、一体どこを守っているのだ! と盛大にツッコミたくなる服装なのである。

 

 これが、街中で突然出会ったコスプレイヤーなら、生温かい眼差しと共に素通りするところだが、流石に、幼い少女にこの格好はアカン! と、伊織は、初対面ではあるが彼女の服装を矯正する決意を固めたのである。

 

 頭の中には、この子の親御さんやばい! と警鐘がガンガンと鳴り響いている。場合によっては、依子に出張ってもらって説教が必要だろう。いずれにしても早い内に間違いを正さなければ、露出癖を持つ変態になりかねない。今なら、まだきっと間に合うはずだ!

 

 伊織は、静かに自分のジャージの上を脱ぐと、それを黒髪の少女に羽織らせてしっかり前を閉じた。その間、少女はなされるがままだったが、その眼差しは空虚なものから、どこか不思議なものを見るような、そんな眼差しに変わっていた。

 

 ゴスロリの上から白に黒のラインが入った某有名メーカーのジャージを着込んだ少女を見て、伊織が満足気な表情になる。伊織とは体格が全然違うので、どこかモコモコぶかぶかしているが、全力全開よりはずっといい。ついでに袖口を折ってやりながら、伊織が視線を少女の瞳に向ける。

 

「いいか? 服というのは体を守るためにあるんだぞ? 物から、外気から、あるいは人の視線からな。みだりに肌を見せるような事はしちゃいけない。誰に勧められた服かは知らないが、ちゃんと全部隠れる服がいいと言うんだぞ?」

「……グレートレッド倒す」

「ん? グレートレッド? 変わった名前だな……厨二か? いや、それより倒すって……まさか、そいつにこんな恥ずかしい服を着せられたのか?」

 

 グレートレッド本人が聞いたらキレそうな勘違いが発生する。そんな伊織の言動に、少女は僅かに困惑したような眼差しを向けた。無表情なのだが、微妙に視線が泳いでいるのだ。知る者が知れば、そんな少女の珍しい光景に口をあんぐりと開けて驚いたに違いない。

 

「……違う。服は我の。前に見た。真似した」

「止めなさい。それは参考にしちゃだめな人だ」

「……これはいい?」

 

 少女が、ようやく指先がちょこんと出るくらいまで折れた袖をぷらぷらと揺らしながら自分を見下ろす。

 

「う~ん、女の子にジャージはなぁ……。ゴスロリでも普通のものならいいと思うし、普段はもう少しカジュアルなものでいいと思うぞ?」

「むぅ……難しい」

 

 話が完全に脱線していた。二人して、朝霧が晴れ始めた中で、少女の服装について頭を捻る。と、その時、伊織はハッとしたように顔を上げた。

 

「そう言えば、服装のインパクトが強すぎて忘れてたけど……君は誰だ? 【魔獣創造】って言うくらいだから、裏の関係者なんだろうが。俺に用事があって来たんだよな?」

 

 少女もまたハッとした雰囲気で、眼前で目線を合わせるために屈んでいる伊織に眼を合わせた。そして、出会い頭のセリフを繰り返す。

 

「我はオーフィス。無限の龍神。【魔獣創造】…我とグレートレッド倒す」

「うん、オーフィスちゃんな……うん? 無限の龍神? 龍? …………ウロボロス?」

 

 伊織が「おや?」という表情で首を傾げる。どこかで聞いた事が~と記憶を探る。そして、思い当たったのか信じられないという表情をしてマジマジとオーフィスを見つめ始めた。

 

 いくら伊織が退魔師で裏の関係者と言っても、【無限の龍神】など御伽噺の中の存在だ。先日出会ったバラキエルやアザゼルは、漫画やライトノベルでも度々登場する元キャラであるからそれなりに印象的で直ぐに記憶が呼び覚まされた。ドラゴンにおいても、例えば、八岐大蛇やアジ・ダハーカ、ミドガルズオルムなどの有名どころであれば直ぐに出てきただろう。

 

 だが、ウロボロス・ドラゴンなど、業界に入って三大勢力の事を勉強したときに少しかじった程度だ。普通の退魔師など、まずドラゴンという存在そのものに生涯出会わないというのに、世界で二番目に強力なドラゴンに、朝のランニング中に出会うなど誰が思えようか。

 

 バラキエルはむっつりそうなオッサンだったし、アザゼルはチャラかった。そして、伝説のドラゴンは、露出狂予備軍の幼い少女……この世界は、伊織の予想というものを尽く裏切ってくれる。

 

「ん……我、グレートレッド倒したい。【魔獣創造】の力、感じた。今までで一番強い。一緒に倒す」

 

 朝の住宅街で、至近距離から見つめ合う二人。傍から見ればお巡りさんが出動しそうな光景だ。しかし、伊織の意識は、伝説のドラゴンに出会った驚愕から次の驚愕へと移行され、それに気が付く余裕はない。

 

 なにせ、伊織が芋づる式に呼び出した記憶が確かなら、【グレートレッド】の名は……

 

「それって……【真なる赤龍神帝】のこと……だよな? どういう事なんだ」

 

 そう、文字通り世界最強のドラゴンの名だ。世界二位が一位を倒したい……伊織は困惑を隠せずオーフィスに問い質した。

 

 滔々と語るオーフィス曰く、故郷である次元の狭間に帰って静寂を取り戻したい。しかし、次元の狭間には自分より強いグレートレッドがいるので戻れない。なので、グレートレッドとの戦いで戦力になる者を集めて一緒に倒して欲しい、という事らしい。

 

 そして、先日のジャバウォックによる反物質砲――あれを感知して、歴代の【魔獣創造】の使い手達とは異なる特殊な進化を遂げた伊織に興味を示し、勧誘にやって来たというわけだ。

 

 ついでに、禍の団(カオス・ブリゲード)のボスをしている事も教えられた。カオス・ブリゲードとは、聞いた話を総合すると、どうやら三大陣営の和平・協調姿勢を快く思わない連中による、いわばテロ集団のようだ、と伊織は理解した。

 

 彼等に、オーフィスの力が込められた【蛇】を与えることでグレートレッドに対抗できる勢力を手に入れようという腹らしいのだが……明らかに、テロを助長する行為だ。伊織は、おそらく彼等はオーフィスの力が欲しいだけで、グレートレッドに挑む気なんて微塵もないんじゃないかと予想した。

 

 聞けば、力を与える代わりにグレートレッド討伐に力を貸す、という話もただの口約束らしい。オーフィスは、それを疑いもなく信じているようだ。先ほど、なされるままに服を着せられたり、ちゃんとした服を着なさいと言われれば真剣にどんな服が良いのかと頭を捻ったりと、伊織としては、どうにもテロ組織の長にしては純粋すぎる気がしてならなかった。

 

「【魔獣創造】……我と来る」

 

 滔々とした説明の後、再び勧誘の言葉を告げてジッと伊織を見るオーフィスに、伊織はカリカリと頭を掻きながらどうしたものかと頭を悩ませた。これがただのテロリストで、伊織の力を破壊と混沌のために使えと言われたのなら問答無用で殴り飛ばして捕縛し、しかるべき機関に突き出しているところである。

 

 しかし、先程感じたオーフィスの純粋さと相まって、伊織の勘が、どうにもオーフィスを敵と断定してくれなかった。なので、伊織は、正直に自分の考えを話すことにした。純粋な相手に遠まわしな言い方や曖昧な答えは意味がない。

 

「オーフィス……悪いが、俺は一緒にはいけない」

「……なぜ?」

「家族がいるんだ。大切な家族が。彼女等を置いてはいけない」

「……家族」

 

 伊織は、ポツリと零すように伊織の言葉を反芻するオーフィスに、しっかりと目を合わせる。

 

「それにな、自分の眼で見ないことには断定できないけれど、オーフィスの話を聞く限り、どうにもカオス・ブリゲードってのはテロリストの集まりみたいだ。なら、何があっても、俺がその組織に入ることはない」

「……」

「俺は退魔師だ。テロリストみたいな危険な連中や理不尽から人を守るのが役目だ。これは俺にとって絶対に譲れない一線。だから、カオス・ブリゲードがテロ組織なら絶対に参加することは出来ない」

 

 はっきり付いて行けないと宣言されたオーフィスは、相変わらずの無表情のまま。と、その時、オーフィスは不意に差し出した小さな手の上に小さな蛇を出現させた。

 

「蛇、あげる……一緒に来る」

 

 途轍もない力を秘めた蛇。伊織は、恐らくこれがカオス・ブリゲードの連中が求めているものなんだろうと推測した。確かに、その蛇を与えられるだけで大幅な力の向上が可能なら魅力的だろう。

 

 伊織は、特に与えられた力を振るう事に蔑む様な考えはない。極論を言えば、己の肉体とて親から与えられたものなのだ。結局のところ、その力をどう使うのか、大切なのはその一点に尽きる。もっとも、簡単に与えられたものというのは得てして簡単に奪われるものだ。なので、余りに当てにし過ぎると、大抵手痛いしっぺ返しを食らうと言うのが世の常ではある。

 

 そんな事を考えつつも、しかし、伊織は迷いなく首を振った。

 

「オーフィス……誰にでも決して譲れないものがある。例え、どんな対価を差し出されても頷けない事があるんだ。俺にとって、それは家族であり、俺自身の誓約だ」

「なら、家族も一緒に来る」

 

 伊織は、やはり首を振る。

 

「一緒に来る。グレートレッド倒す」

 

 食い下がるオーフィス。それ程、今代の【魔獣創造】の進化は特異で興味深いものなのだろう。確かに、体長数百メートル級のジャバウォックを本気で創造して、大量の反物質を生成させれば、あるいはグレートレッドにもダメージを与える事が出来るかもしれない。

 

 だが、カオス・ブリゲードがオーフィスの言葉通りのテロ組織である以上は、伊織が同意することはないし、まして家族を関係させるつもりは一切なかった。

 

 しかし、一方で、伊織に手を差し出したまま、静かに佇むオーフィスにもの悲しさを感じてしまう伊織は、カオス・ブリゲードには参加できないが、次元の狭間に帰る事には協力できないだろうかと思い、その旨をオーフィスに伝えようとした。

 

 が、伊織の言葉は少し遅かったらしい。

 

 オーフィスは、取られる事のなかった手をスっと戻すと、自分の羽織る白いジャージを一度、ギュッと握り、そして――大瀑布の水圧の如きプレッシャーを放った。

 

「ッ!!?」

 

 驚く伊織に、オーフィスが無表情に輪をかけて表情を消すと、心なし冷たくなった声音で伊織に告げた。

 

「……我、静寂を取り戻す。【魔獣創造】……連れて行く」

「っ! 実力行使かっ!? セレス!」

「Yes my master!」

 

 伊織がセレスに命じ【封時結界】を展開したのと、オーフィスを中心に津波が発生したのは同時だった。

 

 津波――そう錯覚してしまうほど圧倒的な魔力の奔流。以前、酒呑童子と戦ったとき、伊織の魔力をコップ一杯に例えるなら、かの鬼神はバケツレベルだと評したことがあるが、オーフィスのそれはまさに桁違い。無理やり例えるなら大海だろうか……魔力の底を図ることすら出来ないのだから、もう笑うしかない。

 

 伊織は、魔力の津波に逆らわず自ら吹き飛ばされることでダメージを最小限に抑える。が、着地する間もなく、津波を吹き飛ばして特大の魔力弾が押し寄せる壁の如く突っ込んで来た。

 

 伊織は悟る。間違いなく、その魔力弾を避ければ【封時結界】が破壊される。そして、住宅街に飛び込んだ魔力弾は……

 

 伊織は、瞳に意志の炎を宿す。結界内の道路や住宅を根こそぎ消滅させながら突き進んで来る死そのもののような力の塊に対して構えを取った。内心、連れて行くんじゃなかったのかっ! と悪態を吐きながらも、一瞬で魔力を集束する。

 

「ぜぁあああ!!」

 

 気合一発。放たれた拳は、魔力弾の着弾寸前に眼前の空間を粉砕する。伊織の、【覇王絶空拳】が死中に活路を見出す! 

 

 特大の魔力弾は、砕けた空間の向こう――虚数空間へと消えていった。

 

「次元の狭間?……開いた? やっぱり面白い。絶対、連れて行く」

「つぅう!?」

 

 軽口を叩く余裕もない。伊織の背筋を氷塊が滑り落ちると同時に本能に従って頭を下げると、その上をゴォオ! と冗談のような音を立てて魔力の閃光が通り抜けた。前転しながら背後に目を向ければ、いつの間にかオーフィスが悠然と佇んでいる。

 

 そして、指鉄砲の形を作ってバーン! と撃つ仕草をした途端、今度は不可視の衝撃が伊織を襲った。今度も、伊織自慢の危機対応能力が認識より早く体と思考を動かし決定打を回避する。

 

 それでも、範囲攻撃であったために完全回避はできず、僅かに内臓へ衝撃が通ってしまった。息を詰まらせるも、体はほとんど勝手に動く。スっと本能のまま一歩下がった伊織の頭上から閃光が襲った。衝撃に留まっていれば撃ち抜かれること必至だった。

 

 地面を見れば、焼けたような跡はなく、ただ衝撃で抉れているだけ。おそらく熱線にでもしてしまうと伊織を殺してしまうことから衝撃のみを伝える魔力閃光なのだろうが……そんなものは何の慰めにもならない。

 

 【堅】もバリアジャケットも貫いて一瞬で伊織の意識を奪うであろう閃光は、流星雨となって頭上から襲いかかる。

 

「ふぅ――」

 

 伊織は、そんな中で敢えてゆっくり息を吐き、同時に眼を瞑ってただ本能に任せて体を動かした。極まった武の動きが合わさり、最小限の動きで流星雨をかわしていく。踊るような動き、あるいは宙に舞う木の葉の動きとでもいうのか……

 

「……これもかわす。【魔獣創造】なくても、強い。でも、終わり」

 

 どこか感心したような声音のオーフィスは、その背後に数百の魔力弾を展開、即座に発射した。先程より威力は落ちているものの魔力弾が数百発。当然、避けることは出来ない。伊織自身は流星雨を避けるのにリソースの大部分を取られている。

 

 それでも【並列思考】で魔導、魔法の両方で持てる限りのプロテクションを正面に逸らすように角度をつけて展開し、可能な限り力を込めた【覇王絶空拳】の準備をする。

 

 同時に……

 

「クイーンオブハート! ハンプティ・ダンプティ!」

 

 遂に魔獣を召喚する。余裕のない中、咄嗟に呼び出すのは防御に秀でた二体。

 

 直後、圧倒的火力が暴威を振るった。クイーンオブハートの【アイギスの鏡】が、何とか魔力弾を反射していく。ハンプティ・ダンプティの黒靄がその身の内へ魔力弾を取り込んでいき、即行で吐き出しては飛んできた魔力弾と相殺する。伊織の防御陣が砕かれていく中、僅かに出来た余裕を逃さず、残りの魔獣も召喚……しようとして、

 

「させない」

「ッッ~!? セレス!」

「Yes my master. Load Cartridge」

 

 魔力弾と共に、巨大な魔力の塊を纏わりつかせたオーフィスがそのまま突っ込んできた。どうやら、湧き出す魔獣を一々相手にするのが面倒になったらしい。前方にいたクイーンオブハートとハンプティ・ダンプティが、ダンプカーにでも轢かれたように弾き飛ばされて行く。

 

 伊織は咄嗟に【練】をしてオーラを爆発的に高めた。そして【堅】を行い、更にカートリッジをロードして【シールド】と【バリアジャケット】の強度を可能な限り高めた。

 

 それでも、龍神の突進に耐え切れるわけがなく、伊織はあっけなく凄まじい勢いで吹き飛んでいく。背後の電柱や民家を破壊しながら遠くへ消えていった。

 

「? 手応えが変……すごい。でも、無意味」

 

 体当たりの感触が妙に軽かった事に首を傾げるオーフィス。それは、伊織が陸奥圓明流【浮身】によって衝撃をかなり消したからである。伊織の紙一重で決定打を打たせないしぶとさに、オーフィスは今度こそ感心しながらも、もう終わりだと、伊織が消えていった破壊跡を射線にして、更に十倍規模の魔力弾を用意する。

 

 先の攻防で、既に【封時結界】は悲鳴を上げている。伊織が、カートリッジで高めた分の魔力を結界に回して維持に全力を注がねば大変な事になっているところだ。そんな結界に、今度の魔力弾は泣きっ面に蜂だ。伊織一人の【絶空】では呑み込めない規模。どうしても余波が結界を襲ってしまう。

 

「ぐぅうう!!」

 

 崩れた民家の奥で【浮身】によっても消しきれなかった衝撃に体を傷つけ血を流す伊織は、馬鹿みたいな魔力の高まりに苦悶の声を上げながらも【絶空】を放とうと歯を食いしばる。だが、伊織の頼もしき危機対応能力が絶望的な回答を示していた。

 

 すなわち、結界はもたないし、伊織は恐らく死にはしないだろうが戦闘不能になると。だからといって、この場でジャバウォックを呼んで反物質砲と大魔力の魔弾の撃ち合いなど冗談でも出来ない。どっちにしろ、反物質の生成が間に合う事もない。

 

 まさに絶対絶命。破壊痕による射線上の向こう側で小さな体躯の無限の龍神が、ジッと伊織を見つめていた。超特大の魔力弾が放たれる寸前、交差する伊織とオーフィスの視線。この期に及んで、なぜか伊織はオーフィスに敵意を持てなかった。

 

 それは、きっと、無表情の中にどうしようもないほどの孤独を感じたから。伊織が家族のためだと言ってオーフィスの誘いを断ったとき、僅かに揺れたように感じた瞳は勘違いではなかったのかもしれない。そう感じるのは、感じることができるのは、伊織がかつて、同じように孤独と悠久の中を生きてきた彼女を知っているから。今は自分の家族で妻でもある愛おしい吸血姫の瞳を知っているから。

 

「ならっ! こんなところで倒れてる場合じゃあないだろぉ! 東雲伊織ぃ!!」

 

 伊織が己を叱咤する。眼前に迫る、まるで星が落ちて来たのかと錯覚するような一撃に、魔獣を召喚しつつ、意図的に魔力を暴走させる。オーバードライブにより爆発的に膨れ上がった魔力で、後遺症や副作用など度外視して【覇王絶空拳】を振るう!

 

「らぁああああ!!」

 

 ガラスが破砕するような大音響と共に一際大きい空間の破壊が起こった。ぽっかり空いた巨大な穴は、それでもオーフィスの魔力弾に及ばない。その余剰分は、魔獣達がその身を対価に抑えていく。

 

 周囲の民家が余波だけで吹き飛び、住宅街が更地へと変貌していく。【封時結界】が、ビキビキと音を立てて今にも砕かれようとしていた。

 

 だが、それでも、伊織の魂の【絶空】と魔獣達は、オーフィスの止めの魔力弾を放逐しきることに成功した。

 

「はぁはぁ」

 

 荒い息を吐き、肩で息をする伊織。

 

 と、そこへ、

 

「やっぱり、すごい。【魔獣創造】強い」

 

 直ぐ後ろから抑揚のない声音が響いた。伊織は、苦笑いしながら肩越しに背後を振り返る。そこには案の定、あれだけの攻撃をしておきながら特に特別な事をした様子もない、無表情のオーフィスが伊織をジッと見上げていた。本当に、もう笑うしかない。聖書の神すらお手上げの世界で二番目に強い存在とは、これほどなのかと。

 

「オーフィ……」

「でも、終わり。【魔獣創造】は我のもの」

 

 伊織が、再度、オーフィスに語りかけようとするも、オーフィスはそれを遮るように手をかざした。その手の先に魔力が集束する。どうやら、伊織の強さを見て、更に興味が深まったようだ。問答無用で連れて行くつもりらしい。

 

 伊織は、これ以上は本当に現実世界に影響が出かねない事と、オーフィスに感じた懐かしい感情、そして死ぬ事はないだろうという推測から、取り敢えず話が出来るなら一度付いていくしかないか、と怒る家族を思いつつ溜息を吐いた。

 

 そして、伊織を戦闘不能に追いやる一撃が、まさに放たれようとした、その瞬間、

 

「馬鹿者、そいつは私のものだ」

 

 光り輝く魔法の剣がオーフィスの腕を両断し、返す刀で胴体をも真っ二つした。

 

――断罪の剣 エクスキューショナーソード

 

 固体・液体の物質を強制的に気体に相転移させる魔法剣。使い手は当然、伊織の愛する妻――エヴァである。

 

「マスター! 無事ですか!」

「昨日の今日で、ほんとマスターは人気者過ぎるよ!」

 

 そんな事をいいながら、【拒絶の弾丸】と【九つの命】を発動しつつ、伊織の傍に降り立ったのは、やはり彼の愛する家族であり妻であるミクとテトだ。二人共、血だらけで荒い息を吐く伊織に焦ったような心配そうな眼差しを向けている。

 

 ミクの分身体が、ドラゴンの翼をはためかせた上半身だけのオーフィスに追撃をかけている間に、エヴァも戻って来て【聖母の微笑】を発動した。瞬く間に回復していく伊織。

 

「全く、お前という奴は、ちょっと眼を離した隙に、また変な女を引っ掛けおって!」

「いや、理不尽すぎるだろ、エヴァ。完全に被害者だぞ? っていうかチャチャゼロは?」

「あいつなら、念の為、ホームに置いて来た。昨日の今日だからな」

「そうか。何にしろ助かった。ありがとうな、エヴァ、ミク、テト」

 

 伊織の言葉に、フッと表情を和らげるミク達。感じた力の大きさから、相当、焦っていたようだ。

 

 と、その直後、分身体のミク八人が一斉に消し飛んだ。そこには、先程、エヴァによって腕と胴体を真っ二つにされたオーフィスが、何事もなかったように佇んでいる。

 

「あの翼……龍種か?」

「ああ、信じられないことに、この世界で二番目に強いと言われている伝説のドラゴン【無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)】だ。なんか、世界一位を倒したくて俺を勧誘しに来たらしい」

「「「いやいやいや」」」

 

 伊織の端折りまくった説明に、ミク達がハモりながらツッコミを入れる。だが、そんなコミカルな態度を取りつつも、ミク達の警戒は全力でオーフィスに向いていた。彼女達も、オーフィスの強大さを肌で感じ、魂で理解しているのだ。自分達の誰が挑んでも勝てない相手だと。それでも笑えているのはひとえに、家族が傍にいるからだろう。

 

 そんな寄り添う伊織達を見て、オーフィスがポツリと呟く。

 

「……家族」

「ああ、俺の家族だ」

「なら、全員連れて行く」

 

 どこかより無機質になった声音で、オーフィスがミク達もカオス・ブリゲードに連れて行くと宣言する。そして、先程以上のプレッシャーを放ち始めた。ミク達も同時に発動した【封時結界】の中で、周囲の瓦礫がチリチリと砕けていく。

 

 一斉に身構えるミク達。その表情は珍しく強ばっている。かつて異世界を創りし神“造物主”と戦った時よりも、ミク達の表情は厳しい。

 

 だが、そんな張り詰めた糸のような状況で、伊織は一人、畏怖も怒りもなく真っ直ぐに静かな眼差しをオーフィスに向けていた。それに気が付いたのか、再び、オーフィスの瞳が微かに揺れたような気がする。

 

「ミク、テト、エヴァ……力を貸して欲しい。俺は、あいつの力になりたい」

 

 いきなり何を言い出すのかとミク達は訝しげな表情になる。ついで、伊織の瞳に宿るものが、いつもと変わらない“救う”と決めた時の表情をしている事に気が付いて目を丸くした。

 

「たぶん……あいつは昔のエヴァと同じなんだ」

「伊織……」

 

 伊織の思いがけない言葉に、エヴァが眉を八の字にする。ミクとテトも困ったような表情だ。世界で二番目に強いドラゴンが、昔のエヴァと同じ――すなわち、孤独という苦しみの中にいると聞いて、死線を越えるような覚悟をしていたのが何となく崩れてしまった。

 

 しかも、昔のエヴァのようだから放って置けないと言われては、ミク達自身も放ってはおけない。自分達とは、文字通り存在の格が違う相手。しかも絶賛追い詰められているのは自分達の方だというのに、“救おう”などと……ミク達は、本当に困った人を見るような、それでも誇らしげな、エヴァに至っては擽ったそうな表情になってしまう。

 

「はぁ、お前が無茶を言うのは何時もの事だ。存分にやれ」

「もうっ、マスターったら。しょうがないですねぇ」

「ふふ、でも、それでこそマスターだよ」

「ありがとう」

 

 伊織は微笑むと、次の瞬間にはセレスをヴァイオリンモードで展開した。そして、魔力弾を放ったオーフィスに頓着せず、ミク達を信じて演奏に集中する。

 

 突如、響き渡る極上の旋律。音符と妙なる音が宙に散っていく。ヴァイオリンの多彩な音色が世界に彩りを添える。

 

 それにオーフィスが虚ろな眼差しを向けた。何をしているんだろう? と首を傾げる。しかし、その間にもなされている攻撃自体は苛烈だ。それをミクが斬り捨て、テトが撃墜し、エヴァが反撃する。

 

 先程の会話の間にも準備しておいた【闇の魔法】で術式装填【氷の女王】を発動したエヴァと、【咸卦法】の輝きに包まれるミクとテト。三人で伊織の邪魔はさせまいと、波状攻撃を仕掛ける。

 

「……邪魔」

 

 しかし、どんな攻撃も、オーフィスの一撃で消し飛んでしまう。

 

「ぐっ、この!」

「わわわっ、もうっ、どんだけですかぁ!」

「これは……規格外にも程があるよ」

 

 冷や汗を流しながら、それでも必死に食い下がり時間稼ぎをするミク達。オーフィスは、かつて見た悪魔や堕天使、天使、ドラゴンと比較してもトップランクに余裕で入りそうなミク達の実力に僅かばかり驚いているようだ。

 

 だが、本当に驚愕するのはここからだった。つい、ミク達の観察に時間を掛けてしまったオーフィスの視界に、雄大な景色が映る。

 

「???」

 

 それは未だかつてオーフィスの見たことのない景色。それも当然だろう。なにせ、異世界は古代ベルカの自然の光景なのだから。その草原と森と湖が煌く景色には多くの人間がいる。

 

 誰もが笑顔でわいわいと騒ぎつつも、自分達の愛する景色を存分に堪能していた。それは、今とは違う姿の伊織であり、ルーベルス家の面々であり、研究所の皆であり、伊織が創設した孤児院の子達であり、オリヴィエとクラウスの王族一家だったり、かつての学友達だったり、同僚の騎士とその家族だったり、夜天の騎士達だったり……伊織が紡いできたキズナで繋がる人々だった。

 

――念能力 神奏心域

 

 伊織の保有する第二の念能力。演奏により術者の意図した通りの事象の発生を相手に錯覚させる能力だ。伊織は今、この能力で伊織が、これまでの生で感じてきた大切なものをオーフィスの内へ直接伝えているのである。

 

「……なに?」

 

 現実と重なるように幻視させられる光景にどこか困惑したようなオーフィス。場面は次々と切り替わる。ネギま世界最後の日や、造物主のこと、エヴァの軌跡、この世界の美しいもの、美味しい食べ物、一家の団欒、行き場のない子供達が寄り添い合う東雲ホームの日常……

 

 オーフィスの中にするりと感情が入り込んでいく。それは、伊織が感じた喜びであり、苦しみの果ての達成感であり、分かち合った楽しさであり、今この瞬間も感じているどうしようもないほど愛おしい幸せだ。

 

「オーフィス……感じるか?」

「……」

 

 伊織の声が響く。現実世界では激しさを増す戦いの中で、その声はひどく穏やかだ。手加減に手加減を重ねているとは言え、無限の龍神たる己の前に、しかも力を振るっているというのに、そこには畏怖も理不尽に対する怒りもない。ただ、真っ直ぐな眼差しと共に暖かな何かが流れ込んでくる。

 

 そんな経験は、オーフィスにとって皆無。数千万、あるいは数億という気の遠くなるような年月を生きてきて、そんな、まるで気遣うような眼差しや暖かな何かを貰った事などない。【無限の龍神】とは、言ってみれば“天災”と同義。畏怖と共に頭を垂れるか、恐怖に逃げ出すか、あるいは取り入って力を求めるか……それだけなのだ。

 

 故に、オーフィスの困惑は深くなる。

 

「オーフィス……お前は、なぜ少女の姿なんだ?」

「……」

 

 オーフィスは答えない。答えられない。自分でも気が付けば、少女の姿をとっていたのだ。無限と虚無を司る龍神の身は変幻自在。以前は、老人の姿をとっていたのだが……オーフィス自身、よくわからない事に伊織が答えをもたらす。

 

「ドラゴンとは、力の象徴だ。人型になるにしても、もっと力強い姿でもいいはず。なのに、お前がとっている姿は、真逆。弱さを象徴する“少女”だ」

「……」

「弱く見られたかったんじゃないか?」

 

 己の強さを自覚するオーフィスは、伊織の言葉に無表情を崩した。その表情は、思いがけない事を言われたといった様子だ。伊織は、ヴァイオリンの演奏に更に力を込める。周囲を包み込む旋律は、ますます世界を色づけていく。

 

「なぁ、オーフィス。俺には想像もつかないほど長く生きて来たお前に……寄り添う者はいたのか?」

「……寄り添う者……我、知らない。そんなものは知らない」

 

 オーフィスの攻撃が勢いを失っていく。オーフィスの困惑は益々深くなり、ふるふると頭を振っている。長い黒髪が、まるで道を見失った迷子のように、あっちにふらふら、こっちにふらふらと揺れ動く。

 

「そうだろうな。もし、そんな奴が一人でもいたのなら、お前は今ほど無知ではないだろうし、純粋でもなかっただろう」

「我が…無知?」

「そうだ。お前は生きている者が当然知るべきもの――暖かなものや優しいもの、美しいものや楽しいもの……そういうものを全然知らないだろう? お前がさっきから感じているそれを」

「我は……」

 

 いつしか、オーフィスの攻撃は完全に止み、ポツンと瓦礫の上で佇んだ。その姿は、どうしようもないほど“一人”で孤独だった。だが、きっとオーフィスは自分が孤独である事も自覚していないだろう。

 

 静寂を取り戻したいという願いは、もしかしたら、無意識にでも感じていた孤独を、もう感じたくないという思いから来ているのではないか。自分の周囲で、家族が、仲間が、友人が共に生きていく、そんな中では、きっとより一層、己が“一人”だと感じたはずだ。

 

 ならば、誰もいない、何も無い、静寂に包まれた次元の狭間ならば、少なくともそんな強調された孤独を感じずに済む。オーフィスの願いは、そういう事なのではないか。伊織はそう推測したのだ。

 

 ならば、次元の狭間の静寂を取り戻したいというオーフィスの願いは――きっと、悲鳴だ。悠久の時と己の絶大な力故にもたらされた圧倒的な孤独。それから解放される悲しい方法。

 

 オーフィスが、意図は違うとは言え伊織に助けを求めて来たというのなら、そんな方法を取らせるわけにはいかない。眼前の迷子のように佇むドラゴンを、孤独の果てへ放逐させるわけにはいかない。騎士イオリアの、そして、退魔師伊織の誓いに賭けて。

 

「オーフィス。“グレートレッドを倒して、次元の狭間――静寂の中に帰りたい、だから俺に力を貸せ”お前はそう言ったな」

「……そう。【魔獣創造】、一緒に来る」

「いいや、俺はお前には付いていかない」

 

 きっぱり言い切った伊織に、オーフィスの力が膨れ上がる。しかし、伊織は全く気にした様子もなく強靭な意志の宿った眼差しでオーフィスを貫いた。曲はいよいよ佳境だ。どこか楽しげで嬉しげで、幸せが詰まったような調べが、オーフィスの心に染み渡っていく。お前が、本当に求めているものは、きっと違うものだと教えるように。

 

 伊織は語る。オーフィスの心に届けと、渾身の旋律と共に。

 

「付いてくんじゃ、意味がないんだ。それじゃあ、きっとお前の本当の願いに応えられない。だから、オーフィス」

「??」

「お前が、俺の所に来い」

「!」

 

 オーフィスの無表情が崩れる。僅かに目を見開き、伊織の真っ直ぐ自分を見つめる眼差しに、まるで気圧されたように一歩後退った。曲はいつの間に終わっている。心地よい余韻が、宙に漂って泳いでいる。

 

 伊織が穏やかに語り出す。

 

「一緒にご飯を食べるんだ。家のばあちゃんは料理の名人だから、きっとオーフィスも気にいると思う。一緒にゲームもしようか。俺の兄弟達は滅茶苦茶強いからな。きっとオーフィスでも勝てない。悔しい思いをするぞ。一緒に旅行にも行こう。家族で温泉に行くんだ。年に一回の貴重な機会だから写真も沢山撮ろう。それで家に帰ってから、その写真を見て思い出話しに花を咲かせるんだ。煎餅でも食べながらな」

「……ごはん、ゲーム、温泉」

 

 戸惑った様に瞳を揺らすオーフィスに、今度は、やれやれと肩を竦めながらエヴァが語る。

 

「なら、私は酒の美味い飲み方と、服の作り方を教えてやろうか。なに、安心するがいい。私が最高のゴスロリというものを一から指導してやる。せっかく見てくれのいい姿をしているんだ。どうせなら着飾らねばな」

「……服」

 

 オーフィスがボロくなってしまった伊織のジャージを見やる。

 

そこへ、楽しげな表情でミクが続く。

 

「せっかくですし、楽器も何かやってみましょうか。さっきのマスターの演奏……素敵だったと思いませんか? オーフィスちゃんも一緒に音楽しましょう!」

「……楽器」

 

 オーフィスの視線が伊織の持つヴァイオリンに注がれる。僅かに興味の光が散った気がした。

 

テトも苦笑いしながらオーフィスを誘う。

 

「なら、歌も覚えないとね。可愛い声だし、変身できるなら七色の声音も夢じゃないね。近いうちに、オーフィスちゃんのデビューライブだ。きっと凄く楽しいよ!」

「……でびゅー」

 

 どうしたらいいのかわからないと言った様子のオーフィスに、伊織は、ヴァイオリンをバリトンサックスモードに切り替えた。そして、二度目の演奏を始める。しかし、それは【神奏心域】を発動するためではない。

 

 オーフィスに、今できるちょっとしたプレゼントをするためだ。

 

「――♪」

「!?」

 

 伊織が、バリトンサックスに息を吹き込み数秒後、周囲から音が消えていく。世界が静寂で満ちていく。オーフィスの何事かとキョロキョロと辺りを見渡した。やがて、その視線が伊織を捉える。世界に静寂をもたらしているのが、伊織の演奏だとわかったのだろう。興味津々といった様子でふらふらと伊織に近づいていく。

 

――演奏技 無音演奏

 

反響、共鳴が混じったノイズだらけの音を完璧に聞き分けて、ドップラー効果の修正も含め逆位相の音をリアルタイムで演奏することにより周囲一帯を完全無音状態にする技だ。

 

 オーフィスは伊織の眼前に立ち、ジッと伊織を見上げた。集中しながらも、視線を合わせる伊織。オーフィスは感じていた。求めた静寂――されど覚えのある静寂よりずっと心地いい静寂。何も聞こえないはずなのに、なぜか心の内に美しい旋律が響き渡る。

 

 見つめ合う伊織の眼差しはひどく優しげで、まるで誘うように細められている。ふと、横を見れば、ミクもテトもエヴァも何も聞こえないはずの空間で、それでも楽しげに頬を緩め耳を澄ましている。

 

 こんな静寂は知らない。だけれど――

 

 オーフィスの体が、どこか楽しげにゆ~らゆ~らと揺れ始めた。ドラゴンを鎮め、あるいは慰めるのに音楽は付きものだ。オーフィスも例外ではないのか。伊織の音楽が凄まじいだけか。わからないが、兎に角、オーフィスは伊織の無音音楽が気に入ったようである。

 

 やがて、演奏も終わり、再び世界に音が帰って来た。伊織は、眼前で佇むオーフィスに、スっと手を差し出す。少し前に、オーフィスが伊織に対してしたそれを、今度は伊織がオーフィスに対して行う。

 

「オーフィス。もう少し、この世界を感じてみないか? 今度は俺達と一緒に。一人の時と誰かと一緒の時に見る景色は変わるものだ。俺達と同じ時間を、同じように過ごして……それでも、それでもこの世界より次元の狭間がいいというのなら、その時は、お前の望みが叶うように力を貸そう。だから――」

 

――俺達の家族にならないか

 

 そう言って差し出された伊織の手を、オーフィスは静かに見つめた。やがて、ポツリと零すように、オーフィスが言葉を紡ぐ。

 

「我……恐くない?」

「ああ。むしろ心配だよ。簡単に騙されそうだもんな」

「……家族、よくわからない」

「それを今から知っていくんだ。みんな、絶対歓迎するよ」

「……さっきの静寂。また聞きたい」

「オーフィスが望むならいつでも」

 

 オーフィスは、そっとミク、テト、エヴァを見渡す。全員、優しげな表情で頷いた。大丈夫だと言外に伝える。気遣われる、心を砕いてもらう……そんな経験のないオーフィスは何とも言えないふわふわしたものが身の内に湧き上がるのを感じながら、これが、伊織が音楽で伝えた暖かな気持ちの一つなのだろうかと、胸元に手を置いた。

 

 そして、もう片方の手を、グレートレッド以外並ぶものなしの龍神とは思えないほどおずおずとした様子で、伊織の差し出した手の平にそっと重ねるのだった。

 

 ギュッと握り返される手。

 

 この日、世界で二番目に強い孤独なドラゴンに――家族が出来たのだった。

 

 

 

 




いかがでしたか?

作者がハイスクを選んだのは、オーフィスをメンバーに入れたかったから。
それが一番の理由です。
無限の龍神マジ強し……これでどんな世界にいっても勝てる!

さて、問題なのは、オーフィスの名前です。
これから東雲として暮らすのに、和名がないと……各勢力の前でオーフィス、オーフィスと連呼するわけにも行きませんし。せっかく家族が出来て心機一転って事もありますし。
なので、何か和名を付けたいのですが……
この点について活動報告に書きましたので、宜しければそちらを見て下さると嬉しいです。
花子とか……

次回は、明日の18時更新予定です。

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