重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第36話 英雄の凱旋

 

 

 

「伊織ぃーー!!」

 

 異界を震撼させた大戦(おおいくさ)が終わりを告げ、鬼の首領の敗北宣言が響き渡ったあと、八坂の屋敷に戻って来た伊織を待っていたのは、そんな九重の歓声だった。咲き乱れる花の如く、満面の笑みで九尾をわっさわっさ、キツネミミをふ~りふ~りしながらステテテテーーー!! と駆け寄ってくる。そして、そのままぴょんと跳躍し伊織の胸に飛び込んだ。

 

「おっと……はは、ただいま、九重。勝ったぞ?」

「うむっ! おかえりなのじゃ! 伊織!!」

 

 伊織が受け損なうなど微塵も考えていない九重の飛び込みを、微笑みながら受け止めた伊織は、九重を抱っこしながら簡潔な勝利の報告をする。そんな伊織に、輝く笑みを浮かべる九重は、再び伊織の名前を嬉しそうに呼びながら、その胸元に顔をぐりぐりと擦りつけた。

 

 そんな九重の様子に伊織と同じく微笑を浮かべながら八坂が歩み寄って来た。

 

「まずは、お主達の無事を喜ばせてもらおう。よく無事に帰ってくれた。そして、鬼神に打ち勝つその強さ、実に天晴れじゃった。我らはお主等に救われたのぅ。京の地を治める妖怪の統領として、心より礼を言う。ありがとう。この恩は決して忘れんよ。伊織、ミク、テト、エヴァンジェリン、チャチャゼロ」

「八坂殿。……どういたしまして。でも、途中から個人的な戦う理由も出来ていたので、余り気にしないで下さい」

 

 伊織の実にあっさりした返答に、八坂の笑みが益々深くなる。崩月の強さは、通常時においても“鬼神”と称されるレベル。それが霊脈のバックアップを受けたとあっては、ドラゴンで言うなら龍王を軽く上回るレベルだ。

 

 それを人の身で正面から退けておきながら実にあっさりした態度。恩に着せることも、傲慢な態度を取ることも許されるというのに……伊織がどういう人物なのか分かるというものだ。そんな伊織を、寄り添う家族――ミク達も誇らしげに見つめている。若干一名、あからさまに不貞腐れているようだが……

 

「む? エヴァンジェリンは一体どうしたのじゃ? よもや怪我でも……」

 

 エヴァの様子に、八坂が眉根を寄せる。【聖母の微笑】を持つエヴァに、滅多な事などないと分かっているが、万一ということもある。そのため、八坂の瞳には心配の色が宿っていた。

 

 それに、苦笑いで返答したのは伊織だ。

 

「あ~、いや、これは単に拗ねてるだけだから気にしないで下さい」

「誰が拗ねてるかっ! 私は別に何とも思ってないわ!」

「イヤイヤ、御主人。滅茶苦茶拗ネテルジャネェカ。ソンナニ夫婦ノ共同作業ヲ出来ナカッタコトガショックダッタノカ? 全ク、イツマデタッテモ中身ハ子供ダゼ~」

「やかましいわっ! 私は別に……」

「チャチャゼロ、余りからかってやるなよ。時々見せる子供っぽさがエヴァの可愛いところだろ?」

「伊織ぃ!?」

 

 頭に“?”を浮かべる八坂だったが、少し話しを聞いて大体察したようだ。つまり、エヴァは、崩月との戦いにおいて伊織が両親と同じように夫婦で挑んだ際、そこに自分が絡んでいなかった事が寂しかったのだ。仲間はずれみたいで。自分だって妻なのに……と。

 

 必死に否定するエヴァだが、伊織やミク、テト、そして八坂や九重にまで生温かな眼差しを向けられ顔を真っ赤に染めたままそっぽを向いてしまった。完全にへそを曲げてしまったようだ。

 

 そんなエヴァを見つつ、九重が、伊織の胸元から顔を上げてもじもじと何かを言いたそうに上目遣いをする。ミクとテトの鼻息が荒くなった。

 

「い、伊織。そ、そのな……こ、こんどなにかあったら……九重もちからになるのじゃ……いっしょに……その、み、ミクやテトみたいに……ちからになるのじゃ」

「……そうか。ありがとう、九重」

 

 伊織は、九重が何を言いたいのか、その意図を正確に察していたが、幼子の「将来、○○くんのお嫁さんになる~」みたいなノリだと思い、微笑ましそうに目元を和らげた。その姿はまさしく、孫を見守る爺。

 

 しかし、周囲の感想は少し違うらしい。

 

「ほぅ……うむうむ。九重よ、よう言うた。流石はこの八坂の娘よ」

「あらあら、マスターったら。見た目、犯罪ですよ?」

「ふふふ。将来は大変そうだね……ベルカでも大変だったし」

「ケケケ、御主人。拗ネテル場合ジャネェゼ。早クモ旦那ガ狙ワレテルゾ?」

「またか……また、あの戦いの日々が……」

 

 八坂の眼がキラリと光る。モンスターペアレントにならない事を祈るばかりだ。九尾の権謀術数を娘の婚活のために使われては堪らない。ミクとテトは苦笑い気味だが、エヴァはチャチャゼロの揶揄に遠い目をした。かつて、ベルカで繰り広げた女の戦いを思い出しているのだ。他に主がいるくせに、気が付けば澄まし顔で伊織に寄り添っている銀髪とか、野獣のような眼差しで伊織を見つめる初代新生夜天の書の主とか、オッパイ剣士とかエターナルロリータとか、残念女医とか、覇王と聖王の娘や孫娘とかetc

 

 そんな賑やかな伊織達に水を差す声が掛かった。いや、本人達からすれば勘弁してくれといったところだろうが。

 

「……おい、敗者は勝者に従うもんだがよぉ。放置はあんまりじゃねぇか?」

 

 呆れと不満を綯い交ぜた声の主は、酒呑童子の崩月。チャチャゼロの神器【六魂幡】によりぐるぐる巻きにされている。鬼の矜持として暴れることはないだろうが、不安に思う妖怪達の為に形だけ拘束しているのだ。

 

 そんな崩月の傍らには副首領の茨木童子や四天王の姿もあった。みな、何かしらの形で拘束されているが、一様に、その表情には陰りがない。全力で戦い、その結果、正面から倒されたことに満足を感じているのか清々しさすら感じさせる雰囲気だ。

 

 伊織達が話している間にも、続々と拘束された鬼達が妖怪達の手によって集められてきている。自分達の首領が敗北宣言したことで、彼等も負けを認めたようだ。本当に、鬼とは潔い。戦闘狂の気さえなければ真っ直ぐで扱いや……気持ちのいい奴らではあるのだろうが。

 

「おおと、そうじゃった。さて、さて……盛大に暴れてくれた挙句、霊脈まで滅茶苦茶にしてくれおった主等には、如何な処遇が良いかのぅ」

 

 さっきから視界に入っていたであろうに、さも「今、気がつきました!」とでも言うように恍ける八坂。扇子で口元を隠しながらニンマリと笑っている眼で胡座をかいている崩月を見下ろす。

 

「はっ、てめぇの指図は受けねぇよ、女狐。俺が負けたのは東雲伊織の一派だ。お呼びじゃねぇんだよ。引っ込んでろ」

「ふむ、伊織よ。こやつはそう言うておるが、どうするつもりじゃ?」

「ん~、そうですね……」

 

 八坂が伊織に視線を向ける。崩月達、鬼の視線も伊織に向いた。それらの視線を受けつつ伊織は少し首を傾げると、一つ頷き結論を出した。

 

「八坂殿にお任せで」

「おおいっ!! そりゃねぇだろぉ! 結局、この女狐の言いなりじゃねぇかぁ!」

 

 崩月が、無責任とも言える伊織の決定に激しい突っ込みを入れた。それはそうだろう、結局、八坂の言いなりになってしまうのと同じであり、それは、自らが勝利した相手に従うということでもある。鬼の矜持が納得しかねるのだ。

 

「そうは言ってもな……俺としては無為に暴れず、協会と適度な距離感で不可侵不干渉の類の約定でも結んでくれれば十分なんだ。元々、九重の助けを求める声に応えただけで、実を言うと、妖怪同士の争い――つまり内部問題に干渉したってことになりかねないし」

「そうじゃのぅ。まぁ、今回は、こちらから要請した上、緊急性も高かった。約定を保護するためという名分もあるかのぅ、特に問題はないと思うが……協会に対し事後承諾という点はいい顔されんじゃろうなぁ。こちらにも、身内の退魔師を巻き込んだと抗議の一つ二つあってもおかしくない」

 

 もちろん、結果的には妖怪側と人間側の平穏を守るために必要な事ではあったので、はぐれ術師が死んだ後に、妖怪戦争の片側に参加したことはそれほど問題にはならないだろう。せいぜい、嫌味ったらしい一部の人間が、嫌がらせも兼ねた形式通りの抗議や注意をしてくるくらいだ。

 

 それでも、面倒な事には変わらないし、東雲ホームの兄弟姉妹で協会に所属している者達の肩身が狭くなるのは困るので、あくまで、処遇の決定は八坂にしてもらいたかった、というわけである。

 

「そういうわけじゃ、崩月よ。お主も自分に勝ったせいで、伊織が迷惑を被るのは本意ではあるまい?」

「チッ、これだから人間はめんどくせぇんだ。東雲親子みたいな奴ばっかならおもしれぇのによぉ」

「はぁ、そんなだから、お主には意地でも統領の座を譲れんのじゃ。さて、では、伊織から任されたことじゃしの。お主等の今後に関しては……」

 

 不満たらたらの崩月だったが、伊織達の言葉に面倒そうにしながらも理解は出来るようで大人しく従ってくれるようだ。

 

 結果、八坂の下した処遇は、異界の復興支援と、今後生じた問題に対する京妖怪への無条件での協力、それ以外では京都大江山にある異界に京都の霊脈が元に戻るまで封印……という名の軟禁という事になった。意外にも軽い処遇に訝しむ崩月だったが、八坂が、崩月の血肉と力が溶け込んでしまった霊脈の調整には骨が折れるので、手伝ってもらうためにも京都内の程よい場所にいてもらった方がよいと説明すると納得した。当然、それらの約定は九尾の術によって強制が掛けられた。もっとも、鬼が一度した約定を違えるとは思えないが……念の為だ。

 

 その後の話をしよう。

 

 崩月達の処遇が決まった後、テトとエヴァの大活躍により異界の破壊された場所や傷ついた妖怪達は次々と修復され癒されていった。それから数日、協会への報告や約定締結の立ち会い、崩月達の大江山への移送などで忙しく動き回り、どうにか一段落着いた頃には一週間ほどが経っていた。

 

 協会からの伊織の独断専行については、事情が事情である上に、八坂の厚い弁明もあって、案の定、お咎めはなしだった。むしろ、上層部の方々に至っては「また、東雲かぁ~」と、どこか達観したような表情でお褒めの言葉を頂いたほどだ。

 

 どうやら、“東雲”の人間は、大体何かやらかしているらしい。それに比べれば、独断専行とは言え、妖怪側と協会の約定を鬼神クラスから守り抜いたという事情は評価すべきことだったようだ。

 

 なにせ、今回の事で伊織が神滅具【魔獣創造】の使い手であることが知れてしまった事もあり、ただの一協会の退魔師にはしておけないと、既に八坂達――京妖経たっての要請により、“京都守護筆頭”の役職も受けることになった。

 

 この“守護筆頭”とは、特定の特殊な地域を専属的に保護する“守護”という地位の中で、その地域の“守護”達のトップの役割を持つ者をいう。京都は霊的に莫大な価値を持つため、幾人かの“守護”がいるのだが、そのトップが「神滅具持ちであれば良い抑止力にもなるし、伊織達においてもこっそり拉致するなど搦手への牽制になる」と自ら“守護筆頭”の地位を譲ったのだ。ちなみに、この人、名を東雲完治という初老の男性で、言わずもがな東雲ホームの出身である。

 

 神滅具持ちとはいえ、十三歳の小僧が京都の守護筆頭だなんて! と文句が出そうなところだが、やはり「東雲か……なら、しょうがない」と目を逸らすように皆納得したらしい。本当に、過去の“東雲”達は一体、何をしてきたのか……こうなると、伊織の父が赤龍帝だったのも余り不思議ではないかもしれない。

 

 ただ、これを機に、伊織達専用の異界直通転移魔法陣が作られ、更に、京妖怪達から“若様”やら“若”やらと呼ばれるようになったのは頭の痛い問題だった。彼等の中では、既に伊織は“そういう相手”らしい。八坂が手を回したのか、それとも九重の言動がそう思わせたのか……その内、伊織としても“微笑ましい”では済まなくなるかもしれない。エヴァが胃を痛めそうだ。

 

 なお、伊織が【魔獣創造】を秘匿しなかったのは、流石にあれだけの妖怪や鬼達に目撃されていて隠し通すのは無理だろうという事と、鬼神クラスの鬼を下したという話に信憑性を持たせるためだ。倒したのを八坂という事にしようという提案もあったのだが、それは絶対に嫌だと崩月や茨木童子、四天王達も断固拒否したので仕方が無かった。

 

 日本退魔師協会が神滅具の使い手を確保したという事実は、きっと、直ぐに世界中の知るところとなるだろう。様子見をしてくれるならいいが、各勢力からアプローチが掛けられる可能性は大いにある。

 

 これから先の事を思い、苦笑いしながら頬を掻きつつも、伊織はいつものことか、と開き直るのだった。何があっても誓いを違える事なく、ミク達大切な者と共に進もうと。

 

 もっとも、最初にやって来たトラブルのもとが、まさかあんな大物だとは思いもしなかった伊織は、後に今回の人生もハードモードが過ぎると天を仰ぐ事になるのだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

これで鬼編は終わりです。
九重……普通にヒロインしてますね。
さて、次回は自分でもなぜ書いたのかよくわからない日常系の話です。

明日の18時更新予定です。

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